若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ西屋に関係ない話題ばかり載せています。

Dr.スランプ女将ちゃん(?)-前編


とにかく雪が止まない。

次々積もる(一晩で太腿まで埋まる量)×3日以上連続!

なんとか通り道は確保。

ちょっと止んでも気温低すぎてほぼ溶けない。

まごまごしているうちにそこら中の屋根から雪が落ちてくる。

家も通路も再び埋まる。

道路雪壁がさらに高くなって回避スペースがなくなる。

除雪が追い付かないまま、また次が降ってくる。

∞ 

…ホント、なんつー冬だ。終盤はコロナどころじゃありませんでした。




今、ものすごく悩んでいます。

そうだな…この感覚は、
今冬のエゲツない雪の降りっぷりにちょっと似ているかもしれません。
いや、もっと深刻かも…たぶん。

結論から言うと、
自分が本当は何をしたいのか、突然分からなくなってしまった
(ンンちょっと語弊があるか…ベクトルはぼんやり定まっているのだけど、
急に言語化できなくなった、という表現が正しい)のです。

そして、それに伴うスケジュール管理もそれこそ全然できていない。
要は頭の中がぐちゃぐちゃ。
本当はじっくり考えたい事、やりたいことがものすごく沢山あるのに、
それこそ閑散期なんだからいくらでも時間があるはずなのに、
何故か焦るばかりで、実行に移せてない。
日々のルーチンだけで精一杯になってしまう。
とにかくいろいろ悪循環。
焦る。悩む。そして再び足がもつれる。

いかん、なぜだ!!!!
絶ち斬らねば!!!!!







私には、三十年以上懇意にしている大切な幼馴染がいます。
彼女の名は、SNSのHNを借りて「えしぃ」ちゃん。

小学生の時に彼女が隣の学区から転校してきて、
一緒のクラスになったのが付き合いの始まりでした。
趣味も志向も似通っていた彼女とはあっという間に親友に。
お互い刺激し合いながら楽しい思い出を紡いでおりました。

ところが、えしぃちゃんは中学生2年生の時に、
突然免疫系の難病にかかりました。現在も治療法がなく、
徐々に厄介な合併症などを引き起こしていく、所謂不治の病でした。

成績も優秀で、それまで卓球の強化選手として部活動に
明け暮れていたえしぃちゃん。アンタいつ寝てんの?と
言いたくなるほど体力自慢の子でした。その将来も、
進学の夢も、普通に暮らせるはずだったその後の日々も、
病気のせいで全て書き換えられてしまいました。
突然の告知と長期入院。これから青春花開くはずだった暮らしが
一変したとあれば、普通なら身も世もなく取り乱していたところです。

でも彼女は、突然不自由な体になっても決して人前で弱音を吐いたり
嘆いたりしませんでした。あっという間にシフトチェンジ。
自分にできる範囲で精一杯学びながら、趣味だった小説書きや
イラストの腕をコツコツ磨き、いつの間に独学でウェブデザインの
知識まで身に着け…
漸く成人を過ぎた頃には、細々ながらフリーランスで仕事を持つまでに
成長していました。

一進一退の不安定な闘病生活、入退院を繰り返してきたこの三十余年。
動悸がひどくて長い間起きられないこともあったり、逆流性食道炎で
体重が激減したりしたこともありました。
さらに近年は脳梗塞を発症して、その後遺症とも戦っています。
命が危ぶまれたことも一度や二度ではなかったハズです。
それでも彼女は折れませんでした。
今では体調と相談しながら、minneでオリジナルのアクセサリーを
販売
しています(←えしぃちゃんのminneの販売サイトです)。

今にして思えば、彼女は早いうちから、自身の境界線というか
輪郭というか、自分の得意な能力やそれを発信する手段を
きちんと身に着けていて、どこまでが体力の限界なのかを
驚くほど客観的に見極めていました。
そして、そのために不要と判断したものは、未練なくばっさり
切り捨てられるだけの強さも早くから兼ね備えていたのだと思います。

そんな彼女がつい先月誕生日を迎えまして、
いつものようにささやかなお祝いを添えて彼女に贈りました。



贈ったのは、私の母の形見でもある、アクアマリンと
モルガナイトのルース↑。

まだえしぃちゃんが病気になる前の小学生だった頃、
「宝物だよ。」と、こっそり棚から取り出して彼女に
この石を見せたことがありました。
(今思えば我ながらなんてガキんちょだと小一時間ry)
ロマンチックで想像力溢れるえしぃちゃんだったから、
たぶんこういうのが好きだろうな~、くらいの気持ちで
当時の私は何気なしにその石を見せたわけです。

ところが、その時えしぃちゃんが受けたのは想像以上の
感動と衝撃だったようです。
その時の私は知りませんでしたが、デザイナーとなった
えしぃちゃんの燃えるような審美眼、宝石への強い興味関心は、
まさにこの石から始まったと言うのです。
他でもない本人が当時の心境についてそうSNSで
呟いていたのをたまたま最近見かけて、
初めてこのことを知りました。

そうか…それならこの石は彼女が持つべきだ。

そう判断するのに時間はかかりませんでした。
私の手元で箪笥の肥やしになったままいつまでも日の目を
見ないより、縁ある人の下で輝いていた方がいいと。
もちろん事前に母の墓前にも報告しました。
亡き母と知己であるえしぃちゃんにとって、もしかしたら
重い形見分けになるかもしれない。でも、えしぃちゃんの
元でならきっと石も喜ぶだろう。
出会ったあの時の感動を思い起こして、これからの創作活動の
励みにしてもらえたら嬉しい。そんな手紙を添えて、
彼女に送り届けました。
えしぃちゃんはそれはもう喜んでくれて、
後日その経緯を写真まで添えて詳しくツイートしてくれました。
自分のことのように嬉しく思うって気持ちは、
まさにこのためにある言葉だよなぁ…。

そして彼女は、お礼のメッセージの中で、私の字が達筆で
えらく驚いたと絶賛してくれました。
今まで習字に取り組んできた経緯を知る彼女です。
その努力が素晴らしいと、手放しで称えてくれました。
うん。ありがとう。あんまりひけらかすようなものでも
ないと思っていたから、評価してもらえるとすごく嬉しい。


ああぁ…でも… 違うんだ。


えしいちゃん。私は本当は努力家じゃない。
長い間努力をして、何一つ欠けることなく形にしてきたのは
私ではなく、えしぃちゃんの方なんだ。

えしぃちゃんは覚えているかな?
小学生の頃、二人とも絵や作文が大好きで交換日記みたいに
創作物をやり取りしていたことがありました。その時ぽつりと
言われた言葉が今でも記憶に残っています。

「私はさ、努力型なんだ。元々能力がないから、努力して努力して、
やっと人に褒められるレベルになれる。でも〇〇〇(私)は違う。
天才型。特別練習しなくてもすごい絵が描けるし、物語も書ける。
私はめちゃくちゃ羨ましい」


そうです。私はいわゆる器用貧乏。
ちょっとかじってみたら大概のことはそれなりにできちゃうという、
後から損するタイプです。実はこの気質のせいで、長い間何を
やっても、感動ややり甲斐を得られませんでした。
まだ小学生で、付き合い始めてそんなに年月経っていなかったのに、
えしぃちゃんは既に私の本質を見抜いていたんだね。
結局私はその後も何一つ長続きしないまま、自分を変えるような
パッションにも出会えないまま、なんとなく進学して、
なんとなく就職して、笑っちゃうくらいあっちこっちで躓いて、
気が付けば10年以上もの年月をあっさり棒に振っていました。
今更時間は巻き戻せないから後悔しても仕方ないのだが。

その間にコツコツと彼女は自分を磨き続け、
少しでも自分の力で生活しようと努力を惜しみませんでした。
自分の限界を知りつつ、病気にめげないで今も向き合っています。

健常者の私なんぞよりずっと強く、はるか先へ進んでいるえしぃちゃん。
発病後、そんな彼女が私の前で涙を見せたのは記憶の限り一度だけです。
それは、同じく重病を患うえしぃちゃんのバイト先のオーナーさんから
「しっかりしなさい」と叱咤された時でした。
えしぃちゃんもあの頃は相当悩み、打ちのめされている時期でした。
それでも、それ以外の彼女はいつ会う時だって満面の笑顔です。




あれ、・・・私は今まで何をしていた?


ここで、突然現実に引き戻されました。
朝、目が覚めた瞬間、直前まであんなにリアルに見ていた
夢の内容を、覚醒と同時に一瞬で綺麗さっぱり忘れて
しまった時のような、あまり良くない意味で頭真っ白な状態。


私は何か一つでも、本気で取り組み続けてきたものがあったか?


投げ出さずに続けられたことと言えば…湯守くらいか?
えぇ、うそー…
西屋に嫁いでそこそこの年数にはなりますが、
今私が女将という立場に今あるのは、ぶっちゃけ嫁いだ先が
たまさか旅館だったからです。聞きようによっちゃかなりの
爆弾発言になってしまいますが。決して努力の末に勝ち取った
ものではありません。
なら、えしぃちゃんが称賛してくれた習字と書道は?
確かにペン字の通信講座を含めた習字への取り組み期間は
足掛け5年以上になりますが…
これが何かを生み出す素に繋げているかと言われれば、
答えは先述の通りナシ寄りのナシ。
書道も去年から本格的に始めたばかりで、
これからギアチェンジするかって段階に過ぎません。
いずれもまだ自己満足の範囲です。

あとは…このコラム改めエセエッセーくらいか。
地味ぃ~に(やりたい放題という意味ではわりと"ド派手に")
続けてはいます。なんだかんだ言って今年で6年目だし。
でもこのエッセー、
そもそも一体誰に向けて、何を得たくて書いていたのだろう?
そもそも今までそんな心持で書いていたっけ??え??
あれ、やばい。分かんなくなってきた。

待ってくれ、本当に私は一体何がしたかったんだ??

改めていろいろ考え直していたら、
自分の立ち位置ややりたかったことが、
急に何もかんも分からなくなってきてしまいました。


…で、以下冒頭に戻ります。





ロシアのウクライナ侵攻や物価上昇やGotoの消滅etc...
ここのところハートブレイクなニュースが次々巷に溢れています。
それらが焦りに拍車をかけているのも事実です。
そりゃ自分という軸がブレにブレまくっているんだから、
外からの情報の嵐にガードが効かないのも仕方ないっちゃ仕方ない。

しかし、だからといって不安に流されている場合じゃあない。
これじゃスランプどころか絶不調。
エセエッセーも続けていけなくなっちまう。
しっかりしろ。
世話になっていた先輩も言っていたじゃないか。
「どんなに志を高く持っても、今自分が守れるのは、
その両手を広げて抱えられる範囲だけだ」って。




……よし、もういちど立ち上がろう。

とりあえず、今まで何も深いことを考えないまま、
伝えるためのもろもろ技術も、読者の皆さんのリアクションも
何もかも置き去りにしたまま、好きなだけ駄文を書き散らしていた
過去の自分はとりあえずぶん殴っとく()
ただし今は後回しだ。

このまま中途半端な自己満足で終わっちゃダメだ。
確かに私は何やってもなかなか長続きしないダメな奴だ(った)が、
何一つ持っていないわけじゃない。自信を無くすな。
ただの山奥の旅館の女将だからといって、無力だと勘違いしてはいけない。
年初の目標にも戻って、自分がやりたかった事を思い出して、
そのうえで今何ができるのか、
もう一回、よーくよーく、考えるんだ。


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