若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

音のある生活 46 「寄り添うもの」-③




『 わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です(あらゆる透明な幽靈の複合体)
風景やみんなといっしょに、せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともり続ける 
因果交流電燈の ひとつの青い照明です 

ー宮澤賢治「春と修羅」

太陽系の外にある光らない星、系外惑星。
望遠鏡を覗いただけじゃまず見つからない「地球の仲間」ですが、
今年に入ってから、その総発見数がとうとう5000個を超えたそうな。
驚きの見つけ方は何通りかあるようですが、中でもトランジット法
と呼ばれる「公転中の惑星が、恒星の前を横切る時に生じる僅かな
光り方の差(要は日食)をもとにその存在を見つける」という方法が
採用されたことで、一気に発見数を加速させたそうです。

へぇぇなるほどぉ…。

しかしこれ、地球と系外惑星(の公転位置)とその親玉が
ほぼ横に並んでいないと、当たり前ですが使えない方法です。
まさか学者さん方、こんな針の穴に蜘蛛の糸を通すような
現象を見つけるために、恒星という恒星を日夜観察してる
ってこと?どんだけ気の遠くなる作業だ。
それでも実際に何千個もの惑星を実際見つけてしまうのだから、
ただただ驚くしかありません。
一体全体この銀河系だけでいくつ星があるのだろう。
そんな銀河だって、宇宙に無数に散らばっている銀河仲間の
一つに過ぎませんからね。惑星の数なんてとても数えきれない。
この底なしの闇のどこかにはきっと、人と同じように、宇宙の
向こうに未来を探し、自らがどこから来てどこへ行くのか
問い続けている知的生命がいるはず。

もっとも、当の宇宙は光の速さで今なお膨張中です。
現実問題、彼らと真面に会えるチャンスは恐らくないでしょう。
こうして宇宙の大きさを知れば知るほど、
「これが全て」と思っていた自分達の住む世界が
どんどん小さくなっていく…。



はい、前回、前々回に引き続き、
「寄り添うもの」パート3(最終回)です。
もはや何のための「音楽のある生活」シリーズ?ですが、
ちゃんとフラグ回収しますのでご安心を。

またもや長たらしい話題ですので、
本シリーズの前・中編をざっくり要約します。

主に仏様と自然界の話です。誰かの強い願いと祈りを胸に、
千年以上も時を止めたまま生きる仏様。そして、
人の領域の外にあり、あらゆる命がひとつの流れとなって、
ゆったりと巡り続ける自然界。
この両界には見えない共通点…生きとし生けるもの全てに
横たわる不可視の揺らぎ…「生と死」の循環であり
「救い」である…そんな内容です(うわぁ…)。


先述の通り、私が現在住んでいる白布は
「人を寄せ付けない領域」のほとりです。最先端の
技術やインフラ、煌びやかなエンターテイメントが
集う世界とは正反対。生命の基部とも言える自然の
深みから渾々と温泉が湧き続ける、そんな場所です。

水と火山に恵まれた日本は、温泉文化が古くから
根付いていました。今も、地理的な環境によって
色々なタイプの温泉が何千カ所も沸いています。

そのひとつである白布温泉の泉質は、ちょっぴり
アルカリ性の「カルシウム-硫酸塩」泉。
主成分は「硫酸ナトリウム」「カルシウム」で、
打ち身や切り傷、神経痛に効くと言われています。
ほぼ無色透明ですが、空気に触れるとしっかり結晶化
(最初は白→酸化して黒)します。



真っ黒な湯滝風呂の石造↑はオリジナルカラーではありません。
何百年も温泉にさらされるうちに少しずつ温泉成分が堆積して
変色したものです。

温泉が持つ力や有り難みは、みなさんもよくご承知だと思います。
日本人にとってあまりにありふれた存在だから、
特に珍しいものとは思わないかもしれません。
でもね、実はとんでもない奇跡の賜物なんです。


温泉を温泉たらしめる中身は、
どれも昨日今日に生まれたものではありません。




かつて生命の一部だった(かもしれない)もの。



その昔空から降ってきたもの、



それこそ地球が誕生するよりは遥か以前に、
太陽のような星の炉で生まれたもの…


これらが幾星霜もかけて天と地を巡り、
やがて地中で一つになり、
地球の体温を纏い、再び地上に還ってきたものです。
気の遠くなるような時間と、数多の小さな道筋が、
目の前を流れる温泉のその一滴に詰まっています。


温泉にゆっくり身体を預けていくうち、
緊張も疲れも不思議と解れていきますね。

記憶にはなくとも、温まりつつある身体の奥底では
思い出していると思うのです。
ずっと昔、お母さんのお腹の中にいた頃の、
あの安心しきったあたたかい日々のことを。
悩みも、苦しみも、言葉さえも。温泉は全てを包み、
流していってくれます。

昔から日本人は温泉好きで、交通が不便な人里離れた
山奥でも足繁く訪ねてきました。
温泉が本来持つ「魂を回帰させる力」「究極の癒し」を
無意識に求めている、そんな側面もあるんじゃないかと
最近私は思っています。



仏教の話に一瞬飛びますね。

どうやって調べたのか全く分かりませんが、
聖武天皇の発願で奈良の東大寺が建立された当時、
日本の人口は約520万人くらいいたそうです。
(あぁ、いつかの「手紙」エッセで書いたなこれ。)
併設されたミュージアムのナレーションで耳にしました。
それを聞いて心底驚いたのは、大仏建造にかけた
延べ人数の多さではありませんでした。
それだけたくさんの人が当時生きていたというのに、
今ではその面影も記憶も、何一つ残ってないという事実です。
彼らは何を思っていたのか、
どんな人生を歩んだのか、
今となってはもう知る術はありません。
残されているのは、例えば萬葉集のような言葉の断片、
その思いや祈りを託された、僅かな数の仏様達だけです。
千年以上の間、移りゆく世を憂い見つめてきた仏像たちの
やさしい眼差しだけが、微かにその名残を伝えています。


かたや温泉は、地球の、命の記憶そのもの。
あなたが今何気なく触れた温泉のどこかに、
もしかしたら520万人の誰かの命の欠片、あるいは、
あなたがかつて愛した人の記憶が微かに宿っているかも
しれません。人の歴史よりもはるかに長い時間世界を
渡ってきた温泉です。今という刹那を生きる人々を
癒して余りある力を持っているのは、
ある意味当然と言えます。

しかし、出会えるチャンスは仏様と違ってほぼ一度だけ。
見た目はどんなに同じでも、絶えず流れ、空へ地へ
離合集散する不可視の存在ですからね。「同じ組み合わせ」
になる
可能性は極めてゼロ。
次はいつ、どこで会えるのか、誰にも分かりません。



もしかしたら、温泉ではない形で再開を果たしている…
かもしれませんよ。

さて、私は女将であり湯守です。
人と自然の境界線に暮らしながらお客様を日々迎え、
温泉との一期一会を言祝ぐことが生業です。

温泉が巡れば、訪れるお客様も様々です。
日々の暮らしにふと疲れ、日常を離れたいと願った人、
不安や寂しさを感じて、あたたかな癒しを望む人、
或いは、これからの日々どう生きたいのか、
心のどこかで考え始めている人。

迎える西屋には華美なものはありません。
豪華な食事がでるわけでもない。温泉と静かな時間、
古き良き建物、そして周囲を取り囲む自然があるだけです。
でも、それでいい。
万人受けする旅館になることは不可能だし、
なる必要はないと思っています。

「自分をほんの少しリセットしたい」と感じて
西屋を訪れたお客様が、安心してその願いが果たせるように、
そしてまた元気に明日のスタート地点へ立てるように。
小さな安らぎや幸せでも、
それをきちんと届けられる宿でありたい。

仏様の世界と自然界、そして温泉…
すべて、それぞれの在り様のまま人に寄り添うもの。

ならば湯守はどこのポジションか?
…全部を彗星みたいに行ったり来たりしている感じかな。

唯一かすらないとしたら仏様の世界ですかね。
そりゃ私だってまだまだ中途半端な人間だから、
いっぱい悩むし、無力さが悔しくてのた打ち回るし、
隣の青い芝をつい見てはギリギリ歯ぁ食いしばっちゃう…
しょっちゅうです。
でもまぁ、到底菩薩にゃなれないけれど、
志を同じくすることはできるとは思う。
この世を謳歌するどんな成功者も、
世の中不公平だと嘆く人も、皆いつか再び千々になって、
小さなこの星を循環する記憶の欠片になるのだから。

今更何をくよくよする必要があろう。

「今」という時代の歯車は、いつだって、喜びも悲しみも
飲み込んで、軌道を外すことなく回ってきました。
そう思うと、悟りじゃないけど、
少しは心が凪いでくるような気がします。

だから今は自分の可能性を諦めず、誠実に生きていこう。
それだけは固く決意しています。
忍耐と寛容さ、どちらも教えてくれる温泉の"声”に
日々耳を傾けながら…精一杯できる事を為して過ごしています。


「憂」という字は、「人」偏を携えると
「優」になります。
短い人生だから、誰かのために生きる。
誰かのために、自分を磨く。


めまぐるしい時代の中で今、古き良き温泉文化は
少しずつ失われつつあります。あと何年もつのかは
分からないけれど、その担い手の一人として、
私は寄り添っていこうと思う。
時間も空間も超えて連綿と流れ続ける温泉に、訪れる人に。
異界のほとりから、今日も見守ります。

(終)



今日の1曲


"温泉” 

くるり(2010) 

1998年デビューのデュオ、くるりのアルバム
「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」から。
タイトルそのまんまです。
温泉ってよりお風呂です。ロケ地も素敵な銭湯。
めっちゃ余談ですが私、銭湯「も」大好き人間。
またいつかカポーンしたい。

実は今回の「音」シリーズ46回目、PR設計の
布石を兼ねて書き綴っていたものでした。
ライティングのトレーニング、PR設計作り、
自分がやりたい事や考えていることを整理する…
一石三鳥じゃん!みたいな。
そもそもこんなに掘り下げるつもりはなかったのだよ!
誰も信じちゃくれないだろうけど…。

もっと単純に「奈良京都で見た古い御堂と白布って
なんか雰囲気似てるし、自然から生まれる温泉には
きっと大昔の智慧だ記憶だ魂が詰まってるんだ。
だから癒しの力がすごいんだ~湯守やっててよかった!」
の話にしたかったのに、
書いてる本人が初っ端から
「重すぎる、もうダメじゃあ~!」
なんて墓穴掘りまくったせいで結局よく分からない
結末になってしまいました。

だから〆の一曲はその意趣返しです(自分でやるか普通…)。
パーっと〆!!ドリフターズの某曲の方がよっぽど
温泉じゃん!なんてツッコミはなしよ!!
あれ白布温泉ラインナップされてないから(笑)!
お客様にはただシンプルに温泉であったまって元気に
なってほしいのだよ。この明るい歌のように。
小難しいことは考えるのは湯守の仕事に留めます。
どうか皆さんぜひお風呂に入りに来て。
好い湯加減にして待ってますから~~♨♨♨

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