若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

若女将エッセー

2022年04月

2022.04.25

言葉と魂




この世に生まれたばかりの無垢な存在。
世に花開けと親は願う。
しかし次の瞬間、それは恐ろしい牙を剥き、
あろうことかこちらに襲い掛かってくるのだった…

悪夢はたまたホラー映画で観たような話です。
結末をあまり見たくないので、できればフィクション止まりにしたい。
ところが現実社会では、これに似た展開が意外と起きていたりするという。
それをまざまざと再認識する出来事でした。
某大手牛丼チェーン元取締役による、社会人講座での失言騒動。
皆さんの記憶にも生々しいと思います。"生娘"だけに。



きっかけはFacebookでした。
受講者の一人だった女性が発した怒りの告発は、
その日のうちにTwitterに飛び火し、たちまち大炎上。
すかさずメディアが拾ったことで、件の講師は一夜にして"時の人"と
なってしまいました。発言内容のアウトっぷりはもとより、所属する
会社の看板、場所と講座を提供した大学のイメージ、40万円近くも
するビジネス講座の在り様、失言を咎めなかった同席の教授陣の資質。
すべてに厳しい批判と疑問が及び、すべてがマイナス効果となって
当人に跳ね返っていきました。
結局彼は、所属先だった会社から
「取締役解任、今後一切関係ありません」と縁を切られる羽目に。

昨日の味方は今日の敵、雉も鳴かずばなんとやら。
今風に表せば「まさに特大ブーメラン」といったところか。
教室で口にした何気ない言葉で、就職超氷河期を勝ち抜いたはずの
超エリートが、わずか一両日の間に社会的地位のすべてを失って
しまったわけです。
彼にしてみたら、文字通り"悪夢"の展開でしょう。

一方、戦争だの物価上昇だの、この頃すっかり暗いニュースに
塗れていた世間にとっては、ぶっちゃけこれ以上ないくらいの
メシウマだったにちがいない。ちょっと胸糞悪いけど。
なにはともあれ、これ以上ないほどバカバカしい顛末でした。



今回の騒動、なぜここまで大事になったのでしょうか。

ひっかかったのは、「言葉」そして「SNS拡散」でした。
この両者が絶妙に合わさって、現代ならではの災厄の
トリガーが発動しました。一見分かりやすい展開なんですが、
妙に奥が深い。言葉を巡る因果の裏側を、私は覗いてみたく
なりました。
ちょうど今はライティングの勉強をしているところです。
いい機会なので、ここはひとつ実践を兼ねて、
発言の内容を掘り下げつつ、
真面目に考察してみることにしました。

ソースはSNSに流れていた発言の数々から。

①「生娘シャブ漬け戦略」
…SNSでとりわけツッコまれていた発言ですね。
それぞれの単語の意味は語るまでもありません。
氷河期の勝ち組といえば、だいたい40代半ば~50歳前後です。
なのに生娘だのシャブだの、やたら昭和のおっさん臭い卑猥な
言い回しで見事に墓穴を掘ってしまいました。
それも、女性も少なからずいたであろう公衆の面前で。

「人間はその人の思考の産物に過ぎず、
考えていることが即ちその人になる。」

インド独立の父と言われたガンジーの名言です。

つまり彼は、自らのリビドーを何らオブラートに包むことなく、
素っ裸で堂々とシャバに出ちまったわけです。スケベか。
見てるこっちが恥ずかしい。褌(ふんどし)くらい履け。
頭がいいんだから。
例えばヒギンズ教授になったつもりで「マイフェア牛丼戦略
とでも表しておけば、名画好きでユーモアのあるおっさん、
くらいには思ってもらえたかもしれない。


②「男に奢られると牛丼を食べなくなる」

…つまり彼にとって、世の女は(社会的地位に関わらず)
尻の軽い格下にしか見えないということです。あてこすりか?
かつて私も学生時代「女一人で吉〇家やらす〇屋に行くと
彼氏できないぞ」なんて野郎にからかわれたことがあります。
だから何だというんだ失礼な。彼氏くらいいたわ。
なんなら一緒に「予算重視で牛丼屋さんに行こう!」と
ちょくちょく足を運んだ思い出だってあるわ。

とまぁ女性蔑視をムンムンに匂わせる言い回しがまずひどい。
しかしそれ以上にこの発言のヤバい所は、自社の主力商品を
根本的に愛していないことを自ら暴露してしまったことです。
愛さないどころか、その辺のジャンクフードと同じような扱い。
自分は数百円の牛丼なんぞ食わん、本命にはもっといいものを
食わせるから。そんなうすら寒いニュアンスです。
このあたりは所属会社のコンプライアンスが鋭く問われた
所以でもある。そうだな、今もお店の看板と味を守ってくれて
いる全国の従業員さんに、まずは平身低頭謝ってもらおうか。

彼は一連の発言により、自分の会社だけでなく社会そのものに
マウントを取ってしまいました。そこまで尊大な態度とった
つもりはなかった、と本人は思うかもしれません。
でも、発言したのが「社会人向けビジネス講座(高額)」という
お堅い場所だったのがなお悪かった。
TPOの観念を一体どこに忘れてきたのだろう。
誰も咎めなかったのも悲惨でした。発言した個人に留まらず、
一緒にいた人まで同類であることを言外に示してしまったから。
自分のキャリアに対する強い矜持を持っている、いや鼻に
かけている人なのだとは思います。だからといって、
自分なら何言っても許されるという理由にはなりません。
そんなものはただの甘えと驕りです。

彼は"不幸なことに"運がよく、その貧相な教養を認め、
頭脳を買ってくれる会社に続けて恵まれたに過ぎないのです。
普通に生きていれば、社会に揉まれながら鍛えるべきそれを、
残念ながら怠ってしまったわけです。

だから余計に、同じく就職氷河期を目の当たりにした同年代の
怒りややるせなさが、SNSのあちこちでなお発火材料になったの
だろうと私は考えています。今回のことで心底思い知ったろう。
世の中は決して甘くないんだと。



大事に至った要因としてもう一つ外せないのが、
SNSの無慈悲なまでの拡散力です。
言いかえると、現代ならではの不可抗力。
そもそも、改まった内容やここぞという時でもない限り、
日常の言葉(会話)は何の気なしに放たれることが殆どです。
何の気もないから「その人自身」が出やすいし、
受け取る側もそれが本音かどうか、案外見抜けてしまうもの。
対面で声として聴く場合はなおさらですね。

当然ネットがない時代も失言騒動はあったはずですが、
一定範囲以上に情報が広がる媒体、そしてその守備範囲が
限られていたため、今ほど大事にはなりえませんでした。
どこからでも気軽に投稿が可能で、瞬く間にその情報を
受け取れてしまうSNSは、だからこそ要注意です。

万が一、うっかり手榴弾(物議をかもす発言)をタイムラインに
投げ込んでしまったとします。内容を間違えた、表現が適切で
なかったと回収(削除)、あるいは代わりにパイナップルを置く
(再投稿する)ことは可能ですが、最初の投稿が既に拡散されて
しまっていたら、そう簡単には収拾がつかなくなります。

自分がちょろっと話したor書いた内容を、別の人間が見つけて
SNSに投稿した今回のようなケースはもっと厄介です。
投稿者の要約や主観といったエフェクトがかかります。
ただの手榴弾じゃなくなるわけです。
あっちこっちに手榴弾が撒かれ、方々であべこべに爆発する。
拡散の挙句、いつの間にか手榴弾が核爆弾にすり替わっている、
なんてこともある。今回そのあおりを食ったのが、
吉〇屋だったり会場の大学だったりしたわけですな。
そりゃ諸悪の根源とはさっさと縁を切りたくなるわけです。
切ったところで、相当なダメージは免れませんが。

どのみち今では既に過去の話題となりつつあります。
そう遠くないうちに「そういえば、いたねそんな人。」
程度で片づけられていくでしょう。
自ら産んだ子に憑り殺される胸糞悪いオチよりも、
ある意味残酷な幕切れです。

無秩序に情報が溢れる今の世は、欲しいものを得るには
確かに便利です。しかし一方で、瞬く間にひとつの言葉を
神にも凶器にも変えてしまう恐ろしさをも秘めています。
そのことを、私達はゆめ忘れていけない。




~エピローグのようなもの~

先日、法隆寺を訪れた時のことです。
(桜が満開だった…。)



参道手前で偶然出会ったガイドさんが、
親切にも境内を詳しく案内してくれました。
なんとこの道20年という大のベテランさん。
その彼が、大講堂の薬師三尊像を前にして
「奥さん、観音さんと大仏さんの違い、分かるかな?」と
徐にクイズを出してきました。
さて、どこかで習ったような。
その場にいるだけで心が和む、穏やかな表情の仏像さんを前に
考え込むこと数分。「…髪型と服装ですかね?」
すると彼は微笑んで本尊を指さし、こう言ったのです。
「そう。髪型の違いが見分け方の一つや。見てみ。
あの真ん中の仏さん。パンチパーマやろ?」

 パンチパーマ。

あの、由緒ある法隆寺の、薬師如来(平安生まれ)の面前ですよ。
だしぬけに放たれたあまりにベタでストレートな例えに、
かの「聖☆おにいさん」の某漫才シーンすらすっ飛んでいきました。

それなのに。
言葉に体温を感じた、とでも言えばいいでしょうか。
三尊を見つめるガイドさんのやさしい眼差しが、声が、
言葉の向こうから惜しみない温もりを運んでくるのです。

そのこそばゆい感動に、私は静かに胸打たれました。
彼がいかに仏像たちを、法隆寺をこよなく愛しているのかを
理解できた瞬間でした。

SNSの字面だけだと、この温度はまず伝わりません。
伝えたい情報を必ずしも全て備えているわけじゃないから。
よほど表現の仕方をコントロールできる人でない限り、
相手の受け取り方次第で、言葉はいかようにでも
解釈の余地を与えてしまう。パンチパーマの話だって、
文章だけだとそれが単なる例えなのか、ジョークなのか
皮肉なのか、おそらくすぐには判断がつかないでしょう。

そういう意味で、文字同士のやりとりはあくまで一つの
手段に過ぎません。私はそう考えています。
特に日本語は難しい。
その奥深さや意味の広がりを知っている人ほど、
日頃から一言一句注意深く選んでSNSに投稿しているはずです。
そのくらいデリケートなものなのよ、
日本の言葉というものは。
(だから"生娘"はせいぜい妄想に留めておきなさい。)

字が人となりを表すのならば、
言葉はその本質(魂)をかたちどる。


ここでいう言葉とは「語り」です。
文字単体ではありません。
声や表情が加わって初めて、言葉に語り手の魂(体温)
が宿ります。言霊とはちょっと意味合いが違います。
魂がベースなので、ほんのり辛みのある言い回しだって
いいんです。もしも相手が見えない電話だとて、最低限
声があればいい。大事なのはきちんと魂を乗せてあげること。
そうすれば、どんなに遠くても、初めて会った相手でも、
主の温度を保ったままちゃんと相手に伝わります。

もちろん言葉選びも大事よ。
一つの意味を伝えるにしても何通りもの言い表し方ができる
懐の深さこそが、日本語の度し難い魅力であり、醍醐味だから。
まして言葉は生き物と同じく、時代と共に変遷して
いきますからね。うまく付き合ってこそ心地よい
コミュニケーションが成り立ちます。


あなたの言葉にも、どうか魂を乗せて。
時には誰かを励ますように。
生きていることをお互い確かめ合うように。 
世を知り、言葉を識り、正しく人になろう。


今日の1曲





長いな今回も!清涼剤を投下せねば。
というわけで、はい。オチです。
誰かさんのシャブ漬けとはまるで格が違う、
おっさんの魂の叫びです。

こちら、強烈なデビューで一世を風靡したAdoの
「うっせぇわ」を、何を血迷ったのかビリー・バンバンの
菅原進氏(御年73歳)が、あのゆるい節回しのままに
歌ってみた…
という、ネタなのか若い世代への意趣返しなのかよく
分からないカバー作品(?)。さてこの曲。
オリジナルをご存じの方ならよく分かると思いますが、
タイトルからして若い子が血気盛んに叫ぶ、やたら強烈な
歌です。それを、「また君に恋してる」や「さよならを
するために」といった往年の名曲で甘酸っぱい恋を
口ずさんでいた菅原さんが、のらりくらりと言葉の刃を
躱(かわ)しながら「頭の出来が違うので問題はナシ」
なんて歌っちゃってる。
それも仄暗い哀愁を漂わせて。
にもかかわらず、彼の歌声からは、オリジナルにはない
老獪さが見え隠れしています。一切力むことなく、
流れるように浮世をバッサリ斬って捨てています。
そしていつの間にか、「この歳この人でなきゃ歌えない歌」に
すり替えてしまっている。
狂気すら覚えます。
乗せる魂が違えば、同じ歌も化けるというやつです。

アナタも歌ってみます?

2022.04.18

普段着物派は声を大にして言う。袴はいいぞ。


SNSブランディング勉強の一環で、ここひと月余り一生懸命
Twitterを更新し続けていた私。しかしいまいち波に乗れなくて、
既に発信疲れがひどいです。ちょっとクールダウンしたい。



昨夜の満月はピンクムーンだったそうですね。
何か色っぽいものが化けて出てきそうなネーミング。
ちょっとドキドキしながらスカイバレー入口でこの写真を撮っていた時、
突然一匹のタヌキが現われました。さてはおまえも月に誘われたな?
そこにいるはずのない人間に相当びっくりしたでしょうが、
のっそのっそ逃げていく姿が妙に可愛くて、なんだか癒されました。
西屋から徒歩5分。ひとっ気のない山の中なんて平和なもんよ。



閑話休題。

今、袴がアツい。

ここ最近の陽気で、山肌を厚く覆っていた残雪が
漸く少なくなってきました。ガンガンに雪が降っていた頃は
「こりゃ全部溶けるのにGWいっぱいかかるだろう」なんて思っていたのに。
太陽の力は偉大だ。
私も、やっとステルス冬武装をせずに気持ちよく着物を着まくれるように
なりました。古都を散々洋服で歩き回っておいてなんですが、やっぱり
着物がいい。性に合う。着る人にしか分からない理屈だが、
要はズボラなのだ。いちいち流行を気にする必要ないからね。

そんな私が最近ドハマりしているのが、「」です。
そう、卒業式(女性)や結婚式(和装する男性)でおなじみの、
あの袴です。それも腰板の入った男性用の袴。
何をするにもめちゃくちゃ便利で、実は、ここのところ毎日のように
身に着けています。



(…後ろ姿で勘弁して。)

着物は、亡き祖母が戦後すぐの頃に仕立てたという縞模様の銘仙。
黒無地の化繊の袴を合わせています。
この時点で「女学生だ」「鬼滅だ」と身内には散々揶揄されましたが、
当の本人は全く気に留めず。
だいたい女なのに男袴とはこれ如何に。
詳しい理由は後述するとして、とにかく楽過ぎるんです、これが。
何が楽かというと、

①衣紋を抜く必要がない。 

衣紋というのは、着物の襟の後ろ部分です。
女性が着物を着るときは、襟を後ろに空けるのが着付けの基本です。
(これを「衣紋を抜く」という。)
衣紋にはTPOがありまして、フォーマル(喪服以外)は大きめに抜き、
普段着は控えめに抜くのが良しとされます。女性らしくうなじを魅せる
部分ですので、例えば花魁はかなりゴーカイに空けています。
鬼滅の刃の堕姫ちゃんとか。
一方男性は衣紋を抜きません。男袴を履く場合、着物の着付けは
男性のそれに準じるため、衣紋の形を気にする必要がないわけです。
肌寒い日も首元がス―スーしなくて、まさに一石二鳥。

②そもそも着物の着付けが超楽ちん。 

女性用の着物は、旅館の浴衣などと違って丈が長めに仕立てられており、
腰の部分で身頃を折り返して、おはしょり(帯の下から出る身頃の
折り返し部分)を出して着付けます。男と違ってくびれがあるから、
体形補正の意味もあるらしい。
このおはしょりをきれいに仕上げるにはなかなかコツがいるのですが、
男袴を履いた場合、ありがたいことにおはしょり自体が不要になります。
なぜなら男の着物はストレートに着るものだから。
私は、身丈が短くておはしょりが出せない古い着物を主に袴下着物
(袴専用の着物、という意味)にしており、裾を内側に25センチくらい
折り返して縫い込んで着ています。
おかげで着崩れを一切気にせず、身体に着物を巻き巻きするだけで
着付けが完了できてしまうのです。
着物を着るときに巻く腰ひもも1本きりでOK。
普通に着物を着るときよりはるかに時短です。そして楽!!!

③見た目は和装なのに、着心地が洋服感覚に限りなく近い

女袴が胸のすぐ下位の位置で履くのに対して、
男袴は洋服とほぼ同じウエスト部分で着付けます。
袴の下の帯も男性用で、幅は8㎝前後。
これは女性の締める帯の半分の幅です。
腰にぎりぎり引っかからないくらいの位置で巻いて袴を履いて
みましょう。ちょっと幅のあるスカートか何か履いている感覚で、
全然窮屈じゃないと分かります。
それでいて、腰板が入っているため背筋がしゃんと伸びるのです。
縦線が強調される袴ですからね。
自然と真っ直ぐ立ちたくなるもんです。
着心地が楽なのに背筋も伸びるって、
衣服として優秀過ぎやしませんか?

④動きやすい 

結論。ほんとこれに尽きる。
私が好んで履いている袴は馬乗り袴です。
股下が割れており、ワイドパンツみたいな形をしています。
袴の下の着物も②の都合でやや短めにしているため、
とにかく足さばきがいい。風を切ってザクザク歩けます。
裾の広がりが気になるときは、野袴(のばかま)や軽衫
(かるさん)など、よりズボンに近い形の袴を着用すると
尚可ですが、これらはなかなか市場に出回っていません
(そして値段も高め)。それに対して馬乗り袴は、
安価な新品から中古品、仙台平できちんと仕立てられた
本格派まで、わりとかんたんに手に入れられます。

特に、米沢市は日本全国の袴生産市場でトップシェアを誇ります。
米織の織元では、今日もその技を極めた美しい袴生地が
織られていますよ。値段はもちろん高いのですが、
品質は折り紙付きです。

(ごめんね…私は持っていない…米織関係の知り合いさんは
沢山いらっしゃるんですが…なにしろ野良仕事もこなす
山暮らしなので…(汗))

そこは予算と生活スタイルとぜひご相談いただくとして。
語ってしまいました。無修正で(笑)



みんな、もっと積極的に袴を履きましょーよ。
普段着にしたって全然おかしくないから。
袴の着付け?
ネットをちょっと探せば、分かりやすい着付け動画がすぐ出てきます。
見た目よりずっとカンタンなのでご安心を。
慣れてしまえば、肌襦袢からよーいドン!で10分かからずに着れます。
袴生地の総本山米沢で、袴仲間をゆるーく募集します。
老いも若きもジェンダーフリーで!ぜひ一緒に袴を履いて、
上杉神社を散歩しましょう♪

※今日の1枚

Chiaroscuro

Ralph Towner & Paolo Fresu(2009)

ご存じECMレーベル発、
クラシックギターとトランペットによる
しっとりしたアンサンブルアルバム。

以下、主人のレビューです(ちょっと編集を加えてます)。

ピアニストでありながら、ビル・エヴァンスの影響で
18歳にしてギターの道を志し、生国アメリカからオーストリアは
ウィーンに留学したラルフ・タウナー。厳しい指導で有名な師匠に
弟子入りするや、なんと1年でリサイタルを開けるほど上達した
という鬼才の持ち主です。
その後アメリカに戻り、ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアを
磨きつつ、「オレゴン」というグループに参加。
クラシックギターの他12絃ギターを駆使し、アンサンブルに貢献。
かのウェザー・リポートのジョー・ザビヌルからも、正式な
メンバー参加を打診されました。
ただタウナー本人は自由な活動を好んだようで、この話は
立ち消えになったそうな。
ECM傘下のミュージシャンはじめ、いろんなアーティストと共演
しています。おととしは、群馬県のホールに招かれ来日。
間に立ったのは、西屋でも何度も演奏イベントで来てくださった
亀工房の前澤勝典さん!!
ラルフ・タウナー、現在77歳。熟練のギターの音色は今日も
世界のどこかで人々を魅了しています。

2022.04.12

天平時代にファンレター。

 


拝啓

東大寺の広い庭も、今は桜に代わって
色とりどりの春の花が咲いている頃でしょう。
貴女は今、この国の何処を旅していますか。
もしかして海の向こうですか。

光明子(光明皇后)さん、こんにちは。
天平時代から約1300年後の一般ぴーぽーです。
先日、私はとある願いを胸に、
子等を伴って奈良&京都を訪ねました。
実に二十ン年ぶりの古都再訪です。




旧平城京界隈は、貴女が旦那さん(聖武天皇)と歩んだ日々の思い出が
今も数多く残されています。東大寺、興福寺、お父さんの藤原不比等氏が
平城遷都と共に据えた春日大社。



そして法隆寺に収められた、お母さんの橘夫人の厨子…
そのすべてが、海外にまでその名を馳せるほど有名です。



私達が訪れた時も、国内を中心にお客さんがたくさん参拝に来ていました。
そして、奈良公園一帯に咲く桜を背景に、美しい社寺の佇まいを
思い出に残そうと、一心に写真に収めていました。




神の使いである鹿たちですら(聞いた話、揃って栄養失調気味らしい…)
此の世を謳歌していました。せんべい欲しさについつい人の腿かじるほど。

実は、奈良に到着してまず最初に私達が向かったのは、法華寺でした。


(法華寺の本堂。)

千人の民の垢を光明子さんが手づから流したという、
浴室(からぶろ)があったお寺です。


(浴室。江戸時代再建)

浴室はその名の通りお風呂。
今とは違って蒸し風呂式で、日本のお風呂の始祖のような施設です。
温泉旅館関係者として、素通りする選択肢はありませんでした。

幸運なことに、ちょうど秘仏である本尊十一面観音像が
御開帳されていました。インドから来日していた仏師が、
蓮咲き乱れる池の上を歩く光明子さんの姿をモデルに
掘ったという仏像です。何を隠そう、
今回の旅の一番の目的は「貴女に会う事」でしたから、
それが一番に叶えられたことはこの上ない僥倖でした。


(本堂内は撮影禁止。↑は絵ハガキです!)

金箔の貼られていない、決して華美ではない観音立像。
それでいて、凛と背筋を伸ばし、じっと前を見据える
その眼差しのなんと強く美しいこと。
じっくりと拝ませてもらいながら、私は、かつて
貴女が生きて感じていた世界に遠く思いを馳せました。

現代のように医療や科学技術が発達していなくて、
血で血を洗う政治的な駆け引きが横行していた時代。
人々が老いを得るまで平穏に生きながらえるのは
さぞ難しかったでしょう。幼馴染だった聖武天皇さんと
結婚するまでの過程も、決して平坦ではなかったと
後の世には記録されています。
それでも貴女は、そんな権威に決して奢ることなく、
飢饉や争乱など、数々の国難と真摯に向き合いました。

その中でも、お父さんの家があった場所に法華寺を開き、
貴族ではなく一般庶民の為に、介護施設の先駆けともいえる
浴室を建てたこと。


(興福寺の中金堂。近年再建されたばかり。)

同じくお父さんの遺産をフル活用して、
興福寺境内に施薬院や悲田院(今でいう病院に近い施設)を設け、
貧しい人、病める人を一人でも多く助けんと奔走したこと。



東大寺では、17年もの歳月をかけて大仏を製造したこと。

大仏様の大きな手が遍く人々を救うように、平和な世が長く続くようにと
皆と一緒に祈り続けてくれました。
その強い意志に、当時日本の全人口の約半数にあたる延べ260万もの
人々が応え、建立のために力を合わせたというのだからすごい話です。


(大仏殿の一角に置かれた創建当初の東大寺境内の模型。1/50サイズ。)

旦那さんを看取ったのちは、彼の遺品を大切に正倉院に収め、
その御霊も偲びましたね。

いつも誰かを大切に思い、激動の人生を送ってきた光明子さん。
たとえ時代と共に、当時の面影や記憶が薄れていこうとも、
その熱い思いが色褪せることは、決してありません。

光明子さんと旦那さんが守ってきた古都の歴史と遺構は、
その多くが世界文化遺産となりました。
正倉院の宝物達は、唯一無二の貴重な歴史的遺品となり、少しでも
その劣化を食い止めるべく、日夜専門家たちが保存に努めています。
息子だった基君(基親王)が成長した姿を思い描いて作らせた
という興福寺の阿修羅像は、当代随一のイケメン仏像として、
歴史好きな老若男女(特に歴女の皆さん)を虜にしています。
1300年も経ってから空前絶後のモテ期到来とくれば、
お母ちゃん思わず気を揉みたくなるところでしょうが、
彼はあくまで天上の人。
未来永劫「高嶺の花」ですのでどうかご安心ください。


私は、貴女の認めた楽毅論(正倉院蔵)が大好きです。
肝っ玉母ちゃんのような力強い書体。すごく達筆なのに、
ちょっと勢い余って時々ハミちゃってる字。
見た目のカッコよさじゃなく、心を込めて書写したのでしょう。
人の上に立つ存在だったから、なお人には言えない悩みや不安も
沢山あったと思う。そんな貴女の心の揺らぎをなにより身近に
感じるし、より深い親しみを覚えます。


奇しくも今の私は、臨書当時の光明子さんとほぼ同い歳です。
生きている時代や抱えているものの重さは全く違えども、
人生の旅路はみんな同じです。
今回の旅では、たくさんの思いがけない出会いと感動に恵まれました。
法華寺で最初に十一面観音像と出会えたことから、全ての奇跡が
繋がったのだと今では思っています。
現代とて決して平穏な世の中ではありません。誰しも時に迷いながら、
はるか未来に願いを託して、今日という日に感謝しながら
生きています。かつて光明子さんが様々な思いを胸に歩いたその道を、
私もまた通り過ぎようとしています。


人生とは何か。
死して残されるものは何か。
輪廻とは。
私が成すべきこと(生きている間にやりたいこと)とは。
…焦らないで、私は私のやり方で、一つ一つ形にしていきたい。
光明子さんの魂に触れたおかげで、肝が据わりました。
ただ今はお礼を言わせてほしい。
心から、ありがとうと。


どうかこれからも、
この国の行く末を、
そして、ほんの心の片隅でいいので、
私のことも見守っていて下さい。
またいつか会いに行きますから。
此の世かあの世の何処かで。


かしこ




今日の1曲

Run

Vallis Alps(2017)


"run"は文字通り走ること。そして実行すること。

最期まで凛と生きた光明皇后をイメージした当初から
この曲しか思い浮かびませんでした。
歌詞がそのまんま。
そして、透明な旋律も彼女にぴったり。

英語の歌だから下手な意訳はしません。
思い思いに聴いてみて。




↑最後に東大寺のマイベストショット…!
朝8時前に境内にゴーして撮りました!

若女将エッセー内検索

白布温泉 湯滝の宿 西屋

山形県米沢市大字関1527

お問い合せFacebookTwitter

Copyright (c) 2016 NISHIYA. All rights reserved.