若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

若女将エッセー

好きな音楽のこと ~クラシック音楽~

2022.05.15

音のある生活 46 「寄り添うもの」-①





この間の休館日のこと。
娘「ただいまー、お母さんお寺みたいな匂いするー」

ふっふっ娘よ、よく気付いたな。そして煙くてごめんよ。



この日焚いていたのは、沈香(じんこう)という香りの線香でした。
ほのかに甘く、法要であげる焼香を思い起こさせる、いかにもお寺!な芳香。
旅先で触れた記憶が娘にもしっかり刻まれているようで、
母は少し嬉しく思いました。

最近、書斎にこもるとき、そして寝る前に日記をつけるとき、
私は必ずと言っていいほどお香を焚いています。
それもバラだのラベンダーだの今時のタイプではなく、
白檀やたまーに伽羅(きゃら)といった、まさに"抹香くさい"やつ。
「説教じみて、いかにも仏教的」。
使いようによっては揶揄ともとれるこの言い回しですが、
お香をたくと、不思議と気持ちが落ち着いて、何をするにも
集中できるのです。京都や奈良で訪れた由緒あるお寺でも、
さりげなく香が焚かれていました。




(↑奈良の元興寺の極楽堂(本堂)。良い香りに包まれていました。)

香りがもたらす見えない境界、とでもいえばいいのか。
一歩中に入っただけで、そこが特別な場所であることを
嗅覚が教えてくれます。その空気感が、私はとても好きです。

あの旅以来、私は古寺が醸す仏様の世界にすっかり魅了されました。
強い親近感を抱くようになったのです。
全く場所も雰囲気も景色も違うはずなのに、纏う雰囲気というか
空間そのものが、なぜか日頃住まう白布と非常に似ていると感じました。

というわけで、今回は「音のある生活」シリーズ。
といっても、実際の音楽要素はかなり薄め(笑)
仏様と白布の山々のめくるめく世界について、思うまま
じっくり掘り下げてみました。




今回の旅では、いくつもの忘れがたい経験を得ました。その一つが、
東大寺法華堂での不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)との
出会いです。



法華堂↑は、大仏様で有名な大仏殿を見下ろす小高い丘の上にあります。
約8世紀(天平時代)の建築で、境内では一番古い建物です。
保存状態が極めて良く、入ってみると存外古さを感じさせません。



↑正面の入り口。
写真右で謎の屈伸をしているのは我が娘です…いやマジで何してた??

御堂の中、須弥山を表した壇上には、本尊である不空羂索観音をはじめ
四天王や阿吽、梵天、帝釈天といった錚々たる神仏の皆さん
(どれも身長3~4M)がドーンと並び立っています。
天井も彼らに合わせてメチャクチャ高く造られており、
文字通り圧巻の一言に尽きます。



↑ご本尊の不空羂索観音像。公式パンフレットより。

この法華堂で私と子供達は、桜舞う観光シーズンだったにも
関わらず、他に誰一人参拝者が来ぬまま30分近くも
仏像たちを独り占めするという、あまりにも幸運な機会を得ました。

(朝の開門直後で、平日だったこと、冷たい霧雨の降るあいにくの
コンディションだったことetc.色々条件が重なったと思われます!)

不空羂索観音…呪術廻戦ファンでもなきゃ、あまり聞き慣れない
名前の観音様だと思います。どんな観音様じゃ?
実はこの方、経典の中でなんと自己紹介しています。曰く、
「私は救うことに関しては最高の観音である。
生死の大海で苦しむ人々に妙法蓮華(みょうほうれんげ)という
花の餌を撒き、それにすがろうと集まってくる衆生を、羂索
(=慈悲の心を糸とする百発百中の大投網)を使ってもれなく
救い上げ、悟りの世界、極楽の世界へ一挙に導くことができる」

…だそうです。
まぁなんとも、ゴーカイというかそもそも順番が逆というか…
敢えてツッコむなら、さりげなく人間の扱い雑過ぎやしませんか観音様。

羂索さん「ブラフマン?話すと長くなるから、とりあえずこっち
(浄土)来てから学んどこうね。そいや~っ(投網)!!」

…あとは仏陀さんに説法役を丸投げ。
そんなパワー技を延々繰り出しているお方。多分。
えー、雑な紹介でごめんなさい。




↑三対の腕のうち、一番下の左手に羂索を携(たずさ)えています。
一見ただの紐ですが、隙を感じさせません。「いつでも広げられる」
と言わんばかりの不可思議なオーラが漂います。
(出典「魅惑の仏像12 不空羂索観音」)



仏教といっても、たいていの人は葬儀や法要で関わるくらいで、
普段はあんまり馴染みはないと思います。不祝儀というイメージが
強いから、敢えて意識されない側面もあるかもしれません。

しかし驚くべきことに、仏教の祖である仏陀の教えには、
普(あまね)く人々の死後救済を直接説くくだりは存在しないのです。
如来や菩薩も然りです。
彼らは元々仏陀の悟りの過程を示す「概念」であり、
独立したキャラクターを持つ存在ではありませんでした。
仏陀が説いたのは、極めて哲学的な「善き生き方」。
つとめはげみ、宇宙の真理を識(し)り、生きながらにして魂の
高みの極致に至る(梵我一如(ぼんがいちにょ)というらしい)
ことを悟りとしており、肝心の涅槃の彼方については、終ぞ
明言しませんでした。

もう一つ。仏陀さんは、生前既に文字が存在していたのに
「書くと(教えが)"自分"から離れる」というよく分からない理由で、
説法内容を文章化することを許しませんでした。
その後、見解の相違で宗派が分裂したことを慮るに、この拘りこそが
かえって混乱の元を作っちまった気がしないでもありませんが。
このため、彼の教えは、しばらくの間弟子の間で口承記録として
語り継がれてきました。そりゃ記憶だけが頼りなうえ、
聞く人によっては解釈も異なるでしょうから、教えの内容が
途中で形を変えてしまうのは必然でしょう。
そうして漸く仏典が活字としてまとめられたのは、
なんと仏陀の死後200年程経ってから。
その頃にはいくつもの宗派が生まれていました。
さらに時代が下り、ようやく日本に仏教が伝わったのが6世紀中ごろ。
仏陀が涅槃に入ってから、およそ千年もの時が流れていました。

この時伝来した仏教の系統は「大乗仏教」に分類されるそうです。
『出家して厳しい修行に耐えた人だけが悟りを得られるのではなく、
頭を丸めなくても、きちんと信心をもって精進すれば、
みんな平等に救われる(悟りに導かれる)よ。』
ざっくりいうと、大乗仏教とはこんな感じ。
一般民衆にも割とイージーモード?な仏教にあたります。

『生きることは大変で、時に苦しいものです。
前世からの業、今生の次に待つ輪廻…
その終わることのない「生老病死」の繰り返しは、
悟りを得ることで漸く解放(解脱)され、
涅槃に至ることができるのです。』

いつしかこの教えは、
多くの人に受け入れられながら時代を渡るうちに、
生きる上での心の支えに留まらず、「浄土(あの世)への憧憬」へと
変遷していったのでした。今日の日本の仏教の在り様が
そんな性格を色濃く持つのは、こういった経緯があったからです。

さて解説が長くなりました。
話を戻します。



↑大仏殿から法華堂へ至る参道。参拝者他に誰もおらず。




法華堂は、もともと聖武天皇と光明皇后が、長男だった
基皇太子(満2歳没)の菩提を祈るために建てられた山寺でした。
不空羂索観音も、当時の記録から、彼らが存命中だった
西暦740年代に作られたことまでが凡そ判明しています。
既にこの世にいない我が子への想いを両親から託され、
以後千三百年以上もの間、我々衆生のために祈り(投網をし)
続けてきたわけです。

ここでちょっとした疑問が残ります。
他にもたくさん菩薩さんはいるのに、
なぜ羂索観音だったのだろうかと。

前述の通り、彼?は救いの力にかけてはピカ一の実力を持つ観音様です。
数多の苦しみを抱える人々に対し羂索観音の力強い救済を説くことで、
もしかしたら、光明子さん夫妻は、我が子を亡くした悲しみも一緒に
昇華したかったのかもしれません。
…つまり、それくらい死別の悲しみが深かったということ。



↑実際はすごく見えにくいのですが、
羂索観音の合掌する手の中には、直径3cmほどの水晶玉が光っています。
人々に惜しみなく与える慈悲の象徴と言われているとか。
(絵はがきの写真より)


救済とは、業の浄化、生きる苦しみからの解放、悟りへの導き。
解放とは、輪廻の終わり、涅槃の境界線への到達。

それらすべての根底にあるのは""です。
人間の、死に対する悲しみや恐れは今も昔も変わることがありません。
より善く在りたいという魂の願いは、まだ見ぬ彼岸の美しい情景を次々
生み出し、今日の祈りのかたち、如来や菩薩の姿になりました。

法華堂に安置された仏像たち、色褪せた金箔の鈍い輝き、
仄暗いお堂の中で薄く煙を上げる香…私がここで感じたのは、
その仄暗い静寂の中に滔々と横たわる、深い死の気配だったのです。

その身の裡に"死"を抱えながら、時を止めて"生きて"いる仏達。
そして彼らが住まう異次元の空間。その渾然とした不可視のゆらぎは、
数えきれないほどの祈りを携え、これからも迷える人々を
静かに見守っていくでしょう。
白布の奥深く、暗い森のように。




↑白布薬師堂へ至る道。ちょっと加工してます。




今日の一曲

"絞首台”~「夜のガスパール」より

Maurice Ravel/辻井伸行(2016)

残念!リンクがない!
Apple Music使用可の方はぜひ聴いてみて!

"管弦楽の魔術師"の異名を持つ20世紀の作曲家:
モーリス・ラヴェル。有名なのは「ボレロ」やバレエ
「ダフニスとクロエ」ですが、初期の傑作と言われている
作品の一つがピアノ組曲「夜のガスパール」です。

ルイ・ベルトランという詩人が書いた同名の詩集から
三篇を抜粋して音楽化したもので、今回は2曲目の
「絞首台」をピックアップしました。

(冒頭に挿入したのは、原作である詩篇「絞首台」の
一節です。あ、ファウスト入れるの忘れた。)

「ガスパール」は一応人の名前です。
ガス管パーツじゃないよ!
キリストの誕生を予言した東方三博士(メルキオール・
バルタザール・カスパー)のカスパーを指します。
聖書では、カスパーは未来の受難である「死」を象徴する
老人の姿をした賢者とされています。

しかしベルトランは、そんな彼を敢えて死神的な
ダークサイドとして描写したのです。

曲中では、終始重めのペースで鐘のような音が
バックで鳴り続けています。前後の2曲と比べても
非常に暗ーい曲なんですが、そこは流石のラヴェル。
神秘的な和音展開で、色褪せた死への憂いに、
甘美なまどろみを見事に重ねています。

同じくラヴェルの作品である
「亡き王女のためのパヴァーヌ」とは全く趣の異なる
メメント・モリ。年月を重ねた御堂の、どこか憂いを
帯びた仏像たちの醸す、この世ならざる気配によく合います。
法華堂の裏BGM…?!

2022.03.19

大切な"今"を連れて、いざ千年の都へ


グレーのフキダシに淡々と打ち込まれた、
スマホのショートメッセージ(現物)。

一言一句、ここまで凝視したのは初めてかもしれません。


先日、私の腕時計が突然狂いだしました。
日付と曜日が、存在しないカレンダーのどこかを頑なに示し、
文字盤脇のモード切り替えボタンも一切反応を示さなくなりました。
どこに行くにも腕時計装備が欠かせない私にとって、正確な時刻を
確かめる術を失うのは片腕を落とされたも同然です。
もちろん一大事。
すぐに、腕時計を購入した市内の三原堂さんに持ち込みました。
そして待つこと数日。送られてきたメッセージが、冒頭の通りです。

三原堂さんは、人生で初めて眼鏡を求めた時から何年もお世話に
なってきたお店です。仕事のきめ細かさはもちろん、
接客にかける姿勢もとにかく丁寧で、お店で世間話をしながら
過ごすひとときはひそかな癒しともなっています。
今回故障したのは、その三原さんのイチオシで求めた腕時計でした。
だから迷いはありませんでした。
私はすぐに返信しました。

「修理をお願いいたします。本当の寿命が来るまで
肌身離さず身に着けたいと思います。」



↑件の腕時計。たまたま故障前に撮った一枚。
結局メーカーに入院することになりました(泣)
腕の青タンはじゅかしー。湯守作業中に梢から落ちてきた氷塊のせい。

「中身をいじるどころか総とっかえときたら、ほぼ買い替えと
一緒じゃないか。それでも直すんだ?」事の次第を告げた私に、
主人は特に感慨を抱くこともなくそう言いました。
そこまでお金がかかるなら、いっそ買い替えてもいいんじゃないの?と。
むべなるかな。
今どき、時間を確かめる機能を持った代替品(なんなら腕時計より
はるかに高機能)なんていくらでもあるし、純粋に道具でいいなら、
さっさと手ごろな新品に買い替えるのもアリだったでしょう。
でも、違うんだ。
モノがモノ故、修理金額がある程度嵩むだろうことは最初から
予想していました。大事なのはそこじゃありません。
うまく言葉では言い表せませんが、私は、その時計だから手元に
置いておきたいと思ったのです。365日、休むことなく一緒に
過ごしてきた苦楽の日々の記憶は、バンドのそこかしこに細かな
傷となって刻まれています。
たとえ一番大事な心臓部が入院先のメーカーに引き取られて
しまっても、「私の時計」のまま手元に戻ってきてくれると
いうのだから、十分修理代を払うに値するというものです。

その感情を表す言葉を知らなくとも、
自分の"今"にいつも寄り添ってくれる大事な時計。
そんな相棒を連れて、私は京都へ行くと決めているのだ。


というわけで・・・・
ついにカミングアウトするときが来ました。


私事かつ唐突ですが、今月末から約一週間、私は子供達2人を
伴って、奈良・京都へ旅立ちます。

…えー、色々ツッコまれる前にとっととフラグ回収します。

なぜ京都。 まぁ聞いて。

当初の目的は「日本庭園に強い憧れを持つ息子に、そろそろ
進路を見定める上で、将来へのヒントとなる"本物"を
春休みの間に体感させる」ことでした。
そして、私。書道(かな文字)を学習するうちに、
「古典文学が数多く生まれた地に赴き、千年前の人々が見た
景色や心に触れてみたい」という強い願いが去年からふつふつ
湧いてきたこと。
2つのベクトルの先が京都にぴったり重なったわけです。

もひとつ回収。

なんで今。 まぁ聞いて。

ご存じの通り、今年に入ってから様々不穏な出来事が続き、
かなり世の中騒然となっております。
子供達の通う学校の先生も、春休みに入るのを前に
「(コロナ的な意味で)不要不急の遠出はまだ望ましくない」と
告げていたことも、正直快く思わない方もいるであろうことも、
よーく理解しています。

さればこそ私は問い返したい。
じゃあいつなら良いのかと。
コロナの国内新規感染者数が限りなくゼロになってから?
世界に平和が戻ってから?
そんないつ来るとも分からぬ日を延々と待っていたら、
次の冬が来る前に国内観光地の多くが再起不能に陥るだろう。

1933年、世界恐慌の傷跡も癒えない混乱の最中、アメリカ合衆国
第32代大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、
就任演説でこう述べました。



私の好きな名言の一つです。
(敬意をこめて画像ごと作りました。データ元はウィキペディア。)

暮らしに余裕がなくなると、人は大抵必要としなくなったものから
切り捨てていきます。そうでなくとも、これだけ暗いニュースが立て続けに
報道されれば、経済事情がどうであれ、晴れやかに観光しよう、なんて
気持ちだって湧いてこないと思います。前回も同じようなことを書きましたが。
ならば温泉旅行は?
かつては行楽の代名詞のひとつだった温泉の旅ですが、今や世の中の煽りで
下火モード。このまま状況が好転しないまま、
やがて、要らないものとして忘れ去られてしまうのだろうか?

私はふと考えました。
西屋、そして白布の温泉を愛おしく思う気持ちに一切の偽りはありません。
宿の灯が消えない限り、湯守として最後までこの地を離れない覚悟です。
しかし、コロナ禍が社会の在り様を大きく変えて約2年。
あまりにも狭い世界に閉じこもっているうちに、
西屋と私の何たるか、
何を守り、伝えるべきなのか、
お客様(特に常連さん)は何を求めて幾たびもここを訪れて下さるのか。
いつの間にか、きちんと言葉や行動で表現できなくなっていたことに
気が付きました。

私にとって温泉とは何か。旅とは何か。もとい、人生とは何か。

故障して手元から離れて初めて、腕時計への愛着を再認識したのと
多分同じです。当たり前のように近くにいすぎて、見失ってしまったもの。
とても大事なもの。

ならば一度、思いっきり今いる場所から遠く離れてやろうじゃないか。

人生はよく旅に例えられます。
2泊3日の物見遊山ではありません。
まさに、生まれてから死ぬまでの長い長い旅です。
目指す目標に至るまでの道のりの、なんとややこしく遠いこと。
その旅の大義を、極端な話、一行で言い表そうというわけです。
多分すぐには見つかりません。
今だって、頭の中がまとまらない言葉の切れっ端で大渋滞です。

それでも、私は答えを見つけると決めました!!
そのヒントを得るためのセルフ・バシルーラだよ!!!

つきましては、誠に勝手ながら
3月29日~4月6日迄、西屋は1週間休館日(日帰り入浴のみ営業)と
させて頂きます。完全留守ではありません。主人が残ります。
誤解なきよう!決して置いてくわけじゃありませんからね!!!
本人の意向です!!!!!!!

もちろん、スタッフのみんなにも主旨は伝えました。
休みの間は家族と団欒するもよし、
なかなか帰れなかった遠い実家に帰省するもよし、
それぞれの気の向くままに、ゆっくりと自分を見つめ直す
大切な時間を過ごしてほしいと。

今回は、今までの人生で一度も経験したことのない旅のかたちに
するため、ど素人根性で旅の計画を立てました。
旅先の土地勘が全くないのはもちろん、利用する交通機関も、
宿泊先も、敢えて今まで選択したことのなかった手段を取っています。
お客様を普段迎える旅館の女将が、経験値ゼロのまま
子連れで1週間の旅に出る。すでにハプニングの予感…否!
絶対得難い経験になると確信しています。
出発まであと約10日。
身体を壊さないように十分注意して、その日を待ちます。
だから…早く帰ってこい…私の腕時計…(汗)。

※今日の一枚

毎度おなじみ、その日の気分が全てを支配する
闇鍋ジャンルコーナー。

Symphoney No.8'The Journey'

Einojuhani Rautavaara
New Zealand Symphoney Orchestra & Pietari Inkinen(2008)


↑リンク先はヘルシンキフィル版です。全曲ぶっ通し。

このコンテンツでも何度か紹介したことがある、
フィンランドの作曲家E.ラウタヴァーラ。交響曲第8番は、
彼が生前最後に作曲した交響曲です。
副題は"The Journey"。直訳すると「旅」ですが、
ググってみたところ、英語圏では、Trip < Travel < Journeyと、
旅する期間の長さによって使われる単語が違ってくるそです。
この交響曲のテーマは、ニュアンス的に「人生(=旅)」という
意味合いが強いように感じます。緩急の付け所が面白く、
なぜか第2楽章がFeroce(伊:荒々しく)。ちょっと焦ってるというか、
若木の至りを表現したかったのかしら。

神秘的ながらも解釈しやすい展開、
オーケストレーションの美しさはさすがラウタヴァーラです。
そんでもって最終章は初っ端からやたらカッコいいです。
もはやどっかのヤバい映画のラストシーン(?)みたいに
カッコいい。まさに旅(語彙力)。できれば4楽章、
コバケンじゃないけど最後の30秒だけでもいいから聴いてみて。

2022.02.12

米沢のいい所あれこれ 【第39回:「東光の酒蔵」-③】

 
続きました。なんと三部仕様。
「東光の酒蔵」!第3パート(〆)は直売店+α編です。




直売店は資料館の奥にありますが、ダイレクト入り口もあるので、
酒蔵を経ずに入店も可!
さすがは直営店。凄い品ぞろえです。




壁の一角には、賞状や盾など輝かしい受賞歴の数々も飾られています。
「天下御免」の書がかっこいー。

現在御当主を務める若旦那さんはチャレンジ精神にあふれた方です。
東光で製造するお酒のすべてを醸造アルコールに頼らない"純米酒”
とすることで国産品質にこだわり、創業当時酒造りに使われた甕を
再び用いて当時の味を再建した希少なお酒を醸したりと、
量より質で国内のみならず海外市場でも強く挑んでいます。

また県内の酒造仲間と合作でプロデュースした
「山川光男」シリーズ(全て期間限定)は、
販売のたびに好評を博しています。

ここ直営店では、現在販売中(2022年2月時点)の
「山川光男2021ふゆ~山川鶏男」(残僅か!)他、
山川光男のオリジナルグッズも販売中。





前掛けがシブい!
ゆるかわいい光男爺のLINEスタンプもありますので、
気になる人はググってみてね。
さて、そんな東光の酒蔵直営店で販売中の商品の中から
私のおススメをいくつかピックアップしたいと思います。


①東光 御用酒屋の献上酒 



上杉藩御用酒屋として、お城に酒を献上していた江戸時代の頃の味を
再現したというこちらの商品。
東光さんには公式オンラインショップがありますが、
なんとこちらのお酒は直営店でしか買えません。




今回初めて購入して飲んでみました。

おー、甘いめじゃ。でも、全然くどくありません。さらりマイルドなお味です。
これが上杉のお殿様も嗜んだお酒の味というわけですな。
限定品ゆえなお特別感が違います!


②吟醸梅酒 



(↑お店で撮るのをうっかり忘れたので、以前西屋で商品紹介用に撮影した
ものを引っ張り出しました。)

全国の主要梅酒コンテストで唯一三冠を達成したという伝説の梅酒。
麹の香りと梅酒ならではの果実味が絶妙なバランスで楽しめます。
こっくり甘いのに爽やか、日本酒っぽいけどしっかり梅の味?!?
この味を一言で例えるのはほぼ不可能です。
酒粕の風味がオッケーな人なら絶対ハマります。
私は大好きです。ロック一筋で!!
こちらはオンラインでも買えますのでぜひ飲んでみて~!


③米麹のあまざけシリーズ 



材料・品質的に元々賞味期限の管理が極めて難しい甘酒ですが、
東光もついに商品化!



そしてもう受賞している!
すごいなぁ…

テイストは「プレーン」「ベリー&ビーツ入り」
「キウイや緑色野菜etc.入り」の3種類。
プレーン以外は甘酒ベースのスムージーみたいな感じでしょうか。



今回はプレーンを買ってみました。
オーソドックスな味ですが、酒造元が作ったためか、
通常の甘酒よりもお酒風味>麹風味という感じがします。
何しろパッケージがオシャレよ。化粧品かと思うほど。
(通常冷凍で販売しています。)

今度他の2種類も試してみよう~。

他にも、上位ランクの高級酒やオリジナルのぐい呑み、お酒成分を使った
美容マスクなどなど色々販売しています(白布温泉街のかもしかやさんで
買えるものもあります)。とにかく見ていて飽きません!



おまけ。

売店の入り口には、こんな商品もありました。



「大人(R20)のガチャ」。2種類あります。



懐にやさしいハズレがないタイプと、



当たりが出ると、なんと5000円相当の純米大吟醸袋吊り(桐箱入り)が
もらえちゃう超ハイリスクハイリターンのタイプ!!
…しかし外れるとティッシュ。
スリル満点の運ゲーですが、案内して下さったスタッフさんに聞いたら、
過去本当に袋吊るしを引き当てた強運の持ち主がいたそうな。
我こそはと思う方、ぜひチャレンジを!


おまけその2。

建物内の一角には、上杉御用達の酒造元らしく、
上杉家ゆかりの文書や品々が展示されているコーナーもあります。




特に鷹山公にまつわる文物が充実しています。




貴重な直筆の書もあります。
こちらの存在は実はあまり知られていません。
有料スペースではないので、歴史好きの方や鷹山ファンの方も
気軽に足を運べますよ。

いかがでしたかー?
見どころが尽きない「東光の酒蔵」。家族連れにもおススメ!

【東光の酒蔵】
〒992-0031 山形県米沢市大町二丁目 3-22(柳町上通り) 
電話 0238-21-6601 
開館時間 (平日)9:30-16:00 
(土日祝)9:00-16:30 
定休日 1月・2月の毎週火曜日 12/31、1/1 
駐車場 道路を挟んで向かい側と、直営店入り口側に
駐車場があります。
入館料 大人350円 中学・高校生 250円 小学生 150円
※個人の場合



今日の一曲。

当シリーズ史上最大ボリュームとなった第39回目の締めくくりは
やっぱりこのコーナー。
本シリーズがどっぷり日本酒のテーマだったから、
最初はバラグーダーの「日本全国飲み音頭」あたりシャレで
載せちゃおっかな~なんてろくでもないことを考えていました(笑)

でも、建国記念日にあたる2月11日の昨日、平野歩夢選手が
ハーフパイプで見事金メダルを獲得し、表彰式に君が代が流れたこと、
Twitterで、春日大社の神職御一同が橿原神宮方面に向かい紀元祭
遥拝を催行した様子を公式アカウントがUPした情景があんまり
素晴らしかったこと、今回のシリーズでお神酒や日本神話など
深い話題に触れたこと諸々を勘案して、此方の曲に決定。


"越天楽"(近衛秀麿編曲)

沼尻竜典&東京都交響楽団(2002) 


↑Naxosのようつべ公式チャンネルにまんま近衛版
越天楽がUPされてたよ!
ご存じ越天楽のフルオーケストラバージョンです。
日本のオケ界の草分け的存在でもある「おやかた」こと
故近衛秀麿氏による編曲で、演奏は、邦人作曲家の現代
管弦楽曲演奏を得意とする東京都交響楽団。
近衛氏は皇族の祖先をもち、お兄さんは元総理大臣の
近衛文麿というサラブレット家系の出身(所謂貴族)で、
指揮者としても活躍しました。
既婚歴がありながら愛人をとっかえひっかえするなど
(しかもそれぞれ子供がいたりする)何が彼を元気に
育てたのか、かなり女遍歴が激しかったのはここだけの
話である。

スポーツの祭典で流れている「君が代(オケバージョン)」は
他でもない近衛秀麿氏の編曲です。

その彼が手掛けた越天楽は、各雅楽器の音色や雰囲気を
そのままに、見事に西洋楽器へバトンタッチさせました。
笙は弦楽器へ、
笛や篳篥は木管楽器と金管楽器へ、
楽琵琶はファゴット中心の木管低音楽器へ、
和琴はピアノへ、
太鼓は…太鼓へ(笑)。
雅楽版に比べると若干柔らかい印象ですが、
その分色っぽく(?)も聴こえます。
スコアを見たことはありませんが、篳篥パートは
聴き間違いでなければトランペットが受け持っています。
めちゃくちゃイイ。

惜しむらくは、すごくいい曲なのに収録CDが少ないこと。
マイナーなんかなぁ…

このアルバムには、他にも外山雄三や伊福部昭、
芥川也寸志といった錚々たる作曲家の楽曲も収録されています。
ナクソス様様!!


さあ皆さん。
楽しい晩酌タイム。
熱燗、冷酒、その他ビールにワイン…
おつまみにするなら何が好いですか?

日本酒なら、私は辛口の冷酒。
つまみは薬味たっぷりの冷奴マリアージュだ!




酒蔵の直売店で人気No.3の東光の「左利き」。
すっきり辛口で飲みやすい、私の好きなお酒の一つです。

2021.12.24

鳥小屋の扉 2

 
今回の話題。執筆するにあたり、
本コラム史上最強の生みの苦しみを味わいました。
ほんと、どえらい時間がかかった…
アップロード寸前で謎のデータすっ飛びエラーが起きたのもヤバかった…
呪いかよ…百鬼夜行かよ…

メリー・クルシミマス!?!!!!

今年の西屋のクリスマス演出↑。毎年控えめです。



ある日、出かけ先から漸う帰路につく車の中、
だしぬけに息子が放った一言。

「ねぇ。そういえば、イエス・キリストはサイゴノザンパンで何を食べたの?」



サイゴノザンパン。



・・・・・・最後の残飯。





…は。

おのれ、今残飯と言ったか息子?
まさか空耳アワーじゃあるまいな??

神の子イエスの人間最後の食事がザンパンとかなんの冗談だ。
イスカリオテのユダとて”Mottainai”に涙して裏切りを悔い改めるわ。
てか、それ言うなら「晩餐(ばんさん)」な!

内容?
血(ワイン)と肉(パン)な!!



(↑どさくさに紛れておススメのやまがた金渓ワインをうp。)

…また別の日。
中学校の校外授業(フィールドワーク)で訪れた寺の近くに、
たまたま私用で本人連れてやってきたときのこと。

「ここここ!お母さん、このお寺さんが僕こないだ学校行事で来た、
…えーと…「ゴクモンデラ」だよ!!」


ゴクモンデラ。


もしかして:獄門寺。


…へぇ、そうか、もれなく地獄行きかヤバいな(白目)……って、

ちっがーーう!!
表札には「極楽寺(ごくらくじ)」と書いとるがな!!



また日付は遡り。中学校入学早々クラスに張り出した自己紹介で
「好きな食べ物」コーナーに書き込んだのは、なんと「ボルシチ」。
肉じゃがでもハンバーグでも餃子でもなくボルシチ。マジかボルシチ。
そもそも最後に食べたのがいつだったか、作った本人の私がまるで
思い出せないんだけど。あぇえ…少なくとも1年半以上は前かな…
一体全体何が気に入ったというんだ?
真相が気になって、後日当の本人に尋ねたら、

「え?え??ついこの間食べたよね?」

…ただのマジボケだった。
息子、あれはポトフだ。





↑あんまりボケるから、このコラム書いている間にボルシチ作っちゃったよ。
田舎だからビーツなかなかなくて探すのに苦労したわい…
(やまやで売ってました☆彡)



とまぁ、よくも悪しくも"阿保の子ほどカワイイ"を地で行く我が息子。
最近思春期なりの隠し事こそ増えてきたものの、素直で心根の優しい
子供に育ってくれました。
(尤もまだ10代前半…この先どう化けるかは神のみぞ知るところ。)
五体満足のおかげで、病気や大きなケガもなく、
すくすく成長しつつあります。ありがたい限りです。

ただ…それとは反対に、言葉やしぐさから滲み出る奇妙な幼さが
母はずっと気になっていました。うまくは言えんのですが、
自分(中身)を律し鍛えようとする意識、そして、子供ならではの
瑞々しい「好奇心」…つまり学びへの意欲がまるで感じられない。
まぁ…そんな最初から何でも備わった人間なんているわけないし、
まして今の日本社会は(たとえそれが得られなくても)与えられる
ものが溢れすぎて、それでいて先行きが見えない、漠然とした不安が
いつもどこかに停滞している不穏な印象がぬぐえません。
行動の軸となる夢や目標意識を抱きにくい環境要因も
あるのかも。ちょっと甘~い見方ですが。

だとしてもだ。
「他の子と較べて」やたら人間力の稚拙さを感じてしまうのはなぜ。
親の目が厳しすぎるから??
比較対象が少なすぎるから??
そんな堂々巡りの答えは、2学期折り返しの時点で渡された
成績表にバッチリ記されていました。つまり…アレだよアレ。
「紅の豚」のワンシーン。青天井の空の下で某夢から醒めた
若き日のポルコ・ロッソ。超低空海上飛行。

察してくれ…その状態でよく飛んでいられるな。奇跡か。
そう…我が息子の目下の弱点はまさに"頭脳"だったのである!
おつむ!!!


人間社会ってのはどうにも息苦しい環境で。生きていくために
成長しながら学んで、やがて収入を得る手段を獲得して、
どんなかたちであれ地に足のついた生活を築く必要があるわけです。
ストレートに弱肉強食な野生動物の世界とはまた違う生き方、
世を渡る術を身に付けなければいけません。

ところが若い頃の私はとんだアウトローでして。
「んな屁理屈知るかぁ!」とばかり散々道を外しまくり、
何度か綱渡りも経験しました。
つまりは真正阿保の子だった(笑)
それが何の因果か旅館の女将となって、一念発起して、自分をより
好きになりたくて、己の内側からとにかく「変わる」取り組みを
続けてきました。己にカツを入れれば、身の回りの環境ごと状況が
好転して、やがてWin-Winの関係が築けるだろうと。

家族、こと息子についても「ちっと日本語スキル怪しいな(汗)」
と思う時はあったものの、基本楽観的に見守っていました。
成長と共に学ぶ環境も変われば、年相応に自分を磨く努力くらいは
しているだろう、徐々にその範囲を広げて、いずれ周囲に流されない
人格を身に着けていってくれるだろうと。
勿論親としてのサポートも折々添えてきたつもりでした。

でも、違っていた。私は息子のことを分かっていたようで、
全然理解できていませんでした。

今年最後の三者面談の後、半ば宇宙猫みたいな顔になっていた
息子と膝を突き合わせ、よーくよーく話し合ってみました。
どうやら彼は、日頃何でもないような様子でいて、計画的な学習の
仕方とか、日常生活での優先順位の付け方とか、勉学以前の
「生きるための基礎知識」をまとめて後ろにポイポイしたまま
何となく生活していたらしいことが漸く判明。

えーと…例えるなら、泥酔して今にも意識トびそうなのに
「俺酔ってないよ!!」なんて自信満々に笑いながら、
何なら千鳥足ですたすた歩ちゃうパリピタイプ(違う違う違ry(笑))。

そんなわけ分からん状況が続いていたにもかかわらず、
本人は学校に行くのはめちゃくちゃ楽しいと真顔で言うのです。
たとえ体調が優れなくても、這ってでも登校すると訴えるほど。
おいどういうことだ。



息子は進学と同時にいきなり人数30倍の学校に放り込まれました。
最初は本人も不安がっていたし、さぞ順応するのも大変だろうと
思いきや。意外なことに、今じゃクラス内外問わず両手両足じゃ
数えきれないくらい友達がいるらしいのです。
さらに驚くべきことに、息子は家での会話で、そんな友達(複数)
への称賛を頻繁に口にするのでした。とにかく褒める褒める。
「あの子滅茶苦茶成績イイんだ。そんで僕とも仲良しなんだ」
「〇〇って子はスケボーが上手だよ。すごいよね!でもさ、
意外な一面もあって面白いんだ」etc.…


正直ビックリでした。
ますます私の理解は追いつきませんでした。
なぜなら、同じ頃の私にはそんな才能全くなかったから。
むしろ「アタシの屍を越えてゆけ!」と言いながらワザと
相手を蹴落とす滅茶苦茶ひどい奴でしたので…。いやホント鬼。
今でこそ、そんなロクでもない本性と折り合いをつけて穏やかに
暮らしてはおりますが、本来の性格が性格なだけに、
息子、プライドないのか?
なんてつい心配したくなることもありました。
しかし、よーく話を聞いてみると、
決して自分を卑下しているわけでもないのです。
ちゃんと矜持があって、違うものは違うとキッパリ言い切ります。


ここでやっと気づきました。
私は、自分の過去の経験や知識、理解できる範囲やかたちを
全く変えないまま「なんで息子はポツコンなんだ」と
向こう岸から檄を飛ばしてばかりいたこと。
そのせいで、息子の良さや為人(ひととなり)を全く
理解できていなかったこと。
理解できないから、結局他所の子供や返ってきた成績など、
ほんの一部の比較できるものだけを基準にして、相対的に
息子の輪郭を捉えようとしていたことに。



他者をありのままに受け止め、尊重し、友情を育むという、
教科書的な知識だけでは獲得できない慈悲にも似た精神を
幼いなりに息子は既に備えていました。
にもかかわらず、母とはいえ考え方も生き方も異なる私が
自分基準でしか息子を映し出せなかったために、最近まで
その本質を見抜いてやれませんでした。
確かに学力面では他の子からかなりな遅れをとっているだろうし、
これまでの子育て観を大きく変更して息子と向き合わなければ
いけなくなったわけですが、
実はこれ、すごくいいパラダイムシフトできたということなの
ではないだろうかと思い始めています。

お手本にしているのは、そう、ご存じスティーヴン・R・コヴィーの
「7つの習慣」。有名な本ですね。
うん、最近読んだ(爆)
結論から言えば、もっともっと早くから読んでおけばよかった!!
まぁ時間は巻き戻せないので、今じっくり彼の理念を読み解きながら、
息子に来るべきパラダイムシフトを目指しているところです。
変身せよ!ムーンプリズムパワー!!!

実は私、自己啓発系の本は眉唾だと思ってこれまであまり読んで
来ませんでした。でも、改めてよく読んでみたら、特に湯守に
なってからの紆余曲折や自己変革の過程で、7つの習慣のかなりの
部分をしっかり踏襲していたっぽいことに気づいて一人秘かに歓喜。
…おお…もしかしてこれ、ちょっとでも自分で自分を褒めていいヤツ?

それもこれも湯守業のおかげだ。
ありがとう温泉。ありがとうお薬師様。




今年のクリスマスでは子供達にそれぞれ本を送りましたが、
私もちょっとした1冊を自分にプレゼントしました。
禅僧にして造園デザイナーである枡野俊明さんの近著。

禅の思想や言葉は好い。水のように、不思議と心にすっと落ちてきます。

結局人生には完成形なんて存在しない。挫折も失敗も後悔も付き物ですが、
どの曲がり角も決して無駄なもんじゃなくて、掴み方を変えるだけで、
そのどれもが自分を変えるチャンスになるんだと教えてくれる。


息子もいつか越えてくれるといいな。
新しい自分になれる未知の扉の向こう側へ。



今日の1枚

UP直前で文章トンだせいでギリギリアウトだちくしょう!
百鬼夜行6時間遅れ!

Weihnachts-Oratorium,BWY248

J.S.Bach/Jordi Savall & Le Concert des Nations(2021)

(視聴するには長すぎるので、今回はリンクナシ!)


1734年にバッハが作曲・初演した「クリスマス・オラトリオ」。
初演はライプツィヒの聖ニコライ教会&聖トーマス教会。
教会で聴くには長丁場なので、日時や場所を変えて、第1部から
第6部を分割して演奏しました。

クリスマスソングと言えばワム!や山下達郎が王道かもしれませんが、
いいか、本物の王道(?)はこれなんだ!
オーケストラはバロック式ほぼ全乗せ編成+パイプオルガン+
混声4部合唱に各パート独唱有り。演奏時間は堂々のフルサイズ
映画約1本分(2時間半位)!
中身は言わずもがな荘厳すぺくたきゅら―!
とにかく長いし何回リピートしても何部だかすぐ忘れちゃうから、
1日中BGMで聴いててグーよ!!


…なんだこのノリ(笑)
まさに深夜ズハイ。(只今0:05)

2021.09.13

米沢のいい所あれこれ 【第36回:「笹野民芸館」】





朝晩の涼しさが心地よく身に染みるようになってきた今日この頃です。
白布では既に10度を切る日も珍しくなく、9月初旬にして、朝イチの
吐く息が白くなったのにはホントに驚きました。
まさに白露。

さて、相変わらず笑いのツボがずれっぱなしの当コラム。
今までは編集しやすいという理由から一貫してPC内で下書きから清書まで
つらつら書いていましたが、今度から拷問よろしく、手書きで全文綴って
からPCで清書するやり方に変えました。何故か。
字の練習にもなるし、忘れかけた漢字(綴り・書き順・その他もろもろ)の
再確認、ひいては理解がおぼろげだった単語の勉強になるやらで、
まさに一石三鳥だったから。

ただ惜しむらくは…
分かっちゃいるけど…
恐ろしく書き進むペースがおっそいこと!!!

必然的に字典や辞書片手に所々書き直したり調べたりしながら
作文するため、頭の中ではハイスピードで作文が進行しているのに、
まるっきり手が追い付いていきません。なかなか苦行。
でもね、達筆を本気で目指すなら、とにかく日々一つでも多く字を
書くしかないんだよ。頭より手で覚えろって算段です。
効率悪い上、自分でもびっくりするほど字や言葉を忘れているという
衝撃の事実にいちいち打ちのめされますが、結局のところ、手書きが
一番いろんな意味で近道だと考えるようになりました。
無駄にだらだら文章長くなることもないし。
(あ、もしかしてコラム的にこれ↑が一番メリット?)

ちなみに、主に参考にしている書籍は江守賢治氏の筆順・字体字典と
鈴木啓水氏のペン字練習本あれこれです。毛筆の字典を含めると
棚一列完璧に埋まるねぇ…読み切れないねぇ…(白目)



↑故江守賢治氏の字体字典。ほぼこれ1冊で硬筆・毛筆両方カバーできる。

書体字典はその名の通り、主に常用漢字の楷書から草書まで各種書体が
掲載されています。物によって筆順も丁寧に手ほどきされているので
字の練習に事欠かない一方、原則音読み順に漢字が掲載されているので、
調べたい字の音読みを知らないと、これまた検索に時間取られて
地味にストレス溜まるので超おススメ(爆)

・・・実は私、どM気質なのかもしれない??



前置き結局長くなりすぎました。。

さて、今日は旧シリーズの一つ「米沢いい所あれこれ」でお届けします。
第36回、「笹野民芸館」
近場です。灯台下暗しです。



民芸館は米沢市南部、
斜平(なでら)山麓にある笹野観音のすぐそばにあります。
皆さんご存じの「笹野一刀彫」のお膝元。
あまりにも有名だし今更ここで説明するまでもありませんが、
笹野一刀彫は約千数百年もの古い歴史を持つ置賜地方特産の郷土玩具で、
「お鷹ぽっぽ」でお馴染みの通り、鷹や梟、さまざまな動物等を象った
木彫りです。原料となるコシアブラや槐(えんじゅ )の特性を生かした
独特の造形美が特徴で、海外でも珍重される土産物なのだとか。
笹野民芸館はその一刀彫作品を一堂に見て絵付け体験を楽しんで、
実物を手に取って購入ができる施設です。
因みに「木材工芸品等加工展示施設」 なんてまぁ素晴らしくお堅い
正式名称がありますが、地元民誰もこの名前で呼んだことはないと思う。

少し前まで職人さんの減少と高齢化に悩まされていましたが、
数年前に彗星の如く米沢市内の男子3人が弟子入りして一気に若返りし、
新作の創造から一時継承が途絶えた古典的一刀彫の復古など、非常に
精力的な創作活動を広げています。



↑彼らが笹野一刀彫期待のニュー世代達。
写真を提供してくれた小山くん(写真右)ありがとう!!

さて館内の様子は…



古風で素朴な建物内に…



大小さまざまな一刀彫が所狭しと並んでいます。
壁のパネルでは材料となる木の伐採から製造過程まで細かく解説されて
いて、なかなか根気のいる作業であることが伺えます。



↑この夫婦シリーズ好きよ。



テーブルにちょことんと飾るのにもちょうどいいサイズも売っているので、
お土産やプレゼントにすごくいいと思います。結婚祝いとか。



↑これがオーソドックスなお鷹ぽっぽ。この大きさの木を見つけるだけでも
大変なのに、加工可能な状態になるまで寝かせたりする手間暇だって
かかります。縁起のいい置物として会社の社長室や邸宅の床の間に
飾られたりと、とにかく非常に人気が高い逸品。



↑西村版黄門様が!!お鷹ぽっぽを!!!八兵衛にお銀さんも!!!!
笹野がロケ地だったんかな?時代劇ファンなら三度見間違いなしの写真。



意匠は同じでも、当然一つ一つ手作りなので全部ワンオフです。
特にこの木の根の造形を活かしたミニ一刀彫ズ↑はそもそも数が少ないので、
気に入ったデザインを見つけたら即買いしないとゲットのチャンスを逃して
しまうレアもの。
Instagramで以前紹介されたときは即買いしました。
今西屋の玄関にも飾っています。



↑これがそれ。



↑それぞれの本来のサイズはこんな感じ↑ですが、



それがまぁえらくちっこいサイズになって切り株に乗ってるのよ。
可愛すぎでしょ。



他にも「カメェ――!!」がいたりします。石田太郎さんじゃありません。

さらにさらに、
一刀彫だけではなく、館内では地元の木工作品も併せて並んでいたりします。



竹の柄杓や、王将駒を模したオブジェやお盆。



そしてこちら瓢箪を使った透かしランプ。
あまりにもきれいで、以前西屋でも買いました。




これ。



裏面はハート型というこだわりの作り。1本で2度おいしい。

製造工程が図解されている通り、ここでは修学旅行で遠方から米沢を訪れる
子供達や団体の皆さんが絵付け体験に来館することが多く、民芸館では
随時お鷹ぽっぽへの絵付け体験の予約受付をしています。

一から塗るのではなく、ちゃんと下絵が施されたものに仕上げのような
形で一本筆を入れていくやり方だそうですが、伝統工芸品に直接
触れられるまたとない思い出になるわけですな。

運が良ければ当日の予約も可能だそうですので、
興味がある方はぜひ民芸館に直接電話で問い合わせてみて下さい。

【笹野民芸館】
〒992-1445 山形県米沢市笹野本町5208-2 
Tel 0238-38-4288 
営業時間 10:00~16:00 
定休日 火曜日 
駐車場 
建物の目の前と、道路向かいに大型バスも駐車可能なスペースがあります。





今日の一枚 

Anton Bruckner Synphonie No.7

Wiener Philharmoniker & Herbert von Karajan (1989)


(↑ないだろうと思ってググったらようつべあったわー!!)



えー、例の春の祭典以来の管弦楽曲である。
アントン・ブルックナーの交響曲第7番です。
世界に名だたる指揮者の一人として半世紀以上にわたって活躍した、
ヘルベルト・フォン・カラヤンの生前最後の録音となった一枚。
全部で9つあるブルックナーの交響曲の中でも人気が高く、
お馴染みオケマニアの間ではブル7(しち)の愛称で親しまれています。
ボルシチかよ。
ン十年前、バイト頑張ってチケットゲットして、サントリーホールで
聴いたウィーンフィルの演奏は見事過ぎて膝が震えたのはいい思い出です…
隣の隣にピアニストの内田光子さんが座っていたのも驚き桃ノ木アッヒョオ!でした…
別プログラムで彼女がウィーンフィルと共演するピアノ協奏曲
(肝心の曲名忘れた)があってだな…。

この曲を聴くと、カラヤンの最晩年の貫録と相まって、
「光と影の魔術師」といわれた画家レンブラントの油絵がなぜか
思い浮かびます。ゆるぎない光明が行く先を厳かに、しかし明るく
力強く照らすようなクライマックスは感動の一言。「聴く」よりも
「流す」と長時間の演奏時間も(多分)あっという間です。

あ、全然中身紹介してないや…

2021.07.13

春先から新しく始めた3つの「燃え」-③

 


この春から池坊に入門した長男が、先日教室で生けた花。
曰く、七夕がモチーフとのこと。男の子らしく伸びやかでグー。
伝統文化を通して、今日も親子で切磋琢磨。
心胆は褒めて鍛えよ明日のため。

春先から新しく始めた3つの「燃え」

.書道

息子が花なら、母ちゃんが齧り付いたのは書道です。
事始め三連発(という名の公開処刑)の〆。

あー…でもこれだけはノーカンにしたかったと今更大後悔。

だって、だって…今めっちゃくちゃ苦労しているんだもん!!
(このコラム本文書くのもなぜかどえらい難産でした(!))

私は大概なんでも走り出してから考え出すダメな方の直情タイプですが、
書道もその例にもれず。春先突然「やるべ!」と思い立ち、謎の勢いそのまま
文字通り見切り発車でスタートしました。
先のこと考える暇なんぞない。愛も大事にしなかった(笑)

だから自分でツッコんでみる。なぜ書道。



基本動作練習中。始めたばっかりの頃です。
和紙の上で筆を滑らせる感覚が懐かしくてすごーく楽しい。
微妙に薄墨なのは固形炭のスリスリが足りなかったせいだ!

以前から「書く」という作業がわりと好きでした。
子供の頃に何年間か書道を習ったことがあり、その記憶を頼りに
たまぁに西屋での看板やお品書きを書いたり、硬筆ですが、
お客様にお礼状を書くとき恥ずかしくないようにと数年前
ユー〇ャンのペン字通信講座を受講し、一応修了証受領まで
通したりもしました。今でもテキストは時折有難く読み返しながら、
書道三体字典と合わせて見返しては細々~と練習しています。

でも、本格的な書道だけはなかなか手が出ませんでした…
カッコイイとは思っていたけど。
なんとなく、自分には遠く及ばない高尚な世界という先入観が
ぬぐえませんでした。これには深いわけがあります。

書道へ心向かう小さなきっかけをくれたのは、
生きて会うことが叶わなかった父方の祖父でした。

祖父は明治後半生まれ、当時珍しいプロの書道家でした。
父親が小学生の頃に40代半ばで病没してしまいましたが、
若い頃から広く書の才能を認められた人だったようです。
なんとかの横山大観の日本画に書を認(したた)めたこともあるほど。
現物を見たことはありませんが、横山氏本人から届いたという手紙は
未だに実家にあるので、戦火にまみれていなければ今も日本の
どこかにある…ハズ。

祖父は男性ながら、非常に女性的で繊細なかな文字&草書を大変
得意としていました。
草書とは。平仮名の祖先にして、百人一首や源氏物語等でおなじみの、
あの日本独特の優美な「くずし字」の世界。



↑祖父の書のひとつ。落款の脇に小さく「多々夫(ただお)閑(か)く」と
記されています。(祖父の名は忠雄さん)

流れるような筆運びは、国風文化が花開いた平安の、儚くも雅な時代を
どことなく彷彿とさせます。祖母への熱いラブレターも短歌に詠み綴った祖父…
なんつーハイスペックモテ要素。
子供心に思いました。いつかこんなきれいな字を自分も書けたらなぁ…と。

しかし本人とは直接話したわけでも、まして師事したわけでもないから、
肝心の為人(ひととなり)は永遠に知りえません。
だから尚更、そこに永遠に超えられない壁があるような気がしていました。
枕草子や古今和歌集をぶ厚いガラス越しに眺めているような心持。
ぼんやりとした祖父への憧れだけが長い長ーい間、心の底に燻ぶっていました。


・・・そんな折に降ってわいたのがご存じコロナ禍です。
今更言い表すまでもない、怨磋のカタストロフィ。
発狂の一歩手前で、脳内天秤は私に囁きかけてきたのでした。
刮目せよ、これは『大人のモラトリアム期間』だと。
今なら何ができるのかおのずと答えは出てくると。
ハッ!
モラトリアム期間と言えば自分磨き。
自分磨きと言えば…!いつか挑戦したいと思っていたこと!
普段ならなかなか手が出せなくても、このタイミングなら。
どのタイミングだ?いやそれは二の次でいい。
なるほどそれだ、よっしゃ何かあったら全部コロナのせい。
思いついた順からじゃんじゃんやってやろう。
(この辺の文脈ぶった切りっぷりがまさに見切り発車魂。)

…というわけで強制的に冒頭に戻ります。
書道です。

”学び舎”は色々検討した結果、通学は物理的に不可能だと早々に判断し、
スキマ時間に自宅で筋トレハッスルができるN〇K学園の通信講座を
選びました。身体漲るプロテイン。
ちょっと慎重になりすぎた感もありますが、何しろ書道の手習いは
小学校時代以来。初っ端から変な所作がしみ込まないように基本大事と
初心者コースを選びました。

さて書道と一口に言っても、行書や草書などの書体、遊書とも言われる
自由闊達な創作もの、大きな紙に全身で書くパフォーマンス的な書道、
かたや漢詩など古典の知識を得つつ臨書に励むなどなど、興味関心に
応じていろんな表現方法があります。
私はもちろん、祖父にあやかってゆくゆくは草書全般の技能習得を
目指しています。よって通信講座もかな文字のコースにいずれ取り組むべく
主に小筆を頑張りながら、同時進行で字の練習(硬筆)とくずし字を
ある程度読み書きできるように(既に無謀な)トレーニングを
開始したのでした。

はい今ここ。

やっぱり甘い世界ではなかった。
うん、知ってた。
…うそ。ナメてた。




誤魔化したかったけど文章だけではこのコラム、マジで味気なく
なるので恥を忍んで写真UP。ひらがな変異体練習してるところです。
途中から「いろは」モードになりました。まるで呪符。
とりあえず何の字かは…一応…把握しています。
まだまだお手本見なきゃ書けないレベルですが。。

古典の草書でつづられる平仮名には、現代のかな文字の原型となった
漢字のほかに、実は何種類もの漢字があてられています。
どういう法則で使い分けるのかはまだよく分からないけど。

まずこの字と形をそれぞれ覚えるのが超大変。
例えば「す」の元ネタは「寸」ですが、草書体のバリエーションは
寸の他に「春」「須」「數」「壽」「数」etcある上、字によっては
くずし方そのものが数パターンあったりします。
分かっているだけでもひらがな全体の変異体が軽く200字以上。
ヤバい。お前はアンパンマンのモブキャラか。

しかしここで尻込みしてちゃいけない。漢字の存在を忘れるな!!
漢字の草書体はそれこそ膨大な数…もさることながら、一つ一つが
それこそ何文字?呪文かよ?!ってくらい読みにくいの!
偏やつくりごとにある程度くずし方のパターンがあるので、
そのパターンを覚えれば多少組み合わせを駆使してそれっぽく
書くことはできるものの、当然書く人の持つ癖によってくずし方も
びみょーに異なるので、いきなり古典をひっぱり出されてコレ読め!
と言われましても、手引きなしに解読するのはかなり困難です。

だいたい祖父の書ですらまだ全部は読めてませんし。

…あ、でもよく見たら、1か月前よりだいぶ読めてる。
え…マジか…書道きちんと始める前はほぼ読めなかったのに!
もしかして、ちょびっとは努力が報われてる?んおお~ヤバい泣きそう。

まぁね、純粋に読むだけならまだそこまで難しくはありません。
でもゴールはそこじゃない、私は書けるようになりたいのだ。
どうっしても書きたいものがあるのだ。認めるよ無謀なうえに貪欲なんだよ。
だから筆をとったのだ。

どうする?
書くしかねぇ!
どうやって覚える?
よく分からねぇ!

最初は数学の関数でも覚えるみたいな感覚で、片っ端から
字体字典と睨めっこして、上の写真のように一文字一文字ひたすら
ぽつぽつ真似書きしていました(勿論基本動作は可能な限り踏襲しながら)。
しかしこれ、思ったより効率悪い。一文字ずつ書いていると面白いくらい
さっっぱり頭に入ってこない(笑)
当り前よね、普段使う現代文字と違うんだから。平仮名変異体ですら、
覚えたつもりでも三日後くらいには阿保の子みたいに忘れる。
私はニワトリか。実にこの繰り返し。

毎日ひたすら書き続けてなきゃ挫折しちゃう。
それも意味のある文章をきちんと書かなきゃ余計覚えられない。
そもそも集中する余裕を確保するために、普段の時間の使い方から
見直さなきゃいけないレベルだとここでやっと気づきました。

もちろん日がな一日書道ばっかりやっているわけにもいかないので、
先達やテキストの先生がしたためたお手本や短歌、文に折々目を
通してはひたすら目を鍛え、何なら普段書く文章に変異体を当てはめて
みたり、実践ありきで筆不精なりに手紙を書いたり、ただ単に字が上手く
なりたいのか書道を鍛えたいのかもはやどっちだか分らなくなる程度には
うんうん魘されながら今日も地味に「書」と格闘しています。

だから悶絶。
字を書くのってこんなに大変だったっけ?!!
スクワットや苦手なサイドクランチを延々ぶっ通す鬼筋トレの方が
まだマシに思えてくるよ(笑)

でも楽しい。キツい。楽しい。
ただのミミズののたくった暗号文みたいだった草書の羅列が、本当に、
少しずつ意味のある文章として読み書きできるようになってきてるから。

もうじき1回目の課題提出です。
まずは基本の楷書ででっかでかと自分の名前書いて送ります。
道のりはめちゃめちゃ遠いけど。
祖父ちゃん。私頑張るよ。

極楽浄土の最終目標:
草書体で推しキャラ(もちろんヴィランの皆さん)の名台詞を書きまくる
…実現するのいつだろう…(遠い目)。




今日の一枚

 "二十五絃箏曲「琵琶行」"

伊福部昭 作曲/野坂恵子 二十五絃箏 (1999) 


(まともな音源がネットになかった…)

ゴジラのテーマでおなじみ伊福部昭氏が御年84歳の時に、
筝曲家の野坂惠子さん(惜しくも2019年逝去)のために作曲した現代箏曲。
渾身のソロアルバムです。
伝統的な箏の絃の数は13ですが、野坂さんが開発したという二十五絃箏は
その名の通り25本。胴自体でかいのか、フルコンサートで確(し)かと
存在感を放つ大型のグランドハープにも比肩する、深く迫力ある音色が特徴です。

「琵琶行」は中国の詩人白居易へのオマージュだそうで、全体的に
暗く重い曲調ではありますが、緊張を孕みつつも色っぽく、それでいて
神秘的な二十五絃箏の弛みない音色が、背筋をピンと伸ばし、時に力強く、
時に繊細に書を認める艶やかな筆の運びとイメージ的にすごくマッチします。
共に収録されている「胡哦(こが)」は少し短めの柔らかな曲、
「箜篌歌(くごか)」は伊福部氏の晩年の作でなく、瑞々しい箏の跳ねる
ような響きがなかなか聴きごたえのある名曲です。

武満徹氏が作曲した現代雅楽の金字塔「秋庭歌一具」しかり、
日本の歴史の中で滾々と流れる「音」のルーツに本気で向き合った
曲というのは、どうしてこんなにも魂の奥底まで深く響き渡り、
心を鷲掴みにしてしまえるのだろう。
普段聴いているジャンルとはかけ離れたこれらの音楽に触れている時の方が、
なんとなく、なんとなーく、達筆に字が書けているように思えるのは…
多分気のせいじゃありません。

2021.06.28

春先から新しく始めた3つの「燃え」-①

 春先から新しく始めた3つの「燃え」

1.庭つくり



6月半ば、気になっていた西屋の庭にようやく手を入れしました。




スタッフ総出でほぼ一日がかり、花植えは丸っと1年ぶり。




今年はお米屋&お花屋の油屋さんに全面プロデュースをお願いし、
お花の運搬から日当たり具合をみながら種類別の植え方まで直接白布に
来て頂いて手取り足取りご指導いただきました。

当然花の種類によって値段はピンキリなわけですが、
ど素人なので値段は一切見なかったわ。
え、予算?
コロナへの間接的かつ狡い意趣返しに今更予算の縛りやて??
知らんがなIOCに言ってくれ!!


…おかげさまで見て!!






植えたばかりの時点では地面に隙間が目立っていましたが、
小さなお花が実に可愛らしく揃ったよ嬉しいよ。
今年は小道をだいぶ整備したので、浴衣姿でも気軽に歩いていけます。
良き良き。




今回はコキアにも挑戦してみました。秋の紅葉の時期が楽しみだうふふ。

今回庭仕事では、砂利だの木の根だの荒れ放題になっていた場所まで
頑張って開墾しました。まだ全面的に整備できてはいないしお花も
揃ったわけでもないし、最終的に納得のいく庭に仕上げていくまでには
それこそ長い期間が必要だということは十分理解しています。
理解しているが本当は私、過去プランターで何回も枯死の悲劇を
繰り返している元祖土いじり苦手マン。
風水的に私は「水の手」らしいですが、嘘だろ絶対嘘だろ。
メラッメラの火の手だろ。

しかし私は誓ったのだ。去年、今わの際の母に。
西屋の庭をきれいにしていくよと。
土と一緒に根本的に心入れ替えなきゃダメっぽい。
なんせ園芸ビギナーなので。気長に頑張るわ。




ちなみに、母から受け取ったラベンダーは元気です。↑

これらの可愛い草花にあげる水の源は、西屋裏のお薬師様からさらに
沢を上ったところから取水→玄関前の蹲に引いている、
純度100%の山水です。
間口は広くしているけど何分川なので、ちょっとでも雨が降れば葉だの
土砂だの時には冷たい小動物まで詰まる詰まる。
すわ大雨!今日は何が網に引っかかっているか?!
実にエグいエンターテイメント。
つまりこれから当分の間、晴天の日は湯守に加えてこの水確保作業も
欠かさずこなさにゃならんわけだ。
山に入っては斜面をノンストップで上り下りして水圧に耐えながら
全3か所でそれぞれ水を引くわけだ。
シンプルに仕事増えたよコンバットだよ(笑)
水といい温泉といい、私は水や泥に濡れて燃えるのが性に合っている
らしい。なんせエセ水の手なので。
ついでに体脂肪でも燃やしとく。これ次回の伏線。

「燃え」庭つくり…山の彼方の最終目標:ターシャ・テューダー!?


今日の1枚 


The 8 Symphyonies "Symphony No.3" 

Mikko Frank &
MDR Lipzig Radio Symphony Orchestra(2005)



(…マイナー過ぎて動画がないウケる。)

フィンランドが誇る現代音楽作曲家、以前もこのコラムで
紹介したこともある故エイノユハニ・ラウタヴァーラの交響曲第3番。
1960年作曲。ブルックナーの交響曲の影響を受けており
(実際よく似てる)、重厚感のあるリズムと荘厳で奥行きのある
音の広がりが印象的です。スコア見ていないので詳細は
分かりませんが、第1楽章の冒頭の主旋律他はブルックナー・
チューバ(ユーフォニアムによく似たホルンパートの替え玉楽器)
だと思われます(ソースは英語版ウィキペディア)。
どこか憂いを帯びた、仄暗くも艶めかしいその音色を聴いていると、
ダンテ「神曲」の挿絵で有名な、ギュスターヴ・ドレの
堕天使ルシファー(氷の地獄コキュートスのほとりで、身体こそ
冷たいのに心の裡には未だ人知れず熱く滾る何かを抱え、頬杖を
付いて虚空を睨んでいるあれ)が思い浮かびます。ラウタヴァーラの
交響曲は全部で8つありますが、3番はかなり好きね。一番好きな
7番の次位に好き。最後はしゅーん…と終わるし。
分かる(何が)。
いつの日か復活を望んでいるんだきっと。
堕ちてからの年月を鑑みるに、つまり彼も暇つぶしの達人なんだろう。
おまそれ生得領…

2021.06.05

衣替えは三次会の1か月半後だった ー『春の祭典』後編



爽やかすぎる雨上がりの白布(本日撮影)。
サムネのための枠とはいえ、
話題とのギャップまじぱない。



『春の祭典』~La Sacre du Printemps~後編

私が所属していたN大オケの常任指揮者T先生の自宅は、
山手線沿線のとあるアパートの一室にありました(今も元気かな)。
先輩後輩入り乱れて積もる話がついつい長引いて、いつの間にかそのまま
三次会にもつれ込んだのは分かる。分かるが、会場ここでいいんかい。
内心そう尋ねたかった。
しかしその場にいたメンバーの殆どが2年生以上だったので、私には
とてもツッコミを入れる勇気も断る度胸もありませんでした。
…まぁ、そもそも無理くり誘われたわけではなく、先輩方の面白過ぎる
四方山話をもう少し聞いていたくてついてきちゃった、というのが
正しいんですが…。

さて、お邪魔した中に女子や同学年がちらほらいたことに安堵しつつも、
慣れない雰囲気に飲み込まれないよう、私はほろ酔いの中じんわりと手に
汗握りながら、妙にビッグサイズのスピーカーから切れ間なく響いてくる
不気味な管弦楽曲にただただ必死で耳を傾けていました。
時には激しく、時に幽玄なその音色。
先輩は酒豪を自称しているだけあって、傍らで舌好調に演奏のポイントや
聴きどころをよどみなく解説してくれていました。
多分私内容を飲みきれなくて阿保面してたと思う。

そんなK先輩から何の前触れもなく変化球が飛んできたのは、
それから間もなくのことでした。

「〇〇(私の旧姓)、知ってるか?」
「エッ知りません」
「ここ(演奏)、エロいだろ?」
「…は」
「耳の穴かっぽじってよく聴いとけよ(←先輩の口癖)。」
「はぁ…」
「ウォルト・ディズニーの1940年の映画「ファンタジア」に、この曲を
独自解釈で映像化したパートがあるな」
「へぇ~そうなんすか知りませんでした」(次の瞬間デコピン食らう。)
「勉強不足め、今度観とけよ。4曲目だから」
「…ハイ(痛い…さすが映画通…)」

この辺で確か演奏は第二部も中盤過ぎに差し掛かっていました。
周囲には飲み潰れた他の先輩とサークル仲間、あとは真っ赤な顔で
少し離れたテーブルで何やら語り合っているグループが数人。
大丈夫、どこもかしこもとりあえず変な雰囲気じゃない(爆)。

先輩に直々につかまっていたので、真面目に演奏を聴いていたのは私だけ。
生贄となる乙女の賛辞、ちょっとおどろおどろしい先祖の召喚と儀式…
場面展開を示すサブタイトルは確かそんな感じだったはず。
私より10コ以上先輩方の定期の演奏、今でもはっきりと覚えています。
K先輩も楽器経験者なので演奏の腕はぴか一でしたが、大御所先輩の演奏も
セミプロかってくらいめちゃくちゃ上手い。彼らに追いつくのはさすがに
無理だとしても、いずれこんな感動的な演奏を自分も出来るように
なるのだろうか…とひとりでモヤモヤしていたら、

「このハルサイ(春の祭典のオケ愛称)の本当の中身はな…」
「はぁ…はい?」

突然先輩のトーンが下がったのに、ほんの少し話半分に聞いていた私は
反応がワンテンポ遅れました。
ふと先輩と目が合うと…ニタァ。
…あ、なんかヤな予感。
そして、その勘はだいたい忘れた頃に的中する。


「エロい長老たちが円座になってシカンする前で、異界の神と生贄の
乙女が祭壇上で死ぬまでxxxする話をまんまバレエにしたやつだから」

・・・( ゚д゚) ポカーン

突如落とされた爆弾に、モヤモヤが一瞬で消し飛びました。
なんかすごい単語も出たような気がするけど、初心者の処理能力がそれに
追い付くわけがありませんでした。
間違いなくさっき以上に阿保面晒した自信ある。

そこに、いつの間にこっち組に割り込んできたコントラバスのH先輩から
まさかの援護射撃が。

「ちなみに第1部は、長老が生贄の選考会やってる間ソイツ(神)が
草葉の陰で"イメージトレーニング"している場面な」

・・・(  Д ) ゚ ゚ 

瞬間、
私の中で勝手に構築していた「オーケストラ=優雅で純白の世界」は
真っ黒なビッグバンと共に粉々に破壊され、
かくして20数年にわたり無差別な膨張を続けるまま今日に至るのだった…


ちょっと(いや5割増しくらい)脚色してますが、当時のやり取りは
ほぼこんな異様なテンションでした。ほんのりオブラートに包んでいます。
それほど異常に覚えているのよ、あの日のことは。

春の祭典。
そう、これは本能のままに生命を謳い、人の祈りと神の愛とが混ざり合い、

あまつさえその命を貪ってしまうほどの、めくるめくリビドー炸裂の世界。
その世界を統べる異教の神の姿は、筋骨隆々の逞しい巨躯を上半身のみ
晒し(つまり半裸)、衣の代わりに光(智慧)と闇(本能)を身に纏い、
命を与えそして奪うことができる究極の美丈夫。
清濁併せ吞む異教の神は宣った。
歓喜のままに、こみ上げる情動ままに、無から有へ。
生きている今この瞬間をもっと解き放てと。

そして私は悟った。
終曲の打楽器は、知恵と本能が渾然一体となった生の滾りが、その一部と
ならんとする魂に深く刻み込まれる文字通り命の抽送(音)担当だと。

打楽器はただのタイコじゃないということですねK先輩!
それが言いたかったんですよね先輩!?!!
牛の鈴あり断頭台の鐘あり風の音ありビン転がしあり犬の鳴き声あり…
手(楽器)を変え品(曲)を変え、
果ては房事の効果音さえリアルにこなすとは!!!

なんかすごい。なんかすごい!!多分すごく曲解してるけど!!!

「先輩打楽器めっちゃヤバいっす…明日から練習マジ頑張ります」
頭の中が核融合反応したまま、多分そんなようなことを涙目で訴えながら、
半ば放心状態で三次会を後にしたのがあの日の最後の記憶。

懐かしい。
何もかも三次会のテンションにもっていかれそうなくらい懐かしい。

ーーーーーーー

K先輩。その後も難しい奏法やいろんな曲のこと人生譚に至るまで、
たくさん導き、叱咤し、語ってくれましたね。
志賀高原の合宿特訓や新日フィルの先生指導時は、あまりの厳しさに
一人ぼろ泣きしながら、恩に報いたく必死で練習しました。
不意打ちビッグバンのおかげでオケの思い出は今なお色鮮やかです。
ひたすら楽しく、時々ほろ苦い大学生活でした。
いつかまた会えたら美味しいお酒と共に思い出話に花を咲かせたいですね。
お土産は煙草で良いですか?
先輩は今もparliamentですか(てかあの銘柄今も現役なんだろーか)?
どうかお元気で。
親愛なる先輩へ。 畏(かしこ)。 

ーーーーーーー

『春の祭典』おススメの一枚

"Le Sacle du Printemps 1947 ver."
P.Boulez & The Cleveland Orchestra (1970)



ストラヴィンスキー本人とも親交があり、世界に名を馳せる指揮者・
作曲家の一人として今なお高く評価される故ピエール・ブーレーズと、
アメリカの5大オケの一つであるクリーヴランド管弦楽団の
ザ・ゴールデンコンビによる録音。当時45歳のブーレーズの脂の乗った
指揮捌きと、ドラマチックな演奏が隅々まで冴えわたるおススメの一枚です。
ストラヴィンスキーは自作の解釈と深化に拘る人だったようで、
作曲後も果敢に改訂を繰り返していました。収録のものは1947年版。
曲としてのバランスが最も優れているバージョンじゃないかな。

原典版により近いニュアンスを聴き比べてみたい時は、
ディズニーの「ファンタジア」を観てみてね。

2021.06.05

衣替えは三次会の1か月半後だった ー『春の祭典』前編




白布の冬を生き抜き、間もなく同居1年のメーチャンズ(メダカ)。

譲り受けた当初は稚魚が1匹いましたが、いつのまにか大きくなり、
今ではどの子か見分けがつきません。
給餌は1日1~2回。人の姿を見かけると、
「…餌か?餌だな!おい仲間共、餌タイムだぞ!!」とまるで互いに
呼びかけ合うように一斉に縁に寄ってきます。
なんだ此奴ら…愛い。こんなミニマムな世界にすら食欲のパブロフが。
ちっちゃくても脳みそちゃんとあるのね(全世界のメダカに謝れ(笑))。
一方タニシは放っておくと無限に増殖して景観上よろしくないので、
2~3回躊躇なく間引きました。実に無慈悲。



さぁ、前回さんざん半裸だのリビドーだの"欲求"に正直だの、
旅館HPコンテンツにあるまじき単語を相変わらずかまととぶって
盛大に撒き散らしましたが、それもこれも、すべては今日のため。

シリーズ化しておきながら「衣替え」のこの字なんぞ自らの手で
木っ端微塵です(でも今回も同じ単語を無理やり入れた)。
「春の祭典」回この度で〆です!長いので前編後編で!!

『春の祭典』~La Sacre du Printemps~前編




↑初演時の様子。当時の音楽雑誌に掲載されていた写真のようです。
バレリーナたちの表情が揃ってこわ可愛い。ウィキペディアより引用。

20世紀を代表する作曲家の一人、イーゴル・ストラヴィンスキーが
作曲したバレエ三部作の一つ。1913年初演。
バレエ曲ですから、メインはバレエです。はいはい禅問答。

初演会場は、今も昔も世界のファッションの最先端を切り開く、
フランスはパリにあるシャンゼリゼ劇場でした。バレエに詳しくなくとも
相当名誉な待遇だったであろうことは容易に想像できます。
しかしこの演目の中身は最先端どころか、オシャレに抜かりない高貴な
貴婦人方&リッチな劇場でコンサート鑑賞というハイソな趣味からして
相当意識高い系の紳士方のはるか遥か斜め上をいく、奇想天外の謎エンド
ストーリーだったのでした。一言でいうと
「異教の神を崇める古代の人々(主に長老達)および生贄の乙女による
禍々しい宗教儀式」

「火の鳥」のような王道ハッピーエンドでもなければ、
「ペトルーシュカ」のように、不気味さを醸しつつも実ることのなかった
悲恋ものという感情移入しやすい物語でもない、設定も振り付けも狂乱の舞台。
そりゃもう初演会場は大荒れ。現代のSNSでいう「大炎上」を巻き起こしました。
バレエダンサー達や演奏者が途中で上演を中断せざるを得なくなるほどの、
かたや観客席では客同士の流血沙汰が勃発するほどの。
これ、実は結構オケ史上有名なエピソードです。

餌に湧きたつメダカが如く。いいぞもっとやれ(笑)。

ちなみに私、この曲を初めて聴いたのは大学1年生、自覚ゼロのままオケ入団
→早々沼につんのめって頭から引っ張り込まれつつあった頃でした。

20世紀以降の管弦楽曲は、価値観の多様化が織りなす人々の機微の代弁なのか、
はたまた心病む混沌の時代を言外に憂う作曲家の無意識の叫びなのか、
難解な旋律やリズムを刻む不穏な作品が目立つようになり(全部ではないが)
それらを聴くのはともかく、演奏するとなるとなかなか一筋縄ではいきません。
例えるなら、ただでさえ出番が少ない(ことが多い)&リズム楽器なのに

主旋律が読めなくて入りタイミングが大概突拍子もない打楽器陣は、
四六時中手に汗握りながらホラゲーでもプレイしている気分…ん?

そこで、演奏会の課題曲のスコア(全パートの音符が書かれたオケっ子
御用達の楽譜)はもとより、作曲に至る人・歴史の背景にも一通り目を通し
(CDのライナーノーツや伝記的な本etc)、作曲者の作風や同年代の他の
作品のさわりに至るまで広く浅く前知識としてあらかじめ頭に落とし込んで、
より演奏曲を深く解釈しておくというのが我がサークル(というより私が
所属していた打楽器part)の掟でした。
これが、シリーズ冒頭に登場したかのK先輩の与えたもうた愛のスパルタです。

オケの右も左も知らなかった私に、今まで触れたことがなかった打楽器の奏法
はじめ、ありとあらゆる知識を根気強く猛攻で叩きこんでくれたK先輩。
芸術学部文芸科に所属し、若くして人生酸いも辛いも噛み分ける器用で奇抜な
オケ&映画マニアでした(褒めてます褒めてます)。
つまり、彼が説く広く深い前知識の延長線には、必ずと言っていいほど
いっそ知らなかったほうがいいくても困らない爆弾も時々仕込まれていた
わけです(褒めてます?)。

「春の祭典」は前衛的なバレエ曲であり、鬼気迫る展開に終始飲まれるまま、
踊り狂った生贄の乙女が遂に昇天するラストシーンでは、ひたすら恍惚と恐怖の
爆発(乙女というか演奏者が)…に圧倒され、気が付けばブラボー!と
心の中で拍手喝采してしまう衝撃の約30分。

これがおおよそ、ライナーノーツ止まりで曲を聴いた時の月並みな感情でしょう
(活字化するとややこしくなる)。

実は春の祭典は、先輩も私も現役の間一度として定期演奏会の曲目に
ラインナップされたことがない曲でした。
つまりそれほど聴きこんでおかなければいけない課題ではなかったのです。
理由は単純。実際に演奏するのが難しすぎるから。

にもかかわらず、K先輩は何を血迷ったのか初っ端からハイでディープな
”ハルサイの洗脳”をけしかけてきましてねぇ。
なり手がいなかった打楽器partから他楽器へ浮気するなんて万が一にも
許さないぞと言外に凄みつつ、往年の大先輩が過去定期演奏会で見事披露した
春の祭典の本番模様を、何の前触れもなくCDで流しはじめたのでした。
割と大音響で。

…時は新歓n回目→指揮者の先生宅でなだれ込み三次会の真っ最中。

(続)

2021.05.23

衣替えするヒーローとヴィランが実は双子だった話(?)





前略 親愛なるK先輩、ご無沙汰しております。
ここ最近白布は肌寒いほどの涼しい日が続いていますが、そちらは
お変わりありませんか。暦に従えば間もなく衣替えの季節ですね。
私はといえば、相も変わらずあるがままの一日一生を謳歌しております。
(以下略…)

かれこれ20年近く会っていない大学の先輩。お住まいは遥か鹿児島県。
そう簡単には遊びに行けません。コロナだし。
うーん、久しぶりに手紙でも書こうかな…。

そう。もうすぐ衣替えです。
大人の身体は基本的に成長しないので、右から左へ衣装ケースの中身を
移し替えればいいだけの話ですが、時が経つのが早ければ子等の成長も
早いもの。成長期真っ盛りの子を持つ親は、必然的に我が子の服の
選別作業も必要になってくるわけです。

というわけで、見事に去年の服がほぼ入らなくなった娘の新しい夏服を
買いに、久しぶりに娘と二人で子供用服売り場を目指しました。

しかしまぁ最近の子達が着る服ったらお洒落なことオシャレなこと。
売り場に置かれたかわゆいマネキンに着せられているのは、丈の長さが
どう見てもホットパンツに、肩がちょっと開いたドッキリ大人っぽい
デザインのプルオーバー、裾にシースルーの入ったワンピース、
ふわっとしたデニムのガウチョに大きなフリルのついたブラウス…
えー、これホント小学生が着ていいヤツ?

昔から肌を露出するのが嫌いで、まして今は着物(しかも昭和ばb(略))
しか興味がない母のファッションセンスなど推して知るべし。太刀打ちできん。
仕方がないから、色デザインが被らない程度にほんのりアドバイスするに留め、
あとはほぼ本人に着たい服を選ばせる作戦をとりました。
そうでなきゃ、今やどこの店内放送でも耳にタコができるくらい聞かされる
「短時間のお買い物」なんてできないから!
また洗剤と間違えて外見クリソツな柔軟剤の詰め替えばっか無駄に買う
凡ドジ踏みたくないかんね!!

…と、いろいろ割り切って颯爽と用事を済ませたはずなのに。

服を物色する娘を尻目に、一人某売り場を行き来した挙句、気が付けば
その手に"伏魔御厨子"を握っていました。
まごうことなきThe king of curse...

オイオイ全然颯爽としていないよ?!
まるでカバオ君バグみたいな軽ーいノリで誰かさんの領域展開を
あっさり買っちまうとかどこのいい歳した大人?
なんて。ただのキーホルダーだから(笑)



もちろん逕庭拳と一緒に。本誌では実に犬猿の仲ですが、
来世はぜひお互い兄弟愛溢れる一卵性双生児になってくれ…たらいいな。
スー坊とユー坊。二人合わせてロケットエンジン。

※カバオ君バグ…今はもう売っていないであろうアンパンマンの
お買い物シミュレーション付き知育玩具で発見された、その筋では
有名な初期エラー。たくさんのキャラクターがその場にいるにも
かかわらず、なぜかカバオ君だけ売り物の「食品」と一緒に
お買い上げできてしまう
という世にも恐ろしい( ?)怪現象を、
とあるニコ主さんがupした動画がそのネタ度に拍車をかけました。
リンクを貼るのはちょっと恥ずかしい~わ~(何を今更)。
腹筋崩壊必至の元ネタ動画が観たい方はぜひ
アンパンマン カバオ 買える」でググってみて下さい(笑)

・・・いや、ここまで引っ張っておいてなんだけど、
私が書きたかったのはホントは双子ネタでもカバオネタでもないんだ。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」の話がしたかったのだ。

(「はァ、どこが?!」というツッコミはナシよ!)

でも無駄に前置きが長すぎたからここで切り上げちゃえ。
本題は次回にぶん投げます(爆)




今日の一枚。今日は一枚。

Philip Glass ”Heroes Symphony”

Gidon Markusovich Kremer, Wiener Philharmoniker (1997)


(紹介したアルバムの視聴サイトがなかったので今回は
リンクナシです。Youtubeにいくつか他オケの演奏動画が
ありますので、気になる方はぜひ聴いてみて。)

故デヴィッド・ボウイのアルバム「Heroes」から数曲をピックアップし、
フィリップ・グラスが交響曲としてタイトルそのままに
オーケストレーション化した作品。
私はこれを最初に聴いてからデヴィッド・ボウイを”逆輸入”したから、
元ネタがデヴィッドの方だったと知って大層驚いたのはいい思い出です。
ちなみにグラスの交響曲作品としては第4番にあたります。
なんかすごい。原曲があまりにも有名なので、ボウイファンの方には
いまいちアレンジらしく聴こえないかも(特にHeroes)。
もちろん要所要所のモチーフはちゃんと取り入れています。
フィリップ・グラスその人も傑出した作曲家なので、
独立した音楽として聴いてもいいと思います。
なかなか味わい深いオーケストレーションなのでおススメです。
同じく「Low」をアレンジしたLow Symphony(交響曲第1番)も
ありますが、個人的におススメなのはHeroesの方かなぁ。

へっへ。ヴィランズ一辺倒のはずの私が敢えて「ヒーロー」を選びました。
怪しいでしょう。


2021.01.16

音のある生活 42 「冬の嵐の道しるべ」




1月13日、今年初めて上がった天元台高原↑。
冷たい風が吹きすさぶ標高1300メートルでしたが、意外と寒くなかった。
遅すぎる初詣ながらも天元台神社に手を合わせました。
小さいお社ですが、いつ来ても不思議な雰囲気です。

こんにちは。
正月休みの間に髪を20cm近くカットしましたが、自分から教えるまで
誰にも気づかれなかった若(…ええと、まだこれ付けてていい?)女将です。
元々“気をつけ”の姿勢で髪束を余裕で握れるくらい長かったのだから、
そりゃ先っちょ切った位では見た目殆ど変わらないわな。
四六時中結っていると本当に変化が見えません。
まごうことなき身体の一部です。はい。




2021年はコロナGoto感染拡大キャンセルボンバーで西屋内も作戦変更また
作戦変更、さらに大寒波による大雪との戦いがいっぺんにやってくるという
前代未聞の大混乱の中スタートしました。

暗い話題ばかりが延々わいてくるニュースはとりあえずシャットアウト。
目を通すだけでひどい方の二日酔いみたいになるし、逆にかじりつくように
聞き耳を立てたところで、希望や答えなんて出てこないから。
この状態が当分続くのはほぼ間違いないでしょう。凹むヒマがあったら、
同じ時間をもっと有意義に使ったほうがマシだと考えることにしました。


実際今の世の中、自分の力でどうにもできないことだらけです。
世知辛いとかいうレベルじゃない。

今我々が置かれている場所は、
さながら一面雪に覆われた真冬の山のようです。



見るものを圧倒する、荒涼とした白銀の世界。
寒さ、静けさ、あれほど眩しかった生き物達の絶望的な気配のなさ。
全てが痛冷たい。

自分が行きたい場所は分かっている筈なのに、
そこに至る道(方法)が全く見つからない。
人を寄せ付けない山奥へ敢えて足を踏み入れる畏れと緊張感ばかりが、
凍てつく風になって無数の細かな針のように刺さってきます。

実は先月末、表層雪崩で沢の上流が堰き止められて(真冬あるある)、
たまたま現場に居合わせた東屋のベテラン番頭さんと一緒に山奥の堰堤を
指しました。まさにこの「冬山いきなりメンタル詰む」状態でした。

しかもこういう時に限ってかんじきを装備してこなかった迂闊。
冬でなければ5分そこらでたどり着ける目的地ですが、腰までの雪の中
ゆうに40分はかかったと思います。さらに途中には川から4~5mほどの
高さの水路があり、四角い筒状のそれの上を渡って通っていかなければ
ならない箇所があるのですが、その幅約50㎝弱。
そもそも水路だからもちろん手すりはなく、加えてその上に雪がどっさり
積もっていてどこが縁なのか全く見えないという(惜しい写真撮ればよかった)。
うっかりこけたら川まで真っ逆さま、大怪我必至の鬼コース付き。



(↑ちょっと行かないでいると、三十三観音の沢も雲海の彼方の
夜空のように遠くなる。この穴の深さは私の身長を完全に超えています)

しかし行かねばならぬのだ。寒波だろうが大雪だろうが。
天候が緩むのをあてどなく待ったところで、いつまでも沢に水が戻らず
お風呂の温度調はできないままです。途中で諦めて引き返してしまったら
それこそ苦労がパーになるし、その場に立ち止まっていても凍えるだけ。


「はぁ~ん、そんな山仕事ごときで何を大げさな~。」
そう思われるかもしれません。
自分でも「こんなことやって何の意味がある?」と空しくなる瞬間がある。


でも違う。違うんだよ。聞いてくれ。
温泉は温泉旅館にとって文字通り“”なの。
その魂を誰かが支えなきゃ、人を癒すことなんて絶対にできないんだ。
魂のない温泉旅館なんてのはねぇ、長ネギ入れ忘れた鴨汁、
ミレニアム・ファルコン号のないスターウォーズみたいなもんなの!!
(まぁ個人的にはハン・ソロがいない方がありえないけどね(爆)!!)




(愛器:トマホークで取水口の氷を渾身の力でバキバキ割っている最中に、
手伝いに来たはずの子供達が無情にも雪を落としてくるザ・修羅場の図。)

「どんなに志が高くても、実際は自分の手の届く範囲しか守れない」
前に友人が口にした言葉です。なんだよカッコイイなチクショー。
これ一見悲観的な響きに聞こえますが、見方を変えると「自分はただの無力じゃない」
と同義です。一つでも二つでも実際に守れるもの、できることがあるんだから。
ちょっと待てなんだよそういう意味だったのかあいつカッコイイなチクショー。

お客様が一人でもいれば、そのお客様に気持ちよく入れる温泉を提供する。
私湯守だから。明確な目標があるから、こんな不毛な山仕事だって苦にゃならんの。



コロナの渦中で観光業だけじゃなく社会そのものに傷が広がりつつあります。
何をすべきかはいつも自分で決めるしかありません。誰も時計の針は戻せない。
今更不幸を他人のせいにしたり、浅薄なマスコミの煽動につられたり、
見えない誰かと足を引っ張りあったりするの、もうやめよう。
自分の限界と、その中でできること、守備範囲がちゃんと見えてさえいれば、
気持ちが折れても正しい軌道に戻して、何度でも立ち直っていけます。
とても友人のようにカッコよくないしただのくっさい言葉ですが、
今これ以上分かりやすい真実があるだろうか。行動あるのみ。

ついでに国のお偉方、これ以上タイミング逃す前にオリンピックは諦めよう。
大人の事情を総動員して開催招致するくらい頭よろしいんだから、
今ここで人の流れを加速するイベントなんぞ強行したらどうなるかぐらい
想像つくだろうよ。守りたいのが自分の地位と名誉なら、尚更その矜持を
もって日本の経済と人命を守るんだ!!






春先か、もう少し先かは分からないけど、
いつか世の中が平安を取り戻す時まで、私は温泉を守ると決めています。
いつか帰ってくるお客様のために。そう思うから、頑張れます。
実にまとまっていないコラムですが気にしていません。
読みにくくてすみません。

頑張ります。今年もよろしくお願いします。

※今日の一枚 


"Songs of Comfort and Hope"

Yo-Yo Ma & Kathryn Stott (2020)

※サムネイルクリックで、”Ol' Man River”のPVを
視聴できます(Youtube)。
ご存じ世界的チェリストのヨー・ヨー・マと、
彼と40年近くにわたり共演してきたイギリスのピアニスト:
キャサリン・ストットのアルバム。
新型コロナウイルスの脅威を前にして、明日への不安に揺れる
世界に向けた一つのメッセージとしてリリースされた一枚です。
なんと冬の嵐の音から始まります。
孤独にさまよう暗い森の中、彼方からぼんやりと光がさすように
アメイジング・グレイスが流れてくるという鳥肌の立つ感動の演出。
のっけから引き込まれます。
聴いたことのある曲も多いのですが、そのどれもが、
朝霧のごとく白濁した、それでいて透き通る虹色の輝きを放つ
水晶のような神アレンジばかり。丁寧に奏でられる表情豊かな
チェロの音色は必聴です。そしてラストの一曲もまたアメイジング・
グレイスで締めくくるのですが、冒頭と違い、なぜか嵐の音が
温かく聴こえます。同じ音源のはずなのになんという癒しマジック。
いいアルバムですよ~。

2020.11.28

閑話休題 ~下半期の懺悔②~




今日になって、再び白布は銀白色に染まりました。
雪景色は綺麗で神秘的な世界が楽しめるので、たまに見るにはいいですが…
ここで生活している人間にとっては、重労働ボンバーの始まりの合図でもある。
今年は大雪かな?暖冬かな?すべては神の"味噌汁”。

こんにちは。
最近足湯療養を始めた若女将です。

『なに足湯ゥ?
おのれ毎日温泉に入っているくせに足湯(沸かした水道水)
なんぞ浸かるとは邪道だクレイジーだ!!』

…とかなんとか…
今更カミングアウトしておきながら耳が痛い言葉の槍が飛んできそうで、
今まで挑戦できなかった禁断のツール(汗)

確かに、風呂入ってすぐ寝られる環境なら足湯に頼らなくてもOKだったかも
しれません。しかし今はコロナ密を極力避けなければいけないご時世。
実際私達家族はお客様が夕食中で明らかに誰も風呂にいないうちに
全速力で子連れ烏の行水をしているので、漸く寝る頃には手足に氷が
張り付くみたいな冷たさに逆戻りしてしまうのだ。

…というわけで、知人さんのおススメで毎夜の習慣に足湯を取り入れて
みたというわけです。
それがもう驚き。抜群の冷え性解消力と安眠効果を実感!
こんなに効くなら槍やらチャカやら気にしないでもっと早く始めていれば
よかった~(苦笑)!今では、毎年あんなに苦しめられていたしもやけから
解放されて、羽毛の上を歩くような心地よさで即寝落ちする毎日です?!



そんなことより太郎ちゃんはどうしたって?
はいはい、忘れるところでした(爆)

2週間かけて京都で生まれ変わった太郎ちゃんはこちらだ!!





ご覧くださいな。サラッサラの絹糸にきれいに切り揃えられた前髪。
顔も新品のような色白肌に塗り直してもらいました。
さすがプロの職人さん。眉も口元もめっちゃ可愛い。
まるで那田蜘蛛山が産屋敷家ご子息になって帰ってきた
みたいな見違えようです。

今は、事務所の私のデスク前にある棚を太郎ちゃん専用の小部屋に
改装して、くつろいでもらっています☆

ミシンが急に壊れて衣装をお色直しするのが間に合いませんでしたが、
この冬のうちに藤の花飾を添えて、かわいい振袖姿にして
あげたいなー(ネタ(笑))と思います。

ともかく睡眠中にちゃんと疲れが取れるようになってきたので、
(いや、むしろ今までが異常事態だったに違いない!)
空いた時間を使って裁縫に向かう気力が戻ってきたのも何よりうれしい。
足湯いいよ足湯。

※久しぶり!今日の一枚

アイーダ「なぁにが"勝ちて帰れ"だァア!!」

"AIDA" -(ハイライツ)

(1985)
指揮:ロリン・マゼール
演奏:ミラノ・スカラ座管弦楽団

☆サムネイルをクリックすると、近年国立歌劇場で
上演されたアイーダの荘厳なハイライトが視聴できます。
雰囲気ばっちり伝わってきます!

見事に生まれ変わって西屋に凱旋した太郎ちゃんにちなみ、
ジュゼッペ・ヴェルディが作曲した歌劇「アイーダ」から
ハイライトアルバムをピックアップ。
舞台は古代エジプト。第2幕の「エジプトに栄光あれ」
「凱旋行進曲」があまりに有名です。クラシックオムニバスの
オペラ版には高確率でこの曲が入っています。
私の手元にある上記のロンドンレーベルは、かの三大テノール
と称えられ一世を風靡した故ルチアーノ・パヴァロッティが
主役その2のラメダスを熱唱、ロリン・マゼールが指揮を執り、
ミラノ・スカラ座管弦楽団による演奏版です
(ライブ盤かどうかは不明)
このハイライツには、エジプト王が戦に向かう兵士を鼓舞する
「行け、聖なるナイルの河岸へ」という隠れた名曲も収録されています。
戦意高揚間違いなし。

とまぁこのオペラ、勇ましい曲が脚光を浴びることが多いので、
何かハッピーエンドが待っていそうな錯覚を覚えなくもないのですが、
敵国同士で三角関係はもつれるわアイーダ父(エジプトに侵攻された
エチオピア王)は娘の恋路を当たり前だが邪魔するわ、とばっちり食らった
(?)アイーダの恋人将軍ラメダスは結局捕まるわ、
とどめのラストシーンではアイーダ&ラメダスが獄中で心中してしまうわetc…
うわー悲惨すぎる…。

そんな昼ドラ要らんからかっこいい部分だけ聴いて
もりもり元気が欲しいわ!
そんな方は第2幕をどうぞお楽しみくださいませー!

2020.08.01

音のある生活 41 「雨上がり、優雅な炎」


こんにちは。
多分万年園芸ビギナーの若女将です。

まずは更新期間が1か月空いてしまった弁解は罪悪と知り給…。
色々ありました。落ち込んでいたわけではありません。
(いや、そりゃ、落ち込んでいましたが…;)
なにより物理的に忙しくしておりました。

というわけで1か月ダイジェストスライドショーだ!



7月中青空が見えたのはほんの数日くらいだったような気がする…。



数少ない花のオアシス。ヘリオトロープにとまるモンシロチョウ。



大雨で増水するたびに山に走ったよ…



7月下旬、子供たちの学校の行事で吾妻山の清掃登山に行きました。
この時だけ奇跡的に天候が回復。ラッキーにもほどがある!!



筋肉痛無しで久しぶりに登山ができました。
普段から鍛えておいてよかった。。



7月23日、「みんなの想火(そうか)」という竹灯かりイベントが
47都道府県各地で同時開催されました。白布温泉街は山形県代表の
開催地として、かもしかやさんの前の広場に幻想的な竹灯かりが
登場しました。



新美南吉の「木の祭り」のワンシーンみたいで、綺麗でした…。








月末には社長(主人)が急病で入院。
番頭さんもたまたま用事でお休みだった休館日明け、我自ら風呂掃除。
大変だが楽しい。お風呂最高。





昨日は雷雨から突然の快晴。
実に嵐のように忙しかった7月の締めくくりにふさわしい天気で、
気持ちも晴れやかになりました。大樽川の谷間をキラキラ輝きながら
舞うトンボたちがただ愛おしく思えました。



前半は母の死に思うところあり一念発起して鬼のような断捨離モード、
後半は連休の現場戦争とGo toキャンペーンの準備と子供たちの行事と
家族の入院etc見事に全休日が潰れたまま1か月丸丸働いていました。
さらに7月はとんでもない大雨月だったこともあり、
何ら庭仕事ができなかったおかげであちこちドクダミやミントの
ジャングルスペースに逆戻り(見ないふり、見ないフリ…(大汗))。
花を植えたところ、鉢を設置したところだけは何とか現状キープ
していたので、そこだけは可愛い花が次々咲くようになりましたが…。

先は長そうだわ。

尤も、かの有名な故ターシャ・テューダーも
「理想の庭を作るには12年は必要」という言葉を遺しているわけだし、
すぐに結果を求めるのではなくゆっくりのんびりお付き合いすれば
よいのだ。相手も命。心を込めて少しずつお世話しているうちに、
きっと草花は声なき声に応じてくれることでしょう。

そして件のGo toキャンペーン
散々方々からケチが付きながらもようやくスタートしました。
(板挟みだったであろう観光庁の皆さんホントお疲れ様です;)
西屋でも、社長の緊急入院というトラブルに見舞われながらも
何とか対象施設に登録され、新プランで予約受付を始めました。
本当に来年の1月末まで続くのかなぁ…(苦笑)
世の中はいわゆるコロナ第2派で騒然としています。
当然ながらこれ以上の感染拡大を防ぐためにもGo toは
やめるべきだという声も聞こえますし、じゃあ今まで準備と設定と
お客様へのインフォメーション&フォローにかけた膨大な労力は
何だったんだって話だし、これ単純にコケたらそれこそ観光業界は
これ以上ない痛恨ダメージを喰らうことほぼ必至ですし…
個人的にはいろんな意味で「てやんでぇ!!」な心持です。
私一人が吠えたところで何もならないのは重々承知ですが…。

誰か教えてくれ。
人間世界、どうして一事が万事シンプルに進まないんだ!?

誰か「だって人間だもの(ポツリ)。」



そんな行くあてのない疲れた脳内で何故か
エンドレス再生されていたのが、今日の1枚。

Saint-Saens Symphony No.3"Organ"

小林研一郎(指揮)&
チェコフィルハーモニー管弦楽団(2008)


ネット上にサンプルない!!Apple Musicその他で
ぜひ聴いてくれ!


「動物の謝肉祭~白鳥のテーマ」でおなじみのサン・サーンス作曲。
彼の交響曲の中でもとりわけ有名な第3番です。何しろ(パイプ)
オルガン付き!オーケストラのバックまたは脇でパイプオルガンの
音色が荘厳に響き渡る2楽章や4楽章は必聴です。

特に2楽章がずっと私の頭の中をぐるぐる巡っていました。
7月のテーマ曲はズバリ君だ!

なんでしょう、
この光あふれる、母も行ったであろう天国みたいな世界感。
フランダースの犬のラストシーンにも登場したルーベンスの
キリスト昇架みたいな静謐さ。うーん、名曲。

対して4楽章は絢爛豪華に展開しますが、パイプオルガンが実に
艶やかにいい味を出しています。
同アルバムの「死の舞踏」もカッコイイですよ。
夜ごと地底から現れて、亡霊と舞いながらバイオリンを弾く死神
と聞くとおどろおどろしいイメージしか湧かないのですが、
旋律が妙に色っぽいのがたまらんのです。
朝の到来を告げる鶏の鳴き声に震え、物悲しく冥府へ帰っていく
ラストシーンは、さながら道ならぬ逢引の別れ際のよう。
この主人公(死神)、もしかして女子?

演奏はチェコフィル、指揮は小林研一郎、またの名を「炎のコバケン」。
その細身で小柄なシルエットから、氏と同郷のオケ仲間は「こけしちゃん」
などとやたらキュートな愛称を付けたりしていましたが、彼の指揮は
文字通り炎の如くパワフルです。20年ほど前のコンサートではよく
飛んだり跳ねたりしていました。彼のチャイコフスキーやブラームスの
スラブ舞曲、ベートーベンはロックだったなぁ…。
東欧系の楽曲指揮が割と人気ですが、こちらのオルガン付きは非常に
優雅で解釈も分かりやすく、オーケストラにあまりなじみのない方でも
親しめるかなりの良録音だと思います。

機会があったらぜひ聴いてみてください。

2020.05.17

音のある生活 39 「新緑のAndante」




こんにちは。

伍番街のマ…七番街の若女将です。
23年ぶりにピザも蜜蜂も大きくなって帰ってきました(何を言ってるn(略))。

久しぶりの更新です。
書きたいことは沢山あったものの、休業中はさすがにはばかられました。

そもそも休業要請が出る前から、消費税UPやら暖冬やらと暗雲が垂れ込めていた
昨今の観光業界。そして最後にやってきたのが、思いがけない
毎日が日曜日(まるでいい意味ではないが…)」の1か月という…。

我々観光業の人間がGWまるっきりお休みなんて前代未聞です。
泣いても笑ってもどうにもならないので、ステイホーム中は子供達と一緒に
「今までできなかったことをしよう」をマイスローガンに掲げ、
(その本当の理由は下記にて。)
ささやかな仕事の傍ら



レンバス作ったり(「指輪物語」に出てきたエルフの携帯食(らしきもの?))



カレーパン作ったりしていました(しずくちゃんの絵本を参考に)。

特に、着物のメンテナンス(季節の入れ替え&襦袢作り&作り帯作り)
があれこれできたのは個人的に嬉しかったな。
ただいじるだけでなく、前よりさらに日常着らしくしようと着方を
工夫しながら何度か練習もしていました。その結果、見事「補正ゼロ」
「帯板不要」「衿芯ナシ」「着物の堅苦しさ完全無視」をクリア(?!)。
不定期ながら着物生活も復活させることができました。
着物は、母譲りの大事なアイデンティティ。
末永く自分らしさを保ち、お客様が求める鄙びた宿のイメージを大事に
守りたいと考えた時、やっぱり着物はマストアイテムだと再認識した次第です。
だいたい持っている着物の数があまりに多すぎて洗い(虫干しし)きれない…。
いっそ着ながら空気を入れてやろうという狙いもありますです。

他にも、
運動不足解消のため東屋さん中屋さんの子供達も一緒に白布大滝に行ったり



遊歩道を散策したりしました。



↑遊歩道の途中にある展望台からは飯豊連峰がくっきり!

春休みと重なる時期だったとはいえ、2か月半以上友達と一切会えない
休校期間はさぞストレスだったと思います。そんな子供達にとって、
雄大な自然に囲まれた白布界隈のミニ探検はたのしい遠足気分だったろう。





↑雪の重みで根本が斜面に沿って曲がった森の木々。遊歩道にて撮影。
ね、本当に「ロード・オブ・ザ・リング」の一場面みたいでしょ?

こんな感じで、休業中まともに山を下りたのは片手で数えられる回数程度。
不便だけど、こういうとき山に住んでいてよかったと改めて思うのでした。



(5月3日撮影。)

気が付けばすっかり日が長くなり、あたりは新緑に包まれています。

昼はエゾハルゼミが、夜はトラツグミ(鵺鳥)が、森の奥から
その不思議な鳴き声を聞かせるようになってきました。



霧の朝、晴れ時々通り雨、そして満天の夜空…
音もなく、流れるようにその位置を変えていく星々。
人間世界の混乱をよそに、自然はありのままに時を刻んでいます。

白布にずっといると、人という単位の小ささも相まって
本当に時間の経つのを忘れそう。先日のとある取材の折に
「見慣れた景色なのに違う世界にいるみたいだ」と話しましたが、
休業が明けた今でも時々、ふっとそんな気分になるときがあります。

コロナによって、我らを取り巻く環境は一変しました。


(人ひとり通らない白布温泉街。5月3日撮影。)

新型コロナウイルス…どこぞから降ってわいてきたミクロの物体
(ウィルスはその構造上非生物と言われている)。
目に見えないこいつのせいで世界各地の人々の命が奪われ、
とてつもない大勢の人々の仕事が奪われ、結果経済は急速に悪化し、
社会全体の価値観から人の動き方そのものまで変わってしまいました。
コロナの感染力を侮ってはいけないのはもちろんですが、個人的には、
今回のコロナ禍はインフォデミックこそが諸悪の根源と考えています。
人間に突如襲い掛かった"未知への恐怖"に対して、すっかり便利になった
ネット社会が仇となり、正しい呼びかけから根拠のないデマから
果ては混乱に便乗した扇動に至るまで、無秩序な嵐が防波堤のない岸辺に
押し寄せるがごとく、毎日テレビもラジオもネットもどこもかしこも
コロナ一色。いいニュースなんてどこにもなく、夢や希望がなくなる
わけです。それどころか、判断力や自主性まで奪われるあまり
とうとう自粛警察なんていう妙な副産物まで出てくる始末。
なにが警察だ。

プレジデント神羅「正義の執行者気取りはさぞ楽しかろう。」
↑若山弦蔵さんの渋い声でこのセリフは威力抜群でした。

旅館業や飲食業は、まだコロナがそれほど国内に蔓延していなかった
2月からインバウンドを中心に猛攻直撃を食らっていました。
相変わらずこのコラムでは余裕ぶっかましたようなことを書いていますが、
決して中身は余裕じゃありません。仲間の旅館の多くも共に営業を再開
しましたが、以前の客足が戻るまでにはまだまだ長い道程が覚悟されます。
正直、私達もどこまで耐えられるか分からない。
でも、旅館業は本来訪れるお客様に癒しと安らぎを提供するのが仕事です。
その私達が不安や悲観に打ち負けてオドオドしていたら、
お客様を温かくお迎えすることなんてできません。
だから休業中も前向きな気持ちを決して無くさないように、
子供達や家族から笑顔が消えないように、自分から積極的に自転して
「今やりたいこと」「今しかできないこと」を思い切り楽むぞ!
と言い聞かせていました。
だいたいこんなチャンスはきっとこの先当分ないだろうから、
いろんな意味で後から後悔することがないように、
そして同時に、いつか訪れるであろう明るい未来をひたすら信じて、
この約ひと月を過ごしてきました。

いよいよ休業要請や緊急事態宣言が徐々に解かれ、今までとは違う注意を
十分に払いつつも、少しずつ元の生活ペースに戻ろうと、みんな必死です。
願わくば、しぼんだ風船をもう一度膨らませるように、再び世の中すべてが
心を温かく広げ、安心して暮らせる日々が戻ってきますように。





というわけで、西屋も14日からなんとか営業を再開することができました。
訪れるお客様にとって、温泉の癒しが今も昔も不変であることを信じ、
これからも頑張っていきたいと思います。



はな「あたいにも会いに来てカモ~ン★




今日の一枚

BRAHMS/Symphonie No.1

ベルリン・フィルハーモニー/クラウディオ・アバド(1990)


(↑サムネイルクリックで、Youtubeでのアバド版アルバムが
視聴できます。14:17頃から2楽章。)

ヨハネス・ブラームスが生涯に作曲した4つの交響曲の中でも特に
人気が高いといわれている、ブラームス渾身の大作です。
同国の大先輩ベートーベンの交響曲を目指して、20歳そこそこで原案を
書き始めから推敲&試行錯誤することなんと20年以上、43歳の時に
ようやく完成したそうな。
全体に聴きやすい展開で、下記の通り学生オケにもモテモテ(?)。
第一楽章はズンズン重たく始まりますが、最後は抜けるような明るさと
ハイテンポで高らかにフィニッシュ。
特に第二楽章のアンダンテがおススメ。長い冬(第一楽章)を経て
ようやく温かい春が訪れたような、優しく田園的な旋律が実にのどかに
心癒してくれます。ただし打楽器奏者(ティンパニ)は出番が2回しか
ないので、心地よさにつられて地味に寝落ち注意(←経験者)。
この曲(アマオケの皆さんの愛称はブラ1)は大学4年生の時に
オケサークルの定期演奏会で演奏しました。4楽章クライマックスの
コーダでテンポがずれて分からなくなり、本番なのに全員空中分解寸前に
なったのはいい思い出(笑)
紹介したアルバムはクラウディオ・アバド指揮による1990年版ですが、
他にもたくさん「名盤」とされる録音があるようです。

長い自粛生活が開けて、ようやく青空の下で胸いっぱい深呼吸。
そんなときにふと思い出してほしい名曲です。


2020.01.13

音のある生活 34 「一年のスタートは"荘厳"に。」


おそくなりすぎましたあけましておめでとうございます若女将です。
ひらがなズラッと並ぶとやたら読みにくい日本語マジック。



ご存じの通り、今年は脅威を感じるレベルと言っていい
異常な雪の少なさで幕を開けました。
沢が全面見渡せる三十三観音。信じられにゃー。

雪国住人としては除雪に悩まされないのが有難いところですが、
先々(特に今夏)水不足に影響するのではないかと
内心すごく心配してもいます。



例のごとく湯守しながら常に山の様子を注意深く見守っていますが、
(↑作業に欠かせない「鎌(!)」「温度計」「LED懐中電灯」と共に。)
ただでさえデリケートな冬の温度調整がいつになく難易度の高い
作業になり、実は裏山で一人四苦八苦しています。



↑三十三観音から引いてきた山水。この水ホースを左右に僅か2~3
センチずらすだけで…



↑同じく前後にほんの3~4センチ動かすだけで…



↑これでもかと湯滝の温度が激変します。
簡単なようだけどね、本当に難しいの。
勘と経験で温泉と水の流れや混ざり具合をある程度予測できるとはいえ、
ベストの状態に安定させるまで長いときは30分以上かかります。

こんな燃費悪い湯守を日々続けているせいでしょうか。
いつもの冬とまるで違う妙な気配が否が応でも伝わってきます。







↑今月3日に撮影した、長さ6~7センチに及ぶセレナイトのような
見事な霜柱。誰かさんの髪のツヤにもそっくりさん。
源泉が通るパイプと沢の間のわずかな隙間にだけ見られるレアもの。
この冬まだ一回しか遭遇していません。

ふつうこの時期ならもっと空気が冴えわたっていて、
森も山も人を寄せ付けないまるで結界のような雰囲気すら漂わせているのに、
少なくともここ西吾妻界隈は、大地も大気も芯がなく"緩んでいる"感じ。

なぜだろう?
…いや、自然に対して"何故"は愚問か。
ならば人間活動のせいか?
…否、地球環境は決して一枚岩じゃない。

こうも気候変動が予測不能になると色々と意見を言う人々が
湧いてきますが、これからの時代は目先に左右されず注意深く
慎重に歩まなければならない…強くそう感じます。
まず疑うべきは"思惑"そのものなのだ。

何かが変化しているのを感じた時、それは何故かと問い始めた時、
一歩踏み出す毎自分を決して見失わないように。
かといって、石橋を叩きすぎて本来渡るべき橋を自分からぶっ壊す
カッコ悪いオチは絶対踏まないよーに。

というわけで私、
今年一年は引き続き内省と学びの年にしたいと考えています。
ずっと昔取り組んで途中放ったまま長期間ブランクがあったもの、
いつかやりたいと思っていたこと、どこから手を付けたらいいのか
とりあえず時間との相談ですが、掃除のたびに新鮮な風を部屋に
取り込むがごとく、いつも心の窓を解放して、脳内すっきり状態を
キープしたいと考えています。





だらだらと前置き失礼しました。
今年一発目の紹介アルバムは幸先よくゴーカ?に行ってみよう。

"Back to Bach" (J.S.バッハ:「名オルガン作品集」)

Kei Koito(2019)


(残念オンライン視聴できるサンプル楽曲がない!)

日本ではあまり知られないないようですが、
本場ヨーロッパではその道のカリスマとも呼ばれている
世界的オルガン奏者:小糸恵さんのアルバム。
数百曲に及ぶバッハのオルガン作品から厳選した17曲が
収録されています。

パイプオルガン。言わずと知れた世界最強のアンチモバイル楽器。
ストップ(鍵盤の左右についているドアノブorもんじゃ焼きの
ヘラみたいな器具)を出し入れすることで、神々しくも
コケティッシュにも変化する魔法のような音色が昔から大好きで、
サイモン・プレストンやヘルムート・ヴァルヒャなどなど
名演奏家による主にバロック時代のオルガン曲を折に触れ
聴いていました。
その影響か、どちらかというと「(厳格な)宗教的」「男性的」
「機械のような正確さ」みたな印象の強かったバッハオルガン。

ところが小糸女史の演奏は、今まで聴いたどのタイプとも違う
独特のオーラを感じます。人間らしい柔らかさと同時に人間離れした
世界観が同居している…というか、
バッハその人があたかも作りたての音楽を弾いているような、
素晴らしく瑞々しいオーラ。
小糸さんご本人はバッハというよりグーニーズのフラッテリー・ママに
(かなり)似ている方なんですが(←なんつー失礼…)、
とにかくどの曲もしっとりと生命感あふれる素敵な響きなのです。
収録に選んだパイプオルガン(500年以上前に作られた
北ヨーロッパ最大級の名器)もさることながら、選曲の素晴らしさも
このアルバムの大きな魅力です。
1曲目のトッカータ、12曲目のタイトルからしてドツボな
「来たり給え、創造主なる聖霊よ」あたりおススメ。

目を閉じると浮かんできます。正装したネクロードがネクロノミコン
みたいなステンドグラスの地獄絵バックにゴシック豪華な
パイプオルガンを弾きこなす姿が。(ちょっと待てそれ吸血鬼でわ?!)
教会の神聖な楽器という立ち位置とは裏腹に、なぜか私の脳内では
世紀末メメントモリな方々がパイプオルガンを弾くというギャップ萌えが
発生してしまいます。ルシファー(元天使→堕天使→悪魔)繋がりかな?

ああ今年も一年こんなノリでいっちゃうのか私(いっちゃうんだけどね)。
こんな趣味だからしてパイプオルガン好きでもあるわけだが。
我ながら一体どこにストライクゾーンが付いてるのやら(笑)
ご安心ください、誰もフラッテリー・ママが悪魔だなんて言ってません
(↑分かってて自ら意味不明な墓穴を掘る)。

というわけで、この世界に悩めるすべての魂をも浄化するような
魅力的な名演奏(オチ!!)。今年一発目のおススメでした~!

2019.08.26

米沢のいい所あれこれ 【第26回:カフェ蓮桜(れんおう)】


こんにちは。
先週、不覚にも風邪でKOダウンしていた若女将です。

最後に熱を出したの、いつだったっけ?多分ブランク5年以上。
これまでの間、家族がインフルエンザで次々倒れようが
息子がマイコプラズマ肺炎で入院しようが、ネジ野郎バリバリ元気で
走り続けてこれたのに…不覚!!
最初は「やっちまった!が所詮はただの風邪だぐはは気合で治してやる(爆)」
つもりでした。ところが発症して3日経っても熱が下がらないどころか、
体温計が示したまさかの「39.8度」。初めて焦りました。

そうか、今年の夏は猛暑が直接身体に憑りつくタイプだったのか!!
(んなわけないだろ(笑))

話には聞いていましたが夏風邪は本当に曲者です。
いつもの“動いて治す”根性論が全く通用しません。
おとなしく医者に行き、処方された薬でよしんば熱が下がっても、
身体の中で何かが重力崩壊するごとくどんどん体力が奪われ続けていきます。
ひどい寝汗はかくし、しまいには浮腫みまできれいさっぱり干からびて、
それはもう干し芋のような貧弱な姿になりました(苦笑)

真夏日は脱したようですが、気温や天気が変わりやすく油断はできません。
皆さんもどうかご自愛ください。



さて、前回・前々回と連続で地獄のような音シリーズが続きましたので、
今日は癒し255%の素敵なカフェと音楽をご紹介しましょう。

米沢のいい所あれこれ第26回、上杉神社のお堀のすぐ近くにある、
カフェ蓮桜(れんおう)さんのご紹介です。



蓮桜さんはお堀の北側、米沢牛紀伊国屋さんから上杉神社駐車場へ
入った道を右に曲がった曲がり角にあります。
隣にはカイロプラクティックの施術室があって、お姉さんがカフェを、
妹さんがカイロ整体を営んでいらっしゃいます。
実は私、カイロ整体には長いことお世話になっておりまして、
整体の後にカフェにお邪魔するというなんとも贅沢なコースが、
ひそかな楽しみとなりつつあります。



お店の中はこぢんまりとしていながら開放感があり、
ユニークなテーブルや椅子の配置がリラックスした雰囲気を醸しています。





カフェのオーナーさんはアロマセラピーもされているので、
店内ではハイクオリティなアロマオイルやヒーリンググッズ、



ステキな服や雑貨なども売られていて、眺めているだけでも飽きません。

さぁいよいよメニューのご紹介よ。

私が好きなメニューは各種ハーブティー



こちら↑はフルーツガーデン
名前の通り、色とりどりのフルーツを思わせる華やかな香りが最後まで続き、
これ一つで優雅なひと時が楽しめます。



一方こちら↑はメディテーション…と、これまた大好きなスコーンのセット。
フルーツガーデンと色身はそっくりですが、メディテーション(=瞑想)には
ローズヒップ系の甘酸っぱい風味と共に、気持ちを落ち着かせる
カモミールが配合されています。香りに誘われるまま飲むうちに、
張り詰めた気持ちや落ち込んだ心がふわ~っとほぐれていくのがよく分かります。
ストレスの多い現代社会人にもぜひ試してもらいたいお茶です。
そしてスコーン!!
プレーン・紅茶・チーズの各フレーバーで、右から順にメープルバター・
自家製桃ジャム・クロテッドクリーム(※)が添えられています。
フレーバーの組み合わせは自由。プチサイズですが、もうこれが
たまらなく美味しいいい。こちらも大変おススメです!

※スコーンの本場:イギリスでのティータイムには欠かせないといわれている、
高脂肪乳を煮詰めて作ったクリーム。

今年の夏休み初日には子供たちにもリラックス気分を味わってもらおうと、
ちょっと背伸びカフェで蓮桜さんに連れてきました。

子供たちがこぞってオーダーしたのは厚切りトースト
以前このコラムでご紹介したことのある「愛とパン」の手作り食パンを
贅沢に厚切りし、カリッモチッの絶妙な食感にトーストした大満足プレート。



↑写真を撮る前に息子がうっかりバターを塗ってしまったので、
実に臨場感あふれるポートレートになってしまいました(爆)



こちらは夏にアイスで飲むのがひたすら美味しい、爽やかなはちみつゆず。
ステキな陶器の割り水までついて、のんびり味わえるのがうれしい。




そしてこちらは本格的な生クリームがどっしり乗った魅惑のチョコドリンク
トッピングの生クリームはアイスかと見違えるほどソリッドながら、
風味がギュッと詰まっていて本当に絶品(どうやって作ったの?!!)。
来店のたびにこれを注文する!というリピーターさんも多いとか。

どれも飲みごたえ食べごたえ抜群のサイズですよ。



さらに素晴らしいのは窓辺からのロケーション。
お店のあるお堀端は、季節になると一面のスイレンが美しく咲きそろいます。
7月後半~8月いっぱいくらいまでが丁度見頃です。
エメラルドグリーンの茂みから高貴に咲くスイレンを眺めながらの
ティータイムは極上の癒しです。上杉神社を散策した後にもGood!
ぜひ皆さんも一度いらして下さい~。


【珈琲・甘味 Cafe蓮桜】公式サイトはこちら
〒992-0052 山形県米沢市丸の内1-7-30 
電話 0238-24-8887
営業時間 10:00-19:00
駐車場 お店の前に数台分のスペースがありますが、上杉神社の駐車場も利用可。 
定休日 火曜日

※ 

さて、天国タイムその2。今日ご紹介するのは、
イタリアのピアニスト、ルドヴィゴ・エイナウディの名曲です。

1."Una mattina"

Ludovico Einaudi(2007)

現在イタリアの音楽大使も務めている、ピアニストにして名作曲家の
ルドヴィゴ・エイナウディ。映画のワンシーンを思わせるような情緒的な
旋律が印象的で、徐々に表情を変えながら心穏やかに奏でられるクラシカルな
ミニマルミュージックはまさに癒し。
そんなルドヴィゴ氏の代表作の一つがこのアルバムです。
特にNuvole bianche(邦訳:白い雲)がいい!
数年前にTSO Photography(公式サイト…Facebook)というノルウェーの
アーティストが“The Mountain"というタイトルのタイムプラス映像を発表しました。
そのBGMに採用されたのがこのNuvole bianche。これがもう鮮烈な美しさで、
以来すっかりルドヴィゴ氏の魅力にはまってしまいました。



(↑サムネイルをクリックするとvimeo公式サイトで"The Mountain"が視聴できます)

銀河を見つめながら、ゆっくり地球が自転しているのがよく分かります。
日頃のちっぽけな悩みなどたちまち消え去っていくような、雄大な時の流れ。
何気ない日常を音に表現したアルバムだけあって、どの曲もリラックスして
楽しむことができます。

2."Ludovico Einaudi Portrait"

Angele Dubeau & La PIETA (2015)

カナダ・モントリオール出身のバイオリニスト:アンジェル・ダオーと
オール女性の弦楽奏者グループ:ラ・ピエタによる、ルドヴィゴ・エイナウディの
ストリングアレンジアルバム。ルドヴィゴ氏の往年の名曲をチョイスしていますが、
どれも良アレンジ。特にI giorni(邦題:「光、溢れる日々」が素晴らしい。
深い悲しみも解けるように癒されていく…そんな光あふれる優しいピアノソロを、
これまた見事にストリングバージョンに昇華しています。
初めて聴いたのはアンジェル・ダオーのライブ版でしたが、かなり感動しました。

Youtubeで聴く"I giorni" by Angele Dubeauはこちら

落ち込んだりして元気がどうしても出ないとき、好きな飲み物を飲みながら
聴いてみるといいですよ。

今日はあまり能書き(?)は書きませんでした。
ぜひ皆さんも、好きな1曲を見つけてみてください。

2019.04.20

音のある生活 24 「The 日本 ③」



こんにちは。絶賛花粉症の若女将です。
お日さまぽかぽかの三十三観音では、抹茶色の杉花粉が
うねるように飛び交っています。目と鼻と喉に痛恨の一撃!
白布よいとこ、春だけアウェー。取り囲まれても心配ご無用。
薬を飲んで完全武装だ!

(話が飛びます飛びます♪)
つい最近不思議な夢を見ました。
現代から1億経った未来の西吾妻山の景色でした。なぜか1億年先。
ニック・レーンの本を読んでから横になったせいかな?
人工物や天変地異の残痕がそこかしこに散らばっているのかと思ったら、
そうでもありませんでした。




それは雲ひとつなく、
今より遥かに濃い青空の彼方で太陽が燦然と輝いている穏やかな景色でした。
スキー場はなくなり、温泉も見えなくなっていて、山の全てが深い緑に
覆われていました。文明の名残は跡形もありません。
残念ながら人類は既に絶滅しているようです。
しかし大地からは強い未知の生命の気配が感じられました(夢の話だよ!)。




それらを強く、希望に満ちた意識全体で感じ取っているという夢。

目が覚めてからしばらくの間は、どっちが夢なのか分からないくらい
本当にリアルでした(↑の写真はイメージです。近所の写真を加工)。

今のところ、50億年~百億年単位の未来は天文学的にもかなり具体的な
筋道が予測されていますが、恐竜の時代から見た現代、くらいの微妙な期間
となると、私含めていまいちピンとこない人の方が多いと思います。
10年先も予想できない今の世の中、明らかに自分がこの世にいない
1億年後なんて興味すら湧かないのは当然のことです。
ほぼ確実に言えるのは、環境依存度の高い人間は須らく滅びているだろう
ということ。これまでの地球史を鑑みるに、1億年の間に一度は隕石衝突なり
大規模気候変動なり起きても確率的におかしくありません。
それらにことごとく耐え長い期間繁栄を保てるのは、環境変化の緩やかな
深海の生物か、地中に生活圏を持つ微生物くらいでしょうから。




はな「そうか…にゃんこも1億年は無理ぽいニャ…ZZZ」

とまぁ、やたら無意味に思える1億年後の未来ですが、
今と同じような青空があって(つまり大気構成は殆ど変わっていない)、
緑があって(人類による砂漠化や環境破壊は未来に影響を残さず自然回復したようだ)、
新たな生き物の繁栄の時代が訪れているらしいことが判明して、
私は妙に明るい気持ちになって目が覚めましたYo!というお話でした。

遺伝子は逃れようのない死をコードしていますが、その遺伝子を
構成している原子そのものは、太陽の先祖ともいえるどこかの恒星の
炉の中で生れ、何十億年も巡り巡って取り込まれたもの。
それ自体のバランスが崩れない限り、この先も世代を超えて受け継がれて
いくでしょう。ある意味私達は肉体が滅んでも“(ほぼ)未来永劫生き続ける”
わけです。行き先、取る形が何であれ。
夢オチなのに変に納得できちゃったのは、その辺ぼんやりと理解していたおかげ
なのかも。すみません。相変わらず訳のわからない独り言でした。
最近しょっちゅうこんなことばかり考えています。
memento mori, carpe diem.



さて、「The 日本」シリーズ最終回となりました。
今日ご紹介するのはこちら。

伊福部昭 「シンフォニア・タプカーラ」2-Adagio

(演奏者は違いますが、Youtubeでの試聴はこちら。)

ゴジラのテーマ曲!
といえばその名を知らぬ人はいないほど有名な伊福部昭さん。
そんな彼の初期の傑作が:シンフォニア・タプカーラです。
タプカーラというのはアイヌ語で「立って踊る」という意味です。
北海道出身の伊福部さんは、幼少期に住んだ北海道の地やアイヌの人々の
文化に思いを寄せてこの曲を作曲したのだそう。
民族の違いはあるものの、心同じくする日本という広い意味でチョイスしました。
独特のリズムと旋律のある舞曲風で、終曲は大団円のように華やかです。
個人的には2曲目のアダージョがイチオシ。
ハープと弦楽器の静かな伴奏で始まる夜明けのような情景で、手つかずの
自然が広がる北海道、はたまた日本のどこかの山野が脳裏に思い浮かびます。
歴代の大怪獣映画のサントラ、ヤシモリ作戦の場面で再び脚光を浴びた
「宇宙大戦争」のメインテーマなど、日本のSF界のミュージックシーンを
長年牽引してきた氏ですが、日本狂詩曲や二十五弦筝の為の幽玄なソロ曲など、
記憶の底にある日本人の魂を揺さぶる荘厳で素晴らしい曲も数えきれないほど
世に送り出しています。
タプカーラのアダージョが奏でる、どこか悲しげであり優しい牧歌的な響きは、
まだ人が誕生する前の時代、はたまた夢に見たはるか未来の、
誰かがそこで平和に暮らしているであろう大地の、
静かな命の讃歌のようでもあります。

もうすぐ日本は新しい時代を迎えます。
人が聡明に今を歩み、この国に留まらず、世界中が末永く穏やかで、
命が巡りあふれる星であり続けることを願っています。

2019.04.05

音のある生活 23 「The 日本 ②」


こんにちは。
チコちゃんの何がいいのか未だによく分からない若女将です。
(つまりはアダルトチルドレン(ど死語!)?)

新年度に入り、いよいよ次の時代の年号も発表されましたね。
どんな世の中になるんだろう。
私の身の回りでは、子供達の通う小学校の廃校決定、市内唯一の
デパートの閉店決定(8月)と、前へ進むごとに環境が大きく変わってゆく
(しかも失われるパターンが多い)宿命が意外と多く存在します。

終わらないと思っていたものが終わり、
在り続けると思っていたものがなくなり、
当たり前が当たり前でなくなり…まさに諸行無常。

かたや時節は春。
去年と同じ場所で、同じようにスイセンが芽吹こうとしています。



自然はこんなにも循環できているというのに、
人の世はまこと右から左へ流れ去る一方ですな…。
尤もこの世に永遠は存在しないので、ある意味それは仕方がない。
執着を捨てて今を生きることが悟りへの道だと二千年以上も昔にお釈迦様も
説いたわけです。求めるものは少なくあれ。林の中の象のように。

それにしてもここ最近のニュースで一番衝撃だったのは、先日新聞の一面に
載っていた「児童虐待の通告件数8万人突破」の文字。
明るみに出たケースしかカウントしていないわけだから、残念ながら
この数は氷山の一角でしょう。とはいえ何なんだこの異常な数は?
8万人といったら、米沢市の人口に匹敵する数じゃないか。
相当な異常事態だと思うのですが、皆さんはこのニュースを知って
どう感じただろうか。

有史以来、人間は大義名分にかこつけて戦争だ侵略だと
無関係な大多数の他者を巻きこんでやりたい放題地上で暴れてきた、
色々な意味で罪深い生き物ではあります。
しかし一方で深遠な思想や芸術、宇宙の果てまで見通さんとする
素晴らしい学問や科学技術を数えきれないほど生み出してもきました。
その知的探究心さえあればもっと潔く歴史に学んで、上記の象とまでは
いかずとも、もう少し今を穏やかに生きることができるはずなのに。
なぜそうならない?
言うまでもないが虐待なんてものは問題外。
種の保存の為に、征服した群れの子供を殺すという類人猿の例外は
あるにせよ、まだ非力な子、まして自分の子供は本能的に命に代えても
守りぬくのが親のあるべき姿。異論はあるまい。
四足の動物や鳥ですら、そうやって厳しい弱肉強食を生き抜いているのに。
言葉はきついけれど、その本能さえ忘れ去ってしまった人間はもはや
哺乳類のはるか以前に退化してしまった(自分で産んだ子を自分の子と
認識できずに“共食い”する魚類とか昆虫類クラス)としか思えないのです。
いっそヒト属じゃない別のカテゴリに分けてくれ。
雑学なんぞよりそれこそチコちゃん得意の喝入れるところじゃろう!と
私は声を大にしてツッコみたい(そんな私が実に毒舌)。



というわけで完全におまけポジションに追いやられてしまった
The 日本 ②」。クールダウンしましょう(自分が)。
今日はこちらの紹介です。

冨田勲 「新日本紀行テーマ曲」

(↑画像をクリックするとYoutubeにリンクします。)

高度経済成長期に湧いていた当時、失われつつある日本の原風景を
追い続けたNHKの番組(昭和38年~昭和57年放送)の印象的なテーマ曲。

リアルタイムで番組を観たことはないものの、途中で挿入されている
祭りの笛のモチーフを聴くと、実家近くの神社の夏越祭や花火大会を
思い出します。そういえば縁日やお祭りを長い間見ていないなぁ…
(遠いし旅館の繁忙期とかぶるしetc…)。
聴く人によって思い浮かぶ情景も様々だと思いますが、
不思議と懐かしい気持ちになれます。
日本のどこかの、まだ穏やかな時間が流れていたあの頃。
西屋はそういう時間を大切に守っていきたいと思っていますが、
最近私個人余裕がなくていかん。

ふと、心の中をリセットする時に聴きたくなる名曲です。

2019.03.29

音のある生活 22 「The 日本 ①」


こんにちは。
一度でいいからネイルに挑戦してみたい!とひそかに憧れている若女将です。

この間初めてIKEA(仙台)に行ってきました。
ショールームはひたすら広く、ところどころに隠し扉のような近道まで
あったりして、なんとまぁダイアゴン横丁ファンタスティックな店内。
一方の1階は半分倉庫のようになっていて、どことなくコストコに似た感じです。
スケールの大きさとインテリアデザインの素晴らしさは流石であらしゃる。
ライフスタイルや好みのパターンに合わせた魅力的な家具調度・
モデルルームはどれも参考になるものばかりで、足を運ぶたびに
新しい発見に巡り合えそう。米沢くんだりから行くには実に
(インテリアに興味のないおとっつぁんには苦痛かもしれない!)
一日コースですが、ぜひまた行きたいお店だと思いました。
(ちょっと待てこれじゃいい所シリーズの〆みたいだ(笑))




今日は(も)マニア炸裂の音のある生活シリーズです。
「The 日本」と題しまして、古き良き時代にタイムスリップできそうな
名曲をシリーズでいくつか紹介してまいりたいと思います。

①回目はこちら↓

古関裕而 NHKラジオ第1「ひるのいこい」テーマ曲

(↑画像をクリックするとYoutubeへリンク!)

日本のスーザと讃えられ、いつまでも耳に残る勇壮な行進曲を
数多く残した他、抒情あふれる「君の名は」から「モスラの歌」!!
まで幅広く手掛けた20世紀日本音楽史の大御所の一人:古関裕而氏。
来年4月からスタートするNHK朝の連ドラ「エール」は彼と金子夫人が
モデルになるということで、今たいへん話題にもなっている方です。
「ひるのいこい」は、1952年の放送開始から70年近く経った今も続いている
NHKラジオ屈指の長寿番組。
日本各地の季節の便りや話題などを紹介する文字通り“憩い”の番組です。

何それ初めて知ったよ!というそこのあなた。とにかく聴いてみて下さいな↑。



いいでしょうこのテーマ曲!西屋っぽいと思いませんか(笑)?
どこか懐かしく、雄大でのどかな故郷の風景を思い起こさせるような、
温かい曲だと思いませんか?
私にとって古関裕而といえば、「六甲おろし」でも「栄冠は君に輝く」でもなく、
この「ひるのいこい」なんです。そして思い出すのが岩手山(故郷じゃない(爆))。
盛岡でOLをしていた独身時代、昼休みに必ずこの番組を聴いていました。
優雅にそびえる岩手山のシルエットを仰ぎながら、ラジオから届けられる
まだ見ぬ土地の情景に思いを馳せたものでした。

番組内のBGMも多分同氏の作曲だったと記憶しています。
こちらもとてもいい曲なので、ぜひNHKラジオ第1の番組アーカイブサイト
お楽しみくださいませ。

2018.12.23

音のある生活 16 「マタイ受難曲」


こんにちは。
いなばのタイカレー缶(特にグリーン!)大好き若女将です。

もうすぐもみの木じんぐるべぇーですね(笑)。
実際は旅館に(自分が!)缶詰の日々、とてもクリスマス&
年越し気分じゃないんですが、たまに出かけた道すがら
軒先に飾られたイルミネーションを見つけたり、
お店で流れるクリスマスソングを聴いたりすると
「ああ…一年が終わるなぁ」とぼんやり感じたりします。

そういえば我が家の朝のBGMも、冬らしいヒーリングから
最近は宗教曲メインにシフト中。
音楽のあるところ時の流れあり、喜怒哀楽あり。
美味しいお茶と音楽(そして時間…)があれば私は何も望みません。
どうか来年もいい年になりますように…。



さて、今日はクリスマスに因んだお薦めのアルバムをご紹介します。


Johann Sebastian Bach " St. Matthew Passion"(1736)(1958)
(リンク先はAmazonです。ジャケットはApple Music版)

ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「マタイ受難曲」。
音楽の授業で名前は耳にしたことがあるかと思います。
新約聖書の「マタイの福音書」からキリストの受難を描いたもので、
生涯に1000曲以上もの作曲を手掛けたバッハの最高傑作とも、
オラトリオの頂点ともいわれています(まぁ、意味は同じか…)
総演奏時間は約3時間(演奏者によっては2時間半位)、
奏者もオーケストラにパイプオルガン、合唱にソリスト群
(ソプラノやテノール等の歌い手)と作曲当時としては割と大編成で、
原典版のほか、作曲からおよそ100年後の復活演奏によって
バッハの再評価につなげたメンテルスゾーン版が有名です。

こちらのカール・リヒター指揮、ミュンヘンフィル演奏1958年版は、
数あるマタイ録音演奏の中でも歴史的名盤とされています。

実際聴いてみると…けっこうピッチ(音高)が高め。
個人的に442Hz~くらいに感じます。
現代ではバロック音楽の演奏ピッチはけっこう低めに抑えるのが
主流らしいのですが、当時の流行り?

でもこれがいい!

テーマが”キリストの受難”だけあって、十字架を背負いVia Dorolosaを
歩む姿が目に浮かぶ1曲目から既に鳥肌もの。
それでいて重苦しさは感じません。
ソリストの感情移入も素晴らしく、全体的にとてもドラマチックです。
オペラを聴いているような錯覚さえ覚えます。

Apple MusicでDLできるのはもちろん、Amazonで試聴もできます。
気になる方はぜひ。

とりあえず1曲目、31曲目、41曲目、47曲目、63曲目あたり。

2017.08.02

音のある生活 1 「クラシック音楽」



前回のコラムで「好きな音楽について」さわりだけ書き出しましたが…
実はさわりの段階で、「参った、どうやってまとめよう・・」と頭を抱えていました。

なぜなら、私の好きな音楽のジャンルがあまりにも幅広く
なかなか一口でまとめることができないからです。
またまた連載?!

というわけで、新シリーズ「音のある生活」


ジャンル別にお届けしていこうと思います。
今日はイントロ&クラシック音楽から。

(かなり長文です!)
1.レコードから部活まで
そもそも私が音楽の魅力にはまりだしたのは小学生のころ、
当時実家にあった両親のレコードがその出発点でした。
クラシック名曲集、ハリウッド映画のサントラ、ポールモーリア、二ール・ダイアモンド…
映画サントラはチャップリンからジェームス・ボンドくらいまでのシリーズ。
(年代が…(笑))

未だにその多くの曲を覚えているのだから、印象は強かったのだと思います。
ピアノも習っていたことから、中学校での部活は吹奏楽部に一直線。
練習に励む傍ら、次第にクラシックの深みにはまっていきました。
さらに大学では学業の傍ら管弦楽サークルに所属していました。
自他共に認めるオケオタクの濃ゆい先輩方に出会い、夜通しの名演奏観賞会に
鬼のような指導(パートは打楽器)、涙と感動の演奏会、
果ては知られざるコンサートホールの舞台裏話まで…(笑)
今思えば要らん知識も混ざっていたような…(笑)
ともあれ当時は、仲間たちと青春を分かち合いつつ、当時は古今の作曲家たちの名曲を
競い合うように聴きまくっていました。
ただ聴くだけでなく、演奏する側から見聞を広め、耳を鍛えられたのは貴重な経験でした。
さらに、いろんな管弦楽器に身近に触れる機会にも恵まれたためか、
異国情緒あふれる民族楽器の音色や歌い回しも大好きになりました。
イスラエルのヴード、アイリッシュハープ、ガムランなどの神秘的で透き通るような音。
そして様々な言語で歌いあげられる古の叙事詩…
一般に「ワールドミュージック」と呼ばれるこれらのジャンルを含めると、
旧約聖書(例:ユダヤ系の皆さんのシナゴーグ音楽・古文書から復活した古代ギリシャの竪琴)
の時代から20世紀末~21世紀の現代音楽(例:武満徹、ラウタヴァーラ、オラ・イェイロ)
まで幅広くカバーしていることになります。
結論を申し上げましょう。
マニアです(笑)




2.30秒でピックアップした個人的に好みのクラシック名盤


そんな私が好きなクラシックの中から、特に好きな曲(の一部)をいくつか挙げてみます。
① モーリス・ラヴェル バレエ「ダフニスとクロエ」


「音の魔術師」の異名を持つモーリス・ラヴェルのバレエ曲。
第2部が有名ですが、個人的には第1部、特に序曲が好きです。
弦楽器とTimpaniによるpppのA音から始まる静謐な調べに、ハープや木管楽器が
幻想的な旋律を重ねてくるだけでもう鳥肌が立つほど神秘的。舞台は森ですが、
森どころか宇宙に行ける(かもしれない)。
10分未満の序曲だけで、全曲中の殆どの登場人物のモチーフが表わされています。
すべての楽器がffになり、高らかに夜明けを歌いあげても全く透明感を失わない
和音の美しさは、さすがラヴェルといったところ。
上品でストーリー性のあるバレエ曲ですので、全体に聴きやすいと思います。
※ジャケットはサイモン・ラトル指揮、バーミンガム市響演奏のもの。



2 O.レスピーギ 主題と変奏「第12施法によるメタモルフォーゼ」



ローマ三部作(・噴水・祭り)やバレエ曲「シバの女王ベルキス」が有名ですが、
敢えてこの「変容」を紹介します。同じフレーズを異なる楽器や表現で演奏し、
曲と曲の間に切れ目を持たせない変奏曲。最後はパイプオルガンまで登場し、
カッコよく〆。
これが不思議と聴き飽きず、イメージとしてはどこか古代の都の王家の栄枯盛衰を
タイムプラスで見ているような感じです。ポジションは王女様(?)。
特に9曲目「レント・ノン・トロッポ」からの厳かな雰囲気から終曲に向かう上昇気流のような
流れが特に好きです。隠れた名曲です。もし興味がある方はぜひ聴いてみて下さい。
※ジャケットはG.サイモン指揮、フィルハーモニア管弦楽団演奏の1985年版。
ベルキスと一緒に収録されたCDは珍しく、個人的にもお気に入りの一枚。
("密林"で買えます!)



3 L.H.ベルリオーズ 「幻想交響曲」



当時27歳のベルリオーズが最初に作曲した交響曲で、彼の作品の中でも特に有名な大曲です。
クラシックにあまり詳しくない人でも名前や曲のさわりは知っているのではないかと思います。
曲調は、かのバーンスタイン曰く「サイケデリック」。失恋したヤケクソでアヘンを吸いながら
作ったというのだから、すっ飛んだ題名通りそれぞれの場面がリアリティに描かれています。
第2章冒頭の美しいワルツもどこか千鳥足リズム。第3楽章ではのどかな田園風景のなか
牧歌が流れていたと思いきや、地の底から湧きあがる不安と共に雷の音が不気味に鳴りだし、
(中略)第4楽章でファンファーレが鳴り響く中、夢の断頭台で拍手喝采の(?)死刑を
食らったのち、最終章のサバトで悪魔と大団円に至るというかなりカオスな展開。

編成も大規模で、とてもベートーベンとほぼ同時期に生きていた人の作品だと思えません。
打楽器奏者が4人、おもむろに並んで一人1台Timpaniをドロドロ叩く雷のモチーフは
なかなかシュール。他にもハープは4台必要とかカリヨン(教会の鐘のような形をした
打楽器)を2台楽団もエキストラ奏者だの楽器集めだの大変だと思いますが、
ぜひ生演奏で観てほしいところ。
※ジャケットは小澤征爾指揮、サイトウキネンオーケストラ演奏の2014年ライブ版です。
(鬼気迫る小澤さんがまさにサバト…なんて思っては決していけません(笑))


4 E.ラウタヴァーラ 交響曲第7番「光の天使」 & 「天使たちと訪れ」



2016年7月に87歳で亡くなったフィンランドの国民的作曲家、ラウタヴァーラの代表作。
アカデミーで教鞭をとる傍ら多くの曲を作曲し、特に上記の「光の天使」はグラミー賞に
ノミネートされたことで話題になりました。特に後年の作品には“天使”と名のつく名曲が多く、
透明な宇宙を思わせる神秘的な旋律は、彼自身の幼少期の体験にルーツがあるようです
(アルバムのライナーノーツでそのことが触れられています)。
同じく「天使たちと訪れ」。英語でのタイトルは「Engels and Visitations」
実は私、この曲の日本初演の聴衆の一人です。東京オペラシティのタケミツメモリアルでした。
指揮はミッコ・フランク、演奏はバンベルク響でした。
彼の描く「天使」は、どうも人々の願いに耳を傾ける身近なタイプではなく
より高次元の、善悪を超越した「神霊的存在」といった感じです。
その印象は「天使たちと訪れ」の方が強いかも。
途中、オルゴールのような美しい旋律が異なる楽器によるアンサンブルで演奏されますが、
その後の展開が破壊者的で、最後の審判か何かのような激しさも垣間見えます。
神聖でありながら厳かな狂気をはらんだ旋律は、もはや異次元的な美しさ。
※ジャケットはハンヌ・コイヴラ指揮、ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団演奏(2003年)。
もはやこのCDの紹介と化していますが、天使好きにお勧めの1枚。
ナクソスGJ。


5 黛敏郎 「涅槃」交響曲



もはやタイトルがすべてを物語っています。
芥川也寸志、武満徹とならび日本を代表する現代音楽の生みの親、黛敏郎氏の作曲。
管弦楽曲と天台宗の声明(男声合唱で表現)を合わせ、生きとし生けるものが
永遠の涅槃に至る様を作曲した全6楽章にわたる交響曲です。

梵鐘の音はバンダ(本来オーケストラは舞台上で演奏しますが、音楽表現上舞台裏や
客席側(!)で演奏する小楽団)を駆使して再現しており、コンサート向けの大編成。

(ちなみにバンダ編成を必要とする曲は上記の「ダフニスとクロエ」「シバの女王ベルキス」
「幻想交響曲」ほか、有名どころではホルストの「惑星(海王星で加わる女声コーラスが
舞台裏に立つ)」、ワーグナーのオペラいろいろ…)

一般的に生身で「死んだことのある人」はいないわけですから、涅槃は
生きとし生けるものにとって“未知”そのものです。
涅槃交響曲も全体に暗いのですが、ただ真っ暗な涅槃に落ちていく、みたいな
絶望的な感じではありません。人知を超えたものへの畏れを正直に不協和音であらわしつつ、
極楽浄土を願う声明を今わの際まで唱え続ける。
そんな印象の流れで、とても人間らしい心理表現だと個人的には思っています。
やがて「全寺の梵鐘が鳴り響く」中、虚空の彼方の涅槃に至った先には無音の闇ではなく、
永遠の安息が待っている…。
ラストでは、この世の苦しみをすべて浄化するような荘厳な響きが待っています。

「死」って何だろう?とふと哲学したくなったとき、
この曲は何かヒントを与えてくれるかもしれません。

※ジャケットは岩城宏之指揮、東京都交響楽団・東京混声合唱団演奏(1995年)。
晩年の黛敏郎氏自ら監修に当たった貴重な録音です。
C.Wの天台宗声明は、薬師寺の現役住職さん達の演奏(?)。
いつものお寺のお経のイメージが180度変わるパワフルな内容です。
オススメです。



結局、どこかタイプが似通ったアルバムばかり挙げてしまいましたが…
せっかく紹介するならメジャーどころを外そう!
というコンセプトでしたので、まあまぁ狙い通り?!

とはいえ、クラシックに関してはあまりえり好みはしません。
合唱曲も好きなので、メサイアやレクイエムなどもよく聴いています。
他にもマーラーやストラヴィンスキー、ハイドンやモーツァルト、ドビュッシーにバルトークなどなど
挙げたらキリがありません。

クラシック音楽は、同じ曲でも演奏者によってだいぶ印象が変わるので、
聴く人によって好みも分かれるところ。今回は私が所有しているアルバムを
紹介しましたが、他にも隠れた名盤がいっぱいあるはずです。クラシックの魅力は
尽きません。皆さんもぜひ、お休みのひとときにお気に入りのクラシックを見つけて
みてください。
次回はワールド・ミュージックです。
いざ、紀元前へタイムスリップ!!

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