若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ100%西屋に関係ない話題を思いつくまま載せています。

湯桝と水路の工事のこと ~後日談③~


・・・ふむ、今日は朝から山の空気が妙に生温かい。



時折風に乗ってやってくるのは、
仄かに甘くまろい落ち葉の香り、そして湿った山土のツンと冷たい香り。
間違いなく予報通りだ。数日もすればこの辺りには雪が降るだろう。





今日も今日とて湯けむり模様。
かくして白布の温泉を巡る西屋の集水機構工事その他諸々は、
前述の通り約3か月半にわたる施工と試行錯誤を経て、
滞りなく終了しました。
アシゾーが使徒のごとく乱入するという予定外はありましたが、
なんだかんだで昔の状態にほぼ戻ったかっこうです。
合理性を目指したはずが、結局自然の摂理に還りました。
ちょっと意味あいは違うかもしれないけれど、
「およそ到達しうる最高の肯定の形式」というやつだろう。
ツァラトゥストラはかく語りき。

今冬は"えるにいにょ現象"とやらで、雪が多くかつ低温になるという
長期予報が出ております。ただの冬ではない大荒れの予感。
水を受ける新しい器と仲間たち(??)といかにして極寒の季節を
戦い抜くか、今から心の準備をひそかに進めています。

尤も、やることと言えば
桝の周辺をせっせと除雪する作業が95%強ですが…。

守るべきは、沢から引く水の流れ。
とにかくそれを止めないこと。そこから満々と流れてくる水の量を
桝のそばで見守ること。あくまで自然の力に任せ、必要が生じた
時だけ、手を添えるように変幻自在に調整すること。
心あるものを相手にするように、しっかり寄り添うこと。
ほんとそれだけ。
湯守の役割は永劫変わりません。

温泉が絶え間なく湧いていて、山の水が枯渇することなく
流れてきてくれるこの日々の有難みを、決して忘れてはいけないと
いつも言い聞かせています。その力を借りてはじめて温泉旅館という
商売が成り立ち、暮らしていけるのだから。
自然(温泉・水)に対して「存在して当たり前だ」とか、ただの
下心(商売っ気)ばかり醸すのでなく、ちゃんとした情を
かけなければ、彼らは人の意に応えてくれません。

結論から言ってしまえば、湯守の精神の根底にあるのは
」です。上記の意味を込め感謝と言い換えてもいい。
而して温泉と山(の水)との付き合いは恋愛とどこか似ています。
擬人化するなら温泉は分かりやすすぎる天然キャラってところかね。
表裏が一切なし。だいたい天気によってころころ気分が変わるし、
嵐が来ればほんとに荒れる(笑)でも必ず前振りがあるから、
「なんで突然機嫌悪くなんの?わけワカンネ!!」などと理解に
苦しむことはありません。
まぁ、その気分の乱高下については、こっちがほぼ100%合わせて
あげなければいけないわけなんだけれど、どんなにすれ違おうと
絶対向こうから別れようなどとは言ってきません。
何しろ言語外対話な付き合いなので。
うわー、ある意味ウルトラめんどくさいツンデレだ(笑)

…冗談はさておき。
のどかな山の景色の下、
四季折々温泉と水と仲良く365通りのお付き合い(は、3P?)。
飽きることはありません。



風呂に入った瞬間の
「あ”~気持ちい"い"~」
・・・を体感してもらえるベストな入り心地…
を決定づける湯温への微調整は…

はっきり言って、

実に、

大変で、

根気が必要で、

想像以上に繊細な作業です。
何しろ(恋愛的)駆け引きなので。

まぁ、前述の通りなんら特別なしかけがあるわけでもない、
ただの私個人の拘りですが…。

お風呂の温度が常に(大多数の皆さんにとっての)
「とっても心地イイ」状態であるように、春夏秋冬、
その日の気温や天候等を見ながら調整桝の中
(実際は6本の湯滝に温泉を通す分湯桝の出口付近)で湯温を
徹底監視しています。

ええいこなくそ、同じ表現ばかりで伝えるのが難しいな。

これはいつも脳内で完結していた設定ですが、思い切って
表にしてしまいます↓

天候条件による私流設定温度の目安はだいたいこんな感じ↓



調整桝の温度が高めなのは、湯滝風呂までの落下距離や
石造の構造等の特質により、湯滝風呂に到達するまでに数度
湯温が下がることを勘案しているためです。
あくまで入浴時のお風呂の体感温度は季節問わず40~41度
これをひたすら、ひたすら!!目指しています。
実はこの表の凡その設定温度は一昔前のもの。
今は、色付きの部分をさらに1度程低めに設定しています。
ひとえにヒートショック対策です。

ここで釈明。昔々の超熱いお風呂が好きだった往年の常連さん、
ごめんなさい。今の風呂がどんなに拳(ぱんち)不足だと
いわれようと、私が湯守である限り、現在の設定温度を
変更するつもりはありません。
なぜなら、西屋のお風呂は石風呂なうえに上下に吹き抜けが
あるため冬は滅茶苦茶寒い。ただでさえヒートショックを
誘発しかねない条件がそろってる上、お風呂まで熱いときたら
むしろ危険だからです。
さらに言えば、一番最初に湯に浸かる体の部位は99.99%の確率で
(最も冷え切って熱さに対する感覚がとち狂っている)足先です。

(いや、俺は違うところ(手とか尻)から入るぜ!なんてゆー
面白い猛者の方いらしたらぜひ教えてね。)

もちろんかけ湯をして入って頂くことが公序良俗の上でも
大前提ですが、ここで「熱すぎ!入れん!!」ではもう
いろんな意味で駄目なわけです。
ここで、最初が多少熱く感じられてもその後とっぷり入れる
お風呂の状態であるかどうかは、自動的に温度管理の行き届いた
一般家庭のお風呂であれば考慮するまでもないでしょう。
しかし西屋はそうはいきません。
全て人の手で仕組みを理解し、調整しなければなりません。

大袈裟だ、と笑われても構わない。
私はこの、冷え切った冬の身体と温泉との最初の邂逅に
命を懸けているといってもいい。
そも烏の行水では絶対に体の芯は温まりません。
私はお客様に「ゆっくりと」温泉に浸かり、
「身体の芯から温まって」ほしいのだ。
西屋のお風呂の特質とお風呂の温度、その匙加減を決して
間違えないように、現在の入浴時の適正温度とされる概念に
従って調整しています。

はーー……相変わらずくどくてごめんね。
でも私は白布の温泉を心から愛しているんだ(惚気)。
愛で空が落ちてくるほどにね(笑)!

さて、温泉と山の水が直接混ざる調整桝の中は常に水流が
発生しています。源泉の流れです。量が量だけにかなりの水圧です。
ここに通称:雷鳥管を駆使して山の水を斜めから注ぐわけですが、
蛇口をひねるだけで狙った温度のお湯に即なるわけではありません。

分湯桝から出る加水済みの温泉が適温になるまでには、
実は必ず時間差が発生します。

原理は多分こんな感じ。↓



一見するとただの桝。…ですが。



↑実際はこんな感じの物理現象がせめぎあっている…模様。
印はそれぞれのパイプからの水落下地点。

物理は高校2年生で挫折した文系人間なので詳しく解説はできませんが、
温泉と水が溶けあう前の僅かな時間に生じる二つの熱の散逸構造…つまり
を中心とする半径15㎝くらいの場所。
一定方向の水圧で桝の中を回りながら、57度の温泉と真夏でも10度を
切る水(冬はほぼ氷)が混ざり合うこの地点では、無秩序に見えて、
熱力学だの流体力学だのちゃんと根拠ある熱交換が行われているはずです。

あー、あれだ。 えんとろぴぃ? F値最小?
そんな専門用語が飛び交うような世界です。

えぇこれ以上細かいことは突っ込むな。

無学な私は熱力学の第二法則を全て勘と経験で読んでいる。

この、温泉と水が完全に混ざるまでの物理現象と時間差をひそかに
「ソラリス」(スティーヴン・ソダーバーグ版)と呼んでいます。
同じ散逸構造でも"味噌汁"と名付けるのはあまりにも芸がなくてだな…

面白いことに、一度でもソラリスの均衡をパイプ調整でずらした途端、
例外なく温度のバランスが崩れます。パイプを増設したのに湯温が
上がったり、いくら落下地点を遠ざけても温度が上がらなかったり…
それがある程度の時間が経つとがらっと様相が変わったりetc...

恐らくこの間に、なんだっけ、不可逆過程?が進んでいるのでしょう。

再び最適温度(熱力学的平衡…で合ってる?)になって取水口から
分湯桝に流れ出るまでには、夏場でおよそ2~3分ほどかかります。
その間、私は分湯桝に湯温計を突っ込んだまま待機。
温泉と水の混ざり具合が落ち着くまでひたすら待機。
春から秋の時期は別に問題ないのです。
問題は冬季。
温泉街のロードヒーティングによる源泉提供で源泉量が少なくなる
(全盛期の2/3~3/4)冬季は、湧出口から噴き出す源泉の水圧が
下がると同時に、水温も気温に応じて低くなります。
水は落下地点からわりとそのまま調整桝の下方に深く潜っちゃう上、
温泉と水がこの条件の中で混ざり合って正しく安定するまでには、
それこそ夏場の3倍以上の時間がかかります。
(誰か熱力学に詳しい人、時短化のコツを教えて。)
長いときは10分以上、やっぱり分湯桝にかがんでじっと
待つわけですが、吹雪の日は背中に数センチ雪が積もることも
しばしばです。瞬きを忘れて凝視するあまり、冷えた温泉の
湯気が顔にかかって睫毛がガチガチに凍ったこともありました。
何を言っているのか分からねーと思うが
私も何をされたのか分からなかっry

でも、動かない。
相手の気分(温度)?が収まるのをじっと待ちます。
健気?んなわけないよ~。心の中では
「さっさと素直になれェこの湯けむり野郎ォ!」って
めっちゃ吼えてるから(笑)
…そんなくだらないことを時々考えながら、
湯温計をただただにらみ続けます。
吹雪の真冬は堪えますが、それでも狙いすました温度にだいたい
収まってくれれば「ぬぉー!やっぱ大好きだぁ!!」なんて
一人で気分V字回復できるオチ。あぁバカだ…。
あとはお山が地雷を踏みぬかない(上流で表層雪崩が起きない)
ことを願って建物内に戻ります。

これだけ想いを込めて愛情を注いでも、天候が急変すれば
やっぱりへそ曲げるんだよこのツンデレ温泉は。
齢709歳の物言わぬ相方。
ああ好き。憎さ余って愛情100倍。

・・・ね。
こういうわけよ(何がだよ)。
物理法則を超越する不可侵のパワーがここにはあるのよ。
水と温泉が滞りなく在ってこそ、湯守のは生きるのよ。
だろ、。どこの宣伝文句だ。

なんかすごいシリキレトンボな終わり方をしてしまいました(笑)
許して。今日もついさっきまで真っ暗な裏山に凸してたの。
詰まった落ち葉を取り除こうとして、桝の中を横切っていた
お勝手用のパイプをうっかりへし折っちゃったのは
ココだけの話にして(爆)
(残骸がまだ桝の底に沈んだままだ…明日直そう(汗))

ああ、今年の冬はどうなるかなぁ…(遠い目)。





今日の一枚 

"Gopro: Eagle Hunters in a New World"

William Ryan Frich(2017)

(↑サムネイルクリックで、アルバム内の
"Red Wolves"を視聴!)

アメリカのミュージシャン、ウィリアム・R・フリッチの
通算12枚目のアルバム。映像音楽を手掛けることが多い
生粋のアメリカ人ですが、このアルバムはズバリ
「悠久の中央アジア遊牧民族のテーマ」。
最初聴いたときは「え、作曲者アジア系?」なんて
錯覚を覚えるほど、イイ感じに情感が込められています。
まるで古のシルクロードに生きた高原の民の高潔な生きざまが
存在しない記憶としてありありと脳裏に浮かぶような。
そういうコンセプトのサントラか何かだという表記は
どこにもないので、おそらく完全なオリジナルでしょう。
前々回のシルクロードからなんとなく引き継いでみました。

これ知っている人多分、いや絶対少ない。

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