若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

若女将エッセー

閑話休題

2022.09.14

そうしてまた一枚、私はボロボロの皮を脱ぎ捨てた


先日、私はがっつりコロナに感染しました。

子供がいつの間にやら外からもらってきた流れ弾を、
うっかりそのまま被弾してしまったのでした。







保健指導じゃ隔離とかナントカ言いますけどね?
どんなに通気性のいい家に住んでいようと、
同じ屋根の下にいたらまず躱(かわ)すのはムリですからね?

我が子はPCR検査を受けましたが、私はそれとほぼ間をおかずに
喉だの熱だの症状が次々出できたため、医療機関の受診を経ずに
保健所から「みなし陽性」と診断された次第です。
たかが陽性、されどコロナ。
不幸中の幸いだったのは、西屋に一切影響を与えずに済んだことです。
偶然まとまった休館日が始まった頃に感染したこと。
普段別棟に暮らす私達母子と違い、主人と彼の両親は母屋で
生活をしているため、そもそも隔離ができていたこと。
ここのところ事務か湯守かで他のスタッフとほぼ接触が
 なかったため、結果関係者の誰にも感染者が出なかったこと…。
これら綱渡りのような偶然が、良い方に天秤を傾けてくれました。
きっと日頃の行いの賜物だ(?)。

ゆえに西屋は通常稼働のまま。
私一人のダウンで済んだのだから、まぁ安いものです。
体調は最悪ですが()





コロナになったおかげで、そこそこ良好だった我がコンディションは
一気にガタ落ちしました。感染してなお無症状のまま人も結構いるので
一概には比較できませんが、聞くだけなのと実体験するとでは大違いです。

まず喉の違和感から始まったわけですが、
そこから1日もしないうちに熱が急上昇。
40度一歩手前まで行きました。
ついでやってきたのが頭痛、倦怠感、激しい咳…
熱が下がらないまま、3日目くらいからはとうとう味覚が狂い出し、
「視覚情報はバッチリ入ってくるのに、
何食べて飲んでるのか全くわからない!!?!」と、
食事の度に脳みそがバグを起こすハメに。
元々少食な方でしたが、そんなこんなで当然食欲は急降下。
昼も夜も咳の発作が出るのでただでさえ体力も奪われ、
食べられないし眠れない。
熱より咳よりこっちの方がはるかにしんどいものでした。
おかげで熱が治まった今も、ひどい頭痛や眩暈、倦怠感に
悩まされています。
大好きだったビールは、味覚がぶっ飛んだままなので
当分お預け…喜べない。

仕方がないので、割り切ってプロテインで栄養を補っています。


さて自宅療養の間、何故か私は自分に鞭を打ちまくっていました。

「よぅもコロナにかかったなァああ我ぇええ(ビシィイイイ)!!」
…いやそっちの意味ではなくて(笑)。

時々湯守作業で(人気のない時間帯を狙って)裏口から西屋に
侵入する行く以外は大人しく家に篭っていました。
そしてできる範囲で仕事をしたり、執筆をしたり書道の
練習をしたり、あれこれ本を読んだり調べたり…おい何してる。

そんなこんなで、実はほとんど横にはなりませんでした。
いや、横になれなかったと言うのが正しい。
普段以上にひどく焦り、ひたすら自分に苛立っていました。

本来ならキチンと静養するのが正しい過ごし方なのでしょうが、
いきなり日常から梯子を外され、宙ぶらりんな自由時間が
降って沸いたたおかげで
「大変だ!今のうちだ!!寝よう勉強しなっきゃ!!!!」
と、何故か斜めに思考がいってしまったのです。
で、ただでさえ体調が悪いのに、ヘタクソな文章術&
まだまだ未熟な習字スキルを今のうち上げるべと、
止せばいいのにみっともなくもがいていたのでした。
しかし体調が優れないんだから、そもそも効率は良くないし
集中力だって欠くに決まっています。なのに「おかしい、
上手くできない。おかしい、頭バカになったんだろうか」
とよく回らない頭で焦るまま悶絶していました。
文章作成に至っては、気がつけばトイレの落書きのような
散文を何万字分も書き込んでいて、それらが
全然まとめられないままやっぱりメモの山で悶絶。
何やってんだか。



体調が悪くなると、どうしても気持ちが弱くなります。

それまで張っていたバリアが薄れ、いつも以上に
身から出た錆(本音というか弱音)がまろび出てくるもの。

今回ひどく苛まれたのは、どうしようもないレベルの
自分への自信のなさ」でした。

前にもエッセで言及しましたが、これはもう私の根本的な
性格というか欠点なのだと思う。特に、本を出すなんて
言ったばっかりに後に引けなくなり、いちいち
「書く文章は悉くうまくまとめなければいけない」
そして習字に取り組んでいる手前
「普段から達筆でなければならない」と幾つもの謎の
プレッシャーを自分にかけて、自ら首を絞めていました。

そして止しゃいいのにどっかの庭の芝ばかり見て、「上手な人は既に
高いところにいて、その才能を活かして活躍できているのに、自分には
相変わらず能力がない、何やっても上手くいかない」
とあべこべに凹んでいたのでした。
ちょっとタローマンあたりに説教して貰おうかな…

コロナで熱にうなされながら、私は悶々と自問自答していました。
上ばかり見て、その差が埋まらない、どうすればいいのかと
頭を抱えてばかりいました。


やがて湧き上がる妄想のままに、脳内に湧いてきたもう一人の自分。
黒い裁判官のような憎たらしい恰好をして、こう問いかけてくるわけだ。

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『何がそんなに不満だ。』

あー、不満ていうか不安。
コロナ禍が始まる頃からずっと感じていた、先行きへの不安。
お盆以降、お客さんの動きが閑散として…同じ観光業なら
少なくとも分かるだろう、この何ともいえないもやもやした気持ち。
私はこのぼんやりとした不安を、長い間いつも抱えていたのだよ。
そして羨ましいと思っていた。

『何が羨ましい。』

私が渇望する才能を既に十分備えていて、その世界で活躍している人。
世の中の浮き沈みに苛まれず、社会的に豊かな暮らしができている人。
経済的に安定していることはもちろん、何より自分の才能に早くから
気づいて、夢に向かってまっすぐ努力し(生きることに対する
充足感を得たという意味での)成功を納めた人…。
なんでこちとらこんなに不安なのに、上手くいっている人は
なんもかんも上手くいっているんだ。世の中不公平じゃ。

『あのな、それ只の妬みだぞ。
「人生は公平ではない、そのことに慣れよう」とビル・ゲイツも
述べているではないか。彼らだって最初から何もかも恵まれていたわけじゃ
ない。今でこそ第一線に立っている人だって、長く苦しい下積みがあった
はずだし、今も、我らのあずかり知らぬ輝かしい世界で相応の苦労や
苦悩を抱えているだろう。それは押し並べて比較はできない
はずである。
それでも羨むのか。』

くそぅ私のくせに、まともなことを聞きやがる。
背景は知らん。ただその世界の明るさだけが見えて仕方がなかった。

『じゃあ己はそういう人たちのように強くはなれないのか?
努力を全くしていないわけではあるまいに、能力がないから、
しがない山暮らしだから、どうせチャンスに恵まれないから、
そこにたどり着けないと思うのか?』

待て待て、いやなんでそこまで卑屈になってたんだ私?
こいつが私なら、あんまりにも自分をけなしすぎじゃないか。
やだちょっと恥ずかしい。

(…裁判官風情の私はなおもたたみかけてきます。
全ては妄想の産物ですが。)

『オイ私。よく考えてみよ。』

何だよてやんでぇ。とっくに考えてるわ色々。

『そもそも、自分は自分が羨ましいと思う人になりたいのか?』

え?それは否。それは違う。
私は私だ。それ以上でもそれ以下でもなし。
確かに才能ある人はめちゃくちゃ羨ましいし、世の中から
もてはやされる存在は一見華やかにしか見えないが、
それはあくまで「他人の人生」であって、私はその誰かさんではない。
背伸びしたところでその人になれるわけじゃないし、
なろうとは思わない。
私は私の世界で生きなきゃ。

『…何だ、答えはでているではないか。』

あれ?そういえば…

『羨ましい羨ましいと言っていた誰かになんぞ、
少しもなる必要ないじゃないか。十分自分を生きているじゃないか』


おお、そうかなるほど…

思えば今まで抱いてきた自分への自信のなさ、
架空の誰かに対する一方的な妬み?恥ずかしさは、
全部勝手に脳内で作り出した一人相撲だったわけだな。
「他人の価値観」と言う偽りの物差し、
「隣の青い芝」という名の幻の垣根…
ようやくそれらの呪縛が解けてきた…様な気がする。

足元をよく見てみれば、決して私は立ち止まっていたわけでも
遊んでいたわけでもなく、無力さにもがきながらも諦めずに
少しずつ努力していたわけで。
とりあえず、散々自分で貶してきた今までの悪あがきは、
どうやら無駄ではなかったらしい。
あ、少しスッキリした…。

ー-----------------------------


ブロニー・ウェアは、著書「死ぬ瞬間の5つの後悔」の中で、
人が死の間際に悔やむことの一つとして
自分に正直な人生を生きればよかった」…
と挙げていました。

2年前に亡くなった母は、終活半ばでした。
まだまだやりたいことがたくさんあったはずなのに、
一気に悪化した病気のせいで、身辺整理も、気持ちの総括も
ままならなりませんでした。最後の瞬間を看取ることは
できたけれど、晩年の日々はさぞ無念だっと思う。

生きる意味を深く考えるとき、私がいつも思うのはこの
「死の間際に思う悔恨」です。

今回体調を崩して体が思うように動かなくなった時、
このまま何もできずに命が尽きるとしたら、
自分ならどう思うか。そんな事をしょっちゅう考えていました。
つくづく生き方泥臭いな私は。

しかし、そうだ、私には目標がある。
将来の夢はまだ漠然としているけれど、
死ぬまでに実現したいことがいくつかある。
それを今生で果たせるよう、
只管そこに向かって行きゃいいんだ。

そこから少しずつ、絡まった糸をほぐすように
自分の思考を改めるきっかけを見つけ出したわけです。
何でよりによってコロナのグロッキー真っ最中に!
…と自分で自分に問い詰めてやりたいところですが。

虚勢で張っていた皮がむける瞬間ていうのは、
いつだってメンタルボロボロの時です。
時には打ちのめされなきゃ人間成長できない。
私が行動を起こすときは、いつも泥沼のような悔しさの
真っ只中からでした。希望に満ち足りていたら、その場から
動こうとはしなかった。無力への悔しさは私の原動力だ。
それは決して悪いことじゃない。
今なら胸張ってそう言えます。


スティーヴ・ジョブズ
「あなたの人生は限られている。だから、他人の人生を
生きたりして無駄に過ごしてはいけない。自分の心と直感を
信じる勇気を持ちなさい。それはどう言うわけか、あなたが
本当になりたいものを既に知っているのだから」


文章力は相変わらずヘボいじゃんか、とか、
字だってまだ納得いくレベルに程遠いじゃん、
表に出していいの?とか、こんなんでマジで本出す気?
正気??とかナントカ…

未だに数多の私もどきが、地獄の魑魅魍魎のように脳内で
騒いでおります。…が、うるさい知るもんか。
誰だって最初から完成されたものなんか書いたり描いたり
していない。下手くそでも中途半端でもいいからアウトプット
してやる。それでも未熟だ恥を知れと騒ぐなら、
ツラが自分でも容赦なく斬り落とすぞ私もどき。

母を失った2年前のあの日、私は母の分も生きると決めました。
泥沼からスッキリ咲く蓮のように。
もう一度胸に刻め。そして走れ、私!!



今日の一曲

"Weightless"

Ben Böhmer & Panama(2021)
(↑公式YoutubeからPVが観れます。
すりガラスの向こうで只管踊るお姉さん。ちょっと謎の内容。)

国際的に活躍するドイツのミュージシャン兼プロデューサー:
ベン・ベーマーのシングルから。主なジャンルはチルハウス系。
どれも耳に馴染みよく、最近運転中のBGMでよく聴いています。
とくにこの曲はよい。洗練された躍動感ある曲がかっこえぇです。
気分がいい感じに高揚するのでおススメ。

2022.07.23

海辺の「開眼」

♪海は広いな大きいな。月は昇るし日は沈む。
実に見たまんまの歌詞。好きだなぁ、このピュアな感性。
今でも小学校では歌われているのかな?





お薬師堂に続く森の小径。
山です。白布温泉です。私の好きな場所。
しかしこうして長いこと山暮らしをしていると、何の反動か、
時々無性に海を見に行きたくなることがあります。
まあ、行ったところで別に何をするわけではありません。
ただ景色を眺め、海岸を歩くだけでいい。
たとえば大洗海岸の神磯鳥居。
いつか行きたいな。
きっと違う景色に、沈む心も晴れ上がるに違いない。

当たり前ですが、水平線の遥か彼方には他所の国々が存在しています。
海を隔てていようが、世界に壁はない。
人、経済、環境…これらは常に一つの生き物のように動いています。
見方よっては、私達は存外小さな箱庭の中で暮らしている、
といえるのかもしれません。



(最近海見ていないなぁ…。京都からの帰途、仙台空港着陸
直前に飛行機から見た太平洋が直近の海風景でした↑)



「なぜロシアはウクライナを侵攻したの?」


ある日、娘からだしぬけに放たれた一つの質問から、
今日の話は始まります。

突然の侵攻から5ヶ月あまり経ちました。
最初こそ、爆撃で破壊される街や、怪我をした市民が逃げ惑う
悲惨な映像がが生々しく映し出されていましたが、今はどこか
霞がかかった別の世界の出来事のように、ニュースの主たる
話題から一歩遠ざかっています。

もともとロシアと国境線を挟んだ近隣国との関係は、歴史的に
見てもかなり複雑です。戦火のきっかけはそれこそ諸説ありますし、
さて、どうやって説明したものか。

土地続きで昔から民族間の対立があったこと、NATOにウクライナが
加入するのをロシア側が武力で阻止しようとしたこと、
ロシアが自国の影響力を武器に、間接的に諸外国を「兵糧攻め」に
して世界的な混乱を起こす→発言力を高める狙いもあったかも
しれないなど。いずれにせよ、今回の侵攻による影響は世界中を
駆け巡り、特に日本では物の値段が上がって大問題になっている
ということも、私は娘に伝えました。

「なんで物価が上がるわけ?」


即座に跳ね返ってくる疑問ブーメラン。
日本から地理的にも遠く離れた国同士の争いが、巡り巡って「物価上昇」
という形で日本に影響を及ぼすなど、そりゃなんでって思うわな。
まさに風が吹けば桶屋が儲かる、の悪いパターン。
子供にはまだ難しいかもしれない。そこで私はこう説明しました。


「ロシアは国連加盟国の中でもで常任理事国に名を連ねる、
世界的にも影響力を持つ大国の一つ。そして、決して裕福では
ないけれど肥沃な土地を持ち、特に欧州向けの小麦生産量が多い
農業大国のウクライナ。この両国が戦を始めたせいで、
絶妙なバランスで保たれていた世界の貿易や経済事情に大きな
影響を与えたわけだ。一番大きいのは物流が一気に滞ったこと。
治安の悪いルートは使えない上、場所によって物を運ぶのに
命懸けになってしまった。当然輸送費が跳ね上がるわけね。
日本は元々自国の資源に乏しいから、昔から食料やその他諸々
海外からの輸入に頼ってきた。
そこにこの戦。さぁどうなる。
当然輸送費上昇の影響をもろに喰らうね。まずこれが理由の一つ。

もう一つは、必要な資源や食料といった物資そのものが
手に入りにくくなっちゃったこと。
今回のウクライナ侵攻で、日本含めて世界各国はロシアに抗議した。
「なにやってんだよ止めろ」って。
一方的に他国を責めるなんて、人道的にやっちゃいけないこと。
諫めるのは当然だよね。
ところがロシアは、その仕返しにと日本や諸外国への輸出を厳しく
制限した。それどころかロシアと仲のいい中国まで、なぜか日本へ
圧力をかけてその関係が悪化した。日中関係は元々あんまり
良好じゃなかったし、グッドタイミングとばかり絡んできたわけ。
『私(中国)の友達(ロシア)を敵に回すなら、
私もアンタ(日本)の敵よ』
ざっくり例えると↑こんか感じ。まるで小学生の喧嘩だね。
大の大人がやるこっちゃない。

さて話を戻そう。

ロシアと中国、この両国から日本が輸入していた物資は、
場所が近いこともあってそれこそ多岐にわたっている。
燃料から、食料から、世界的に不足している半導体(原料を含む)
から諸々…そうそう原油(ガソリン)も。
それらの物資がことごとく入手しにくくなれば、どうなる?
当然値段は上がるわな。野菜も天候異常で不作になると
値段が上がるでしょ。それと同じと考えてね。

さらにはコロナ。ああもうコイツだよこいつ。
この厄介すぎる問題が未解決のまま現在進行形な上に、
最近になってこれまた新規感染者が増えたとニュースで騒がれて、
状況が悪化している。そもそもコロナのせいで経済状況が
おかしくなっていたから、もはやダブルパンチね。
これらをひっくるめてよけいに物価がはね上がっているわけだ。

こうなればもう頼みの綱は我が国の政府。
政府が何とかして国民の生活を守って下さいよって話になる。
ところがどっこい、肝心の日本の経済政策が上手くいってない。
そのせいで日本人の生活水準は他の国に比べて全く上昇の兆しが
ないまま何十年も経過していて、少子高齢化も進んで、経済力が
他国と比べて相対的にどんどん落っこちているときた。
先行きが見えないまま、そうして今に至るというわけよ。
というわけで、かなり粗削りな説明だったけどOK?」

うむ。ヤバいってことが凡そは伝わったらしい。

「じゃあどうして日本人は平和ボケと言われるの?」

…おお、今度はそうきたか。
よっしゃ、とことん付き合うか。


「…つい最近のことだ。元首相の安倍さんが
凶弾に倒れたショッキングなニュースがあったね。
海外の人たちは、あの瞬間の動画を見て心底驚いたそうだよ。
『なぜ銃声が聞こえたのにその場の誰も逃げ出さなかったのか?』
って。もしこれが海外で起きていた事件だったら、
一発音が鳴っただけで大衆は一目散にその場から逃げ出すそうだ。
それが発する音が、日常のすぐそばにあるもので、かつ命を即座に
刈り取る凶器だと本能的に理解しているから。
ところが日本は銃が厳しく規制されている国だから、
銃への耐性がない。そもそも銃は社会に存在しないというのが
日本の常識だから、まさかあの真っ昼間の人通りが多い駅前で、
VIPに向かって堂々と銃をぶっ放す気狂いがいるなんて、
普通の日本人は即座に認識できるわけがない。
あの日あの場の誰もが、きっと何が起きたのか分からなかったんじゃ
ないかな。銃でなく、花火か何かが破裂したような感覚でいたんじゃ
ないかな。だから、至近距離で発砲音がしたのに、ヤバいヤツが
明らかに真後ろで銃口を向けていたのに、本人すら終ぞ逃げなかった。

…そして悲劇は起きた。

よいか娘。
地球儀を見れば分かるね。
大陸にある国の多くは、国境を歩いて跨ぐことができる。
海辺の国もあるっちゃあるけど、主たる国の殆んどが、ロシアと
ウクライナのように隣の家が即隣の国、そんな関係なんだわ。
どんな暮らしをしているのか、どっちがより豊かか、
お互いに何が起きているのかすぐに見えるし、言葉だって
大きな違いはないから、国境線に関係なく民族が入り乱れている。
仲良くしている国同士もあるけれど、国土の大きさは豊かさの
バロメーターの一つでもあるから、歴史的には
「いつ獲るか獲られるか」の関係になることが多いのだよ。

さらには互いの力関係によって国境線が容易く動く。政(まつりごと)の
トップは、いつだって戦争おっぱじめる理由にもっともな大義を
掲げているけど、要はただの奪い合い、殺し合いだからね。
別に頭いい事をやっているわけじゃない。
せいぜいサルの群れ同士の縄張り争いと同レベル、とでも思ってて。
ともあれ陸続きの国境線では、土地や自分達の存在を巡ってそういう
深刻な諍いになりやすいんだよ。ロシアだけじゃない。
中東も、アフリカも、アメリカ大陸も、地上のどこもかしこも、
歴史上常に数えきれないほど争いが起きている。もちろん今も。


一方日本は島国で、四方を海にガッツリ守られている。
隣の国とは言っても船か飛行機を使わなければ辿り着くことはできない。
歴史上では幾度か大陸からの侵攻の危機に見舞われたけど、そのたびに
海が日本を守った。元寇の神風のように。
海…もとい自然の地形が日本の国境を、民族を守ってくれたわけよ。
島国は数あれど、歴史上一度も他国の支配をうけなかった日本のような
国は極めて稀なんだ。
さらに日本人は元々経済的にも貧富の差が比較的少なくて
(最近はかなりなペースで2極化しつつあるというが)、
一般社会はいたって平穏。例えば大きな災害が起きて自身の生活が
脅かされても、決して配給の列を乱したり略奪をはたらいたりはしない。
基本的に譲り合い、整然と秩序だって暮らしている。

確かに、海外からしたら平和ボケに見えるのかもしれない。
でも、日本人のそれは決して悪いことではないとお母ちゃんは思う。
なんだかんだ日本が平和であるおかげで、お兄ちゃんは徴兵される
ことなどないし、コロナコロナ言っていながらも、命が脅かされる
心配をすることなく、緊張を解いて外に出かけることができる。
これは十分感謝すべきことなのだ。


しかし娘。
守られているということは、
即ち「見えなくなる」ということでもあるのだ。

冒頭に書いた通り、『海を隔てていようが、世界に壁はない』。
日本の文化・常識とはおよそ異なる他所の国だが、海の向こうで
立ったさざ波は、何かしらの形で必ず日本に影響を及ぼしてくる。
今回の物価上昇のように。
そういう外の世界を知らず、狭いコミュニティの中で生涯を終える
暮らしもアリだろう。例えば西屋なんか海どころか山からも
守られちゃってる。このまま細々商売を続けるも、また一つの人生。
否定はしない。

しかし、これまた何度でも言おう。世界は広い。
国境というブラインドを上げて敢えて他所を知り、なんならその目で、
足で他国を実体験することで、違う価値観や生き方、全く新しい景色や
人に出会うことができる。
尤(もっと)も、今のように便利な情報社会であれば、何も実際海を
越える必要はない。もちろん直接行けりゃ尚可だが、文明の利器を
使いこなせれば、いくらでも正しく学びようがある。

世界で何が今起きているのかを自ら知ろうとすることは、
巡り巡って己自身を守ることに繋がる。
いつか自分が大人になって、人生の道中で迷った時、
世界の知識・常識が思いがけず助けになることもあるだろうから。

その時は、世の中が今より少しでも平和であることを
お母さんは祈っているよ。
え?お母さんこそくたばるな??
もちろん長生きするさ。

だからよいかね、
遠く離れなくても、守られたままでもいい。
眼をよく開いて、娘よ、世界を学びなさい。

そして心から誇れ。自分が日本人であることを!


今日の2曲 

"Asian Sea"

Wong Wing Tsan(黄永燦)"Fragrance"(1989)


(↑Youtubeで視聴!)

中国系イギリス人(日本人クォーター)のピアニスト、
ウォン・ウィンツァンのアルバムから。
曲のタイトルが今日の話題にぴったりだったのでチョイス。
ヒーリング系ピアノ曲を集めたコンピレーション・アルバムにも
よく収録されるので、聴いた方もいらっしゃるかと思います。
ひたすら癒されます。静かに波が打ち寄せる、
あたたかい春の海辺のようなやさしい曲です。


"La mer"  L.109 

Debussy / Simon Rattle & Berliner Philharmoniker (2005)


(↑ラトル&ベルリンフィルがなかったので指揮者カラヤンver.で
お届け。ラトルver.よりやや大人しめの仕上がりです。)


海つながりでもういっちょ。
ご存じドビュッシーの組曲「海」。波の打ち寄せる様や水しぶき、
夜明けの眩い朝日など、表情豊かな海の情景を壮大に描いた、
クラシックきっての名曲です。
初版のフルスコアには、かの葛飾北斎の「富嶽三十六景~神奈川沖浪裏~」
が描かれたことでも知られております。wikiで見てみて。
(表紙になっただけで作曲のモチーフになったわけではないようですが。)
芸術はいいな。
いついかなる時も、海という国境を平和の裡に容易く越えてしまえる。
私も何かを作ったりできたらいいのにな…。
有名な曲なのでアルバムはたくさんありますが、
今回は王道のラトル&ベルリンフィルコンビを選びました。

2022.06.27

Quo vadis? ~前編~


どーん。
ちょっとヤケあり、傷あり、汚れあり…
いかにも中古なこれらの大型本。



しかし、私にとっては紛れもなく宝の山です。



久しぶりの更新となりました。

前回までのシリーズを書き終え、
一つ大きな山を超えたような心境でおりました。
かの巨匠ミケランジェロは「私は大理石の中に天使を見た。
私は彼を自由にするために掘るのだ」という名言を残しましたが、
この度の私も、胸の内に滾(たぎ)るインプレッションの塊を
漸く吐き出した感じです。まぁ…インプレッションと言っても、
ミケランジェロの完成された天使には到底及ばない代物ですが…。

流石にエネルギーを出し切ったせいか、ちょっと燃え尽きまして。
今しばし筆を休めたい。
そう思い、空っぽになった頭の中をあらためて整理しつつ、
暫くインプット(学習)に集中しておりました。


で、具体的に何をインプットしているかと言いますと…
残念ながら、資格取得だとか、ビジネスに即役に立ちそうな
知識だとか、そんな将来性のあるお堅いジャンルでは全くない
ことだけは確かです。やってる本人だけが大真面目なだけで。

というかエッセでも散々触れましたね。
ただいま私、書道に続いて新たに仏教美術(仏像・仏画全般)
に絶賛傾倒中です。それどころか、門前の小僧習わぬ経を
なんとやらで、とうとう仏典まで齧り始めてしまいました。




平等院鳳凰堂に描かれた九品来迎図(右)。そして、
ナセBAこと米沢市立図書館で借りてきた仏画の描き方解説本(!)。

どこにいくんだ小僧…もとい私。
これまで全くと言っていいほど興味関心がなかったはずの仏様の
一体どこから「萌え」要素を発掘してしまったのでしょうかねぇ…。
やっぱり春の出会いかなぁ。




京都・宇治市にある伏魔御厨子…でなくて平等院鳳凰堂。
高校時代の修学旅行時はもっとすっぱげた色でしたが、いつの間に
綺麗に塗り直され、創建当時と変わらぬ美しさが蘇っていました。感動。
雲中供養菩薩の彫刻他、上記の九品来迎図が内壁に描かれています。

百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、本物との出会いは
あまりにもインパクトが違いすぎました。
本当に自分でも予想だにしない化学反応が起きてしまった。
それが、今も続いています。

まぁ、書道も仏教云々も方向性はあんまり違わない(?)し、
たとえ過去志向の文化知識でも、バタフライ効果じゃないけど
人生のどこかで思いがけず役に立つかもしれないし、
気が済むまでとことん付き合ってやろう!
とまっしぐらに沼にハマった結果が…冒頭の通りです。
我ながらよくわからない推し活である。





ちょっと話が逸れました。
さて、冒頭の写真にある古本の入手先は様々です。
先月、東京は神田町へ繰り出した時に求めた「戦利品」他、
地元の図書館で借りたらすごく内容が良かったからと、
密林やらヤ○オクやら駆使してようやくゲットしたものナドナド…。
もちろんどれも格安で!!
「リサイクルなどけしからん、ライターたるもの本はきちんと
新品を書店で買うべし」とは元朝日新聞名物記者・近藤康太郎氏
の弁。分かります。物書きが本代ケチるなって話よね(違)。
ぶっちゃけよう。元値いくらすると思ってんねん。
そもそもお目当ての本はほぼ絶版で、新品ではまず手に入らない
ものばかりです。選択肢は最初からありませんでした。
中身が無事で落丁でもしていなければ、私は基本的にガワの
新旧は気にしません。むしろ、あの如何にも年季が入って
やや黄ばんだ色味や、古本独特のまるで落ち葉のような
ほのかに甘い匂いが大好きです。
(正体は何だろう…まさかカビ(笑)?)
あたかもそれ自体が命を宿したかのように、時と共に重みを増す
古書・古筆の不思議な貫禄。
本も仏画も建物も、その雰囲気はどこか同じものがあると
私は感じています。







さてこちら↑
日本に現存する古筆のうち、最古にして、あの聖徳太子筆と
伝わる法華義疏(ほっけぎしょ…日本に最初期に渡ってきた
(大乗)仏典である法華経の解説書みたいなもの)です。

聖徳太子といえば…説明するまでもありませんね。
智謀才略に富み、冠位十二階や十七条憲法など大陸由来の
制度を日本仕様に整え、飛鳥時代の中央集権体制を幾年にも
渡って支えてきた、まさに偉人オブ有名人。
あり得ない話ですが、もしも彼がパ○ピ孔明みたいに現代に
タイムスリップして、さらにはうっかりTwitterアカウント
なんて開設した日にゃ、1日でフォロワー1000万人突破
くらいあっさり実現できそう。何の話だ。

どういうわけか聖人君子のイメージが強い聖徳太子ですが、
実際は目的のために政敵を失脚させたり時には誅殺したり、
そこそこ…いや相当やる事もやってたお方であります。
まぁ彼が生きていた頃はそういうのが日常茶飯事な時代
でしたから、そこは引き算するとして。

そんな彼の直筆は…あら何だか丸こくて可愛い。
肝心の記名がないため、太子の真筆ではないという説も
あるようですが、そこはスルーするとして。

書道専門書の解説によると、彼の字は隋朝の書体を踏襲
しつつ、軽快かつ迷いのない筆運びで行草字を認めており、
当人の理解力、知性の高さが伺えるとのこと。
素人の私が見ても、頭の理解に手の方がギリギリついて
いってるような、行書と草書が混じった興味深い書き方だと
思います。きっと、書体を整えるよりも何よりも、次から
次へと伝えたい事が溢れて、筆が止まらなかったのでしょう。




この法華義疏しかり、
たとえば知恩院の阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)、
顔真卿の祭姪文稿(さいてつぶんこう)しかり…
今は亡き先達が、ひと筆ひと筆に込めた、その人にしか
醸しだせない一瞬の“魂“。これらに触れた時、私は言葉では
語り尽くせない感動を覚えます。書いてある内容だって、
傍らに専門書さえあれば、本人の直筆を通してちゃんと
理解することができます。

もちろん直に会うことはできないわけですが、
こうして遺された貴重な肉筆の数々と向き合うたび、
彼らの面影や気持ち、果てはなぜか幻の声までもが、
ありありと伝わってくるような気がします。

それがなぜか、とても嬉しいと思えてなりません。


彼らが見つめ、認めた実物が当時のまま現存していることが
そもそも感動だし、「ああ、やっぱり同じ人間だったんだな」
と親しみを覚えるし、決して見ることは叶わない遠い昔の
はずなのに、例えば聖徳太子や、彼が生きていた時代に
一瞬で飛んでいけるような気がするから。

そんな「出会い」や「対話」が何より好きだから
尚更私は古きものの懐を心地よいと感じられるのだと思います。
書も、仏像も、西屋のような建物も

まだ機械のない昔、誰かの手を、思いを経て作り出されたもの。
それらは、本来儚く短く流れてゆく人の魂を、その瞬間その姿の
まま切り取り、幾百年も留めてくれる「器」のようなものです。

しかしそれは、永遠の存在ではありません。
ただ存在するだけではだめです。何しろ器ですから、
放っておいたらいずれ時と共に劣化していきます。
きちんとを守る者がいなくては、やがて朽ち果て、
永遠に失われてしまいます。

なんなら守り手にならなくてもいい。
その価値を理解してくれるだけでもいい。
いずれにせよ、そこに宿っているものを極力壊さずに、
その思いを未来へ確かに運んでくれる存在が必要なのです。
それはいつかきっと、未来の誰かを目覚めさせ、
時には癒してくれるから。

日々、考えています。
私がいま守っているものは一体何なのか。
遺したいもの、未来へ継いでいきたいもの、
それはどのような形なのか。誰が継いでゆくのか。

漠然としながらも、それが何なのかは凡そ知っています。
ほんの小さな器ですけれどね。

しかし一つだけ、全く答えを出せていないものがあります。

それこそが、

”Quo vadis?” (どこへ行くのか?)

(続)




今日の一枚 

Henosis

Joep Beving (2019)


↑サムネイルクリックで、公式Youtubeチャンネルから
1曲目の「Unus mudus(1つの世界)」を視聴できます。

オランダの気鋭ピアニストにして作曲家、
ユップ・ベヴィンのアルバム。
ベースはクラシックですが、ピアノの主旋律をさりげなく
支えるようなシンセサイザーのアンサンブルが、
イイ感じにセピア色の世界観を醸しています。

そうね、例えるならピアノが湖の上にうかぶ小舟、
後者は湖そのものといったところです。

すべてインストルメンタルで、ピアノソロが多め。
時間帯や季節で刻々とその姿を変えてゆく湖とその景色を、
湖畔の木々になっていつまでも眺めているような、
不思議と癒されるアルバムです。

2022.05.07

マスクで隠していた"椎茸"




桜満開だった白布のGW。おかげさまで期間中は連日満室御礼でした。
ここ数日のニュースを見聞きするかぎり、コロナ禍も今や日常の一部に
どんどん消えつつあるなと感じます。

たとえGW後にコロナの感染者が多少増えたとて、
誰かを責めるべき要素は何一つありません。
いつまでもじっと家に閉じこもっていられないし、
たまには外に出て美味しい空気を吸いたいじゃないか。

一度始めた習慣はそう簡単に切り替えられないのかもしれないけれど、
屋外にいるときぐらい、いい加減マスクは外してもいいんじゃないかな。

さて、春先に宣言した「エッセー書籍化」の布石もあり、
私ただ今、SNSでのブランディング強化中です。
といっても全然大したことをしているわけじゃありません。
主にTwitterで試験的に日々呟いては反応を確かめ、
少しずつ文章力のブラッシュアップに努めています。
買い物メモみたくただ気軽に呟いていられればいいんですが、
PR要素を入れなければいけないため、あまり表に出たくない
元祖猫派穴倉派な私にとって、これがなかなかの苦行。
フォロワーさんの数は増えると嬉しいですが、
繋ぎ止める力はないに等しいので、あまり気負わず、
地道に努力を続けていこうと思っています。
その中でも飛びぬけて四苦八苦しているのが、
SNSでの顔出しです。





「認知度を上げたきゃ、HPでもチラシでも積極的に顔を
晒しましょう。イメージでもいいから覚えてもらいなさい。」

というのがコンサルさんの弁。
はい、ごもっとも。耳が痛いでござります。

しかしまぁ、このアドバイスがなかったら、顔出しなんて
絶対に使わない手段ですね。本当に心が折れるから。
「なんでそんなに顔出しが嫌なの?」
家族にも友人にも幾度となく不思議がられました。
自意識過剰だとも。それは違う。絶対違う。
理由なんて一つです。
そうね…はっきり言うとかえって恥ずかしいのですが、
「顔面にカット椎茸(鼻)が乗っている」…と
いえばわかりやすいかな?え、なんのこっちゃ?
そう、鼻の形。実は子供の頃からコンプレックスでして。
どうも人様に見せるのが恥ずかしかったのです。
他の方の多くはすっきりした柳の葉なのに、こちとら
顔面の中央に堂々と菌類が鎮座してやがる!なんて。
アラフォーのくせに今更アオハルか?!と笑われそうですが。
まぁ、私本人が勝手にそう思い込んでいるだけなんですが…
冒頭で「美味しい空気を吸いたい」なんて宣いましたが、
やっぱりずっとマスクのままでいいや(笑)

そんな、子供の頃からの妄想じみた劣等感を少しでも
克服したくて、筋トレをしたり、ボイストレーニングをしたり、
(このあいだNHK「バリューの真実」で放送していたアレ)
いっそ外見は諦めて中身を磨こうと、書道やら何やらと
必死にかじりついているのは、ここだけの話です(苦笑)




漸く本腰を上げて、主にPhotoshopで再び絵も描き始めました。
人物が致命的に描けない私が苦肉の策(?)で選んだ、
「いつか表現したいもの」のトレーニングのひとつです。
illustratorと並行していますが、あれやっぱ難しいわ…えしいちゃん。。
昔々趣味で描いて以来の取り組みだから、これまた長い道程になるなぁ…。
書道も絵もまだ臨書・模写の域を出ません。でもこれでいい。
いずれきちんと技能を習得すべく、少しずつ頑張ります。
(ちなみに↑の元絵は俵屋宗達の「舞楽図屏風」(部分)です。)


とにかく、西屋のこと、自分のことをもっと
知ってもらわにゃ何ひとつ始まりません。
自信ないなんて言ってられない。
悩みに悩んで、漸く腹を括りました。
鼻はもういいや。いっそ椎茸を食べまくって
コンプレックスを乗り越えるからー--!!!

毎回はきついので、頻度はそれほどでもないかもしれませんが、
Twitterメインでたまーにポロっと私(実物)がいたりします。
どうか鷹揚に見守ってやってください。
このHPのトップページに各SNSのサムネイルが表示されているので、
UPすればすぐ分かるかと思います。ひー(笑)

今日の1曲
「海を見ていた午後」

荒井由実(1974)


荒井由実のセカンドアルバム「MISSLIM」から。
この中には映画「魔女の宅急便」のEDである
「やさしさに包まれたなら」も収録されていますが、
この「海を見ていた午後」を初めて聴いたときの
インパクトは絶大でした。ちょっとほんわりしたテンポ、
夢の中のような旋律。そして綴られる歌詞。どれをとっても
情感溢れていて、あっという間に世界に引き込まれます。

ソーダ水の中を 貨物船がとおる 
小さなアワも 恋のように消えていった 


デビューして間もない若さでこの表現力とは。
爪の垢を煎じて飲みたい。

2022.04.25

言葉と魂




この世に生まれたばかりの無垢な存在。
世に花開けと親は願う。
しかし次の瞬間、それは恐ろしい牙を剥き、
あろうことかこちらに襲い掛かってくるのだった…

悪夢はたまたホラー映画で観たような話です。
結末をあまり見たくないので、できればフィクション止まりにしたい。
ところが現実社会では、これに似た展開が意外と起きていたりするという。
それをまざまざと再認識する出来事でした。
某大手牛丼チェーン元取締役による、社会人講座での失言騒動。
皆さんの記憶にも生々しいと思います。"生娘"だけに。



きっかけはFacebookでした。
受講者の一人だった女性が発した怒りの告発は、
その日のうちにTwitterに飛び火し、たちまち大炎上。
すかさずメディアが拾ったことで、件の講師は一夜にして"時の人"と
なってしまいました。発言内容のアウトっぷりはもとより、所属する
会社の看板、場所と講座を提供した大学のイメージ、40万円近くも
するビジネス講座の在り様、失言を咎めなかった同席の教授陣の資質。
すべてに厳しい批判と疑問が及び、すべてがマイナス効果となって
当人に跳ね返っていきました。
結局彼は、所属先だった会社から
「取締役解任、今後一切関係ありません」と縁を切られる羽目に。

昨日の味方は今日の敵、雉も鳴かずばなんとやら。
今風に表せば「まさに特大ブーメラン」といったところか。
教室で口にした何気ない言葉で、就職超氷河期を勝ち抜いたはずの
超エリートが、わずか一両日の間に社会的地位のすべてを失って
しまったわけです。
彼にしてみたら、文字通り"悪夢"の展開でしょう。

一方、戦争だの物価上昇だの、この頃すっかり暗いニュースに
塗れていた世間にとっては、ぶっちゃけこれ以上ないくらいの
メシウマだったにちがいない。ちょっと胸糞悪いけど。
なにはともあれ、これ以上ないほどバカバカしい顛末でした。



今回の騒動、なぜここまで大事になったのでしょうか。

ひっかかったのは、「言葉」そして「SNS拡散」でした。
この両者が絶妙に合わさって、現代ならではの災厄の
トリガーが発動しました。一見分かりやすい展開なんですが、
妙に奥が深い。言葉を巡る因果の裏側を、私は覗いてみたく
なりました。
ちょうど今はライティングの勉強をしているところです。
いい機会なので、ここはひとつ実践を兼ねて、
発言の内容を掘り下げつつ、
真面目に考察してみることにしました。

ソースはSNSに流れていた発言の数々から。

①「生娘シャブ漬け戦略」
…SNSでとりわけツッコまれていた発言ですね。
それぞれの単語の意味は語るまでもありません。
氷河期の勝ち組といえば、だいたい40代半ば~50歳前後です。
なのに生娘だのシャブだの、やたら昭和のおっさん臭い卑猥な
言い回しで見事に墓穴を掘ってしまいました。
それも、女性も少なからずいたであろう公衆の面前で。

「人間はその人の思考の産物に過ぎず、
考えていることが即ちその人になる。」

インド独立の父と言われたガンジーの名言です。

つまり彼は、自らのリビドーを何らオブラートに包むことなく、
素っ裸で堂々とシャバに出ちまったわけです。スケベか。
見てるこっちが恥ずかしい。褌(ふんどし)くらい履け。
頭がいいんだから。
例えばヒギンズ教授になったつもりで「マイフェア牛丼戦略
とでも表しておけば、名画好きでユーモアのあるおっさん、
くらいには思ってもらえたかもしれない。


②「男に奢られると牛丼を食べなくなる」

…つまり彼にとって、世の女は(社会的地位に関わらず)
尻の軽い格下にしか見えないということです。あてこすりか?
かつて私も学生時代「女一人で吉〇家やらす〇屋に行くと
彼氏できないぞ」なんて野郎にからかわれたことがあります。
だから何だというんだ失礼な。彼氏くらいいたわ。
なんなら一緒に「予算重視で牛丼屋さんに行こう!」と
ちょくちょく足を運んだ思い出だってあるわ。

とまぁ女性蔑視をムンムンに匂わせる言い回しがまずひどい。
しかしそれ以上にこの発言のヤバい所は、自社の主力商品を
根本的に愛していないことを自ら暴露してしまったことです。
愛さないどころか、その辺のジャンクフードと同じような扱い。
自分は数百円の牛丼なんぞ食わん、本命にはもっといいものを
食わせるから。そんなうすら寒いニュアンスです。
このあたりは所属会社のコンプライアンスが鋭く問われた
所以でもある。そうだな、今もお店の看板と味を守ってくれて
いる全国の従業員さんに、まずは平身低頭謝ってもらおうか。

彼は一連の発言により、自分の会社だけでなく社会そのものに
マウントを取ってしまいました。そこまで尊大な態度とった
つもりはなかった、と本人は思うかもしれません。
でも、発言したのが「社会人向けビジネス講座(高額)」という
お堅い場所だったのがなお悪かった。
TPOの観念を一体どこに忘れてきたのだろう。
誰も咎めなかったのも悲惨でした。発言した個人に留まらず、
一緒にいた人まで同類であることを言外に示してしまったから。
自分のキャリアに対する強い矜持を持っている、いや鼻に
かけている人なのだとは思います。だからといって、
自分なら何言っても許されるという理由にはなりません。
そんなものはただの甘えと驕りです。

彼は"不幸なことに"運がよく、その貧相な教養を認め、
頭脳を買ってくれる会社に続けて恵まれたに過ぎないのです。
普通に生きていれば、社会に揉まれながら鍛えるべきそれを、
残念ながら怠ってしまったわけです。

だから余計に、同じく就職氷河期を目の当たりにした同年代の
怒りややるせなさが、SNSのあちこちでなお発火材料になったの
だろうと私は考えています。今回のことで心底思い知ったろう。
世の中は決して甘くないんだと。



大事に至った要因としてもう一つ外せないのが、
SNSの無慈悲なまでの拡散力です。
言いかえると、現代ならではの不可抗力。
そもそも、改まった内容やここぞという時でもない限り、
日常の言葉(会話)は何の気なしに放たれることが殆どです。
何の気もないから「その人自身」が出やすいし、
受け取る側もそれが本音かどうか、案外見抜けてしまうもの。
対面で声として聴く場合はなおさらですね。

当然ネットがない時代も失言騒動はあったはずですが、
一定範囲以上に情報が広がる媒体、そしてその守備範囲が
限られていたため、今ほど大事にはなりえませんでした。
どこからでも気軽に投稿が可能で、瞬く間にその情報を
受け取れてしまうSNSは、だからこそ要注意です。

万が一、うっかり手榴弾(物議をかもす発言)をタイムラインに
投げ込んでしまったとします。内容を間違えた、表現が適切で
なかったと回収(削除)、あるいは代わりにパイナップルを置く
(再投稿する)ことは可能ですが、最初の投稿が既に拡散されて
しまっていたら、そう簡単には収拾がつかなくなります。

自分がちょろっと話したor書いた内容を、別の人間が見つけて
SNSに投稿した今回のようなケースはもっと厄介です。
投稿者の要約や主観といったエフェクトがかかります。
ただの手榴弾じゃなくなるわけです。
あっちこっちに手榴弾が撒かれ、方々であべこべに爆発する。
拡散の挙句、いつの間にか手榴弾が核爆弾にすり替わっている、
なんてこともある。今回そのあおりを食ったのが、
吉〇屋だったり会場の大学だったりしたわけですな。
そりゃ諸悪の根源とはさっさと縁を切りたくなるわけです。
切ったところで、相当なダメージは免れませんが。

どのみち今では既に過去の話題となりつつあります。
そう遠くないうちに「そういえば、いたねそんな人。」
程度で片づけられていくでしょう。
自ら産んだ子に憑り殺される胸糞悪いオチよりも、
ある意味残酷な幕切れです。

無秩序に情報が溢れる今の世は、欲しいものを得るには
確かに便利です。しかし一方で、瞬く間にひとつの言葉を
神にも凶器にも変えてしまう恐ろしさをも秘めています。
そのことを、私達はゆめ忘れていけない。




~エピローグのようなもの~

先日、法隆寺を訪れた時のことです。
(桜が満開だった…。)



参道手前で偶然出会ったガイドさんが、
親切にも境内を詳しく案内してくれました。
なんとこの道20年という大のベテランさん。
その彼が、大講堂の薬師三尊像を前にして
「奥さん、観音さんと大仏さんの違い、分かるかな?」と
徐にクイズを出してきました。
さて、どこかで習ったような。
その場にいるだけで心が和む、穏やかな表情の仏像さんを前に
考え込むこと数分。「…髪型と服装ですかね?」
すると彼は微笑んで本尊を指さし、こう言ったのです。
「そう。髪型の違いが見分け方の一つや。見てみ。
あの真ん中の仏さん。パンチパーマやろ?」

 パンチパーマ。

あの、由緒ある法隆寺の、薬師如来(平安生まれ)の面前ですよ。
だしぬけに放たれたあまりにベタでストレートな例えに、
かの「聖☆おにいさん」の某漫才シーンすらすっ飛んでいきました。

それなのに。
言葉に体温を感じた、とでも言えばいいでしょうか。
三尊を見つめるガイドさんのやさしい眼差しが、声が、
言葉の向こうから惜しみない温もりを運んでくるのです。

そのこそばゆい感動に、私は静かに胸打たれました。
彼がいかに仏像たちを、法隆寺をこよなく愛しているのかを
理解できた瞬間でした。

SNSの字面だけだと、この温度はまず伝わりません。
伝えたい情報を必ずしも全て備えているわけじゃないから。
よほど表現の仕方をコントロールできる人でない限り、
相手の受け取り方次第で、言葉はいかようにでも
解釈の余地を与えてしまう。パンチパーマの話だって、
文章だけだとそれが単なる例えなのか、ジョークなのか
皮肉なのか、おそらくすぐには判断がつかないでしょう。

そういう意味で、文字同士のやりとりはあくまで一つの
手段に過ぎません。私はそう考えています。
特に日本語は難しい。
その奥深さや意味の広がりを知っている人ほど、
日頃から一言一句注意深く選んでSNSに投稿しているはずです。
そのくらいデリケートなものなのよ、
日本の言葉というものは。
(だから"生娘"はせいぜい妄想に留めておきなさい。)

字が人となりを表すのならば、
言葉はその本質(魂)をかたちどる。


ここでいう言葉とは「語り」です。
文字単体ではありません。
声や表情が加わって初めて、言葉に語り手の魂(体温)
が宿ります。言霊とはちょっと意味合いが違います。
魂がベースなので、ほんのり辛みのある言い回しだって
いいんです。もしも相手が見えない電話だとて、最低限
声があればいい。大事なのはきちんと魂を乗せてあげること。
そうすれば、どんなに遠くても、初めて会った相手でも、
主の温度を保ったままちゃんと相手に伝わります。

もちろん言葉選びも大事よ。
一つの意味を伝えるにしても何通りもの言い表し方ができる
懐の深さこそが、日本語の度し難い魅力であり、醍醐味だから。
まして言葉は生き物と同じく、時代と共に変遷して
いきますからね。うまく付き合ってこそ心地よい
コミュニケーションが成り立ちます。


あなたの言葉にも、どうか魂を乗せて。
時には誰かを励ますように。
生きていることをお互い確かめ合うように。 
世を知り、言葉を識り、正しく人になろう。


今日の1曲





長いな今回も!清涼剤を投下せねば。
というわけで、はい。オチです。
誰かさんのシャブ漬けとはまるで格が違う、
おっさんの魂の叫びです。

こちら、強烈なデビューで一世を風靡したAdoの
「うっせぇわ」を、何を血迷ったのかビリー・バンバンの
菅原進氏(御年73歳)が、あのゆるい節回しのままに
歌ってみた…
という、ネタなのか若い世代への意趣返しなのかよく
分からないカバー作品(?)。さてこの曲。
オリジナルをご存じの方ならよく分かると思いますが、
タイトルからして若い子が血気盛んに叫ぶ、やたら強烈な
歌です。それを、「また君に恋してる」や「さよならを
するために」といった往年の名曲で甘酸っぱい恋を
口ずさんでいた菅原さんが、のらりくらりと言葉の刃を
躱(かわ)しながら「頭の出来が違うので問題はナシ」
なんて歌っちゃってる。
それも仄暗い哀愁を漂わせて。
にもかかわらず、彼の歌声からは、オリジナルにはない
老獪さが見え隠れしています。一切力むことなく、
流れるように浮世をバッサリ斬って捨てています。
そしていつの間にか、「この歳この人でなきゃ歌えない歌」に
すり替えてしまっている。
狂気すら覚えます。
乗せる魂が違えば、同じ歌も化けるというやつです。

アナタも歌ってみます?

2022.04.12

天平時代にファンレター。

 


拝啓

東大寺の広い庭も、今は桜に代わって
色とりどりの春の花が咲いている頃でしょう。
貴女は今、この国の何処を旅していますか。
もしかして海の向こうですか。

光明子(光明皇后)さん、こんにちは。
天平時代から約1300年後の一般ぴーぽーです。
先日、私はとある願いを胸に、
子等を伴って奈良&京都を訪ねました。
実に二十ン年ぶりの古都再訪です。




旧平城京界隈は、貴女が旦那さん(聖武天皇)と歩んだ日々の思い出が
今も数多く残されています。東大寺、興福寺、お父さんの藤原不比等氏が
平城遷都と共に据えた春日大社。



そして法隆寺に収められた、お母さんの橘夫人の厨子…
そのすべてが、海外にまでその名を馳せるほど有名です。



私達が訪れた時も、国内を中心にお客さんがたくさん参拝に来ていました。
そして、奈良公園一帯に咲く桜を背景に、美しい社寺の佇まいを
思い出に残そうと、一心に写真に収めていました。




神の使いである鹿たちですら(聞いた話、揃って栄養失調気味らしい…)
此の世を謳歌していました。せんべい欲しさについつい人の腿かじるほど。

実は、奈良に到着してまず最初に私達が向かったのは、法華寺でした。


(法華寺の本堂。)

千人の民の垢を光明子さんが手づから流したという、
浴室(からぶろ)があったお寺です。


(浴室。江戸時代再建)

浴室はその名の通りお風呂。
今とは違って蒸し風呂式で、日本のお風呂の始祖のような施設です。
温泉旅館関係者として、素通りする選択肢はありませんでした。

幸運なことに、ちょうど秘仏である本尊十一面観音像が
御開帳されていました。インドから来日していた仏師が、
蓮咲き乱れる池の上を歩く光明子さんの姿をモデルに
掘ったという仏像です。何を隠そう、
今回の旅の一番の目的は「貴女に会う事」でしたから、
それが一番に叶えられたことはこの上ない僥倖でした。


(本堂内は撮影禁止。↑は絵ハガキです!)

金箔の貼られていない、決して華美ではない観音立像。
それでいて、凛と背筋を伸ばし、じっと前を見据える
その眼差しのなんと強く美しいこと。
じっくりと拝ませてもらいながら、私は、かつて
貴女が生きて感じていた世界に遠く思いを馳せました。

現代のように医療や科学技術が発達していなくて、
血で血を洗う政治的な駆け引きが横行していた時代。
人々が老いを得るまで平穏に生きながらえるのは
さぞ難しかったでしょう。幼馴染だった聖武天皇さんと
結婚するまでの過程も、決して平坦ではなかったと
後の世には記録されています。
それでも貴女は、そんな権威に決して奢ることなく、
飢饉や争乱など、数々の国難と真摯に向き合いました。

その中でも、お父さんの家があった場所に法華寺を開き、
貴族ではなく一般庶民の為に、介護施設の先駆けともいえる
浴室を建てたこと。


(興福寺の中金堂。近年再建されたばかり。)

同じくお父さんの遺産をフル活用して、
興福寺境内に施薬院や悲田院(今でいう病院に近い施設)を設け、
貧しい人、病める人を一人でも多く助けんと奔走したこと。



東大寺では、17年もの歳月をかけて大仏を製造したこと。

大仏様の大きな手が遍く人々を救うように、平和な世が長く続くようにと
皆と一緒に祈り続けてくれました。
その強い意志に、当時日本の全人口の約半数にあたる延べ260万もの
人々が応え、建立のために力を合わせたというのだからすごい話です。


(大仏殿の一角に置かれた創建当初の東大寺境内の模型。1/50サイズ。)

旦那さんを看取ったのちは、彼の遺品を大切に正倉院に収め、
その御霊も偲びましたね。

いつも誰かを大切に思い、激動の人生を送ってきた光明子さん。
たとえ時代と共に、当時の面影や記憶が薄れていこうとも、
その熱い思いが色褪せることは、決してありません。

光明子さんと旦那さんが守ってきた古都の歴史と遺構は、
その多くが世界文化遺産となりました。
正倉院の宝物達は、唯一無二の貴重な歴史的遺品となり、少しでも
その劣化を食い止めるべく、日夜専門家たちが保存に努めています。
息子だった基君(基親王)が成長した姿を思い描いて作らせた
という興福寺の阿修羅像は、当代随一のイケメン仏像として、
歴史好きな老若男女(特に歴女の皆さん)を虜にしています。
1300年も経ってから空前絶後のモテ期到来とくれば、
お母ちゃん思わず気を揉みたくなるところでしょうが、
彼はあくまで天上の人。
未来永劫「高嶺の花」ですのでどうかご安心ください。


私は、貴女の認めた楽毅論(正倉院蔵)が大好きです。
肝っ玉母ちゃんのような力強い書体。すごく達筆なのに、
ちょっと勢い余って時々ハミちゃってる字。
見た目のカッコよさじゃなく、心を込めて書写したのでしょう。
人の上に立つ存在だったから、なお人には言えない悩みや不安も
沢山あったと思う。そんな貴女の心の揺らぎをなにより身近に
感じるし、より深い親しみを覚えます。


奇しくも今の私は、臨書当時の光明子さんとほぼ同い歳です。
生きている時代や抱えているものの重さは全く違えども、
人生の旅路はみんな同じです。
今回の旅では、たくさんの思いがけない出会いと感動に恵まれました。
法華寺で最初に十一面観音像と出会えたことから、全ての奇跡が
繋がったのだと今では思っています。
現代とて決して平穏な世の中ではありません。誰しも時に迷いながら、
はるか未来に願いを託して、今日という日に感謝しながら
生きています。かつて光明子さんが様々な思いを胸に歩いたその道を、
私もまた通り過ぎようとしています。


人生とは何か。
死して残されるものは何か。
輪廻とは。
私が成すべきこと(生きている間にやりたいこと)とは。
…焦らないで、私は私のやり方で、一つ一つ形にしていきたい。
光明子さんの魂に触れたおかげで、肝が据わりました。
ただ今はお礼を言わせてほしい。
心から、ありがとうと。


どうかこれからも、
この国の行く末を、
そして、ほんの心の片隅でいいので、
私のことも見守っていて下さい。
またいつか会いに行きますから。
此の世かあの世の何処かで。


かしこ




今日の1曲

Run

Vallis Alps(2017)


"run"は文字通り走ること。そして実行すること。

最期まで凛と生きた光明皇后をイメージした当初から
この曲しか思い浮かびませんでした。
歌詞がそのまんま。
そして、透明な旋律も彼女にぴったり。

英語の歌だから下手な意訳はしません。
思い思いに聴いてみて。




↑最後に東大寺のマイベストショット…!
朝8時前に境内にゴーして撮りました!

2022.03.28

帰ってきた"今"!

 「女将さん!ごめんなさい間に合わない!
"退院"は4月上旬になりそうです…!!」

と、先週の半ば過ぎに三原さんから連絡があり、
「…もはやこれまで!!」
と諦めていた私の腕時計。

なんと、

土曜日に突然帰ってきました!!!!



ちゃんとバンドの傷はそのままに、文字盤含む心臓部がバッチリ
新品になって帰ってきました。
めちゃくちゃ嬉しい…。



メーカーさんが、ちゃんと古い枠も一緒に送り返してくれました。
無事に直ったという何よりの証拠です。
会ったことはないけれど、直してくれた職人さん、本当に
ありがとうございました。

旅先で突発的なアクシデントに見舞われても、これなら心置きなく
時間を味方に付けられる。
元気100倍あん〇んまん。



相変わらず白布は周り雪で、



春の気が森の深部にも届きつつあるとはいえ、やっぱり雪で、
日中の気温が0度すれすれなんていう寒さの白布。
この状態で、西日本の「気温20度」を想像して
着ていく服を選ぶのがまぁ大変です。
普段着が作業着か着物しかないという縛りも服選びの困難さに拍車を
かけました。旅程を組むよりぶっちゃけ大変だったかもしれない。

でも、なんとか身体を壊すことなくここまできました。
あとはしっかりと、その景色を、経験を、心に焼き付けるのみです。

全てはこれからのために。
行ってきます。



今日の1曲

Nobody Compares to you(feat.Katie pearlman)

Gryffin(2020)


↑和訳バージョンがあったのでリンクを貼りました。

Gravityというアルバムに収録された1曲。
最近この曲をヘビロテしています。失恋の歌っぽいけれど、
何となく「過去に囚われず今を生きろ」というエールにも聞こえます。
日本の歌と違って言葉に縛られないおかげか、洋楽は解釈に幅が持てて
好きですね。耳コピして時々口ずさんでいます。

'Cause it's your face that I miss
Your lips I wanna kiss

…好い。



2022.02.26

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-前編


とにかく雪が止まない。

次々積もる(一晩で太腿まで埋まる量)×3日以上連続!

なんとか通り道は確保。

ちょっと止んでも気温低すぎてほぼ溶けない。

まごまごしているうちにそこら中の屋根から雪が落ちてくる。

家も通路も再び埋まる。

道路雪壁がさらに高くなって回避スペースがなくなる。

除雪が追い付かないまま、また次が降ってくる。

∞ 

…ホント、なんつー冬だ。終盤はコロナどころじゃありませんでした。




今、ものすごく悩んでいます。

そうだな…この感覚は、
今冬のエゲツない雪の降りっぷりにちょっと似ているかもしれません。
いや、もっと深刻かも…たぶん。

結論から言うと、
自分が本当は何をしたいのか、突然分からなくなってしまった
(ンンちょっと語弊があるか…ベクトルはぼんやり定まっているのだけど、
急に言語化できなくなった、という表現が正しい)のです。

そして、それに伴うスケジュール管理もそれこそ全然できていない。
要は頭の中がぐちゃぐちゃ。
本当はじっくり考えたい事、やりたいことがものすごく沢山あるのに、
それこそ閑散期なんだからいくらでも時間があるはずなのに、
何故か焦るばかりで、実行に移せてない。
日々のルーチンだけで精一杯になってしまう。
とにかくいろいろ悪循環。
焦る。悩む。そして再び足がもつれる。

いかん、なぜだ!!!!
絶ち斬らねば!!!!!







私には、三十年以上懇意にしている大切な幼馴染がいます。
彼女の名は、SNSのHNを借りて「えしぃ」ちゃん。

小学生の時に彼女が隣の学区から転校してきて、
一緒のクラスになったのが付き合いの始まりでした。
趣味も志向も似通っていた彼女とはあっという間に親友に。
お互い刺激し合いながら楽しい思い出を紡いでおりました。

ところが、えしぃちゃんは中学生2年生の時に、
突然免疫系の難病にかかりました。現在も治療法がなく、
徐々に厄介な合併症などを引き起こしていく、所謂不治の病でした。

成績も優秀で、それまで卓球の強化選手として部活動に
明け暮れていたえしぃちゃん。アンタいつ寝てんの?と
言いたくなるほど体力自慢の子でした。その将来も、
進学の夢も、普通に暮らせるはずだったその後の日々も、
病気のせいで全て書き換えられてしまいました。
突然の告知と長期入院。これから青春花開くはずだった暮らしが
一変したとあれば、普通なら身も世もなく取り乱していたところです。

でも彼女は、突然不自由な体になっても決して人前で弱音を吐いたり
嘆いたりしませんでした。あっという間にシフトチェンジ。
自分にできる範囲で精一杯学びながら、趣味だった小説書きや
イラストの腕をコツコツ磨き、いつの間に独学でウェブデザインの
知識まで身に着け…
漸く成人を過ぎた頃には、細々ながらフリーランスで仕事を持つまでに
成長していました。

一進一退の不安定な闘病生活、入退院を繰り返してきたこの三十余年。
動悸がひどくて長い間起きられないこともあったり、逆流性食道炎で
体重が激減したりしたこともありました。
さらに近年は脳梗塞を発症して、その後遺症とも戦っています。
命が危ぶまれたことも一度や二度ではなかったハズです。
それでも彼女は折れませんでした。
今では体調と相談しながら、minneでオリジナルのアクセサリーを
販売
しています(←えしぃちゃんのminneの販売サイトです)。

今にして思えば、彼女は早いうちから、自身の境界線というか
輪郭というか、自分の得意な能力やそれを発信する手段を
きちんと身に着けていて、どこまでが体力の限界なのかを
驚くほど客観的に見極めていました。
そして、そのために不要と判断したものは、未練なくばっさり
切り捨てられるだけの強さも早くから兼ね備えていたのだと思います。

そんな彼女がつい先月誕生日を迎えまして、
いつものようにささやかなお祝いを添えて彼女に贈りました。



贈ったのは、私の母の形見でもある、アクアマリンと
モルガナイトのルース↑。

まだえしぃちゃんが病気になる前の小学生だった頃、
「宝物だよ。」と、こっそり棚から取り出して彼女に
この石を見せたことがありました。
(今思えば我ながらなんてガキんちょだと小一時間ry)
ロマンチックで想像力溢れるえしぃちゃんだったから、
たぶんこういうのが好きだろうな~、くらいの気持ちで
当時の私は何気なしにその石を見せたわけです。

ところが、その時えしぃちゃんが受けたのは想像以上の
感動と衝撃だったようです。
その時の私は知りませんでしたが、デザイナーとなった
えしぃちゃんの燃えるような審美眼、宝石への強い興味関心は、
まさにこの石から始まったと言うのです。
他でもない本人が当時の心境についてそうSNSで
呟いていたのをたまたま最近見かけて、
初めてこのことを知りました。

そうか…それならこの石は彼女が持つべきだ。

そう判断するのに時間はかかりませんでした。
私の手元で箪笥の肥やしになったままいつまでも日の目を
見ないより、縁ある人の下で輝いていた方がいいと。
もちろん事前に母の墓前にも報告しました。
亡き母と知己であるえしぃちゃんにとって、もしかしたら
重い形見分けになるかもしれない。でも、えしぃちゃんの
元でならきっと石も喜ぶだろう。
出会ったあの時の感動を思い起こして、これからの創作活動の
励みにしてもらえたら嬉しい。そんな手紙を添えて、
彼女に送り届けました。
えしぃちゃんはそれはもう喜んでくれて、
後日その経緯を写真まで添えて詳しくツイートしてくれました。
自分のことのように嬉しく思うって気持ちは、
まさにこのためにある言葉だよなぁ…。

そして彼女は、お礼のメッセージの中で、私の字が達筆で
えらく驚いたと絶賛してくれました。
今まで習字に取り組んできた経緯を知る彼女です。
その努力が素晴らしいと、手放しで称えてくれました。
うん。ありがとう。あんまりひけらかすようなものでも
ないと思っていたから、評価してもらえるとすごく嬉しい。


ああぁ…でも… 違うんだ。


えしいちゃん。私は本当は努力家じゃない。
長い間努力をして、何一つ欠けることなく形にしてきたのは
私ではなく、えしぃちゃんの方なんだ。

えしぃちゃんは覚えているかな?
小学生の頃、二人とも絵や作文が大好きで交換日記みたいに
創作物をやり取りしていたことがありました。その時ぽつりと
言われた言葉が今でも記憶に残っています。

「私はさ、努力型なんだ。元々能力がないから、努力して努力して、
やっと人に褒められるレベルになれる。でも〇〇〇(私)は違う。
天才型。特別練習しなくてもすごい絵が描けるし、物語も書ける。
私はめちゃくちゃ羨ましい」


そうです。私はいわゆる器用貧乏。
ちょっとかじってみたら大概のことはそれなりにできちゃうという、
後から損するタイプです。実はこの気質のせいで、長い間何を
やっても、感動ややり甲斐を得られませんでした。
まだ小学生で、付き合い始めてそんなに年月経っていなかったのに、
えしぃちゃんは既に私の本質を見抜いていたんだね。
結局私はその後も何一つ長続きしないまま、自分を変えるような
パッションにも出会えないまま、なんとなく進学して、
なんとなく就職して、笑っちゃうくらいあっちこっちで躓いて、
気が付けば10年以上もの年月をあっさり棒に振っていました。
今更時間は巻き戻せないから後悔しても仕方ないのだが。

その間にコツコツと彼女は自分を磨き続け、
少しでも自分の力で生活しようと努力を惜しみませんでした。
自分の限界を知りつつ、病気にめげないで今も向き合っています。

健常者の私なんぞよりずっと強く、はるか先へ進んでいるえしぃちゃん。
発病後、そんな彼女が私の前で涙を見せたのは記憶の限り一度だけです。
それは、同じく重病を患うえしぃちゃんのバイト先のオーナーさんから
「しっかりしなさい」と叱咤された時でした。
えしぃちゃんもあの頃は相当悩み、打ちのめされている時期でした。
それでも、それ以外の彼女はいつ会う時だって満面の笑顔です。




あれ、・・・私は今まで何をしていた?


ここで、突然現実に引き戻されました。
朝、目が覚めた瞬間、直前まであんなにリアルに見ていた
夢の内容を、覚醒と同時に一瞬で綺麗さっぱり忘れて
しまった時のような、あまり良くない意味で頭真っ白な状態。


私は何か一つでも、本気で取り組み続けてきたものがあったか?


投げ出さずに続けられたことと言えば…湯守くらいか?
えぇ、うそー…
西屋に嫁いでそこそこの年数にはなりますが、
今私が女将という立場に今あるのは、ぶっちゃけ嫁いだ先が
たまさか旅館だったからです。聞きようによっちゃかなりの
爆弾発言になってしまいますが。決して努力の末に勝ち取った
ものではありません。
なら、えしぃちゃんが称賛してくれた習字と書道は?
確かにペン字の通信講座を含めた習字への取り組み期間は
足掛け5年以上になりますが…
これが何かを生み出す素に繋げているかと言われれば、
答えは先述の通りナシ寄りのナシ。
書道も去年から本格的に始めたばかりで、
これからギアチェンジするかって段階に過ぎません。
いずれもまだ自己満足の範囲です。

あとは…このコラム改めエセエッセーくらいか。
地味ぃ~に(やりたい放題という意味ではわりと"ド派手に")
続けてはいます。なんだかんだ言って今年で6年目だし。
でもこのエッセー、
そもそも一体誰に向けて、何を得たくて書いていたのだろう?
そもそも今までそんな心持で書いていたっけ??え??
あれ、やばい。分かんなくなってきた。

待ってくれ、本当に私は一体何がしたかったんだ??

改めていろいろ考え直していたら、
自分の立ち位置ややりたかったことが、
急に何もかんも分からなくなってきてしまいました。


…で、以下冒頭に戻ります。





ロシアのウクライナ侵攻や物価上昇やGotoの消滅etc...
ここのところハートブレイクなニュースが次々巷に溢れています。
それらが焦りに拍車をかけているのも事実です。
そりゃ自分という軸がブレにブレまくっているんだから、
外からの情報の嵐にガードが効かないのも仕方ないっちゃ仕方ない。

しかし、だからといって不安に流されている場合じゃあない。
これじゃスランプどころか絶不調。
エセエッセーも続けていけなくなっちまう。
しっかりしろ。
世話になっていた先輩も言っていたじゃないか。
「どんなに志を高く持っても、今自分が守れるのは、
その両手を広げて抱えられる範囲だけだ」って。




……よし、もういちど立ち上がろう。

とりあえず、今まで何も深いことを考えないまま、
伝えるためのもろもろ技術も、読者の皆さんのリアクションも
何もかも置き去りにしたまま、好きなだけ駄文を書き散らしていた
過去の自分はとりあえずぶん殴っとく()
ただし今は後回しだ。

このまま中途半端な自己満足で終わっちゃダメだ。
確かに私は何やってもなかなか長続きしないダメな奴だ(った)が、
何一つ持っていないわけじゃない。自信を無くすな。
ただの山奥の旅館の女将だからといって、無力だと勘違いしてはいけない。
年初の目標にも戻って、自分がやりたかった事を思い出して、
そのうえで今何ができるのか、
もう一回、よーくよーく、考えるんだ。


2021.12.29

鳥小屋の扉 3(完)

 


まだ年越し前ですが、
クリスマス寒波でトータル1m以上雪が積もった白布では、
早くも上流の沢で表層雪崩が発生しました。
そりゃ毎日50cm前後雪が降りゃ何が起きてもおかしくはない。
当然お風呂用の山水もバッチリ止まってくれました(現在は復旧)。
ひと冬のうち一度は起きると思ってはいたけど、こうも早い到来とはな…!






↑どこが沢だ?そう思うだろう。見るんじゃない感じるんだ!

翌日出向いた三十三観音は完全に雪原になっていて、
取水口も沢もどこにあるのか分からなくなっていました。
うん、これも通常運転だ。息子と2人でせっせと掘りましたとも。



はい堀った。

年末年始も寒波が来るという予報が出ています。どうなるかなぁ。
人の都合でどうこうできる天気じゃあないことは分かっているんですが、
凡俗だからつい願ってしまいます。
もう少し穏やかな天気のまま年越しさせてくれと。





さて、本題です。

私がまだ彷徨える独身だった()頃、
一時理由あって老人保健施設に勤めていたことがありました。
その施設は病院系列だったためか、老健といいつつ終末医療機関的な
性質がとても強く、介護度が重く自宅も病院も滞在が困難だったり、
看取りの段階まで病が進行したりした高齢者の皆さんを積極的に
受け入れる、いわゆる「終の棲家」のような所でした。

そこで私は、人生初の看取りを経験したのでした。

彼女は、百歳を目前に控えた超高齢の方でした。
地元では知らぬ人のいないほど有名なお寺の女性住職さんでしたが、
初めて会ったときはほぼ寝たきりの状態で、老衰のため言葉を
口にすることも、覚醒することさえもありませんでした。
申し送りの時点で「余命持って約一週間から10日」と
かなり今今な状態であることを伝えられていたので、
きっと生涯その声を聴くことはなく、遠くないうちに見送る
ことになるのだろうと思っていました。

ところが、それから2~3日後のある真夜中、たまたま夜勤で
私が各居室を巡回していた時でした。
なんと、彼女がぱっちり目を開けて、無言のまま、
天井をじっと見つめていたのでした。
時刻、およそ午前1時。
そりゃーもう口から心臓が飛び出るほどびっくりしました。
お休み中の皆さんをいたずらに目覚めさせないように特別に
用意された、控えめにしか灯らない懐中電灯をその場で
落とさなかった私を誰か褒めてくれ。

さて、巡回の真っ最中である。
じんわり手ににじむ汗を感じつつ、深呼吸と共に少しずつ
気を取り直して、彼女の様子をよーっく見てみると、
無意識なのか、彼女はわずかに首を左右に振っていました。

あれ、もしかしてどこか具合が悪い?
入所中の皆さんに異変があれば、すぐに看護師に伝えなければ
いけません。ほんの少し怖い気持ちを腹の奥にねじ込んだ私は、
恐る恐る近づいて、とにかく驚かさないよう声のボリュームに
注意しつつ「…〇〇さん、具合はいかがですか…?」と
話しかけてみました。

…どのくらい間をおいたか。
しばらくして、彼女は首を振るのをぴたりと止めました。
そして、目線は天井を向けたまま、
徐(おもむろ)にこう尋ねてきたのでした。

「…さて、鳥小屋の扉は開かれているか?」

…ん?

…ん"ん??

今なんて??!!

なんともオーラのある、落ち着いた声。
やや低く掠れてはいたものの、「お迎え」が間近に迫った
人の声にしてはあまりにもしっかりした声量だったので、
一時的に彼女が目覚めたことへの驚きよりも何よりも、
彼女の言わんとする言葉の意味にすべての意識を持って
いかれてしまいました。

鳥小屋…ニワトリか?
いや何か違う。
多分、そのものの鳥小屋という意味ではなく、
仏教的な禅問答に違いない。なるほど分からん。
しかしこれは対話しなきゃいけないやつだ。
誤魔化さず、きちんと答えなきゃダメな問いかけだ。

数秒間ほど必死に頭を働かせて、私はとっさに答えました。

「はい、ちゃんと開いていますよ。」

すると、彼女は視線だけゆっくりこちらに向けて、
わずかに目を細めました。「そう…それでいいんです」
最初の声よりもやや柔らかい、何となくホッとしたような声でした。
表情は殆ど変わらなかったし、眠っている姿しか見たことが
なかったから確証はないけれど。
たぶん、その時の彼女は微笑んでいました。

そうしてどのくらい、無言のままそこで突っ立っていただろう…
とにかく滅茶苦茶心臓がバクバクしていたのは覚えています。
その後のことはもうあまり覚えてはいません。
結局そのまま、再び意識の奥へ眠りに入った彼女を見届けて、
布団をかけ直して居室を出たような気がします。

その数日後、
医師の見立てに違わず、彼女は静かに天寿を全うしました。
何という運命の引き合わせなのか、彼女が身罷ったのは、
これまた私の勤務時間中のことでした(日勤)。
上司である看護師と一緒に未だほんの少し温かい身体を
清拭しながら、ずっと件のやり取りが頭の中を巡っていました。
その後僭越ながらエンゼルメイクも施したしだいですが、
すべての処置を終えた後もなお、彼女は時間を進めながら
眠っているようにしか見えませんでした。
細身でやさしげな目元、凛とした姿はまさに菩薩様。

×時×分 チェーンストーマ呼吸、バイタルほぼ計測不能
×時×分 バイタル停止、昇天す
     エンゼルメイク施し、×時×分、退所

…と締めくくられた彼女のカルテを読んだときの、
あの胸をかき毟りたくなるような言葉にならない感情は
何にか例うべき。全く赤の他人同士だったわけですが、
私にとってあまりにも貴重な経験となりました。







…あれから十数年が経ちました。

今でも時々思い出します。
あの鳥小屋は一体何を意味していたのだろうかと。
繰り返しになりますが、あの時彼女は長い昏睡から目覚めた
ばかりでした。でも、声質や言葉の内容からして、とても
夢現状態だとは思えませんでした。

なぜ、扉が開かれていることが是だったのか。
なぜ彼女は最後に微笑んだのか。
そも「扉」とはいったい何を指すのか。

仏教の思想に頼らなくとも、およそいろいろな解釈ができます。

人生もっと自由に生きなさい、とか、
固定観念に囚われてはいけない、とか、
あらゆる執着を捨てよ、とか。

その本当の意味への問いかけは、私のその後の
人生の道程で折々形を変えながら、ずっと心の奥に
燻ぶっていました。

…そして、ようやく最近、ホントに最近、気づきました。
これは私にとっての「香厳撃竹()」だったんじゃないかと。
それも、一発覚醒で終わりじゃない、長い長い悟りの過程に
導く尊いきっかけだったのだろうと。

☆香厳撃竹(きょうげんげきちく)…
中国唐代の頃に生きた香厳という禅僧にまつわる故事。
才能に恵まれていた香厳は、ある時師匠の問いに答えられず
大きな挫折を味わいました。自分に失望した彼は地位や権威を
捨てて、敬愛していた昔の僧侶の墓守になって、毎日お墓掃除に
明け暮れていました。ある日、箒でいつもの掃き掃除をしていたら、
たまたま弾き飛ばした瓦のかけらが近くの竹に当って、
メチャクチャイイ音が鳴ったそうな。カーンとか、コーンとか。
そこで彼は大悟!
悩める自分に気づきとなる言葉を与えてくれたかの師匠に、
心から感謝したのだった!!
…という一見どこにオチがあるのかよく分からない内容ですが…
分かりにくいかな…。
かいつまんで言えば、自分におごらず真摯に問い続ければ、
人生のどこかで"撃竹"に出会うって話よ。…多分!


前回のコラムで、過ぎた期待はやがて"価値観の強制"につながる、
みたいなことを書きました。親子とは言えそもそも他人。何もかも
理解しあおうとすることは不可能だというのに、理解できないが故に
お互い苦しんでいた等々。
私は、思いがけない墓参りやそんな息子との一件その他諸々を通して、
いろんな意味で「自分の中のこだわり・執着を手放す」ことの大切さを
少しずつ教えられてきました。

鳥小屋の扉のエピソードは、
あるべきままに生きよという彼女からの深遠なメッセージだったと、
今では思うのです。

「鳴かぬなら××××ホトトギス」って有名な例え文句がありますね。
信長の如何にも短気なアレ、
秀吉の「実現するまで回り道はしねぇ!」生き方、
家康の「でも最後に勝つのは俺だから」タイプ…
ググってみると、各々有名人に当てはまる色んな亜種?があるようで。
きっと世の中、人の数だけ××××があるんだろう。そして、人ひとりが
生きている間にも、何度だってその中身は変わっていくんだと思う。
私も過去××××にいろんな言葉をぶっこんで、七転八倒しながら
生きてきました。総じてろくでもない××××が多かった気がするが…
…今更だな(爆)。
大概苦しかったし、挫折してから立ち直るまで時間もかかったし、
なんなら今歩いている道だって平坦じゃありません。
けれど、変えることのできない過去を今更悔やんで何になろう。
失った時間を惜しみ、自分のダメさを責めて何になろう。
悔恨も執着も捨てて、みんなまとめて赦してやってもいいじゃないか。
枡野さんの本にも書いてありました。解き放つことの大切さを。

だから、
「鳴かぬなら、扉を放とうホトトギス」。
今の私は、こう繋ぎます。

もしも鳥小屋が家だとする。居心地がいいならその場に留まるのもいい。
だからといって、別に置かれた場所で鳴かなきゃいけないわけじゃない。
逆に「自分の鳴く場所はここではない」と思ったのなら、より自分が
納得できる場所を探して、心の赴くままに飛んで行ってもいい。
自分自身がそうであるように、家族や他人に対しても、扉は開かれている
べきなんだと思う。誰しもが、全の中の個でありながら、決して
埋もれているわけじゃなくて唯一の個でもあるわけだから。
心がどこまでも自由であることは、きっとこういう境地なんじゃないかしら。

子供達よ、卑屈になることなく、胸を張ってあるがままに育つが良い。
扉に鍵なんてかかっていないから。いつでも開け放って自由に
飛び立つがいい。

自由に、穏やかに、誰とも比べない自分のままで、
みんなのびのび生きていこうじゃないか。

今生の終わりまで。



今日の1曲

"Return To Innocene" ~The Cross of Changes

ENIGMA(1993) 



(↑公式ようつべPVへゴー!)

前作MCMXC a.D.(サッドネス・永遠の謎)で
グレゴリオ聖歌ブームを世界中に巻き起こした
エニグマの2ndアルバムから。
Return to Innocenceは作中唯一シングルカットされた
曲ですが、これがまたミリオンヒットしました。

この度のテーマの締めくくりにドストライク(私が)。
とにかくいい歌詞なのはもちろん、死から誕生まで
とある男性の一生を少しずつ時間を巻き戻しながら
展開されていくPVも秀逸なのでぜひ見て聴いてみて~。

2021.12.24

鳥小屋の扉 2

 
今回の話題。執筆するにあたり、
本コラム史上最強の生みの苦しみを味わいました。
ほんと、どえらい時間がかかった…
アップロード寸前で謎のデータすっ飛びエラーが起きたのもヤバかった…
呪いかよ…百鬼夜行かよ…

メリー・クルシミマス!?!!!!

今年の西屋のクリスマス演出↑。毎年控えめです。



ある日、出かけ先から漸う帰路につく車の中、
だしぬけに息子が放った一言。

「ねぇ。そういえば、イエス・キリストはサイゴノザンパンで何を食べたの?」



サイゴノザンパン。



・・・・・・最後の残飯。





…は。

おのれ、今残飯と言ったか息子?
まさか空耳アワーじゃあるまいな??

神の子イエスの人間最後の食事がザンパンとかなんの冗談だ。
イスカリオテのユダとて”Mottainai”に涙して裏切りを悔い改めるわ。
てか、それ言うなら「晩餐(ばんさん)」な!

内容?
血(ワイン)と肉(パン)な!!



(↑どさくさに紛れておススメのやまがた金渓ワインをうp。)

…また別の日。
中学校の校外授業(フィールドワーク)で訪れた寺の近くに、
たまたま私用で本人連れてやってきたときのこと。

「ここここ!お母さん、このお寺さんが僕こないだ学校行事で来た、
…えーと…「ゴクモンデラ」だよ!!」


ゴクモンデラ。


もしかして:獄門寺。


…へぇ、そうか、もれなく地獄行きかヤバいな(白目)……って、

ちっがーーう!!
表札には「極楽寺(ごくらくじ)」と書いとるがな!!



また日付は遡り。中学校入学早々クラスに張り出した自己紹介で
「好きな食べ物」コーナーに書き込んだのは、なんと「ボルシチ」。
肉じゃがでもハンバーグでも餃子でもなくボルシチ。マジかボルシチ。
そもそも最後に食べたのがいつだったか、作った本人の私がまるで
思い出せないんだけど。あぇえ…少なくとも1年半以上は前かな…
一体全体何が気に入ったというんだ?
真相が気になって、後日当の本人に尋ねたら、

「え?え??ついこの間食べたよね?」

…ただのマジボケだった。
息子、あれはポトフだ。





↑あんまりボケるから、このコラム書いている間にボルシチ作っちゃったよ。
田舎だからビーツなかなかなくて探すのに苦労したわい…
(やまやで売ってました☆彡)



とまぁ、よくも悪しくも"阿保の子ほどカワイイ"を地で行く我が息子。
最近思春期なりの隠し事こそ増えてきたものの、素直で心根の優しい
子供に育ってくれました。
(尤もまだ10代前半…この先どう化けるかは神のみぞ知るところ。)
五体満足のおかげで、病気や大きなケガもなく、
すくすく成長しつつあります。ありがたい限りです。

ただ…それとは反対に、言葉やしぐさから滲み出る奇妙な幼さが
母はずっと気になっていました。うまくは言えんのですが、
自分(中身)を律し鍛えようとする意識、そして、子供ならではの
瑞々しい「好奇心」…つまり学びへの意欲がまるで感じられない。
まぁ…そんな最初から何でも備わった人間なんているわけないし、
まして今の日本社会は(たとえそれが得られなくても)与えられる
ものが溢れすぎて、それでいて先行きが見えない、漠然とした不安が
いつもどこかに停滞している不穏な印象がぬぐえません。
行動の軸となる夢や目標意識を抱きにくい環境要因も
あるのかも。ちょっと甘~い見方ですが。

だとしてもだ。
「他の子と較べて」やたら人間力の稚拙さを感じてしまうのはなぜ。
親の目が厳しすぎるから??
比較対象が少なすぎるから??
そんな堂々巡りの答えは、2学期折り返しの時点で渡された
成績表にバッチリ記されていました。つまり…アレだよアレ。
「紅の豚」のワンシーン。青天井の空の下で某夢から醒めた
若き日のポルコ・ロッソ。超低空海上飛行。

察してくれ…その状態でよく飛んでいられるな。奇跡か。
そう…我が息子の目下の弱点はまさに"頭脳"だったのである!
おつむ!!!


人間社会ってのはどうにも息苦しい環境で。生きていくために
成長しながら学んで、やがて収入を得る手段を獲得して、
どんなかたちであれ地に足のついた生活を築く必要があるわけです。
ストレートに弱肉強食な野生動物の世界とはまた違う生き方、
世を渡る術を身に付けなければいけません。

ところが若い頃の私はとんだアウトローでして。
「んな屁理屈知るかぁ!」とばかり散々道を外しまくり、
何度か綱渡りも経験しました。
つまりは真正阿保の子だった(笑)
それが何の因果か旅館の女将となって、一念発起して、自分をより
好きになりたくて、己の内側からとにかく「変わる」取り組みを
続けてきました。己にカツを入れれば、身の回りの環境ごと状況が
好転して、やがてWin-Winの関係が築けるだろうと。

家族、こと息子についても「ちっと日本語スキル怪しいな(汗)」
と思う時はあったものの、基本楽観的に見守っていました。
成長と共に学ぶ環境も変われば、年相応に自分を磨く努力くらいは
しているだろう、徐々にその範囲を広げて、いずれ周囲に流されない
人格を身に着けていってくれるだろうと。
勿論親としてのサポートも折々添えてきたつもりでした。

でも、違っていた。私は息子のことを分かっていたようで、
全然理解できていませんでした。

今年最後の三者面談の後、半ば宇宙猫みたいな顔になっていた
息子と膝を突き合わせ、よーくよーく話し合ってみました。
どうやら彼は、日頃何でもないような様子でいて、計画的な学習の
仕方とか、日常生活での優先順位の付け方とか、勉学以前の
「生きるための基礎知識」をまとめて後ろにポイポイしたまま
何となく生活していたらしいことが漸く判明。

えーと…例えるなら、泥酔して今にも意識トびそうなのに
「俺酔ってないよ!!」なんて自信満々に笑いながら、
何なら千鳥足ですたすた歩ちゃうパリピタイプ(違う違う違ry(笑))。

そんなわけ分からん状況が続いていたにもかかわらず、
本人は学校に行くのはめちゃくちゃ楽しいと真顔で言うのです。
たとえ体調が優れなくても、這ってでも登校すると訴えるほど。
おいどういうことだ。



息子は進学と同時にいきなり人数30倍の学校に放り込まれました。
最初は本人も不安がっていたし、さぞ順応するのも大変だろうと
思いきや。意外なことに、今じゃクラス内外問わず両手両足じゃ
数えきれないくらい友達がいるらしいのです。
さらに驚くべきことに、息子は家での会話で、そんな友達(複数)
への称賛を頻繁に口にするのでした。とにかく褒める褒める。
「あの子滅茶苦茶成績イイんだ。そんで僕とも仲良しなんだ」
「〇〇って子はスケボーが上手だよ。すごいよね!でもさ、
意外な一面もあって面白いんだ」etc.…


正直ビックリでした。
ますます私の理解は追いつきませんでした。
なぜなら、同じ頃の私にはそんな才能全くなかったから。
むしろ「アタシの屍を越えてゆけ!」と言いながらワザと
相手を蹴落とす滅茶苦茶ひどい奴でしたので…。いやホント鬼。
今でこそ、そんなロクでもない本性と折り合いをつけて穏やかに
暮らしてはおりますが、本来の性格が性格なだけに、
息子、プライドないのか?
なんてつい心配したくなることもありました。
しかし、よーく話を聞いてみると、
決して自分を卑下しているわけでもないのです。
ちゃんと矜持があって、違うものは違うとキッパリ言い切ります。


ここでやっと気づきました。
私は、自分の過去の経験や知識、理解できる範囲やかたちを
全く変えないまま「なんで息子はポツコンなんだ」と
向こう岸から檄を飛ばしてばかりいたこと。
そのせいで、息子の良さや為人(ひととなり)を全く
理解できていなかったこと。
理解できないから、結局他所の子供や返ってきた成績など、
ほんの一部の比較できるものだけを基準にして、相対的に
息子の輪郭を捉えようとしていたことに。



他者をありのままに受け止め、尊重し、友情を育むという、
教科書的な知識だけでは獲得できない慈悲にも似た精神を
幼いなりに息子は既に備えていました。
にもかかわらず、母とはいえ考え方も生き方も異なる私が
自分基準でしか息子を映し出せなかったために、最近まで
その本質を見抜いてやれませんでした。
確かに学力面では他の子からかなりな遅れをとっているだろうし、
これまでの子育て観を大きく変更して息子と向き合わなければ
いけなくなったわけですが、
実はこれ、すごくいいパラダイムシフトできたということなの
ではないだろうかと思い始めています。

お手本にしているのは、そう、ご存じスティーヴン・R・コヴィーの
「7つの習慣」。有名な本ですね。
うん、最近読んだ(爆)
結論から言えば、もっともっと早くから読んでおけばよかった!!
まぁ時間は巻き戻せないので、今じっくり彼の理念を読み解きながら、
息子に来るべきパラダイムシフトを目指しているところです。
変身せよ!ムーンプリズムパワー!!!

実は私、自己啓発系の本は眉唾だと思ってこれまであまり読んで
来ませんでした。でも、改めてよく読んでみたら、特に湯守に
なってからの紆余曲折や自己変革の過程で、7つの習慣のかなりの
部分をしっかり踏襲していたっぽいことに気づいて一人秘かに歓喜。
…おお…もしかしてこれ、ちょっとでも自分で自分を褒めていいヤツ?

それもこれも湯守業のおかげだ。
ありがとう温泉。ありがとうお薬師様。




今年のクリスマスでは子供達にそれぞれ本を送りましたが、
私もちょっとした1冊を自分にプレゼントしました。
禅僧にして造園デザイナーである枡野俊明さんの近著。

禅の思想や言葉は好い。水のように、不思議と心にすっと落ちてきます。

結局人生には完成形なんて存在しない。挫折も失敗も後悔も付き物ですが、
どの曲がり角も決して無駄なもんじゃなくて、掴み方を変えるだけで、
そのどれもが自分を変えるチャンスになるんだと教えてくれる。


息子もいつか越えてくれるといいな。
新しい自分になれる未知の扉の向こう側へ。



今日の1枚

UP直前で文章トンだせいでギリギリアウトだちくしょう!
百鬼夜行6時間遅れ!

Weihnachts-Oratorium,BWY248

J.S.Bach/Jordi Savall & Le Concert des Nations(2021)

(視聴するには長すぎるので、今回はリンクナシ!)


1734年にバッハが作曲・初演した「クリスマス・オラトリオ」。
初演はライプツィヒの聖ニコライ教会&聖トーマス教会。
教会で聴くには長丁場なので、日時や場所を変えて、第1部から
第6部を分割して演奏しました。

クリスマスソングと言えばワム!や山下達郎が王道かもしれませんが、
いいか、本物の王道(?)はこれなんだ!
オーケストラはバロック式ほぼ全乗せ編成+パイプオルガン+
混声4部合唱に各パート独唱有り。演奏時間は堂々のフルサイズ
映画約1本分(2時間半位)!
中身は言わずもがな荘厳すぺくたきゅら―!
とにかく長いし何回リピートしても何部だかすぐ忘れちゃうから、
1日中BGMで聴いててグーよ!!


…なんだこのノリ(笑)
まさに深夜ズハイ。(只今0:05)

2021.12.16

鳥小屋の扉 1




先月、つっても初雪が降ってくるよりさらに数日前のある日
(あらぁもうだいぶ前だ…)のこと。

ふと思い立ち、母の眠る墓を一人たずねました。
県を跨いで他家に嫁いだ身乍(なが)ら、実家から軽く日帰りで
行って来いできる距離に住んでいるのは僥倖、といえばいいのか。

で、突然の気まぐれを起こしたきっかけは、まー…あれだ。
恥ずかしながら、ちっとばかり実父と喧嘩をしましてね。
その折に不意打ちで喰らった、本当ならスルー出来るはずの、
言った本人からしたら何気なく発した一言。
何故かそれがひどく尾を引きまして。まるで遅効性の毒のように、
どうにも後からじわじわ骨身に堪えてきたわけです。

「(お前のせいで)あの世でお母さんが悲しんでいる」。

…父ちゃん、ええぃオヤ爺。
なんだYO、その聞き捨てならん捨て台詞は。
霊感もないのに故人の想いを勝手に代弁するとはどういう了見だ?
とか、
それってどう考えても傷心の我が子に投げて寄こす言葉じゃなくない?
いっそ年甲斐もなくタコ殴り(物理)してくれた方がはるかに
ダメージ少なかったと思うんだけど!
とか、
真面目にツッコみたいことは山ほどあったんですが。
ちょっとショックがデカかったのか脳みそ処理落ちしたらしく、
その場では何のリアクションも出来ませんでした。

…しばらくして出てきた結論が「そうだ、墓行こう(爆)」。

かくして休日になるや否や、半ば縋る様に霊園に足を運んだ次第です。
勿論ほぼ手ぶら。持ってきたのはなぜかライターだけ。
待て待て、花どうした花。・・・はっ!
ここでようやく脳内回路リカバリー。
なんだよーこれじゃお墓掃除はおろかお参りも何もできないじゃん!
すぐさま近くのスーパーに引き返して必要物品を現地購入しましたとさ。

(霊園のそばのスーパー、その立地から彷徨える参拝者のニーズを
よほど把握しているのか、お墓参りグッズがやたら充実していて
ちょっと戦慄、いや感動した…)

線香は個人的に一番好きな白檀の香りを選びました。あの甘く高貴な
香りが良い。花は高価なものではないけれど、種類が多くてとにかく迷い
そうだったので、「今はこの色の気分(直観)」に任せてチョイス。
今は良い時代になったね。どこのスーパーでも基本的に季節問わず
色とりどりの仏花が売られているおかげで、思い立ったらすぐお花を
供えることができますもんね。
これ、世界共通なのかな?
それとも日本独自の慣習なのかな?
都会の皆さん、お近くのスーパーでも仏花って売ってますか?
考えたことありませんでしたが、こうして手軽に故人のための花を
買い求めることができるということは、盆や彼岸といわず、
日々の生活の中で、折々死者に思いを寄せる人が絶えることは
ないという証左なのでしょう。
話それた。
次回は蝋燭と雑巾とたわし、あとは…そうだな~、
雑草を毟るための軍手も用意して、一式まとめておくか。

・・・・

こうして再び墓前に戻ってきた私は、黙々とお墓の周りを一通り
きれいにして、花器を洗い、漸う新しい花を供えた後、立ち上る線香の
幽玄な香りが青空に溶けていくのを感じながら、しばし手を合わせました。




(↑暗ーい写真でごめんなさい。逆光だったんだよ(汗))

「お母さん、会いに来たよ。まーたくだらない親子喧嘩しちゃったよ。
きっと呆れているだろうね。てか親爺の言ったあれ、ガセだよね?
あの性格もう少し何とかなんないかな?諦めろ?…やっぱダメかー…
…祖父ちゃん、書道まだまだだけど頑張ってるよ。箪笥の中の古い手紙
(ラブレター)勝手に読んでゴメンね。私も毛筆で手紙書き始めたよ。
…祖母ちゃん、生前会ったことがない嫁ぎ先のご先祖様ばっかりのお墓に
結局お母さんのお骨を納めたけど、そっちはどう?みんな穏やかな性格
だったっていうからきっと仲良くやれいると思うけど、くれぐれも
お母さんのことボッチにしないでねetc(以下略)…」

墓前に向かうと、心の中だけ饒舌になる不思議。
どれほど語り掛けたか…

ふっと見上げた空の、あぁなんという深い青さ。気が付けば、
あれほど荒れ狂っていた心がいつの間に解けるように
穏やかになっていました。



(やっぱ逆光だと暗いな!ビルの谷間に見えなくも…ないか(汗))

何と言い表したらいいのかこの心。
実は一人で墓前を訪ねるのは初めてでした。そして、これほど離れがたいと
思ったのもこの度が初めてでした。改めてこの場所がもたらす
思いがけない"癒し"に触れた瞬間でした。



墓といえば、個人的に思い出す印象的なエピソードがあります。

エピソードというか、高橋留美子原作「犬夜叉」のワンシーン。
主人公の犬夜叉が、かつての想い人だった巫女桔梗の墓が邪な妖怪に
暴かれたと聞き、仲間と共に現地へ調査に行くというわりと序盤の一幕です。
道すがら、犬夜叉は「死ねば土に還るだけの者のために、なんで後生
大事に墓なんか設えるんだ、人間のやることは理解できない」
みたいな疑問を口にします。
(とか言ってる犬夜叉も実は生母の墓をしっかり建てて花を供えて
いました。映画版で。)
するとそれに対して、桔梗の妹で既に老齢となった巫女の楓が
こう答えたのでした。「墓は、遺された人の思いなのだ」と。

「大切な人を亡くした悲しみにとらわれながらも、故人の分も強く
生きようとする。しかし人の心というものは、そう容易く逞しくなれる
ものではない。時に傷つき折れるもの。
墓は、そんな者たちの心のよりどころなのだ」と。

ベテランの声優:京田尚子さんの温かみある声で死者への思いを語る
この場面は、実は原作の漫画にはない描写でした。
でも、ものすごく印象的でした。

母の死を経た今なら尚更この言葉が身に沁みます。
平和な日々の中に津々と降り積もる、遺された者の寂寞。
それが一縷の希望と混ざり合って、さざ波のように心を打ち付ける
かすかな傷み。
私は無宗教の人間なので、墓そのものに魂は既に無いと考えています。
しかし、墓の中には確かに、かつて生きていた大切な故人の骨が、
その人の生きた証が収められています。
墓に来ることで、大切な人がこの世にいない現実を改めて
重く受け止める一方、ありありと思い出すわけです。
生前の姿を、かけてもらった言葉を、手渡してもらった温かい気持ちを。
時には、記憶の彼方に忘れていたそれらの断片を。
遺影の中でしか見たことがない先祖もまた、遠いまなざしを通して
悩みや苦しみを抱えた者を慰めてくれているのかもしれない。

お墓とは、お参りに行く所ではなく実は「会いに」行く場所、
だったのかも。そう思うと、すごく納得できます。

やがて心も晴れやかに、ひとしきり語り、祈りました。
この世とあの世を繋ぐ縁の者の安寧を。子供たちの幸せを。



【今日の一曲】


母の墓を訪ねた同じ日、少し足を延ばして、
前から一度行ってみようと思っていた三春町の滝桜も訪ねました。
白布温泉からは車で約2時間。




齢約千年、言わずもがな、かの有名な日本三大桜の一つです。
人生初の滝桜。そしてめっちゃ季節外れ。
県道わきにぽつんと佇む滝桜の周囲には、この日人っ子一人いませんでした。





近づいてみると、その大きさがよく分かります。
今は見上げる者もなく、静かな青空の下、滝桜はすこし疲れて
休んでいるように見えました。葉も落ちて、眠っているんだろうな。
でもなんだろう、すごく、優しい気配が伝わってきました。
生きているはずなのに、なぜか、先刻訪れた母の墓と同じ気配でした。
不思議だぁ。見ているだけで気持ちがぽかぽかするとは。
こんな包容力のある桜の木を、私は未だかつて見たことがありません。

そうか…この樹もきっと"お母さん"なのだろう。

そんなおおらかな滝桜のイメージに脳内ジャストフィットしたのが↓


"Oracle"

Michael Hedges(1996)


(ようつべでオラクル視聴!↑)


故マイケル・ヘッジスのオラクル。
ヘッジス8枚目のアルバムのタイトルにもなった1曲です。
ギターだけでなく曲中のフルートも彼の演奏。
ヘッジスは不世出の演奏技術を誇る凄腕のギタリストでしたが、
よくある「俺のド派手な演奏テクに酔いしれろ!~」タイプとは
真逆の存在でした。1曲1曲が丁寧に音楽として完成されていて、
ギターはあくまで彼の世界を表現する一つのツールとして、
複雑かつ色鮮やかな音色を紡いでいます。
オラクルは、私の特に好きな曲の一つです。
飄々とした風のようなフルートのメロディーに、どこまでも
深くやさしいギターの和音がほんと心地いい。
アコースティック版千の風。

マイケル・ヘッジスは、没後20年以上経った今でも
アコースティックギター界のカリスマとして世界中にファンが
います。今を時めく国内外のギタリストも、彼をリスペクトして
いるそうで、主人も実はその一人だったりします。
他にもエアリアル・バウンダリーズやドリーム・ビーチ等々、
挙げたらキリがないくらい名曲をたくさん遺していますので、
気になる方はようつべかApple Musicをチェキ!

2021.12.04

閑話休題 ~期ズレ過ぎて世の中と相容れないマイブーム~


先月、勤労感謝の次の日。
白布は本格的な雪の季節を迎えました。



初っ端から30㎝強の積雪…



白布温泉自慢の無散水消雪機構は去年から故障したままなので、
今年も道路脇は絶賛ラッセルバンカー。

そうか、そう来たか。
ンッフ、重畳♡

しかし間髪入れず、数日後同じくらいの量の雪が追加されたのには
さすがにちょっと引いた…。まぁ仕方ないよね。これが雪国の日常。
都会なら大騒ぎになるでしょうが、私達地元民は
「………とりあえず車でも発掘するか」くらいのボヤキで乗り越えます。
一晩で腰に迫る程の積雪がある真冬のピークよりまだマシだ。




しかしこうやってひとたび雪が降ると、送迎御用達ハイエースの
頭の雪なんか全部降ろすのもなかなか重労働でありまして。
何しろ脚立でも使わなきゃ届かない。
おりしもこの度の初雪直後私用があったので、ええいままよと
そのまま車を漕いで市街地へ降りたわけですが…
まぁー、見てくる見てくる、対向車という対向車が。
市街地は今も雪が殆どないので、そりゃとんだ季節外れみたく
思われるのは仕方がないのですが、どのドライバーも目かっぴらいて
「コイツ何処から降りて来た?!!」と言わんばかりにこっちを
凝視してくるわけです。やだなぁ、そんなに見ないで恥ずかしい(笑)



さて、12月に入りました。
毎年この時期は年末調整やら年賀状の準備やら年末年始のシフトの計画やら、
「年」のつく作業が次々襲ってきます。
知ってるかい?師走ってのは自ら走ることじゃなくてだな、
そういう"奴ら"に散々「追い立てられる」季節を指すんだよ、
黄泉平坂じゃないが、往なしながら走らなきゃ間に合わないんだよ。
少なくとも私にとっては。

そうして1年が終わっていっそ年が明けて三が日も過ぎてから漸く
「あへぇ、今年もお疲れさまでした~」なんて期ズレした労いをし合うのが
旅館業の常。季節感も(特に繁忙期の)年中行事もどこかズレズレ。
例えばお盆。期間中はお墓参りはおろか、実家になんて行けないかんね?
迎え火?精霊棚設置?親戚の集まり?無理だよ!
お雛様も端午の節句も、その期間が終わってから「あ、飾るの忘れた」の
繰り返しときた。

なんてこったー。生粋の日本人なのに(笑)
あ、そうだ。こうなったら来年は暦の歴史や古式の年中行事の
勉強でも始めてみよう(なぜここに至る)。






仄かに甘い松葉と雪の香りを楽しみながら、
今日も湯守と女将マイペースで営業中。



今日の一曲

"PIECE OF MY WISH"

今井美樹(1991)


(↑ファンの方がUPしたと思しきLIVE版ようつべ。)



実は私、元々日本(特に文化)史には殆どといっていい位関心が
ありませんでした。
ところが最近書道を再開し、かな文字に触れ、和歌を読み解く
うちに、「なぁんだ、現代人と感性同じじゃん!!」と気づき、
そこから枝葉を広げるようにどんどんハマっていったという。
今更だけど、「日本史ィ?なんぞ古臭い」「今さえ平和なら
それでいいじゃん(爆)」みたいなろくでもない印象しか
持ててなかった中高生の頃の自分をちょっと一発、いや数発
殴ってやりたい。
そんな青臭い厨二(死語?)だった頃に吹奏楽部で演奏した曲の
一つが、このPIECE OF MY WISHでした。(前置き長!)
今井美樹さんの往年の大ヒット曲です。
何かのドラマの主題歌だったはず。
当時は流行曲なんてそれこそ興味がなかったし、演奏した割に
完全に記憶の彼方に仕舞われていました。ところがこの間、
買い物先のスーパーでたまたまこの曲が流れていて
「…あれ?この曲知ってるわ。ん?誰の歌だ?小泉今〇子?
いや声違うな、ん?そういやなんて曲だ??」
突然降って湧いてきた海馬のサケビ。
でも肝心の名前が思い出せない。

あー、この、喉に魚の小骨が引っ掛かっていつまでも取れない
時のような、やっと見つけて駆け込んだ公衆トイレが行列で
とりあえず「ヤバい焦る、しかし並ぶ」みたいなじれったい気分、
分かりますかいな(いや後者なんか違うだろ/笑)。

結局帰宅後主人に尋ね、ようやく曲名にたどり着きました。
よく聴くとなるほど、なかなかいい曲ではないか。
よっしゃ今ならカラオケで歌える!
そもそも行く機会さっぱりないけど!!

…多分終生ついて回るオチだろう。
和歌といいこの曲といい、マイブームと世の中のブームはまるで
被ることがない(下手すると1000年単位で期ズレする)らしいと。

2021.10.15

閑話休題 ~カルシウムはストレスの薬じゃない!~




おんでん「・・・・」



おんでん「・・・えっ、オイラ?!!」



おんでん「オイラ違う!"クロ"じゃない!!いや黒いけどさオイラ!!
そもそもカードなんて猫使わないからぁああ!!!」




かぐら「・・・まぁ聞くがよい諸君。」

つい先日、私、人生初のカード不正使用被害に遭いました。
ターゲットにされたのは、財布から一度も出したことがなければ
ネットでの買い物に登録しているサイトも片手で数える程しか
なかった慎ましいカード。
それも、アカウント登録すらしたことのないとある売買サイトから、
それこそ今までもこれからもお世話になることはないであろう
某オンライン決済ツールを通して「勝手に」支払いをされていた…
っちゅー理解不能な手口で。
そういや少し前にテレビでこのやり口を紹介していた報道番組が
あったような…。

まさかそれが現実に我が身に起ころうとは。
寝耳に水どころじゃない、
ショックよりも何よりも、
私の脳内に巻き起こった感情は、
これ以上言い表しようのない純粋な怒りでした。



出典:芥見下々『呪術廻戦』14巻より


そりゃもうマジ切れ。
どこから漏洩したのかとか、今後のセキュリティ強化対策を
どうするかとか、この際どうでもよかった。
本体が手元にあるのにもかかわらず情報がネット上に
流出したという事実こそが揺るぎない唯一の事実だったから。

感情がキレると何故かつられて行動力も振りキレちゃうところが
私の一長一短なタチですが、今回はそのキレモードが
ひたすら"長"に振り切れました。

どんくらいキレたかというと、まずソッコーでカード解約。
番号なんぞ変えたところで情報の漏れ方がそもそもエグイし、
動転して二の足を踏もうものなら忽(たちま)ち再び
悪用されるであろうことは明らかでしたからね。
もちろん、カード会社に事と次第を詳らかに伝え、
当該サイトからの引き落としにストップをかけて
もらうことも忘れずに。



かぐら「あー、とりあえずステイステイ…」

キレその2。たまさか同じ日に美容院の予約をしていたので、
キレつながりで「おもっくしやってくれ!」と
その場の思い付きでバッサリ切ってもらいました(前髪を)。





かぐら「おい、聞いているかカアチャン?」

キレその3。せっかくの(?)ボルテージが下がらないうちにと
本当は次の日に充てていた予定も全部この日のうちに
ガンガン片づけてやったわハラショォオー!!





かぐら「…わかった分かった、いいからちょっと休め。」


この度の不正使用。
実はそれが発生してからそれほど日が経っていないうち
(約1週間)に気づいたものでした。
日頃利用額や引き落とし元をアプリで逐一チェックしていた
おかげで、被害に遭った回数も被害額も最小限に抑えることが
できたのが不幸中の幸いだったといえます。

図らずして(そもそも私は図っていないが!)いい勉強になったわ。
後顧の憂いは滞りなく絶ったし、身体を張って宥めてくれた
かぐらに免じて(?)良しとしようじゃないか。


・・・・
それにしても…


(以下毒舌度5割増。)


今更犯人が誰なのかは問わぬ。問わぬがな。
サブスク引落先の変更やら解約やら諸手続き諸々、
イレギュラーに要らん手間をかけさせた罪、
メンタル強制発火&エネルギー浪費でなけなしの休日を
悉(ことごと)くパーにしてくれた罪はマリアナ海溝より深いぞ。

どうせ快楽的な狩猟で一方的に殺めた動物を怪しいポーズで
剝製にして後生大事に飾ったり、
おっさんや怪物の口果ては小僧のアソコから出るxxxxを象った
噴水を見て真正エロティシズムだと異次元の反応するような
ろくでもないヤツに違いない!
・・・と、勝手に想像してみる(まだぶちギレてる)。

まぁよい…追及するだけまさにエネルギーの無駄遣いだ。
ハァ~……これからは清く正しくアナログに生きるわ。

↓以下、おまけの妄想会話。

かぐら「イライラか?こんな時にはカルシウムにゃ母よ。」
私「それな、今じゃただの俗説だって言われてるよかぐら。」
かぐら「なんだそうか。まぁ美味ければよいではにゃいか。」
私「それもそうか。」
かぐら「で、イライラは収まったか?」
私「ああ。いい加減バカバカしくなった。」
かぐら「良き良き。」



今日の腹いせ一発芸(?)
知っている人は知っている。懐かしの空耳アワー。
飲めや飲め、バットミルク。


【空耳アワー】農協牛乳 (Don't stop dance)


つーか曲ですらないwwww
元ネタはPrinceのBatdance(1989)。

2021.10.10

カレーなる香辛料

秋です。
食欲の秋。
少食キラーの秋。



胃を壊しやすい体質から、日頃の献立の参考に薬膳レシピを覗くことがあります。
と言ってもそんな専門的なもんじゃありません。生姜、葱、大蒜(にんにく)等

スーパーで簡単に手に入る、主に「身体を温める」機能を持つ野菜をうまく
取り入れる技を参照しています。不眠と冷えは万病の元だからね。
漢方?知識ないよ!寝る前に飲む養〇酒でばっちオッケー。

生きとし生けるもの、日々食べな
きゃいけません。
私ら動物が食べることは、相手が動物であれ植物であれ他の命を頂くこと。
日頃家族のために料理を作る身として、心の中で感謝の気持ちを抱きつつ、
美味しい料理に仕上げたいと思うのでした。
全ては明日の健康のために。

医食同源とは実に正鵠を射た表現だと思う。

さて薬膳のスーパースターと言えばカレーです。
パンになったりお菓子になったりカッ〇ヌードルで世界に名を轟かせたり…
見た目は変幻自在だけど味はカレー。オールシーズンカレー。
何を隠そう、私カレー(味)大好き人間です。



この間の休館日に作った、自家版カレー(途中!)。
途中どころかめっちゃ序盤なので美しくなくてごめんなさいね!
私はいつも玉ねぎ&ニンニク&ショーガ他数種類の野菜を、全て、
細かく刻んで炒めてから煮込んでいます。
ここぞとばかり食物繊維バリ補給。
それもセロリやらニンジンやらピーマンやら、多くのチビッ子&一部の
大人が回れ右して逃げていくトラウマ野菜ベスト3はほぼ毎回ぶっこんでます。

芋ならいざ知らず、
カレーにセロリ丸ごと入れるとはなんとカレーなる冒涜!
おつカレー!!
うっわベタ寒いダジャレ。

しかし嫌いとは言わせんよ。私がセロリ異常に好きだから、
ついでに茎も入れてるだけよ(むしろ入れすぎ?)。
私がおまかない当番でカレーを作る時もほぼ100%入れてます。
「セロリなんて石鹸の味」と忌避する西屋スタッフのGっぴーには
絶対内緒だ!てか石鹸て(笑)
かつてチャップリンの映画「街の灯」でモブがサンドイッチと間違えて
石鹸食べて口からリアルに泡吐くシーンがありましたが、まさかあんな
風にうっかり石鹸食べたことあるのかぐっP?

セロリといわず、我が家のカレーはいつも勘とフィーリングのオンパレード。
友達から「ビール入れると(牛)肉が柔らかくなるよ」と嘘かホントか
分からないアドバイスをもらえば速攻試してみるし、チャツネがなくても
ブルーベリージャムをドバァしたりするし、十数年前、料理研究家の
奥園壽子(おくぞのとしこ)さんが、某健康番組で味噌だの
干しシイタケだの小松菜だの投入して前代未聞の超低カロリーカレーを
考案した事例が紹介されたときは、「なにこれめっちゃ面白そー!」と
さっそく作ってみたり(カオスな調味料&具材なのに美味かった)…
幸い我が子等には好き嫌いが殆どないため、
台所では文字通り母ちゃんやりたい放題です。
特に香辛料。
各種スパイスの追加による香りバフは欠かせません。
いつもルゥの量を控えめにして、代わりに自分であれこれ香辛料を
加えてたりしています。



↑だいたい入れるやつ。
カレー以外にも様々な料理に使えるよう、うちでは結構な種類を
ストックしています。あ、カルダモン載せ忘れた。
インド風、タイ風…その時の気分でラインナップも量適当目分量!

異国情緒あふれる香辛料の香り、私は大好きです。
例えば男性用のフレグランスにも使われるクローブ(丁子)の色っぽい香り。
たまりまへん。八角のスパイシーで甘い香りは豚の角煮に欠かせないし、
ナツメグみたいな甘くて刺激的な芳香もグー。採りすぎは危険なので、
おとなしくハンバーグに加えましょう。
シナモンも気分でカレーに突っ込むことがあります。意外とイケるよ?
フェンネルはたまにご飯の方に散らす。などなど。
どれも舶来の代物ながら、意外と日本人とも歴史的に付き合いの長い
これら香辛料。薬であり保存食の要であり、時に人を惑わせる媚薬となり…
その魅力は尽きません。
中でもカレーはスパイス料理の集大成の一つと言えましょう。
カレーは飲み物…じゃありません薬膳です。
ビバカレー。

というわけで、のっけから脱線しました。

次回は市内のとあるおススメカレー屋さんの紹介です。
は?!次回!??

(ちょっとお店が特殊だから前フリが必要かと思ったんだよぉ!)


今日の一枚
"Strong Currents" 

Hector  Zazou(2003) 


(サムネクリック→Youtubeで「Mmmh」視聴!)

フランスのミュージシャン、故エクトル・ザズーのアルバム。
前にフレグランスに合いそうな音楽、共感覚というこれまた
誰得マニアなお題で彼の別のアルバムを何枚か紹介しましたが、
ザズーの音楽はなぜか「香り(要はセクシュアリティ)」を
想起させるラインナップが多い気がします。

今回はズバリ
女(オンナ)の色香」。
断じて倉キチの女装ではない(笑)

1曲1曲異なる女性アーティストをフィーチャリングしており、
どれもなかなか色っぽい(?)雰囲気が楽しめます。
というかジャケットのおヌードが全てを物語っています。
アルバム名然り。
これ日本語化するとニュアンス激変魅力半減しちゃう奴です。
いっそ尻ごと受け止めて。

おススメは「Mmmh」、「Beauty」、「Under My Wing」。
敢えて媚薬的な香りを充てるなら、左から順にシャネルの
「ココ・マドモアゼル」orネロリ、白檀、イヴサンローランの
「オピウム」orイランイラン…かな?


・・・おいカレーに香辛料どこ行った。

2021.09.30

閑話休題 ~支離滅裂な小話種々 1~



今年の十五夜は美しい満月でしたね。
月も星もあんまり綺麗だったので、
涼やかに鳴く秋の虫の心になって写真を撮ってみました。



本当はお供え(とお夜食)用に月見団子を作りたかったけど、
どうしても都合が合わず断念しました。

白布のこの山間でいつか実現させたい。
毛氈敷いて、団子を三方に載せて、一番上は黄色く染めて、
お気に入りの花器にススキやリンドウを飾って、
拙くも零れ出る思いの丈を歌に綴って…
空の彼方に幾星霜。
人々がそうして移り行く時を愛おしんできたように。




(iPhone&Photoshop)
あぁ、まだまだ使いこなせない。



時と所変わって、昨日の我が家にて。



娘「お母さーん、なぁにこの漬物。」
私「漬物じゃないマーマレードだ。」
娘「だって中身キュウリだよね?」
私「キュウリじゃないかぼすだ。」

九州にお住いの常連さんから贈って頂いた箱一杯のかぼす。
悪くならないうちにと全量投下でマーマレードを作りました。
季節柄、秋刀魚に添えるとか土瓶蒸しに添えるとか色々活用方法も
あったのですが、貪欲な私はそんな料理に思い至らなんだ。
ひたすら、その美しい深緑色の皮ごと味わいたかったのだ。

しかし、何時間もじっくりと火を通して出来上がった頃には…



どうしてこうなった。
そりゃ漬物と言われても仕方ない。
かたやキュウリの佃煮と言って出されたら、多分口にしない限り
10人中100人は騙されるだろう。



どっこい食べてみると、これがもう見事にマーマレードなもんだから
(しかも我ながらなかなかウマい)、視覚と味覚の情報ギャップが
すごすぎて脳みそバグりそう。助けてヅラ。

小太郎「ヅラじゃない桂だ。」




↑ちなみにもとはこんな色でした。
「実物じゃないじゃん!」なんて、その通り過ぎるツッコミは勘弁ね。
結果を急ぎ過ぎて、ビフォーを撮るのを忘れました。大失敗。
仕方がないので箱のかぼす絵を記憶の限り原色に近づけてみました。




またまた時と所変わって、今朝の調理場にて。

調理場の奥にある、この間新しい直管に取り換えたばかりの非常灯。
それを見上げ、なぜかあの倉ちゃんが来館早々水筒に
水を詰めながらクックッと笑っていました。
なに怖い。
既にいつもの腹筋崩壊の予感しかしない。

倉「オーw 新しくしたんかこの電気ッへッw
オメーこの間までコレオメー、くたびっちゃ夜のネオンみたく
パッカァーーン、パッカァーーンて言ってたやつよぉw」

…おぅ倉ちゃん、何が面白いんだ倉ちゃん。
てかなんだそのオノマトペ。相変わらずツボがよく分からんな。
なのに…なのにどうしてこうも草が伝染するのやら。
無理に笑いを堪えようとすると御厨子所の誰かさんぽくなるから
ホント、ねぇ、勘弁してほしいのにw

私「ヒヒッ、てか倉ちゃんそういや今日も女物ズボンじゃんねw
意識して見てるとそれ履いてくる頻度高いよね、ケヒッw
気に入ってんの?w」

倉「そりゃあオメーwこいヅ腰回りあったかくて気持ちいんだど、
前がねェから社会の窓も開かなくていいんだぞぉヘッヘw」

会話が成立してなかろうと、草が生えまくろうと全く気にしない。
師弟は今日も正常運転である。

クレープ宿儺「ザクザク楽しい♡?」
もちもち楽しい!!!(なんかもうヤケクソw)


ネタ切れをいいことに、好き放題ろくでもない話題を投げ込みました。
なんでかな、西屋のコラムって分かっててどーうしてもマジメに書けません。
手書きでこれらの文章達筆目指して下書きするとさらにシュールさ5割増し。
どのみち下書きだから私しか見ないんだけどね(汗)
やっぱり性根が曲がってる?

否、マジメにフザケているだけだ!!

…今日のコラムホント支離滅裂ですみません(笑)
(元ネタ…銀魂、森永怪盗クレープ(というか中の人(笑)))




今日の一枚

うわぁ。こんなぶっ飛んだ話題でもこのコーナー入れちゃうんだ。
意訳:実はめちゃくちゃ疲れています。私は癒しが欲しい。

中国二胡十大金曲(二胡独奏)

华夏乐团(華夏樂團)(1997)


(↑画像をクリックすると、4曲目に収録されている
「山村变了样」という曲がようつべで視聴できます。
文字化けしたらごめんなさい。
「山村変了しょう(「木」へんに「羊」)」??)


日本でもメジャーな中国の民族楽器、
二胡による伝統音楽を集めたアルバムです。演奏しているのは
中国の古式の音楽をレパートリーとする楽団です。
表記は簡体字ですが、無理やり繁体字にすると「かかがくだん」
と読めます。Google先生のもとで直訳するとチャイナオーケストラ。
…あー、ちょっと範囲が広すぎて要約できません。
だれか正しい発音教えて。
二胡の独奏は刘雨声さんというお方。これまた発音不明。
まるで日本語の情報がない。

よく混同されがちなのですが、二胡は「和楽器である胡弓」とは
違う楽器なので要注意です。同じ擦弦(さつげん)楽器で、音色もまぁ
似てるっちゃ似てるけど、ルーツも形も素材も違いますからね。
二胡は皮がニシキヘビ、胡弓は三味線に似た形状で、
素材は猫や犬の皮を使います。個人的に二胡の方が高貴な音色が
すると思う(胡弓ごめんなさい)。

話が逸れました。
こちらのアルバム。

独奏または古琴(こきん)とのアンサンブルを主とする構成で、
二胡の魅力を余すところなく堪能できます。哀愁ある独奏も
すごく味がありますが、古琴とのアンサンブルもすごくステキです。
特に1曲目の「二泉映月」は20世紀に作曲されたものですが、本国では
二胡の代表曲の一つとされているそうな。
国籍を問わず、こういうゆったりした曲が大好きです。
民族音楽全般が好きですが、腹の底から踊るタイプではなく、
幾千年経とうとも人の心に共感を呼び覚ます不変の想いを歌うような
曲が好きなんだな。書道界に名だたる中国古典臨書のお供にもグー。
これまたいい字が書ける…ような気がする(笑)

全曲通して紡がれる優雅でゆったりとした旋律。癒されます。

2021.08.22

黒の石碑に拓本は…ない!





二十四節気は処暑。
日一日と秋らしさが感じられてくる頃です。

西屋でも館内の額etc一足早く初秋模様に切り替えました。
毎度恒例、調度で季節を先取りするの巻。



さて、こちら2階のメイン廊下の前に掛けた書です。
自由闊達な筆運びで、なかなか味わいのある短歌が綴られています。
落款は「白峰」とありますが、それ以上の情報がないため
具体的な作家名が分かりません。それ以前にそもそも

「なんて書いてあるか分からない=お客様に聞かれても答えられない」
という致命的な理由のため、実は長年飾られることがありませんでした。
かくいう私も書道学習前は最初の「秋」しか読めなかった。
なんだかんだで不遇な作品だったりします。

フッフッフッ…ならば頑張っちゃおうではないか。
何のためにこうして書道を始めたとおもっちょる。
まだまだ草書&かな文字歴2か月ちょいの初心者ですが。
今年こそはどうしてもいい場所に飾りたかったので、勉強を兼ねて
解読に取り組んでみました。

その結果… 






(↑臨書。)

練習しながら書いたんでひん曲がってます。スキャンする自信はなかった…



(↑現代かなと漢字に書き直し。)


ムスカ 「読める…読めるぞ!!」   

よもやこの歳になって、
あの大佐のヤバい歓喜にハゲ同意する日がこようとは(笑)



何はともあれ、今まで全然出来なかったことが
少しずつ出来るようになっていく過程はいくつになっても
ワクワクするよね!なんか以前にもましてヤル気が出てきたよ!!

社長「…じゃあ次のお題はこれだ。」



とばかり指し示されたのは、これ↑。

現在茶の間ミニギャラリーの一角に広げられている、
西屋十六代目清右衛門こと清秀氏の短冊集。
六双の屏風に全部で三十九首の短歌が貼り付けられています。



ふむふむ、書いた時期はだいぶバラバラのようだけど、
当時の暮らしぶりや故人の思いが偲ばれて、どれもなかなかに味わい深い
ものがありますな。比較的癖の少ない字。だがしかし、漢字の草書体と
かな変異体はしっかり混沌(まざ)っている。
というか漢字多めのせいで全体的に難易度高め。

それをサラリと読めって父ちゃんアンタ。
「今日の晩ご飯なにかな~♪」みたいな感覚で簡単に言うんじゃないよ。
買い物リストをちゃちゃっとメモる感覚で草書をスラスラ書いていた
昔の人のようにはいかないんだかんね。

でも、くそぅ。壁があると乗り越えたくなるのが今の私。
頑張る。頑張ってやる。
もしも今年中に全部読破できたら…褒めてくれ(笑)。



今日の1曲 

"One More Time" - Discovery

Daft Punk (2001)

松本零士氏の大ファンを公言しているフランスの
ハウステクノグループ:ダフトパンクの2ndアルバムから。

リンク先はもちろん同曲がBGMになっている
インターステラ5555」の冒頭シーンです。
主人公のステラ(メーテルそっくりさん)が所属するバンド
「クレッシェンド―ルズ」のライブを聴きながら、街で職場で
キラキラした照明の下でどこでもかしこでも老若男女が踊る踊る。
近未来的な自家のテラスでノリノリで腰を振るおばあちゃん家族が
なかなかシュールで草。どこの昭和だ。
ほかにもバンドメンバーとしてロン毛の鉄郎もどきが出てきます。
で、揃いも揃ってみんな肌色真っ青です。
なんせ宇宙人という設定なので。

「インターステラ5555」は無声アニメ映画で、
「ディスカバリー」に収録されている各曲のビデオクリップを
一つのストーリーにまとめた珍しい作品。2003年製作ですが、
初期の宇宙戦艦ヤマトと同時期作と言ってもいいくらいレトロ感満載。
例えばABBAのダンシングクィーンや、数々の昭和SFアニメが大好きという
方にはドツボだと思います。
もちろんストーリーもなかなか秀逸。作中ダフトパンクの2人が某受賞
会場でしれっと出演しているのもミソ。後の「トロイ・レガシー」である。

さぁワンモアタイム。

2021.08.14

【人生の話1】人生ようつべみたいなもんだ





整体の通院時に見かけた上杉神社お堀端の満開の蓮。
見事じゃー!
と、感激してバシバシ写真を撮っていたら、いつの間に水面に浮かんできた
カメが一匹、四肢をダラーンと伸ばしたままこっちを見上げていました。



…めっちゃ固まってる。
そしてめっちゃガン見。



わー!なんだお前ぇええ
いつまでもこっち見んなww




いつも元気な筋トレボンバー!で(勝手に)お世話になっている
女性Youtuberさんが、先日NHKの某番組に密着取材を受けて登場していました
(仕事の合間だったのでチラッとしか観れませんでしたが)。
ぉお~吃驚。
いい内容の動画だと思っていたけど、そんなに有名な人だったんか…凄いなぁ。
彼女は様々な自宅トレーニングメニューの伝授や美容・ダイエットグッズの
紹介など健康系コンテンツを発信するチャンネルを運営しています。
かくいう私も、彼女の何種類もの宅トレ動画から自分の目的に合った内容
(ほぼ30分以上のロングバージョン)を厳選して毎朝どMに汗かいていますが…
筋トレ特化系はぶっちゃけキツイ。
かんなりキツイ。
この凡庸なアラフォーですらガチガチに筋肉踊るくらい痛気持ちい苦しい(笑)。

だいたい動画提供しているご本人がデモンストレーションしながら
「めっちゃキツイー!」だの「ぎゃー!!」だの可愛く悶絶しているんだから、
その効果は折り紙付き。でも同時に、「途中で諦めないで」「頑張ったのえらい!」
「間違っても下手でもいいのだ!」「明日はもっと綺麗になれる!」
「私の時間は私だけのもの!」etc...壁に貼りたくなるような超ポジティヴテロップを
折々散りばめてくれるので、途中まじギブしそうになってもほぼ確実に最後まで
頑張れてしまうのです。

あぁ、上手いなぁと思う。そのはたらきかけ方、意欲の上向かせ方が。
その実、相当な苦労も経験してきただろうなぁと思う。
頑張った自分を褒めてあげよう。自分のことを誰よりも好きになろう。
誰もがいつだって欲しいその言葉の重みを理解し、屈託のない笑顔で
モニターの向こうの見えない相手に伝え続けられる彼女の強い意志は、
実際多くのファンの心を掴んでいます。
うん、私も宅トレ引き続き頑張るわ。

今時子供たちが将来なりたい夢のランキングで常に上位に陣取る「Youtuber」
という職業(?)ですが、私達が画面越しに見ている場面は彼らのほんの一部に
過ぎません。短い動画を編集してUPするだけでもいろいろな裏作業が必要だろうし、
まして人を惹きつけ、あまつさえファン(チャンネル登録)を集め、注目される
コンテンツを作り続けていくのは並大抵の努力ではなかろうと思います。

ユーチューバーに限ったことではありませんが、苦労を乗り越えて成功をおさめた
彼らは、総じて成し遂げたい目標(あるいは使命感)をかなりしっかり持っている
ように感じます。
ただ好きだからという理由だけでキャリアを築いてきたわけじゃない。




成し遂げたい目標…自分の人生で是非ともやりたい事。

うーん…実によく聞くフレーズ。下手すると陳腐にさえ思える。
なのに、改めて向き合おうとした途端中身が果てしなく重くなるのはなぜだ。

自慢じゃないが、長い間私には↑のようなパッションがありませんでした。
お世辞にも順風満帆な人生とは言えなかったし…(遠い目)。
ならば今、私はその目標とやらをちゃんと把握できているだろうか?
日々きちんとそこに向かえているだろうか?
ちょっとクソマジメになってみる。

いや、なんでこんなことを考えちゃってるかというと、
最近子供たちの将来について考え、語り合う機会がめちゃくちゃ増えたからです。
いわゆる『将来の夢』についてマジメに語る(というか説く)会。

「(みんなが憧れてるから)アイドルになりたい」
「(カッコイイから)宇宙飛行士になりたい」

…あー、あるある。

あの日あの頃誰もが通った道ですね。
大概ちびっこは、今ハマってるものと輝く大人への憧れ等々一緒くたにして、
将来の夢を文字通り夢みたいに語っちゃうことが殆どです。いいんだよそれで。
むしろ微笑ましいよ。だってちびっこだもの。
しかし周囲の大人たちは、そんな子供の自主性・時々ちょっと斜め上に走る
ベクトルを遠巻きに容認したまま、夢と現実の境界線をきちんと教えていない
場合が非常に多いような気がします。ちょっと前の自分も含めて(汗)
そろそろマジメに将来考えるべき年頃になっても、未だふわふわした
夢みたいな将来を思い描いてしまう子供達を見ていると、「やばい世の中
そんなに甘くない」と我が事のように焦ってしまう。

そこで私は私なりに自分の経験も踏まえ、我が子等には
「興味(好きなこと)」と「将来の志望」は敢えて分けて考えろと諭しています。

はー、我ながらめちゃくちゃ現実的。
本来子供達に無限の未来を語るべき親の考えとしてどうなんだろう?!と一瞬思う。
しかし、子供たちのこれからの実りある人生を思いやるに、ここだけはどうしても
はき違えちゃいけない気がしてならないのです。

ほら、例えば趣味をそのまま生かして(あるいは趣味が高じて)仕事にしちゃう
夢のような生き方。凄く幸せなことだとよく言いますね。私もその通りだと思います。
でも、それを本当に実現させるまでの道のりは決して平坦じゃない。
よほどの才能と運にでも恵まれない限り。そしてよしんば職業にできたとしても、
最終的なリタイア期含め、行く先にはいくつもの大きな障壁にぶつかるだろうことは
容易に想像がつきます。
(ネガティブな発想ではないよ!一般的な人生の道程だって山あり谷あり、順調な
ことばかりじゃないからね。)
そもそも趣味でいるうちは好きだったはずなのに、努力して仕事に(お金が発生)
アップデートしたとたん、思いもよらない制約が付いて回って
「こんなはずじゃなかった」になるパターン、多いはず。
お勤めしてお金を得ること自体決して簡単なことではないけど、好きを敢えて
仕事にしたことでかえって本当に好きなことができなくなったり、才能を認められず
収入がままならない日々が続いたり、結局挫折して、曖昧な夢を抱いたまま
希望とは全く違う職業に就いていったり…。私の周りにも、幾人かそんな友人・
知人がいます。
まぁ、何を隠そう私自身その一人だったりする。ぶっちぎりの未遂だが。

進路の判断を誤ったというのとは違うと考えています。間違いじゃないんだ。
「好きでありつづける」ことの覚悟が、きっと自分が思うほど強くなかった。
ただそれだけ。
考えが甘かったから、覚悟が足りなかったら、本当の意味での興味本位でしかなかったから、
いつのまにか好きが苦痛になり、現実の壁にあっさり敗れてそれを捨ててしまった。
少なくとも私自身の過去はそうでした。

子供は当然人生経験も浅いから、夢や希望に見え隠れする現実への理解が
どうしても後手になりがちです(そうじゃない子ももちろんいますが)。
せっかく夢や希望があるのに、それを自分の手で握りつぶしてしまう。
そんなもったいない人生の歩き方は我が子にはしてほしくない。
好きな事を見つけたのなら、それがどんなかたちであれ、きちんとできる
豊かな人生を歩んでほしい。親としてはそう思っちゃうわけです。
だから、本当に好きな事、やりたい事、これが自分の趣味だ!と夢中に
なれるものを見つけたのなら、子供の覚悟の強さを見極めたうえで
(←ここ大事)、まずはそれに思う存分没頭するための時間と
収入を確保できる就職先を絞っていけ(つまりは区別したほうがいい)と、
そういう誘導の仕方を今から始めているわけです。
はー、翻って私の話をしよう。
高校生の頃、一番夢中になった教科が美術でした。
人物画はダメダメだったけど、装飾品や模様あれやこれを描くのが
ちょっと得意でした。
将来の進路を決める時期に差し掛かって"何になりたいか”と考えた時、
私は「絵描くの好き~」なんてふにゃふにゃした気持ちのまま
デザイナー?文化財修復家?イラストレーター?まー、だいたいそんな
方面に進みたいなー。なんて軽い気持ちで美大を志望し、当時美術を
担当していた恩師に進路について相談に行ったことがありました。
彼女は私の描いた絵を折々とても褒めて評価してくれる先生だったので、
希望に沿った進路を指し示してくれるものだとばかり思っていました。
しかし恩師は開口一番
「あなたには向いていない。自由に絵を描いていた方がいいものができる」
とあっさり拒否回答してきたのでした。
いや、ショックだった。
つまりは才能がないと切り捨てられたのだと思ってしばらく立ち直れず
(この時点で高校3年半ば…阿保だー)、よく分からん心境のまま結局全く
畑違いの方向(心理学(笑))に進んでいったわけです。

今思うと、範囲でかすぎだろもっとやりたいこと掘り下げとけよ!とか、
もっと地に足つけて世の中よく見ておけよ!とか何とか、当時の自分を
全力でぶん殴りながら小一時間ツッコんでやりたいところですが、
悲しいかな時間を巻き戻すことは絶対にできません。

紆余曲折、あれから何十年も経ちました。
巡り巡っていま、こうして山の中で旅館の女将やっている自分は幸せか?

もう一度自問自答する。
私は私のやりたいことを見つけられたか?
今私には、成し遂げたい目標はあるのか?
…(続)

2021.06.28

春先から新しく始めた3つの「燃え」-①

 春先から新しく始めた3つの「燃え」

1.庭つくり



6月半ば、気になっていた西屋の庭にようやく手を入れしました。




スタッフ総出でほぼ一日がかり、花植えは丸っと1年ぶり。




今年はお米屋&お花屋の油屋さんに全面プロデュースをお願いし、
お花の運搬から日当たり具合をみながら種類別の植え方まで直接白布に
来て頂いて手取り足取りご指導いただきました。

当然花の種類によって値段はピンキリなわけですが、
ど素人なので値段は一切見なかったわ。
え、予算?
コロナへの間接的かつ狡い意趣返しに今更予算の縛りやて??
知らんがなIOCに言ってくれ!!


…おかげさまで見て!!






植えたばかりの時点では地面に隙間が目立っていましたが、
小さなお花が実に可愛らしく揃ったよ嬉しいよ。
今年は小道をだいぶ整備したので、浴衣姿でも気軽に歩いていけます。
良き良き。




今回はコキアにも挑戦してみました。秋の紅葉の時期が楽しみだうふふ。

今回庭仕事では、砂利だの木の根だの荒れ放題になっていた場所まで
頑張って開墾しました。まだ全面的に整備できてはいないしお花も
揃ったわけでもないし、最終的に納得のいく庭に仕上げていくまでには
それこそ長い期間が必要だということは十分理解しています。
理解しているが本当は私、過去プランターで何回も枯死の悲劇を
繰り返している元祖土いじり苦手マン。
風水的に私は「水の手」らしいですが、嘘だろ絶対嘘だろ。
メラッメラの火の手だろ。

しかし私は誓ったのだ。去年、今わの際の母に。
西屋の庭をきれいにしていくよと。
土と一緒に根本的に心入れ替えなきゃダメっぽい。
なんせ園芸ビギナーなので。気長に頑張るわ。




ちなみに、母から受け取ったラベンダーは元気です。↑

これらの可愛い草花にあげる水の源は、西屋裏のお薬師様からさらに
沢を上ったところから取水→玄関前の蹲に引いている、
純度100%の山水です。
間口は広くしているけど何分川なので、ちょっとでも雨が降れば葉だの
土砂だの時には冷たい小動物まで詰まる詰まる。
すわ大雨!今日は何が網に引っかかっているか?!
実にエグいエンターテイメント。
つまりこれから当分の間、晴天の日は湯守に加えてこの水確保作業も
欠かさずこなさにゃならんわけだ。
山に入っては斜面をノンストップで上り下りして水圧に耐えながら
全3か所でそれぞれ水を引くわけだ。
シンプルに仕事増えたよコンバットだよ(笑)
水といい温泉といい、私は水や泥に濡れて燃えるのが性に合っている
らしい。なんせエセ水の手なので。
ついでに体脂肪でも燃やしとく。これ次回の伏線。

「燃え」庭つくり…山の彼方の最終目標:ターシャ・テューダー!?


今日の1枚 


The 8 Symphyonies "Symphony No.3" 

Mikko Frank &
MDR Lipzig Radio Symphony Orchestra(2005)



(…マイナー過ぎて動画がないウケる。)

フィンランドが誇る現代音楽作曲家、以前もこのコラムで
紹介したこともある故エイノユハニ・ラウタヴァーラの交響曲第3番。
1960年作曲。ブルックナーの交響曲の影響を受けており
(実際よく似てる)、重厚感のあるリズムと荘厳で奥行きのある
音の広がりが印象的です。スコア見ていないので詳細は
分かりませんが、第1楽章の冒頭の主旋律他はブルックナー・
チューバ(ユーフォニアムによく似たホルンパートの替え玉楽器)
だと思われます(ソースは英語版ウィキペディア)。
どこか憂いを帯びた、仄暗くも艶めかしいその音色を聴いていると、
ダンテ「神曲」の挿絵で有名な、ギュスターヴ・ドレの
堕天使ルシファー(氷の地獄コキュートスのほとりで、身体こそ
冷たいのに心の裡には未だ人知れず熱く滾る何かを抱え、頬杖を
付いて虚空を睨んでいるあれ)が思い浮かびます。ラウタヴァーラの
交響曲は全部で8つありますが、3番はかなり好きね。一番好きな
7番の次位に好き。最後はしゅーん…と終わるし。
分かる(何が)。
いつの日か復活を望んでいるんだきっと。
堕ちてからの年月を鑑みるに、つまり彼も暇つぶしの達人なんだろう。
おまそれ生得領…

2021.05.01

閑話休題 ~ちょっとしたお知らせ~

 

宴会場の窓辺のしだれ桜「みやえ」ちゃん、やっと咲いたよ~。

こんにちは。
今年の新年度は、もう何度目か分からないヤケクソ断捨離ボンバーで
幕を開けた女将です。

実際は、子供の進学&転校を経て生活環境が一変した家の中をほぼ丸ごと
整理するつもりで(人と猫以外の)身の回り全てに八つ当たりしてやった、
というのが正しい(かつ過激な)表現ですが。
結果残ったのはやけにすっきりした自宅の静けさと、
1階と2階に完全分離した子供たちの部屋、
そして相変わらずのコラム更新サボり魔というゆるぎない事実。
もう言い訳などしない(遠い目)。

身も蓋もない話、私のストレスは先々月中頃からずっとメーター
臨界点スレスレでした。Rランプ点灯しっぱなし。
それこそ何冊もの薄い本漁りまくる程度に頭キレまくっていました。
大しけに揉まれる小舟の如く難航する商売の舵取りで、
自分の時間はおろか、惜しむらくも先月で閉校した子供達の
小学校の思い出を家族で語り合う時間の余裕すら得られることはなく、
閑散とした山奥で悶々と仕事に明け暮れる日々はこれでもかと
メンタルを打ちのめしてくれました。

喧しい、なにがコロナだ。
なにがオリンピックだ。
アクセルとブレーキ両方踏むがごとく毎日毎日当たり前のように
同じニュース枠で白黒一緒くたに報道してんじゃねーわ。
(もちろんニュースを読むキャスターの皆さんは一片も悪くない。)
しかしまぁこれを観ている巷の視聴者は何とも思わないのだろうか。
一体世の中何がしたいんだ。
どこへ向かおうとしているんだ。
まるで理解できないし、そもそも理解したくもない。

もともと短気で沸点の低い残念な性格。はい、自覚しています。
え、オブラート?なにそれ美味しいの(爆)
もちろん今までそれなりに抑えていたつもりでした。
物理的に発狂しなかったのはちょっと奇跡かも?
でも、導火線の縮れた点火済みダイナマイトが自身に重なった
時点でもうアウトでした。

こうなったら何もかんも盛大にぶっ壊(断捨離)してやるわー!!!
→…で、文章冒頭に戻る(笑)

今回の断捨離ではそういう経緯もあり、過去を清算するがごとく
自分に身近なものほど徹底的にぶん投げました。
それが何年も家にあったものだろうと容赦しませんでした。
「要らん、どうせあの世には何一つ持っていけない」
とかいう滅茶苦茶な基準で判断を下した時点で即廃棄。
最たる対象物は中身丸ごとタンス、そして数十年来の思い出の品々。
まぁ、勢いあまってそもそも捨てなくてもいいものまで
捨てちゃった事故もいくつかありましたが
(しかもその大半は主人の持ち物という傍若無人ぶり(爆))、
「代わりに捨て判断を下した上に家の中もすっきりして、
Win-Winどころか一石三鳥じゃないか」とジャ〇アン並みの
マッチポンプ(?)で丸め込んでしまった極悪非道は私です(笑)。

日にちが経っていくらか頭の醒めた今なら(こっそり)謝れる。
すまんかった。

他方、このコラムを今までのスタイルで続けていくことについて
限界を感じたのも同時期でした。
なぜなら、一時的とはいえ方向性を見失ってしまったから。
特に米沢のいい所あれこれシリーズを書き続けることが事実上
困難になってしまったから。
コロナの亡霊はこんなところで思わぬ影を落としてくれました。
明るいネタがいよいよ思い浮かばない。
スランプと言えば響きは良いのですが、要はメンタル疲労への
自己嫌悪が一番の理由です。

もともとこのコラムは自由設定のもとに作られたおまけコーナー
だったため、見切り発車でスタートした時点で旅館公式サイトの
一隅としての立ち位置からは完全に外れっぱなしでした。

いやいやいや何を今更。
そもそもぶっ飛んでいたのは私自身じゃないか。
…なんていう一人ツッコミはさておき(笑)

自由に好きなことを書いていたようで、実際はそうなり切れて
いませんでした。
西屋として、少しでも役に立てる地域情報を発信したい。
本当は、女将としてのキャラ立ちを敢えて前面に出して、
西屋に少しでも親しみを持ってもらえたら…というしょうもない
企みもあって、「米沢のいい所あれこれ」シリーズを連載したり、
旅館に何ら関係ないマニアの極みの音楽ネタを気まぐれに
書き綴っておりましたが、いつの間にかそれが縛りになって、
「早くどこか紹介しなきゃ」
「もっと面白いネタを書かなきゃ」
「次はどこに行って紹介したらいいだろう」
「コロナだし仕事で留守にできないし情報収集&発信できない」
という堪えがたい焦燥感になって、結局忙しさにかまけてコラムを
書くこと自体手が止まってしまったのでした。

もっと違う形で。
もっと自由に。
もっと肩の力を抜いて。
こんな狭苦しい今の時代だから、短い文章でもいいから、
心の琴線に触れた言葉を思うままに書いてみていいんじゃないだろうか。

今そんな風に考えつつあります。

というわけで、
今までのコラムのシリーズは一旦全て白紙に戻して、
思いついたままを思いついたままに書く(あるいは描く)
よりライトなコーナーとしてプチリニューアルをしたいと思います。

もちろん、ステキな地元のお店やちょっとした情報、
破滅的にマニアな音楽ネタも添えていくつもりです。

こんなコラムでも、本当に隅から隅まで読んで下さって、
「この間紹介していたお店に行ってみましたよ!」と涙が出るほど
うれしい声をかけて下さるお客様が今もいらっしゃるから。

自己満足でごめんなさいですが、
ちょっとしたリハビリのつもりで、改めてこのコラムへ日々の
思いを綴ってみたいと思います。どうぞ皆さん素敵なGWを。


2020.11.28

閑話休題 ~下半期の懺悔②~




今日になって、再び白布は銀白色に染まりました。
雪景色は綺麗で神秘的な世界が楽しめるので、たまに見るにはいいですが…
ここで生活している人間にとっては、重労働ボンバーの始まりの合図でもある。
今年は大雪かな?暖冬かな?すべては神の"味噌汁”。

こんにちは。
最近足湯療養を始めた若女将です。

『なに足湯ゥ?
おのれ毎日温泉に入っているくせに足湯(沸かした水道水)
なんぞ浸かるとは邪道だクレイジーだ!!』

…とかなんとか…
今更カミングアウトしておきながら耳が痛い言葉の槍が飛んできそうで、
今まで挑戦できなかった禁断のツール(汗)

確かに、風呂入ってすぐ寝られる環境なら足湯に頼らなくてもOKだったかも
しれません。しかし今はコロナ密を極力避けなければいけないご時世。
実際私達家族はお客様が夕食中で明らかに誰も風呂にいないうちに
全速力で子連れ烏の行水をしているので、漸く寝る頃には手足に氷が
張り付くみたいな冷たさに逆戻りしてしまうのだ。

…というわけで、知人さんのおススメで毎夜の習慣に足湯を取り入れて
みたというわけです。
それがもう驚き。抜群の冷え性解消力と安眠効果を実感!
こんなに効くなら槍やらチャカやら気にしないでもっと早く始めていれば
よかった~(苦笑)!今では、毎年あんなに苦しめられていたしもやけから
解放されて、羽毛の上を歩くような心地よさで即寝落ちする毎日です?!



そんなことより太郎ちゃんはどうしたって?
はいはい、忘れるところでした(爆)

2週間かけて京都で生まれ変わった太郎ちゃんはこちらだ!!





ご覧くださいな。サラッサラの絹糸にきれいに切り揃えられた前髪。
顔も新品のような色白肌に塗り直してもらいました。
さすがプロの職人さん。眉も口元もめっちゃ可愛い。
まるで那田蜘蛛山が産屋敷家ご子息になって帰ってきた
みたいな見違えようです。

今は、事務所の私のデスク前にある棚を太郎ちゃん専用の小部屋に
改装して、くつろいでもらっています☆

ミシンが急に壊れて衣装をお色直しするのが間に合いませんでしたが、
この冬のうちに藤の花飾を添えて、かわいい振袖姿にして
あげたいなー(ネタ(笑))と思います。

ともかく睡眠中にちゃんと疲れが取れるようになってきたので、
(いや、むしろ今までが異常事態だったに違いない!)
空いた時間を使って裁縫に向かう気力が戻ってきたのも何よりうれしい。
足湯いいよ足湯。

※久しぶり!今日の一枚

アイーダ「なぁにが"勝ちて帰れ"だァア!!」

"AIDA" -(ハイライツ)

(1985)
指揮:ロリン・マゼール
演奏:ミラノ・スカラ座管弦楽団

☆サムネイルをクリックすると、近年国立歌劇場で
上演されたアイーダの荘厳なハイライトが視聴できます。
雰囲気ばっちり伝わってきます!

見事に生まれ変わって西屋に凱旋した太郎ちゃんにちなみ、
ジュゼッペ・ヴェルディが作曲した歌劇「アイーダ」から
ハイライトアルバムをピックアップ。
舞台は古代エジプト。第2幕の「エジプトに栄光あれ」
「凱旋行進曲」があまりに有名です。クラシックオムニバスの
オペラ版には高確率でこの曲が入っています。
私の手元にある上記のロンドンレーベルは、かの三大テノール
と称えられ一世を風靡した故ルチアーノ・パヴァロッティが
主役その2のラメダスを熱唱、ロリン・マゼールが指揮を執り、
ミラノ・スカラ座管弦楽団による演奏版です
(ライブ盤かどうかは不明)
このハイライツには、エジプト王が戦に向かう兵士を鼓舞する
「行け、聖なるナイルの河岸へ」という隠れた名曲も収録されています。
戦意高揚間違いなし。

とまぁこのオペラ、勇ましい曲が脚光を浴びることが多いので、
何かハッピーエンドが待っていそうな錯覚を覚えなくもないのですが、
敵国同士で三角関係はもつれるわアイーダ父(エジプトに侵攻された
エチオピア王)は娘の恋路を当たり前だが邪魔するわ、とばっちり食らった
(?)アイーダの恋人将軍ラメダスは結局捕まるわ、
とどめのラストシーンではアイーダ&ラメダスが獄中で心中してしまうわetc…
うわー悲惨すぎる…。

そんな昼ドラ要らんからかっこいい部分だけ聴いて
もりもり元気が欲しいわ!
そんな方は第2幕をどうぞお楽しみくださいませー!

2020.11.21

閑話休題 ~下半期の懺悔①~

 



今日もせっせと地域クーポンにスタンプポンポン。
西屋の地域クーポン発行担当は他でもない私ですポンポン。
世の中のハンコ撤廃化とは真逆の世界、ここにあり。


こんにちは。
スイーツ大好きですが、キャラメル・フロランタン・ヌガーだけは
無下限呪術並にタッチできない天敵トリオの若女将です!!

なんという事だ…なんという事だ……

私としたことが、今回は当コラム始まって以来の未更新記録を
たたき出してしまいました。
言うまでもありませんが正直に言おう。忙しかったんじゃー!


自治体のコロナ対策キャンペーンとGotoトラベルと一年で一番の繁忙期
(トドメはやっぱり究極の人手不足)が間髪入れずにやってきたこともあって、
初夏からここ最近に至るまで息つく暇もない日々が続いていました。
(無論このご時世、贅沢な悩みであることには違いありませんが…。)


文章ばかり書くのもなんなので、スライドショーで振り返りまショー。



働き方やサービスの工夫の一環で、私も調理場でみんなのおまかないを
用意する機会がふえてきました。



↑こちら、水加減ミスって失敗したポテサラをコロッケに昇格。
献立や組み合わせは毎回行き当たりばったりです。
余った食材も頂き物のお野菜類もすべて極力活用。
時にはおまかない用に作ったものが宴会場でのおばんざいに
ラインナップされることもあります。
時間の猶予がなくても、それがバックヤード専門のおかずでも、
「美味しいもの」を作りたいという根性は決して絶やさない!
なんかね、この半年でもう凄い主婦力上がった気がします(笑)



9月上旬には玄関ホールを作業場にして事務所大リフォームを敢行しました。
もちろん期間中は休館日。ところが…



予定より大幅に作業が遅れ、休館日明けまでこんなぐちゃぐちゃ状態という
非常事態に。しかしこの後2時間足らずで全部元通りに復旧!
今思い返してもハラハラドキドキのビフォーアフターでした。




合間を縫うようにひたすら続く日頃の湯守活動、館内のコロナ感染対策、
調理場、接客、掃除、そしてGotoキャンペーンの利用管理etc…
時にはオーバーヒート気味な頭を冷却させようと、よせばいいのに真夜中に
衝動的にお菓子を焼いたりもしました。

…で、なんかできた。



※ラングドシャです

オーブンを開けて腹筋ブレイク(笑)





かぐら「なんか忘れてない?」


そうそう!
書く時間こそありませんでしたが、
実は折を見てコツコツコラムのネタを収集したりもしていました。
結果は頓珍漢でも、決して頓珍漢なこと自体やっていたわけではないのだっ




↑こちらは市内でも超有名な某ラーメン屋さんの激ウマラーメン。
これを見ただけでどこのお店か分かったあなたは米沢ラーメン通!
(詳細は後日UPしますのでお楽しみに~!)




初秋には魚類(メダカ)と甲殻類(タニシ)の新しい家族が増えました?!




この子達は、以前このコラムでご紹介したことのあるカフェ蓮櫻さんから
頂きました。現在全部で8匹(メダカ)と3匹(タニシ)。
個体識別できないので、全部まとめて「メーチャンズ」「タニシ野郎」
と呼んでいます。

タニシ野郎「 … ( °_° ) 」





外は実りの秋あり…



山々は紅葉したかと思ったらあっという間に落葉し…
(ホントまともに見る機会がなかったね今年は…)

予定表や予約帳を見返すたびに何回も叫んでいた気がします。
「今日は何月何日何曜日?!」




11月初めには一発目の初雪も迎えました。

こんなに時間の流れを早く感じたのは過去に記憶がないかもしれません。
前回のコラム更新(真夏)から実に季節3つ跨いだことになります。
地球も太陽の周りを1/4週回ったよ。早すぎだよ。
よく分かんない例えだよ。
あああ大丈夫かおいおいおい…



そんな中。

メルトダウンのラングドシャも、

炊き立てゴハンの入った炊飯器を自らうっかり真っ逆さまにひっくり返して
全部パーにした(!)調理場初のぶちまけパニックも
いっそかわいく思えるほど、私の度肝を抜いた衝撃の出来事が勃発。



それは9月末のある日のこと。



娘「あ…やばい… 

お母さーん、取れちゃったー(棒)





























































出典:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』






まさかの太郎ちゃん全髪ズルッぱげ事件。

2020年後半期の
”マイベストオブショッキング”は太郎ちゃんで決まりだ!!!


そりゃ太郎ちゃん齢百歳オーバーだし、どこかしら経年劣化が生じるのは仕方が
ないことですが、よもや頭からごっそり行くとは。。


実は太郎ちゃんの髪は元々本物の人毛が付けられていました。
所縁ある持ち主の髪ではなく、商用に提供されたものだとは思います。が、
これが抜け落ちたことで、何というか、今後の我が身の健康不安あるいは災厄を
身代わりになって示してくれてたのような凄く恐ろしい予感が過りました。
仏間の棚の中からレスキューした時から、何故かこの子の中に魂のようなものを
感じていたから余計にそう思ったのかもしれません。

太郎ちゃんはその後、インターネットで探し当てた京都の人形屋さんに
修復を依頼し、意を決してはるばる入院に出したのでした。

そしてそれから約2週間後…

はたして太郎ちゃんの運命やいかに?!

続きは次回
にて!!!

2020.07.03

母、星へ還る





先月、実家から鉢植えのラベンダーを貰い受けました。

何年も前に母がどこからか入手して、ずっと世話していたものです。
母は去年から骨折や持病の悪化で入退院を繰り返していて、
それまで手入れしていたプランターの多くは枯れてしまいましたが、
最後に残ったラベンダーだけは庭の片隅で
細く小さく頑張っていました。

先月になって、母が病院からそのまま施設へ転所することに
なったため、見るに見かねてその日のうちにラベンダーを
白布に持ち帰ったのでした。
鉢替えをして下さった油屋さんによると、ラベンダーは
とても頑丈で、冬の厳しい寒さにも耐えられる植物だから
白布でもきっと元気に生きるだろうとのこと。

とまぁ勢いでもらってきたはいいけど、
そもそも園芸ど素人の私に世話なんて務まるのだろうか?!

ドキドキしながらも、ラベンダーが新しい鉢に根付くまで、
毎日水をあげたり天気次第で居心地のよさそうな場所に
移動したり、祈るような気持ちで世話をしていました。
するとどうだろう。

これまで全く園芸に興味のなかった私が、



気が付けば庭中歩き回り、



雑草を抜いて整地して、



花を植えて鉢のサツキや庭木を剪定して…



今まで目もくれなかった花や木に、
深い親しみを覚えるようになっていました。

頭に何かが生えたに違いない。


見渡す限り、ただただ癒される日々の庭の景色。
言葉は話せなくても、心を込めて世話をすることで
ちゃんと答えてくれる草花のひたむきな生命力。

なんというか、足元から「生きている」感覚がしみ込んでくるような
不思議な一体感がどうにも心地よく、
毎朝庭を歩き回るのがすっかり楽しみになってしまいました。

『これはもう母に感謝しなければ。
花が咲いたら写真を見せてあげたい。』
…そう思っていた矢先でした。



ラベンダーの花があともう少しで開花するところまで成長した
先月末のある日、施設から父経由で母危篤の知らせがやってきました。

嫌な予感を覚えながらすぐ西屋を発ったものの、肝心の面会は要予約。
それも1回につき家族一人だけというコロナ厳戒態勢の壁に阻まれ、
すぐには母に会えません。
その日は午前中に父が訪ね、午後に私が施設へ行くことになりました。

今思えば、母は私が来るのをずっと待っていてくれたのかもしれません。

その日、母が施設に入所して初めての面会のチャンスを得て
私が母を訪ねた日。
やっと会えたその時が、母との永遠の別れとなりました。

枕元に駆け付けて、まだ温かい手を握り、おぼろげな視線の先に
割り込むようにして顔を覗き込みながら、
『もらったラベンダーを大事に育てるよ、西屋の庭を今めちゃめちゃ
手入れしてきれいにしていってるんだよ、子供達も今日は元気に学校に
行ったよ、箪笥にあった着物は大事に虫干しして預かるよ、
得意の冗談をもっと聞きたかったよ、
お母さん、産んでくれてありがとう、
大好きだよ…』
何をどう伝えたらいいのかわからないまま、
とにかくあれこれ伝え続けていました。

聴覚は最期まで失われないと聞いたことがあります。
きっと、声は届いたと信じたい。

私が居室を訪ねてからほどなくして、
母は、文字通り眠るように逝きました。

ラベンダーの花の写真を見せることはできなかったけれど、
最期だけは母を一人にしないでそばで看取ることができました。
その光景は、絶叫にも似た壮絶な記憶となって私の脳裏に
焼き付きましたが、コロナの惨禍がまだ収まらない中、
施設の皆さんのはからいと何かの導きによって叶えられた、
静かな奇跡でした。
おそらく一生忘れることはないでしょう。



母は今きっと、長い間苦しんだ病気と限りある時間の鎖から
一切解き放たれ、母の両親や先に旅立ったゆかりの人達、
可愛がっていた実家のニャンコ達や色とりどりの花と美しい
景色に囲まれて、透き通った空から時々西屋の庭を
見下ろしてくれている、と思います。



(開花したラベンダーは現在剪定しながらポプリにすべく、
花を大事に保管しています)


聡明で穏やかな人柄からたくさんの知人・友人に恵まれ、
エスペラントに堪能で、オカリナの演奏に熱心で、子供や孫思いだった母。
凛としたその生き方は、家族と共に過ごす何気ない日常の本当の幸せ、
今この瞬間を、急がず、精一杯丁寧に、
そしてまっすぐ生きていくことの尊さを、身を以て教えてくれました。

生きとし生けるもの全てが通る道を、こういう時だけ
早く通過していってしまった母ですが、今はただ穏やかな気持ちで、
次の世界での幸せと活躍を心から願う今日この頃です。

(↑天体望遠鏡で初めて月を撮影。感動の瞬間!)





こんな時だからこそ、音楽が必要なのだ。

"Her Angled Beauty"

Levi Patel "A Sifting Lightness"(2019)


(↑サムネイルクリックで"Her Angled Beauty"が
視聴できます)

ニュージーランドの癒し系アンビエント、
モダン/コンテンポラリーミュージシャン:
リーバイ・パテルのアルバム。
朝露が光る庭に咲く花のような、やさしいナンバー。

2020.03.12

閑話休題 ~殯(もがり)と”念”~




9年前のあの日、白布は大雪でした。
今年はもうフキノトウに続いてスイセンまで芽吹いています。




↑2月29日撮影。

こんにちは。
iPadでリモートワーク実践中の若女将です。
思い切ってproに機種変しようと思ったら、ご時世なのか在庫切れの件。
近々出るらしい新機種を待って、旅館ヒマな今こそチャンスと勉強し直し中です。



もう何年も前のこと。父方の祖母の十三回忌の年だったか、
ある時父がさみしそうにぽつりと言いました。
「人生最大の試練は、自分の親の死だ」
独り言だったのか私に諭していたのかは不明ですが、何年経っても、
悲しみは人の心の強さにかかわらず癒えることがないのだと痛感した言葉です。

数奇な人生経験を持つ友人が、今はもういない家族や仲間のことを
思い出しながら静かに呟きました。
「過去を振り返ることは、殯(もがり)に似ているように思う」
どんなに後悔しても、これまで歩んできた過去は変えられない現実。
逃げるのでなく時間と共に少しずつ"別れ"ながら、変わってゆく自分を
受け入れて、いつか過去の過ちも許せるようになりたい、と友人はしみじみと
語ったものでした…いろいろな意味で重く響いた言葉でした。


不安や悲しみから、自分が今何をしたらいいのか分からなくなる、
ただ焦りに苛まれそうになる時があります。
まして今の世の中、人ひとりの力でどうにかなる状況じゃありません。

だったら、この際何もしないという選択肢があってもいい。
心が空っぽなままでも死ぬようなことはないから。
そのまま寝れれば体力温存できて尚可、くらいに思っていればいい。

逆にもしも少しでも動くパワーがあったら、今しかできないことをしよう。
好きな飲み物を飲んで家でほわーんとするもよし。
長い間読みかけだった本を読んでもよし。
食べたいと思ったものを作ってみてもよし。
ちょっと家の周りを散歩してみるもよし(感染対策はほどほどに)。
人けのない所まで来て思い切り叫ぶのもよし(白布温泉大歓迎)。

平和な時も不穏な時代も、時間は平等に過ぎていきます。
どの世界にも事象を動かす力の"波”があるように、
今の閉塞的な状況はいつか必ず終わりが訪れます。
私たちに今できることは、時の流れに身をゆだねつつ、
決して生きる歩みだけは止めないこと、ほんの少しでもいいから、
周囲への思いやりを忘れないこと。それだけだと思います。

私は幸か不幸かやることが沢山あってどんよりしている時間がないので、
あまり先々に望みは持たず(悪い意味じゃない)、過去を悲観せず、
ひたすら"念"に徹しています。これ仏教の教え。

絵に描いた餅を眺めるくらいなら実際に餅焼いて食べようぜ!みたいな(違う)。

こんな状況ですが、
少しでも自粛や休校で鬱憤がたまっているであろう皆様の心をほぐしたく、
休館日も日帰り入浴を受け付けております。
ぜひ温泉にあったまりに来てください。きっと元気が出ますよ。




今日の1枚。

"SPETTRO"

Milana Zilnik(2019)

(↑サムネイルをクリックすると、Youtubeで
収録曲の"Verde”が視聴できます)

ウクライナ生まれイスラエス育ちの国際派ピアニスト、
Milana Zilnikのピアノソロアルバム。
目覚めの朝、リラックスしたい時、何かに集中したい時、夜眠れない時…
どんなシチュエーションでもオールラウンドに心を落ち着かせてくれる秀作です。
上のリンクから他の曲も聴けますので、ぜひ聴いてみてください。
おススメです。

久しぶりの更新なのにこのまま静かに終わってしまうのも何なので、
おまけにもう一曲。

"Chakra"

Fakear(2018)


(↑サムネイルクリックでようつべにジャンプ)

以前にも「The 日本シリーズ」で紹介したことがあるFakearですが、
彼が2年前に作曲したChakraという曲のMVが素晴らしく摩訶不思議なのでUP。
巨大なオルトロス(蛸(♀))とツインテールのお兄さんとの愛の逢瀬
(+絡み)が繰り広げられます。

もう一度申し上げます。ツインテールです。

あくまで神秘的。某浮世絵じゃありませんのでご安心ください。
タイトルはチャクラですが多分テーマは輪廻転生。
どこか日本の民謡を思わせる琴のようなヨナ抜き旋律が、
リスナーを別世界に誘ってくれます。

2019.12.15

音のある生活 32「サダコはつらいよ」


こんにちは。

実は長芋(生)もアレルギーの若女将です。
恥かしながら西屋スタッフで唯一の食物アレルギー(それも複数)持ち。
もしかして私、デリケート…
(ダークアンビエント回で"9割暗黒面"だのクトゥルフだの
散々毒を撒き散らしていた奴が何を今更(笑))



今日は音のある生活シリーズですが、ほぼ閑話休題です。
副題の通り、かなりしょうもない内容です(苦笑)
息抜きだと思って頂ければ嬉しいです…。



今日現在白布は未だに浅い雪の中です。
雪の女王様はまだやる気にエンジンがかからないらしい。

気持ちは分かる、年賀状に関しては私も同類だわ。
この本文ももう1週間以上書いては崩し書いては崩し、結局支離滅裂なまま
無理やりUPしてしまったし…うーむ…頭が回らない。

最近、中途半端な気候のせいかしょっちゅう肩痛首こりに悩まされています。
なんというか、脳筋がいつも硬直している感じ(ちょっと待て字(笑))
いつものヘアスタイルさえ妙に「肩」苦しいと感じるようにもなり、とりあえず
頭皮に負担がかからないようトレードマークだったチタン箸かんざしを
しばし封印、ゆるめに髪を結ってごまかしています。

え?切れ?それだけは絶対イヤだ(爆)

とはいえ既に結構な長さなので、とりあえず邪魔にならないようクルクル巻いて
バンスで留めてしまうことが多いのですが。
実は毎晩寝るときも毛先がこすれないように髪を編んで保護しているため、
一日のうちで髪の毛を完全におろしている時間はお風呂以外ほぼ皆無です。
つまり私はもともと、髪を結った感覚に完全に慣れ切っているはずなのです。
なのにこのごろちょっと髪型を緩めただけで
「ああぁ髪解きたい今すぐバサーッとしたい!誰も止めるな下ろす!!」
よく分からない衝動にかられて、バックヤード限定ですがこっそり貞子化して
開放感を味わっていたりして(だってパブリックフロアでそれやったら西屋的に
かなりヤバい笑)。そしてそのままザ・デスクワークサダコ(笑)
そのままカウンターに出たら即一発芸(やらないけど汗)。
フロントスタッフの皆ほんとごめんなさい(笑)

しかしまぁ、あれだな。貞子さんたら有名すぎですね。
白い服を着て顔の前にロングヘアを垂らしてみせるだけで10人中
1000人(?!)が「ぎゃー貞子だ~!!」ほぼ確実に叫ぶはず。
井戸から這い出るあの衝撃的な姿がいつの間に人々の恐怖心の臨界点を
突破したのか、枷椰子さんとの夢の共演どころか、どこぞの始球式やら
ギャグマンガ、はては海外のいかにも胡散臭いようつべ動画にまで
散々出没させられているホラーの権化。
相手が野球選手だろうが行先が縁もゆかりもない異国のご家庭だろうが
所かまわず愛嬌呪いオーラをふりまかなきゃならない彼女の日常(?)は
そんじょそこらのブラック企業とはまるで比較にならない重労働っぷり。
さすがに不憫に思えてきます。怨霊だけど。
そのガッツ、ぜひ分けてほしいねぇ。
所詮恨みつらみなんて人類の未来と共に蒸発していく運命なのだから、
命ある者を憎むなら、いっそ呪いパワーをロケットエンジンにエネルギー
転換して、そのまま宇宙の果てにでも行ってくればいいのだ。
そして戻ってくる頃には故郷(地球)そのものがなくなっているという
相対性理論。めでたしめでたし(何がだ?!)。

いやいやいや、そんなくだらない話はどうでもよくてだな。
なんでひそかに貞子ちゃん推し(?)かというとだな、
髪型の連想もさることながら、単にこの間行った眼科の受診模様が
なかなかにツボだったのであって、別に貞子ちゃんが好きなわけじゃ
ないよってそれだけ言いたかったわけなんだな。

・・・市内某眼科にて。



↑状況説明が面倒なので、雑ですが思い切って一コマ絵にしました。。

こんなガンたれ写真(といっても診察のために強制的に逆あかんべぇ
させられているだけなんですが(苦笑))を薄暗い診察室で毎日見ている
眼科の先生…きっとホラー映画にめちゃくちゃ強いに違いない。
自分の髪と結膜炎ごときで、性懲りもなくこんな話題をだらだらと
(しかも旅館のHPで)垂れ流す若女将。
デリケートじゃないのは確かです(笑)



さぁお口直し?に今日の一枚。
これまた場違いな癒しアルバムを無神経に投下するわけですが、
本当はこっちがメインだったはず。もはやどっちが本題なのか分からんわ…。

"The Melody At Night, With You"

Keith Jarrett(1998)



こちらはECMきっての大御所ピアニスト(他の楽器も多種演奏)、
アメリカ出身のキース・ジャレットの1998年リリースアルバムです。
クラシックからジャズに至るまで幅広いキャリアと卓越した技術を持つ
キースは、あのマイルス・デイヴィスとの共演や世界各地でのコンサート
(ライブ盤、特に1975年ケルンでのコンサートアルバムが大ヒット)など
華々しく活躍してきました。しかしその過酷な演奏スケジュールの日々から
とうとう慢性疲労症候群を患い、一時ステージから離れる日々を余儀なく
されたのでした。
こちらのアルバムは、その療養中に作曲されたもの。
元々は奥さんへプレゼントするプライベートものでしたが、リリースされるや
再び世界的に絶賛を浴びたというミラクルストーリーの結晶。
曲はいたって静かで優しく(独特の唸り声はところどころ健在ですが、
本作でのそれはひどくピュアに聴こえる)、
長い旅の先でようやく温かい大地に根を下ろしたタンポポのよう。
ああぁ語彙力。
つまりこのアルバムに余計な能書きは不要なのよ。とにかく一度聴いてみて!
特にそこの貞ちゃんちょっと耳お貸し(そのままイヤホンをねじ込む)!て感じ。
だから語彙力…

挫折を味わい、己のどん底を見、荒廃した世界を一度知った人は、実はそれと
同じくらい強い力を心に秘めるチャンスを同時に得るのだと思います。
ただ堕ちて終わるのは簡単だけれど、その力の使い道を自分で選び、
自分を縛る鎖を自ら手放した瞬間…本当の純粋な心が現れる。
苦しい闘病生活を乗り越えたキースからの、魂(音楽)のメッセージ。
泥の中からまっすぐに咲く大輪の蓮のように力強く優しい音色に、
ぜひあなたの心を解放して耳を傾けてみてください。

2019.01.31

閑話休題 ~秘湯の会女将研修会にて


こんにちは。
行く気満々だったはずのフェルメール展(もうすぐ終了)をなぜかすっ飛ばし、
隣の隣の国立科学博物館の地下で霧箱をかぶりつくように覗き込みながら
「(宇宙線が)見える…見えるぞぉ!
…と、どっかの眼鏡大佐みたいに一人狂喜していた若女将です(笑)



というわけで、今週29-30日にかけて、私は秘湯の会の女将研修会参加の為
約1年ぶりに東京に行っておりました。懐かしい場所をいくつも訪ね、
遠来の同士の方とお会いし、それはそれは充実した2日間でした。

カテゴリは「閑話休題」「湯守のこと」ですが、2回にわたって、
その時の話題と所感をお伝えしていこうと思います。



秘湯の会の女将研修会は毎年この時期に開催されます。
四十年を超える秘湯の会の歴史において西屋はまだ新参の立場なので
(会員番号MAX197軒中西屋は189番目…現在秘湯の会会員宿は170軒未満しか
ありませんが、最初に与えられた宿番号自体はそのまま残ります)
私も今年で参加2回目だったわけですが、その内容は驚くほど充実!!
先輩の秘湯の宿の女将さんからも沢山の貴重なお話を聞くことができる
貴重な社交場だったりします。

研修会では、発足当時から秘湯の会を長く牽引してこられた佐藤好億名誉会長さんの
講話が設けられています。
今回テーマは(テーマ自体は設定されていなかったが私が勝手に総括)
「21世紀の今改めて問う、“情け”とは何なのか、“秘湯”とはどうあるべきなのか」。
因みに去年は「秘湯の宿を守ることは、温泉文化そして地域文化を守ること」。

うーむ…深い。

佐藤さんほど知識豊富で数多くの秘湯の宿を知り尽くし、
ご自身もまた旅館の経営者として時代の変遷を目の当たりにされてきた方も、
当たり前のようなこの命題に対して日々自問自答しているのだと
改めて気付かされました。
一方で他の宿の先輩女将さん方との談話から、経営難、人材不足、
後継者の不在などなど…他人事とは思えない様々な問題を抱えている
現状が浮かんできました。
全国各地、それも僻地にある秘湯の宿は、東京のような華々しい都会とは
およそ無縁の場所で、横の繋がりを保ちつつ、それぞれ守るべきものの為に
細々と商売を続けているわけです。

翻って私が守っているものとは?
一番に思い浮かべるのは温泉です。
古くなった建物の保存も勿論ですが、この土地に温泉が湧いていて、
それをお客様にきちんと提供できる状態になければそもそも
温泉旅館業は成り立ちません。それこそ当たり前の話ですが。
しかし当たり前だからこそ、その恩恵に対する感謝、自らの立ち位置を
常々意識しておかなければいけないとも考えているのです。

今思えば、湯守になったのもそういう事由からでした。(続く)



堅苦しくなりがちな文脈に唐突に投げ込む(爆)今日の1枚。

ELLA FITZGERALD & BILLIE HOLIDAY "AT NEWPORT"(1958)

(適当なリンクが…ない!)

20世紀の女性ジャズ・ボーカリストの頂点に立つエラとビリー、
そしてカーメン・マクレエ(日本では彼女達3人を合わせて
女性ジャズシンガー御三家と呼んでいるそうですが、
カーメンはどうもエラやビリーほど有名ではなかったようです)
この3人の貴重なライブを録音&編集したものがこちらのアルバム。

エラが太陽ならビリーは月、カーメンは星…みたいな印象かな。
エラはとても伸びやかで声が明るく、ジャズシングにふさわしい
優雅な歌い方をします。
一方のビリーは名曲「奇妙な果実」や彼女本人の波乱の生涯
(酒と薬にまみれ44歳の若さで亡くなってしまった)に象徴されるように、
どこか退廃的でコケティッシュ。
カーメンはどちらとも違い、ジャズを超えてポップ曲のカバーも
こなしたりしているので、掴みどころのない魅力的な歌い方が特徴です。

個人的に(古典的なものに限らずEMC含めて)ジャズは物憂げに
まったりしたい時間に聴きたいジャンルなので、
誰が好き?と聞かれたらビリーと答えるわけです
(つまりこれが前回のコラム冒頭の伏線)。
どの曲も、その場で聴いているような臨場感があっていい感じですよ。

2018.10.13

閑話休題 ~招福こけし~



10月も中盤に入りました。
西吾妻スカイバレー走り放題期間も残り半月ほどです
(11月以降は夜間通行止め、その半月後には冬季閉鎖予定)。



西吾妻山の紅葉もだいぶ進んできています。

誰もそうは思わないようだけれど、今年は季節の移り具合が
例年より早いような気がしてなりません。
元々筋金入りの冷え症持ちですが、最近異様に寒さを感じています。
一緒に働いている他のみんなは半袖でちょうど良いと口を揃える中、
台風が来ようが寒冷前線のぬるい雨が降り注ごうが体感温度は滅茶苦茶。

…未病かな?ちと不安。

尤も山は標高も高いし平地より気温が低いので、寒さを感じるのは
ある意味仕方がないことではありますが。

今月はあまり外に出られないので情報発信量が少なくなってしまうかも
知れませんが、ぼちぼち更新していきますので
長い目でお付き合い頂けますとうれしいです。



というわけで、今回は素晴らしくネタ切れにつき閑話休題。
館内のとある飾りものについてご紹介しようと思います。



食事処である宴会場入口にあるこちらのユニークなこけし。



珍しいのか、お客様も足を止めてご覧になり、
どこで売っているのかと非常に多くのお問合せを頂いております。
これ、実は山形のものではなく、隣の福島県の特産品なのです。



私が西屋に嫁いできた折両親から譲り受けたもので、
名前は「招福(しょうふく)こけし」といいます。

福島市の北東、伊達郡桑折町にある工房で50年ほど前から作られていて、
お祝いやお土産にとても人気なんだそう。
首が動かせるので、その日の気分で満面の高笑い(!)にも
控えめな笑いにもできます。悲しいことや辛いことがあった時ほど、
じっと眺めて元気を分けてもらえる、いつの間にか自分も優しい
笑顔になれる不思議なこけし。

ネットでも販売しているようですが、直売でなく、製造元である
香村工芸さんはHPがありません。
電話かFAXでの問い合わせ・購入になります。
一番手に入りやすいのは福島駅西口にあるコラッセふくしまです。
気になった方がいらっしゃいましたら、ぜひコラッセへも
足を運んでみて下さい!
西屋から東北中央道経由でおよそ1時間程で行けます。



はな「上を向いて、元気出して頑張るにゃ! え? 招福こけしの真似をしろ??」




はな「ミャッハーーー!!(にゃんこにはむりじゃー!!)」

【「招福こけし」製造 香村工芸】(桑折町HPより)
〒969-1651 福島県伊達郡桑折町大字万正寺字蛇屋敷1番地の1
電話 024-582-3722
FAX 024-582-6929

【コラッセふくしま(福島県観光物産館)】
〒960-8053 福島市三河南町1番20号 コラッセふくしま1階
電話 024-525-4031
FAX 024-536-3188 
営業時間 9:30~19:00 (年中無休)

2018.04.06

閑話休題 ~アンケートは宝の山~



白布の冬は長く、寒さが残る3月はまだまだ閑散期。
にもかかわらず、今年の3月は西屋内の大々的な補修・改善のほか、
年度末ということで我が子の卒園やら春休みやらいろいろ行事も目白押し。
もう月末になる頃には今日が何日何曜日なのかも分からなくなり、
脳内カレンダーは相当ごちゃごちゃになっていました。
まだ頭ぐるぐるしているかも(笑)

でも、西屋は少しずつ、そして確かに歩みを進めています。
(少なくともそう確信しています)

先月は、新しい客室アンケートを設置して先月で丸一年でした。
その中からお客様に直接自由記述形式でいただいた貴重なご意見・
ご要望をまとめ、それらをもとにいろいろと改革を行ったのでした。

今回は閑話休題ということで、そのうちのいくつかの改善点をご紹介したいと思います。

1.アメニティについて

「お風呂にシャワーキャップを備えていてほしい」
「風呂上がりに冷水のコーナーがあればうれしい」
「お風呂周辺に冷水サーバーがあると尚可」
「男湯の脱衣場にもティッシュが欲しい」
アメニティの充実をお願いしたい。浴室での化粧水やブラシなど」
(※アンケート自由記述欄より抜粋)

このような沢山のお声にお応えして…


(↑男風呂脱衣場)


(↑女風呂脱衣場)

3月11日から、男女各脱衣場に冷水コーナー、
男性側脱衣場にBOXティッシュ、
そして…



女性側の脱衣場にアメニティセットのコーナーを設置しました。
他にも、女風呂内にはメイク落としと洗顔フォームも備え、
思い立って日帰り入浴でご来館になった女性の方でも安心して
ご利用頂けるようにしました!(お風呂上がりのメイクは…?!素肌美人でOK!)

2.湯滝風呂の入り方

風呂の使い方が分からなかった」
お風呂の入り方案内など事前に詳しくあるとありがたいかも」
(※アンケート自由記述欄より抜粋)

西屋の湯滝風呂にはシャワーや個別の蛇口などが一切ないので、
初めて西屋のお風呂に入られた方の殆どが
「どうやって身体を洗うの?!」
と疑問に思われたはず。

というわけで入り方解説図を作り、各客室と脱衣場に掲示いたしました。
湯船から桶でお湯をすくうこと、
湯滝はシャワーではなくマッサージするためのものであること…
矢印を付けて案内しています。英語版もいずれ作らなければ(汗)

ちなみにお風呂場の入り方図解(板版)はフリーハンド描き。







写真からあたりをとって線画を起こし、男女で反転させて原画を作り、
それをトレースしました。個人的には力作です(笑)


「お風呂の洗い場もっと広く
「洗い場が狭い
(※アンケート自由記述欄より抜粋)

ここも頭の悩ませどころでした。
皆様のおっしゃること、よく分かります。もう何年も前から、
昔々から言われてきたことでした。
しかし大変申し訳ありません。
お風呂はすぐに拡張することはできません。

では、なぜ湯滝風呂なのか?
なぜこんなに不便なままなのか?

そこには決して怠慢ではなく理由があることをぜひお伝えしようと思い、
図解のそばに直筆のメッセージも添えました。





プリント版は各客室にも備えてありますので、
ご入浴の前にぜひご一読いただければと思います。


「お風呂までの矢印看板などあると迷わずに行けそう」
「お風呂までの案内があるとありがたい」
(※アンケート自由記述欄より抜粋)





というわけで、館内各所に案内看板を複数設置しました。
どうか目印にしてお進み下さい。

メッセージをひも解いてみたら
お風呂周りのご要望が実に多数…本当に色々考えさせられました。
ご意見をお寄せ下さった皆様、本当にありがとうございます。


3お布団について

「温泉を楽しみに来たので、朝食後も布団があるとありがたかった。」
「朝食後横になりたかったが布団が上がっていた」
(※アンケート自由記述欄より抜粋)

この点につきましても、現在朝食会場にいらしたお客様に
それぞれお布団を上げるか否か尋ねており、ご希望の方はお帰りの時まで
お布団をそのままにし、チェックアウト時までゆっくり
お休みいただけるように対応を変更いたしております。

他にも、館内の寒さ対応、朝食の内容改善などなど、
まだまだ追いついていない課題もあります。
特に本館のお部屋に手洗いを完備することはさすがに構造上不可能ですが
(本当に申し訳ありません。築100年近いので多分改修に耐えられません)、
できるところから一つ一つ改善していこうと考えています。

幸いこの諸課題をスタッフ同士で話し合ううちに、現場での
結束力が強まった気がします。まだまだ頑張れる。
そんな力が不思議と漲(みなぎ)ってきたと私は感じています。

全ては未来のために。

歴史と共に西屋の「残すべきもの」「変えてゆくべきもの」を
日々問い続けながら、今日も湯守作業をもくもく続ける若女将でした。


(↑4月5日朝、白布では久しぶりに雪が降りました。
心が洗われるような白と青のコントラストでした。)

2018.02.19

閑話休題 ~ほろ苦いチャイコフスキー。~



久々の閑話休題。

今朝、ロビーに連れてきた猫達の写真を撮っていて
なぜか独身時代の通学・通勤ラッシュを思い出しました(元都内在住)。



(通勤ラッシュ時の扉付近(イメージ)。)


(夜の女性専用車両(イメージ)。)
(京王線ではしょっちゅうお世話になりました。)

あの頃は若かった。

最近、懐かしのス〇ッフサー〇スのCMをやたら見かけます。
なぜ今頃リニューアル放映?と単純に疑問に思いググってみたところ、
実は去年がCM20周年だったそうで。
なるほど納得。

しかし正直なところ、私にはあまりいい印象が持てません。
だって、あの頃はまるで明るい時代じゃなかったんだもの。

忘れもしない就職超氷河期ど真ん中。
大学の卒業式で(私はオーケストラサークルに所属していたので、
式典の楽曲演奏のため在学生のころから卒業式に毎年参加していました)、
華やかな袴でなくリクルートスーツで参列し、
「これから面接だよ…
もしこれでだめなら新卒派遣に登録してとりあえず形だけでも働く」と
切なげに語っていた先輩、卒業後も在学生と一緒に何社も回る友人を
目の当たりにしてきました。
かくいう私も就活の波に乗り遅れ、最終的に院進学を選んだ一人ですが…。

当時は「とりあえず就職できれば勝ち」みたいな風潮で、
自分たちはただの使い捨ての駒。
社会は世知辛いというイメージしかありませんでした。
一見手取りはいいけれど先々の保証がまったく見えない「派遣社員」は
まさにその“使い捨て”の象徴(少なくとも私にはそうとしか思えなかった)。

ところが今は立場がまるで逆転し、むしろ“売り手市場”だと聞いています。
働く人と職場とのミスマッチから互いに適材適所を求めてフレキシブルに
社会に順応していこうという時代と言われています。
同じCMでも伝えんとする意味や背景がまるで違う。

あの針の筵のような日々は何だったのだろう。
今でも冷遇を刷り込みされたまま辛酸なめている同世代がいるかもしれないと思うと、
何ともやりきれなくなります。

そうさ弦楽セレナーデ。
それまでエレジー含め大好きな曲だったのに、CM放送後はすっかりトラウマになり
何がオ~ジンジ♪だバ〇ヤロー!!!
と心の中で叫びながらホントにCDを売ってしまったのはほろ苦い思い出です(苦笑)。

ごめんねチャイコフスキー。


(今日は定時(チェックアウト時間)より早く家に帰れたよ!!)

2017.07.13

閑話休題 ~気がつくとそこにある(あった)もの~

今日は堅苦しくタイトルを決めず、思いついたことや最近あったことなど
自由に書いてみようと思います。







ここのところ暑い日が続いていますね。
皆さんも毎日「暑い」を数えきれないほど口にされていることでしょう。
数日前は白布でも夜の気温が25度前後という蒸し暑い日がありました。
いつもなら20度を切るのですが、さすがに寝苦しかった…(苦笑)
しかし隣の福島市は同じ日に最高気温37.7度を記録したそうで、
山奥住まいは迂闊に「暑い」などと連発してはいけないと改めて肝に銘じたのでした。



↑そんな暑いさなかに、TwitterのTLに投下した三十三観音の小滝の写真。
けっこうなリアクションがあり、やっぱりどこも暑かったんだなぁ…と
改めて実感。

山の水は本当に冷たくて気持ちよいよ~
白布大滝などにお出かけになる際は、
よろしければ吾妻山に一度手を合わせてお入り下さい。
神様や自然の生き物たちも数多く棲まう水辺です。
安全のためにもぜひ。




最近息子がどこから情報を仕入れてきたのか、しきりに
「今巷でね、ハンドスピナーが流行ってるんだって!」

要は「買ってくれ」という話です(笑)

しかし私は日頃テレビもようつべも全く観ない人。
名前を聞いただけではどんな代物なのかまるで見当がつかない。
というわけで、たまたまお店で見つけて買ってみたのがこれ↓



全身ステンレスで軽量、置いておくだけでもオブジェになる手のひらサイズ。
まるで手裏剣ですな…
さらに言うと誰かさんの装飾品みたいにカッコいい。
真ん中のくぼみを持って羽根を回すだけの道具ですが、これがヒーリング効果を
発揮するそうで、世の中にはいろいろなバリエーションがあるようです。

何度も回していると、やがて高速の走馬燈か輪廻に見えてくる(かもしれない)。
物思いにふけるのにはいいかもしれません。

因みに子供たちは大喜びですが、
おんでんとかぐらはまっっっっっっったく反応しません(笑)
猫達は今この瞬間を全力で生きているから、人生(猫生)にいちいち悩むような
煩悩など持ち合わせていないということでしょう。それはそれで羨ましい。
むしろ電飾やネコジャラシの付いているものの方が食いつくかも(そんなのある!?)。




ところで、皆さん普段音楽は聴きますか?
私は自他共に認めるApple Musicのヘビーユーザーです。

iCloudのストレージをガツーンと増やしたのをいいことに、
日々更新されるプレイリストをあさっては第六感に響く音楽を片っぱしから
ライブラリに突っ込んでいるので、もうジャンルも曲数も収拾がつきません。

ざっくり区切って、演歌とPOP以外はほぼ網羅しているような気がします。



たとえば…↑Bonoboとか…
彼のアルバムはどの曲もいける。
特にReturn to Airが好きです。




↑Harold Buddとか…
彼はブライアン・イーノやエクトル・ザズーの影響で以前から
知っていたアーティストですが、最近ピアノを再び弾くようになって
マイブームが戻ってきました。

たまたまライブラリに入れて日が浅いもののSSを載せましたが、
他にも好きな曲や、いろいろな意味でインパクトの強い曲など挙げたら
キリがありません。気がつけば朝も夜も常に何かしらの音が流れています。
(聴かないなら聴かないで大樽川のせせらぎや森の音、鳥の声等など…)
暑さも、凹んだ気分も、家族と共に過ごす嵐のような時間も、いつも音楽が元気づけたり
癒したりしてくれていると感じます。

これは独立したタイトルを立てて別の機会に書いてみようと思います。
笑っちゃうほどマニアでマイナーな好みなので、はてさて続くかどうか…(苦笑)


(7/14加筆修正)

2017.04.29

閑話休題 ~山奥から独り言~

 

今朝、Twitterでしだれ桜の様子をUPしました。
去年の今頃はもうかなり開花が進んでいて、ライトアップも始めていました。



今年はまだこんな蕾。雪が多く寒い日が続いたためですね。
麓や北東北ではもう花盛りを迎えています。
白布の桜はそのあとですので、花見のチャンスがないままGWになっちゃうー!
という方!ぜひ白布の桜を愛でにいらして下さいね☆


(↑西屋の夜桜ライトアップはこんな感じです。きれいですよ~。)



さて、Twitterについて最初に触れましたが、今日は個人的なネット考です。
インターネットがどこもかしこも普及し、自宅に必ずトイレや台所があるがごとく、
各種端末が人々の生活の一部に定着した今、
世の中もだいぶ様変わりしたとつくづく感じています。

とにかく便利になりました。

私のように巷の流行りにとことん疎く、山奥住まいで買い物にも難儀している人間でも、
見たことのない素晴らしい景色や音楽にたっぷりに触れたり、
地球の反対側から珍しい商品を買ったりできてしまえます。
いろんな方とも交流や情報交換ができる。
ほんの数十年前なら考えられなかったようなことがあたりまえに可能になったわけです。

冒頭での「北東北の桜が云々…」も、SNSでどなたかが写真を
UPしたのを見たおかげで状況が分かった次第です。
しかし、ネットには底知れない危険性も常に潜んでいます。
それが近年急速に、影のように人間社会を席捲しつつあることに
正直私は強い危惧を抱いています。
今まで点と点だった遠くの人同士が、ネットを通して無限に繋がっていける現代。
例えばその中の誰かが強い意図を持って、ほんの小さな石を投げ込んただけで
時に異様な集団心理が生まれ、やがて一人ではなしえなかったような暴動に
発展する可能性が生じてきます。
最近、長野県の諏訪大社で、毎年お正月に行われるとある神事に対して
あらぬ抗議が展開されているというショッキングなニュースをオンライン上で読みました。
元々何百年も昔から、深い信仰と自然への畏敬の念のもとで伝統的に継承されてきた神事で、
地元の方々にとっても恒例のものであったはずですが…突如降って湧いたように
「時代にそぐわない」と訴え、(もっと昔から抗議はあったかもしれませんが)
聖域さえ侵す異常な集団行動が生まれた背景にはインターネットの存在が
大きかったと個人的に推測しています。抗議活動の参加者の一人は
「自分はアルバイトだ」と語ったそうです。
普通の求人情報誌でこんなアルバイトを募集するとはまず考えられません。
SNS上で呼びかけたのでしょう。
また、こうした刺激的な話題をネットで取り上げれば
たちまち世間の知るところとなり、注目が集まります。
主催者が意図的にパフォーマンスを上げれば賛同者も比例して増えるでしょう。
賛同者が増えれば、その中心にいる人物は、やがて自らが世の中の代弁者
=正義だという曲解に至る…なんて事態にもなりうると思います。
世の中人の数だけいろんな考え方があるとはいえ、イメージ(画像)と
言葉で強い誘導をかけ続ければ、人の心を掴むのも難しくはありません。
ましてネットの世界は匿名が可能ですから、一度も出会うことがないまま、
お互い本名も知らないまま運命共同体になれてしまうわけです。
諏訪大社の神事に限らず、こういう現象(当事者たちは扇動の自覚はなかったかもしれない)は
ここ数年の間に何度かネット上で目の当たりにしました。
問題なのはこれらの伝え方です。リアルさでいけばリンクされた画像や
映像のほうが目に物言わせますが、都合の悪い部分をカットできてしまう
理不尽さはあってもこれらはあくまで“事実”しか伝えていません。
そこに添えられている言葉(テレビでいえば解説や字幕)の
影響力のほうがはるかに重要です。

LINEでは若い子たちの間でいじめも生じていると聞きます。
SNSの場合だとフォロワーの数やグループの規模がそれなりに
影響力を持ちますが、対面上の人間関係の強さには当然及びません。
にもかかわらず、見えない相手同士との曖昧な繋がり程度で個人の尊厳や存在自体、
簡単に否定できてしまうのです。感情が読み取れない平坦な文字のやりとり、
そのほんのわずかな解釈の違いだけで、敵だの味方だの仲間外れだのと、
昨日まで親しかった者同士があっさり決裂する。
よしんば良好な関係が幾年も維持できたとしても、
オフ会かリアル文通でもしない限り、相手の本当の名を知る機会もない…



私がアナログ志向なだけかもしれませんが、
なんて不安定な人間関係だろうと思ってしまいます。


実は私もかつてTwitterの個人アカウントを所有しており、愛着もあったのですが
上記のようなやむを得ない理由もあって思い切って削除したことがあります。

共に暮らす家族や今自分がなすべきことに真摯に向き合っていこう、
何よりも目の前にいる人を大事にしていこう。

終始仲の良い方も少なくありませんでしたが、後悔はなく、
寂しさを感じたのもほんの一瞬でした。
色々と考え直すいい経験になりました。



幸い私は物ではなく宿泊「体験」を提供する商売なので、対面なしでは
仕事できません。今でも必要な時以外はなるべく覗き込まないよう
ネットからは常に一定の距離を置くようにしています。
テレビにいたっては、もう何年も前から全く観ていません。
これは単にテレビが苦手という理由ですが(苦笑)
ネット上の言葉の暴力で傷ついている人がいたら、ぜひ伝えたい。
たまにゃ端末を閉じて、気持ちもスイッチオフにして、外に出て思いっきり深呼吸してみて、と。


ネットの世界は人間によって作られました。全知全能ではありません。
むしろ、なんと狭い世界だろうと思ってしまいます。
雄大な山並みや夜空いっぱいの星空…本当の世界はもっともっと広く、
端末の向こう側の小さな悩みなんてかるく吹き飛んでしまいます。

そう、世界は広いのですから…。
胸を張って、もっと自由に生きていきましょう。

2017.03.01

コラム再開・閑話休題のお知らせ

 お久しぶりです。

お正月以来のコラム更新です。
本当は見どころ紹介の連載を続けるつもりだったのですが…



(2017年1月15日撮影。)

御存じの方はご存知の通り、年が明けたとたん冬の神様は仕事を思い出したのか、
それまで貯めていた分ごと一斉に大雪を降らせ、
私はPCに向かう時間がまるで確保できないまま、
2か月近く除雪や外作業でてんてこ舞いしていました。


(1月16日、三十三観音に向かって一人雪を掘り進める。この先に沢がある)


(作業中何度も地吹雪にまかれ、森の手荒い歓迎(?)を受ける。)

何かもう、緯度が地軸を廻ったような、物の考え方まで180度変えられてしまったような、
そもそも考える時間すらあったのかよく思い出せないくらい怒涛の日々でした。



(2月1日、雪おろしのため、初めて西屋の屋根に上がりました。)


斧だのダンプだの散々振り回したわりに大きな事故・けがや筋肉痛にならなかったのは、
日頃人知れず筋トレに勤しんでいたことや、見えない力が守ってくれたおかげでしょう。
年齢はこの際忘れよう(笑)

どんなに仕事が大変でも、命には代えられません。
いついかなる時も、感謝の気持ちを私は忘れてはいけない。




というわけで、連載は4月以降に持ち越し、今月は閑話休題として
私が毎日行っている湯守のことをお話しようと思います。
湯守とは何か、どんな仕事なのか、日々どんな思いで山に入っているのか。

もともとこの仕事の話は表には出さないつもりでした。
なぜなら、完全な裏方の作業だからです。
ただただお客様に気持ち良くお風呂に入って頂きたい一心で背負っている役目。
決して難しく考える必要のないものだと思っていました。

しかし先日、とあるお客様に声をかけられました。
「若女将。これはドキュメンタリーだよ」と。
そのお客様は、日々Twitterで私が時折写真を添えて載せている湯守作業を
ずっと見ていて下さった方でした。



この言葉に、何か突き動かされるものを感じました。



(朝6時前に、温度調整のため本館裏の枡へ。冬の夜明けはただ美しい)


(温度を確かめる。極寒でかじかんだ手もふっと生き返る(時々熱い(苦笑))。)

湯守を引き継いだ経緯、大変でも旅館商売を諦めない思い。
こんな人里離れた山の中に住みながら、さらに山へと引きよせるもの。
この星が生きている、命が流れていると全身で強烈に感じる瞬間。

毎日自分がどう思い、何に語りかけて走っているのか、一度記録のつもりで
書いてみようと思い立ちました。

実際ドキュメンタリーと言えるようなものではないかもしれませんが、
山や森や水の美しい写真を添えてお届けしてまいります。

週1回のペースで更新していく予定です。
お楽しみに。

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