若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将のかなりマイペースなコラムです。
内容はすっ飛んでいます(というかほぼ西屋に関係ない話題ばかり)。ぜひ楽しんで下さいませ。

若女将コラム

好きな音楽のこと ~クラシック音楽~

2020.05.17

音のある生活 39 「新緑のAndante」




こんにちは。

伍番街のマ…七番街の若女将です。
23年ぶりにピザも蜜蜂も大きくなって帰ってきました(何を言ってるn(略))。

久しぶりの更新です。
書きたいことは沢山あったものの、休業中はさすがにはばかられました。

そもそも休業要請が出る前から、消費税UPやら暖冬やらと暗雲が垂れ込めていた
昨今の観光業界。そして最後にやってきたのが、思いがけない
毎日が日曜日(まるでいい意味ではないが…)」の1か月という…。

我々観光業の人間がGWまるっきりお休みなんて前代未聞です。
泣いても笑ってもどうにもならないので、ステイホーム中は子供達と一緒に
「今までできなかったことをしよう」をマイスローガンに掲げ、
(その本当の理由は下記にて。)
ささやかな仕事の傍ら



レンバス作ったり(「指輪物語」に出てきたエルフの携帯食(らしきもの?))



カレーパン作ったりしていました(しずくちゃんの絵本を参考に)。

特に、着物のメンテナンス(季節の入れ替え&襦袢作り&作り帯作り)
があれこれできたのは個人的に嬉しかったな。
ただいじるだけでなく、前よりさらに日常着らしくしようと着方を
工夫しながら何度か練習もしていました。その結果、見事「補正ゼロ」
「帯板不要」「衿芯ナシ」「着物の堅苦しさ完全無視」をクリア(?!)。
不定期ながら着物生活も復活させることができました。
着物は、母譲りの大事なアイデンティティ。
末永く自分らしさを保ち、お客様が求める鄙びた宿のイメージを大事に
守りたいと考えた時、やっぱり着物はマストアイテムだと再認識した次第です。
だいたい持っている着物の数があまりに多すぎて洗い(虫干しし)きれない…。
いっそ着ながら空気を入れてやろうという狙いもありますです。

他にも、
運動不足解消のため東屋さん中屋さんの子供達も一緒に白布大滝に行ったり



遊歩道を散策したりしました。



↑遊歩道の途中にある展望台からは飯豊連峰がくっきり!

春休みと重なる時期だったとはいえ、2か月半以上友達と一切会えない
休校期間はさぞストレスだったと思います。そんな子供達にとって、
雄大な自然に囲まれた白布界隈のミニ探検はたのしい遠足気分だったろう。





↑雪の重みで根本が斜面に沿って曲がった森の木々。遊歩道にて撮影。
ね、本当に「ロード・オブ・ザ・リング」の一場面みたいでしょ?

こんな感じで、休業中まともに山を下りたのは片手で数えられる回数程度。
不便だけど、こういうとき山に住んでいてよかったと改めて思うのでした。



(5月3日撮影。)

気が付けばすっかり日が長くなり、あたりは新緑に包まれています。

昼はエゾハルゼミが、夜はトラツグミ(鵺鳥)が、森の奥から
その不思議な鳴き声を聞かせるようになってきました。



霧の朝、晴れ時々通り雨、そして満天の夜空…
音もなく、流れるようにその位置を変えていく星々。
人間世界の混乱をよそに、自然はありのままに時を刻んでいます。

白布にずっといると、人という単位の小ささも相まって
本当に時間の経つのを忘れそう。先日のとある取材の折に
「見慣れた景色なのに違う世界にいるみたいだ」と話しましたが、
休業が明けた今でも時々、ふっとそんな気分になるときがあります。

コロナによって、我らを取り巻く環境は一変しました。


(人ひとり通らない白布温泉街。5月3日撮影。)

新型コロナウイルス…どこぞから降ってわいてきたミクロの物体
(ウィルスはその構造上非生物と言われている)。
目に見えないこいつのせいで世界各地の人々の命が奪われ、
とてつもない大勢の人々の仕事が奪われ、結果経済は急速に悪化し、
社会全体の価値観から人の動き方そのものまで変わってしまいました。
コロナの感染力を侮ってはいけないのはもちろんですが、個人的には、
今回のコロナ禍はインフォデミックこそが諸悪の根源と考えています。
人間に突如襲い掛かった"未知への恐怖"に対して、すっかり便利になった
ネット社会が仇となり、正しい呼びかけから根拠のないデマから
果ては混乱に便乗した扇動に至るまで、無秩序な嵐が防波堤のない岸辺に
押し寄せるがごとく、毎日テレビもラジオもネットもどこもかしこも
コロナ一色。いいニュースなんてどこにもなく、夢や希望がなくなる
わけです。それどころか、判断力や自主性まで奪われるあまり
とうとう自粛警察なんていう妙な副産物まで出てくる始末。
なにが警察だ。

プレジデント神羅「正義の執行者気取りはさぞ楽しかろう。」
↑若山弦蔵さんの渋い声でこのセリフは威力抜群でした。

旅館業や飲食業は、まだコロナがそれほど国内に蔓延していなかった
2月からインバウンドを中心に猛攻直撃を食らっていました。
相変わらずこのコラムでは余裕ぶっかましたようなことを書いていますが、
決して中身は余裕じゃありません。仲間の旅館の多くも共に営業を再開
しましたが、以前の客足が戻るまでにはまだまだ長い道程が覚悟されます。
正直、私達もどこまで耐えられるか分からない。
でも、旅館業は本来訪れるお客様に癒しと安らぎを提供するのが仕事です。
その私達が不安や悲観に打ち負けてオドオドしていたら、
お客様を温かくお迎えすることなんてできません。
だから休業中も前向きな気持ちを決して無くさないように、
子供達や家族から笑顔が消えないように、自分から積極的に自転して
「今やりたいこと」「今しかできないこと」を思い切り楽むぞ!
と言い聞かせていました。
だいたいこんなチャンスはきっとこの先当分ないだろうから、
いろんな意味で後から後悔することがないように、
そして同時に、いつか訪れるであろう明るい未来をひたすら信じて、
この約ひと月を過ごしてきました。

いよいよ休業要請や緊急事態宣言が徐々に解かれ、今までとは違う注意を
十分に払いつつも、少しずつ元の生活ペースに戻ろうと、みんな必死です。
願わくば、しぼんだ風船をもう一度膨らませるように、再び世の中すべてが
心を温かく広げ、安心して暮らせる日々が戻ってきますように。





というわけで、西屋も14日からなんとか営業を再開することができました。
訪れるお客様にとって、温泉の癒しが今も昔も不変であることを信じ、
これからも頑張っていきたいと思います。



はな「あたいにも会いに来てカモ~ン★




今日の一枚

BRAHMS/Symphonie No.1

ベルリン・フィルハーモニー/クラウディオ・アバド(1990)


(↑サムネイルクリックで、Youtubeでのアバド版アルバムが
視聴できます。14:17頃から2楽章。)

ヨハネス・ブラームスが生涯に作曲した4つの交響曲の中でも特に
人気が高いといわれている、ブラームス渾身の大作です。
同国の大先輩ベートーベンの交響曲を目指して、20歳そこそこで原案を
書き始めから推敲&試行錯誤することなんと20年以上、43歳の時に
ようやく完成したそうな。
全体に聴きやすい展開で、下記の通り学生オケにもモテモテ(?)。
第一楽章はズンズン重たく始まりますが、最後は抜けるような明るさと
ハイテンポで高らかにフィニッシュ。
特に第二楽章のアンダンテがおススメ。長い冬(第一楽章)を経て
ようやく温かい春が訪れたような、優しく田園的な旋律が実にのどかに
心癒してくれます。ただし打楽器奏者(ティンパニ)は出番が2回しか
ないので、心地よさにつられて地味に寝落ち注意(←経験者)。
この曲(アマオケの皆さんの愛称はブラ1)は大学4年生の時に
オケサークルの定期演奏会で演奏しました。4楽章クライマックスの
コーダでテンポがずれて分からなくなり、本番なのに全員空中分解寸前に
なったのはいい思い出(笑)
紹介したアルバムはクラウディオ・アバド指揮による1990年版ですが、
他にもたくさん「名盤」とされる録音があるようです。

長い自粛生活が開けて、ようやく青空の下で胸いっぱい深呼吸。
そんなときにふと思い出してほしい名曲です。


2020.01.13

音のある生活 34 「一年のスタートは"荘厳"に。」


おそくなりすぎましたあけましておめでとうございます若女将です。
ひらがなズラッと並ぶとやたら読みにくい日本語マジック。



ご存じの通り、今年は脅威を感じるレベルと言っていい
異常な雪の少なさで幕を開けました。
沢が全面見渡せる三十三観音。信じられにゃー。

雪国住人としては除雪に悩まされないのが有難いところですが、
先々(特に今夏)水不足に影響するのではないかと
内心すごく心配してもいます。



例のごとく湯守しながら常に山の様子を注意深く見守っていますが、
(↑作業に欠かせない「鎌(!)」「温度計」「LED懐中電灯」と共に。)
ただでさえデリケートな冬の温度調整がいつになく難易度の高い
作業になり、実は裏山で一人四苦八苦しています。



↑三十三観音から引いてきた山水。この水ホースを左右に僅か2~3
センチずらすだけで…



↑同じく前後にほんの3~4センチ動かすだけで…



↑これでもかと湯滝の温度が激変します。
簡単なようだけどね、本当に難しいの。
勘と経験で温泉と水の流れや混ざり具合をある程度予測できるとはいえ、
ベストの状態に安定させるまで長いときは30分以上かかります。

こんな燃費悪い湯守を日々続けているせいでしょうか。
いつもの冬とまるで違う妙な気配が否が応でも伝わってきます。







↑今月3日に撮影した、長さ6~7センチに及ぶセレナイトのような
見事な霜柱。誰かさんの髪のツヤにもそっくりさん。
源泉が通るパイプと沢の間のわずかな隙間にだけ見られるレアもの。
この冬まだ一回しか遭遇していません。

ふつうこの時期ならもっと空気が冴えわたっていて、
森も山も人を寄せ付けないまるで結界のような雰囲気すら漂わせているのに、
少なくともここ西吾妻界隈は、大地も大気も芯がなく"緩んでいる"感じ。

なぜだろう?
…いや、自然に対して"何故"は愚問か。
ならば人間活動のせいか?
…否、地球環境は決して一枚岩じゃない。

こうも気候変動が予測不能になると色々と意見を言う人々が
湧いてきますが、これからの時代は目先に左右されず注意深く
慎重に歩まなければならない…強くそう感じます。
まず疑うべきは"思惑"そのものなのだ。

何かが変化しているのを感じた時、それは何故かと問い始めた時、
一歩踏み出す毎自分を決して見失わないように。
かといって、石橋を叩きすぎて本来渡るべき橋を自分からぶっ壊す
カッコ悪いオチは絶対踏まないよーに。

というわけで私、
今年一年は引き続き内省と学びの年にしたいと考えています。
ずっと昔取り組んで途中放ったまま長期間ブランクがあったもの、
いつかやりたいと思っていたこと、どこから手を付けたらいいのか
とりあえず時間との相談ですが、掃除のたびに新鮮な風を部屋に
取り込むがごとく、いつも心の窓を解放して、脳内すっきり状態を
キープしたいと考えています。





だらだらと前置き失礼しました。
今年一発目の紹介アルバムは幸先よくゴーカ?に行ってみよう。

"Back to Bach" (J.S.バッハ:「名オルガン作品集」)

Kei Koito(2019)


(残念オンライン視聴できるサンプル楽曲がない!)

日本ではあまり知られないないようですが、
本場ヨーロッパではその道のカリスマとも呼ばれている
世界的オルガン奏者:小糸恵さんのアルバム。
数百曲に及ぶバッハのオルガン作品から厳選した17曲が
収録されています。

パイプオルガン。言わずと知れた世界最強のアンチモバイル楽器。
ストップ(鍵盤の左右についているドアノブorもんじゃ焼きの
ヘラみたいな器具)を出し入れすることで、神々しくも
コケティッシュにも変化する魔法のような音色が昔から大好きで、
サイモン・プレストンやヘルムート・ヴァルヒャなどなど
名演奏家による主にバロック時代のオルガン曲を折に触れ
聴いていました。
その影響か、どちらかというと「(厳格な)宗教的」「男性的」
「機械のような正確さ」みたな印象の強かったバッハオルガン。

ところが小糸女史の演奏は、今まで聴いたどのタイプとも違う
独特のオーラを感じます。人間らしい柔らかさと同時に人間離れした
世界観が同居している…というか、
バッハその人があたかも作りたての音楽を弾いているような、
素晴らしく瑞々しいオーラ。
小糸さんご本人はバッハというよりグーニーズのフラッテリー・ママに
(かなり)似ている方なんですが(←なんつー失礼…)、
とにかくどの曲もしっとりと生命感あふれる素敵な響きなのです。
収録に選んだパイプオルガン(500年以上前に作られた
北ヨーロッパ最大級の名器)もさることながら、選曲の素晴らしさも
このアルバムの大きな魅力です。
1曲目のトッカータ、12曲目のタイトルからしてドツボな
「来たり給え、創造主なる聖霊よ」あたりおススメ。

目を閉じると浮かんできます。正装したネクロードがネクロノミコン
みたいなステンドグラスの地獄絵バックにゴシック豪華な
パイプオルガンを弾きこなす姿が。(ちょっと待てそれ吸血鬼でわ?!)
教会の神聖な楽器という立ち位置とは裏腹に、なぜか私の脳内では
世紀末メメントモリな方々がパイプオルガンを弾くというギャップ萌えが
発生してしまいます。ルシファー(元天使→堕天使→悪魔)繋がりかな?

ああ今年も一年こんなノリでいっちゃうのか私(いっちゃうんだけどね)。
こんな趣味だからしてパイプオルガン好きでもあるわけだが。
我ながら一体どこにストライクゾーンが付いてるのやら(笑)
ご安心ください、誰もフラッテリー・ママが悪魔だなんて言ってません
(↑分かってて自ら意味不明な墓穴を掘る)。

というわけで、この世界に悩めるすべての魂をも浄化するような
魅力的な名演奏(オチ!!)。今年一発目のおススメでした~!

2019.08.26

米沢のいい所あれこれ 【第26回:カフェ蓮桜(れんおう)】


こんにちは。
先週、不覚にも風邪でKOダウンしていた若女将です。

最後に熱を出したの、いつだったっけ?多分ブランク5年以上。
これまでの間、家族がインフルエンザで次々倒れようが
息子がマイコプラズマ肺炎で入院しようが、ネジ野郎バリバリ元気で
走り続けてこれたのに…不覚!!
最初は「やっちまった!が所詮はただの風邪だぐはは気合で治してやる(爆)」
つもりでした。ところが発症して3日経っても熱が下がらないどころか、
体温計が示したまさかの「39.8度」。初めて焦りました。

そうか、今年の夏は猛暑が直接身体に憑りつくタイプだったのか!!
(んなわけないだろ(笑))

話には聞いていましたが夏風邪は本当に曲者です。
いつもの“動いて治す”根性論が全く通用しません。
おとなしく医者に行き、処方された薬でよしんば熱が下がっても、
身体の中で何かが重力崩壊するごとくどんどん体力が奪われ続けていきます。
ひどい寝汗はかくし、しまいには浮腫みまできれいさっぱり干からびて、
それはもう干し芋のような貧弱な姿になりました(苦笑)

真夏日は脱したようですが、気温や天気が変わりやすく油断はできません。
皆さんもどうかご自愛ください。



さて、前回・前々回と連続で地獄のような音シリーズが続きましたので、
今日は癒し255%の素敵なカフェと音楽をご紹介しましょう。

米沢のいい所あれこれ第26回、上杉神社のお堀のすぐ近くにある、
カフェ蓮桜(れんおう)さんのご紹介です。



蓮桜さんはお堀の北側、米沢牛紀伊国屋さんから上杉神社駐車場へ
入った道を右に曲がった曲がり角にあります。
隣にはカイロプラクティックの施術室があって、お姉さんがカフェを、
妹さんがカイロ整体を営んでいらっしゃいます。
実は私、カイロ整体には長いことお世話になっておりまして、
整体の後にカフェにお邪魔するというなんとも贅沢なコースが、
ひそかな楽しみとなりつつあります。



お店の中はこぢんまりとしていながら開放感があり、
ユニークなテーブルや椅子の配置がリラックスした雰囲気を醸しています。





カフェのオーナーさんはアロマセラピーもされているので、
店内ではハイクオリティなアロマオイルやヒーリンググッズ、



ステキな服や雑貨なども売られていて、眺めているだけでも飽きません。

さぁいよいよメニューのご紹介よ。

私が好きなメニューは各種ハーブティー



こちら↑はフルーツガーデン
名前の通り、色とりどりのフルーツを思わせる華やかな香りが最後まで続き、
これ一つで優雅なひと時が楽しめます。



一方こちら↑はメディテーション…と、これまた大好きなスコーンのセット。
フルーツガーデンと色身はそっくりですが、メディテーション(=瞑想)には
ローズヒップ系の甘酸っぱい風味と共に、気持ちを落ち着かせる
カモミールが配合されています。香りに誘われるまま飲むうちに、
張り詰めた気持ちや落ち込んだ心がふわ~っとほぐれていくのがよく分かります。
ストレスの多い現代社会人にもぜひ試してもらいたいお茶です。
そしてスコーン!!
プレーン・紅茶・チーズの各フレーバーで、右から順にメープルバター・
自家製桃ジャム・クロテッドクリーム(※)が添えられています。
フレーバーの組み合わせは自由。プチサイズですが、もうこれが
たまらなく美味しいいい。こちらも大変おススメです!

※スコーンの本場:イギリスでのティータイムには欠かせないといわれている、
高脂肪乳を煮詰めて作ったクリーム。

今年の夏休み初日には子供たちにもリラックス気分を味わってもらおうと、
ちょっと背伸びカフェで蓮桜さんに連れてきました。

子供たちがこぞってオーダーしたのは厚切りトースト
以前このコラムでご紹介したことのある「愛とパン」の手作り食パンを
贅沢に厚切りし、カリッモチッの絶妙な食感にトーストした大満足プレート。



↑写真を撮る前に息子がうっかりバターを塗ってしまったので、
実に臨場感あふれるポートレートになってしまいました(爆)



こちらは夏にアイスで飲むのがひたすら美味しい、爽やかなはちみつゆず。
ステキな陶器の割り水までついて、のんびり味わえるのがうれしい。




そしてこちらは本格的な生クリームがどっしり乗った魅惑のチョコドリンク
トッピングの生クリームはアイスかと見違えるほどソリッドながら、
風味がギュッと詰まっていて本当に絶品(どうやって作ったの?!!)。
来店のたびにこれを注文する!というリピーターさんも多いとか。

どれも飲みごたえ食べごたえ抜群のサイズですよ。



さらに素晴らしいのは窓辺からのロケーション。
お店のあるお堀端は、季節になると一面のスイレンが美しく咲きそろいます。
7月後半~8月いっぱいくらいまでが丁度見頃です。
エメラルドグリーンの茂みから高貴に咲くスイレンを眺めながらの
ティータイムは極上の癒しです。上杉神社を散策した後にもGood!
ぜひ皆さんも一度いらして下さい~。


【珈琲・甘味 Cafe蓮桜】公式サイトはこちら
〒992-0052 山形県米沢市丸の内1-7-30 
電話 0238-24-8887
営業時間 10:00-19:00
駐車場 お店の前に数台分のスペースがありますが、上杉神社の駐車場も利用可。 
定休日 火曜日

※ 

さて、天国タイムその2。今日ご紹介するのは、
イタリアのピアニスト、ルドヴィゴ・エイナウディの名曲です。

1."Una mattina"

Ludovico Einaudi(2007)

現在イタリアの音楽大使も務めている、ピアニストにして名作曲家の
ルドヴィゴ・エイナウディ。映画のワンシーンを思わせるような情緒的な
旋律が印象的で、徐々に表情を変えながら心穏やかに奏でられるクラシカルな
ミニマルミュージックはまさに癒し。
そんなルドヴィゴ氏の代表作の一つがこのアルバムです。
特にNuvole bianche(邦訳:白い雲)がいい!
数年前にTSO Photography(公式サイト…Facebook)というノルウェーの
アーティストが“The Mountain"というタイトルのタイムプラス映像を発表しました。
そのBGMに採用されたのがこのNuvole bianche。これがもう鮮烈な美しさで、
以来すっかりルドヴィゴ氏の魅力にはまってしまいました。



(↑サムネイルをクリックするとvimeo公式サイトで"The Mountain"が視聴できます)

銀河を見つめながら、ゆっくり地球が自転しているのがよく分かります。
日頃のちっぽけな悩みなどたちまち消え去っていくような、雄大な時の流れ。
何気ない日常を音に表現したアルバムだけあって、どの曲もリラックスして
楽しむことができます。

2."Ludovico Einaudi Portrait"

Angele Dubeau & La PIETA (2015)

カナダ・モントリオール出身のバイオリニスト:アンジェル・ダオーと
オール女性の弦楽奏者グループ:ラ・ピエタによる、ルドヴィゴ・エイナウディの
ストリングアレンジアルバム。ルドヴィゴ氏の往年の名曲をチョイスしていますが、
どれも良アレンジ。特にI giorni(邦題:「光、溢れる日々」が素晴らしい。
深い悲しみも解けるように癒されていく…そんな光あふれる優しいピアノソロを、
これまた見事にストリングバージョンに昇華しています。
初めて聴いたのはアンジェル・ダオーのライブ版でしたが、かなり感動しました。

Youtubeで聴く"I giorni" by Angele Dubeauはこちら

落ち込んだりして元気がどうしても出ないとき、好きな飲み物を飲みながら
聴いてみるといいですよ。

今日はあまり能書き(?)は書きませんでした。
ぜひ皆さんも、好きな1曲を見つけてみてください。

2019.04.20

音のある生活 24 「The 日本 ③」



こんにちは。絶賛花粉症の若女将です。
お日さまぽかぽかの三十三観音では、抹茶色の杉花粉が
うねるように飛び交っています。目と鼻と喉に痛恨の一撃!
白布よいとこ、春だけアウェー。取り囲まれても心配ご無用。
薬を飲んで完全武装だ!

(話が飛びます飛びます♪)
つい最近不思議な夢を見ました。
現代から1億経った未来の西吾妻山の景色でした。なぜか1億年先。
ニック・レーンの本を読んでから横になったせいかな?
人工物や天変地異の残痕がそこかしこに散らばっているのかと思ったら、
そうでもありませんでした。




それは雲ひとつなく、
今より遥かに濃い青空の彼方で太陽が燦然と輝いている穏やかな景色でした。
スキー場はなくなり、温泉も見えなくなっていて、山の全てが深い緑に
覆われていました。文明の名残は跡形もありません。
残念ながら人類は既に絶滅しているようです。
しかし大地からは強い未知の生命の気配が感じられました(夢の話だよ!)。




それらを強く、希望に満ちた意識全体で感じ取っているという夢。

目が覚めてからしばらくの間は、どっちが夢なのか分からないくらい
本当にリアルでした(↑の写真はイメージです。近所の写真を加工)。

今のところ、50億年~百億年単位の未来は天文学的にもかなり具体的な
筋道が予測されていますが、恐竜の時代から見た現代、くらいの微妙な期間
となると、私含めていまいちピンとこない人の方が多いと思います。
10年先も予想できない今の世の中、明らかに自分がこの世にいない
1億年後なんて興味すら湧かないのは当然のことです。
ほぼ確実に言えるのは、環境依存度の高い人間は須らく滅びているだろう
ということ。これまでの地球史を鑑みるに、1億年の間に一度は隕石衝突なり
大規模気候変動なり起きても確率的におかしくありません。
それらにことごとく耐え長い期間繁栄を保てるのは、環境変化の緩やかな
深海の生物か、地中に生活圏を持つ微生物くらいでしょうから。




はな「そうか…にゃんこも1億年は無理ぽいニャ…ZZZ」

とまぁ、やたら無意味に思える1億年後の未来ですが、
今と同じような青空があって(つまり大気構成は殆ど変わっていない)、
緑があって(人類による砂漠化や環境破壊は未来に影響を残さず自然回復したようだ)、
新たな生き物の繁栄の時代が訪れているらしいことが判明して、
私は妙に明るい気持ちになって目が覚めましたYo!というお話でした。

遺伝子は逃れようのない死をコードしていますが、その遺伝子を
構成している原子そのものは、太陽の先祖ともいえるどこかの恒星の
炉の中で生れ、何十億年も巡り巡って取り込まれたもの。
それ自体のバランスが崩れない限り、この先も世代を超えて受け継がれて
いくでしょう。ある意味私達は肉体が滅んでも“(ほぼ)未来永劫生き続ける”
わけです。行き先、取る形が何であれ。
夢オチなのに変に納得できちゃったのは、その辺ぼんやりと理解していたおかげ
なのかも。すみません。相変わらず訳のわからない独り言でした。
最近しょっちゅうこんなことばかり考えています。
memento mori, carpe diem.



さて、「The 日本」シリーズ最終回となりました。
今日ご紹介するのはこちら。

伊福部昭 「シンフォニア・タプカーラ」2-Adagio

(演奏者は違いますが、Youtubeでの試聴はこちら。)

ゴジラのテーマ曲!
といえばその名を知らぬ人はいないほど有名な伊福部昭さん。
そんな彼の初期の傑作が:シンフォニア・タプカーラです。
タプカーラというのはアイヌ語で「立って踊る」という意味です。
北海道出身の伊福部さんは、幼少期に住んだ北海道の地やアイヌの人々の
文化に思いを寄せてこの曲を作曲したのだそう。
民族の違いはあるものの、心同じくする日本という広い意味でチョイスしました。
独特のリズムと旋律のある舞曲風で、終曲は大団円のように華やかです。
個人的には2曲目のアダージョがイチオシ。
ハープと弦楽器の静かな伴奏で始まる夜明けのような情景で、手つかずの
自然が広がる北海道、はたまた日本のどこかの山野が脳裏に思い浮かびます。
歴代の大怪獣映画のサントラ、ヤシモリ作戦の場面で再び脚光を浴びた
「宇宙大戦争」のメインテーマなど、日本のSF界のミュージックシーンを
長年牽引してきた氏ですが、日本狂詩曲や二十五弦筝の為の幽玄なソロ曲など、
記憶の底にある日本人の魂を揺さぶる荘厳で素晴らしい曲も数えきれないほど
世に送り出しています。
タプカーラのアダージョが奏でる、どこか悲しげであり優しい牧歌的な響きは、
まだ人が誕生する前の時代、はたまた夢に見たはるか未来の、
誰かがそこで平和に暮らしているであろう大地の、
静かな命の讃歌のようでもあります。

もうすぐ日本は新しい時代を迎えます。
人が聡明に今を歩み、この国に留まらず、世界中が末永く穏やかで、
命が巡りあふれる星であり続けることを願っています。

2019.04.05

音のある生活 23 「The 日本 ②」


こんにちは。
チコちゃんの何がいいのか未だによく分からない若女将です。
(つまりはアダルトチルドレン(ど死語!)?)

新年度に入り、いよいよ次の時代の年号も発表されましたね。
どんな世の中になるんだろう。
私の身の回りでは、子供達の通う小学校の廃校決定、市内唯一の
デパートの閉店決定(8月)と、前へ進むごとに環境が大きく変わってゆく
(しかも失われるパターンが多い)宿命が意外と多く存在します。

終わらないと思っていたものが終わり、
在り続けると思っていたものがなくなり、
当たり前が当たり前でなくなり…まさに諸行無常。

かたや時節は春。
去年と同じ場所で、同じようにスイセンが芽吹こうとしています。



自然はこんなにも循環できているというのに、
人の世はまこと右から左へ流れ去る一方ですな…。
尤もこの世に永遠は存在しないので、ある意味それは仕方がない。
執着を捨てて今を生きることが悟りへの道だと二千年以上も昔にお釈迦様も
説いたわけです。求めるものは少なくあれ。林の中の象のように。

それにしてもここ最近のニュースで一番衝撃だったのは、先日新聞の一面に
載っていた「児童虐待の通告件数8万人突破」の文字。
明るみに出たケースしかカウントしていないわけだから、残念ながら
この数は氷山の一角でしょう。とはいえ何なんだこの異常な数は?
8万人といったら、米沢市の人口に匹敵する数じゃないか。
相当な異常事態だと思うのですが、皆さんはこのニュースを知って
どう感じただろうか。

有史以来、人間は大義名分にかこつけて戦争だ侵略だと
無関係な大多数の他者を巻きこんでやりたい放題地上で暴れてきた、
色々な意味で罪深い生き物ではあります。
しかし一方で深遠な思想や芸術、宇宙の果てまで見通さんとする
素晴らしい学問や科学技術を数えきれないほど生み出してもきました。
その知的探究心さえあればもっと潔く歴史に学んで、上記の象とまでは
いかずとも、もう少し今を穏やかに生きることができるはずなのに。
なぜそうならない?
言うまでもないが虐待なんてものは問題外。
種の保存の為に、征服した群れの子供を殺すという類人猿の例外は
あるにせよ、まだ非力な子、まして自分の子供は本能的に命に代えても
守りぬくのが親のあるべき姿。異論はあるまい。
四足の動物や鳥ですら、そうやって厳しい弱肉強食を生き抜いているのに。
言葉はきついけれど、その本能さえ忘れ去ってしまった人間はもはや
哺乳類のはるか以前に退化してしまった(自分で産んだ子を自分の子と
認識できずに“共食い”する魚類とか昆虫類クラス)としか思えないのです。
いっそヒト属じゃない別のカテゴリに分けてくれ。
雑学なんぞよりそれこそチコちゃん得意の喝入れるところじゃろう!と
私は声を大にしてツッコみたい(そんな私が実に毒舌)。



というわけで完全におまけポジションに追いやられてしまった
The 日本 ②」。クールダウンしましょう(自分が)。
今日はこちらの紹介です。

冨田勲 「新日本紀行テーマ曲」

(↑画像をクリックするとYoutubeにリンクします。)

高度経済成長期に湧いていた当時、失われつつある日本の原風景を
追い続けたNHKの番組(昭和38年~昭和57年放送)の印象的なテーマ曲。

リアルタイムで番組を観たことはないものの、途中で挿入されている
祭りの笛のモチーフを聴くと、実家近くの神社の夏越祭や花火大会を
思い出します。そういえば縁日やお祭りを長い間見ていないなぁ…
(遠いし旅館の繁忙期とかぶるしetc…)。
聴く人によって思い浮かぶ情景も様々だと思いますが、
不思議と懐かしい気持ちになれます。
日本のどこかの、まだ穏やかな時間が流れていたあの頃。
西屋はそういう時間を大切に守っていきたいと思っていますが、
最近私個人余裕がなくていかん。

ふと、心の中をリセットする時に聴きたくなる名曲です。

2019.03.29

音のある生活 22 「The 日本 ①」


こんにちは。
一度でいいからネイルに挑戦してみたい!とひそかに憧れている若女将です。

この間初めてIKEA(仙台)に行ってきました。
ショールームはひたすら広く、ところどころに隠し扉のような近道まで
あったりして、なんとまぁダイアゴン横丁ファンタスティックな店内。
一方の1階は半分倉庫のようになっていて、どことなくコストコに似た感じです。
スケールの大きさとインテリアデザインの素晴らしさは流石であらしゃる。
ライフスタイルや好みのパターンに合わせた魅力的な家具調度・
モデルルームはどれも参考になるものばかりで、足を運ぶたびに
新しい発見に巡り合えそう。米沢くんだりから行くには実に
(インテリアに興味のないおとっつぁんには苦痛かもしれない!)
一日コースですが、ぜひまた行きたいお店だと思いました。
(ちょっと待てこれじゃいい所シリーズの〆みたいだ(笑))




今日は(も)マニア炸裂の音のある生活シリーズです。
「The 日本」と題しまして、古き良き時代にタイムスリップできそうな
名曲をシリーズでいくつか紹介してまいりたいと思います。

①回目はこちら↓

古関裕而 NHKラジオ第1「ひるのいこい」テーマ曲

(↑画像をクリックするとYoutubeへリンク!)

日本のスーザと讃えられ、いつまでも耳に残る勇壮な行進曲を
数多く残した他、抒情あふれる「君の名は」から「モスラの歌」!!
まで幅広く手掛けた20世紀日本音楽史の大御所の一人:古関裕而氏。
来年4月からスタートするNHK朝の連ドラ「エール」は彼と金子夫人が
モデルになるということで、今たいへん話題にもなっている方です。
「ひるのいこい」は、1952年の放送開始から70年近く経った今も続いている
NHKラジオ屈指の長寿番組。
日本各地の季節の便りや話題などを紹介する文字通り“憩い”の番組です。

何それ初めて知ったよ!というそこのあなた。とにかく聴いてみて下さいな↑。



いいでしょうこのテーマ曲!西屋っぽいと思いませんか(笑)?
どこか懐かしく、雄大でのどかな故郷の風景を思い起こさせるような、
温かい曲だと思いませんか?
私にとって古関裕而といえば、「六甲おろし」でも「栄冠は君に輝く」でもなく、
この「ひるのいこい」なんです。そして思い出すのが岩手山(故郷じゃない(爆))。
盛岡でOLをしていた独身時代、昼休みに必ずこの番組を聴いていました。
優雅にそびえる岩手山のシルエットを仰ぎながら、ラジオから届けられる
まだ見ぬ土地の情景に思いを馳せたものでした。

番組内のBGMも多分同氏の作曲だったと記憶しています。
こちらもとてもいい曲なので、ぜひNHKラジオ第1の番組アーカイブサイト
お楽しみくださいませ。

2018.12.23

音のある生活 16 「マタイ受難曲」


こんにちは。
いなばのタイカレー缶(特にグリーン!)大好き若女将です。

もうすぐもみの木じんぐるべぇーですね(笑)。
実際は旅館に(自分が!)缶詰の日々、とてもクリスマス&
年越し気分じゃないんですが、たまに出かけた道すがら
軒先に飾られたイルミネーションを見つけたり、
お店で流れるクリスマスソングを聴いたりすると
「ああ…一年が終わるなぁ」とぼんやり感じたりします。

そういえば我が家の朝のBGMも、冬らしいヒーリングから
最近は宗教曲メインにシフト中。
音楽のあるところ時の流れあり、喜怒哀楽あり。
美味しいお茶と音楽(そして時間…)があれば私は何も望みません。
どうか来年もいい年になりますように…。



さて、今日はクリスマスに因んだお薦めのアルバムをご紹介します。


Johann Sebastian Bach " St. Matthew Passion"(1736)(1958)
(リンク先はAmazonです。ジャケットはApple Music版)

ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「マタイ受難曲」。
音楽の授業で名前は耳にしたことがあるかと思います。
新約聖書の「マタイの福音書」からキリストの受難を描いたもので、
生涯に1000曲以上もの作曲を手掛けたバッハの最高傑作とも、
オラトリオの頂点ともいわれています(まぁ、意味は同じか…)
総演奏時間は約3時間(演奏者によっては2時間半位)、
奏者もオーケストラにパイプオルガン、合唱にソリスト群
(ソプラノやテノール等の歌い手)と作曲当時としては割と大編成で、
原典版のほか、作曲からおよそ100年後の復活演奏によって
バッハの再評価につなげたメンテルスゾーン版が有名です。

こちらのカール・リヒター指揮、ミュンヘンフィル演奏1958年版は、
数あるマタイ録音演奏の中でも歴史的名盤とされています。

実際聴いてみると…けっこうピッチ(音高)が高め。
個人的に442Hz~くらいに感じます。
現代ではバロック音楽の演奏ピッチはけっこう低めに抑えるのが
主流らしいのですが、当時の流行り?

でもこれがいい!

テーマが”キリストの受難”だけあって、十字架を背負いVia Dorolosaを
歩む姿が目に浮かぶ1曲目から既に鳥肌もの。
それでいて重苦しさは感じません。
ソリストの感情移入も素晴らしく、全体的にとてもドラマチックです。
オペラを聴いているような錯覚さえ覚えます。

Apple MusicでDLできるのはもちろん、Amazonで試聴もできます。
気になる方はぜひ。

とりあえず1曲目、31曲目、41曲目、47曲目、63曲目あたり。

2017.08.02

音のある生活 1 「クラシック音楽」



前回のコラムで「好きな音楽について」さわりだけ書き出しましたが…
実はさわりの段階で、「参った、どうやってまとめよう・・」と頭を抱えていました。

なぜなら、私の好きな音楽のジャンルがあまりにも幅広く
なかなか一口でまとめることができないからです。
またまた連載?!

というわけで、新シリーズ「音のある生活」


ジャンル別にお届けしていこうと思います。
今日はイントロ&クラシック音楽から。

(かなり長文です!)
1.レコードから部活まで
そもそも私が音楽の魅力にはまりだしたのは小学生のころ、
当時実家にあった両親のレコードがその出発点でした。
クラシック名曲集、ハリウッド映画のサントラ、ポールモーリア、二ール・ダイアモンド…
映画サントラはチャップリンからジェームス・ボンドくらいまでのシリーズ。
(年代が…(笑))

未だにその多くの曲を覚えているのだから、印象は強かったのだと思います。
ピアノも習っていたことから、中学校での部活は吹奏楽部に一直線。
練習に励む傍ら、次第にクラシックの深みにはまっていきました。
さらに大学では学業の傍ら管弦楽サークルに所属していました。
自他共に認めるオケオタクの濃ゆい先輩方に出会い、夜通しの名演奏観賞会に
鬼のような指導(パートは打楽器)、涙と感動の演奏会、
果ては知られざるコンサートホールの舞台裏話まで…(笑)
今思えば要らん知識も混ざっていたような…(笑)
ともあれ当時は、仲間たちと青春を分かち合いつつ、当時は古今の作曲家たちの名曲を
競い合うように聴きまくっていました。
ただ聴くだけでなく、演奏する側から見聞を広め、耳を鍛えられたのは貴重な経験でした。
さらに、いろんな管弦楽器に身近に触れる機会にも恵まれたためか、
異国情緒あふれる民族楽器の音色や歌い回しも大好きになりました。
イスラエルのヴード、アイリッシュハープ、ガムランなどの神秘的で透き通るような音。
そして様々な言語で歌いあげられる古の叙事詩…
一般に「ワールドミュージック」と呼ばれるこれらのジャンルを含めると、
旧約聖書(例:ユダヤ系の皆さんのシナゴーグ音楽・古文書から復活した古代ギリシャの竪琴)
の時代から20世紀末~21世紀の現代音楽(例:武満徹、ラウタヴァーラ、オラ・イェイロ)
まで幅広くカバーしていることになります。
結論を申し上げましょう。
マニアです(笑)




2.30秒でピックアップした個人的に好みのクラシック名盤


そんな私が好きなクラシックの中から、特に好きな曲(の一部)をいくつか挙げてみます。
① モーリス・ラヴェル バレエ「ダフニスとクロエ」


「音の魔術師」の異名を持つモーリス・ラヴェルのバレエ曲。
第2部が有名ですが、個人的には第1部、特に序曲が好きです。
弦楽器とTimpaniによるpppのA音から始まる静謐な調べに、ハープや木管楽器が
幻想的な旋律を重ねてくるだけでもう鳥肌が立つほど神秘的。舞台は森ですが、
森どころか宇宙に行ける(かもしれない)。
10分未満の序曲だけで、全曲中の殆どの登場人物のモチーフが表わされています。
すべての楽器がffになり、高らかに夜明けを歌いあげても全く透明感を失わない
和音の美しさは、さすがラヴェルといったところ。
上品でストーリー性のあるバレエ曲ですので、全体に聴きやすいと思います。
※ジャケットはサイモン・ラトル指揮、バーミンガム市響演奏のもの。



2 O.レスピーギ 主題と変奏「第12施法によるメタモルフォーゼ」



ローマ三部作(・噴水・祭り)やバレエ曲「シバの女王ベルキス」が有名ですが、
敢えてこの「変容」を紹介します。同じフレーズを異なる楽器や表現で演奏し、
曲と曲の間に切れ目を持たせない変奏曲。最後はパイプオルガンまで登場し、
カッコよく〆。
これが不思議と聴き飽きず、イメージとしてはどこか古代の都の王家の栄枯盛衰を
タイムプラスで見ているような感じです。ポジションは王女様(?)。
特に9曲目「レント・ノン・トロッポ」からの厳かな雰囲気から終曲に向かう上昇気流のような
流れが特に好きです。隠れた名曲です。もし興味がある方はぜひ聴いてみて下さい。
※ジャケットはG.サイモン指揮、フィルハーモニア管弦楽団演奏の1985年版。
ベルキスと一緒に収録されたCDは珍しく、個人的にもお気に入りの一枚。
("密林"で買えます!)



3 L.H.ベルリオーズ 「幻想交響曲」



当時27歳のベルリオーズが最初に作曲した交響曲で、彼の作品の中でも特に有名な大曲です。
クラシックにあまり詳しくない人でも名前や曲のさわりは知っているのではないかと思います。
曲調は、かのバーンスタイン曰く「サイケデリック」。失恋したヤケクソでアヘンを吸いながら
作ったというのだから、すっ飛んだ題名通りそれぞれの場面がリアリティに描かれています。
第2章冒頭の美しいワルツもどこか千鳥足リズム。第3楽章ではのどかな田園風景のなか
牧歌が流れていたと思いきや、地の底から湧きあがる不安と共に雷の音が不気味に鳴りだし、
(中略)第4楽章でファンファーレが鳴り響く中、夢の断頭台で拍手喝采の(?)死刑を
食らったのち、最終章のサバトで悪魔と大団円に至るというかなりカオスな展開。

編成も大規模で、とてもベートーベンとほぼ同時期に生きていた人の作品だと思えません。
打楽器奏者が4人、おもむろに並んで一人1台Timpaniをドロドロ叩く雷のモチーフは
なかなかシュール。他にもハープは4台必要とかカリヨン(教会の鐘のような形をした
打楽器)を2台楽団もエキストラ奏者だの楽器集めだの大変だと思いますが、
ぜひ生演奏で観てほしいところ。
※ジャケットは小澤征爾指揮、サイトウキネンオーケストラ演奏の2014年ライブ版です。
(鬼気迫る小澤さんがまさにサバト…なんて思っては決していけません(笑))


4 E.ラウタヴァーラ 交響曲第7番「光の天使」 & 「天使たちと訪れ」



2016年7月に87歳で亡くなったフィンランドの国民的作曲家、ラウタヴァーラの代表作。
アカデミーで教鞭をとる傍ら多くの曲を作曲し、特に上記の「光の天使」はグラミー賞に
ノミネートされたことで話題になりました。特に後年の作品には“天使”と名のつく名曲が多く、
透明な宇宙を思わせる神秘的な旋律は、彼自身の幼少期の体験にルーツがあるようです
(アルバムのライナーノーツでそのことが触れられています)。
同じく「天使たちと訪れ」。英語でのタイトルは「Engels and Visitations」
実は私、この曲の日本初演の聴衆の一人です。東京オペラシティのタケミツメモリアルでした。
指揮はミッコ・フランク、演奏はバンベルク響でした。
彼の描く「天使」は、どうも人々の願いに耳を傾ける身近なタイプではなく
より高次元の、善悪を超越した「神霊的存在」といった感じです。
その印象は「天使たちと訪れ」の方が強いかも。
途中、オルゴールのような美しい旋律が異なる楽器によるアンサンブルで演奏されますが、
その後の展開が破壊者的で、最後の審判か何かのような激しさも垣間見えます。
神聖でありながら厳かな狂気をはらんだ旋律は、もはや異次元的な美しさ。
※ジャケットはハンヌ・コイヴラ指揮、ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団演奏(2003年)。
もはやこのCDの紹介と化していますが、天使好きにお勧めの1枚。
ナクソスGJ。


5 黛敏郎 「涅槃」交響曲



もはやタイトルがすべてを物語っています。
芥川也寸志、武満徹とならび日本を代表する現代音楽の生みの親、黛敏郎氏の作曲。
管弦楽曲と天台宗の声明(男声合唱で表現)を合わせ、生きとし生けるものが
永遠の涅槃に至る様を作曲した全6楽章にわたる交響曲です。

梵鐘の音はバンダ(本来オーケストラは舞台上で演奏しますが、音楽表現上舞台裏や
客席側(!)で演奏する小楽団)を駆使して再現しており、コンサート向けの大編成。

(ちなみにバンダ編成を必要とする曲は上記の「ダフニスとクロエ」「シバの女王ベルキス」
「幻想交響曲」ほか、有名どころではホルストの「惑星(海王星で加わる女声コーラスが
舞台裏に立つ)」、ワーグナーのオペラいろいろ…)

一般的に生身で「死んだことのある人」はいないわけですから、涅槃は
生きとし生けるものにとって“未知”そのものです。
涅槃交響曲も全体に暗いのですが、ただ真っ暗な涅槃に落ちていく、みたいな
絶望的な感じではありません。人知を超えたものへの畏れを正直に不協和音であらわしつつ、
極楽浄土を願う声明を今わの際まで唱え続ける。
そんな印象の流れで、とても人間らしい心理表現だと個人的には思っています。
やがて「全寺の梵鐘が鳴り響く」中、虚空の彼方の涅槃に至った先には無音の闇ではなく、
永遠の安息が待っている…。
ラストでは、この世の苦しみをすべて浄化するような荘厳な響きが待っています。

「死」って何だろう?とふと哲学したくなったとき、
この曲は何かヒントを与えてくれるかもしれません。

※ジャケットは岩城宏之指揮、東京都交響楽団・東京混声合唱団演奏(1995年)。
晩年の黛敏郎氏自ら監修に当たった貴重な録音です。
C.Wの天台宗声明は、薬師寺の現役住職さん達の演奏(?)。
いつものお寺のお経のイメージが180度変わるパワフルな内容です。
オススメです。



結局、どこかタイプが似通ったアルバムばかり挙げてしまいましたが…
せっかく紹介するならメジャーどころを外そう!
というコンセプトでしたので、まあまぁ狙い通り?!

とはいえ、クラシックに関してはあまりえり好みはしません。
合唱曲も好きなので、メサイアやレクイエムなどもよく聴いています。
他にもマーラーやストラヴィンスキー、ハイドンやモーツァルト、ドビュッシーにバルトークなどなど
挙げたらキリがありません。

クラシック音楽は、同じ曲でも演奏者によってだいぶ印象が変わるので、
聴く人によって好みも分かれるところ。今回は私が所有しているアルバムを
紹介しましたが、他にも隠れた名盤がいっぱいあるはずです。クラシックの魅力は
尽きません。皆さんもぜひ、お休みのひとときにお気に入りのクラシックを見つけて
みてください。
次回はワールド・ミュージックです。
いざ、紀元前へタイムスリップ!!

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