若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

音のある生活 46 「寄り添うもの」-①





この間の休館日のこと。
娘「ただいまー、お母さんお寺みたいな匂いするー」

ふっふっ娘よ、よく気付いたな。そして煙くてごめんよ。



この日焚いていたのは、沈香(じんこう)という香りの線香でした。
ほのかに甘く、法要であげる焼香を思い起こさせる、いかにもお寺!な芳香。
旅先で触れた記憶が娘にもしっかり刻まれているようで、
母は少し嬉しく思いました。

最近、書斎にこもるとき、そして寝る前に日記をつけるとき、
私は必ずと言っていいほどお香を焚いています。
それもバラだのラベンダーだの今時のタイプではなく、
白檀やたまーに伽羅(きゃら)といった、まさに"抹香くさい"やつ。
「説教じみて、いかにも仏教的」。
使いようによっては揶揄ともとれるこの言い回しですが、
お香をたくと、不思議と気持ちが落ち着いて、何をするにも
集中できるのです。京都や奈良で訪れた由緒あるお寺でも、
さりげなく香が焚かれていました。




(↑奈良の元興寺の極楽堂(本堂)。良い香りに包まれていました。)

香りがもたらす見えない境界、とでもいえばいいのか。
一歩中に入っただけで、そこが特別な場所であることを
嗅覚が教えてくれます。その空気感が、私はとても好きです。

あの旅以来、私は古寺が醸す仏様の世界にすっかり魅了されました。
強い親近感を抱くようになったのです。
全く場所も雰囲気も景色も違うはずなのに、纏う雰囲気というか
空間そのものが、なぜか日頃住まう白布と非常に似ていると感じました。

というわけで、今回は「音のある生活」シリーズ。
といっても、実際の音楽要素はかなり薄め(笑)
仏様と白布の山々のめくるめく世界について、思うまま
じっくり掘り下げてみました。




今回の旅では、いくつもの忘れがたい経験を得ました。その一つが、
東大寺法華堂での不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)との
出会いです。



法華堂↑は、大仏様で有名な大仏殿を見下ろす小高い丘の上にあります。
約8世紀(天平時代)の建築で、境内では一番古い建物です。
保存状態が極めて良く、入ってみると存外古さを感じさせません。



↑正面の入り口。
写真右で謎の屈伸をしているのは我が娘です…いやマジで何してた??

御堂の中、須弥山を表した壇上には、本尊である不空羂索観音をはじめ
四天王や阿吽、梵天、帝釈天といった錚々たる神仏の皆さん
(どれも身長3~4M)がドーンと並び立っています。
天井も彼らに合わせてメチャクチャ高く造られており、
文字通り圧巻の一言に尽きます。



↑ご本尊の不空羂索観音像。公式パンフレットより。

この法華堂で私と子供達は、桜舞う観光シーズンだったにも
関わらず、他に誰一人参拝者が来ぬまま30分近くも
仏像たちを独り占めするという、あまりにも幸運な機会を得ました。

(朝の開門直後で、平日だったこと、冷たい霧雨の降るあいにくの
コンディションだったことetc.色々条件が重なったと思われます!)

不空羂索観音…呪術廻戦ファンでもなきゃ、あまり聞き慣れない
名前の観音様だと思います。さてどんな観音様?
実はこの方、経典の中でなんと自己紹介しています。曰く、
「私は救うことに関しては最高の観音である。
生死の大海で苦しむ人々に妙法蓮華(みょうほうれんげ)という
花の餌を撒き、それに縋(すが)ろうと集まってくる衆生を、羂索
(=慈悲の心を糸とする百発百中の大投網)を使ってもれなく
救い上げ、悟りの世界、極楽の世界へ一挙に導くことができる」

…だそうです。
まぁなんとも、ゴーカイというか、そもそも悟りの順番が逆というか…
敢えてツッコむなら、さりげなく人間の扱い雑過ぎやしませんか観音様。

羂索さん「ブラフマン?話すと長くなるから、とりあえずこっち
(浄土)来てから学んどこうね。そいや~っ(投網)!!」

その後は仏陀さんに説法役を丸投げ。
そんなパワー技を延々繰り出しているお方。多分。
えー、適当な紹介でごめんなさい。




↑三対の腕のうち、一番下の左手に羂索を携(たずさ)えています。
一見ただの紐ですが、隙を感じさせません。「いつでも広げられる」
と言わんばかりの不可思議なオーラが漂います。
(出典「魅惑の仏像12 不空羂索観音」)



仏教といっても、たいていの人は葬儀や法要で関わるくらいで、
普段はあんまり馴染みはないと思います。不祝儀というイメージが
強いから、敢えて意識されない側面もあるかもしれません。

しかし驚くべきことに、仏教の祖である仏陀の教えには、
普(あまね)く人々の死後救済を直接説くくだりは存在しないのです。
如来や菩薩も然りです。
彼らは元々仏陀の悟りの過程を示す「概念」であり、
独立したキャラクターを持つ存在ではありませんでした。
仏陀が説いたのは、極めて哲学的な「善き生き方」。
つとめはげみ、宇宙の真理を識(し)り、生きながらにして魂の
高みの極致に至る(梵我一如(ぼんがいちにょ)というらしい)
ことを悟りとしており、肝心の涅槃の彼方については、終ぞ
明言しませんでした。

もう一つ。仏陀さんは、生前既に文字が存在していたのに
「書くと(教えが)"自分"から離れる」というよく分からない理由で、
説法内容を文章化することを許しませんでした。
その後、見解の相違で宗派が分裂したことを慮るに、この拘りこそが
かえって混乱の元を作っちまった気がしないでもありませんが。
このため、彼の教えは、しばらくの間弟子の間で口承記録として
語り継がれてきました。そりゃ記憶だけが頼りなうえ、
聞く人によっては解釈も異なるでしょうから、教えの内容が
途中で形を変えてしまうのは必然でしょう。
そうして漸く仏典が活字としてまとめられたのは、
なんと仏陀の死後200年程経ってから。
その頃にはいくつもの宗派が生まれていました。
さらに時代が下り、ようやく日本に仏教が伝わったのが6世紀中ごろ。
仏陀が涅槃に入ってから、およそ千年もの時が流れていました。

この時伝来した仏教の系統は「大乗仏教」に分類されるそうです。
『出家して厳しい修行に耐えた人だけが悟りを得られるのではなく、
頭を丸めなくても、きちんと信心をもって精進すれば、
みんな平等に救われる(悟りに導かれる)よ。』
一般民衆にも平易な解釈で、イージーモードといったところ。

『生きることは大変で、時に苦しいものです。
前世からの業、今生の次に待つ輪廻…
その終わることのない「生老病死」の繰り返しは、
悟りを得ることで漸く解放(解脱)され、
涅槃に至ることができるのです。』

いつしかこの教えは、
多くの人に受け入れられながら時代を渡るうちに、
生きる上での心の支えに留まらず、「浄土(あの世)への憧憬」へと
変遷していったのでした。今日の日本の仏教の在り様が
そんな性格を色濃く持つのは、こういった経緯があったからです。

さて解説が長くなりました。
話を戻します。



↑大仏殿から法華堂へ至る参道。参拝者他に誰もおらず。




法華堂は、もともと聖武天皇と光明皇后が、長男だった
基皇太子(満2歳没)の菩提を祈るために建てられた山寺でした。
不空羂索観音も、当時の記録から、彼らが存命中だった
西暦740年代に作られたことまでが凡そ判明しています。
既にこの世にいない我が子への想いを両親から託され、
以後千三百年以上もの間、我々衆生のために祈り(投網をし)
続けてきたわけです。

ここでちょっとした疑問が残ります。
他にもたくさん菩薩さんはいるのに、
なぜ羂索観音だったのだろうかと。

前述の通り、彼?は救いの力にかけてはピカ一の実力を持つ観音様です。
数多の苦しみを抱える人々に対し羂索観音の力強い救済を説くことで、
もしかしたら、光明子さん夫妻は、我が子を亡くした悲しみも一緒に
昇華したかったのかもしれません。
…つまり、それくらい死別の悲しみが深かったということ。



↑実際はすごく見えにくいのですが、
羂索観音の合掌する手の中には、直径3cmほどの水晶玉が光っています。
人々に惜しみなく与える慈悲の象徴と言われているとか。
(絵はがきの写真より)


救済とは、業の浄化、生きる苦しみからの解放、悟りへの導き。
解放とは、輪廻の終わり、涅槃の境界線への到達。

それらすべての根底にあるのは""です。
人間の、死に対する悲しみや恐れは今も昔も変わることがありません。
より善く在りたいという魂の願いは、まだ見ぬ彼岸の美しい情景を次々
生み出し、今日の祈りのかたち、如来や菩薩の姿になりました。

法華堂に安置された仏像たち、色褪せた金箔の鈍い輝き、
仄暗いお堂の中で薄く煙を上げる香…私がここで感じたのは、
その仄暗い静寂の中に滔々と横たわる、深い死の気配だったのです。

その身の裡に"死"を抱えながら、時を止めて"生きて"いる仏達。
そして彼らが住まう異次元の空間。その渾然とした不可視のゆらぎは、
数えきれないほどの祈りを携え、これからも迷える人々を
静かに見守っていくでしょう。
白布の奥深く、暗い森のように。




↑白布薬師堂へ至る道。ちょっと加工してます。




今日の一曲

"絞首台”~「夜のガスパール」より

Maurice Ravel/辻井伸行(2016)

残念!リンクがない!
Apple Music使用可の方はぜひ聴いてみて!

"管弦楽の魔術師"の異名を持つ20世紀の作曲家:
モーリス・ラヴェル。有名なのは「ボレロ」やバレエ
「ダフニスとクロエ」ですが、初期の傑作と言われている
作品の一つがピアノ組曲「夜のガスパール」です。

ルイ・ベルトランという詩人が書いた同名の詩集から
三篇を抜粋して音楽化したもので、今回は2曲目の
「絞首台」をピックアップしました。

(冒頭に挿入したのは、原作である詩篇「絞首台」の
一節です。あ、ファウスト入れるの忘れた。)

「ガスパール」は一応人の名前です。
ガス管パーツじゃないよ!
キリストの誕生を予言した東方三博士(メルキオール・
バルタザール・カスパー)のカスパーを指します。
聖書では、カスパーは未来の受難である「死」を象徴する
老人の姿をした賢者とされています。

しかしベルトランは、そんな彼を敢えて死神的な
ダークサイドとして描写したのです。

曲中では、終始重めのペースで鐘のような音が
バックで鳴り続けています。前後の2曲と比べても
非常に暗ーい曲なんですが、そこは流石のラヴェル。
神秘的な和音展開で、色褪せた死への憂いに、
甘美なまどろみを見事に重ねています。

同じくラヴェルの作品である
「亡き王女のためのパヴァーヌ」とは全く趣の異なる
メメント・モリ。年月を重ねた御堂の、どこか憂いを
帯びた仏像たちの醸す、この世ならざる気配によく合います。
法華堂の裏BGM…?!

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