若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

天平時代にファンレター。

 


拝啓

東大寺の広い庭も、今は桜に代わって
色とりどりの春の花が咲いている頃でしょう。
貴女は今、この国の何処を旅していますか。
もしかして海の向こうですか。

光明子(光明皇后)さん、こんにちは。
天平時代から約1300年後の一般ぴーぽーです。
先日、私はとある願いを胸に、
子等を伴って奈良&京都を訪ねました。
実に二十ン年ぶりの古都再訪です。




旧平城京界隈は、貴女が旦那さん(聖武天皇)と歩んだ日々の思い出が
今も数多く残されています。東大寺、興福寺、お父さんの藤原不比等氏が
平城遷都と共に据えた春日大社。



そして法隆寺に収められた、お母さんの橘夫人の厨子…
そのすべてが、海外にまでその名を馳せるほど有名です。



私達が訪れた時も、国内を中心にお客さんがたくさん参拝に来ていました。
そして、奈良公園一帯に咲く桜を背景に、美しい社寺の佇まいを
思い出に残そうと、一心に写真に収めていました。




神の使いである鹿たちですら(聞いた話、揃って栄養失調気味らしい…)
此の世を謳歌していました。せんべい欲しさについつい人の腿かじるほど。

実は、奈良に到着してまず最初に私達が向かったのは、法華寺でした。


(法華寺の本堂。)

千人の民の垢を光明子さんが手づから流したという、
浴室(からぶろ)があったお寺です。


(浴室。江戸時代再建)

浴室はその名の通りお風呂。
今とは違って蒸し風呂式で、日本のお風呂の始祖のような施設です。
温泉旅館関係者として、素通りする選択肢はありませんでした。

幸運なことに、ちょうど秘仏である本尊十一面観音像が
御開帳されていました。インドから来日していた仏師が、
蓮咲き乱れる池の上を歩く光明子さんの姿をモデルに
掘ったという仏像です。何を隠そう、
今回の旅の一番の目的は「貴女に会う事」でしたから、
それが一番に叶えられたことはこの上ない僥倖でした。


(本堂内は撮影禁止。↑は絵ハガキです!)

金箔の貼られていない、決して華美ではない観音立像。
それでいて、凛と背筋を伸ばし、じっと前を見据える
その眼差しのなんと強く美しいこと。
じっくりと拝ませてもらいながら、私は、かつて
貴女が生きて感じていた世界に遠く思いを馳せました。

現代のように医療や科学技術が発達していなくて、
血で血を洗う政治的な駆け引きが横行していた時代。
人々が老いを得るまで平穏に生きながらえるのは
さぞ難しかったでしょう。幼馴染だった聖武天皇さんと
結婚するまでの過程も、決して平坦ではなかったと
後の世には記録されています。
それでも貴女は、そんな権威に決して奢ることなく、
飢饉や争乱など、数々の国難と真摯に向き合いました。

その中でも、お父さんの家があった場所に法華寺を開き、
貴族ではなく一般庶民の為に、介護施設の先駆けともいえる
浴室を建てたこと。


(興福寺の中金堂。近年再建されたばかり。)

同じくお父さんの遺産をフル活用して、
興福寺境内に施薬院や悲田院(今でいう病院に近い施設)を設け、
貧しい人、病める人を一人でも多く助けんと奔走したこと。



東大寺では、17年もの歳月をかけて大仏を製造したこと。

大仏様の大きな手が遍く人々を救うように、平和な世が長く続くようにと
皆と一緒に祈り続けてくれました。
その強い意志に、当時日本の全人口の約半数にあたる延べ260万もの
人々が応え、建立のために力を合わせたというのだからすごい話です。


(大仏殿の一角に置かれた創建当初の東大寺境内の模型。1/50サイズ。)

旦那さんを看取ったのちは、彼の遺品を大切に正倉院に収め、
その御霊も偲びましたね。

いつも誰かを大切に思い、激動の人生を送ってきた光明子さん。
たとえ時代と共に、当時の面影や記憶が薄れていこうとも、
その熱い思いが色褪せることは、決してありません。

光明子さんと旦那さんが守ってきた古都の歴史と遺構は、
その多くが世界文化遺産となりました。
正倉院の宝物達は、唯一無二の貴重な歴史的遺品となり、少しでも
その劣化を食い止めるべく、日夜専門家たちが保存に努めています。
息子だった基君(基親王)が成長した姿を思い描いて作らせた
という興福寺の阿修羅像は、当代随一のイケメン仏像として、
歴史好きな老若男女(特に歴女の皆さん)を虜にしています。
1300年も経ってから空前絶後のモテ期到来とくれば、
お母ちゃん思わず気を揉みたくなるところでしょうが、
彼はあくまで天上の人。
未来永劫「高嶺の花」ですのでどうかご安心ください。


私は、貴女の認めた楽毅論(正倉院蔵)が大好きです。
肝っ玉母ちゃんのような力強い書体。すごく達筆なのに、
ちょっと勢い余って時々ハミちゃってる字。
見た目のカッコよさじゃなく、心を込めて書写したのでしょう。
人の上に立つ存在だったから、なお人には言えない悩みや不安も
沢山あったと思う。そんな貴女の心の揺らぎをなにより身近に
感じるし、より深い親しみを覚えます。


奇しくも今の私は、臨書当時の光明子さんとほぼ同い歳です。
生きている時代や抱えているものの重さは全く違えども、
人生の旅路はみんな同じです。
今回の旅では、たくさんの思いがけない出会いと感動に恵まれました。
法華寺で最初に十一面観音像と出会えたことから、全ての奇跡が
繋がったのだと今では思っています。
現代とて決して平穏な世の中ではありません。誰しも時に迷いながら、
はるか未来に願いを託して、今日という日に感謝しながら
生きています。かつて光明子さんが様々な思いを胸に歩いたその道を、
私もまた通り過ぎようとしています。


人生とは何か。
死して残されるものは何か。
輪廻とは。
私が成すべきこと(生きている間にやりたいこと)とは。
…焦らないで、私は私のやり方で、一つ一つ形にしていきたい。
光明子さんの魂に触れたおかげで、肝が据わりました。
ただ今はお礼を言わせてほしい。
心から、ありがとうと。


どうかこれからも、
この国の行く末を、
そして、ほんの心の片隅でいいので、
私のことも見守っていて下さい。
またいつか会いに行きますから。
此の世かあの世の何処かで。


かしこ




今日の1曲

Run

Vallis Alps(2017)


"run"は文字通り走ること。そして実行すること。

最期まで凛と生きた光明皇后をイメージした当初から
この曲しか思い浮かびませんでした。
歌詞がそのまんま。
そして、透明な旋律も彼女にぴったり。

英語の歌だから下手な意訳はしません。
思い思いに聴いてみて。




↑最後に東大寺のマイベストショット…!
朝8時前に境内にゴーして撮りました!

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