若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

若女将エッセー

好きな音楽のこと ~ロック・ポップ系

2022.06.08

音のある生活 46 「寄り添うもの」-③




『 わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です(あらゆる透明な幽靈の複合体)
風景やみんなといっしょに、せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともり続ける 
因果交流電燈の ひとつの青い照明です 

ー宮澤賢治「春と修羅」

太陽系の外にある光らない星、系外惑星。
望遠鏡を覗いただけじゃまず見つからない「地球の仲間」ですが、
今年に入ってから、その総発見数がとうとう5000個を超えたそうな。
驚きの見つけ方は何通りかあるようですが、中でもトランジット法
と呼ばれる「公転中の惑星が、恒星の前を横切る時に生じる僅かな
光り方の差(要は日食)をもとにその存在を見つける」という方法が
採用されたことで、一気に発見数を加速させたそうです。

へぇぇなるほどぉ…。

しかしこれ、地球と系外惑星(の公転位置)とその親玉が
ほぼ横に並んでいないと、当たり前ですが使えない方法です。
まさか学者さん方、こんな針の穴に蜘蛛の糸を通すような
現象を見つけるために、恒星という恒星を日夜観察してる
ってこと?どんだけ気の遠くなる作業だ。
それでも実際に何千個もの惑星を実際見つけてしまうのだから、
ただただ驚くしかありません。
一体全体この銀河系だけでいくつ星があるのだろう。
そんな銀河だって、宇宙に無数に散らばっている銀河仲間の
一つに過ぎませんからね。惑星の数なんてとても数えきれない。
この底なしの闇のどこかにはきっと、人と同じように、宇宙の
向こうに未来を探し、自らがどこから来てどこへ行くのか
問い続けている知的生命がいるはず。

もっとも、当の宇宙は光の速さで今なお膨張中です。
現実問題、彼らと真面に会えるチャンスは恐らくないでしょう。
こうして宇宙の大きさを知れば知るほど、
「これが全て」と思っていた自分達の住む世界が
どんどん小さくなっていく…。



はい、前回、前々回に引き続き、
「寄り添うもの」パート3(最終回)です。
もはや何のための「音楽のある生活」シリーズ?ですが、
ちゃんとフラグ回収しますのでご安心を。

またもや長たらしい話題ですので、
本シリーズの前・中編をざっくり要約します。

主に仏様と自然界の話です。誰かの強い願いと祈りを胸に、
千年以上も時を止めたまま生きる仏様。そして、
人の領域の外にあり、あらゆる命がひとつの流れとなって、
ゆったりと巡り続ける自然界。
この両界には見えない共通点…生きとし生けるもの全てに
横たわる不可視の揺らぎ…「生と死」の循環であり
「救い」である…そんな内容です(うわぁ…)。


先述の通り、私が現在住んでいる白布は
「人を寄せ付けない領域」のほとりです。最先端の
技術やインフラ、煌びやかなエンターテイメントが
集う世界とは正反対。生命の基部とも言える自然の
深みから渾々と温泉が湧き続ける、そんな場所です。

水と火山に恵まれた日本は、温泉文化が古くから
根付いていました。今も、地理的な環境によって
色々なタイプの温泉が何千カ所も沸いています。

そのひとつである白布温泉の泉質は、ちょっぴり
アルカリ性の「カルシウム-硫酸塩」泉。
主成分は「硫酸ナトリウム」「カルシウム」で、
打ち身や切り傷、神経痛に効くと言われています。
ほぼ無色透明ですが、空気に触れるとしっかり結晶化
(最初は白→酸化して黒)します。



真っ黒な湯滝風呂の石造↑はオリジナルカラーではありません。
何百年も温泉にさらされるうちに少しずつ温泉成分が堆積して
変色したものです。

温泉が持つ力や有り難みは、みなさんもよくご承知だと思います。
日本人にとってあまりにありふれた存在だから、
特に珍しいものとは思わないかもしれません。
でもね、実はとんでもない奇跡の賜物なんです。


温泉を温泉たらしめる中身は、
どれも昨日今日に生まれたものではありません。




かつて生命の一部だった(かもしれない)もの。



その昔空から降ってきたもの、



それこそ地球が誕生するよりは遥か以前に、
太陽のような星の炉で生まれたもの…


これらが幾星霜もかけて天と地を巡り、
やがて地中で一つになり、
地球の体温を纏い、再び地上に還ってきたものです。
気の遠くなるような時間と、数多の小さな道筋が、
目の前を流れる温泉のその一滴に詰まっています。


温泉にゆっくり身体を預けていくうち、
緊張も疲れも不思議と解れていきますね。

記憶にはなくとも、温まりつつある身体の奥底では
思い出していると思うのです。
ずっと昔、お母さんのお腹の中にいた頃の、
あの安心しきったあたたかい日々のことを。
悩みも、苦しみも、言葉さえも。温泉は全てを包み、
流していってくれます。

昔から日本人は温泉好きで、交通が不便な人里離れた
山奥でも足繁く訪ねてきました。
温泉が本来持つ「魂を回帰させる力」「究極の癒し」を
無意識に求めている、そんな側面もあるんじゃないかと
最近私は思っています。



仏教の話に一瞬飛びますね。

どうやって調べたのか全く分かりませんが、
聖武天皇の発願で奈良の東大寺が建立された当時、
日本の人口は約520万人くらいいたそうです。
(あぁ、いつかの「手紙」エッセで書いたなこれ。)
併設されたミュージアムのナレーションで耳にしました。
それを聞いて心底驚いたのは、大仏建造にかけた
延べ人数の多さではありませんでした。
それだけたくさんの人が当時生きていたというのに、
今ではその面影も記憶も、何一つ残ってないという事実です。
彼らは何を思っていたのか、
どんな人生を歩んだのか、
今となってはもう知る術はありません。
残されているのは、例えば萬葉集のような言葉の断片、
その思いや祈りを託された、僅かな数の仏様達だけです。
千年以上の間、移りゆく世を憂い見つめてきた仏像たちの
やさしい眼差しだけが、微かにその名残を伝えています。


かたや温泉は、地球の、命の記憶そのもの。
あなたが今何気なく触れた温泉のどこかに、
もしかしたら520万人の誰かの命の欠片、あるいは、
あなたがかつて愛した人の記憶が微かに宿っているかも
しれません。人の歴史よりもはるかに長い時間世界を
渡ってきた温泉です。今という刹那を生きる人々を
癒して余りある力を持っているのは、
ある意味当然と言えます。

しかし、出会えるチャンスは仏様と違ってほぼ一度だけ。
見た目はどんなに同じでも、絶えず流れ、空へ地へ
離合集散する不可視の存在ですからね。「同じ組み合わせ」
になる
可能性は極めてゼロ。
次はいつ、どこで会えるのか、誰にも分かりません。



もしかしたら、温泉ではない形で再開を果たしている…
かもしれませんよ。

さて、私は女将であり湯守です。
人と自然の境界線に暮らしながらお客様を日々迎え、
温泉との一期一会を言祝ぐことが生業です。

温泉が巡れば、訪れるお客様も様々です。
日々の暮らしにふと疲れ、日常を離れたいと願った人、
不安や寂しさを感じて、あたたかな癒しを望む人、
或いは、これからの日々どう生きたいのか、
心のどこかで考え始めている人。

迎える西屋には華美なものはありません。
豪華な食事がでるわけでもない。温泉と静かな時間、
古き良き建物、そして周囲を取り囲む自然があるだけです。
でも、それでいい。
万人受けする旅館になることは不可能だし、
なる必要はないと思っています。

「自分をほんの少しリセットしたい」と感じて
西屋を訪れたお客様が、安心してその願いが果たせるように、
そしてまた元気に明日のスタート地点へ立てるように。
小さな安らぎや幸せでも、
それをきちんと届けられる宿でありたい。

仏様の世界と自然界、そして温泉…
すべて、それぞれの在り様のまま人に寄り添うもの。

ならば湯守はどこのポジションか?
…全部を彗星みたいに行ったり来たりしている感じかな。

唯一かすらないとしたら仏様の世界ですかね。
そりゃ私だってまだまだ中途半端な人間だから、
いっぱい悩むし、無力さが悔しくてのた打ち回るし、
隣の青い芝をつい見てはギリギリ歯ぁ食いしばっちゃう…
しょっちゅうです。
でもまぁ、到底菩薩にゃなれないけれど、
志を同じくすることはできるとは思う。
この世を謳歌するどんな成功者も、
世の中不公平だと嘆く人も、皆いつか再び千々になって、
小さなこの星を循環する記憶の欠片になるのだから。

今更何をくよくよする必要があろう。

「今」という時代の歯車は、いつだって、喜びも悲しみも
飲み込んで、軌道を外すことなく回ってきました。
そう思うと、悟りじゃないけど、
少しは心が凪いでくるような気がします。

だから今は自分の可能性を諦めず、誠実に生きていこう。
それだけは固く決意しています。
忍耐と寛容さ、どちらも教えてくれる温泉の"声”に
日々耳を傾けながら…精一杯できる事を為して過ごしています。


「憂」という字は、「人」偏を携えると
「優」になります。
短い人生だから、誰かのために生きる。
誰かのために、自分を磨く。


めまぐるしい時代の中で今、古き良き温泉文化は
少しずつ失われつつあります。あと何年もつのかは
分からないけれど、その担い手の一人として、
私は寄り添っていこうと思う。
時間も空間も超えて連綿と流れ続ける温泉に、訪れる人に。
異界のほとりから、今日も見守ります。

(終)



今日の1曲


"温泉” 

くるり(2010) 

1998年デビューのデュオ、くるりのアルバム
「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」から。
タイトルそのまんまです。
温泉ってよりお風呂です。ロケ地も素敵な銭湯。
めっちゃ余談ですが私、銭湯「も」大好き人間。
またいつかカポーンしたい。

実は今回の「音」シリーズ46回目、PR設計の
布石を兼ねて書き綴っていたものでした。
ライティングのトレーニング、PR設計作り、
自分がやりたい事や考えていることを整理する…
一石三鳥じゃん!みたいな。
そもそもこんなに掘り下げるつもりはなかったのだよ!
誰も信じちゃくれないだろうけど…。

もっと単純に「奈良京都で見た古い御堂と白布って
なんか雰囲気似てるし、自然から生まれる温泉には
きっと大昔の智慧だ記憶だ魂が詰まってるんだ。
だから癒しの力がすごいんだ~湯守やっててよかった!」
の話にしたかったのに、
書いてる本人が初っ端から
「重すぎる、もうダメじゃあ~!」
なんて墓穴掘りまくったせいで結局よく分からない
結末になってしまいました。

だから〆の一曲はその意趣返しです(自分でやるか普通…)。
パーっと〆!!ドリフターズの某曲の方がよっぽど
温泉じゃん!なんてツッコミはなしよ!!
あれ白布温泉ラインナップされてないから(笑)!
お客様にはただシンプルに温泉であったまって元気に
なってほしいのだよ。この明るい歌のように。
小難しいことは考えるのは湯守の仕事に留めます。
どうか皆さんぜひお風呂に入りに来て。
好い湯加減にして待ってますから~~♨♨♨

2022.05.07

マスクで隠していた"椎茸"




桜満開だった白布のGW。おかげさまで期間中は連日満室御礼でした。
ここ数日のニュースを見聞きするかぎり、コロナ禍も今や日常の一部に
どんどん消えつつあるなと感じます。

たとえGW後にコロナの感染者が多少増えたとて、
誰かを責めるべき要素は何一つありません。
いつまでもじっと家に閉じこもっていられないし、
たまには外に出て美味しい空気を吸いたいじゃないか。

一度始めた習慣はそう簡単に切り替えられないのかもしれないけれど、
屋外にいるときぐらい、いい加減マスクは外してもいいんじゃないかな。

さて、春先に宣言した「エッセー書籍化」の布石もあり、
私ただ今、SNSでのブランディング強化中です。
といっても全然大したことをしているわけじゃありません。
主にTwitterで試験的に日々呟いては反応を確かめ、
少しずつ文章力のブラッシュアップに努めています。
買い物メモみたくただ気軽に呟いていられればいいんですが、
PR要素を入れなければいけないため、あまり表に出たくない
元祖猫派穴倉派な私にとって、これがなかなかの苦行。
フォロワーさんの数は増えると嬉しいですが、
繋ぎ止める力はないに等しいので、あまり気負わず、
地道に努力を続けていこうと思っています。
その中でも飛びぬけて四苦八苦しているのが、
SNSでの顔出しです。





「認知度を上げたきゃ、HPでもチラシでも積極的に顔を
晒しましょう。イメージでもいいから覚えてもらいなさい。」

というのがコンサルさんの弁。
はい、ごもっとも。耳が痛いでござります。

しかしまぁ、このアドバイスがなかったら、顔出しなんて
絶対に使わない手段ですね。本当に心が折れるから。
「なんでそんなに顔出しが嫌なの?」
家族にも友人にも幾度となく不思議がられました。
自意識過剰だとも。それは違う。絶対違う。
理由なんて一つです。
そうね…はっきり言うとかえって恥ずかしいのですが、
「顔面にカット椎茸(鼻)が乗っている」…と
いえばわかりやすいかな?え、なんのこっちゃ?
そう、鼻の形。実は子供の頃からコンプレックスでして。
どうも人様に見せるのが恥ずかしかったのです。
他の方の多くはすっきりした柳の葉なのに、こちとら
顔面の中央に堂々と菌類が鎮座してやがる!なんて。
アラフォーのくせに今更アオハルか?!と笑われそうですが。
まぁ、私本人が勝手にそう思い込んでいるだけなんですが…
冒頭で「美味しい空気を吸いたい」なんて宣いましたが、
やっぱりずっとマスクのままでいいや(笑)

そんな、子供の頃からの妄想じみた劣等感を少しでも
克服したくて、筋トレをしたり、ボイストレーニングをしたり、
(このあいだNHK「バリューの真実」で放送していたアレ)
いっそ外見は諦めて中身を磨こうと、書道やら何やらと
必死にかじりついているのは、ここだけの話です(苦笑)




漸く本腰を上げて、主にPhotoshopで再び絵も描き始めました。
人物が致命的に描けない私が苦肉の策(?)で選んだ、
「いつか表現したいもの」のトレーニングのひとつです。
illustratorと並行していますが、あれやっぱ難しいわ…えしいちゃん。。
昔々趣味で描いて以来の取り組みだから、これまた長い道程になるなぁ…。
書道も絵もまだ臨書・模写の域を出ません。でもこれでいい。
いずれきちんと技能を習得すべく、少しずつ頑張ります。
(ちなみに↑の元絵は俵屋宗達の「舞楽図屏風」(部分)です。)


とにかく、西屋のこと、自分のことをもっと
知ってもらわにゃ何ひとつ始まりません。
自信ないなんて言ってられない。
悩みに悩んで、漸く腹を括りました。
鼻はもういいや。いっそ椎茸を食べまくって
コンプレックスを乗り越えるからー--!!!

毎回はきついので、頻度はそれほどでもないかもしれませんが、
Twitterメインでたまーにポロっと私(実物)がいたりします。
どうか鷹揚に見守ってやってください。
このHPのトップページに各SNSのサムネイルが表示されているので、
UPすればすぐ分かるかと思います。ひー(笑)

今日の1曲
「海を見ていた午後」

荒井由実(1974)


荒井由実のセカンドアルバム「MISSLIM」から。
この中には映画「魔女の宅急便」のEDである
「やさしさに包まれたなら」も収録されていますが、
この「海を見ていた午後」を初めて聴いたときの
インパクトは絶大でした。ちょっとほんわりしたテンポ、
夢の中のような旋律。そして綴られる歌詞。どれをとっても
情感溢れていて、あっという間に世界に引き込まれます。

ソーダ水の中を 貨物船がとおる 
小さなアワも 恋のように消えていった 


デビューして間もない若さでこの表現力とは。
爪の垢を煎じて飲みたい。

2022.04.25

言葉と魂




この世に生まれたばかりの無垢な存在。
世に花開けと親は願う。
しかし次の瞬間、それは恐ろしい牙を剥き、
あろうことかこちらに襲い掛かってくるのだった…

悪夢はたまたホラー映画で観たような話です。
結末をあまり見たくないので、できればフィクション止まりにしたい。
ところが現実社会では、これに似た展開が意外と起きていたりするという。
それをまざまざと再認識する出来事でした。
某大手牛丼チェーン元取締役による、社会人講座での失言騒動。
皆さんの記憶にも生々しいと思います。"生娘"だけに。



きっかけはFacebookでした。
受講者の一人だった女性が発した怒りの告発は、
その日のうちにTwitterに飛び火し、たちまち大炎上。
すかさずメディアが拾ったことで、件の講師は一夜にして"時の人"と
なってしまいました。発言内容のアウトっぷりはもとより、所属する
会社の看板、場所と講座を提供した大学のイメージ、40万円近くも
するビジネス講座の在り様、失言を咎めなかった同席の教授陣の資質。
すべてに厳しい批判と疑問が及び、すべてがマイナス効果となって
当人に跳ね返っていきました。
結局彼は、所属先だった会社から
「取締役解任、今後一切関係ありません」と縁を切られる羽目に。

昨日の味方は今日の敵、雉も鳴かずばなんとやら。
今風に表せば「まさに特大ブーメラン」といったところか。
教室で口にした何気ない言葉で、就職超氷河期を勝ち抜いたはずの
超エリートが、わずか一両日の間に社会的地位のすべてを失って
しまったわけです。
彼にしてみたら、文字通り"悪夢"の展開でしょう。

一方、戦争だの物価上昇だの、この頃すっかり暗いニュースに
塗れていた世間にとっては、ぶっちゃけこれ以上ないくらいの
メシウマだったにちがいない。ちょっと胸糞悪いけど。
なにはともあれ、これ以上ないほどバカバカしい顛末でした。



今回の騒動、なぜここまで大事になったのでしょうか。

ひっかかったのは、「言葉」そして「SNS拡散」でした。
この両者が絶妙に合わさって、現代ならではの災厄の
トリガーが発動しました。一見分かりやすい展開なんですが、
妙に奥が深い。言葉を巡る因果の裏側を、私は覗いてみたく
なりました。
ちょうど今はライティングの勉強をしているところです。
いい機会なので、ここはひとつ実践を兼ねて、
発言の内容を掘り下げつつ、
真面目に考察してみることにしました。

ソースはSNSに流れていた発言の数々から。

①「生娘シャブ漬け戦略」
…SNSでとりわけツッコまれていた発言ですね。
それぞれの単語の意味は語るまでもありません。
氷河期の勝ち組といえば、だいたい40代半ば~50歳前後です。
なのに生娘だのシャブだの、やたら昭和のおっさん臭い卑猥な
言い回しで見事に墓穴を掘ってしまいました。
それも、女性も少なからずいたであろう公衆の面前で。

「人間はその人の思考の産物に過ぎず、
考えていることが即ちその人になる。」

インド独立の父と言われたガンジーの名言です。

つまり彼は、自らのリビドーを何らオブラートに包むことなく、
素っ裸で堂々とシャバに出ちまったわけです。スケベか。
見てるこっちが恥ずかしい。褌(ふんどし)くらい履け。
頭がいいんだから。
例えばヒギンズ教授になったつもりで「マイフェア牛丼戦略
とでも表しておけば、名画好きでユーモアのあるおっさん、
くらいには思ってもらえたかもしれない。


②「男に奢られると牛丼を食べなくなる」

…つまり彼にとって、世の女は(社会的地位に関わらず)
尻の軽い格下にしか見えないということです。あてこすりか?
かつて私も学生時代「女一人で吉〇家やらす〇屋に行くと
彼氏できないぞ」なんて野郎にからかわれたことがあります。
だから何だというんだ失礼な。彼氏くらいいたわ。
なんなら一緒に「予算重視で牛丼屋さんに行こう!」と
ちょくちょく足を運んだ思い出だってあるわ。

とまぁ女性蔑視をムンムンに匂わせる言い回しがまずひどい。
しかしそれ以上にこの発言のヤバい所は、自社の主力商品を
根本的に愛していないことを自ら暴露してしまったことです。
愛さないどころか、その辺のジャンクフードと同じような扱い。
自分は数百円の牛丼なんぞ食わん、本命にはもっといいものを
食わせるから。そんなうすら寒いニュアンスです。
このあたりは所属会社のコンプライアンスが鋭く問われた
所以でもある。そうだな、今もお店の看板と味を守ってくれて
いる全国の従業員さんに、まずは平身低頭謝ってもらおうか。

彼は一連の発言により、自分の会社だけでなく社会そのものに
マウントを取ってしまいました。そこまで尊大な態度とった
つもりはなかった、と本人は思うかもしれません。
でも、発言したのが「社会人向けビジネス講座(高額)」という
お堅い場所だったのがなお悪かった。
TPOの観念を一体どこに忘れてきたのだろう。
誰も咎めなかったのも悲惨でした。発言した個人に留まらず、
一緒にいた人まで同類であることを言外に示してしまったから。
自分のキャリアに対する強い矜持を持っている、いや鼻に
かけている人なのだとは思います。だからといって、
自分なら何言っても許されるという理由にはなりません。
そんなものはただの甘えと驕りです。

彼は"不幸なことに"運がよく、その貧相な教養を認め、
頭脳を買ってくれる会社に続けて恵まれたに過ぎないのです。
普通に生きていれば、社会に揉まれながら鍛えるべきそれを、
残念ながら怠ってしまったわけです。

だから余計に、同じく就職氷河期を目の当たりにした同年代の
怒りややるせなさが、SNSのあちこちでなお発火材料になったの
だろうと私は考えています。今回のことで心底思い知ったろう。
世の中は決して甘くないんだと。



大事に至った要因としてもう一つ外せないのが、
SNSの無慈悲なまでの拡散力です。
言いかえると、現代ならではの不可抗力。
そもそも、改まった内容やここぞという時でもない限り、
日常の言葉(会話)は何の気なしに放たれることが殆どです。
何の気もないから「その人自身」が出やすいし、
受け取る側もそれが本音かどうか、案外見抜けてしまうもの。
対面で声として聴く場合はなおさらですね。

当然ネットがない時代も失言騒動はあったはずですが、
一定範囲以上に情報が広がる媒体、そしてその守備範囲が
限られていたため、今ほど大事にはなりえませんでした。
どこからでも気軽に投稿が可能で、瞬く間にその情報を
受け取れてしまうSNSは、だからこそ要注意です。

万が一、うっかり手榴弾(物議をかもす発言)をタイムラインに
投げ込んでしまったとします。内容を間違えた、表現が適切で
なかったと回収(削除)、あるいは代わりにパイナップルを置く
(再投稿する)ことは可能ですが、最初の投稿が既に拡散されて
しまっていたら、そう簡単には収拾がつかなくなります。

自分がちょろっと話したor書いた内容を、別の人間が見つけて
SNSに投稿した今回のようなケースはもっと厄介です。
投稿者の要約や主観といったエフェクトがかかります。
ただの手榴弾じゃなくなるわけです。
あっちこっちに手榴弾が撒かれ、方々であべこべに爆発する。
拡散の挙句、いつの間にか手榴弾が核爆弾にすり替わっている、
なんてこともある。今回そのあおりを食ったのが、
吉〇屋だったり会場の大学だったりしたわけですな。
そりゃ諸悪の根源とはさっさと縁を切りたくなるわけです。
切ったところで、相当なダメージは免れませんが。

どのみち今では既に過去の話題となりつつあります。
そう遠くないうちに「そういえば、いたねそんな人。」
程度で片づけられていくでしょう。
自ら産んだ子に憑り殺される胸糞悪いオチよりも、
ある意味残酷な幕切れです。

無秩序に情報が溢れる今の世は、欲しいものを得るには
確かに便利です。しかし一方で、瞬く間にひとつの言葉を
神にも凶器にも変えてしまう恐ろしさをも秘めています。
そのことを、私達はゆめ忘れていけない。




~エピローグのようなもの~

先日、法隆寺を訪れた時のことです。
(桜が満開だった…。)



参道手前で偶然出会ったガイドさんが、
親切にも境内を詳しく案内してくれました。
なんとこの道20年という大のベテランさん。
その彼が、大講堂の薬師三尊像を前にして
「奥さん、観音さんと大仏さんの違い、分かるかな?」と
徐にクイズを出してきました。
さて、どこかで習ったような。
その場にいるだけで心が和む、穏やかな表情の仏像さんを前に
考え込むこと数分。「…髪型と服装ですかね?」
すると彼は微笑んで本尊を指さし、こう言ったのです。
「そう。髪型の違いが見分け方の一つや。見てみ。
あの真ん中の仏さん。パンチパーマやろ?」

 パンチパーマ。

あの、由緒ある法隆寺の、薬師如来(平安生まれ)の面前ですよ。
だしぬけに放たれたあまりにベタでストレートな例えに、
かの「聖☆おにいさん」の某漫才シーンすらすっ飛んでいきました。

それなのに。
言葉に体温を感じた、とでも言えばいいでしょうか。
三尊を見つめるガイドさんのやさしい眼差しが、声が、
言葉の向こうから惜しみない温もりを運んでくるのです。

そのこそばゆい感動に、私は静かに胸打たれました。
彼がいかに仏像たちを、法隆寺をこよなく愛しているのかを
理解できた瞬間でした。

SNSの字面だけだと、この温度はまず伝わりません。
伝えたい情報を必ずしも全て備えているわけじゃないから。
よほど表現の仕方をコントロールできる人でない限り、
相手の受け取り方次第で、言葉はいかようにでも
解釈の余地を与えてしまう。パンチパーマの話だって、
文章だけだとそれが単なる例えなのか、ジョークなのか
皮肉なのか、おそらくすぐには判断がつかないでしょう。

そういう意味で、文字同士のやりとりはあくまで一つの
手段に過ぎません。私はそう考えています。
特に日本語は難しい。
その奥深さや意味の広がりを知っている人ほど、
日頃から一言一句注意深く選んでSNSに投稿しているはずです。
そのくらいデリケートなものなのよ、
日本の言葉というものは。
(だから"生娘"はせいぜい妄想に留めておきなさい。)

字が人となりを表すのならば、
言葉はその本質(魂)をかたちどる。


ここでいう言葉とは「語り」です。
文字単体ではありません。
声や表情が加わって初めて、言葉に語り手の魂(体温)
が宿ります。言霊とはちょっと意味合いが違います。
魂がベースなので、ほんのり辛みのある言い回しだって
いいんです。もしも相手が見えない電話だとて、最低限
声があればいい。大事なのはきちんと魂を乗せてあげること。
そうすれば、どんなに遠くても、初めて会った相手でも、
主の温度を保ったままちゃんと相手に伝わります。

もちろん言葉選びも大事よ。
一つの意味を伝えるにしても何通りもの言い表し方ができる
懐の深さこそが、日本語の度し難い魅力であり、醍醐味だから。
まして言葉は生き物と同じく、時代と共に変遷して
いきますからね。うまく付き合ってこそ心地よい
コミュニケーションが成り立ちます。


あなたの言葉にも、どうか魂を乗せて。
時には誰かを励ますように。
生きていることをお互い確かめ合うように。 
世を知り、言葉を識り、正しく人になろう。


今日の1曲





長いな今回も!清涼剤を投下せねば。
というわけで、はい。オチです。
誰かさんのシャブ漬けとはまるで格が違う、
おっさんの魂の叫びです。

こちら、強烈なデビューで一世を風靡したAdoの
「うっせぇわ」を、何を血迷ったのかビリー・バンバンの
菅原進氏(御年73歳)が、あのゆるい節回しのままに
歌ってみた…
という、ネタなのか若い世代への意趣返しなのかよく
分からないカバー作品(?)。さてこの曲。
オリジナルをご存じの方ならよく分かると思いますが、
タイトルからして若い子が血気盛んに叫ぶ、やたら強烈な
歌です。それを、「また君に恋してる」や「さよならを
するために」といった往年の名曲で甘酸っぱい恋を
口ずさんでいた菅原さんが、のらりくらりと言葉の刃を
躱(かわ)しながら「頭の出来が違うので問題はナシ」
なんて歌っちゃってる。
それも仄暗い哀愁を漂わせて。
にもかかわらず、彼の歌声からは、オリジナルにはない
老獪さが見え隠れしています。一切力むことなく、
流れるように浮世をバッサリ斬って捨てています。
そしていつの間にか、「この歳この人でなきゃ歌えない歌」に
すり替えてしまっている。
狂気すら覚えます。
乗せる魂が違えば、同じ歌も化けるというやつです。

アナタも歌ってみます?

2022.03.07

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-後編その2

前置きナシで一気書き。

 


4.きっかけは、だいたい突然やってくる

あれこれうだうだ悩み、いよいよ坂道をころげつつあった
去年の暮れのこと。旅行作家で旅行に関するライターをされている
野添ちかこさんから、突然一通のメールが届きました。
内容は、旅行雑誌「旅の手帖」への掲載依頼でした。
メッセージの中で野添さん曰く、
「全国でも女性が湯守をしている宿なんて殆ど聞いたことがない。
そのスタンスに深く関心を抱いたので、連載コーナーで旅館…
というか、あなたのことを紹介させてほしい。」

私???

きっかけは、他でもない、このエッセーを読んだことだというのです。

実はこれまで何度か、「このページをまとめて本にしたら?」と
声をかけて頂いたことがありました。
その時は「んー、せいぜい自費出版ならありかもしれないけど、
そんな中身あるコンテンツじゃないし、売れるようなもんじゃ
ないだろうから無理…」
と、まるで本気にはしていませんでした。

しかしよく考えたら、数年前にもNHKのニュース番組で湯守について
取材を受け、詳しく取り上げて頂いたことがありまして。
やはりこちらも、きっかけはこのエッセーでした。

私にとっては純粋な驚きでした。こちとらど素人、
相手はプロのライターさん。
一体ぜんたい何が彼らの目に留まった??
いくら考えても、本当に分かりませんでした。


3.何のためにエッセーはじめた?なぜ続けた?(③)

ここで漸く前回の③の回収です。
初心を思い出すために、一度時間を巻き戻してみました。
そもそもこのエッセーコーナーをなんで始めたのか。





↑栄えある(?)我がエッセ第一号。
毎週火曜日更新とか猫の日常とか堂々と宣ってる。
ウソつきめー(笑)!!

このページは、西屋のサイトが現在のデザインになった直後から
存在していました。とりあえず地元のお店やスポットを紹介して
いこうかな~、くらいの軽い気持ちで引き受けたのが最初です。
ただし私は、このコーナーを受け持つにあたって、
一つだけ心に決めていたことがありました。それは、
「絶対に旅館らしい話題は書かない!」こと。

例えば「季節の料理が〇〇になりました~」とか
「地元の郷土料理のご紹介」とか
「館内をリニューアルしました~」みたいな、
どこにでもありがちな平凡な話題は絶対に、
絶対に載せないと内心誓っていました。だってそんなつまらん
内容じゃ、誰よりも私が飽きて続かなくなる。そう判断したからです。

そもそも自社HPって、
自分の会社やお店の存在を遠い地域の人にも広く知ってもらい、
商品のよさやイメージ、魅力を伝えることで売り上げに繋げる
ためのツールですよね。旅館もその例にもれません。

皆さんは、旅行計画を立てる段階で宿泊先が全く決まっていない
場合、どうやって実際に泊まる宿を探して決めますか?

はじめは「どっか温泉行きたいな~」くらいのざっくりした
動機からスタートするのが一般的かと思います。
そして、「米沢牛食べたい」「こんな体験ができる」
「近くで観光したい場所がある」「鄙びた旅館に泊まりたい」
と徐々に旅行先でしたいことを取捨選択しながら、目的地を
絞り込みつつ最終的に宿泊する宿を決める…という流れが
だいたいのパターンではないでしょうか。
もしもその目的エリアに、競合する旅館がたくさんひしめいて
いたとしたら…。あなたならどうしますか?

ここでよく利用されるのが、じゃらんや楽天みたいな
ポータルサイトです。好みの条件で手軽に宿を絞り込める上、
値段も口コミも一覧で見比べられるからホント便利なツールです。
あとはお客様自身の好みや予算etc.に全て委ねられるわけです。
が、つらつら見ているうちに、だんだんどの宿も似たり寄ったり
だなぁ(特にイメージ写真)…なんて思ったことありませんか。
プランの内容や特典や料金もそうなんですが、規格が同じ
ポータルサイトの中では、やっぱりどうしても宿を絞り切れない、
なんてこともあると思います。

…もし私だったら。
迷った末の最終判断材料として、直接各宿のHPに訪れます。
というか、旅行に行こうとするたびに毎回自社サイトに行ってます。
西屋のサイトのアクセス解析を辿ってみても、それと思しき経緯で
サイトを訪れた人が一定数いるのが分かります。

そう、ここが勝負どころなのよ。

だから私は、エッセー(旧コラム)から旅館らしい話題を徹底的に
避けたのです。特に意識して目指したのは、

1.とにかく旅館のイメージからほど遠いコンテンツにする 
2.旅館でなく自分をキャラ立ちさせる
(一般的な"旅館の女将"にありがちな貞淑な(?)イメージを
何故か片っ端からぶっ壊したかった) 
3.キャラ立ちするのだから、自分が思う事、好きなものを
のびのび自由に書いていこう 
4.観光情報を提供する有用な役割も担わせる(第一号の中身)
→しかし平たい文章にならないよう余所者目線を前面に出して、
地元の観光スポットやお店を紹介する(有名どころはちょっと
視点を変えて、マイナーなところもまんべんなく)
自分なりの表現を大切にしながら、いいところを褒める。

そして最終的な目標として、
「西屋に泊まりに行きたい=女将に会いに行きたい」に
繋がればいいなぁ…そんなことまで考えていました。

…ああ…思い出した…なんだよ…迷子だって言ってたけど、
ちゃんと考えていたじゃないか。
特に湯守に関するシリーズは、これまで何回も取り上げてきました。

ただ、湯守はバックヤードの(つまりはあまり美しくない)仕事です。
話題として取り上げるということは、ある意味宿の本性を晒すのと
おなじです。ぐちゃぐちゃのバックヤードの写真とか。
さすがに、最初は書いていいのかどうか迷いもしました。




湯守は元々、番頭不在の危機からあくまで「必要に迫られて」
引き受けたのが始まりでした。まさかそのままドツボにハマる
とは予想もしていませんでしたが…。
最初の頃は、ほぼ手探りで温泉管理するところからスタート
したたため、なかなかうまくいきませんでした。
何しろ唯一の師匠が、訛りがキツけりゃ話の内容もぶっ飛んでて
あまりにコミュニケーションに難ありのアノ倉ちゃんなもんで。

どんなに頑張っても「お風呂が熱くてダメ」だの、
「昔は暑くてよかったのに今はぬるくてダメ」だの散々
口コミで書かれては凹み、自然現象による不可抗力で水が
頻繁に止まる季節は、それこそ嵐だろうが吹雪だろうが
山だ桝だと駆け回り、四苦八苦しながら調整に明け暮れました。

それでも、お客様は当然そんな作業の様子を見ているわけでは
ないので、どれほど大変かなんて分かるわけありません。

ある冬のこと。大雪と吹雪が原因で起きた雪崩で堰堤の
取水口がいつものように塞がりました。温泉街全旅館全滅。
山道は腰まで埋まる積雪に視界不良の悪路。危険だが、
今からなら誰が行けるかと、他の旅館と必死に相談し合って
いた時のことでした。滞在中のお客様に、
「何やってんだ、いくら自然現象だからって客に風呂を
提供できないなんて怠慢だ!」と
面と向かって怒鳴られたことがありました。

私はとうとうぶちギレました。

温泉が出るのは当たり前、蛇口をひねれば水が出るのも
当たり前だろう、みたいな人間本位な傲慢さ。
自然の恵みと同時に齎される畏れの何たるかを、
まるで知らぬその物言い。

例え相手がお客様でも、一方的な物差しだけで、
温泉と人との何たるかを断じてほしくはありませんでした。

直接は言えない、でも私が、私達が守っているものが
何なのか、どうしても伝えたい。

最初の遠慮はどこへやら。
いつしか私の中で膨らんでいたそんな葛藤と感情の爆発すら、
包み隠さずこのエッセーに叩きつけていました。

湯守業は、温泉と終わることのない無言の対話を続ける
地味な仕事です。旅館の女将としてあるまじき言動も
あったかもしれませんが、その切なくも尊い役割と、
時代を超えて、人と自然が紡いでいく深遠な関係性に
私はこれ以上ない深い敬意と愛着を抱いていました。

この温泉に向き合いながら葛藤する日々が、
彼らの琴線に触れたのしれません。




↑「旅の手帖」3月号"p116より。

野添さんは旅の手帖の紹介記事の中で、
私のエッセーをこう表現してくださいました。
「よくある宿紹介ブログとは違って、型破りな若女将の日常が記されていた。
心のヒダをさらけ出す等身大の若女将像に親近感が涌いた。」

ああそうか。今までの話題が恥ずかしいとか何とか、
何を卑屈になっていたのだろう。ありのままでよかったんだ。
何もカッコつけなくったってよかったんだ。

それよりもこれからだ。

私は色々諦めかけていました。旅館も、もう長く続けられないんじゃないか
とか、数年後は違う場所にいるんじゃないかとか。でもそれは可能性の
一つであって、そうと決まったわけではない。諦めるのはまだ早い。
きっと私はまだ頑張り切れていない。
このまま途中で今の自分を諦めてしまったら、
後できっと後悔するだろう。ならば自分が信じて納得するところまで、
思いっきり走っていこうじゃないか!!
…そして前回の冒頭に戻ります。Start over again.

はい。
長々と読んでいただきありがとうございました(泣)


次回からは再び正常稼働に戻ります。
ご安心ください。
え?長たらしいのは勘弁して?えぇ…それは…(汗)
また、新たな目標が付きました。
このページ、いずれ何らかの形で書籍化します。
やり方はもちろん、どんな形になるのかも全然分かりませんが。
詳しい方にいろいろ相談してみます。
乞う…ご期待?!


今日の1曲 

やっといつもの〆にたどり着きました。
むしろ帰ってきた感(T_T)

今回は、最初に紹介した幼馴染の「えしぃ」ちゃんに
ぴったりの一曲です。

「光るとき」

羊文学(2022)


(↑公式ようつべサイトのPV。)

現在フジテレビ+Ultraで放映中のアニメ「平家物語」の
オープニング・テーマ。主人公の"びわ"は、青い右目に
未来を、左の茶色い目には死者を写す力を持つ
琵琶弾きの女の子です。原作にはいないオリジナルの
キャラクターですが、彼女の天真爛漫で時に感傷的な姿が、
なんとなく小学生の頃のえしぃちゃんに似ています。
なにより歌詞がステキ。

最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても 
今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ


勇気と気づきをくれたえしいちゃん。ありがとう。
どうかこれからも友達でいて。
また凹みそうになったら、これ歌って頑張るから。

2021.12.30

今年も1年ありがとうございましたー!!


2021年も残すところあとわずかですね。
皆さんにとって、今年はどんな1年でしたか。



200年以上西屋の喜怒哀楽を見つめ続けてきた、古い西屋の神棚。
かつては神社や神棚に向かって願い事ばかりしていましたが、
今では何かを願うよりも、今この瞬間を感謝するだけで十分だと
思えるようになってきました。
年の劫かなぁ…。
自分の力では変えられないものとか、限りある命の儚さとか…
限界の向こう側にある、あまりに多くのものを深く知るようになって、
いい意味で欲がなくなったのかもしれません。

ソフィー「年寄りのいいとこは、失くすものが少ないことね」

だから多くは望まんのよ。
健康で、今生きていられるだけで十分幸せじゃないか。

そうだな…敢えて願うとすれば一つだけ。

神様、どうか来年も静かに微笑みながら、
私たちの行く末を見守って下さいませ。


…ケヒッヒヒヒ。
一昨日観に行きましたよ今冬公開の映画「呪術廻戦0」。
年末年始の繁忙期に入る直前(上映時間は夜)に滑り込みセーフ。
特典もらえたし会場はなんと一番乗りだった!!マジで(写真)!!
いやー面白かったよ。五条先生の素顔タイムはザ・眼福でしたわ…。
惜しむらくは、本編の前日譚だったため、すくな氏はじめ推しキャラの
登場がなかったこと。
でも来年があるよね!しっかり続編を匂わせる演出もあったしね!!
ボ〇ー・オ〇ゴンとか、京都版渋谷事変(?)とか…(笑)
期待しているよTV第二期!

私「楽しかったねぇ映画!いいねぇ映画!!冬休み明けの実力テストで
頑張ったらさ、またおうち映画会やってあげるよ息子!」
息子「うん!あ、でもさ、別にご褒美みたいなのがなくてもテストは
頑張んなきゃいけないよ。ちゃんとそこは分かってるよ」
私「おぉーさすが。目の前にニンジンぶら下げなくてもちゃんとやる
時ゃヤルのね。見直したわ!」
息子「えぇ……オレはブタか…」
「ウマだ!!!」

(↑帰り道での実話である。阿保だ―w)




さて、今年も結局コロナとの長いお付き合いになってしまいました。
ちっとも嬉しくねぇ。
オリンピックを経て確かに旅行気運は高まってきたようですが、
まだ世の中どう転ぶかは分かりません。おりしも子供達が進学&
閉校に伴って転校するという家族の人生の節目の年ともなりました。
だがそれはブレる言い訳にはならない!!
決して状況に流されてはいけない。
頼れるのは自分の気力・体力・精神力だけ!

というわけで、今年はいつも以上に色々なことに新しく
チャレンジしてみました。たとえば…

1.書道を始めた(ハマった)
2.息子が華道に入門した(ハマった)
3.庭のお手入れが地味に楽しい
4.筋トレが意外に楽しい
(今は雪との闘いが本格化しているため休戦中。)
5.支部で”世界”に目覚めた(特に特級呪物と器の2人)
6.ノリと勢いで耳の穴の数を倍以上に増やした
(ヘリックス(軟骨)デビューしました)
7.子供達が農協牛乳の大ファンになった

……うん、後半わりとどうでもいいな(笑)

特に書道。
現在NHK学園の初心者講座を受講していますが、
あと1回課題を提出すれば当該講座は修了になります。
文字通り基礎の基礎からのスタートでしたが、講師の先生の
励ましや丁寧な指導のおかげで、我流では見抜けなかった
癖が分かったし、毛筆ならではの書き方のコツも少しずつ
掴めてきました。自分の能力を奢らず、きちんと最初から
順序通り始めて本当よかった。
今月は、添削指導と共にワンランク上の講座の受講案内が
同封されていました。おお…ついに来た。
しかし、すぐ飛びつくわけにはいきませんでした。
実は、来春の早いうちにフロントスタッフの一人が辞めることが
分かっています。続けるにしても、この先仕事と家庭と趣味との両立
(いや、三つ巴?)がきちんとできるか正直悩めるところでした。

…でも、悩んだ末、結局続けることに決めました。

だってせっかく始めたんだもの。
途中でやめちまうのはあまりにもったいない。
子供達にも、「継続は力なり」を身を以て示すいいチャンスだしね。
ていうか、これほど分かりやすい”お手本”もないと思うんだけど!
そうだよ!何でも前向きに考えなきゃ!!

書道における最終目標はすでに決めています。
同じNHK学園の書道講座「書道・古典をきわめる かな」コースを修了すること。
そして、憧れの百人一首や古今和歌集のお気に入りの歌、私が心酔する
推しキャラのかっちょいいセリフをかな文字で書きまる…いつかきっと!!
(まだ言ってる(爆))

来年2月から新講座を始めたとして、途中辞めずに頑張って最短トータル2年。
よし、頑張れ私。


とまぁ、気持ちの面ではこの一年大きな波がありましたが、
終盤になって上昇に転じてくれました(…と信じます(笑))。
2021年、まずは終わり良ければ総て良し、ということで。

また来年も当コラム…いや、西屋をよろしくお願い致します☆彡 






今日の1曲と1枚 

「約束はいらない」

坂本真綾&菅野よう子(1996)


↑実際のOPアニメ映像と本人のLIVE映像のコンボでどうぞ!

テレ東でエヴァンゲリオンの次に放映された
「天空のエスカフローネ」のOP。
本作でアニメ初主演&OPの主題歌を歌い上げた坂本真綾さんが
懐妊したという嬉しいニュースを数日前に耳にしたとき、
「おめでとう!!!」の言葉と共に最初に浮かんだのがこの曲でした。
当時彼女は高校生(私とほぼ同年代)でしたが、かの菅野よう子女史が
惚れ込んだだけあってホント歌が上手くて、初めて聴いたときは
心底オッたまげたもんだ。
真綾ちゃん、1年の締めくくりにいいニュースをありがとう。
どうか末永くお幸せに…!



COVER~LOVE~

諏訪部順一(2021)


↑UNIVERSAL MUSIC JAPANの公式ようつべによる
ダイジェスト版です。

声優さんつながりでもう一枚。
今月リリースされたばかり、声優:諏訪部順一さんのJ-POP
カバーアルバムです。UAの情熱やウルフルズのバンザイなど、
私の青春ど真ん中に流行った曲を、キャラソンスタイルではなく
あくまで一人の歌手としてカバーした秀作。
純粋にポップスとして楽しめます。
彼も歌手経験は長いため、その歌唱力は折り紙付き。
ホントいい声だなぁ…。
しかしなぜか中森明菜さんの「愛撫」だけは、何回聴いても
「宿儺(生前姿)が生得領域でノリノリで歌っている」
イメージバグが勝手に沸いてくる。なぜ(笑)
曲中の「Fooo!!」が力強くて好き。そのまま炎の矢が
「流星になって」飛んでいきそう。

男女の音域差の都合で愛撫だけ原曲とキーが異なりますが、
どの曲もオリジナルの雰囲気をすごく大切にしているのが
よく分かります。そこに諏訪部さんの解釈が上手く乗って
アルバム全体を盛り上げてる感じ。
ベリグー!!!!

2021.12.04

閑話休題 ~期ズレ過ぎて世の中と相容れないマイブーム~


先月、勤労感謝の次の日。
白布は本格的な雪の季節を迎えました。



初っ端から30㎝強の積雪…



白布温泉自慢の無散水消雪機構は去年から故障したままなので、
今年も道路脇は絶賛ラッセルバンカー。

そうか、そう来たか。
ンッフ、重畳♡

しかし間髪入れず、数日後同じくらいの量の雪が追加されたのには
さすがにちょっと引いた…。まぁ仕方ないよね。これが雪国の日常。
都会なら大騒ぎになるでしょうが、私達地元民は
「………とりあえず車でも発掘するか」くらいのボヤキで乗り越えます。
一晩で腰に迫る程の積雪がある真冬のピークよりまだマシだ。




しかしこうやってひとたび雪が降ると、送迎御用達ハイエースの
頭の雪なんか全部降ろすのもなかなか重労働でありまして。
何しろ脚立でも使わなきゃ届かない。
おりしもこの度の初雪直後私用があったので、ええいままよと
そのまま車を漕いで市街地へ降りたわけですが…
まぁー、見てくる見てくる、対向車という対向車が。
市街地は今も雪が殆どないので、そりゃとんだ季節外れみたく
思われるのは仕方がないのですが、どのドライバーも目かっぴらいて
「コイツ何処から降りて来た?!!」と言わんばかりにこっちを
凝視してくるわけです。やだなぁ、そんなに見ないで恥ずかしい(笑)



さて、12月に入りました。
毎年この時期は年末調整やら年賀状の準備やら年末年始のシフトの計画やら、
「年」のつく作業が次々襲ってきます。
知ってるかい?師走ってのは自ら走ることじゃなくてだな、
そういう"奴ら"に散々「追い立てられる」季節を指すんだよ、
黄泉平坂じゃないが、往なしながら走らなきゃ間に合わないんだよ。
少なくとも私にとっては。

そうして1年が終わっていっそ年が明けて三が日も過ぎてから漸く
「あへぇ、今年もお疲れさまでした~」なんて期ズレした労いをし合うのが
旅館業の常。季節感も(特に繁忙期の)年中行事もどこかズレズレ。
例えばお盆。期間中はお墓参りはおろか、実家になんて行けないかんね?
迎え火?精霊棚設置?親戚の集まり?無理だよ!
お雛様も端午の節句も、その期間が終わってから「あ、飾るの忘れた」の
繰り返しときた。

なんてこったー。生粋の日本人なのに(笑)
あ、そうだ。こうなったら来年は暦の歴史や古式の年中行事の
勉強でも始めてみよう(なぜここに至る)。






仄かに甘い松葉と雪の香りを楽しみながら、
今日も湯守と女将マイペースで営業中。



今日の一曲

"PIECE OF MY WISH"

今井美樹(1991)


(↑ファンの方がUPしたと思しきLIVE版ようつべ。)



実は私、元々日本(特に文化)史には殆どといっていい位関心が
ありませんでした。
ところが最近書道を再開し、かな文字に触れ、和歌を読み解く
うちに、「なぁんだ、現代人と感性同じじゃん!!」と気づき、
そこから枝葉を広げるようにどんどんハマっていったという。
今更だけど、「日本史ィ?なんぞ古臭い」「今さえ平和なら
それでいいじゃん(爆)」みたいなろくでもない印象しか
持ててなかった中高生の頃の自分をちょっと一発、いや数発
殴ってやりたい。
そんな青臭い厨二(死語?)だった頃に吹奏楽部で演奏した曲の
一つが、このPIECE OF MY WISHでした。(前置き長!)
今井美樹さんの往年の大ヒット曲です。
何かのドラマの主題歌だったはず。
当時は流行曲なんてそれこそ興味がなかったし、演奏した割に
完全に記憶の彼方に仕舞われていました。ところがこの間、
買い物先のスーパーでたまたまこの曲が流れていて
「…あれ?この曲知ってるわ。ん?誰の歌だ?小泉今〇子?
いや声違うな、ん?そういやなんて曲だ??」
突然降って湧いてきた海馬のサケビ。
でも肝心の名前が思い出せない。

あー、この、喉に魚の小骨が引っ掛かっていつまでも取れない
時のような、やっと見つけて駆け込んだ公衆トイレが行列で
とりあえず「ヤバい焦る、しかし並ぶ」みたいなじれったい気分、
分かりますかいな(いや後者なんか違うだろ/笑)。

結局帰宅後主人に尋ね、ようやく曲名にたどり着きました。
よく聴くとなるほど、なかなかいい曲ではないか。
よっしゃ今ならカラオケで歌える!
そもそも行く機会さっぱりないけど!!

…多分終生ついて回るオチだろう。
和歌といいこの曲といい、マイブームと世の中のブームはまるで
被ることがない(下手すると1000年単位で期ズレする)らしいと。

2021.11.05

湯桝と水路の工事のこと ~後日談①~

 


突然ですが、
西屋のにゃん手クッキー(客室ウェルカムお菓子)でお世話になっている
梅花堂さんのシュトーレン。

ベリーメッチャうまー!!



(全然美味そうに撮影できなくてごめんよー(汗))

ぎっしり詰まったドライフルーツの甘酸っぱい味と素朴な食感、
生地にしみ込んだ洋酒のハーモニーがたまらないぃ。
洋酒成分がしっかり入っているのでお酒のイケる大人向けですが、
個人的にはゴジョー先生にも是非おススメしたい。
只今梅花堂さん店頭にて期間限定で発売中(1本売りもあり)です。

今年のクリスマスは御馳走でなく、
このシュトーレンとグリュワインだけで夜更かししたい。




7月31日UPのコラムにて、
施工後半月足らずでやってきた日照りのためにエクトプラズム
(ホース)をドーピングした貯水タンク:アシゾーの
ちょっと間抜けなショット↓



でとりあえず報告を終えた湯桝&水路工事。
あの後もですね、色々アクシデントがありましてね。
(まぁ…ほぼ想定の範囲内でしたが…)

9月初め…
日照りから一転、数日続いた大雨の影響でアシゾーから伸びる配管
(クランクになっている箇所)が土砂と葉っぱでソッコー詰まり、
完全に沈黙。 

仕方ないのでバルブからすぐ先をバッサリ切断して簡易蛇腹パイプに
付け替え、重めの落とし板で先端を抑えながら位置を調整して
仮ごしらえで何とか水量確保。

紅葉シーズンになり、山中に降る落ち葉が沢をたびたび堰き止める。

アシゾーの燃費が劇的に低下し再び沈黙。

ノジリ君を最前線に立て、複数の落とし板で勢いを削いだり
桝の際で流れを分断したりして水量調整。(☆ー①)


☆ー①

一応これで通常運転だが(☆ー②)


☆ー②

見た目があまりに大惨事(湯桝の縁でスプリンクラー炸裂状態)で、
「水路(桝)壊れてるんじゃないの?」とスタッフやお客様から
心配の声をかけて頂くこと多数。 
(写真のダダ洩れ状態はまだマシな方です)

冬季になると今度はこの暴れん棒ノジリ君が凍結で沈黙することは
分かっており、なおかつ初めてのウインターシーズン。
大雪と極寒の影響で冬場のアシゾーがどんな状態になるのか全く読めず
心配になり、この段階で再び大改造を依頼しました。
今度は何度も事前に現場見分に立ち会って、手づから完成図を起こして
事細かに要望を伝えるほどの徹底ぶりで。

・・・そしてこうなった。(☆ー③)


☆ー③

7月に新設したばかりの湯桝の壁面の一部(写真左)を切り取り、
桝のそばの廃墟並みにボロボロだった水釜の代わりに新たに巨大な
土管を挿してどてっぱらに水路用の穴をあけ、
そこから流出するオーバーフローの水をパイプで調整しながら
温度を調整する、というしくみ。

そして、その横穴にほぼNPCで初っ端から陣取ったのは、
直径10センチのパイプ(☆ー③の真ん中のやつ)。

名付けて
尻(水量)とタッパ(直径)のデカいアイドル"高木"ちゃん」(笑)
(ネーミングの由来は…ご存じ呪術廻戦の某アイドル「高田ちゃん」と、
今回お世話になった業者さんの現場監督さん「高木さん」から!奇遇!?!)

ちなみに↑で写真右から勢いよく水を吐き出しているのはご存じノジリ君です。
こちらも晴れてNP固定メンバーになりました。


↑高木ちゃん。

桝のふちギリギリまで極力流れを制限せず沢の水を運ぶ機構まではGJ。
アシゾー面目躍如だし、ホントGJなんだ。

しかしだ…!

この高木ちゃんが想像以上に難敵でした。
先ず直径が太すぎた。
こんな太い配管をそのまま湯桝に渡したら、
入ってくる水の量が多すぎてお風呂がたちまちぬるくなってしまいます。

一応緊急排水用に2か所調整弁を取り付けてもらいましたが(☆ー④)


(☆ー④)

そもそもの水量がチートなためほぼ効果ナシ。

しかも、
水圧ですっぽ抜けないようにと業者さんが高木ちゃんの尻を
緩くかつガッツリ固定したため(字面…)、(☆ー⑤)


(☆ー⑤)

左右の向きだけでなく仰俯角も極めて不安定になった罠。
例えるなら鹿威しと赤べこを足して2で割って水量100倍くらいにした感じ。

勝手に上下左右にヘッドバンキングするせいで、水が極端に少ないか
多いかはたまた明後日の方向を向いてしまうか、
博打もかくやの予測不能な動きをするようになってしまいました。

これを無理やり昔のように落とし板で上から固定するのは簡単ですが、


(☆ー⑥)

そうなると俯角だけがやたら上がってこれまた莫大な水量が流れ込む
だけで(☆ー⑥)、水量調整もへったくれもないという…。
つまり落とし板は使えない。

結論:高木ちゃんだけでは、ちょうどいい水量で仰俯角を固定するのは
現在身の回りにある道具だけではほぼ不可!!!!

高木ちゃん奔放すぎる。
これじゃたかたんビームどころか命中率ランダムの波動砲だ。
真剣勝負の最中に運ゲー展開…まるでいつぞやのギルガメッシュ。
いや…この状態で営業日を一晩明かしたのはホント胃が縮む思いでした。
実際お客様にお叱りを受けてしまった…。

しかしこの日はどうしても間に合わなかったので、
次の日には即ホームセンターに向かい、直径の異なる4種類のパイプを
ゲットしてきました。
使用頻度低いヤツもあるでしょうが、手数は多ければ多いほど
千変万化の天候に対応できます。保険みたいなもんです。

というわけでこの子等(パイプ)の名前はサンダーバードシリーズで
統一しました。



サンダーバード1号(高木ちゃん 直径10㎝)
同2号(直径2㎝)
同3号(直径3㎝)
同4号(直径4㎝)
同5号(直径5㎝)。

最高!超わかりやすい(私が)。

というわけで、



早速高木ちゃんをすっこ抜いて



サンダーバードこの日は5号と3号をはめ込み。
縁とふちに引っ掛けることで仰俯角のブレは考慮しなくてよくなったので、




細い方だけすっ飛ばないようにタオルを巻いて、さらに水圧対策で上から
細木KZKを重しにかけました。



タオルをかませないと、↑の矢印のように隙間ができてしまうのだ。


今は秋雨で絶賛増水中なので、
細木さんたまに2本がけ。



かなり重たいが。
これならパイプの遊びをほぼ完全にシャットアウトすることができます。
うん、完璧。


というわけで、
現在この状態で温度調整を展開しております。
もちろんこれは永久機関ではありません。
何かの拍子で葉が詰まったり水の流れが変わったりします。
気温が下がれば、パイプの組み合わせや位置をそれに合わせて
微調整しなければなりません。



↑5号と3号。このときの湯温は…



↑ふむ、43~44度、調整桝でこの温度となると実際の湯滝風呂は
40度前後。一般家庭用としては合格ラインだが、西屋のお風呂としては
構造上ちと低い。



↑3号をひっこめた。



↑45度。これはちと熱い。



↑5号の位置を微調整。



↑44度前後。及第点。

…とまぁ、こんな感じで作業しています。

しかし油断はできない。
サンダーバードの尻に一枚でも栃(とち)の葉が詰まるとさぁ大変。
電話一本SOS、さぁ私よ、裏の桝へ走れーーー!!!

(続。)

2021.09.04

「有言実行」縛りがいよいよヤバい





西屋の蔵にあった年代不詳…ひょっとして三桁いってるかも…
婚礼衣装と思しき二重の綿入り着物を、現在茶の間で公開中です。

まちg

ちょっとした自館ミニ展示イベントの一環です。
効果はまるっきり薄いですが、一応虫干しも兼ねています(爆)。




シンプルながら青地に菊の花をあしらった古典的な柄と、
一部絞りの入った裏地いっぱいの鮮やかな紅絹(もみ)がなんとも艶やかな
組み合わせ。いいねぇ、いいねェ!紅絹入りの着物ほんと好き。最高。

礼装には違いないのですが、この大振袖は上衣と、振りや裾に同様の生地を
使った内重ねとセットというなかなか珍しいアンサンブルです。
着物歴の長い私でも、これほど古くてユニークな着物を扱うのは初めてなのだ。
人生の晴れの日に、万感の思いを込めて袖を通したであろうこの着物。
10年以上前に蔵から発掘して、長い間風通しのいい所で干したりしながら
大事に大事に保管していました。
もし西屋を訪れる機会があったら是非見に来てみてね。期間限定です。






↑他にもこーんなビビットなアンサンブルを飾っています。
こちらは西屋由来ではなく、私の母方祖母の伯母にあたる人の着物でした。
大正末期~昭和一桁くらいの頃のものです。よく見ると鹿や鳥のシルエットが
見え隠れしています。現代とは違う大胆な構図がグー。大伯母(?)は
日舞の師範だったためか、わりと裄や裾が長めに縫製されていて、私でも
なんとか着れる。ちょっと勇気要るけど。生地は柔らかいちりめんです。
合わせた帯は昼夜帯で、裏面は絽の竹模様です。締めるにはちと短いの
ですが、切るのが勿体なさ過ぎてちょっと持て余してる。
身に着けたいけど年齢的にビミョー…。
とまぁこんな具合で、
茶の間のあちこちに着物を飾っては一人で萌えて喜んでいます(笑)




えー、コラム。8月中にもう一度更新しておきたかったんですが、
あー、ぶっちぎりで間に合わなかった…。

正直に言おう。ネタが思い浮かばなんだ。

本当は外に飛び出していくつか紹介したい場所があるんですがー…。
あんまり世の中コロナコロナ煩いからどうも取材に足を運びにくく、
どうしよっかなー…と迷っています。
別に紹介する話題まで自粛してどうするんだよって話なんですがね。
まぁ、米沢も今あまり穏やかな状況ではないので、もう少し
落ち着いたらUPしていきます。それまで腹筋頑張るのでしばしお待ちを。
(なにこのオチ。)





さて、相変わらず「有言実行」という名の縛りは良くも悪しくも効果覿面
(てきめん)でございます。

昨今の事情で、例年なら今頃繁忙期なのにもかかわらず観光地周辺は
不気味なほど静かなので、気が触れないように浮いた時間をなるべく
自己研鑽に充てています。

書道(通信講座)は1回目の添削が無事に帰ってきました。
俺は海賊王かな文字狂になる!
という相変わらず無謀な意欲をメッセージ欄にぶちまけましたが
(いや、字面そのまんまじゃないから安心して!)、添削指導の先生から
なかなか明快な激励を頂いたのが嬉しかったわい。
目標が明確なほど上達は目覚ましいらしい。
単純なのですぐにノッちゃう。

同時に自分なりの課題も見えてきました。
ふむ、線が細くなる箇所が散見される、か。
ならばもう一度楷書をみっちり鍛えよう。

かくして、2回目の課題対策も含め手に取ったお手本は市立図書館から
借りてきた書道のテキストです。中国に現存する拓本や真筆etcが
年代別に紹介されている内容で、著者曰く、
「こんなものを書いてみたいというお気に入りのお手本をぜひ見つけて、
みっちり練習してください」。
もう一度言おう。単純なのですぐにノッちゃう。

文字通りの意味で受け取り、よっしゃこれ気に入った!と選んだのが…

生前から書聖と謳われ、楷書はじめ各書体における最高のお手本として
書道史に君臨し、歴代の偉人がこぞって収集・臨書した書道界のカリスマ:
王義之!
酔っぱらって書いたらしい「蘭亭序」が行書屈指のバイブルになるくらい
だからその非凡さは半端じゃありません。ちなみに日本では奈良時代に
彼の書が伝わってきました。光明皇后がパワフルに臨書した「楽毅論」
(正倉院蔵)が有名です。ガッツ藤三娘。

はい、そしてこっからがめくるめくイバラの道である。

現在、王義之の楷書による拓本「楽毅論」「黄庭経」「東方朔画賛」を
少ーしずつ臨書しています。
よせばいいのに欲張りだから、的を一つに絞れないドM根性。
実際臨書してみるとよく分かります。ただ書くのとはわけが違います。
筆にかける力加減といい、迷いのない点と線の筆運びといい、
簡単そうに見えて、シンプルに滅茶苦茶難しい(語彙力)。
一見ひょろい人間みたいな外見の癖に、何の対策もしないまま挑んだ
ところ秒で玉砕する裏ボス第一形態みたいな初見殺し(だから語彙力)。




↑楷書じゃないけど、こっちはかな文字を覚えるために
書き散らした百人一首いろいろ。もっと落ち着いてやれ私!!
まるで煩悩にまみれた昔の恋文の下書きである。
それでもぶっちゃけ楷書の方が難しい…。

かつてペン字の通信講座を受講した際、序盤で楷書を書く時の
字のバランスを繰り返し頭と指先に叩き込んだ時期がありました。
これらの極意が実は全て王義之に始まった黄金比そのものだと
気づいた時も驚きでしたが、そもそも1700年も前に生きた人の
認めた字が、そのまま現代人にも平易に読める楷書の最高峰の
お手本として、未だに燦然と輝いているというこれまた驚きの真実。

つまり王義之の書は非の打ち所がない完璧な存在だという証左。

唐代の皇帝太宗(李世民)よろしく、墓にまで王義之の作品を持って
逝きたくなる気持ちも分からんでもない。残念ながら王義之本人の
真筆は現存していないといわれていますが、太宗が苦労して編集を
命じたという「集字聖教序」他忠実な模写本や拓本が残されている
おかげで、その精神を存分に学ぶことができるわけです。
ホント感動しちゃうよ。

道のり遠すぎて笑っちゃいますが、
書聖にあやかりつつ草書→かな文字までたどり着けるように頑張るわ。



はな「おう、頑張れ。」


一方、同時進行で日本画…でなくてアドビ(Adobe)ソフトも
(やっぱりナメたらいかんやつだった…と大後悔しながら)徐々に
学び始めています。Illustrator、Fresco、深みにはまってPhotoshop。
うぇーいこっちも三本立てときた。
Photoshopは使用歴自体長いものの、まだまだその多くの機能を
使いこなせていないのが現状でした。だから改めて勉強し直し。
知らないことは素直に認め、ひたすら学ぶべし。

というわけで、ただいま悶絶しながらチュートリアルにかじりついている
状態です。ていうかこれ、独学で上達するの?!
うーん…分からん。
けど、始めてしまったからにはやってやる。



↑チュートリアルを観ながらタイムアタック1分で描いてみた超適当マンダラ。
ソフトはフォトショ。
数年ぶりに引っ張り出したミニマムサイズのペンタブレット:愛称お竹が
「ようやく出番か…」と泣いている(笑)まだまだ現役なので、
当分この縛りスペックで練習します。iPad?ステイホームだし我慢する。

いつか平安期以前の仏画とか琳派の錦絵とか描けるようになれたら嬉しいナ~。
…って、これまた自分でも呆れるほど大それた目標ですが(苦笑)
むしろほんまもんの日本画を製作するのに必要な画材に比べたらはるかに
低予算だし、そういう意味ではずっとハードルは低い。
かてて加えてサブスクリプションは、どケチな私にとってイヤでも
モチベーションを底上げしてくれるから便利ね。
あとは気合。気合で頑張る。 
どうなることやら?!!


※ 


今日の1曲 

"Nothing Like Them" - Chemicals

Loving Caliber (2017)


(↑リンク先はようつべ!)

スウェーデンの3人グループ、Loving Caliberのアルバムから。
前々回のコラムで話題に挙げた宅トレユーチューバーこと竹脇まりなさんの
体操動画で採用されていた曲です。通称「タッチマイヘアダンス」。

歌詞は1人称か2人称でいろんな解釈ができますが、前者だとしたら、
「大丈夫だよ、変わると言ったんだ。ボクは誰にも似ていない、
唯一の大事な存在なんだ」と過去の自分(写真)に向かって語り掛けている、
みたいなシチュエーションに取れます。なかなかいい曲よ。
散々腹筋だのHIIT(高強度インターバルトレーニング)だのヒィヒィ
汗かいた後に、このきらっきらのBGMと虹を描く体操よ。
ポジティヴにならずにはいられない!

2021.08.20

【人生の話2】磨き玉(魂)は流れ星となって眩い軌跡を描く



赤い穂のススキ~
なんて宣ってInstagramに上げた写真↑ですが、よく見たら萱だったオチ。


巡り巡って今、こうして山の中で旅館の女将やっている自分は幸せか?
私は私のやりたいことを見つけられたか?
今私には、成し遂げたい目標はあるのか?


えー、前回の末尾で盛大に墓穴を掘りました。
よく考えなくてもめちゃくちゃ答えづらいお題を自分自身に吹っ掛けて
書き逃げしてしまった。それも3つも(笑)
フラグは回収しないと書き物が完結しないので、
腹を括って一つ一つ回答していく形でまとめました。



「山の中で旅館の女将やっている自分は幸せか?」

(我ながら地雷踏みまくりの質問だな!)

着物をこよなく愛し、亡き母共々長年お世話になった恩人でもある
寒河江市在住御年91歳のおばあちゃん。
先日彼女から、ご厚意でたくさんの夏着物をお譲り頂きました。
予めちゃんとした呉服屋さんにクリーニングを委託したのでしょう。
長箱の中にぎっしり詰められたたとう紙の中の着物は、どれもしわ一つ
なく折りたたまれ、移動時に着物がずれないための紋紙も丁寧に挟まって
いました。




よく見たら本麻の着物が2枚↑、同じく麻の長襦袢↓も入っていた!!
いやマジでいい品ばっかり。興奮する気持ちを抑えてそれぞれ袖を通して
みましたが、年代のわりに大柄な体格でいらしたおかげで、どれもほぼ
お直し不要で着れる身丈と裄でした。おわー、嬉しいい。さぞ値が張った
であろうことは想像に難くありません、そも他人である私が頂いちゃって
いいんだろうか…いつも思う。でも、
「子や孫はもう誰も着ないというし、このまま箪笥の肥やしに
なってゆくよりは、着る人の手に託される方が着物は幸せなのだ」
と認められた同封の手紙を読むと、私はその想いを託してもらえたのだと
感謝と共に納得してしまえる。



ああ、いかにも着こまれた生地の柔らかさがいい。
このやや黄ばんだ麻の襦袢の味わいもまたいい。
元の持ち主のひとかたならぬ着物への愛着、苦楽を共に歩んだであろう
長い年月を感じます。そうして着物は生きたまま世代を渡り、誰かの
想いを纏って静かに風格を増していくのだ。
だから私は昔の着物が大好きだ。




(↑偶然?西屋の家紋である「丸に片喰」が銀糸で刺繍された絽の色無地。
紗袷かと思ったら、裏地に地紋が入ったちょっと珍しい生地だったと分かり
吃驚。法要でも茶会でもちょっと改まった会場でも着ていける万能着物!)

素敵な着物を頂くたびに、着物好き(というか既に生活…衣食住の一部に
なっている)でよかったと心から思うのでした。
まるで大事な日記のように、自分の知らない時代や人生を受け取れたような
幸福感が味わえるからね。

尤も、今着物を着ているのは意図して「女将」であることを言外にアピール
している意味合いもあります。ものぐさであまり対話を得意としない
私にとって、見た目だけで立場を理解してもらえるのは一石二鳥なのだ。
まさに僥倖。

ならば、そもそも私は女将になりたかったのか?
と改めて問われると、実は答えは

嫁いですぐの頃からしばらく子育てで奥に何年も引っ込んでいたし、
まして嫁ぐ前は西屋の表舞台で自分がどう立ち回るかなんて、何年後
自分がどんな姿で何をしているかなんて、はっきり言って想像すら
していませんでしたから。少なくとも身を固めることで、それまで
根無し草のようにあちこち転々と暮らしていた無味乾燥な日々と
別れを告げ、それなりに穏やかな日々を過ごせるだろうと思い描いた
くらいで(お前どんな生活していたんだ?というツッコミはナシで!)。

…かくして。そんな期待は転入後いとも容易く打ち砕かれたのであった。
修羅場なんていつだって人生いたるところに転がっているもんだとばかり。
うぉおおおそんなん分かっとったわ!!

時代が少しずつ進み、世の中が変遷し、バーチャルがリアルを凌駕し、
こちとら人手が徐々に減り、だんだんと現場で担う役割と負担も増え、
遂に今まで誰も受け持たなかった湯守を完全に引き受け、ぐぉおヤバい
これ以上抱えられないかも…というメンタル瀬戸際に立たされた瞬間、
漸く気づいてしまいました。

「なんだこれ苦しい。なんだこの商売の辛さは。
なんだこの仕事のキツさは。なんだこの自然の厳しさは。」

ここで自棄をおこして「(酒)呑んでやる!」
…などと暴走しなかった自分を褒めてやりたい。
子供が生まれると妙な肝が据わるらしい。むしろこの状況に陥って
「(味噌汁)呑んでやる!」なんて斜め上の思考に走ってしまうのが
私である。てか味噌汁w

ま、ダメで元々だから!
どうせなら誰もやらないようなぶっ飛んだことをやってやろう。
そうやって沈む気持ちを無理やり打ち上げた私は、あれよあれよと
いう間に湯守になり女将になり調理場の欠員補充で包丁を持ち、
気が付けば温泉や泥や時々下水やらかぶりながら最前線でマシンガン
連射していました。マシンガン=気合。
そして溜まりにたまった鬱憤をコラムで吐く日々。
予定は未定、行き当たりばったり、走り出したら止まらない。
廃れたのか逞しくなったのか分りまませんが、ぶっ倒れていないから
とりあえず今のところは大丈夫だろう。
幸か不幸か性格がこんなんだから、そこには「なぜこうなった?」とか
「いつからこんなことやっているんだろう?」みたいな小休止は持ち
えませんでした。なにしろ迫りくる列車の前でひたすらレールを敷く
がごとく、毎日が待ったなしだから。
そうしてコロナ禍が深刻さを増し、オリンピックの夢から醒めた
今頃になって初めて、いつの間にエネルギー切れ寸前になった状態の
まま、発射5秒前の打ち上げ台で無駄に焦って悪あがきをしている自分に
気づいたのでした。
本当は自分が思う以上に疲れていたらしい。
力を抜くことが心底怖いと思うほど。

さて、ここで前回の問いだ。
「旅館の女将やっている自分は幸せか?」

回答:幸せじゃないが苦しい楽しいチクショー。 

ぜんぜん答えになってない(笑)



「成し遂げたい目標はあるか?」 

高校時代、美術の先生と同じくらい忘れられない言葉をくれた恩師が
もう一人いました。政治経済担任の先生。見た目だけを例えるなら、
つげ義春の漫画に出てくる頭もじゃもじゃのモブおじさんみたいな
素晴らしくあか抜けない風貌(例えw)。
よほどの和牛好きだったのか、ぴちぴちの女子高生に向かって
「おしゃべりしてないで話を聞けこの霜降り!!」「脂肪の塊!!」
と身も蓋もない暴言を飛ばし、権力には逆らうのが美徳とばかり
左巻きを公言し、口から出る講義もザ・社会風刺画…それでも言葉の
端々に生徒想いの優しさがにじみ出る、なんとも憎めない先生でした。

そういや同期だという倫理担任の先生となぜかしょっちゅう
「愛の本質はエロスか?アガペーか?」で舌戦論戦を繰り広げていましたが、
あれから決着はついたのだろうか??(余談だが私は前者派だ!)

その政経の先生が、そろそろ進路決定に差し掛かった迷える私達に授業中
静かに説いたのが

「若いうちは、たとえ途中で失敗しても、あらゆる道筋から人生の
立て直しが可能だ。そして当然歳を取ればとるほど、軌道を修正する
上での選択肢は減っていく。体力的にも、時間的にも。
しかし、"可能性は決してゼロにはならない"」

一時は忘却の彼方に追いやっていたこの言葉。
今になって、驚くほど鮮やかによ蘇ってきます。

観光業界の未来は全くもって不透明です。ぶっちゃけコロナ云々以前から
国内観光業は遠回しに前途多難と言われていました。
就職以来全くの異業種にいた私は、こんな事情、嫁来るまで知らんかった。
社寺仏閣と同じで、文化的側面が強い温泉旅館商売は時代に囚われず
細く長く続くものだと勝手に想像していましたから。
今は就職先の花形と言われた大手の代理店や公共交通機関でさえ
苦境に立たされているわけで、表には出さなくとも、みんな同じくらい
不安な気持ちを抱いていると思います。仕事面だけじゃなく、生き方
自体ますます望む道が見えにくくなってきているように感じます。

生きていて、こんなに不安で苦しくて、一体人生何の意味があるのだろう。
どこで道を違えてしまったのだろう。今がつらいと、悔恨と共につい
そんな思いが頭をよぎります。でも、ここで気づいてほしい。
生きていることに「意味」を見出そうとしていること自体、そも生きる
ことに真摯に向き合おうとしている証拠だと。もうどうでもいいや~
と簡単に人生投げ出していない自分を、ぜひ今すぐ滅茶苦茶褒めて
あげてほしい。

私も過去滅茶苦茶やってきましたし、まー、寄り道も人一倍多かったと
思いますが、今日まで過ごしてきた日々は何一つ無駄ではなかったと
今は信じています。なぜならその一つ一つが、今を生きる力・糧に
なっている(と幸いなことに実感できている)から。
不安なら不安な分だけ、今の場所でできる限りの手を尽くせばいい。
必ずのちに何らかの形で財産になってくる。
政経の先生の言葉は正しかった。
諦めずに生きている限り、可能性はゼロにはならないのだ。

回答:もしも世の波に打ち負け、最悪生き方を根本的に変えなければ
いけない日が来たとしても、「あの時私は全力を出し切った」と
清々しく振り返られるように、後になって後悔しないように、
自分を信じて全力で商売をやりきる。



「私は私のやりたいことを見つけられたか?」 
…これ、ほぼ人生の総括だよね?



現在私は西屋で女将をしておりますが、寄る年波に逆らうつもりは
ありません。先のことは分かりゃせんが、経済状況が許す限り、
いずれ体力があるうちに現役リタイアして、何物にも属さない自分だけの
人生にスイッチを切り替えたいと考えています。
さて、その時に自分は何をしていたいだろう?
その時の自分が夢中になって取り組んでいることは何だろう?

別にね、大物になりたいとかそんな野心は全くありません。
まぁ、余暇には気ままにお菓子を作るでもいいし、もしもその時子供達が
結婚し親となっていれば、できる範囲で家族を助けてもあげたい。
そのためには第一に元気でいなきゃいけないし、適度な息抜きも必要だ。
夢だねぇ…(遠い目)。

ともあれ、そんな理想の第二の人生スタート地点から逆に今を辿って、
私という人間の輪郭をとらえようと、ここ最近ずっと模索しています。

転機は去年の母の死でした。終活もままならず世を去った母との別れは、
遺された思いと共に、逆説的に「今この瞬間をいかに悔いなく生きるか」
という命題となって全人生単位で私を突き動かし続けています。
自営業は定年がないから、どこでその終止符を打つかは自分で判断
しなければなりません。うちの大女将もそうですが、一つ前の世代に
よくみられる、商売に夢中になると「趣味なんかに割く時間はない」と
言い切ってしまえるタイプ。確かにストイックでカッコイイとは思う。
でもね、残念ながら、人間の身体は永久機関ではないのだ。
それを生き甲斐とする人生を否定するつもりは毛頭ないが、
幕引きするタイミングを逃せば、いつまで経っても仕事と人生の切り分けが
できないまま、やがて体力が尽きてしまうだろう。そうならないために、
私は仕事とは無関係に打ち込めるもの、どうせやるなら「芸は身を助く」に
通じるものを見つけようと、何年もいろいろかじりながら探してきました。

着物?いやあれは前述の通り衣食住の一部で、もはや必須の分野でんがな。
だから除外。
庭造り?うーん、悪くないけど、自然任せの部分が大きいのであんまり
能動的ではない(それほどのめりこんでない爆)。どちらかというと余暇の
部類だろう。てなわけで除外。
ならば筋トレ??いやいや、あれは健康維持のために必須に入る。
むしろ着物ポジションだわ。ギャップありすぎてセットにするとなんか
笑えるけど。除外。

で、残ったのは…

回答:書道だったりする。
そう、書道。これが近年まれに見るハマりよう。
ペン字よりのめってるかもしれない。実は日本画もかじり始めています。
経費をかけたくないのでデジタル方面限定ですが。まだまだ初心者だけど、
少しずつ描きたいものが見えつつあります。



なんか本来の書きたかった内容とだいぶズレちゃったような…?
まぁいいか。

神道によると、人間はこの世で修行…魂(たま)を磨くために生まれてくる
のだそうです。つまりもし、輪廻転生があるとしたら、今生の努力や経験、
培った知識は何かのかたちで次のステップに反映される…らしい?
真偽はさておき。

ここまで書いてみて、今の心境を一言で表すなら「諦観」ですかな。
"諦"という字は入っているけれど、諦めて悟りをひらくという悲観的な
意味合いではなく、本来の仏教用語としての
「物事を諦(あきら)かに見る=悟りの境地から物事を見る」
こっちの解釈の方がニュアンスとしては近いです。

身も蓋もない話ですが、生きとし生けるもの、いずれこの世を去ります。
いかなる偉人も、あの世には何一つ持っていけません。
みんなそうして命を繋いできました。
母を間近に看取って以来、日々メメントモリを反芻するうちに、いつのまに
このあたりの死に対する認識が180度変わってしまったらしい。
死への恐れを受け入れてなお、むしろ生きることに真摯でありたいと
強く思うようになりました。何をか悲しまんや。

抗うでもなく、何代も引き継がれたお古の着物のようにはいかなくても、
生きているからにはこの世に何か少しでも痕跡を残したいと願ってみる。

自分なりに表現したいもの、仕事の中で実現させたいもの、守りたいもの、
人それぞれ一つ一つを言葉で言い表すことはできないけれど、すべてを
抱えて走る自分がたどり着いた先におそらく「ああ、私は存分に生きた」と
思える彼岸があるのだと思う。

そこに集約される「生きた証」が、最期の一瞬でもいい、
どこかで激しく輝いてくれればそれでいい。
そんな風に夢を見ながら。
今日も「魂磨き」にちまちま時間を割いていく今日この頃です。

ああ、今夜は流れ星が見えるかな。



今日の一曲 

POPEE the クラウン(日本語ver.)

青柳常夫(2002)


(元ネタがニコ動にしかなかったようですがリンク
貼りました。↑オリジナルバージョンもぜひ聴いてみて!)

はい今回の〆。
重くなりすぎた話題は最後の最後で
木っ端みじんにぶっ壊します常套手段。
何度目だよ(笑)これを人はマッチポンプと言う(?)。
てか、この曲知ってるコアなファンいるかな?!?

元ネタは20年ほど前にキッズステーションで放送されていた、
「ポピーザぱフォーマー」というブラックユーモアにも程がある
CGアニメのオープニングテーマです。歌詞がぶっ飛んでいて、
オリジナルバージョンはもはや日本語の体をなしていません。
それなりに意味はあるけど。
歌っている青柳常夫さんは元々素晴らしい美声の持ち主なのですが、
本作では「どっから声でてんの?!」みたいな妙に訛りの入った
素っ頓狂な歌いまわしでリスナーのマインドをポピーよろしく
破壊しにきてくれるのでおススメ(?)。その中毒性は本コラムで
紹介した楽曲でも随一のレベル(だと思う)。
オリジナルはアレですが、日本語バージョンはなぜか秀逸な歌詞ときた。
その中に、今回のテーマにびったりマッチする一節があるので一部
抜粋しますです。

♪100年後は誰でも この世の中いないなら
愛してごらん あとは運に任せて
(原曲)♪メソメソリロ ハジケボン ウタイダスヨ ドレシラリン
ウキウキポレロ カメハエレキ タジラドン


曲調も楽しいし、口ずさんでいると自然と元気が出てくる
(あるいはサツ意が湧いてくるw)不思議な歌。
気持ちが沈んでいるそこのアナタも、レッツ・シング。
しかしまぁオリジナルバージョンがまともに聴くだけあまりにも
何じゃこりゃな内容なので、その良さがなかなか一般に理解されません(笑)
今ではネットの力で全曲視聴できるようなので、
気になる方はぜひ覗いてみて下さいね~。

2021.07.18

湯桝と水路の工事のこと 1



かぐら「オラぁ年中毛皮着てんの。あちぃのは苦手なんニャよ…」


(10年くらい前の西屋の庭です)

どんよりとした雲間から絶え間なく降ってくる雨…
山の空気に溶け込んで、湿った風さえ心地よく過ごせし…

あの日はいずこぉおおお!!

梅雨明けした途端、灼熱の日差しと
「おたく、フライパンに生まれ変わった?」
みたいな異常な気温が東北地方にも襲い掛かってきました。
標高のある白布はまだマシな方だが、暑いもんは暑い。
みなさん熱中症にお気をつけを!

さて、先週、西屋は3日間完全休館日にして
ここ数年懸案だった湯滝風呂の裏にある温度調整桝の
修繕工事を行いました。




↑改修前の記念撮影。慣れ親しんだ私の第二の仕事場である。


西屋で生まれ育った社長が「最後に作り替えたのがいつか思い出せない」
と宣っているので、この桝は膨大な量を誇る源泉(と時々土砂交じりの山水)
の器としてのハードな役割を、半世紀以上もの間一瞬も怠らず務めてきた
ことになります。



↑上部の四隅はもうボロボロで、写真のように風化して隙間が空いてます。
当然♨がそこから駄々洩れ。色々苦心して穴をふさいでいましたが、
さすがに限界。



一見何でもないようですが、外壁も触るとビミョーに
フカフカ…と所々柔らかく変質していて、

「ここで足滑らせてうっかりどてっぱらを蹴っ飛ばしたら
多分穴開くわ」と何度肝を冷やしたことか。

いや本当、よく頑張ったなぁ…。

とはいえ、殆どが地中に埋まった桝そのものを総とっかえすると
トンデモナイ労力と経費が掛かってしまうので(場所が何しろ
悪いので、重機や大型の桝は搬入できない)、今回は旧桝の内側に
新しく材木で桝を組み立てて全体を囲うという方法を採りました。



源泉も山の水も一旦全部止めて、溜まっていた温泉を抜いて、



堆積した中の土砂や温泉成分をきれいに除去したら…あらびっくり。





とても50年以上前の物とは思えない、壁面も底も新品かと見まごう程
きれいな木目が見えてきました。

こ、これがあれか?SDGSでおなじみのサスティナブル素材ってやつ?
(ちょっと違うか^^;)



↑新しく温泉桝となる頑丈な栗材。
厚さは旧桝と同じです。



↑一列ずつ枠型に組み立てて…



↑ガッツリ嵌める。
底は旧桝のまま。

今回新しく栗材の桝を施工・設置してくれた大工のおっちゃん曰く、
空気ではなく水に触れ続けていたのが素材の長持ちにつながったそうな。
ほー、なんか不思議。世界最古の木造建築である法隆寺の例からして、
素人目には逆のように思えますがね。
FRP(繊維強化プラスチック)もコンクリートもこんな風には持たないよ、
という専門家の話を聞くと、オール木造な西屋もあと200年くらいは
風雪に耐えてくれるんじゃないかな…なんてピンぼけながら希望的に
考えてしまう。
そもそも商売が続けられなきゃ意味がないけれどね!

あ、話が下に向かって脱線しそう。戻します。

今回は湯桝だけではなく、私が普段湯守として四苦八苦している水路
(正しくは、水を安定供給するための機構・経路)も一新しました。

今までのボロッボロで足場の悪かった水受け桝を廃止し、
三十三観音から地下水路を通してやってくる山水を一時的に貯める
タンクを新設し、そこから温泉温度調整用のバルブを延ばすという工事です。



↑タンク設置中。

オーバーフロー分は相変わらずぼろ桝(写真中央下)に投下。
湯桝との高低差から、今後これを直接利用することはできないものの、
季節のアクシデントによっては何らかの形で現役返り咲きさせなきゃ
いけない場面も出てくるよーな気がする。



で、これがその新しい貯水タンクです。
もともと水道水を貯めておく代物なので、見た目がブサカワ。
おまけに地上むき出しちゃんなので本館からも目立ちまくり。
まぁ、いろいろ考えてこうなりました。




調整方法はバルブです。バルブ単騎。



名前はそうだなぁ…アシンメトリー・ゾック、
略してアシゾー君(なんでやねん)!!

フッフッ、アシゾー。
これからお前は私(湯守)の僕となって、上(蓋)も下(バルブ)も
前(メイン水路)も後ろ(ブロア)もすべては我が意のままよ。
本体が不透明だからと裡に野心(土砂)を貯めたところで無駄無駄無駄ァ!!
全てが(上から!文字通り!)筒抜けなのだからな!!
心して(共に)働くがよい(笑)

(つづく。)




今日の一曲 

"Look at the Sky"

"Nurture" Porter Robinson(2021)


(サムネクリック→
公式Youtubeサイトで楽曲が視聴できます。
英語のみですが歌詞も載ってます。)

日本のアニメが大好きなアメリカのミュージシャン、
ポーター・ロビンソンの最新アルバムから。
自身の苦悩の経験やナイーブな性格と向き合いながら、
それでも「前向きでありたい」と願い、綴ったこの曲は
歌詞がすごくステキ。

個人的に今、書道を頑張るためのマイ応援ソングに設定中です。

「 空を見上げて 僕はまだここにいる
来年はきっと自分らしく生きていける 
もっとより良いものを作れる気がするんだ
 」


因みに和訳の付いた動画はコチラ。

2021.07.03

春先から新しく始めた3つの「燃え」-②

春先から新しく始めた3つの「燃え」-②

2.体力つくり

いきなり!今日の一曲!!

  "マッチョオブザワールド" 

NOCTURNAL BLOODLUST(2019) 


(2回目だからリンクなしよ!)

前代未聞、初っ端からまさかの再登場。
マッチョオブザワールド!!

♪今日も早朝早起きランニングYear 
栄養補給は Within 30 minutes 
悔いのない筋トレ人生へ 
ラスト一回 Fight or Fight 


ワハハ。順不同に歌詞を切って繋げただけなのに、
笑っちゃうほどやっていることがそのまんますぎて
今日のテーマ曲ほんとこれしか思い浮かばんかったわ。


はい、前にもちらっと書きましたが、
「燃え」その2はズバリ体力づくりです。
後述しますが色々わけあって地味に続けています。
自分が一番信じられない。
それこそ真っ先に匙投げそうな分野だったのに。




爽快な山の緑に誘われるままGW明けから始めたランニング…
でないジョギング(ランとジョでは運動負荷が違うので混同注意)。

最初の頃は西屋前からちょっと奮発(?)してスカイバレーの
標高1000メートルの標識めがけて走ったり歩いたり標高差約150m、
往復約5.2キロ(思った以上の距離でびっくりしたよGoogle先生)。



(晴れているとテンション爆上がる。)




(曇っていてもここまで来るとテンション上がる。)

この間だいたい45分コースです。
帰宅後は、お客様の少ない時間帯であるのをいいことにちゃちゃっと
お風呂で汗を流し、しれっと調理場に入る…これが朝のルーティンでした。

それから約半月後、ただ走るだけなのも何だからとちょっと趣向を変え、
走行距離を半分弱に減らし、その分浮かせた時間を体幹トレーニング
(メニューはYoutubeで見つけました)に充てるようになりました。
所要時間はジョギングオンリーよりすこし間延びして合計約1時間弱。
それまでより15分前倒しで起きるのはちょびっときつかったけど、
わりとすんなり慣れました。

確か4月に受けた人間ドッグの事前問診に
「毎日1時間程度の運動をしているか否か」みたいな質問項目があった
気がしますが(適当)…さらっと言いよるわ1時間て。
ならば早起きは三文の徳ってか。

…みたいな結論からかくかくしかじか、このサイクルを基本として、
その日の体調や天候に合わせて内容を加減しながら
(+たまに三十三観音に寄って水路を確保しながら)
ちまちまと今日に至ります。


かぐら「今日も朝っぱらから騒いでんなおみゃー。」

Youtubeの動画はスマホをテレビに繋いでリビングで観ながら
(他の家族が起きないように慎ましくイヤホンで音を拾って)
身体を動かしていますが、猫達はあろうことかすぐ間近で
見上げてくるもんだから、うっかり蹴っ飛ばしそうになります。
頼むからどいてくれー(笑)というか、ほぼ無音の中嬉々として
部屋ン中で一人汗だらけになって飛んだり跳ねたりしている主を、
猫たちはいつも一体どんな気持ちで眺めているのだろう。
こいつまたバカやってんな。くらいにしか思ってないのかも(笑)

別に私マッチョ目指してるわけじゃないので
(むしろ目指してたらコワい)、
マッチョ歌の中にある「ゴールデンボディ」になることはありません。
多分、絶対。実際この約2か月思ったほど体重も減ってませんし。
(ていうか2キロも減ってない…)
見た目身体が締まった分、余計な脂肪はそれなりに燃えてきている
のでしょうが。肝心のビフォー筋肉量や体脂肪率をそもそも測定し
忘れてるから、いまいち変化がよく分からない。
せいぜい「なんか尻固くなったな~なんとなーく腹に溝入ったかな~」
くらいの軽~いノリです。
じゃあ何を目指してるの?と改めて聞かれると、
これまた自分でもよく分からないというのが正直なところ。
最初は運動後にさっと入るお風呂がめっちゃめちゃ気持ちよくて、
その爽快感がくせになって続けているだけだと思い込んでいました。
必死に鍛えるわけでもないのに、ただただ続けていきたいという
謎のドーパミンがどこからか補給されて続けているもんですから。
でも、実は理由はそこじゃなかったことに改めて気づきました。

この早朝の運動を続けるにあたって日頃自分で肝に銘じているのは、
絶対に無理しないこと
「毎朝必ず同じコースをこなすんだ!!」という強制はせず、
どうしても気が乗らないときは気後れせず休む。これを徹底しています。

リフレッシュのために身体を動かしたいなーという衝動は前々から
ありましたが、年明けからその思いが顕著になりました。

根底にあったのはコロナのストレスです。
お前だよ、お前!
今、同じようなストレスを感じている人は多いと思います。
コロナ以前とそれ以後で世の中須らく、思想、人の流れ、景気の行方が
不気味なほど静かにぐちゃぐちゃになりましたから。
招致の段階であれだけ華々しくもてはやされたオリンピックも、
悪いが今となっては盛大にコケる予感しかありません。
貧乏くじだなぁとつくづく思う。

いずれにせよ、不可抗力が頭上で踊っては振り回される奇妙な日々が
1年以上も続けば、なかなか正気じゃいられなくなってきます。
例えるなら、真綿で徐々に首を絞められているような不気味な焦燥感。
…で、ある時とうとう、私の中で「ぶちん」と何かがキレました。
あ、このままではぶっ壊れるな、と。

ストレスのリミットゲージがブレイク寸前になる感覚は、運動中の
デッドヒートにちょっと似てます。似て非なるものといったほうが正しいか。
スカイバレーを走るのも、汗をかくほどのトレーニングをするのも
ぶっちゃけハードですが、それ以上にメンタルダメージの方がよっぽど
質が悪い。身体の疲れは寝て食べれば大概治るけれど、精神の痛みは
脳が記憶しちゃってる限り一朝一夕に抜けてはくれませんので。

そこではじき出した結論が「ストレスと同じ量の運動をする」でした。
身体をとにかく動かして頭の中をスッカンカンにして、
溜め込んでいたストレス(という名のメモリー)をオーバーライト&
デリートしちまえばいいと。あとはひたすらその繰り返し。

ストレス涌いたら汗かいてポイ。根詰めはしない。

なにこの人畜無害な新陳代謝。どうみてもただの生存本能。
シンプルだけど意外と侮れない解決方法です。

運動の内容が我ながらけっこうハードだと思える現状は、まだ体感
ストレスゲージも70~80%ってところです。地味に高いです。
それでも以前よりはるかに気持ちは落ち着いてきていると感じます。
少しずつ手綱を緩めていって、スカイバレーが雪に閉ざされる頃には
もうすこし軽い内容に落としていきたいなぁ。

私がこの早朝イベントを続けていられる一番の原動力は、
この魂と魄を保つ絶妙な"天秤"の存在に他なりません。
発想はめっちゃネガティブですが、副産物が光合成並にいいこと
尽くしなので、続けられるだけ頑張っていこうと思います。

・・・・な~んてヨユーぶっかましたこと言ってみちゃったけどさ。
よく考えてみたら初めて今日の曲紹介したの去年の3月よ。
つまり私はかれこれ1年半近くも脳筋モードで
(しかも途中でもろ肉体美ネタまでねじ込んで)
マッチョだァ!ワァァアアォウ!!してたわけだよ(笑)

いっそこのくらい清々しくバカになれりゃ、ストレスがどうの以前に
既に結果オーライじゃまいか。

海の向こうの最終目標:腹筋を某出エジプト映画の紅海みたいに割る。

2021.05.17

鏡に写る「明日の自分」を想像する




緑の香り漂う湿った空気、絹糸のように舞い落ちる生暖かい雨、
そして、いつのまに庭にほころぶ山吹よ。
・・・梅雨か?


身だしなみによほど頓着しない人でもなければ、
1日一回は大なり小なり鏡の前に立つと思います。女子はさらなり。
自分の顔や姿であれば、毎日のぞき込む鏡の向こうのそれをすぐ
思い浮かべられるのと同じように、自分の性格は誰よりも
自分がよく分かっているもの。
これわりと一般常識。

え、一般でいいよね?
常識…んー、まぁ、人生で一番付き合い長いのは自分自身なんだし、
ゆるーく常識の範囲ということで。

この心的動作は、必ずしも「そのままの自分でいいんだ」という
自己暗示ではありません。顔はさすがに難しいけれど、誰しも、
今の自分から違う場所へ向かおうという意思を持って、よくも悪しくも
中身を変えて、力を、魅力を伸ばしていくエネルギーが備わっている。
それを誰よりも信じられるのもまた、自分自身。
誰かと比べるわけではない、誰かに認められるためのものでもない、
あくまで鏡の前に座るように自分自身と向き合って
己が魂をひたすら磨く、長い長い人生の修行のようなもの。
どうも当たり前すぎるせいか、あまりに常識の範囲が曖昧なためか、
常日頃意識していないと驚くほどこの日々の営みを忘れがちですが。

で、翻って私はと言えば、基本チャランポランタンで三日坊主の凡庸な性格よ。
若い頃はホント何事も長続きしなくて、覚悟が足りなくてダメでした。
あまつさえ、どんなに何某のマイブームにガッツリ入れ込んでいても、
頭のどこかでは「これもいずれ醒めるんだろうな…」などと妙に割り
切ってしまっている自分が同居しているくらい、いろんな意味で
一か所にじっとしていられないタイプでした
(あれ、これは三日坊主とは言わないか。まぁいいか!)

でもここ数年、「あれ、もしかして私やればできる子?」とちょっとは
自画自賛してもいいかと思える程度には、少しずつ自己改造の成功体験を
積みつつあります。
すべての転機は、”虚無”
から湯守を引き継いでから。
(その役割を負う人がそれまでいなかったので、前任者は虚無さん)
ほんの一週間くらい頑張るつもりが、あれよあれよといううちに
10年近く湯守やってますから。三日坊主の汚名返上はここから始まったと
言っても過言ではありません。途中足をくじいたり、貯湯槽に「堕」ちて
えらい目に遭ったり、「あ、ちょっとしんどい」と正直弱気になったり、
経験値が上昇するにつれ心の中では様々思うところもありましたが、
ほんの小さなきっかけから1歩1歩変わっていく自分を感じる日々は、
言葉以上の感動と充実感に満ち満ちていました。現在進行形。
「おおおオラ生きてるぜーーー!!」みたいな。
どこかの孫〇空みたいに"今"をワクワクする感じ、みたいな。

とはいえ、基本的に強い”縛り”を課さなければモチベーションが
上がらない&
維持できない人なので、何かやらかすときはハイリスク
ハイリターンを覚悟の上で有言実行を踏んでから、と決めています。

”縛り”…
宿儺さんいいこと言った。まごうことなき呪いの王。好き。
伊達に千年生きてない。

ある程度自分のことを好きであること、信じる気持ちが
エネルギー源として必要ですが、一度やるぞって周囲に公言してから
事始める。これ、意外と効果絶大です。
自分だけで完結し、とりあえず無理せず褒めて伸ばそう~とする
パターンだと、笑っちゃうほど自分に甘えて挫折するからダメ。

個人的な直近の実例はジョギングです。
本当は、よっぽどジョギングを取り入れた生活サイクルに慣れてから
SNSにでも上げようかとひそかに考えていましたが、走りつつ見遣る
早朝のスカイバレーがあまりにも美しく、開始後1週間を待たずして
とっとと公開処刑(爆)してしまった。
もちろん後悔しましたとも。いいですとも。Wコウカイ。
こりゃもう何が何でも続けないかんやないかーい!って。

かつて自分を少しも好きになれなかった過去を切り捨てることなく、
少しずつ確実にさよならしていけるように。
明日…一月後…1年後……
鏡に映す自分の姿を今以上に好きでいたいと思う、願いと決意を胸に。
今日も鏡を覗き込んで叫ぶのだ。心の中で「一日一生」を。

そして私はまた一つ、新たなる無謀な挑戦に挑むのであった。。。
(何を始めたかはまだ内緒です(ケヒッ)。)



今日の1曲

 "Let Me Love You (feat. Justin Bieber)

DJ Snake "ENCORE" (2016)


↑PVようつべリンク

あのレディ・ガガの"Born This Way"をプロデュースした
一人であり、様々なアーティストとの共演で数々のヒット曲を
飛ばすDJスネイクのアルバムから。
今日のテーマにドンピシャ!ということでLet Me Love Youを
チョイスしました。自分自身に向けたエール、と捉えて良いわよ。
今を時めくジャスティン・ビーバーの若々しい歌声がグー。


2021.02.18

音のある生活 43 「推しのイメージソング」






2月初頭、たまたま快晴だった天元台スキー場。
米沢市までくっきり見えて感動の瞬間でした。

こんにちは。
現在ツイッタは公式アカウントしか持っていないので暴走自粛、
個人的な趣味はひたすらRom専(死語だよねこれ)の女将です。
つまり何が言いたいかというと、

「フォローしている人にフォロワーはいません」

よく見るとじわじわくる、この余計な一言ばっか遭遇する。
(被っていたらある意味悶絶ものだが)
鬼は左、福は内、虎は右。すみません固定です。一粒で∞倍美味しい。
SNSの中でもTwitterは正直持て余し気味です。
手が回らないし、性質上ここみたく個人のマニアックな戯言は吐けないし、
かといって個人のアカウントはもう持たないと一応決めているし、
いろいろ面倒でいっそ公式のアカウントも削除しようかとよく
悩むのですが(何気に爆弾発言)、
今は少しスリルを味わいながら(?)時々タイムラインを泳いでいます。
人生ガス抜きは必要なんだいいじゃないか。三度のご飯だけが
全てじゃないんだ、たまには”霞”も食って生きていたりするんだよ
フッ。

冒頭の写真は青空のきれいな天元台なのに初っ端からこの
場違いな妄言。我ながら詐欺じゃないか(笑)?



ええ、これ以上ツッコまれたくないのでとっとと天元台の話にワープしましょう。



先日、長い長いブランクを経て念願のスキー再開を果たしました。
元々スキー授業とは無縁の雪ナイ県出身ですが、
実は小学生の頃からスポーツクラブ関係でスキー場に何度か足を運んだ
ことがあります(断じて上手いとは言ってない)。以前から天元台で
滑りたいと思っていましたが、周囲から
「骨折したらどうすんのダメ」と何故か100%転んで大惨事になることを
前提に反対され続けていました。
…そんなにドジに見えるか。まぁわりとドジだけど。
でも、今冬が子供達の小学校最後のスキー授業ということもあって、
どうしても一緒に滑りたくて思い切ってスキー靴を買いました。



そんなこんなで久しぶりに天元台を滑走しましたが、サイコー。
第3リフトは登りきるまで拷問のような寒さですが、
それでも神秘的な森の景色と米沢市街地までのはるかな眺め、
全国屈指と名高いサラッサラの雪質は、寒さも下手さも何もかも
ひっくり返す素晴らしさ。
冬の運動不足解消は雪下ろしとスキーで決まりだね(前者はやけくそ)!!



今度改めてちゃんとご紹介しますが、
アルブ天元台の中にある「レストラン白樺」はなかなか庶民的で
ボリュームのあるメニューが揃っています。注文から受け取りまですぐ!
スキーの合間に立ち寄って、エネルギー回復ばっちり。
写真はノーマルな中華そば。あったまりますよ~。



今日の一枚 
さぁやってきましたイカれたコーナー。

 "(s)AINT" 

Marilyn Manson ”The Golden Age of Grotesque "(2003)


またM.Mかよ!!
※サムネイルをクリック…してもどこにも飛びません。
かっちょいい曲ですが、かなりエログロい閲覧注意PVなので
さすがに今回リンクは貼りませんでした(爆)

以前紹介したマリリン3部作(のどれだったっけ?(←忘れたふり))
に続き2003年にリリースされたアルバム。
一貫した方向性と高い完成度、上記の通りPVもなかなかキレていて、
(というか(s)AINTが一番ヤバいかもしれない)
個人的に捨て曲がなくマリリンのアルバムの中では一番好きです。

ジャケットの中のグロテスクなミッキーコス(?)はある意味
メカニカル・アニマルズのエイリアンもどきより不気味。
(あの歯肉パンチみたいなピンどうやって付けたの??)
自画像も描いていますがこの人、多分よくも悪しくもセンスが
良すぎてて善人受けしないんだと思う(めっちゃ褒めてます)。
今回Pick UPしたのは7曲目の(s)AINT。
()がなければ「聖」ですが、敢えて"(s) ain't=「聖人」ではない"
という皮肉なひっかけをタイトルにしています。

「お前は望む"完璧(=俺)"を得たが、俺はお前にはあまりにも
完璧すぎる。俺はお前に憑りついて輝きも戯言も奪ってやった。
FもCもKも持った(つまりアレ)昔から邪悪なスーパーエゴ〇ッチ、
"S"は取っておけ、なぜなら俺は聖人じゃないから」


かなり無理やり要約しました。うわぁ極悪(笑)

実はこの曲、「呪術廻戦」の原作者:芥見下々さんが単行本内の
コーナーで、当作随一のヴィランオブヴィラン「両面宿儺」に合う
イメージソングとして平沢進さんの「Day Scanner」と共に自ら
選曲されていたものです。
両面宿儺は日本最古の正史である日本書紀に実際その名前が登場する
伝承>歴史的な存在ですが、作中では大昔に実在した人間として
描かれています。(呪いの)強さ、極悪度、声(cvは響凱とおなじ
諏訪部さん)や外見(なぜかよく上半身裸になる)、肉体を共有
しながら性格正反対の主人公とある意味補完関係にあるetc...
上記の通り、歌詞といいどす黒い曲調といいまさにピッタリです。
人間誰しも心の中にダークサイドを持っているものですが、
それを犯罪ではないながら敢えてどぎつく世に表現できる
アーティストを私はひそかに尊敬しています。それと同じように
毎度ヴィラン(それも上から数えて1番目か2番目に凶悪な皆さん)に
妙なあこがれやシンパシーを覚えるのは、実際に散々な悪事をまんま
ぶちかますダメな部分はさておき、普通なら目を背けるか理性で
カバーするような内面の"悪"をありのまま自覚し、強さを知り、
自分への恐怖も糧に持てるパワーをどこへでも存分に発揮できる
タフネスがあるからなんだろうと思います。まぁ…
ダメな部分がダメすぎて結局最後倒されてしまうのがオチなんだが。

もう一度言う。結局最後倒されてしまうのがオチなんだが。

だいたいダメな部分がダメなんだよ。でも
それ取ったらそもそもヴィランじゃなくなる。魅力ガタ落ちする。
何このジレンマ(笑)いっそいつかのネジ野郎に生まれ変わってくれ。

…おススメの紹介というより最後はもはや推し愛の独白場でした(笑)

2020.03.20

音のある生活 37「水仙の春」

 こんにちは。
スクワット地味に継続中の若女将です。
(マッチョ増量中?)




(↑先月末に殺風景な「大広間」から「湯の花ダイニング」に変わった
宴会場…の看板。名前に合わせて小花を書き加えましたが・・・
我ながらどう見てもクラゲ(汗))

アウェーど真ん中ですが、花粉症には今のところ悩まされていません。
おかげさまで私は元気です。

山形県は奇跡的に今日現在コロナウイルスの感染者が出ていませんが、
観光業は総じて修羅場です。
騒然とする世の中に漂う未知の暗雲たるや、人里離れた山の中の穏やかな
景色さえ悲しく思えてきます。



もうすぐ春なのに。
こんなに平和な白布だというのに。
こんなにのどかな東北だというのに。

マスコミはコロナの新規感染者数やオリンピックの行方ばかり
右ならえで報じないで、今までに罹患した方の傾向や病後、
既に回復した(無事退院した)皆さんの人数をきちんと
カウントして伝えてほしいもの。
そしてこの度の現象が、時折発生するインフルエンザetc.の
流行となにがどう違うのかも。
(結構探さないとその類の情報が見つからない)

前々から疑問でした。
同じ話題でも伝え方一つで希望が持てる可能性が生まれるのに、

どのチャンネルも殆ど「新たな感染者が××で〇人発生」ばかり。
まるで「一度感染したらおしまい」みたいに、言いっぱなし。
世間の不安をあおる様な報道が後を絶たない。

何か故意の理由でもあるのだろうか。

訴求力のある報道機関の一つでも、物事を反対の視点から
冷静に導いてくれる救世主はおらんのかの。
そうすれば、盲目的になりつつある自粛の区切りをいつ
どこに落とせばいいのか、およそ目安が
見えてくるんじゃないかな。オリンピック然り。

我ら観光業はじめ全国の事業所(そして一般家庭の皆さん)も
きっとそれを心待ちにして耐え忍んでいるのだ。



今日の一枚。

”THE DANCING SUN”

松任谷由実(1994)


(↑サムネイルクリックで「春よ、来い」のPVが
視聴できます。うぉー懐かしいぃ…(泣))




ご存じユーミンの通算26枚目のアルバム。
J-POPジャンルとして初めて買った一枚でもあります。
当時の朝の連続テレビ小説の主題歌にもなった「春よ、来い」が
有名ですね。曲をかけつづけると、最後に幽かに童謡の旋律
そのままの歌声が流れてきたのに感動したのはいい思い出です。
何度も聴いたなぁ…



「春よ、来い」を聴くと個人的に思い出すのがスイセンの花。
故郷の神社の境内のスイセンが朝霧にかすむ幻想的な風景や、
雪解けの白布で逞しく芽を伸ばす姿、



西屋の枝垂れ桜と一緒に花開き、
見る人の心を華やかにしてくれる様子等々…
私にとってまさに「春の使者」のような花です。

今年は本当に(そしていろんな意味で切望する)春よ来い状態。
いい春風が、野にも里にもやさしくそよぎますように。

2020.03.14

音のある生活 36「湯温計、またの名を限凸マッチョ」


こんにちは。
リバウンドが気になり、再び己に節制を誓って減量を再開した若女将です。
自分のことは自分が一番よく分かっている。ストレスに負けるな。



↑こっちが男湯



↑こっちが女湯。

この湯滝の奥に温度調整用の桝が2か所あります。
夜、このあたりで怪しい光が動いているのが見えても
255%若女将ですのでご安心ください。

三寒四温の今時分、
山の源流も目まぐるしく様子が変わります。
雪解け水で増量したり去年の落ち葉が堰になって激減したり
季節の変わり目の早朝源泉湯桝回り(温度管理)は時間との勝負。

以前は最初に三十三観音まで軽トラを走らせて、水量が不安定になる
コンディションでも上流から沢水を確保し、長時間安定する温度設定が
できていました。
しかし今は調理場やほかの現場も兼務しているため、
悠長に温度を確かめている時間がありません。

うっかり夜更かし寝起きのモナ・リザ(浮腫んでる)、
ザ・ピンチ(ダ・ヴィンチ)!メイクで上書き保存☆
何をやっても
6時までタイムプレッシャー(Yeah)、
時短で作業war終えて抜き足差し足次の現場ダッシュ!
(↑ど素人ラップ風にどうぞ)

最近ずっとこんな調子なので、
桝に差し込んだ湯温計の液晶がギューンと上がっていく
プチ緊張の一瞬が、某仮装大賞の得点バーに見えて仕方ありません。

覚えていますか?
コスプレ審査員の皆様のポチ数が合計15点に届けば合格確定の得点バー。


(↑第34回仮装大賞に出場し、語呂出し一発芸にもかかわらず
絶大なインパクトから伝説と言われた(?)「家&ヘイ
」。)

欽ちゃんの丁々発止ナレーション(&審査員)とのお情けバトル?が
全国のお茶の間の涙と笑いを誘った、やたら人間臭いあの電光掲示板。

それがね、ちょっと似てるのよ、こいつ↓に。



似てるんだけどね…
朝の湯温計の怖い所は、得点バーと違って”お情けジャッジ”がない上に
カンスト(20点満点)設定もないこと。
大概限界
(適温範囲)突破して不合格に転落するオチが多いこと。

時間がないときに限ってややこしい要因でお風呂が熱くなっていると、
のたびに「不合格かよぉおーー(汗)!」と(心の中で)叫びながら
慌てて再調整
していたりします。
仕方がなく短期決戦で詰まりやすいホースからホースへジョイントして
水を繋ぐこともあり、最近ではすっかり荒療治のパターンもいくつか
覚えてしまいました。経験は時に悪知恵の隠れ家と化す。

嵐の翌朝や大雪が降った日はあらかじめ状況を予測して普段より
30分以上早起きして作業に取り掛かりますが、心折れること請け合いです。

逆に一発でジャスト適温に収まった時の喜びときたら…
欽ちゃんと思わずハグする合格シーンを思い浮かべてみてください。
あんな感じです(笑)




笑いながら腹筋を鍛えたい、
そんなあなたに今日の一曲。

”マッチョオブザワールド"

Nocturnal Bloodlust(2019)


(↑サムネイルクリックでようつべ視聴できます。
但し公式UP版はMusic Premium会員でないと
再生できないので非公式版から。※音量注意!!)



8種類ものデスヴォイスを使い分けるという驚異のボーカル
(そして惚れ惚れする筋肉ボディの持ち主):尋をリーダーに活躍する
日本のメタルコアバンド、Nocturnal Bloodlustの最新アルバムから
一番のお気に入りをピックアップ。

何がマッチョって、タイトルそのままです。

筋トレ×4!!ラスト1回!!Fight or Fight!!!


ここまで熱いマッチョ魂のメタルコアなロックは
ちょっと他には思い当たらないっていうくらいマッチョ全開。
全世界のマッチョ好きさん必聴(?)。

マッチョだァ(ワァオオウ)!!マッチョだァ(ワァオオオオゥ)!!!
(本当は「マッチョオブザワールド!」とシャウトしているのですが、
何回再生してもこう聴こえる↑。)

いいね~!!新陳代謝が上がりそうです(笑)

信じられるのは己の身体のみ 膝をつくな立ち上がれ 
幕は開いた 見せつけろ、お前がオンリーワン


カッコイイ。
自分に厳しく(人にやさしく?)目標を目指す姿はマッチョカッコイイ。
繰り返します。マッチョカッコイイ。

いや、私別にマッチョを目指すわけじゃありませんが…。
ダイエットの応援ソングにはもってこい。
絶対に元気が出ます。超おススメです。

2019.10.02

音のある生活 30 「オイヨイ西屋(トレーニングルームVer.)」

こんにちは。
iPad買い替えを割と真面目に検討中の若女将です。



燦燦と降り注ぐ朝日。近いうちに貯水槽の泥あげ予定なり。

更新できないままひと月も経ってしまいました。9月は色々ありまして…
泥じゃないけど気分をアゲていかねばならない今日この頃。



だいぶ前ですが、マイオアシスことスタバでの一コマ。
グリーンアップルジェリーフラペチーノ。
目の醒めるようなグリーンと青リンゴのフレーバーが実に爽やかでした。
スイーツは好きですが実はこの手のフローズンタイプが苦手で、今まで
フラペチーノは殆ど試したことがありませんでした。
当日は暑さもあり珍しく冒険しましたが、素晴らしく美味でした!!

ところでいつも思うのですが、スタバのフラペチーノは毎度ネーミングが
すごい。あのまるで呪文のようなおしゃれ長い名前をなんでみんな噛まずに
スラスラ言えるのだ?

「エクストラチョコレートダークモカチップクリームフラペチーノをベンティで☆」
献立ジョブチェンジしよう↓
「つゆだくねぎだく納豆キムチかしらの特盛牛丼大盛りで(ドヤァ)」

はっはっはww
ノリは一緒のはずなんだけどなぁ。圧倒的に前者の方が軽やかなのは何故だ(笑)



仕事中、上着やらスマホやらその他諸々小道具やら、
癖でついつい身につけているものをポイポイ置いてはすぐに「どこいった?!」と
探し回ってばかりいる私(学習能力…)。
そんな無駄時間が出ないよう、一年ほど前から常にウェストポーチを付けて
館内を動き回っています。というわけで、ほぼ一日中体の一部と化している私の愛電話。
私の独り言から思考行動パターンまで持ち主以上に性分を把握している恐るべき相棒です。
特にデフォルトで搭載されているヘルスケアアプリ…最近ようやくその有用性に
気づきました。毎日親切にも睡眠時間やら運動量やら測ってくれているので、
不摂生防止のためにもいろいろ助かっています。
その中に万歩計機能もあるのですが、仕事がある日はほぼ毎日12000歩前後
歩いていたと分かりビックリ。1日通してせいぜい半径30メートル以内位しか
移動していないのに。



ちなみにこちら↑先月最高歩数をマークした9月22日の記録。
もう少しで15000歩だった惜しい。
何駅も乗り継いで上へ下へと毎日通勤通学する都会の皆さんには
到底かなわないとは思いますが、上記の通りの行動範囲からしたら
なかなかの運動量と言えるんじゃないかと思います。
西屋の本館は2階建てですが、40階分も上り下りしていたのが
妙に笑える。どういう算出方法だか分からんが。
こんだけ毎日運動していたら特別なトレーニングは必要ないわ!と
真面目に思ってしまいました。

旅館業は実際体力がないと務まりません(しみじみ)。
少食のせいですぐバテてしまう私の今秋の目標は
「とりあえずご飯をしっかり食べる」
「10月中に最低1回は神羅ビル60階分(!)を目指す」

″戦わない理由を探すな。”



というわけで今回もすっかりおまけポジションに追いやってしまいましたが、
今日はファイト一発系の「音のある生活」シリーズで締めくくります。

ご紹介するのはこちら

”Fantastic”

Toy-Box(1999)

(サムネイル↑をクリックすると、ちょっと画像は荒いですが
公式YoutubeサイトでTarzan & Janeが視聴できます。
怪しいモンキーが大量に沸いてますが気にせずに(笑))

Toy-Boxは、20年ほど前にブレイクしたデンマーク発の男女ユニット。
Fantasticはその1stアルバムです(といっても結局リリースした
アルバムは2枚だけだったが)。おもちゃ箱をひっくり返したような
SF感満載のジャケット絵よろしく、どの曲も遊び心に満ち溢れた
元気な歌ばかり。船上で歌いながらいきなり剣VSおたまでチャンバラを
始めたかと思えば、ちょっとずっこけたスーパーマンに
やたら自画自賛する陽気な?ターザンが登場するし、
ETまでドンドンビー♪とか歌いだして「What are you doing?」なんて
ツッコまれているし、PVにやたら出てくるセクスィなお姉さん方を除けば、
日本でいうところの“童謡集”のノリに近いかも。
「お〇あさんといっしょ」で歌のお兄さんがとびきりの笑顔で踊りながら
披露しているタイプ。
個人的にはThe Sailor SongとWhat Aboutが好きです。

ストレス解消に思い切り身体を動かしたいとき、
気分をすっきりさせて明るく元気な気持ちになりたいとき…おススメです。

2019.03.01

音のある生活 20 「荒野を走れ、どこまでも」


こんにちは。
子供たちが読んでいる「おしりたんてい」にすっかりハマってしまい、
ページをめくるたびに夢中でおしりを探している(笑)若女将です。


(本日撮影。スイセンの芽吹き。過去最速かもしれない!!)

雪が少なかったこの冬、
西吾妻山麓は既に地面がところどころ見えてきています。
見た目4月初頭くらいの白布。
しかしまだ風は寒く雪も時々舞っています。現実は早春賦の空の下。
人間の利己的な詮索をよそに、季節の移り変わりを僅かにでもずらしてみたり、
時々何の前触れもなく不思議な景色を見せてくれたりする自然の、
なんと素晴らしい気まぐれぶり!
毎年同じにみえる春夏秋冬だけど、実は同じではないということだ。


(去年1月撮影。この頃より数cmほど月は地球から遠ざかっている。)

月が少しずつ地球から遠ざかるように、
星が螺旋を描きながら銀河と共に音もなく移動しているように、
つまり宇宙全てが加速膨張しているように、
私達は常に未知の場所へ旅をしている…だから毎日が新鮮なのね(なんだこの飛躍)。

・・・・あれ、風邪は治ったはずだが?!
いかんね、まだ熱があるかもしれない…ちよびた飲んで明日もつつましく頑張ろう。




今日はニャンコ(まさかの新入り!)ネタです。

かれこれ10日ほど前の夜のこと。
白布温泉に突如やってきた風来坊:通称ドロンちゃん(♂)。


(↑鼻の頭に怪我をしています。ピー助との戦いで出来たもの。)

しっぽを振ってニャ~ン、しおらしく餌をねだるだけかと思いきや、
翌朝には写真↑の通り、あっという間に宴会場脇のピー助小屋を乗っ取り、
老翁ピー助を力づくで追い出し、まるで昔から俺の家だったと言わんばかりに
シャーシャー威嚇し散らす事態に。

スタッフも「可愛い。」「めんごくない(可愛くない)!」
「可哀想。」「ピー助の方が可哀想だ!」と賛否両論。

そんな私達の喧騒をよそに、ドロンはすっかり小屋に居ついてしまいました。
というわけで、仕方なく(?)カリカリをあげて少しずつ慣らすことに
なりましたとさ。因みに名前の由来は“泥棒猫”のドロンちゃん(苦笑)

チャームポイントは臆病さの裏返しのようなシャー顔と、くっきりとした靴下模様。
そして、餌を食べる時はなぜかこちらにお尻を向けてきます。これがまた可愛い。



ところがよほど欠食ドラ猫なせいか、ご飯の最中に呼びかけるとこの通り。



顔wwwww

ニャンだ、このくそ忙しい時に呼びかけんじゃニャー!」みたいな(笑)




さらに見て下さいなこのビビりな姿。




何見てんだシャー!」(すぐ逃げるので写真ぶれぶれ)




ニャンだよぉやんのかおミャー!シャーッてのかゴニャー(しかし壁チラw)

イイ男が情けないにゃぁ…マルやピー助はもっと堂々と構えていたのに…。
最近何かあったのか、いっとう周囲を怖がっておどおどしているので、
なんだか本当に可哀想に思えてきます。

見た目は逞しいけれど、とにかく気が小さく出身地も年齢も不詳の
ブサかわドロンちゃん。
運が良ければ会えますので、ぜひ「ドロンちゃ~ん」と声をかけてあげて下さい。
高確率でビビって「シャー!」と返事してくれます(笑)



はい、というわけで今日の一枚。

B'z "Run"(1992)

B'z/RUN LIVE-GYM-Pleasure 2008 -GLORY DAYS-(Youtube)
↑ライブの様子から。Runを熱唱しています。

私にしては珍しい(すぎる)ピックアップです。1992年リリース。
もう27年も前(!)になりますが、かなり有名なアルバムなので
ご記憶の方も多いでしょう。
当時、女子らしい流行には目もくれずFFやDQに傾倒し、ホーキング博士の本に
かぶりついては空想にふけり、ルネ・マグリットやアルフォンス・ミュシャ、
クリスチャン・ラッセンに憧れて孤独に絵ばかり描いていたザ・奇人変人の私。
とある友人が「そんな性格じゃ今に友達なくしちゃうぞ!」と心配し、
わざわざ流行りの曲を何個ものカセットに詰め込んで「とりあえず聴け!」と
手渡してくれたのでした。(あやちゃんあの時はありがとう。元気にしているかなぁ…)
リンドバーグや原由子さん、ユーミン、バラエティ豊かなPOPソングが溢れる中、
カセットのひとつにこのRunがまるごと入っていたわけです。

それまで認識したことがなかった男性目線による世界観、人間模様、愛情…
力強く優しい歌に、他のどのアーティストよりも目からうろこが落ちる思いで
擦り切れるまで聴き込みました。特にアルバムタイトルになったRunは、
自分を鼓舞したい時、散々凹んで再起を図りたい時に高頻度で脳内再生される一曲。
いろいろな意味で思い出が深いアルバムです。
なかなかないよ、どの瞬間も!!

そうだ、ドロンちゃんもRun聴いて逞しく生きろ。
(でも猫だから、荒野は走らなくてよい(笑))

2018.07.29

音のある生活 12 「あれだよあれ、元気でるやつ!」




これ↑、なんだか分かりますか?
フライパンで作るちぎりパン。略してフライパンちぎりパン(そのまんま!)。
オレンジページでも話題になったレシピです。
前から作ってみたいと思っていましたが、この間の休館日、
とうとう念願の初挑戦を果たしました!
捏ねる、発酵、成形、発酵…手順は本格的、気分はジャ○おじさん。
まずまずそれらしい形に出来上がったところで気になるお味ですが、
これがこれが、なかなかいける。そのまま食べてもよかったのですが、
今回は子供たちのリクエストで半分をミニメロンパン、残り半分は
トマトバジルピザ風に加工しました。素人作な上、そもそもパンを
作るのは難しいという先入観もあって正直期待していなかったのですが、
こんなにも美味しくできるものなのかと嬉しくなりました。
発酵を経て生地が風船のように膨らむ様子も物珍しく、
作っている間も楽しかった~。

やっぱり仕事とは別に夢中になれるひと時を持つことは大事ですね。
余暇は人生のオアシス。

いやいやいや余暇こそがメイン仕事はサブだ!


しかし現実はフルタイム子育て真っ最中。
まともな余暇タイムなんて当分望むべくもなし…。
だからこそ、こういう小さな幸せを一日のどこかに添えて
「明日も頑張ろう」と前向きに思いなおす今日この頃です。
(次回は自分好みのテイストに加工しようっ)



さて、今回も2週連続で音生活シリーズで参りたいと思います。
(実は忙しくて全く外出できません…つまり取材に行くチャンスがない(汗))

思うように物事が進まなくて凹んだ時、
失敗して落ち込んだ時、
悲しさで心がふさいだ時、、、
人生うまくいかないこともいっぱいありますよね。

そんな時、メンタルに喝(と笑顔)を入れたくて私がよく聴いていた
(今も聴いている)曲をご紹介したいと思います。

今回のテーマは「あれだよあれ、元気でるやつ!」
名前はど忘れしても歌える、踊れる、元気出る!!


1.Marilyn Manson "The Fight Song"



初っ端からこれを持ってきてしまいました。
私は多分相当疲れています(笑)
アメリカロック界のレジェンド:マリリン・マンソン様の4thアルバム
「Holy Wood」からの1曲です。
ヴァイオレンスな反キリスト教(反社会)という強固なスタンス、
(最近は落ち着いたものの)ライブパフォーマンスのとんな過激さ…
思想以前にいろんな意味で毀誉褒貶(きよほうへん)が激しいお方ですが、
名前くらいはご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
Holy Woodにはサブタイトルが付いており、
In the shadow of the valley of death(死の谷の影にて)…。
アルバム全体が死や虚無感をテーマにしているしだいたいジャケ絵から
もうエライことになっていますが(同時期の他のアルバムはもっと怖い)、
The Fight Song自体は非常に聴きやすい方に入ると思います。
コロンバイン銃乱射事件での批判に対する彼なりの答えがこの歌と
言われていますが、ある意味現実的なファイトソング。

PV↓も秀逸。




ギンギンパンクなお兄ちゃん達がずぶ濡れ&泥まみれになりながら
ひたすらアメフトを続ける中、これまた一緒に雷雨に打たれてシャウト
しまくるマリリン(のバックでギターを掻き鳴らしているジョン5)が
やだらカッコいい(ちゃんと褒めてます(笑))。

歌詞の中の"You"は、社会の不条理でも、記憶の奥底で渦巻く悔しい思い出でも、
いつまでもぶり返す虫さされのかゆみでもかまいません。
シチュエーションのまま、貴方の心に火をつけて下さいませ。


2.Fall out boy "Phoenix"



シカゴ出身のロックグループ:フォールアウトボーイの1曲。

Put on your war paint(戦いの準備を!)から始まるパワフルなロックで、
これまた燃えるかっこいいナンバーです。

PVはこちら↓

You know time crawls on when you're waiting for the song
to start So dance alone to the beat of your heart
(曲の始まりを待っているうちに、時はじわじわと進んでしまう 
だから勝手に踊り始めろ、自分の心臓の鼓動に乗せて)
この歌詞がたまらんのです。
栄養ドリンクは手元にないけど今すぐブレイブを増幅したい時にオススメ。
ちなみに同じアルバムに収録されているYoung Volcanoesも大変オススメ。
明るくポジティヴシンキングな曲で、思わず一緒に口ずさみたくなります。
(私はかつてYoung VolcanoesをLINEのトップに貼り付けていました。↑)

3.The prodigy "Get your fight on"



イギリスのベテランテクノ-クラブ系バンド、プロディジーの1曲。
激しい打ち込み電子音とパワフルで単純明快な歌唱がいつまでも耳に残る名曲。

PV↓

(リアム「過激なライブ映像&フラッシュが凄いから明るい所で観てね!」)

Get your fight onにかぎらず、これが収録されているアルバム
「The Day Is My Enemy」は全体的にアドレナリン炸裂ナンバーだらけ。



(ジャケットのキツネ(?)がうちのはなちゃんにしか見えない不思議(笑))



しかし実は、the Prodigyの作品では1997年リリースの「The Fat of The Land」
の方がよりオススメ。
全世界で1000万枚のセールスを記録した名アルバムです↓



こっちは音楽性が非常に高く、それでいて青筋立ったパワー満点の
メロディーライン&ビートが目白押し。
よく分からないうちにごいすー元気玉を注入されること請け合い。
目印はハサミを振り上げている蟹(大量の方推奨)のジャケット。
ぜひ聴いてみて下さい~。


4.Fatboy Slim "weapon of choice"




ビッグ・ビートの大御所:ノーマン・クックことFatboy slimが
2001年にリリースしたシングル。これまで紹介した曲のような青筋ものではなく、
歌の意味云々でもなく…



↑↑とりあえず頭をからっぽにして、このナイスミドル(シニア?)な
クリストファー・ウォーケンのキレッキレなダンス観て元気出してくれ!
と声を大にして宣伝したい一発芸ノリの一曲。

ロケ地はLAに本当にあるホテルだそうですが
(良い子は絶対に真似しないでね(汗))、
吹き抜けに至っては唐突にダイブ&じゃーーーんプもかまします。
なんだろうこのイっちゃってるなりのデジャヴというか親近感。
真夜中の新宿にこんなほろ酔いおじさんがいたような気がする。
(いるわけないだろう(笑))
因みにPVのウォーケン氏は当時58歳。
元々舞台俳優出身でダンス経験は大変豊富な方ですが、それにしても若い。
Weapon of choice(要は必殺武器)とは実は彼のことなんじゃないかしら。
聴き終えた頃には嫌なこともくよくよした気持ちもほぼ忘れられます。
息抜きのつもりでどうぞ!

なんてったって"Why try harder(マジにならなくていいんだよ。)"


5. 新居昭乃 "金の波 千の波"



最後にご紹介するのは、これまでのアーティストとは180度ジャンルが違う曲。
以前地元のラジオ番組でゲストにお招きいただいた時にも
リクエストさせてもらった思い出の曲です。
以前放映されたTVアニメ「Aria the Origination」のエンディング・テーマで、
水と光のように心がきらきら輝きそうな素晴らしい歌。
例えるなら、乾いた大地が瑞々しい緑の草原に変わってゆくような、
ゆったりとしたヒーリングのイメージ。

PVはありませんでしたがYoutubeのリンクを貼りました。


新居昭乃さんは30年以上のキャリアを持つシンガーソングライターで
(アニメ・ゲームのサントラでもよく登場)、透明感のある歌声…
何年経っても衰えない驚きの声質と、この世とも異世界ともつかない
独自の世界観を持つ楽曲が特徴です。
楽曲提供としては手嶌葵さん歌うゲド戦記のEDが有名かな?
私も30年近くファンで、どのアルバムもとにかくお気に入り。
CDを買い求めてまで聴き惚れる数少ない日本人アーティストの一人です。
いやなことで傷ついてしまった時には特にお薦めの1曲。

いかがでしたか?
先週のJerusalemとはまるで別人のようなラインナップだらけですが(苦笑)
音楽の無限の魅力は人の数だけたくさんあって、楽しみ方も受け取り方も
さまざまあっていいと思います。

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