若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

若女将エッセー

若女将メッセージ

2022.03.19

大切な"今"を連れて、いざ千年の都へ


グレーのフキダシに淡々と打ち込まれた、
スマホのショートメッセージ(現物)。

一言一句、ここまで凝視したのは初めてかもしれません。


先日、私の腕時計が突然狂いだしました。
日付と曜日が、存在しないカレンダーのどこかを頑なに示し、
文字盤脇のモード切り替えボタンも一切反応を示さなくなりました。
どこに行くにも腕時計装備が欠かせない私にとって、正確な時刻を
確かめる術を失うのは片腕を落とされたも同然です。
もちろん一大事。
すぐに、腕時計を購入した市内の三原堂さんに持ち込みました。
そして待つこと数日。送られてきたメッセージが、冒頭の通りです。

三原堂さんは、人生で初めて眼鏡を求めた時から何年もお世話に
なってきたお店です。仕事のきめ細かさはもちろん、
接客にかける姿勢もとにかく丁寧で、お店で世間話をしながら
過ごすひとときはひそかな癒しともなっています。
今回故障したのは、その三原さんのイチオシで求めた腕時計でした。
だから迷いはありませんでした。
私はすぐに返信しました。

「修理をお願いいたします。本当の寿命が来るまで
肌身離さず身に着けたいと思います。」



↑件の腕時計。たまたま故障前に撮った一枚。
結局メーカーに入院することになりました(泣)
腕の青タンはじゅかしー。湯守作業中に梢から落ちてきた氷塊のせい。

「中身をいじるどころか総とっかえときたら、ほぼ買い替えと
一緒じゃないか。それでも直すんだ?」事の次第を告げた私に、
主人は特に感慨を抱くこともなくそう言いました。
そこまでお金がかかるなら、いっそ買い替えてもいいんじゃないの?と。
むべなるかな。
今どき、時間を確かめる機能を持った代替品(なんなら腕時計より
はるかに高機能)なんていくらでもあるし、純粋に道具でいいなら、
さっさと手ごろな新品に買い替えるのもアリだったでしょう。
でも、違うんだ。
モノがモノ故、修理金額がある程度嵩むだろうことは最初から
予想していました。大事なのはそこじゃありません。
うまく言葉では言い表せませんが、私は、その時計だから手元に
置いておきたいと思ったのです。365日、休むことなく一緒に
過ごしてきた苦楽の日々の記憶は、バンドのそこかしこに細かな
傷となって刻まれています。
たとえ一番大事な心臓部が入院先のメーカーに引き取られて
しまっても、「私の時計」のまま手元に戻ってきてくれると
いうのだから、十分修理代を払うに値するというものです。

その感情を表す言葉を知らなくとも、
自分の"今"にいつも寄り添ってくれる大事な時計。
そんな相棒を連れて、私は京都へ行くと決めているのだ。


というわけで・・・・
ついにカミングアウトするときが来ました。


私事かつ唐突ですが、今月末から約一週間、私は子供達2人を
伴って、奈良・京都へ旅立ちます。

…えー、色々ツッコまれる前にとっととフラグ回収します。

なぜ京都。 まぁ聞いて。

当初の目的は「日本庭園に強い憧れを持つ息子に、そろそろ
進路を見定める上で、将来へのヒントとなる"本物"を
春休みの間に体感させる」ことでした。
そして、私。書道(かな文字)を学習するうちに、
「古典文学が数多く生まれた地に赴き、千年前の人々が見た
景色や心に触れてみたい」という強い願いが去年からふつふつ
湧いてきたこと。
2つのベクトルの先が京都にぴったり重なったわけです。

もひとつ回収。

なんで今。 まぁ聞いて。

ご存じの通り、今年に入ってから様々不穏な出来事が続き、
かなり世の中騒然となっております。
子供達の通う学校の先生も、春休みに入るのを前に
「(コロナ的な意味で)不要不急の遠出はまだ望ましくない」と
告げていたことも、正直快く思わない方もいるであろうことも、
よーく理解しています。

さればこそ私は問い返したい。
じゃあいつなら良いのかと。
コロナの国内新規感染者数が限りなくゼロになってから?
世界に平和が戻ってから?
そんないつ来るとも分からぬ日を延々と待っていたら、
次の冬が来る前に国内観光地の多くが再起不能に陥るだろう。

1933年、世界恐慌の傷跡も癒えない混乱の最中、アメリカ合衆国
第32代大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、
就任演説でこう述べました。



私の好きな名言の一つです。
(敬意をこめて画像ごと作りました。データ元はウィキペディア。)

暮らしに余裕がなくなると、人は大抵必要としなくなったものから
切り捨てていきます。そうでなくとも、これだけ暗いニュースが立て続けに
報道されれば、経済事情がどうであれ、晴れやかに観光しよう、なんて
気持ちだって湧いてこないと思います。前回も同じようなことを書きましたが。
ならば温泉旅行は?
かつては行楽の代名詞のひとつだった温泉の旅ですが、今や世の中の煽りで
下火モード。このまま状況が好転しないまま、
やがて、要らないものとして忘れ去られてしまうのだろうか?

私はふと考えました。
西屋、そして白布の温泉を愛おしく思う気持ちに一切の偽りはありません。
宿の灯が消えない限り、湯守として最後までこの地を離れない覚悟です。
しかし、コロナ禍が社会の在り様を大きく変えて約2年。
あまりにも狭い世界に閉じこもっているうちに、
西屋と私の何たるか、
何を守り、伝えるべきなのか、
お客様(特に常連さん)は何を求めて幾たびもここを訪れて下さるのか。
いつの間にか、きちんと言葉や行動で表現できなくなっていたことに
気が付きました。

私にとって温泉とは何か。旅とは何か。もとい、人生とは何か。

故障して手元から離れて初めて、腕時計への愛着を再認識したのと
多分同じです。当たり前のように近くにいすぎて、見失ってしまったもの。
とても大事なもの。

ならば一度、思いっきり今いる場所から遠く離れてやろうじゃないか。

人生はよく旅に例えられます。
2泊3日の物見遊山ではありません。
まさに、生まれてから死ぬまでの長い長い旅です。
目指す目標に至るまでの道のりの、なんとややこしく遠いこと。
その旅の大義を、極端な話、一行で言い表そうというわけです。
多分すぐには見つかりません。
今だって、頭の中がまとまらない言葉の切れっ端で大渋滞です。

それでも、私は答えを見つけると決めました!!
そのヒントを得るためのセルフ・バシルーラだよ!!!

つきましては、誠に勝手ながら
3月29日~4月6日迄、西屋は1週間休館日(日帰り入浴のみ営業)と
させて頂きます。完全留守ではありません。主人が残ります。
誤解なきよう!決して置いてくわけじゃありませんからね!!!
本人の意向です!!!!!!!

もちろん、スタッフのみんなにも主旨は伝えました。
休みの間は家族と団欒するもよし、
なかなか帰れなかった遠い実家に帰省するもよし、
それぞれの気の向くままに、ゆっくりと自分を見つめ直す
大切な時間を過ごしてほしいと。

今回は、今までの人生で一度も経験したことのない旅のかたちに
するため、ど素人根性で旅の計画を立てました。
旅先の土地勘が全くないのはもちろん、利用する交通機関も、
宿泊先も、敢えて今まで選択したことのなかった手段を取っています。
お客様を普段迎える旅館の女将が、経験値ゼロのまま
子連れで1週間の旅に出る。すでにハプニングの予感…否!
絶対得難い経験になると確信しています。
出発まであと約10日。
身体を壊さないように十分注意して、その日を待ちます。
だから…早く帰ってこい…私の腕時計…(汗)。

※今日の一枚

毎度おなじみ、その日の気分が全てを支配する
闇鍋ジャンルコーナー。

Symphoney No.8'The Journey'

Einojuhani Rautavaara
New Zealand Symphoney Orchestra & Pietari Inkinen(2008)


↑リンク先はヘルシンキフィル版です。全曲ぶっ通し。

このコンテンツでも何度か紹介したことがある、
フィンランドの作曲家E.ラウタヴァーラ。交響曲第8番は、
彼が生前最後に作曲した交響曲です。
副題は"The Journey"。直訳すると「旅」ですが、
ググってみたところ、英語圏では、Trip < Travel < Journeyと、
旅する期間の長さによって使われる単語が違ってくるそです。
この交響曲のテーマは、ニュアンス的に「人生(=旅)」という
意味合いが強いように感じます。緩急の付け所が面白く、
なぜか第2楽章がFeroce(伊:荒々しく)。ちょっと焦ってるというか、
若木の至りを表現したかったのかしら。

神秘的ながらも解釈しやすい展開、
オーケストレーションの美しさはさすがラウタヴァーラです。
そんでもって最終章は初っ端からやたらカッコいいです。
もはやどっかのヤバい映画のラストシーン(?)みたいに
カッコいい。まさに旅(語彙力)。できれば4楽章、
コバケンじゃないけど最後の30秒だけでもいいから聴いてみて。

2022.03.07

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-後編その2

前置きナシで一気書き。

 


4.きっかけは、だいたい突然やってくる

あれこれうだうだ悩み、いよいよ坂道をころげつつあった
去年の暮れのこと。旅行作家で旅行に関するライターをされている
野添ちかこさんから、突然一通のメールが届きました。
内容は、旅行雑誌「旅の手帖」への掲載依頼でした。
メッセージの中で野添さん曰く、
「全国でも女性が湯守をしている宿なんて殆ど聞いたことがない。
そのスタンスに深く関心を抱いたので、連載コーナーで旅館…
というか、あなたのことを紹介させてほしい。」

私???

きっかけは、他でもない、このエッセーを読んだことだというのです。

実はこれまで何度か、「このページをまとめて本にしたら?」と
声をかけて頂いたことがありました。
その時は「んー、せいぜい自費出版ならありかもしれないけど、
そんな中身あるコンテンツじゃないし、売れるようなもんじゃ
ないだろうから無理…」
と、まるで本気にはしていませんでした。

しかしよく考えたら、数年前にもNHKのニュース番組で湯守について
取材を受け、詳しく取り上げて頂いたことがありまして。
やはりこちらも、きっかけはこのエッセーでした。

私にとっては純粋な驚きでした。こちとらど素人、
相手はプロのライターさん。
一体ぜんたい何が彼らの目に留まった??
いくら考えても、本当に分かりませんでした。


3.何のためにエッセーはじめた?なぜ続けた?(③)

ここで漸く前回の③の回収です。
初心を思い出すために、一度時間を巻き戻してみました。
そもそもこのエッセーコーナーをなんで始めたのか。





↑栄えある(?)我がエッセ第一号。
毎週火曜日更新とか猫の日常とか堂々と宣ってる。
ウソつきめー(笑)!!

このページは、西屋のサイトが現在のデザインになった直後から
存在していました。とりあえず地元のお店やスポットを紹介して
いこうかな~、くらいの軽い気持ちで引き受けたのが最初です。
ただし私は、このコーナーを受け持つにあたって、
一つだけ心に決めていたことがありました。それは、
「絶対に旅館らしい話題は書かない!」こと。

例えば「季節の料理が〇〇になりました~」とか
「地元の郷土料理のご紹介」とか
「館内をリニューアルしました~」みたいな、
どこにでもありがちな平凡な話題は絶対に、
絶対に載せないと内心誓っていました。だってそんなつまらん
内容じゃ、誰よりも私が飽きて続かなくなる。そう判断したからです。

そもそも自社HPって、
自分の会社やお店の存在を遠い地域の人にも広く知ってもらい、
商品のよさやイメージ、魅力を伝えることで売り上げに繋げる
ためのツールですよね。旅館もその例にもれません。

皆さんは、旅行計画を立てる段階で宿泊先が全く決まっていない
場合、どうやって実際に泊まる宿を探して決めますか?

はじめは「どっか温泉行きたいな~」くらいのざっくりした
動機からスタートするのが一般的かと思います。
そして、「米沢牛食べたい」「こんな体験ができる」
「近くで観光したい場所がある」「鄙びた旅館に泊まりたい」
と徐々に旅行先でしたいことを取捨選択しながら、目的地を
絞り込みつつ最終的に宿泊する宿を決める…という流れが
だいたいのパターンではないでしょうか。
もしもその目的エリアに、競合する旅館がたくさんひしめいて
いたとしたら…。あなたならどうしますか?

ここでよく利用されるのが、じゃらんや楽天みたいな
ポータルサイトです。好みの条件で手軽に宿を絞り込める上、
値段も口コミも一覧で見比べられるからホント便利なツールです。
あとはお客様自身の好みや予算etc.に全て委ねられるわけです。
が、つらつら見ているうちに、だんだんどの宿も似たり寄ったり
だなぁ(特にイメージ写真)…なんて思ったことありませんか。
プランの内容や特典や料金もそうなんですが、規格が同じ
ポータルサイトの中では、やっぱりどうしても宿を絞り切れない、
なんてこともあると思います。

…もし私だったら。
迷った末の最終判断材料として、直接各宿のHPに訪れます。
というか、旅行に行こうとするたびに毎回自社サイトに行ってます。
西屋のサイトのアクセス解析を辿ってみても、それと思しき経緯で
サイトを訪れた人が一定数いるのが分かります。

そう、ここが勝負どころなのよ。

だから私は、エッセー(旧コラム)から旅館らしい話題を徹底的に
避けたのです。特に意識して目指したのは、

1.とにかく旅館のイメージからほど遠いコンテンツにする 
2.旅館でなく自分をキャラ立ちさせる
(一般的な"旅館の女将"にありがちな貞淑な(?)イメージを
何故か片っ端からぶっ壊したかった) 
3.キャラ立ちするのだから、自分が思う事、好きなものを
のびのび自由に書いていこう 
4.観光情報を提供する有用な役割も担わせる(第一号の中身)
→しかし平たい文章にならないよう余所者目線を前面に出して、
地元の観光スポットやお店を紹介する(有名どころはちょっと
視点を変えて、マイナーなところもまんべんなく)
自分なりの表現を大切にしながら、いいところを褒める。

そして最終的な目標として、
「西屋に泊まりに行きたい=女将に会いに行きたい」に
繋がればいいなぁ…そんなことまで考えていました。

…ああ…思い出した…なんだよ…迷子だって言ってたけど、
ちゃんと考えていたじゃないか。
特に湯守に関するシリーズは、これまで何回も取り上げてきました。

ただ、湯守はバックヤードの(つまりはあまり美しくない)仕事です。
話題として取り上げるということは、ある意味宿の本性を晒すのと
おなじです。ぐちゃぐちゃのバックヤードの写真とか。
さすがに、最初は書いていいのかどうか迷いもしました。




湯守は元々、番頭不在の危機からあくまで「必要に迫られて」
引き受けたのが始まりでした。まさかそのままドツボにハマる
とは予想もしていませんでしたが…。
最初の頃は、ほぼ手探りで温泉管理するところからスタート
したたため、なかなかうまくいきませんでした。
何しろ唯一の師匠が、訛りがキツけりゃ話の内容もぶっ飛んでて
あまりにコミュニケーションに難ありのアノ倉ちゃんなもんで。

どんなに頑張っても「お風呂が熱くてダメ」だの、
「昔は暑くてよかったのに今はぬるくてダメ」だの散々
口コミで書かれては凹み、自然現象による不可抗力で水が
頻繁に止まる季節は、それこそ嵐だろうが吹雪だろうが
山だ桝だと駆け回り、四苦八苦しながら調整に明け暮れました。

それでも、お客様は当然そんな作業の様子を見ているわけでは
ないので、どれほど大変かなんて分かるわけありません。

ある冬のこと。大雪と吹雪が原因で起きた雪崩で堰堤の
取水口がいつものように塞がりました。温泉街全旅館全滅。
山道は腰まで埋まる積雪に視界不良の悪路。危険だが、
今からなら誰が行けるかと、他の旅館と必死に相談し合って
いた時のことでした。滞在中のお客様に、
「何やってんだ、いくら自然現象だからって客に風呂を
提供できないなんて怠慢だ!」と
面と向かって怒鳴られたことがありました。

私はとうとうぶちギレました。

温泉が出るのは当たり前、蛇口をひねれば水が出るのも
当たり前だろう、みたいな人間本位な傲慢さ。
自然の恵みと同時に齎される畏れの何たるかを、
まるで知らぬその物言い。

例え相手がお客様でも、一方的な物差しだけで、
温泉と人との何たるかを断じてほしくはありませんでした。

直接は言えない、でも私が、私達が守っているものが
何なのか、どうしても伝えたい。

最初の遠慮はどこへやら。
いつしか私の中で膨らんでいたそんな葛藤と感情の爆発すら、
包み隠さずこのエッセーに叩きつけていました。

湯守業は、温泉と終わることのない無言の対話を続ける
地味な仕事です。旅館の女将としてあるまじき言動も
あったかもしれませんが、その切なくも尊い役割と、
時代を超えて、人と自然が紡いでいく深遠な関係性に
私はこれ以上ない深い敬意と愛着を抱いていました。

この温泉に向き合いながら葛藤する日々が、
彼らの琴線に触れたのしれません。




↑「旅の手帖」3月号"p116より。

野添さんは旅の手帖の紹介記事の中で、
私のエッセーをこう表現してくださいました。
「よくある宿紹介ブログとは違って、型破りな若女将の日常が記されていた。
心のヒダをさらけ出す等身大の若女将像に親近感が涌いた。」

ああそうか。今までの話題が恥ずかしいとか何とか、
何を卑屈になっていたのだろう。ありのままでよかったんだ。
何もカッコつけなくったってよかったんだ。

それよりもこれからだ。

私は色々諦めかけていました。旅館も、もう長く続けられないんじゃないか
とか、数年後は違う場所にいるんじゃないかとか。でもそれは可能性の
一つであって、そうと決まったわけではない。諦めるのはまだ早い。
きっと私はまだ頑張り切れていない。
このまま途中で今の自分を諦めてしまったら、
後できっと後悔するだろう。ならば自分が信じて納得するところまで、
思いっきり走っていこうじゃないか!!
…そして前回の冒頭に戻ります。Start over again.

はい。
長々と読んでいただきありがとうございました(泣)


次回からは再び正常稼働に戻ります。
ご安心ください。
え?長たらしいのは勘弁して?えぇ…それは…(汗)
また、新たな目標が付きました。
このページ、いずれ何らかの形で書籍化します。
やり方はもちろん、どんな形になるのかも全然分かりませんが。
詳しい方にいろいろ相談してみます。
乞う…ご期待?!


今日の1曲 

やっといつもの〆にたどり着きました。
むしろ帰ってきた感(T_T)

今回は、最初に紹介した幼馴染の「えしぃ」ちゃんに
ぴったりの一曲です。

「光るとき」

羊文学(2022)


(↑公式ようつべサイトのPV。)

現在フジテレビ+Ultraで放映中のアニメ「平家物語」の
オープニング・テーマ。主人公の"びわ"は、青い右目に
未来を、左の茶色い目には死者を写す力を持つ
琵琶弾きの女の子です。原作にはいないオリジナルの
キャラクターですが、彼女の天真爛漫で時に感傷的な姿が、
なんとなく小学生の頃のえしぃちゃんに似ています。
なにより歌詞がステキ。

最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても 
今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ


勇気と気づきをくれたえしいちゃん。ありがとう。
どうかこれからも友達でいて。
また凹みそうになったら、これ歌って頑張るから。

2022.03.06

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-後編その1





♪お花をあげましょ桃の花~…  

ま だ 咲 い て な い !!!!!!



前回は実に歯切れの悪いマッチポンプ(?)で
話をぶった切ってしまいました(いつもの)。

挙句「今自分に何ができるのかよーく考える!」
なんて強がっちゃったりして。
そうカンタンに出る結論でもあるまいに。
焦るだけで、結局無力感にのた打ち回っていました。

特に頭を抱えたのが、このコラム改めエッセーの取り扱いです。
今までの”向かうところ敵なし(笑)”モードが何だったのかと
自分でもツッコみたくなるくらい、突然その先が書けなくなりました。

正しくは、どんな気持ちで書いていたのか思い出せなくなってしまった。

読む側のことを何も考えず、あまりに自己満足だけであれこれ
書いて終わりにしていたことに、今更気づいてしまったから。
それを認識したとたん、襲い来る恥ずかしさと自己嫌悪のあまり
「あ、いかん、もう書けない」状態に陥ってしまったのでした。

だから自戒を込めて、アラフォー・スランプ・アラレちゃん。
本当に何やってたんでしょうねぇ…。

もちろん、
このまま中途半端に燻ぶっているわけにはいきません。
だいたい一人で何でも勝手に結論を出そうと思い詰めちゃうから、
こんな風に行き詰ってしまうんだ。うー、私のダメなところです。

そうだ、こういう時は素直に識者を頼ろう。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というではないか。

…というわけで、少しずつ気を取り直しながら、苦手だった
その筋の様々な本を手に取り、さらに自信を取り戻すべく外部の
アドバイザーにも教えを乞うようになりました。
今は次へステップアップするための階段の際に立っているんだ。
必ずいい方向に行く、大丈夫だ。とりあえずヘンな拘りは捨てろ。
そうやって徐々に気持ちを鎮めることで、ようやく
「井の中の蛙」から復活の途上に戻ってきつつあります(←今ココ)。

結論からお伝えします。
一度は自信喪失で「もう書くのやめちゃおうか…」と
半ば本気でぶん投げそうになったこのエッセーコーナー。
以前のノリはそのままに(!)、
しかし今後は新たな目標を胸に掲げ、
心を込めて書き続けていくことにしました。

以下はほぼ備忘録的な話題になってしまいますが、
ここに至るまで一体私が何をしていたのか
(どこに逝って帰ってきたのか))、
詳らかに書き留めておきたいと思います。
あんまりこの手段はとりたくなかったのですが、長くなりそうなので
2回に分けました。
もう二度と迷わないために、
このページに書き溜めてきたものを切り捨てず、
私らしく、"西屋らしく"、今後に活かしていくために。




1."今どういう状況?"スランプの本当の原因

自分に自信をなくして、ついネガティブになること。
状況や程度は人それぞれですが、誰しも経験あると思います。

今回の私は、自分史上近年稀に見る急降下っぷりでした。
20代の頃になりかけた、パニック障害のトラウマを思い出しました。
「私は脚つった蛙だ…このまま井戸で溺れて死んじまう」
(蛙が実際脚をつるなんてことがあるのかどうかは、この際不問でっ。)

ともかくこういう時、どうすればいいのか?
ひとつ、その抱えている不安や悩みを文字にすること。思いつくまま
直接紙に書いて、そこから本当の原因を明らかにする、という方法があります。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」って孔子も説いているしね。

不安の内容や背景には個人差があるので、
この方法は決してオールラウンダーではありませんが、
今回はこれを試してみました。
で、書き出して整理してみたのが以下の4つ。

①世の中の未来が見えない、不安なニュースだらけで、
 このまま商売を続けていけるか自信がない(頑張れる自信がない)

②自分の時間を上手にやりくりできないことへの焦りと苛立ち 

③エッセーを何のためにやっていたのか、これから何を書いていけば
 いいのか分からなくなってしまった 

④(他の人と比べて)自分の力が未熟だと思い込んで、
自信が持てなくなってしまった 


…あれぇ、意外と少ない。
中身より、そっちの方がちょっとびっくりでした。
あんなに心の中が不安のヘドロでいっぱいだったはずなのに。

一見スランプとは関わりがないように思えるやつもあります。
でも、掘り下げてみると、これが案外根が深く複雑に
絡み合ったものでした。

以下、一つずつ紐解いてみました。


2.世の中への漠然とした不安と、商売への憂い(①)



↑2020年5月3日。GW真っ只中なのに、自主休業期間のために
車も人もすべてが途絶えた白布温泉。まるで某SF映画のワンシーン。

2年前、突如現れた新型コロナウイルス。
このミクロの脅威は、国や業種を問わず、世の中の全てを一変させました。
人の流れが強制的に堰き止められ、観光業を取り巻く状況は一気に悪化。
あんなに順風満帆だった星〇リゾートも某シティーホテルグループも
国際的に有名だったあの超高級旅館も…
みんな揃って同じ危機に晒される事態になりました。
そして前代未聞の全国一斉自粛(休業)要請。

その後はお察し。もう怒涛の展開です。

同年7月に始まったGotoトラベルキャンペーンで、
これまでの鬱屈した状況を一気にひっくり返すように客足が復活し、
思いがけない反動に右往左往。

約半年後コロナ蔓延復活。再び世の中が不穏に。

Gotoトラベルが突如停止、貴重な冬の繁忙期だった年末年始が
ほぼ開店休業状態の中2021年がスタート

東京オリンピック開催が迫る中、客足は一進一退。自治体の
キャンペーンを支えに、体力を徐々に削りながらなんとか営業。

なんやかんや21年もどうにか無事に終わり、いよいよコロナ収束かと
思いきや、今年に入って再び感染者数が爆発増加。



そして、先月から突如として勃発したロシアのウクライナ侵攻。
破壊されたウクライナの街や逃げ惑う人々の悲惨なニュースが連日
流れるたび、世界中の人が「何故、どうして」と心を痛めていると思います。

当たり前な話かもしれませんが、観光業は世の中が平和で、かつ経済が
順調に回っている状況じゃなきゃ成りたたない商売です。
しかし、世界はもとより日本の現状はご存じの通り。
一見平穏無事なようですが、少子高齢化、経済力の衰退による貧困率の
増加など、国全体で今すぐ取り組まなければ、先々に深刻な影響を及ぼす
問題をたくさん抱えています。社会的サイレント・キラーといってもいい。
国内旅行者は年々少なくなり、旅館の次世代を担う後継者や就業希望者も
減少の一途をたどっています。
だいたい温泉旅館は、人里離れた山奥や郊外など、いわゆる過疎地域で
営業しているケースが少なくない(しかも移転できない)から、
こういう人口流出の影響はもろに喰らっちまうわけです。
実際コロナ禍が蔓延るはるか以前から、観光業は既に「斜陽業界」と
言われていました。震災後の復興支援事業やオリンピックetc.で

一時的に旅行気運が高まることはあっても、長い目で見て明るい話題が
この業界を包んだことは、少なくとも私が西屋に嫁いできてから
約15年の間、一度としてありませんでした。


3.自分の時間や生き方のコントロール四苦八苦して(②)
 無知の知に目覚める前に自信をなくした(④)


そんなわけで、コロナ禍が世を揺るがす以前から、
西屋も極限の人員不足に陥っていました。
辞める人はいても、代わりの人が来ない&定着しない。
一人でも欠けたらアウトの世界。その状態のままコロナワールドを
驀進していたので、私はほぼ現場に出ずっぱりでした。
自分のところでクラスターが発生してしまったらどうしようかと、
幾度眠れない夜を過ごしたか分かりません。
とにかくスタッフと家族を守ることで頭がいっぱいでした。
無論子供がいますので、家事育児も待ったなし。
(猫?奴らはお互いストレスフリーなのでノーカンで!)



かぐら「ノーカンかよ。」

世の中広いし、仕事と家事をばっちり両立できている敏腕お母ちゃんも
ゴマンといるんでしょうが、残念ながら、私は猫の手を借りられるほど
器用な人間じゃないんだわ。

そんなこんなで、我が身を振り返る間もないままもみくちゃな日々を
送っておりました。そしてコロナの影響もいよいよ忍耐の限界が近づき、
同時に閑散期らしくだんだん時間が取れるようになってきました。
嬉しいような悲しいような…
ならばせめてタメになる勉強をしようと思い、色々取り組み始めてみました。

しかし、実はここに一つの落とし穴がありました。

①への不安と焦りです。これが相当な障壁になっていたようで、
学べば学ぶほど、なぜか自分の無知や無力さ、生きる世界の狭さ、
遺された時間の限界が浮き彫りになり、次第に虚しさを感じるように
なっていました。年齢にかかわらず、素直に吸収すりゃいいのに。
「こんなことをやっていて、ちゃんと結果をだせるのだろうか」なんて。

いつの間にか、有言実行で尻を叩かないと前に進めなくなっていました。
二年前、一番の心の支えだった母を亡くしたショックも相当に堪えて
いたと我ながら思います。だから余計に、その心の洞を埋めたくて
色々詰め込もうとしていたのかも。



↑とうとう写経にまで手を出しました。ヤバい(苦笑)

結局私はこれらの不安や後ろ向きな思いを昇華できないまま、
延々とこのコーナーで垂れ流していました。
それもはっきりとではなく、そこそこ匂わせる程度に。
ここ半年ほど特に話題が迷子になりがちだったのは全てこのせいです。
「話が重いなぁ…全然魅力的じゃないなぁ…」
なんとも釈然としない気持ちがぬぐえませんでした。
今年初めに掲げた目標の中で
「まだ拙いコラムの文章力をもっと鍛える」と加えたのは、
この時点で相当行き詰まりを感じていたためでした。

あれこれ見ないフリをしていた自分の限界が一気に決壊したこと。
これが今回のスランプの原因です。

うぇー…とうとう吐露しちまった。
To be continuedだよ…

2022.02.26

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-前編


とにかく雪が止まない。

次々積もる(一晩で太腿まで埋まる量)×3日以上連続!

なんとか通り道は確保。

ちょっと止んでも気温低すぎてほぼ溶けない。

まごまごしているうちにそこら中の屋根から雪が落ちてくる。

家も通路も再び埋まる。

道路雪壁がさらに高くなって回避スペースがなくなる。

除雪が追い付かないまま、また次が降ってくる。

∞ 

…ホント、なんつー冬だ。終盤はコロナどころじゃありませんでした。




今、ものすごく悩んでいます。

そうだな…この感覚は、
今冬のエゲツない雪の降りっぷりにちょっと似ているかもしれません。
いや、もっと深刻かも…たぶん。

結論から言うと、
自分が本当は何をしたいのか、突然分からなくなってしまった
(ンンちょっと語弊があるか…ベクトルはぼんやり定まっているのだけど、
急に言語化できなくなった、という表現が正しい)のです。

そして、それに伴うスケジュール管理もそれこそ全然できていない。
要は頭の中がぐちゃぐちゃ。
本当はじっくり考えたい事、やりたいことがものすごく沢山あるのに、
それこそ閑散期なんだからいくらでも時間があるはずなのに、
何故か焦るばかりで、実行に移せてない。
日々のルーチンだけで精一杯になってしまう。
とにかくいろいろ悪循環。
焦る。悩む。そして再び足がもつれる。

いかん、なぜだ!!!!
絶ち斬らねば!!!!!







私には、三十年以上懇意にしている大切な幼馴染がいます。
彼女の名は、SNSのHNを借りて「えしぃ」ちゃん。

小学生の時に彼女が隣の学区から転校してきて、
一緒のクラスになったのが付き合いの始まりでした。
趣味も志向も似通っていた彼女とはあっという間に親友に。
お互い刺激し合いながら楽しい思い出を紡いでおりました。

ところが、えしぃちゃんは中学生2年生の時に、
突然免疫系の難病にかかりました。現在も治療法がなく、
徐々に厄介な合併症などを引き起こしていく、所謂不治の病でした。

成績も優秀で、それまで卓球の強化選手として部活動に
明け暮れていたえしぃちゃん。アンタいつ寝てんの?と
言いたくなるほど体力自慢の子でした。その将来も、
進学の夢も、普通に暮らせるはずだったその後の日々も、
病気のせいで全て書き換えられてしまいました。
突然の告知と長期入院。これから青春花開くはずだった暮らしが
一変したとあれば、普通なら身も世もなく取り乱していたところです。

でも彼女は、突然不自由な体になっても決して人前で弱音を吐いたり
嘆いたりしませんでした。あっという間にシフトチェンジ。
自分にできる範囲で精一杯学びながら、趣味だった小説書きや
イラストの腕をコツコツ磨き、いつの間に独学でウェブデザインの
知識まで身に着け…
漸く成人を過ぎた頃には、細々ながらフリーランスで仕事を持つまでに
成長していました。

一進一退の不安定な闘病生活、入退院を繰り返してきたこの三十余年。
動悸がひどくて長い間起きられないこともあったり、逆流性食道炎で
体重が激減したりしたこともありました。
さらに近年は脳梗塞を発症して、その後遺症とも戦っています。
命が危ぶまれたことも一度や二度ではなかったハズです。
それでも彼女は折れませんでした。
今では体調と相談しながら、minneでオリジナルのアクセサリーを
販売
しています(←えしぃちゃんのminneの販売サイトです)。

今にして思えば、彼女は早いうちから、自身の境界線というか
輪郭というか、自分の得意な能力やそれを発信する手段を
きちんと身に着けていて、どこまでが体力の限界なのかを
驚くほど客観的に見極めていました。
そして、そのために不要と判断したものは、未練なくばっさり
切り捨てられるだけの強さも早くから兼ね備えていたのだと思います。

そんな彼女がつい先月誕生日を迎えまして、
いつものようにささやかなお祝いを添えて彼女に贈りました。



贈ったのは、私の母の形見でもある、アクアマリンと
モルガナイトのルース↑。

まだえしぃちゃんが病気になる前の小学生だった頃、
「宝物だよ。」と、こっそり棚から取り出して彼女に
この石を見せたことがありました。
(今思えば我ながらなんてガキんちょだと小一時間ry)
ロマンチックで想像力溢れるえしぃちゃんだったから、
たぶんこういうのが好きだろうな~、くらいの気持ちで
当時の私は何気なしにその石を見せたわけです。

ところが、その時えしぃちゃんが受けたのは想像以上の
感動と衝撃だったようです。
その時の私は知りませんでしたが、デザイナーとなった
えしぃちゃんの燃えるような審美眼、宝石への強い興味関心は、
まさにこの石から始まったと言うのです。
他でもない本人が当時の心境についてそうSNSで
呟いていたのをたまたま最近見かけて、
初めてこのことを知りました。

そうか…それならこの石は彼女が持つべきだ。

そう判断するのに時間はかかりませんでした。
私の手元で箪笥の肥やしになったままいつまでも日の目を
見ないより、縁ある人の下で輝いていた方がいいと。
もちろん事前に母の墓前にも報告しました。
亡き母と知己であるえしぃちゃんにとって、もしかしたら
重い形見分けになるかもしれない。でも、えしぃちゃんの
元でならきっと石も喜ぶだろう。
出会ったあの時の感動を思い起こして、これからの創作活動の
励みにしてもらえたら嬉しい。そんな手紙を添えて、
彼女に送り届けました。
えしぃちゃんはそれはもう喜んでくれて、
後日その経緯を写真まで添えて詳しくツイートしてくれました。
自分のことのように嬉しく思うって気持ちは、
まさにこのためにある言葉だよなぁ…。

そして彼女は、お礼のメッセージの中で、私の字が達筆で
えらく驚いたと絶賛してくれました。
今まで習字に取り組んできた経緯を知る彼女です。
その努力が素晴らしいと、手放しで称えてくれました。
うん。ありがとう。あんまりひけらかすようなものでも
ないと思っていたから、評価してもらえるとすごく嬉しい。


ああぁ…でも… 違うんだ。


えしいちゃん。私は本当は努力家じゃない。
長い間努力をして、何一つ欠けることなく形にしてきたのは
私ではなく、えしぃちゃんの方なんだ。

えしぃちゃんは覚えているかな?
小学生の頃、二人とも絵や作文が大好きで交換日記みたいに
創作物をやり取りしていたことがありました。その時ぽつりと
言われた言葉が今でも記憶に残っています。

「私はさ、努力型なんだ。元々能力がないから、努力して努力して、
やっと人に褒められるレベルになれる。でも〇〇〇(私)は違う。
天才型。特別練習しなくてもすごい絵が描けるし、物語も書ける。
私はめちゃくちゃ羨ましい」


そうです。私はいわゆる器用貧乏。
ちょっとかじってみたら大概のことはそれなりにできちゃうという、
後から損するタイプです。実はこの気質のせいで、長い間何を
やっても、感動ややり甲斐を得られませんでした。
まだ小学生で、付き合い始めてそんなに年月経っていなかったのに、
えしぃちゃんは既に私の本質を見抜いていたんだね。
結局私はその後も何一つ長続きしないまま、自分を変えるような
パッションにも出会えないまま、なんとなく進学して、
なんとなく就職して、笑っちゃうくらいあっちこっちで躓いて、
気が付けば10年以上もの年月をあっさり棒に振っていました。
今更時間は巻き戻せないから後悔しても仕方ないのだが。

その間にコツコツと彼女は自分を磨き続け、
少しでも自分の力で生活しようと努力を惜しみませんでした。
自分の限界を知りつつ、病気にめげないで今も向き合っています。

健常者の私なんぞよりずっと強く、はるか先へ進んでいるえしぃちゃん。
発病後、そんな彼女が私の前で涙を見せたのは記憶の限り一度だけです。
それは、同じく重病を患うえしぃちゃんのバイト先のオーナーさんから
「しっかりしなさい」と叱咤された時でした。
えしぃちゃんもあの頃は相当悩み、打ちのめされている時期でした。
それでも、それ以外の彼女はいつ会う時だって満面の笑顔です。




あれ、・・・私は今まで何をしていた?


ここで、突然現実に引き戻されました。
朝、目が覚めた瞬間、直前まであんなにリアルに見ていた
夢の内容を、覚醒と同時に一瞬で綺麗さっぱり忘れて
しまった時のような、あまり良くない意味で頭真っ白な状態。


私は何か一つでも、本気で取り組み続けてきたものがあったか?


投げ出さずに続けられたことと言えば…湯守くらいか?
えぇ、うそー…
西屋に嫁いでそこそこの年数にはなりますが、
今私が女将という立場に今あるのは、ぶっちゃけ嫁いだ先が
たまさか旅館だったからです。聞きようによっちゃかなりの
爆弾発言になってしまいますが。決して努力の末に勝ち取った
ものではありません。
なら、えしぃちゃんが称賛してくれた習字と書道は?
確かにペン字の通信講座を含めた習字への取り組み期間は
足掛け5年以上になりますが…
これが何かを生み出す素に繋げているかと言われれば、
答えは先述の通りナシ寄りのナシ。
書道も去年から本格的に始めたばかりで、
これからギアチェンジするかって段階に過ぎません。
いずれもまだ自己満足の範囲です。

あとは…このコラム改めエセエッセーくらいか。
地味ぃ~に(やりたい放題という意味ではわりと"ド派手に")
続けてはいます。なんだかんだ言って今年で6年目だし。
でもこのエッセー、
そもそも一体誰に向けて、何を得たくて書いていたのだろう?
そもそも今までそんな心持で書いていたっけ??え??
あれ、やばい。分かんなくなってきた。

待ってくれ、本当に私は一体何がしたかったんだ??

改めていろいろ考え直していたら、
自分の立ち位置ややりたかったことが、
急に何もかんも分からなくなってきてしまいました。


…で、以下冒頭に戻ります。





ロシアのウクライナ侵攻や物価上昇やGotoの消滅etc...
ここのところハートブレイクなニュースが次々巷に溢れています。
それらが焦りに拍車をかけているのも事実です。
そりゃ自分という軸がブレにブレまくっているんだから、
外からの情報の嵐にガードが効かないのも仕方ないっちゃ仕方ない。

しかし、だからといって不安に流されている場合じゃあない。
これじゃスランプどころか絶不調。
エセエッセーも続けていけなくなっちまう。
しっかりしろ。
世話になっていた先輩も言っていたじゃないか。
「どんなに志を高く持っても、今自分が守れるのは、
その両手を広げて抱えられる範囲だけだ」って。




……よし、もういちど立ち上がろう。

とりあえず、今まで何も深いことを考えないまま、
伝えるためのもろもろ技術も、読者の皆さんのリアクションも
何もかも置き去りにしたまま、好きなだけ駄文を書き散らしていた
過去の自分はとりあえずぶん殴っとく()
ただし今は後回しだ。

このまま中途半端な自己満足で終わっちゃダメだ。
確かに私は何やってもなかなか長続きしないダメな奴だ(った)が、
何一つ持っていないわけじゃない。自信を無くすな。
ただの山奥の旅館の女将だからといって、無力だと勘違いしてはいけない。
年初の目標にも戻って、自分がやりたかった事を思い出して、
そのうえで今何ができるのか、
もう一回、よーくよーく、考えるんだ。


2022.01.11

今年の抱負(またの名を縛り)とご挨拶


三が日はおろか成人の日も過ぎてしまいましたが、
あけましておめでとうございます。今年最初のコラムです。




本当はかの慧日寺(えにちじ…平安時代に隆盛をきわめた、
最澄や奈良の興福寺ともご縁のあるお寺。福島県耶麻郡磐梯町、
磐梯山の南西部にあり、現在は史跡になっています)
の冬景色をトップにしてご挨拶したかったのですが、
ご存じ年末年始に日本列島を直撃した大寒波&大雪のせいで
とても参拝に行けませんでした。
ぐぬぬ雪め…いつかリベンジする。

代わりにこちらの2枚をUP。




1枚目は、つい先日整体の後に訪れた併設店:cafe蓮櫻さんでの
窓辺のショットです。オーダーするメニューはここ最近いつも同じ。

「ジンジャーほうじ茶(Hot)&スコーン」セット。

このジンジャーほうじ茶、美味しい上にとにかく身体があったまるのだ。
大好き!
普段旅館でお客様をお迎えしている私ですが、ここでは自分がお客さん。
身も心もオフになれる瞬間です。席に着いて、メニューを見ずとも
“いつもので!”が通じる素敵なお店。こんな居心地のいい場所が
身近にあるだけですごく有難く、幸せに思えてきます。
これからも大切にしたい私の憩いの場であります。




そして2枚目は、毎年恒例の手作り七草粥。
私は筋金入りの冷え性ですが、この時期になると益々それが悪化して、
暴飲暴食していないにも関わらず勝手に胃痛や胃もたれが
発動してくれます。お粥や麹仕立ての甘酒は、そんな私のお助け食。
とりわけ七草粥は我が家で毎年欠かさず続けている、数少ない
年中行事の一つです。



珍しく子供達がこぞっておかわりをせがんできました。
白だし入れたのが効いたな。
以前はフリーズドライを使っていましたが、ここ近年は手抜きせず、
素材の味がより感じられるように生野菜から作るようにしています。

え?
あたり一面雪景色で気温も-10度未満なのに、
七草集められるわけないだろう?
おとなしく郷土料理の納豆汁にしとけ??

えぇー…そこは目を瞑ってちょうだいよ。。

前のコラムにも書いたけどね、こちとら仕事で新春らしい
イベントなんぞいつだって楽しめないんだからね。
確かに地面は雪の山だけど、材料なら現代様様でスーパーで
買えてるから無問題(モーマンタイ)!
あとごめんなさい、実は私納豆汁超ニガテ。
納豆も芋がら(※)も食べられるけどね、
いっしょくたに汁化するのがどうにも解せぬ。
それもなぜすり鉢で擦ってまで鍋に入れるんだ解せぬ。
だいたい後片付けがいろんな意味で大変ではないか。
(ディスりすぎ爆)

※芋がら…里芋の茎の部分の皮をはいで天日乾燥させた
もの(この辺じゃ「ずいき」と呼んでいます)を、
さらに乾燥させてヒモ状にしたのが芋がらです。
というか売られている姿がまんまヒモ。

雪国山形には驚くほど多彩な伝統食材・郷土料理(特に冬)
があります。が、考えてみたらひょう干しもからかい煮
(エイの鰭の干物を戻して煮たもの)も寒鱈汁もすこぶる
ニガテなんだわ私…食べられないわけじゃないけれど…
県外出身者にはそもそも戻し方&作り方がよく分からない
時点でハードル高すぎる!
郷土の気候風土が長年かけて育んだ先人の知恵だというのに、
それでいいのか旅館の女将。


まーまー、そんなわけで(?)!


気を取り直して、新春恒例、私の今年の目標を掲げます。
最初に宣言してしっかり逃げ道を絶たないと、何をするにも
尻に火が付かない基本ダメ人間なので、
今回も有言実行縛りです。n番煎じ。

0 まだまだ拙いコラムの文章力をもっと鍛える
1 引き続き書道スキルアップに邁進する 
2 日本の歴史と文化を勉強して知識を蓄える
(特に中世史、古今の年中行事、古典の解読)
3 心に響く言霊(漢詩・和歌・禅語・その他なんでも)を
できるだけたくさん集める…いつか書で認められるように 
4 去年に引き続き、筋トレと庭の世話(笑)
5 家族全員病気やケガをせず一年生き切る 


…最後サバイバルゲームかよ。
ていうか多いな!!!!!できんのかこれ!!??!
まぁ…どれも場数をこなせば何とかなりそうなもの、
日々続ければ「塵も積もれば何とやら」で力がついてきそう
なものばかりだから、つまりは何とかなるだろう(笑)

本当は毎年この場で公言していたつもりでしたが、
過去のコラム見返してみたら、それっぽいことほぼ
書いていなかった…。ダメじゃん(笑)

ともあれ、少子化といい、オミクロンといい、
この先世の中いっとう混迷を深めつつある昨今。
どこまで自分を信じて前に進めるか?
どこまで自分の中の煩悩を削ぎ落せるか?
物欲と、他所と比べてついつい自分の未熟さに卑屈に
なっちゃう悪い癖あたりが当面の強敵かなぁ。
尤も後者は、悟りの直前まで人心を苛む裏ボス的煩悩
らしいので、こいつとはあんまり本気で戦わないようにします。
そも煩悩は消すもんじゃない、うまく付き合ってなんぼだ。

目下の生活信条は「愛着抱けど執着するな」。
上述のcafe蓮櫻オーナーさんからの受け売りですが、
すごく胸に響いた言葉だったのでそのまま頂きました。
意味はそのまんまですが、受け取り方次第で守備範囲が
無限に広がる地味にすごい言葉だと思う。
早い話、自分のライバルは常に自分自身だという戒めな
わけですが、何かと迷いがちな日々の中に合って、
揺るぎない支えになると確信しています。

このコラムもなるべくペースを落とさずに書き続けます。
楽しいコンテンツをこれからも提供してまいりたいと
思いますので、どうぞ皆さん( `・∀・´)ノヨロシクです!!





今日の一枚 

Always Inside Your Head

Lone(2021)

↑サムネクリック!
Loneの公式ようつべチャンネルで
"Hidden by Horizons"のPVが視聴できます。
戦闘機や宇宙船?のカメラから見たいろんな空の世界。
めちゃくちゃカッコいいので一見の価値あり!

イギリスのミュージシャン、マット・カトラーによる
ソロプロジェクト:Loneの最新アルバム。
ジャンルはIDM寄りのエレクトロニック。
彼の初期作品はわりとよくあるダンスっぽい
リズムでしたが、最近は方向性がはっきりしたのか、
いい意味で肩の力が抜けてきた印象があります。
本作でも、Loneならではの透き通るような旋律と、
疾走感あるエレクトリックサウンドが楽しめますぜ。

おまけ。



七草粥より前に食べたサムライマック!!!
発売日に合わせてお店に凸しましたが、よく考えたらこれ旧サムライだった…
でもキニシナイ。アタシは中身に惹かれたんだ!
めちゃくちゃ美味しかった☆

2021.08.20

【人生の話2】磨き玉(魂)は流れ星となって眩い軌跡を描く



赤い穂のススキ~
なんて宣ってInstagramに上げた写真↑ですが、よく見たら萱だったオチ。


巡り巡って今、こうして山の中で旅館の女将やっている自分は幸せか?
私は私のやりたいことを見つけられたか?
今私には、成し遂げたい目標はあるのか?


えー、前回の末尾で盛大に墓穴を掘りました。
よく考えなくてもめちゃくちゃ答えづらいお題を自分自身に吹っ掛けて
書き逃げしてしまった。それも3つも(笑)
フラグは回収しないと書き物が完結しないので、
腹を括って一つ一つ回答していく形でまとめました。



「山の中で旅館の女将やっている自分は幸せか?」

(我ながら地雷踏みまくりの質問だな!)

着物をこよなく愛し、亡き母共々長年お世話になった恩人でもある
寒河江市在住御年91歳のおばあちゃん。
先日彼女から、ご厚意でたくさんの夏着物をお譲り頂きました。
予めちゃんとした呉服屋さんにクリーニングを委託したのでしょう。
長箱の中にぎっしり詰められたたとう紙の中の着物は、どれもしわ一つ
なく折りたたまれ、移動時に着物がずれないための紋紙も丁寧に挟まって
いました。




よく見たら本麻の着物が2枚↑、同じく麻の長襦袢↓も入っていた!!
いやマジでいい品ばっかり。興奮する気持ちを抑えてそれぞれ袖を通して
みましたが、年代のわりに大柄な体格でいらしたおかげで、どれもほぼ
お直し不要で着れる身丈と裄でした。おわー、嬉しいい。さぞ値が張った
であろうことは想像に難くありません、そも他人である私が頂いちゃって
いいんだろうか…いつも思う。でも、
「子や孫はもう誰も着ないというし、このまま箪笥の肥やしに
なってゆくよりは、着る人の手に託される方が着物は幸せなのだ」
と認められた同封の手紙を読むと、私はその想いを託してもらえたのだと
感謝と共に納得してしまえる。



ああ、いかにも着こまれた生地の柔らかさがいい。
このやや黄ばんだ麻の襦袢の味わいもまたいい。
元の持ち主のひとかたならぬ着物への愛着、苦楽を共に歩んだであろう
長い年月を感じます。そうして着物は生きたまま世代を渡り、誰かの
想いを纏って静かに風格を増していくのだ。
だから私は昔の着物が大好きだ。




(↑偶然?西屋の家紋である「丸に片喰」が銀糸で刺繍された絽の色無地。
紗袷かと思ったら、裏地に地紋が入ったちょっと珍しい生地だったと分かり
吃驚。法要でも茶会でもちょっと改まった会場でも着ていける万能着物!)

素敵な着物を頂くたびに、着物好き(というか既に生活…衣食住の一部に
なっている)でよかったと心から思うのでした。
まるで大事な日記のように、自分の知らない時代や人生を受け取れたような
幸福感が味わえるからね。

尤も、今着物を着ているのは意図して「女将」であることを言外にアピール
している意味合いもあります。ものぐさであまり対話を得意としない
私にとって、見た目だけで立場を理解してもらえるのは一石二鳥なのだ。
まさに僥倖。

ならば、そもそも私は女将になりたかったのか?
と改めて問われると、実は答えは

嫁いですぐの頃からしばらく子育てで奥に何年も引っ込んでいたし、
まして嫁ぐ前は西屋の表舞台で自分がどう立ち回るかなんて、何年後
自分がどんな姿で何をしているかなんて、はっきり言って想像すら
していませんでしたから。少なくとも身を固めることで、それまで
根無し草のようにあちこち転々と暮らしていた無味乾燥な日々と
別れを告げ、それなりに穏やかな日々を過ごせるだろうと思い描いた
くらいで(お前どんな生活していたんだ?というツッコミはナシで!)。

…かくして。そんな期待は転入後いとも容易く打ち砕かれたのであった。
修羅場なんていつだって人生いたるところに転がっているもんだとばかり。
うぉおおおそんなん分かっとったわ!!

時代が少しずつ進み、世の中が変遷し、バーチャルがリアルを凌駕し、
こちとら人手が徐々に減り、だんだんと現場で担う役割と負担も増え、
遂に今まで誰も受け持たなかった湯守を完全に引き受け、ぐぉおヤバい
これ以上抱えられないかも…というメンタル瀬戸際に立たされた瞬間、
漸く気づいてしまいました。

「なんだこれ苦しい。なんだこの商売の辛さは。
なんだこの仕事のキツさは。なんだこの自然の厳しさは。」

ここで自棄をおこして「(酒)呑んでやる!」
…などと暴走しなかった自分を褒めてやりたい。
子供が生まれると妙な肝が据わるらしい。むしろこの状況に陥って
「(味噌汁)呑んでやる!」なんて斜め上の思考に走ってしまうのが
私である。てか味噌汁w

ま、ダメで元々だから!
どうせなら誰もやらないようなぶっ飛んだことをやってやろう。
そうやって沈む気持ちを無理やり打ち上げた私は、あれよあれよと
いう間に湯守になり女将になり調理場の欠員補充で包丁を持ち、
気が付けば温泉や泥や時々下水やらかぶりながら最前線でマシンガン
連射していました。マシンガン=気合。
そして溜まりにたまった鬱憤をコラムで吐く日々。
予定は未定、行き当たりばったり、走り出したら止まらない。
廃れたのか逞しくなったのか分りまませんが、ぶっ倒れていないから
とりあえず今のところは大丈夫だろう。
幸か不幸か性格がこんなんだから、そこには「なぜこうなった?」とか
「いつからこんなことやっているんだろう?」みたいな小休止は持ち
えませんでした。なにしろ迫りくる列車の前でひたすらレールを敷く
がごとく、毎日が待ったなしだから。
そうしてコロナ禍が深刻さを増し、オリンピックの夢から醒めた
今頃になって初めて、いつの間にエネルギー切れ寸前になった状態の
まま、発射5秒前の打ち上げ台で無駄に焦って悪あがきをしている自分に
気づいたのでした。
本当は自分が思う以上に疲れていたらしい。
力を抜くことが心底怖いと思うほど。

さて、ここで前回の問いだ。
「旅館の女将やっている自分は幸せか?」

回答:幸せじゃないが苦しい楽しいチクショー。 

ぜんぜん答えになってない(笑)



「成し遂げたい目標はあるか?」 

高校時代、美術の先生と同じくらい忘れられない言葉をくれた恩師が
もう一人いました。政治経済担任の先生。見た目だけを例えるなら、
つげ義春の漫画に出てくる頭もじゃもじゃのモブおじさんみたいな
素晴らしくあか抜けない風貌(例えw)。
よほどの和牛好きだったのか、ぴちぴちの女子高生に向かって
「おしゃべりしてないで話を聞けこの霜降り!!」「脂肪の塊!!」
と身も蓋もない暴言を飛ばし、権力には逆らうのが美徳とばかり
左巻きを公言し、口から出る講義もザ・社会風刺画…それでも言葉の
端々に生徒想いの優しさがにじみ出る、なんとも憎めない先生でした。

そういや同期だという倫理担任の先生となぜかしょっちゅう
「愛の本質はエロスか?アガペーか?」で舌戦論戦を繰り広げていましたが、
あれから決着はついたのだろうか??(余談だが私は前者派だ!)

その政経の先生が、そろそろ進路決定に差し掛かった迷える私達に授業中
静かに説いたのが

「若いうちは、たとえ途中で失敗しても、あらゆる道筋から人生の
立て直しが可能だ。そして当然歳を取ればとるほど、軌道を修正する
上での選択肢は減っていく。体力的にも、時間的にも。
しかし、"可能性は決してゼロにはならない"」

一時は忘却の彼方に追いやっていたこの言葉。
今になって、驚くほど鮮やかによ蘇ってきます。

観光業界の未来は全くもって不透明です。ぶっちゃけコロナ云々以前から
国内観光業は遠回しに前途多難と言われていました。
就職以来全くの異業種にいた私は、こんな事情、嫁来るまで知らんかった。
社寺仏閣と同じで、文化的側面が強い温泉旅館商売は時代に囚われず
細く長く続くものだと勝手に想像していましたから。
今は就職先の花形と言われた大手の代理店や公共交通機関でさえ
苦境に立たされているわけで、表には出さなくとも、みんな同じくらい
不安な気持ちを抱いていると思います。仕事面だけじゃなく、生き方
自体ますます望む道が見えにくくなってきているように感じます。

生きていて、こんなに不安で苦しくて、一体人生何の意味があるのだろう。
どこで道を違えてしまったのだろう。今がつらいと、悔恨と共につい
そんな思いが頭をよぎります。でも、ここで気づいてほしい。
生きていることに「意味」を見出そうとしていること自体、そも生きる
ことに真摯に向き合おうとしている証拠だと。もうどうでもいいや~
と簡単に人生投げ出していない自分を、ぜひ今すぐ滅茶苦茶褒めて
あげてほしい。

私も過去滅茶苦茶やってきましたし、まー、寄り道も人一倍多かったと
思いますが、今日まで過ごしてきた日々は何一つ無駄ではなかったと
今は信じています。なぜならその一つ一つが、今を生きる力・糧に
なっている(と幸いなことに実感できている)から。
不安なら不安な分だけ、今の場所でできる限りの手を尽くせばいい。
必ずのちに何らかの形で財産になってくる。
政経の先生の言葉は正しかった。
諦めずに生きている限り、可能性はゼロにはならないのだ。

回答:もしも世の波に打ち負け、最悪生き方を根本的に変えなければ
いけない日が来たとしても、「あの時私は全力を出し切った」と
清々しく振り返られるように、後になって後悔しないように、
自分を信じて全力で商売をやりきる。



「私は私のやりたいことを見つけられたか?」 
…これ、ほぼ人生の総括だよね?



現在私は西屋で女将をしておりますが、寄る年波に逆らうつもりは
ありません。先のことは分かりゃせんが、経済状況が許す限り、
いずれ体力があるうちに現役リタイアして、何物にも属さない自分だけの
人生にスイッチを切り替えたいと考えています。
さて、その時に自分は何をしていたいだろう?
その時の自分が夢中になって取り組んでいることは何だろう?

別にね、大物になりたいとかそんな野心は全くありません。
まぁ、余暇には気ままにお菓子を作るでもいいし、もしもその時子供達が
結婚し親となっていれば、できる範囲で家族を助けてもあげたい。
そのためには第一に元気でいなきゃいけないし、適度な息抜きも必要だ。
夢だねぇ…(遠い目)。

ともあれ、そんな理想の第二の人生スタート地点から逆に今を辿って、
私という人間の輪郭をとらえようと、ここ最近ずっと模索しています。

転機は去年の母の死でした。終活もままならず世を去った母との別れは、
遺された思いと共に、逆説的に「今この瞬間をいかに悔いなく生きるか」
という命題となって全人生単位で私を突き動かし続けています。
自営業は定年がないから、どこでその終止符を打つかは自分で判断
しなければなりません。うちの大女将もそうですが、一つ前の世代に
よくみられる、商売に夢中になると「趣味なんかに割く時間はない」と
言い切ってしまえるタイプ。確かにストイックでカッコイイとは思う。
でもね、残念ながら、人間の身体は永久機関ではないのだ。
それを生き甲斐とする人生を否定するつもりは毛頭ないが、
幕引きするタイミングを逃せば、いつまで経っても仕事と人生の切り分けが
できないまま、やがて体力が尽きてしまうだろう。そうならないために、
私は仕事とは無関係に打ち込めるもの、どうせやるなら「芸は身を助く」に
通じるものを見つけようと、何年もいろいろかじりながら探してきました。

着物?いやあれは前述の通り衣食住の一部で、もはや必須の分野でんがな。
だから除外。
庭造り?うーん、悪くないけど、自然任せの部分が大きいのであんまり
能動的ではない(それほどのめりこんでない爆)。どちらかというと余暇の
部類だろう。てなわけで除外。
ならば筋トレ??いやいや、あれは健康維持のために必須に入る。
むしろ着物ポジションだわ。ギャップありすぎてセットにするとなんか
笑えるけど。除外。

で、残ったのは…

回答:書道だったりする。
そう、書道。これが近年まれに見るハマりよう。
ペン字よりのめってるかもしれない。実は日本画もかじり始めています。
経費をかけたくないのでデジタル方面限定ですが。まだまだ初心者だけど、
少しずつ描きたいものが見えつつあります。



なんか本来の書きたかった内容とだいぶズレちゃったような…?
まぁいいか。

神道によると、人間はこの世で修行…魂(たま)を磨くために生まれてくる
のだそうです。つまりもし、輪廻転生があるとしたら、今生の努力や経験、
培った知識は何かのかたちで次のステップに反映される…らしい?
真偽はさておき。

ここまで書いてみて、今の心境を一言で表すなら「諦観」ですかな。
"諦"という字は入っているけれど、諦めて悟りをひらくという悲観的な
意味合いではなく、本来の仏教用語としての
「物事を諦(あきら)かに見る=悟りの境地から物事を見る」
こっちの解釈の方がニュアンスとしては近いです。

身も蓋もない話ですが、生きとし生けるもの、いずれこの世を去ります。
いかなる偉人も、あの世には何一つ持っていけません。
みんなそうして命を繋いできました。
母を間近に看取って以来、日々メメントモリを反芻するうちに、いつのまに
このあたりの死に対する認識が180度変わってしまったらしい。
死への恐れを受け入れてなお、むしろ生きることに真摯でありたいと
強く思うようになりました。何をか悲しまんや。

抗うでもなく、何代も引き継がれたお古の着物のようにはいかなくても、
生きているからにはこの世に何か少しでも痕跡を残したいと願ってみる。

自分なりに表現したいもの、仕事の中で実現させたいもの、守りたいもの、
人それぞれ一つ一つを言葉で言い表すことはできないけれど、すべてを
抱えて走る自分がたどり着いた先におそらく「ああ、私は存分に生きた」と
思える彼岸があるのだと思う。

そこに集約される「生きた証」が、最期の一瞬でもいい、
どこかで激しく輝いてくれればそれでいい。
そんな風に夢を見ながら。
今日も「魂磨き」にちまちま時間を割いていく今日この頃です。

ああ、今夜は流れ星が見えるかな。



今日の一曲 

POPEE the クラウン(日本語ver.)

青柳常夫(2002)


(元ネタがニコ動にしかなかったようですがリンク
貼りました。↑オリジナルバージョンもぜひ聴いてみて!)

はい今回の〆。
重くなりすぎた話題は最後の最後で
木っ端みじんにぶっ壊します常套手段。
何度目だよ(笑)これを人はマッチポンプと言う(?)。
てか、この曲知ってるコアなファンいるかな?!?

元ネタは20年ほど前にキッズステーションで放送されていた、
「ポピーザぱフォーマー」というブラックユーモアにも程がある
CGアニメのオープニングテーマです。歌詞がぶっ飛んでいて、
オリジナルバージョンはもはや日本語の体をなしていません。
それなりに意味はあるけど。
歌っている青柳常夫さんは元々素晴らしい美声の持ち主なのですが、
本作では「どっから声でてんの?!」みたいな妙に訛りの入った
素っ頓狂な歌いまわしでリスナーのマインドをポピーよろしく
破壊しにきてくれるのでおススメ(?)。その中毒性は本コラムで
紹介した楽曲でも随一のレベル(だと思う)。
オリジナルはアレですが、日本語バージョンはなぜか秀逸な歌詞ときた。
その中に、今回のテーマにびったりマッチする一節があるので一部
抜粋しますです。

♪100年後は誰でも この世の中いないなら
愛してごらん あとは運に任せて
(原曲)♪メソメソリロ ハジケボン ウタイダスヨ ドレシラリン
ウキウキポレロ カメハエレキ タジラドン


曲調も楽しいし、口ずさんでいると自然と元気が出てくる
(あるいはサツ意が湧いてくるw)不思議な歌。
気持ちが沈んでいるそこのアナタも、レッツ・シング。
しかしまぁオリジナルバージョンがまともに聴くだけあまりにも
何じゃこりゃな内容なので、その良さがなかなか一般に理解されません(笑)
今ではネットの力で全曲視聴できるようなので、
気になる方はぜひ覗いてみて下さいね~。

2021.05.01

閑話休題 ~ちょっとしたお知らせ~

 

宴会場の窓辺のしだれ桜「みやえ」ちゃん、やっと咲いたよ~。

こんにちは。
今年の新年度は、もう何度目か分からないヤケクソ断捨離ボンバーで
幕を開けた女将です。

実際は、子供の進学&転校を経て生活環境が一変した家の中をほぼ丸ごと
整理するつもりで(人と猫以外の)身の回り全てに八つ当たりしてやった、
というのが正しい(かつ過激な)表現ですが。
結果残ったのはやけにすっきりした自宅の静けさと、
1階と2階に完全分離した子供たちの部屋、
そして相変わらずのコラム更新サボり魔というゆるぎない事実。
もう言い訳などしない(遠い目)。

身も蓋もない話、私のストレスは先々月中頃からずっとメーター
臨界点スレスレでした。Rランプ点灯しっぱなし。
それこそ何冊もの薄い本漁りまくる程度に頭キレまくっていました。
大しけに揉まれる小舟の如く難航する商売の舵取りで、
自分の時間はおろか、惜しむらくも先月で閉校した子供達の
小学校の思い出を家族で語り合う時間の余裕すら得られることはなく、
閑散とした山奥で悶々と仕事に明け暮れる日々はこれでもかと
メンタルを打ちのめしてくれました。

喧しい、なにがコロナだ。
なにがオリンピックだ。
アクセルとブレーキ両方踏むがごとく毎日毎日当たり前のように
同じニュース枠で白黒一緒くたに報道してんじゃねーわ。
(もちろんニュースを読むキャスターの皆さんは一片も悪くない。)
しかしまぁこれを観ている巷の視聴者は何とも思わないのだろうか。
一体世の中何がしたいんだ。
どこへ向かおうとしているんだ。
まるで理解できないし、そもそも理解したくもない。

もともと短気で沸点の低い残念な性格。はい、自覚しています。
え、オブラート?なにそれ美味しいの(爆)
もちろん今までそれなりに抑えていたつもりでした。
物理的に発狂しなかったのはちょっと奇跡かも?
でも、導火線の縮れた点火済みダイナマイトが自身に重なった
時点でもうアウトでした。

こうなったら何もかんも盛大にぶっ壊(断捨離)してやるわー!!!
→…で、文章冒頭に戻る(笑)

今回の断捨離ではそういう経緯もあり、過去を清算するがごとく
自分に身近なものほど徹底的にぶん投げました。
それが何年も家にあったものだろうと容赦しませんでした。
「要らん、どうせあの世には何一つ持っていけない」
とかいう滅茶苦茶な基準で判断を下した時点で即廃棄。
最たる対象物は中身丸ごとタンス、そして数十年来の思い出の品々。
まぁ、勢いあまってそもそも捨てなくてもいいものまで
捨てちゃった事故もいくつかありましたが
(しかもその大半は主人の持ち物という傍若無人ぶり(爆))、
「代わりに捨て判断を下した上に家の中もすっきりして、
Win-Winどころか一石三鳥じゃないか」とジャ〇アン並みの
マッチポンプ(?)で丸め込んでしまった極悪非道は私です(笑)。

日にちが経っていくらか頭の醒めた今なら(こっそり)謝れる。
すまんかった。

他方、このコラムを今までのスタイルで続けていくことについて
限界を感じたのも同時期でした。
なぜなら、一時的とはいえ方向性を見失ってしまったから。
特に米沢のいい所あれこれシリーズを書き続けることが事実上
困難になってしまったから。
コロナの亡霊はこんなところで思わぬ影を落としてくれました。
明るいネタがいよいよ思い浮かばない。
スランプと言えば響きは良いのですが、要はメンタル疲労への
自己嫌悪が一番の理由です。

もともとこのコラムは自由設定のもとに作られたおまけコーナー
だったため、見切り発車でスタートした時点で旅館公式サイトの
一隅としての立ち位置からは完全に外れっぱなしでした。

いやいやいや何を今更。
そもそもぶっ飛んでいたのは私自身じゃないか。
…なんていう一人ツッコミはさておき(笑)

自由に好きなことを書いていたようで、実際はそうなり切れて
いませんでした。
西屋として、少しでも役に立てる地域情報を発信したい。
本当は、女将としてのキャラ立ちを敢えて前面に出して、
西屋に少しでも親しみを持ってもらえたら…というしょうもない
企みもあって、「米沢のいい所あれこれ」シリーズを連載したり、
旅館に何ら関係ないマニアの極みの音楽ネタを気まぐれに
書き綴っておりましたが、いつの間にかそれが縛りになって、
「早くどこか紹介しなきゃ」
「もっと面白いネタを書かなきゃ」
「次はどこに行って紹介したらいいだろう」
「コロナだし仕事で留守にできないし情報収集&発信できない」
という堪えがたい焦燥感になって、結局忙しさにかまけてコラムを
書くこと自体手が止まってしまったのでした。

もっと違う形で。
もっと自由に。
もっと肩の力を抜いて。
こんな狭苦しい今の時代だから、短い文章でもいいから、
心の琴線に触れた言葉を思うままに書いてみていいんじゃないだろうか。

今そんな風に考えつつあります。

というわけで、
今までのコラムのシリーズは一旦全て白紙に戻して、
思いついたままを思いついたままに書く(あるいは描く)
よりライトなコーナーとしてプチリニューアルをしたいと思います。

もちろん、ステキな地元のお店やちょっとした情報、
破滅的にマニアな音楽ネタも添えていくつもりです。

こんなコラムでも、本当に隅から隅まで読んで下さって、
「この間紹介していたお店に行ってみましたよ!」と涙が出るほど
うれしい声をかけて下さるお客様が今もいらっしゃるから。

自己満足でごめんなさいですが、
ちょっとしたリハビリのつもりで、改めてこのコラムへ日々の
思いを綴ってみたいと思います。どうぞ皆さん素敵なGWを。


2020.11.21

閑話休題 ~下半期の懺悔①~

 



今日もせっせと地域クーポンにスタンプポンポン。
西屋の地域クーポン発行担当は他でもない私ですポンポン。
世の中のハンコ撤廃化とは真逆の世界、ここにあり。


こんにちは。
スイーツ大好きですが、キャラメル・フロランタン・ヌガーだけは
無下限呪術並にタッチできない天敵トリオの若女将です!!

なんという事だ…なんという事だ……

私としたことが、今回は当コラム始まって以来の未更新記録を
たたき出してしまいました。
言うまでもありませんが正直に言おう。忙しかったんじゃー!


自治体のコロナ対策キャンペーンとGotoトラベルと一年で一番の繁忙期
(トドメはやっぱり究極の人手不足)が間髪入れずにやってきたこともあって、
初夏からここ最近に至るまで息つく暇もない日々が続いていました。
(無論このご時世、贅沢な悩みであることには違いありませんが…。)


文章ばかり書くのもなんなので、スライドショーで振り返りまショー。



働き方やサービスの工夫の一環で、私も調理場でみんなのおまかないを
用意する機会がふえてきました。



↑こちら、水加減ミスって失敗したポテサラをコロッケに昇格。
献立や組み合わせは毎回行き当たりばったりです。
余った食材も頂き物のお野菜類もすべて極力活用。
時にはおまかない用に作ったものが宴会場でのおばんざいに
ラインナップされることもあります。
時間の猶予がなくても、それがバックヤード専門のおかずでも、
「美味しいもの」を作りたいという根性は決して絶やさない!
なんかね、この半年でもう凄い主婦力上がった気がします(笑)



9月上旬には玄関ホールを作業場にして事務所大リフォームを敢行しました。
もちろん期間中は休館日。ところが…



予定より大幅に作業が遅れ、休館日明けまでこんなぐちゃぐちゃ状態という
非常事態に。しかしこの後2時間足らずで全部元通りに復旧!
今思い返してもハラハラドキドキのビフォーアフターでした。




合間を縫うようにひたすら続く日頃の湯守活動、館内のコロナ感染対策、
調理場、接客、掃除、そしてGotoキャンペーンの利用管理etc…
時にはオーバーヒート気味な頭を冷却させようと、よせばいいのに真夜中に
衝動的にお菓子を焼いたりもしました。

…で、なんかできた。



※ラングドシャです

オーブンを開けて腹筋ブレイク(笑)





かぐら「なんか忘れてない?」


そうそう!
書く時間こそありませんでしたが、
実は折を見てコツコツコラムのネタを収集したりもしていました。
結果は頓珍漢でも、決して頓珍漢なこと自体やっていたわけではないのだっ




↑こちらは市内でも超有名な某ラーメン屋さんの激ウマラーメン。
これを見ただけでどこのお店か分かったあなたは米沢ラーメン通!
(詳細は後日UPしますのでお楽しみに~!)




初秋には魚類(メダカ)と甲殻類(タニシ)の新しい家族が増えました?!




この子達は、以前このコラムでご紹介したことのあるカフェ蓮櫻さんから
頂きました。現在全部で8匹(メダカ)と3匹(タニシ)。
個体識別できないので、全部まとめて「メーチャンズ」「タニシ野郎」
と呼んでいます。

タニシ野郎「 … ( °_° ) 」





外は実りの秋あり…



山々は紅葉したかと思ったらあっという間に落葉し…
(ホントまともに見る機会がなかったね今年は…)

予定表や予約帳を見返すたびに何回も叫んでいた気がします。
「今日は何月何日何曜日?!」




11月初めには一発目の初雪も迎えました。

こんなに時間の流れを早く感じたのは過去に記憶がないかもしれません。
前回のコラム更新(真夏)から実に季節3つ跨いだことになります。
地球も太陽の周りを1/4週回ったよ。早すぎだよ。
よく分かんない例えだよ。
あああ大丈夫かおいおいおい…



そんな中。

メルトダウンのラングドシャも、

炊き立てゴハンの入った炊飯器を自らうっかり真っ逆さまにひっくり返して
全部パーにした(!)調理場初のぶちまけパニックも
いっそかわいく思えるほど、私の度肝を抜いた衝撃の出来事が勃発。



それは9月末のある日のこと。



娘「あ…やばい… 

お母さーん、取れちゃったー(棒)





























































出典:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』






まさかの太郎ちゃん全髪ズルッぱげ事件。

2020年後半期の
”マイベストオブショッキング”は太郎ちゃんで決まりだ!!!


そりゃ太郎ちゃん齢百歳オーバーだし、どこかしら経年劣化が生じるのは仕方が
ないことですが、よもや頭からごっそり行くとは。。


実は太郎ちゃんの髪は元々本物の人毛が付けられていました。
所縁ある持ち主の髪ではなく、商用に提供されたものだとは思います。が、
これが抜け落ちたことで、何というか、今後の我が身の健康不安あるいは災厄を
身代わりになって示してくれてたのような凄く恐ろしい予感が過りました。
仏間の棚の中からレスキューした時から、何故かこの子の中に魂のようなものを
感じていたから余計にそう思ったのかもしれません。

太郎ちゃんはその後、インターネットで探し当てた京都の人形屋さんに
修復を依頼し、意を決してはるばる入院に出したのでした。

そしてそれから約2週間後…

はたして太郎ちゃんの運命やいかに?!

続きは次回
にて!!!

2020.03.29

音のある生活 38 「Have a good sleep」




何年も前、かなりリアルにこんな景色を夢に見たデジャヴ。

こんにちは。
腸内フローラ改善のための献立作りに(今更ですが家族分も)
取り組みはじめた若女将です。



でもって、こっちは何の変哲もない手作りのフルーツ白玉(笑)
シロップ漬けにこっそりブランデーをひとったれ。

休みの日はスローフードモードです(なんせ時間が…)
巷には優秀なサプリメントもいろいろあるようですが、
健康について長い目で改めて考えた時、手軽さよりも日頃の食生活を
根本的に見直すほうがずっと堅実的で継続可能だと
思い直すようになりました。

料理研究家の故城戸崎愛さんは″生きることは食べること”という名言を
遺しましたが、まさに正鵠を射たりです。
どんな災難にまみれようとも、生きとし生けるもの生きなければならない。
そして生きるためには食べ続けなければいけない。

"減量"
は重荷(物理)を負いて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。
(あの遺訓…実は徳川家康公の言葉じゃなかったんだそうで。
事実を知ったときはショックでしたわ…)

かたやコロナウイルス。
事態が収束する兆しが未だに見えませんね。
感染そのものの危険性もさることながら、今は人口密集地も過疎地も
巻き込んで社会全体が過剰な”アレルギー反応”…不安が不安を呼ぶ
集団パニックに似た渦中にあるように見えます。
それが結果的にすべての経済活動をマイナスに陥れている矛盾
というか悪循環。
似たようなことを指摘する専門家もいますが、それこそがこの度の
問題の根幹なんじゃないかと考えています。
海外からの観光客が激減する中、日本中の高級食材の価格が急降下
しているというニュースを何日か前に耳にしました。西屋も米沢牛を
提供させて頂いている旅館。”非日常”が否が応でも敬遠される今、
生産や仕入れに関わる知り合いの業者さんの顔が思い浮かび胸が
痛くなりました。辛い。


だからって、この混乱時に和牛商品券給付なんて論外だよ論外。大反対。
今国民が必要としているのは贅沢ではなく平和な日々の暮らしなんだ。

政治家の皆さんはだな、利権を抱えていつまでもくだらない
議論しているヒマがあったら、一刻も早く現金を給付してくれ。
(昨日の安倍首相の記者会見で具体的な話がほぼ出なかったのは狂気でした)
いつ収まるのか見当もつないけれど、早く救済措置を発動させないと
ようやく自粛が解除されるであろう頃には私達ほぼ間違いなく干からびてる。

日本の企業・事業所の99.7%を占めるという中小零細は、どっかの誰かが
言うように確かに日本経済の足を引っ張る存在かもしれない。でもね、
その事業所に従事する人数が一体どれくらいいるのかも考えてほしいのだ。

願わくば、人々が足元を見つめ直し、身近なところから小さな幸せが、
そして内需が復活していきますように。

そんな淡い期待を心のどこかに抱いて、
身近な食事や家族と過ごす何気ない日々、
当たり前のように流れていた「日常」のありがたみを再認識する
今いい機会だと気を取り直し、久しくできなかったおやつ作りを
楽しんだりしている今日この頃です。



今日の一枚

"Asleep Versions - EP"

Jon Hopkins(2014)


(↑サムネイルクリックでImmunityが視聴できます。)



イギリスのミュージシャン、ジョン・ホプキンスが2014年に
リリースしたミニアルバム。
自身の人気曲を抜粋し、全体にヒーリング・アンビエントっぽい
穏やかな曲調にアレンジした私のお気に入りの一枚です。
特にImmunityがおススメ。邦訳すると「免疫」。まさにそれ。
寝しなに雑音を避け、ボリュームを落として聴くと、
個人的に一番星が輝く澄んだ夕空が脳裏に浮かびます。
まさにAsleep Version。今宵の安眠は間違いなし。

Open Eye SIgnalsは逆に瞑想向けかな?
シャープめなアレンジもありますが、どの曲も不思議に落ち着きます。

こんな時だからこそ、安心して眠れるひと時、
大切な人と過ごす穏やかな時間、
心の波を鎮めるつとめは大事だと思います。
(多分自分が一番そう言い聞かせてる(汗))

Have a good sleep everyone.

2019.12.28

音のある生活 33「ボーダレス・ヴォイス!」

 こんにちは。

クリスマスはシュトレンの代わりに頂き物の柚子で
ひたすらジャムを作っていた若女将です。
柚子の香りは大好きです。凍てつく冬の寒さも華やかに解れる
ような気がします。ええ、もったいなくてお風呂(温泉)になんて
投げ込めませんがな。

さて旅館業的怒涛の年末年始が既に始まっているわけですが、
今年最後のコラムですので、「どうやって作ってるの?」
「これだけお土産で売っていないの?」お客様からよく質問される
冷汁の西屋オリジナル"そばあられ"トッピングについて
これまた何の前触れもなく解説を爆弾投下したいと思います。
(↑もはや前振りじゃない)

実はこうやって作っています。



①生そば(むき実)を仕入れる。



②板前さんが素揚げする。



③バットの上で冷ます。



以上。簡単ワンツースリー。

手作りですから保存料は一切使用していないのはもちろんのこと、
お土産販売は致しておりませんので予めご了承ください。
冷汁にかけて混ぜて食べるのが西屋流ですが、
そのまま酒のつまみにポリポリされる方や、
ふりかけ代わりにご飯にかけるうちの息子のような猛者まで楽しみ方色々。
ぜひ食事処でおつなアレンジに挑戦してみてください(?)。



というわけで2019年最後の音楽シリーズはこれで〆だ!
33回。燦燦と輝け!!「ボーダレス・ヴォイス!」

"Invocation"

ANUNA(1994)


※サムネイル↑クリックで公式サイト(英語)にリンク。
"About"では、2017年に東京オーチャードホールで上演された
能「鷹姫(アイルランドの小説)」の様子が視聴できます。
能楽×声楽の異文化スーパーコラボ!

彼らのCDはどれも載せたいくらいお薦めなのですが、
特に好きな曲が詰まっているこちらの2ndアルバムをピックアップ。
コンプリート無理だよ!という方はThe Wild Song と
Ich Am of Irlaund、My Lagan Loveだけでも聴いてみてください。
(公式サイトで聴けマス)別のアルバムですがSanctusもおススメ。
どの曲もおススメ。

ところでアヌーナって何?という方にざっと解説いたしましょう。

アイルランドの音楽家・作曲家、マイケル・マッグリン率いる珠玉の
声楽グループ、アヌーナ。30年近いキャリアの中でメンバーを
常に変えながら(ケルティック・ウーマンで一躍有名になったソリストの
メイヴも一時期在籍していました)、歴史に埋もれかけていた古の聖歌や
地元アイルランド地域の伝統的な歌曲を復活させ、神秘的なハーモニーで
世界に感動を与え続けています。
初めて彼らの歌を聴いたのはリバーダンス全盛期の頃でした。
アンビエントな和音の流れ、透明感のあるソプラノと後から続くアンサンブル…
アイリッシュハープの伴奏やオーケストラをバックにした曲もありますが、
多くがコーラスのみの構成。例えばO Maria。久遠の闇の中で揺らぎながら輝く
七色の光のように、混声合唱のみで複雑に織りなされる奇跡の音楽に
鳥肌が立つこと間違いなしです。
人の声はこんなにも美しいものなのだと改めて気づかされます。

人類おそるべし(意味不明)。

リーダーのマイケルは作曲やアレンジの他PVも自分でプロデュースいる
わけですが(PVやメンバーの舞台裏などを収録したDVD版のおまけでは、
一曲歌い終えた後小走りでカメラのスイッチを切りにやってくるマイケル氏の
キュートな姿が拝める(笑))どのPVも吸い込まれるほど美しいのなんの。
アイルランド(の極めて無人の地)にぜひとも行きたくなってしまいます。

またアヌーナは上記の能楽コラボ然り大変な親日家で、何度も日本公演を
開催しています。東日本大震災の折には、福島県いわき市の小学校に
わざわざ慰問演奏にも来てくれていました。
雪やこんこんを日本語で熱唱。なんていい人たちだ。。
近年はスクエニのゲーム「ゼノギアス」サントラにも参加しているようなので、
気になる方はチェックしてみてください。


ANÚNA "Mononoke Hime" / ANUNA

ちなみに↑のようつべは、

2015年に発売されたアルバムにも収録されている「もののけ姫」
アヌーナver.です。日本語の発音が完璧なのに驚くのはもちろん、
オリジナルのエッセンスを失わず、さらに素晴らしいアカペラに
アレンジしています。

静かに年が変わりつつある冬の夜、この世ならざる神秘の歌声で
一年の疲れを癒してみてはいかがでしょう。

PS:どーでもいい余談ですが、アヌーナをGoogleで検索しようとしたら
「アヌーナ米良」ってキーワードが出てきて不意打ち腹筋崩壊しました。
もののけ姫のせいだ(笑)

皆様どうぞよいお年をお過ごしください!

2019.11.29

閑話休題 ~私流おもてなし論~


こんにちは。
無散水消雪のスタートと共に極寒モードに入った湯守こと若女将です。



めっきり寒くなりましたねぇ。
最近じゃ「結婚は金だァ!」というバブル期懐かしい爆弾発言で
斜め上の炎上商法を展開するボインなお姉ちゃんが話題になっているようですが、
皆様お元気でお過ごしですか。

商売を営んでいて常々思うのは、ないものは誤魔化さずないと白黒言わないと
ダメだということ。西屋は寒いわバリアフリーじゃないわ部屋にトイレは
ないわで、種も仕掛けもなくないないづくし。建物の雰囲気上年配の方が
「泊まりたい」と強く望まれることが多く、その気持ちだけでも本当に有難い
限りですが、この超がつく不便な館内や過ごし方をどうやってご理解頂くか、
それでも来てくださった方にいかに心安らぐひと時を提供するか…
心折れつつ模索するそんな日々。

愛より金目当てを盛大に公言した上、続く大衆の非難もあっさり
跳ねのけた件のお姉ちゃんのタフさをぜひ見習いたい。

かつてフランスの哲学者ヴォルテールが「真の欲求なくして真の満足なし」と
言ったものだが、彼女はよくも悪しくもリビドー全開で「物事きっぱり宣言」の
意義を体現してくれている。
本音をついつい隠す難しい人よりよほど好感が持てます(とりあえず褒めてない)。
これでお相手が「僕の結婚の決め手は彼女の顔(と"おちち")です」なんて
身も蓋もないコメントしてくれたらいろいろな意味で完璧?!
結婚はその先全てのスタートに過ぎません。末永くお幸せに。



今日は閑話休題。
いまやサービス業の代名詞ともいえる「おもてなし」についての話題です。
題して「おもてなしとサービスは別物だ!



皆さんは「おもてなし」という言葉についてどのように解釈していますか。

数年前滝川クリステルさんの東京オリンピック招致スピーチで絶大な威力を
発揮し、すっかり流行語化した「お・も・て・な・し」。
通常接客業の周辺でよく使われている、あるいは耳にする言葉だと思いますが、
実はこの言葉、とんでもない誤解が蔓延していると非常に危惧しています。

かくいう私も接客業に従事する人間の一人ですが、自ら「おもてなし」という
言葉は絶対に使いません。サービスを提供する側がそれを口にするのは根本的に
間違っていると考えているからです。

なぜか?
説明しよう。

そもそもおもてなしとは何か?から始まります。
身近なところで旅館業に当てはめてみます。

例えば、夕食の準備や提供、お布団敷き、客室の掃除。これは「サービス」です。
お客様が払う代金の対価として宿が提供するもので、要は「仕事」の部分です。
①サービス=仕事

一方の湯守業。これは以前コラムで長々と主張した通り“情け”の部分、
見返りを求めず、ただただお客様の「あぁ~風呂気持ちいぃ~」を目指して
提供し続けるもの。つまり「おもてなし」です。
②おもてなし=情け

∴①②お判りでしょうか。両者は似て非なり。



私は湯守を厳密に仕事(=サービス)とはとらえていません。なぜなら、
必ずしなければいけないことではないからです。
接客スタッフや掃除番はいなければ旅館業は成り立ちませんが、
湯守はぶっちゃけいなくても旅館は回っていくんだな、これが…。
実際数年前まで西屋もそうでした。
今振り返ると恐ろしい話ですが。



湯守が果たす役割は、お客様が宿で心地よい時間を満喫する
(宿への評価・全体的な満足度↑・リピート化する有難い場合もある)上で
極めて重要なポジションの一角を占めます。
しかし、宿泊プランによくある素泊まりVS1泊2食付きのように、
提供するサービスの有無によって同じ部屋でも値段が変わるのとちがい、
「適温でのお風呂提供」そんなバカげた項目の追加料金なんてありません。
提供されていて当然どころか殆ど意識されることもない部分でしょう。
今は無きマ〇ドナルドの「スマイル0円」みたいなやつ。
それを有意義なものと位置付けるか面倒だから省くのか程度の違いであって、
要は湯守に精を出す人間の心の問題になるわけです。

現に私も湯守としてお客様にいつも気持ちよくお風呂に入ってもらいたいという
気持ちを絶やさずに日々務めておりますが、それ自体でお金をもらおうなんて
思ったことは本当に一度もありません。そんなあさましい考えでいたら、
四季折々の水源事情やら過酷な自然やら雪やら虫やら暑さやらで、
たちまち「やってられるか3K!」と投げ出してしまうでしょう。



そんな「相手に気持ちよく過ごしてほしい(もてなしたい)」という気持ちと、
お客様が帰りがけに笑顔でかけてくださる「ありがとう」の言葉が対になって
初めて双方に心地よい空間ができます。
これが②´宿:お客様=50:50の理想的なおもてなし成立のかたち。

実はここにとんでもない落とし穴が潜んでおるのだ。

宿側がお客様に気持ちよく過ごしてほしい(もてなしたい)という素の思い。
本来それはさりげなく届けられるもので、見返りを必要としない部分です。
にもかかわらず、お客様の満足(とリピート)を期待するあまり「思い」を
①仕事(サービス…商品ともいえる)と捉えてしまうことは、従業員への
サービスの強要、メンタルの束縛につながりかねません。
言い換えると、おもてなしというのはお客様が客観的に宿側を評価する際に
使う非金銭的付加価値であって、サービスそのものではないのです。
宿側が押しつけがましく「おもてなし=サービス提供」なんて言うのは
もってのほかです。コストに関係なく無理なサービスを延々提供しなければ
ならない悪循環を
自ら招くのは旅館業そのものの疲弊にもつながりかねない。
だから私は「おもてなし」という言葉を使わないのです。

お客様側もまたしかりです。
旅館の女将がこんなことを言ったら頭おかしいと思わるかもしれませんが、敢えて主張します。
「お金を払うんだからもてなされて当然」という考えは間違っています。
この場合、基本的なサービス以上にもっともてなすべきというニュアンスであることが
ほとんどだと思いますが、モチベーション破綻寸前か、人手がなく経営に手一杯で
よほど疲れ切ったところでない限り、どの宿もお店も、お客様に失礼のないよう
きちんと対価に見合うサービスを提供していますし、それ以上に満足して
ほしいという気持ちで日々努力しています(いるはずです)。
ましてモノを売る商売と違って、サービスは目に見えないものが非常に多いから、
どこまでがサービスでどこからがおもてなしなのか、上記の通り宿側も実際
把握できていない事が多いし、その境界線がどうしても曖昧だったりします。
難しいテーマではあるけれど、だからこそ、もし思った通りのサービスを
受けられなかったとしても「あそこはおもてなし精神がない」
「サービスがなっていない」とごっちゃに解釈したままおしなべて
けなすのはどうか控えてほしいと私は思うのです。

極端な例えですが、おもてなしを要求するということは
「我が気に入ったのだから我のことを好きになれ」と言っているのと同じです。
口だけうわべだけじゃなく、「心から好きになれ」って言っているのと同じ!
心まで無理やり求められる仕事を暗黙の裡に容認していいのでしょうか。私はNOです。

サービスを提供する側とお客様は常に50:50。
お金を頂くからと前者がどうしてもへりくだりがちですが、
私はお客様と対等の立場で堂々と商売をしたい。
そしてお客様の笑顔のために誇りをもって湯守を続けていきたい。
ブレない、こけない、がってしない。

双方の心地よい空間「理想的なおもてなし成立」を目指して、
今日もひっそりと精進を続けます。

2019.07.05

音のある生活 27 「西屋アクションバトル(?!)」


こんにちは。
聖イエスさんより“一発芸貞子”が得意な若女将です。
すっかり自他共にチタン箸がトレードマーク化し、小学校の授業参観でも
他の子たちからしっかりツッこまれ、期待通りのリアクションについニヤリ(笑)




はな「テーブルの上の箸をコロがして隠しちゃうのが今日も楽しいのよ~」

さて、いろんな意味で見るも無残…更新期間がガッパリ空いてしまいました。
文打つ時間が取れないどころか、ほぼまともに事務所にいなかった気がするこの1か月。

実は先月、ここのところ深刻さを極めていた人員不足問題を打破すべく、
かねてより構想していた接客体制の大胆な改革を実施していたのでした。



一番の目玉は飲み物のセルフオーダー式導入。
宴会場に新しく設置した冷蔵ショーケース↑からお好きな飲み物を、
その隣の棚から好みのグラスorぐい飲みをお客様ご自身で選んで頂き、
思い思いのペース&スタイルで楽しんでいただけるよう食事中のサービス内容を
変更したことです。
特に地酒コーナーには力を入れました。
扱う種類を3倍以上に増やし、季節ごとに次々生み出されていく山形各地の
地酒を白布温泉街のかもしかやさんと相談しながら小ロットで仕入れています。

ほかにも、今まで後出ししていたご飯や汁物を同じくバイキング式にし、
好きなだけ自由にテーブルに持っていけるようカウンターを増設しました。



ご飯茶碗や湯呑茶碗も、グラス類と同じく西屋にあったヴィンテージや
セレクトショップで見つけた作家物などさまざま集め、味覚だけでなく
目で見て食事を楽しめるスタイルに変えました。
(得意のDIY技で古かった棚を古民家カフェ風にリノベできて我ながら大満足)
こうすることで、接客スタッフが少なくてもお客様をお待たせする時間が縮小され、
お互いにゆとりが生まれます。
シフト管理を預かる傍次々と入る予約を前にして、新しいやり方が伸るか反るか
焦りや不安もありましたが、杞憂でした。夕食時、お部屋までお客様をお迎えに
上がるスタイルも思い切って廃止しましたが、今のところ混乱はありません。

今は軌道修正段階だしまだ結論を出すのは早いのですが、
この決断は間違っていないなかったと確信しています。

時代の流れとともにサービスの形は変わっていっても、西屋の温泉や建物の
歴史と風情は不変です。どうぞこれからも西屋をご贔屓いただきますよう
お願い致します。




・・・唯一の誤算は限界突破のハイペースぶり。
当初は今年中に改造を…なんて考えていましたが、
ゴーサインを自ら掲げて走り出してみたら一ヶ月も経たないうちに①plan ②do まで
完遂してしまったという鬼スケジュール。当然ながら机に向かう時間もないわけです。
いつのまに疲労が溜まったのか、数日前、白布街道でぼんやり運転していたハイエースの
土手っ腹を盛大にガードレールに擦り付けるという自爆をとうとうやらかしてしまいました(涙)

当たりどころが少々悪かったせいか、スライドドアがすんなり閉まらなくなり、
抉れ傷はご丁寧にも助手席のドアからスライドドアから後輪付近のボデーまで
満遍なく逝っちゃってます。
いつも何気なく通っている道な上、とてもこんな物損をやらかすようなコーナーでは
なかったはずなのに、思わぬところにメンタルをへし折る伏兵(ガードレール)が
潜んでいたという笑えないオチでした。何という皮肉。
ようやくまともな休みが取れた矢先の惨事。
ウキウキ気分は一瞬にして暗黒面に転落…
休み中ずっとSvartsinnのMørkets Variablerみたいな顔していたと思います…(白目)

修理代の痛いダメージは喰らいましたが、誰も乗せておらずただの自爆だったのが
とにかく不幸中の幸いでした。全国ニュースで聞かれる悲惨な交通事故の数々は、
ほんの一瞬の無自覚な油断によって起きているのだという事実。改めて身に沁みました。
同時に、脇目も振らず猪突猛進していた私に神様が手痛い喝を入れてくれたのだと
今では言い聞かせています。
皆さん。くれぐれもお休みはしっかり取りましょう。



さて、新コーナーの紹介から一転、ブルーになる話題を再び打ち上げるように
(ちょっと自虐を織り交ぜ)今日の1枚。

Transglobal Underground "Psychic Karaoke"

          Transglobal Underground (1998)

イギリスのグループ、トランスグローバルアンダーグラウンドの4thアルバム。
どこかレトロで多国籍っぽい音楽づくり(ジャンルはワールド)が特色です。
ノリで作るスパイシークレイジー闇鍋のような作風が大好き(褒めてます(笑))。
濃ゆいアジアンなジャケットが見た目にも印象的なこちらのアルバムは、中身も
イメージに違わず、伝統文化と近代的発展が複雑に絡み合う東アジア諸国を
仲間とともに旅する冒険映画サントラのような熱(暑)い曲が散りばめられています。

季節は雨季?特にアルバムのタイトルにもなった「サイキックカラオケ」が血湧き
肉躍る隠れた名曲。場面イメージとしては終盤一歩手前、例えば香港の繁華街。
敵のアジトを前に大勢のチンドン屋…いやチンピラから逃亡劇を繰り広げるも
まさかの袋小路。絶体絶命のピンチに陥った矢先…!!
待たせたな、今助けるぜ!」という頼もしいかけ声とともに路地の影から突如
現れたかと思いきや、いきなり敵味方見境なく(しかもよりによって)ロケット
ランチャーをぶっ放すネジのすっ飛んだ問題児(一応仲間)乱入!!
…みたいな、いかにもコテコテの手に汗握るシーンが思い浮かびます(笑)

アーデモヤッパリソコジャーナイヨーソコジャーナイヨーナイヨーダー!
(ご丁寧にこの曲、こんな空耳シャウトまで練りこまれている。)

狭い路地で土ぼこりを上げながら豪快な勧善懲悪バトルを繰り広げる
仲間たち。そしてその背後からこれまた豪快にポンポン飛んでくるロケット。
「ゥワハハハ!!!逃げ惑え(cv.堀内賢雄)!!!!」
味方モブ「どこめがけて撃ちやがる!!お前ちゃっかり楽しんでるだろー!!」

すみません一人で笑いながら書いています。全然疲れが取れていないようです(苦笑)
まぁかなりマニアックなアルバムには違いありません。

話ちょっと逸れますが、
この「ネジのすっ飛んだ」しかし「めちゃめちゃ頼りになる」ユカイ犯すれすれの仲間…
私はこういう敵とも味方ともつかない絶妙な立ち位置キャラが大好きです
(一番好きなキャラポジは完全無欠のラスボスですが)。商売を営んでいると、
お客様のニーズと事業としての様々な縛りという、時にベクトルが拮抗する両界に
神経を巡らせ、
微に入り細に入りうまく立ち回らなければいけない場面に多々遭遇
するわけですが、そのバランスをさりげなく「揺さぶり」ながら両方を取り持つセンスは、
逆境さえも逆手にとって楽んでしまえる破天荒なネジ野郎にどこか通じるところが
あるような気がする(…と思うのは私だけか(笑?))。
そりゃ何でもかんでも楽しめばいいってわけじゃありません。
TPOは弁えねば、「送迎車を盛大に擦っといて何バカ言わんや」と
叱責を買うだけです社長本当にごめんなさい(汗)

私は、「仕事(&人生)は最大限に楽しむ」ことをモットーにしています。
(まだ言う(笑))
苦あれど楽は実際のところあまりない、というのが人の世の個人的な所感。
だからこそ、苦の中から楽しみを引き出すことに常にエネルギーをかけています。
音楽はそんな自分を鼓舞し、時に慰めてくれるなくてはならない活力剤。
今日もApple Music内を果てしなく渡り歩きながら2828している私でした。

2018.01.06

今年も湯守頑張ります。

 
皆様、新年いかがお過ごしですか。
3が日を過ぎて仕事始めを経た方も多いことでしょう。
私達旅館業にとっても、年末年始は本当にあっという間に過ぎてしまいます。
今週末の連休が過ぎたらスタッフたちと共に3日間(9日~11日)お正月休みを頂きますので、
ご了承くださいませ。
(休館日明けは雪下ろしボンバー!!)



さて、大晦日のTwitterでも呟きましたが、
2018年も、女将業傍らほぼ無休で湯守に勤しんでまいる所存です。
湯守の方が休みがないかもしれません。

なぜなら…

冬季は休館日がコンスタントに入る代わり、雪との終わりなき熱い戦いが
勃発するからです。





↑これらは、ここ最近私が三十三観音や湯滝の裏山によく携帯していく武器です。
ザ・物騒(笑)
一体何をしに行くんだ?!と、自分でも笑ってしまいます(笑)

というのも、



↑沢水そのものはもちろん、大切な取水口も容赦なく降る雪と低温のために
全体が凍ってしまい、さらにそこに雪が積もり、水しぶきで凍って、再び雪(以下略)

山に入るたびに氷を割り雪の中から入口の網を取りだし、引っかかった落ち葉などを
除去しなければならないからです。



↑湯滝風呂の裏の枡に行くには、途中までお薬師様の参道だった階段を
登って行くのですが、ここも凍るわ雪が積もるわで、上り下りは細心の注意が必要です。
2年前に私も足を挫いてギブスを履く羽目になったトラウマの場所です(苦笑)

↓当時の写真(笑)


また、足元だけでなく森の中は風が吹けば梢から固い雪が落ちてくることもありますので、
場合によってはヘルメットも必要です。
雪が深く積もれば積もるほど、沢にたどりつくまでにかかる時間も多くなってきます。

それはもう防寒対策と同じくらい戦闘仕様の装備が必要になるというもの。
例え近所だろうと真冬の雪山は侮れません。




それでも、私は山が好きです。
斧をかついででも、丑の〇参りさながらの道具を背負ってでも、



誰よりも一番に、人が滅多に立ち入らないこんなきれいな景色を拝みたいと思って、
自然に心が山を目指していきます。
お客様に「気持ちいい!」と笑顔で寛いで頂ける最高の温度管理をするという
使命感と同じくらい強い思いが、冬の寒さを跳ね飛ばす勢いで胸の内に燃え続けています。

よく考えたら、去年の湯守シリーズでも殆ど同じことを書いていましたね^^;
でも、湯守である限りこの気持ちは不変です。
願うことはただ一つです。
「お客様に気持ち良く温泉につかって頂きたい!」のです。




↑温度計を突っ込んだ湯枡の奥の湯筒の向こうに湯滝風呂があります。
お風呂から聞こえてくる「うわ~、気持ちいい~」
の声を聞けるだけで、私はどんなに幸せで、疲れも寒さも吹き飛ぶことか。



雪が多く気温も低い冬のさなかであるにもかかわらず、遠方から西屋にお越しいただき
本当にありがとうございます。
今年も四季折々の気候に耳を傾け、森や水と語り合いながら湯守の勤めを頑張ってまいります。
どうかよろしくお願いします。



2017.12.30

来年も楽しいコラムコーナーを目指します。


2017年もいよいよ終わりですね。
今年は皆さんにとってどんな一年でしたか?

このコラムでは、普段皆様にお見せすることがなかった「湯守シリーズ」、
間隔を空けながらも東京まで足を延ばした「いい所あれこれ」シリーズ、
趣味全開の「音のある生活」シリーズを中心にお届けしてまいりました。

湯守シリーズはひとまず終了したものの、後者2つは枚挙にいとまがありません。
ご紹介したいお店や音楽の話題がまだたくさんあるのです。
気まぐれが高じて別のシリーズまで登場するかも?!
どんな内容になるのか、どんなローテーションになるのかは書いている本人も分かりません(笑)
どうぞお楽しみに…!






ところで2017年は、私が西屋にやってきてちょうど10年目という節目の年でした。

それ以前の10年を思うと
(この時期↑も進学就職転身や引っ越しが重なり疾風怒濤でしたが)
いかに自分がそれまで予想もしなかった世界に飛び込んで、
白布という山奥に腰を据えながら数多くの経験や人との出会いに恵まれてきたか…
改めて感謝と共に思い知る次第です。

西屋の仕事で初めて県外に赴いたり、
新しい学びへ足を踏み出したのも今年からでした。
そういう意味で、ようやく白布や米沢に慣れて、
周囲を見渡す余裕ができてきたのだと自分で感じます。
まだまだ学ぶべきことも進むべき目標のハードルも多く高く存在します。
年齢的にじき無理が効かなくなってくることを慮り、
西屋を背負いこみすぎず、一日一日悔いのないように生きていきたいと思います。
(そんな私の座右の銘は「寧静至遠」)

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
来年も西屋コラムをどうぞよろしくお願い致します!!




おまけ。



はな「え?来年は戌年だって?」




「イヌって何よ?」
(↑遭ったことがない)




「耳があって尻尾があって全身毛だらけ?…何それ、猫でいいじゃん猫で」

というわけで、西屋は来年は(も)猫年でまいります?!!

2017.09.03

【【号外】】西ニャンに新しい子が加わりました。

8月中はずっと忙しく、子供たちの夏休みと重なって
座る暇もよくよくないまま働いてかじって、気が付いたら夜になり朝が来ていた日々でした。
今月は月曜日・火曜日が基本休館日です。
どうか休ませて~(心の声/笑)。
2学期は学校行事もたくさんあるし、少しセーブをかけて、
子供たちのペースになるべく合わせてゆっくり歩いていきたいと考えています。
さて、タイトルの通りです。
今回は“号外”です。
実は先月27日、南陽市に住む義弟家族から子猫を引き取ってほしいとの連絡があり、
以来ずっと家で面倒を見ていた8月1日生まれのちびニャン子(メス♀)がいました。


直前までお母さん猫のそばにいたので、急に親元を離れ人に慣れてくれるのか?
持病がなく順調な成長が見込めるか?
なにより我が家にはおんでんとかぐらがいます。
互いにとって初めて接する他所のニャンコですが、この3匹の距離は縮まるか?


それが見極められるまではうちで引き取ると決めていなかったため、
ご報告が遅くなってしまいました。
一週間のお試し期間を経て、どの条件も無事にほぼクリア(したと判断)!!
無事に家族の一員として迎えることになりました。



前置きが長くなりました。

名前は「はな」です。
一見ノーマルな名前ですが、おんでんたちと同じくサメ繋がりで
1992年に新種として登録されたばかりの小型の深海ザメ「イズハナトラザメ」↓


アクアワールド茨城県大洗水族館HPより)

こちらのサメから名前をとりました。全身に広がる美しい模様は、まるで花吹雪のよう。
はなも白い毛にところどころ茶色のブチが入っているので、いろいろとあやかりました。


我が家に来た当初は350g未満だった体重ですが、
一週間たって400gを軽く超え、離乳食をムチャムチャ食べ、すくすく成長しています。
トイレトレーニングも順調!


性格はとにかくやんちゃで、甘えん坊です。
最初は特におんでんがシャーシャー騒いではなを拒否していましたが、
数日一緒に過ごすうちに、自分から近寄ってくんくん匂いを嗅ぐようになりました。

(おんでんもかぐらも、今では不意打ちで顔パンチ食らっても動じなくなってきました)
はな「ママ―」
かぐら「(…ち、違う………(焦))」
かぐらはもともと温厚な性格の持ち主なので、
しばらくかぐらの懐ではなが暴れても、一瞬見守ってくれます。一瞬ですが(笑)


(お客様のいない隙にロビーでツー(実はスリー)ショット。)
もう少し成長して人慣れしたら、看板猫としてデビューさせてたいと考えております。
ニューフェース:はなをどうぞよろしくお願いします☆!!!

☆おまけ☆



























2017.03.01

コラム再開・閑話休題のお知らせ

 お久しぶりです。

お正月以来のコラム更新です。
本当は見どころ紹介の連載を続けるつもりだったのですが…



(2017年1月15日撮影。)

御存じの方はご存知の通り、年が明けたとたん冬の神様は仕事を思い出したのか、
それまで貯めていた分ごと一斉に大雪を降らせ、
私はPCに向かう時間がまるで確保できないまま、
2か月近く除雪や外作業でてんてこ舞いしていました。


(1月16日、三十三観音に向かって一人雪を掘り進める。この先に沢がある)


(作業中何度も地吹雪にまかれ、森の手荒い歓迎(?)を受ける。)

何かもう、緯度が地軸を廻ったような、物の考え方まで180度変えられてしまったような、
そもそも考える時間すらあったのかよく思い出せないくらい怒涛の日々でした。



(2月1日、雪おろしのため、初めて西屋の屋根に上がりました。)


斧だのダンプだの散々振り回したわりに大きな事故・けがや筋肉痛にならなかったのは、
日頃人知れず筋トレに勤しんでいたことや、見えない力が守ってくれたおかげでしょう。
年齢はこの際忘れよう(笑)

どんなに仕事が大変でも、命には代えられません。
いついかなる時も、感謝の気持ちを私は忘れてはいけない。




というわけで、連載は4月以降に持ち越し、今月は閑話休題として
私が毎日行っている湯守のことをお話しようと思います。
湯守とは何か、どんな仕事なのか、日々どんな思いで山に入っているのか。

もともとこの仕事の話は表には出さないつもりでした。
なぜなら、完全な裏方の作業だからです。
ただただお客様に気持ち良くお風呂に入って頂きたい一心で背負っている役目。
決して難しく考える必要のないものだと思っていました。

しかし先日、とあるお客様に声をかけられました。
「若女将。これはドキュメンタリーだよ」と。
そのお客様は、日々Twitterで私が時折写真を添えて載せている湯守作業を
ずっと見ていて下さった方でした。



この言葉に、何か突き動かされるものを感じました。



(朝6時前に、温度調整のため本館裏の枡へ。冬の夜明けはただ美しい)


(温度を確かめる。極寒でかじかんだ手もふっと生き返る(時々熱い(苦笑))。)

湯守を引き継いだ経緯、大変でも旅館商売を諦めない思い。
こんな人里離れた山の中に住みながら、さらに山へと引きよせるもの。
この星が生きている、命が流れていると全身で強烈に感じる瞬間。

毎日自分がどう思い、何に語りかけて走っているのか、一度記録のつもりで
書いてみようと思い立ちました。

実際ドキュメンタリーと言えるようなものではないかもしれませんが、
山や森や水の美しい写真を添えてお届けしてまいります。

週1回のペースで更新していく予定です。
お楽しみに。

2017.01.02

本年もよろしくお願いいたします!

 2017年明けましておめでとうございます。

今年も頑張って若女将業や勉学(英語…何度めのリベンジ?!)や
個人的に取り組みたかったこともろもろ!に精力的にはげみ、
家族やスタッフの笑顔と実りある日々を築いていきたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!

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