若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ100%西屋に関係ない話題を思いつくまま載せています。

着る桜、見送る桜 ② ~止まらない着物語り~

 

↑半衿…でなく三河芯を縫い付けているところ。
洗ったらアイロン必須。



(※)昭和ばばーちゃん(愛をこめて。)

【昭和ばばーちゃん】…最近、念願の「全面的普段物生活」にシフトした
西屋女将による身も蓋もない造語。
かつて誰もが着物を着るのが当たり前だった時代に思いを馳せ、お風呂に
入ってご飯食べて歯磨いて寝るがごとく、ただただ息をするように、
肩ひじ張らずに着物を着ていたい…という強い理想と、惜しみない
着物愛が込められている。


気が付けばかれこれ着物歴20年以上…着物は私の人生において、
どの習得アビリティよりも一番長い付き合いになっていました。
(その次は、意外にもAdobeのPhotoshopだったりする。)
今は車の運転含め日常生活ほぼ全般着物でこなせるようになりましたが、
いつかは湯守作業も胸を張って着物で貫きたいと考えています。
炭治郎みたいなたちつけ+茶羽織+手ぬぐい巻きで。コスプレかっての。

そんなこんなで普段の着方はいたってラフ。
幸か不幸かほぼまな板体形なので、よほどよそ行きでない限り
補正ドーピングは不要です。首がすぅすぅするので衣紋も殆ど抜きません。
男着物に毛が生えたくらいか?
(あー、そういえば足袋も最近黒系ばっかりです。
汚れが目立たないのが便利すぎて。)

着丈や裄丈に差はあれど着物の形そのものは時代問わず不変なので、
自分の身体の凹凸さえ分かっていれば誰でも大概着ることが可能です。
おはしょり(女着物限定の腰部分の折り返し)が出ないくらい丈が短けりゃ
裾を詰めて袴下着物にしてしまうとか、そこだけちょっと縫い込んで
エセおはしょりっぽく見せてやるとか、いっそつい丈(旅館の浴衣みたいに
一切折り返さない)にして前掛けでぐるっと隠すとか、いかようにも対応可。
これほど経済的で便利な衣服も全地球的に類稀ではなかろーか。

半衿は一時こだわって、様々な色・素材に手を出してみた時期もありましたが、
最近は専ら綿か麻のオフ白~生成色(手作り)に落ち着きました。
だってこれらが一番合わせやすいから。
洗濯で取り替えるのがちょっと手間ですが、これも何回かやっているうちに
あんまり苦にならなくなったなぁ…

さて、外からはもちろん見えませんが、襦袢以下の中身はなかなかカオスです。
自作&カスタマイズした襦袢はじめ着物まわり多数で、当然着付けの教科書は
ほぼガン無視(?)…なんなら肌襦袢持ってない。どーせ見えないんだから、
安価で売ってるV字のTシャツやユ〇クロのヒート〇ックで十分だ!

半幅帯は少しずつ自作のレパートリーを増やしつつあり、名古屋帯は結ぶ
手間を極力省きたくほぼ作り帯に加工しました。

持ち着物&帯はありがたいことに95%以上が頂き物またはお下がり、
その製造時期に至っては自分で買ったものと自作した帯その他以外は
100%昭和です。しかしそれらを今風に着こなすだけのお洒落スキルが
ないに等しいため、もっぱらコーディネートのバイブルといえば、
ズバリ大女将に譲ってもらった貴重な昭和の着物ムック本&教本。



左は昭和50年(1975年)、右は昭和43年(1968年)刊。
ヤ〇オクあたりで売ってそう(?)。

中身の一例を挙げましょう。昭和43年ものの着物コーデ。



・・・シブい。ヤバい(めっちゃ褒めてる)。



こちら紬の代表選手のひとつ、大島紬。雪景色の中雪駄を履いてます。
おおぅかっけぇーーーわ!!(って思うのは私だけ…か…(苦笑)?)。

…写真からお気づきの方もいらっしゃると思いますが、半衿(首元の
白いやつ!)にご注目。
今でこそ色柄様々にほどよく胸元を彩る半衿ですが、写真のいずれの
モデルさんも、表からはほぼ見えないくらいの面積しか出してません。
その色も、絞りや塩瀬、縮緬などの織りの違いこそあれどほぼ白一色。
この本が発売された昭和中期はこのくらい衿を詰めて着るのが

一般的でした。

は、ダサいとは一言も言わせんよ。

現代の皇室の女性陣も、写真ほどではありませんが半衿の幅は狭めに抑え、
実にストイックな着付けで折々式典に参加されてます。その凛とした
いで立ちは日本人らしく控えめかつ上品で、実に美しい。
一方江戸~明治~大正時代頃は、逆にガッツリ半衿を出す着方が好まれました
(皇室除く)。下手すると胸元付近まで半衿がV字に深々鎮座。花魁もとより
一般人も。しかも色柄様々で、中には豪奢な刺繍が施されたものだったりと、
現代以上に「見(魅)せる」ポジションに収まっていました。
(半衿はそもそも下着である襦袢の一部です。
えー、繰り返します。半衿のカテゴリはあくまで「下着」。)
当時は着物自体がわりと地味目で、袖の裏とか裾の裏といったパーツで
艶やかさを醸すのが好まれたようです。今でいう見せブラってやつだ(爆)

さて、こちらは昭和50年版の方の着付け解説コーナー。



見てくれよ、この「スポーティーなきもの」とかいう
ファンキーベイビーなパワーワード。

スポーティーなきものとは。
きりっと軽快に、ざっくりと、何気なく着るべきもの
曰く、セーター+ジーパンやパンタロンと同じ感覚にあたるだそうだ。
(ところでパンタロンてなんだ?)



ちなみにスポーティーモードの衿元は↑こう。
イイね。まさに私の理想の体現じゃんか…イイね…
昭和43年版の方がまだ艶っぽく見えるくらい、この
隙のない
衣紋のガードの固さ(?)。むしろ新鮮です。
子供っぽく見えるかもしれませんが、これ、当時の家庭画報に
ばっちり載っていたコンテンツですからね?!
この着付けならどんなに動いてもそうそう崩れないだろうし、
山ン中で誰かと取っ組み合いのガチンコバトルおっぱじめたって
問題なかろう(いや、それはかなりダメだけど)。

着物をいつどういう場面で着るのか、着る人にとって着物とは何なのか、
例えば
半衿をファッションの一部として捉えるかどうか、その解釈は
驚くほど時代時代で大きく異なります。知られざる激動の着物史。
その歴史の中で一番変化が激しかったものといえば、残念ながら
着物人口そのものの大幅な減少に尽きるわけですが、着付け方、
もとい半衿のポジション変遷も特筆すべき現象ではないかと私は思う。
何が言いたいかというと、普段着の着方に限ってしまえば、着物ほど
見た目以上に自由で便利な衣服はないよ、ということ!
正解なんてないんだよ。はしたなく見えなきゃいい。
好きなように着りゃいいんだ。



とまぁ、さんざん自己中な解釈で日々着物を着ている私ですが、
ブツはやっぱり昭和ばばーちゃん。
古い古い西屋の中にいて、その女将として持たれるステレオタイプが
昭和の着物によくなじむためか、おかげさまで「その組み合わせ、変!」と
言われることなく今日まで平和に過ごしています(笑)
ツッコむ相手も同担歓迎しあえる相手もいないくらい身近に着物人口が
少なすぎる
のは寂しい限りですが、
めげることなく、今日ものんきに着物愛を育んでおります。



たまたま今日着ていた、袖裏に紅絹(もみ)の入った御召の袷と、
いかにもぉ!
な模様のモスリン襦袢。奇跡的に虫食いの被害なし。
どちらも昭和初期(戦前)にリアルばばーちゃん(祖母)が着ていたものです。
こういうザ・昭和な組み合わせが悶絶するほど好きです。
いつか誰かに届けこの思い。




今日の一曲

"Let Me Live(feat.Anne-Marie & Mr Eazi)

RUDIMENTAL(2019)


↑ありがたいことに和訳付き。非公式ようつべより。

"Cause I am the One, I rule my world (中略)
Leave me alone, let me live my life" 

歌詞はちょっと重いっていうかちょっと暗い?けど、
明るくレゲエっぽい曲調のおかげでかんか前向き。
軽快なリズムとノリで、自由なままに召しませ着物☆


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