若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ100%西屋に関係ない話題を思いつくまま載せています。

若女将コラム

2021年07月

2021.07.31

湯桝と水路の工事のこと 2


たまに下山した時のささやかな楽しみ。 


セブンイレ文のキリマンジャロブレンドがうんまいです。
本命は素タバですが、どうしても寄れない時(が最近多い)はいつもこれ。
キリっとした苦みとコク味がたまらない。ブラックコーヒー一筋365日。



さてさて、なんだかんだで予定通り無事終了した湯桝改修工事です。



はい、ピッカピッカ!…に見えなくてもピカピカなんだ感じてくれ!!

湯桝は生まれ変わったのでこっちは当分の間大丈夫。
間違って蹴りを入れてもまず壊れないでしょう。まぁ絶対蹴らないけど。

…ただ、ただね、実は私、心配していたことがありました。




こいつ↑ 桝の後ろの貯水タンクことアシゾー君の方。

細いバルブ一本で、本当に58度の源泉を適温に調整できるだけの水量が
賄いきれるだろうかという漠然とした心配。
そもそも安定した水量を確保し、低い位置にあった水受けの場所を変える
ために今回アシゾー君が投入されたわけですが、アシゾーの場所も
出来上がった配管ルートも、実際は私の想像とだいぶ違っていました。




あまりにも密閉された、臨機応変できないガチガチの固定水路で。

もちろん計画の段階で湯守なりの視点から色々希望や意見は伝えましたし、
それが理解されたと思っていたし、出来上がったものに対して
施工依頼主側が今更こんなこと言っちゃいけないのは十~分わかって
いるんですが…。
ちょっと私の中では「こんなはずじゃなかった」感が拭えなかった。
本当に今更。
自分の名乗る「湯守」というスタンスが、いかに微妙で言語化しづらい
世界だったのかをこの時ほど思い知ったことはありませんでした。





左、バルブ。右下、ノジリ君(のバルブ)。

施工段階でノジリ君だけでも旧体制のまま残してもらったのは正解でした。

誰だノジリ君て?

このコラムでは「オマエ友達か?」くらい何度も軽いノリで紹介しています。
ていうか私にとっては友達みたいなもんだ。



↑過去コラムに載せた画像より。懐かしの旧桝にて。
①は三十三観音オーバフロー、
②はノジリ君より使用歴長いのに使い勝手悪くてノジリ2号。
因みに②は今春の裏山土砂崩れでほぼ使用不可に(爆)

かつて土砂で貯水槽が盛大に詰まった時、苦肉の策で
湯桝の脇の急斜面を流れ落ちる沢の途中に括りつけてもらった
援護射撃ホースがノジリ君(設置してくれたベテラン職人さん
の名がまんま野尻さんだったのがネーミングの由来。ベタ!)。

まさかそのまま5年も召喚しっぱなしになると思わなかったよ
万年ピンチヒッター!このノジリ君実は非常に優秀で、
桝のすぐそばで自在に水量の調整ができる上、
山の水が何らかの原因で減少したときの補助要員になり、
雪解けや紅葉の季節など、三十三観音ルートがほぼ機能しなくなる
時期はノジリ君が冗談抜きで唯一の生命線になってくれるのだ。



写真↑は落葉ピーク時の様子。桝のふちに先端を乗せて、桝に入る
水量を(かなり強引に)調整していました。自然落差の
水圧をナメるな。台風の後で沢が増水した時だったのでかなり
えげつない出方をしちゃってますが、同時に後ろのオーバーフローが
落ち葉で詰まってほぼ用をなしていないのが見て取れます。

正直ノジリ君がいなけりゃ春と秋は乗り切れません。
口径が6㎝とそこそこでかいので詰まりにくいのが心強い。
大雨の時は透明な水でなくほうじ茶(?)やらカフェオレ(!?)やら
運んできてくれたりもしますが(しかも無料サービスときた(笑)!)、
湯守だって24時間お風呂に張り付ていられるわけじゃありません。
細けぇことはこの際不問に処す。
そんな奴です。
改めてお見知りおきを。

アシゾーが来る前の西屋のお風呂調整は、
このノジリ君と三十三観音フローの2つを使い分けて行っていました。
基本的には後者の豊富な水を駆使していたわけですが、




例えばひどい日照りの時は裏山のどこぞで拾ってきた極限野尻NA
(直径15㎝のゴン太塩ビ管…元ネタはFF7)を大胆にもそのまま突き刺し、
はたまた大雨で水が濁って単発コントロールが不可能そうなときは、
近年新調したばかりの直管補助ホース:太(直径6㎝)・中(4㎝)・
細型(3㎝)の『銀魂』トリオ
(ノリで太いのから順に銀さん、新八、神楽と名付けていました!)
を使い分け、その辺に落ちていたホースに至るまで諸々自由自在に繋いで
おろぬいて、千変万化の気候変動に対応してきました。

ていうか写真がない…新八と神楽見えにくいけど最前線にいたんだよ…



これらは全て、水がめに溢れるほどの豊かな水量が届いていたからこそ
できた芸当でした。
しかし今は…



その豊富な三十三オーバーフローの出口が、湯桝より低い&射程距離が
短か過ぎて全く調整に使えない残念なインファイターになってしまった。
心なしか先端がうなだれているようにも見える…

ただのホースをどこまで擬人化するつもりなんだ私は(笑)

これを再び活用するとしたら、アシゾー君のオーバーフローを湯桝以上の
高さくらいの鼻っ先で思いきりぶった切るか、何らかの方法で単騎バルブと
役割を交代して温泉への供給量を増やすしかない。
まぁぶった切るくらいなら私でもできそうだ。電動のこぎりで。
ついでに同じ口径の配管をゲットして湯桝のいい場所まで水を引くとか。
いいね。やってもいいかな?あー、でもダメだよねそうだよね。
いくら私でも、新設したての配管を勝手に切り刻むなんてそんな真似でき…
気が触れたらやるかも…まぁ社長が真っ青になるからやらないけど。

実際アシゾー導入後10日も経たないうちに梅雨明けの日照りが山の水源を
直撃し、激減した水量を十分に湯桝に落とせずあっという間にお風呂の
温度が熱くなるという発狂したくなる状態が発生しました。

ほれ見ろ予想が当たっちゃったではないかー!!

やっぱりバルブ単騎じゃ歯が立たなかった…
ノジリ君もこの時はさすがに水量不足で沈黙していたし。

仕方がなくて、急場しのぎでアシゾーの上蓋をこじあけて半ば無理やり
ホースを通し、サイホン式で場外垂れ流しだったオーバーフローの水を
一部湯桝にバックしていました。



見た目はひどいが仕方なし。
しばらくそうして口から「エクトプラズム」を吐き出しておけアシゾー。
そう呟いて、私は無情にも放置プレーを敢行したのだった。台風来るまで。

この時はそれでも温度調整が追い付かなかったので、ついでに湯桝の底にある
源泉バルブを開けて相対的に湯量を落とすという苦肉の策で、どうにか
こうにか温度を保っている状態でした。アシゾーがさすがに不憫だった。

しかし何よりも解せぬのは、この工事の前後なぜか野尻NAと新八が
行方不明になり、(私の見間違いでなければ)銀さんはいつの間にやら
切り刻まれてアシゾーの一部に吸収合併されているし、
神楽だけがぽつねんと奥の石垣に取り残されていたこと。



↑神楽と元からあった補助ホース、これしかもう手元に残っていません。

ホラーすぎる。
ブレアウィッチプロジェクトすぎる。

私はっ、我慢しているのにっ。
転がってたホースは切るんかい職人さぁあああんw!!!




ちょっとぬるすぎる、ノジリ君を細くして水量を確認する、



いきなり熱くなりおった。バルブを開く、



ノジリ君付近には上がり湯に通じるホースがあるので
暴発厳禁(いつか場所変えよう)。両方微調整。水の総量を変えず
温度をさらに微調整…(?!?)

※ノジリ君とバルブでは水の落ちる俯角も場所もまるっきり違うので、
一緒くたには扱えません。湯滝にもたらす効果スピードが違います。
即効性があるのはノジリ君、後からじわじわ来るのがバルブってとこか。
口径は同じだけど別物だと思った方がいいかもしれない。
使い方次第ね(独り言ですぶつぶつ…)。




そして時間をおいて再び温度測る…

なるほど分からん。
今まではずっと勘とフィーリング9割、視覚情報1割で作業していましたが、
今後活かせる経験があるとすれば気温と水圧・水温くらいかなぁ…
新しい湯桝には、以前と違い温度に差をつける仕切りがありません。
水と温泉がそれぞれ流れながら桝全体で複雑に攪拌していく過程を把握
せにゃいかん。
水を落とす場所は動かせないから、つまりアシゾーたちとは
ひたすらロジカルに付き合わなきゃいけないわけです。
え?エントロピー?散逸構造?うぉおおあ超ニガテ。
今のところ自覚レベル3くらい。弱~…。



とはいえだ、
私は湯守ですから。
ここのお風呂はれっきとした温泉で、水も無濾過の山の水そのままだから。
少しでも人の手が入った水道水なんぞに頼らずとも常に適温で、気持ちよく、
できれば長くゆっくり入っていただきたいといつも願っています。
例えば水が足りないからって、本来有難い恵みであるはずの温泉を直前で
みすみす廃棄するなんて言語道断なのだ。
しかし先週はそれをやらざるを得なかった。悔しかった。
何に対して?そうせざるを得ない無力な自分に対して。

ここ数日まとまった雨が降ってくれたおかげで水量は何とか持ち直し
ましたが、8月以降当分天気予報は晴れマーク。
水が少なくなる現象は分かっていても脅威です。
やっぱりあのうらぶれたインファイターを無理やり再稼働させるか?
エクトプラズム抽出ホースを増やすか?
まだ今の桝と付き合い始めて半月弱。
ブラックコーヒーで苦みと癒しを味わいつつ、暗中模索の日々は続く。


今日の一曲 

"Mike Oldfield's Single (Theme From "Tubular Bells") "

Mike Oldfield (1973) 


(↑Youtubeのマイク公式ページにジャーンプ。)

イギリスのミュージシャン、マイク・オールドフィールドの
1stアルバム。リリースからもうじき半世紀!!!!
ジャンルはプログレッシブ・ロックにカテゴライズされている模様。
このチューブラベルのアルバムでは、映画「エクソシスト」の
主題歌になったパート1の冒頭が超有名。ですが、
私が一番好きな曲はこの哀愁漂う3曲目です。パート2のモチーフを
ノスタルジックに凝縮したような3分ほどの曲ですが、冒頭の
イングリッシュホルンの主旋律がいい。遠い過去の懐に帰るというか、
寂しいけど今は頑張るぞ、という気持ちになれるというか、
とにかくちょっとほろ苦い感覚にキューンとします。

湯守作業で、ある時は冬の嵐の中、またある時は秋霜に濡れた
紅葉を踏みしめつつ、一人水確保を求めて三十三観音を目指すとき、
なぜかこの曲が脳内再生されることがあります。
おかげで個人的に「湯守のテーマ」の一つにもなっていたりする、
理由はよく分からんけど「そういうもんなんだ」と自分で
納得できちゃう1曲です。
何だろうね?この気持ち。
モチーフがエンドレスなのがまさになんとも。

2021.07.18

湯桝と水路の工事のこと 1



かぐら「オラぁ年中毛皮着てんの。あちぃのは苦手なんニャよ…」


(10年くらい前の西屋の庭です)

どんよりとした雲間から絶え間なく降ってくる雨…
山の空気に溶け込んで、湿った風さえ心地よく過ごせし…

あの日はいずこぉおおお!!

梅雨明けした途端、灼熱の日差しと
「おたく、フライパンに生まれ変わった?」
みたいな異常な気温が東北地方にも襲い掛かってきました。
標高のある白布はまだマシな方だが、暑いもんは暑い。
みなさん熱中症にお気をつけを!

さて、先週、西屋は3日間完全休館日にして
ここ数年懸案だった湯滝風呂の裏にある温度調整桝の
修繕工事を行いました。




↑改修前の記念撮影。慣れ親しんだ私の第二の仕事場である。


西屋で生まれ育った社長が「最後に作り替えたのがいつか思い出せない」
と宣っているので、この桝は膨大な量を誇る源泉(と時々土砂交じりの山水)
の器としてのハードな役割を、半世紀以上もの間一瞬も怠らず務めてきた
ことになります。



↑上部の四隅はもうボロボロで、写真のように風化して隙間が空いてます。
当然♨がそこから駄々洩れ。色々苦心して穴をふさいでいましたが、
さすがに限界。



一見何でもないようですが、外壁も触るとビミョーに
フカフカ…と所々柔らかく変質していて、

「ここで足滑らせてうっかりどてっぱらを蹴っ飛ばしたら
多分穴開くわ」と何度肝を冷やしたことか。

いや本当、よく頑張ったなぁ…。

とはいえ、殆どが地中に埋まった桝そのものを総とっかえすると
トンデモナイ労力と経費が掛かってしまうので(場所が何しろ
悪いので、重機や大型の桝は搬入できない)、今回は旧桝の内側に
新しく材木で桝を組み立てて全体を囲うという方法を採りました。



源泉も山の水も一旦全部止めて、溜まっていた温泉を抜いて、



堆積した中の土砂や温泉成分をきれいに除去したら…あらびっくり。





とても50年以上前の物とは思えない、壁面も底も新品かと見まごう程
きれいな木目が見えてきました。

こ、これがあれか?SDGSでおなじみのサスティナブル素材ってやつ?
(ちょっと違うか^^;)



↑新しく温泉桝となる頑丈な栗材。
厚さは旧桝と同じです。



↑一列ずつ枠型に組み立てて…



↑ガッツリ嵌める。
底は旧桝のまま。

今回新しく栗材の桝を施工・設置してくれた大工のおっちゃん曰く、
空気ではなく水に触れ続けていたのが素材の長持ちにつながったそうな。
ほー、なんか不思議。世界最古の木造建築である法隆寺の例からして、
素人目には逆のように思えますがね。
FRP(繊維強化プラスチック)もコンクリートもこんな風には持たないよ、
という専門家の話を聞くと、オール木造な西屋もあと200年くらいは
風雪に耐えてくれるんじゃないかな…なんてピンぼけながら希望的に
考えてしまう。
そもそも商売が続けられなきゃ意味がないけれどね!

あ、話が下に向かって脱線しそう。戻します。

今回は湯桝だけではなく、私が普段湯守として四苦八苦している水路
(正しくは、水を安定供給するための機構・経路)も一新しました。

今までのボロッボロで足場の悪かった水受け桝を廃止し、
三十三観音から地下水路を通してやってくる山水を一時的に貯める
タンクを新設し、そこから温泉温度調整用のバルブを延ばすという工事です。



↑タンク設置中。

オーバーフロー分は相変わらずぼろ桝(写真中央下)に投下。
湯桝との高低差から、今後これを直接利用することはできないものの、
季節のアクシデントによっては何らかの形で現役返り咲きさせなきゃ
いけない場面も出てくるよーな気がする。



で、これがその新しい貯水タンクです。
もともと水道水を貯めておく代物なので、見た目がブサカワ。
おまけに地上むき出しちゃんなので本館からも目立ちまくり。
まぁ、いろいろ考えてこうなりました。




調整方法はバルブです。バルブ単騎。



名前はそうだなぁ…アシンメトリー・ゾック、
略してアシゾー君(なんでやねん)!!

フッフッ、アシゾー。
これからお前は私(湯守)の僕となって、上(蓋)も下(バルブ)も
前(メイン水路)も後ろ(ブロア)もすべては我が意のままよ。
本体が不透明だからと裡に野心(土砂)を貯めたところで無駄無駄無駄ァ!!
全てが(上から!文字通り!)筒抜けなのだからな!!
心して(共に)働くがよい(笑)

(つづく。)




今日の一曲 

"Look at the Sky"

"Nurture" Porter Robinson(2021)


(サムネクリック→
公式Youtubeサイトで楽曲が視聴できます。
英語のみですが歌詞も載ってます。)

日本のアニメが大好きなアメリカのミュージシャン、
ポーター・ロビンソンの最新アルバムから。
自身の苦悩の経験やナイーブな性格と向き合いながら、
それでも「前向きでありたい」と願い、綴ったこの曲は
歌詞がすごくステキ。

個人的に今、書道を頑張るためのマイ応援ソングに設定中です。

「 空を見上げて 僕はまだここにいる
来年はきっと自分らしく生きていける 
もっとより良いものを作れる気がするんだ
 」


因みに和訳の付いた動画はコチラ。

2021.07.13

春先から新しく始めた3つの「燃え」-③

 


この春から池坊に入門した長男が、先日教室で生けた花。
曰く、七夕がモチーフとのこと。男の子らしく伸びやかでグー。
伝統文化を通して、今日も親子で切磋琢磨。
心胆は褒めて鍛えよ明日のため。

春先から新しく始めた3つの「燃え」

.書道

息子が花なら、母ちゃんが齧り付いたのは書道です。
事始め三連発(という名の公開処刑)の〆。

あー…でもこれだけはノーカンにしたかったと今更大後悔。

だって、だって…今めっちゃくちゃ苦労しているんだもん!!
(このコラム本文書くのもなぜかどえらい難産でした(!))

私は大概なんでも走り出してから考え出すダメな方の直情タイプですが、
書道もその例にもれず。春先突然「やるべ!」と思い立ち、謎の勢いそのまま
文字通り見切り発車でスタートしました。
先のこと考える暇なんぞない。愛も大事にしなかった(笑)

だから自分でツッコんでみる。なぜ書道。



基本動作練習中。始めたばっかりの頃です。
和紙の上で筆を滑らせる感覚が懐かしくてすごーく楽しい。
微妙に薄墨なのは固形炭のスリスリが足りなかったせいだ!

以前から「書く」という作業がわりと好きでした。
子供の頃に何年間か書道を習ったことがあり、その記憶を頼りに
たまぁに西屋での看板やお品書きを書いたり、硬筆ですが、
お客様にお礼状を書くとき恥ずかしくないようにと数年前
ユー〇ャンのペン字通信講座を受講し、一応修了証受領まで
通したりもしました。今でもテキストは時折有難く読み返しながら、
書道三体字典と合わせて見返しては細々~と練習しています。

でも、本格的な書道だけはなかなか手が出ませんでした…
カッコイイとは思っていたけど。
なんとなく、自分には遠く及ばない高尚な世界という先入観が
ぬぐえませんでした。これには深いわけがあります。

書道へ心向かう小さなきっかけをくれたのは、
生きて会うことが叶わなかった父方の祖父でした。

祖父は明治後半生まれ、当時珍しいプロの書道家でした。
父親が小学生の頃に40代半ばで病没してしまいましたが、
若い頃から広く書の才能を認められた人だったようです。
なんとかの横山大観の日本画に書を認(したた)めたこともあるほど。
現物を見たことはありませんが、横山氏本人から届いたという手紙は
未だに実家にあるので、戦火にまみれていなければ今も日本の
どこかにある…ハズ。

祖父は男性ながら、非常に女性的で繊細なかな文字&草書を大変
得意としていました。
草書とは。平仮名の祖先にして、百人一首や源氏物語等でおなじみの、
あの日本独特の優美な「くずし字」の世界。



↑祖父の書のひとつ。落款の脇に小さく「多々夫(ただお)閑(か)く」と
記されています。(祖父の名は忠雄さん)

流れるような筆運びは、国風文化が花開いた平安の、儚くも雅な時代を
どことなく彷彿とさせます。祖母への熱いラブレターも短歌に詠み綴った祖父…
なんつーハイスペックモテ要素。
子供心に思いました。いつかこんなきれいな字を自分も書けたらなぁ…と。

しかし本人とは直接話したわけでも、まして師事したわけでもないから、
肝心の為人(ひととなり)は永遠に知りえません。
だから尚更、そこに永遠に超えられない壁があるような気がしていました。
枕草子や古今和歌集をぶ厚いガラス越しに眺めているような心持。
ぼんやりとした祖父への憧れだけが長い長ーい間、心の底に燻ぶっていました。


・・・そんな折に降ってわいたのがご存じコロナ禍です。
今更言い表すまでもない、怨磋のカタストロフィ。
発狂の一歩手前で、脳内天秤は私に囁きかけてきたのでした。
刮目せよ、これは『大人のモラトリアム期間』だと。
今なら何ができるのかおのずと答えは出てくると。
ハッ!
モラトリアム期間と言えば自分磨き。
自分磨きと言えば…!いつか挑戦したいと思っていたこと!
普段ならなかなか手が出せなくても、このタイミングなら。
どのタイミングだ?いやそれは二の次でいい。
なるほどそれだ、よっしゃ何かあったら全部コロナのせい。
思いついた順からじゃんじゃんやってやろう。
(この辺の文脈ぶった切りっぷりがまさに見切り発車魂。)

…というわけで強制的に冒頭に戻ります。
書道です。

”学び舎”は色々検討した結果、通学は物理的に不可能だと早々に判断し、
スキマ時間に自宅で筋トレハッスルができるN〇K学園の通信講座を
選びました。身体漲るプロテイン。
ちょっと慎重になりすぎた感もありますが、何しろ書道の手習いは
小学校時代以来。初っ端から変な所作がしみ込まないように基本大事と
初心者コースを選びました。

さて書道と一口に言っても、行書や草書などの書体、遊書とも言われる
自由闊達な創作もの、大きな紙に全身で書くパフォーマンス的な書道、
かたや漢詩など古典の知識を得つつ臨書に励むなどなど、興味関心に
応じていろんな表現方法があります。
私はもちろん、祖父にあやかってゆくゆくは草書全般の技能習得を
目指しています。よって通信講座もかな文字のコースにいずれ取り組むべく
主に小筆を頑張りながら、同時進行で字の練習(硬筆)とくずし字を
ある程度読み書きできるように(既に無謀な)トレーニングを
開始したのでした。

はい今ここ。

やっぱり甘い世界ではなかった。
うん、知ってた。
…うそ。ナメてた。




誤魔化したかったけど文章だけではこのコラム、マジで味気なく
なるので恥を忍んで写真UP。ひらがな変異体練習してるところです。
途中から「いろは」モードになりました。まるで呪符。
とりあえず何の字かは…一応…把握しています。
まだまだお手本見なきゃ書けないレベルですが。。

古典の草書でつづられる平仮名には、現代のかな文字の原型となった
漢字のほかに、実は何種類もの漢字があてられています。
どういう法則で使い分けるのかはまだよく分からないけど。

まずこの字と形をそれぞれ覚えるのが超大変。
例えば「す」の元ネタは「寸」ですが、草書体のバリエーションは
寸の他に「春」「須」「數」「壽」「数」etcある上、字によっては
くずし方そのものが数パターンあったりします。
分かっているだけでもひらがな全体の変異体が軽く200字以上。
ヤバい。お前はアンパンマンのモブキャラか。

しかしここで尻込みしてちゃいけない。漢字の存在を忘れるな!!
漢字の草書体はそれこそ膨大な数…もさることながら、一つ一つが
それこそ何文字?呪文かよ?!ってくらい読みにくいの!
偏やつくりごとにある程度くずし方のパターンがあるので、
そのパターンを覚えれば多少組み合わせを駆使してそれっぽく
書くことはできるものの、当然書く人の持つ癖によってくずし方も
びみょーに異なるので、いきなり古典をひっぱり出されてコレ読め!
と言われましても、手引きなしに解読するのはかなり困難です。

だいたい祖父の書ですらまだ全部は読めてませんし。

…あ、でもよく見たら、1か月前よりだいぶ読めてる。
え…マジか…書道きちんと始める前はほぼ読めなかったのに!
もしかして、ちょびっとは努力が報われてる?んおお~ヤバい泣きそう。

まぁね、純粋に読むだけならまだそこまで難しくはありません。
でもゴールはそこじゃない、私は書けるようになりたいのだ。
どうっしても書きたいものがあるのだ。認めるよ無謀なうえに貪欲なんだよ。
だから筆をとったのだ。

どうする?
書くしかねぇ!
どうやって覚える?
よく分からねぇ!

最初は数学の関数でも覚えるみたいな感覚で、片っ端から
字体字典と睨めっこして、上の写真のように一文字一文字ひたすら
ぽつぽつ真似書きしていました(勿論基本動作は可能な限り踏襲しながら)。
しかしこれ、思ったより効率悪い。一文字ずつ書いていると面白いくらい
さっっぱり頭に入ってこない(笑)
当り前よね、普段使う現代文字と違うんだから。平仮名変異体ですら、
覚えたつもりでも三日後くらいには阿保の子みたいに忘れる。
私はニワトリか。実にこの繰り返し。

毎日ひたすら書き続けてなきゃ挫折しちゃう。
それも意味のある文章をきちんと書かなきゃ余計覚えられない。
そもそも集中する余裕を確保するために、普段の時間の使い方から
見直さなきゃいけないレベルだとここでやっと気づきました。

もちろん日がな一日書道ばっかりやっているわけにもいかないので、
先達やテキストの先生がしたためたお手本や短歌、文に折々目を
通してはひたすら目を鍛え、何なら普段書く文章に変異体を当てはめて
みたり、実践ありきで筆不精なりに手紙を書いたり、ただ単に字が上手く
なりたいのか書道を鍛えたいのかもはやどっちだか分らなくなる程度には
うんうん魘されながら今日も地味に「書」と格闘しています。

だから悶絶。
字を書くのってこんなに大変だったっけ?!!
スクワットや苦手なサイドクランチを延々ぶっ通す鬼筋トレの方が
まだマシに思えてくるよ(笑)

でも楽しい。キツい。楽しい。
ただのミミズののたくった暗号文みたいだった草書の羅列が、本当に、
少しずつ意味のある文章として読み書きできるようになってきてるから。

もうじき1回目の課題提出です。
まずは基本の楷書ででっかでかと自分の名前書いて送ります。
道のりはめちゃめちゃ遠いけど。
祖父ちゃん。私頑張るよ。

極楽浄土の最終目標:
草書体で推しキャラ(もちろんヴィランの皆さん)の名台詞を書きまくる
…実現するのいつだろう…(遠い目)。




今日の一枚

 "二十五絃箏曲「琵琶行」"

伊福部昭 作曲/野坂恵子 二十五絃箏 (1999) 


(まともな音源がネットになかった…)

ゴジラのテーマでおなじみ伊福部昭氏が御年84歳の時に、
筝曲家の野坂惠子さん(惜しくも2019年逝去)のために作曲した現代箏曲。
渾身のソロアルバムです。
伝統的な箏の絃の数は13ですが、野坂さんが開発したという二十五絃箏は
その名の通り25本。胴自体でかいのか、フルコンサートで確(し)かと
存在感を放つ大型のグランドハープにも比肩する、深く迫力ある音色が特徴です。

「琵琶行」は中国の詩人白居易へのオマージュだそうで、全体的に
暗く重い曲調ではありますが、緊張を孕みつつも色っぽく、それでいて
神秘的な二十五絃箏の弛みない音色が、背筋をピンと伸ばし、時に力強く、
時に繊細に書を認める艶やかな筆の運びとイメージ的にすごくマッチします。
共に収録されている「胡哦(こが)」は少し短めの柔らかな曲、
「箜篌歌(くごか)」は伊福部氏の晩年の作でなく、瑞々しい箏の跳ねる
ような響きがなかなか聴きごたえのある名曲です。

武満徹氏が作曲した現代雅楽の金字塔「秋庭歌一具」しかり、
日本の歴史の中で滾々と流れる「音」のルーツに本気で向き合った
曲というのは、どうしてこんなにも魂の奥底まで深く響き渡り、
心を鷲掴みにしてしまえるのだろう。
普段聴いているジャンルとはかけ離れたこれらの音楽に触れている時の方が、
なんとなく、なんとなーく、達筆に字が書けているように思えるのは…
多分気のせいじゃありません。

2021.07.03

春先から新しく始めた3つの「燃え」-②

春先から新しく始めた3つの「燃え」-②

2.体力つくり

いきなり!今日の一曲!!

  "マッチョオブザワールド" 

NOCTURNAL BLOODLUST(2019) 


(2回目だからリンクなしよ!)

前代未聞、初っ端からまさかの再登場。
マッチョオブザワールド!!

♪今日も早朝早起きランニングYear 
栄養補給は Within 30 minutes 
悔いのない筋トレ人生へ 
ラスト一回 Fight or Fight 


ワハハ。順不同に歌詞を切って繋げただけなのに、
笑っちゃうほどやっていることがそのまんますぎて
今日のテーマ曲ほんとこれしか思い浮かばんかったわ。


はい、前にもちらっと書きましたが、
「燃え」その2はズバリ体力づくりです。
後述しますが色々わけあって地味に続けています。
自分が一番信じられない。
それこそ真っ先に匙投げそうな分野だったのに。




爽快な山の緑に誘われるままGW明けから始めたランニング…
でないジョギング(ランとジョでは運動負荷が違うので混同注意)。

最初の頃は西屋前からちょっと奮発(?)してスカイバレーの
標高1000メートルの標識めがけて走ったり歩いたり標高差約150m、
往復約5.2キロ(思った以上の距離でびっくりしたよGoogle先生)。



(晴れているとテンション爆上がる。)




(曇っていてもここまで来るとテンション上がる。)

この間だいたい45分コースです。
帰宅後は、お客様の少ない時間帯であるのをいいことにちゃちゃっと
お風呂で汗を流し、しれっと調理場に入る…これが朝のルーティンでした。

それから約半月後、ただ走るだけなのも何だからとちょっと趣向を変え、
走行距離を半分弱に減らし、その分浮かせた時間を体幹トレーニング
(メニューはYoutubeで見つけました)に充てるようになりました。
所要時間はジョギングオンリーよりすこし間延びして合計約1時間弱。
それまでより15分前倒しで起きるのはちょびっときつかったけど、
わりとすんなり慣れました。

確か4月に受けた人間ドッグの事前問診に
「毎日1時間程度の運動をしているか否か」みたいな質問項目があった
気がしますが(適当)…さらっと言いよるわ1時間て。
ならば早起きは三文の徳ってか。

…みたいな結論からかくかくしかじか、このサイクルを基本として、
その日の体調や天候に合わせて内容を加減しながら
(+たまに三十三観音に寄って水路を確保しながら)
ちまちまと今日に至ります。


かぐら「今日も朝っぱらから騒いでんなおみゃー。」

Youtubeの動画はスマホをテレビに繋いでリビングで観ながら
(他の家族が起きないように慎ましくイヤホンで音を拾って)
身体を動かしていますが、猫達はあろうことかすぐ間近で
見上げてくるもんだから、うっかり蹴っ飛ばしそうになります。
頼むからどいてくれー(笑)というか、ほぼ無音の中嬉々として
部屋ン中で一人汗だらけになって飛んだり跳ねたりしている主を、
猫たちはいつも一体どんな気持ちで眺めているのだろう。
こいつまたバカやってんな。くらいにしか思ってないのかも(笑)

別に私マッチョ目指してるわけじゃないので
(むしろ目指してたらコワい)、
マッチョ歌の中にある「ゴールデンボディ」になることはありません。
多分、絶対。実際この約2か月思ったほど体重も減ってませんし。
(ていうか2キロも減ってない…)
見た目身体が締まった分、余計な脂肪はそれなりに燃えてきている
のでしょうが。肝心のビフォー筋肉量や体脂肪率をそもそも測定し
忘れてるから、いまいち変化がよく分からない。
せいぜい「なんか尻固くなったな~なんとなーく腹に溝入ったかな~」
くらいの軽~いノリです。
じゃあ何を目指してるの?と改めて聞かれると、
これまた自分でもよく分からないというのが正直なところ。
最初は運動後にさっと入るお風呂がめっちゃめちゃ気持ちよくて、
その爽快感がくせになって続けているだけだと思い込んでいました。
必死に鍛えるわけでもないのに、ただただ続けていきたいという
謎のドーパミンがどこからか補給されて続けているもんですから。
でも、実は理由はそこじゃなかったことに改めて気づきました。

この早朝の運動を続けるにあたって日頃自分で肝に銘じているのは、
絶対に無理しないこと
「毎朝必ず同じコースをこなすんだ!!」という強制はせず、
どうしても気が乗らないときは気後れせず休む。これを徹底しています。

リフレッシュのために身体を動かしたいなーという衝動は前々から
ありましたが、年明けからその思いが顕著になりました。

根底にあったのはコロナのストレスです。
お前だよ、お前!
今、同じようなストレスを感じている人は多いと思います。
コロナ以前とそれ以後で世の中須らく、思想、人の流れ、景気の行方が
不気味なほど静かにぐちゃぐちゃになりましたから。
招致の段階であれだけ華々しくもてはやされたオリンピックも、
悪いが今となっては盛大にコケる予感しかありません。
貧乏くじだなぁとつくづく思う。

いずれにせよ、不可抗力が頭上で踊っては振り回される奇妙な日々が
1年以上も続けば、なかなか正気じゃいられなくなってきます。
例えるなら、真綿で徐々に首を絞められているような不気味な焦燥感。
…で、ある時とうとう、私の中で「ぶちん」と何かがキレました。
あ、このままではぶっ壊れるな、と。

ストレスのリミットゲージがブレイク寸前になる感覚は、運動中の
デッドヒートにちょっと似てます。似て非なるものといったほうが正しいか。
スカイバレーを走るのも、汗をかくほどのトレーニングをするのも
ぶっちゃけハードですが、それ以上にメンタルダメージの方がよっぽど
質が悪い。身体の疲れは寝て食べれば大概治るけれど、精神の痛みは
脳が記憶しちゃってる限り一朝一夕に抜けてはくれませんので。

そこではじき出した結論が「ストレスと同じ量の運動をする」でした。
身体をとにかく動かして頭の中をスッカンカンにして、
溜め込んでいたストレス(という名のメモリー)をオーバーライト&
デリートしちまえばいいと。あとはひたすらその繰り返し。

ストレス涌いたら汗かいてポイ。根詰めはしない。

なにこの人畜無害な新陳代謝。どうみてもただの生存本能。
シンプルだけど意外と侮れない解決方法です。

運動の内容が我ながらけっこうハードだと思える現状は、まだ体感
ストレスゲージも70~80%ってところです。地味に高いです。
それでも以前よりはるかに気持ちは落ち着いてきていると感じます。
少しずつ手綱を緩めていって、スカイバレーが雪に閉ざされる頃には
もうすこし軽い内容に落としていきたいなぁ。

私がこの早朝イベントを続けていられる一番の原動力は、
この魂と魄を保つ絶妙な"天秤"の存在に他なりません。
発想はめっちゃネガティブですが、副産物が光合成並にいいこと
尽くしなので、続けられるだけ頑張っていこうと思います。

・・・・な~んてヨユーぶっかましたこと言ってみちゃったけどさ。
よく考えてみたら初めて今日の曲紹介したの去年の3月よ。
つまり私はかれこれ1年半近くも脳筋モードで
(しかも途中でもろ肉体美ネタまでねじ込んで)
マッチョだァ!ワァァアアォウ!!してたわけだよ(笑)

いっそこのくらい清々しくバカになれりゃ、ストレスがどうの以前に
既に結果オーライじゃまいか。

海の向こうの最終目標:腹筋を某出エジプト映画の紅海みたいに割る。

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