若女将コラム

日々西屋と山を駆け巡る湯守兼女将による、自由奔放すぎるコラム改めエッセーコーナーです。
人生は奇想天外に生き抜こう。趣味のことや日々思う事etc...ほぼ100%西屋に関係ない話題を思いつくまま載せています。

若女将コラム

2021年05月

2021.05.29

衣替え…シリーズ?只今着替え中…?


★最初にアテンションプリーズ。

話題がめっちゃ迷子っぽく見えますが、決してそうじゃありません。
ちゃんと話が続くのよ、次回が本命よ。3部構成の2部目だと思ってください。
今日のキーワードは「悪の美学」そして「半裸」です。



庭に咲いた一輪の牡丹。
マイニュー簪(下記参照)と雰囲気が似ていたのでパシャリ。



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私、ご存じの通り超の長髪。
美容院のお世話になりながら、今も尻の丈を維持しています。
一部巷では、アラフォーの黒髪ロングは「痛い」だの「やってはいけない髪型」
だの散々に貶されているらしいですが。
その中傷こそが痛いしくだらんと言ってやりたい。

ここのところ、まとめ髪は例のチタン箸を使わず、
頭皮に負担がかからないようふわっと逆さまの「の」の字に巻くだけの
簡単仕様にしています。長さがあるおかげで、逆毛を立てなくともそれなりに

見えるのが便利です。ただ、巻いた髪だけだとさすがに殺風景なので、
何かしら簪を挿すようにしています。
銀製もいいけれど、やっぱり見栄えするのはとんぼ玉。
キラキラと宝石のように光る手作りの硝子玉は、小さくともちゃんと
アクセントになってくれるのでホント重宝します。

というわけで、
以前コラム(2018年6月)でもご紹介した大和屋さんで、
久しぶりに新しい色のとんぼ玉をオーダーしました。



※真ん中のやつです。

今回のコンセプトはズバリ「宿儺の生得領域」。
呪術廻戦をご存じなかった大和屋のとんぼ玉作家:竹田さんに固有名詞は
挙げませんでしたが、細かい希望のオーダーにイメージ通り応えて頂いて
感謝、感謝、感謝!!ちなみにオーダー代は1650円(税込)でした。



あな嬉しや。

我ながらどんだけ好きよ?…ま、いいじゃんか好きだし(循環参照)。

cvをつとめる諏訪部さん曰く「過去演じたキャラ史上多分最恐に唯我独尊」な
性格も、がっちりとした筋肉質の身体に走るワイルドな呪印(刺青)も、
威厳ある言葉遣いも、都心を瞬く間に焦土に変えてしまう爆弾みたいな強さも、
生前の御姿のこれまた人間離れしたカッコよさも…
はー、全部まとめて両面宿儺。
なんでこんなに魅力的なんだろう?私自身もよく分からない。
あのサウロンにすら萌えなかったというのに(笑)

…やっぱりあれか、にじみ出る「悪の美学」ってやつか。

悪の化身、禍津神(まがつかみ)の類は、古今東西神話宗教問わず
ありとあらゆる世界に登場しますが、総じておのれの欲求には素直なお方が
多い気がします。極めて高い知性と品格を持つ一方、感情の沸点が意外と低く
快・不快の基準が分かりやすい、底なしの残虐性を押し留める箍(良心)を
持たない(または敢えて外している)から純粋に強いetc…
賢者さえ舌を巻くほど頭脳明晰だから、きっと全部分かっててやってる。
さらには自分の裡(うち)にあるリビドーさえ前向き(すぎるくらい)に
捉えている節があるし、あまつさえそれが、本人が意識しているしていないに
関わらず、強力な行動原理のウェイトを占めている場合が割と多い。
私はそう踏んでいる。

だ・か・ら☆
「悪」と名のつく神様や魔物の長には、半裸マッチョが多いのだ!!!

古今の鬼神・魔神をヴィジュアル化した数々の美術品を思い浮かべても、
きっちり全身衣装に身を包んだ姿なんて…見たことありますか

うーん、いたとしても、ちょっと強そうなイメージ湧かないよね??
え、閻魔大王?彼はシンプルに悪玉じゃないじゃん。
とにかく大概は半裸~装飾品~腰布一丁、あとほぼ裸。
鍛え抜かれた肉武装、否が応でも強調される男性的な色香。
特に西洋に多い…ような。サタン然り、悪魔の皆さん然り。
え、ラオウ?彼人間。まぁ結局最後は上半身裸でしたが。
あと誰だ。分からん。

荒々しく、禍々しく、それでいてゾッとするほど艶めかしい彼らの
肉体美こそ、悪を悪らたしめる象徴。
服も鎧も纏わずとも身一つで世界を滅ぼせるという絶対的な力
(見方によってはフェロモン)の誇示であって、ただ単に人間を
狂わせる類のセックスアピールではないのだ。
全身から放たれるリビドーこそ彼らのエネルギー源!!
これすなわち悪の美学!!
(力説しておいて自分で笑える(笑))

「羊たちの沈黙」のレクター博士セリフにこんな言葉があります。
満たされない欲求は、抑制できないほど膨れ上がると人を狂気に駆り立てる
人間にはおいそれとたどり着くことができない、知を超えた底知れない悪の世界を
端的に表しているセリフだと思う。
(いや、ここで引用するの違くない?…というツッコミはさておき。)

宿儺が受肉直後、着ていた服(もちろん上だけ)を秒で破り捨て
全身全霊で諸手を挙げて「
鏖殺(おうさつ)だ!!」と
叫んでた瞬間も…きっとそれ。一応人間出身ですが、彼は”本物”なのだ。

こうもリスペクトしちゃう程度には、その劇毒にまんまと中てられて
しまったわけだ…あー、納得…。

というわけで、近現代屈指のリビドー賛歌:「春の祭典」(違)について…



…つづく(!!!!!)。




今日の1曲 

"Nightlight"

Illenium & Annika wells (2020) 


(Illeniumの公式Youtubeチャンネルで視聴できます↑)

アメリカ出身のDJ/プロデューサーIlleniumのシングル。
なんか渋谷事変ぽい。色んなキャラが当てはまるなぁ…
彼の作風はざっくりいうとEDM系ですので、
重めのリズムが多く好き嫌い別れるところですが、
ドラマチックなメロディーや歌詞がすごくかっこいいので
個人的にどれも結構好きです。この曲然り。
発音がなかなか難しいのですが、
AudipoというAPPを使って歌詞を耳コピしています。

そこ、暇?ってツッコまない。

2021.05.23

衣替えするヒーローとヴィランが実は双子だった話(?)





前略 親愛なるK先輩、ご無沙汰しております。
ここ最近白布は肌寒いほどの涼しい日が続いていますが、そちらは
お変わりありませんか。暦に従えば間もなく衣替えの季節ですね。
私はといえば、相も変わらずあるがままの一日一生を謳歌しております。
(以下略…)

かれこれ20年近く会っていない大学の先輩。お住まいは遥か鹿児島県。
そう簡単には遊びに行けません。コロナだし。
うーん、久しぶりに手紙でも書こうかな…。

そう。もうすぐ衣替えです。
大人の身体は基本的に成長しないので、右から左へ衣装ケースの中身を
移し替えればいいだけの話ですが、時が経つのが早ければ子等の成長も
早いもの。成長期真っ盛りの子を持つ親は、必然的に我が子の服の
選別作業も必要になってくるわけです。

というわけで、見事に去年の服がほぼ入らなくなった娘の新しい夏服を
買いに、久しぶりに娘と二人で子供用服売り場を目指しました。

しかしまぁ最近の子達が着る服ったらお洒落なことオシャレなこと。
売り場に置かれたかわゆいマネキンに着せられているのは、丈の長さが
どう見てもホットパンツに、肩がちょっと開いたドッキリ大人っぽい
デザインのプルオーバー、裾にシースルーの入ったワンピース、
ふわっとしたデニムのガウチョに大きなフリルのついたブラウス…
えー、これホント小学生が着ていいヤツ?

昔から肌を露出するのが嫌いで、まして今は着物(しかも昭和ばb(略))
しか興味がない母のファッションセンスなど推して知るべし。太刀打ちできん。
仕方がないから、色デザインが被らない程度にほんのりアドバイスするに留め、
あとはほぼ本人に着たい服を選ばせる作戦をとりました。
そうでなきゃ、今やどこの店内放送でも耳にタコができるくらい聞かされる
「短時間のお買い物」なんてできないから!
また洗剤と間違えて外見クリソツな柔軟剤の詰め替えばっか無駄に買う
凡ドジ踏みたくないかんね!!

…と、いろいろ割り切って颯爽と用事を済ませたはずなのに。

服を物色する娘を尻目に、一人某売り場を行き来した挙句、気が付けば
その手に"伏魔御厨子"を握っていました。
まごうことなきThe king of curse...

オイオイ全然颯爽としていないよ?!
まるでカバオ君バグみたいな軽ーいノリで誰かさんの領域展開を
あっさり買っちまうとかどこのいい歳した大人?
なんて。ただのキーホルダーだから(笑)



もちろん逕庭拳と一緒に。本誌では実に犬猿の仲ですが、
来世はぜひお互い兄弟愛溢れる一卵性双生児になってくれ…たらいいな。
スー坊とユー坊。二人合わせてロケットエンジン。

※カバオ君バグ…今はもう売っていないであろうアンパンマンの
お買い物シミュレーション付き知育玩具で発見された、その筋では
有名な初期エラー。たくさんのキャラクターがその場にいるにも
かかわらず、なぜかカバオ君だけ売り物の「食品」と一緒に
お買い上げできてしまう
という世にも恐ろしい( ?)怪現象を、
とあるニコ主さんがupした動画がそのネタ度に拍車をかけました。
リンクを貼るのはちょっと恥ずかしい~わ~(何を今更)。
腹筋崩壊必至の元ネタ動画が観たい方はぜひ
アンパンマン カバオ 買える」でググってみて下さい(笑)

・・・いや、ここまで引っ張っておいてなんだけど、
私が書きたかったのはホントは双子ネタでもカバオネタでもないんだ。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」の話がしたかったのだ。

(「はァ、どこが?!」というツッコミはナシよ!)

でも無駄に前置きが長すぎたからここで切り上げちゃえ。
本題は次回にぶん投げます(爆)




今日の一枚。今日は一枚。

Philip Glass ”Heroes Symphony”

Gidon Markusovich Kremer, Wiener Philharmoniker (1997)


(紹介したアルバムの視聴サイトがなかったので今回は
リンクナシです。Youtubeにいくつか他オケの演奏動画が
ありますので、気になる方はぜひ聴いてみて。)

故デヴィッド・ボウイのアルバム「Heroes」から数曲をピックアップし、
フィリップ・グラスが交響曲としてタイトルそのままに
オーケストレーション化した作品。
私はこれを最初に聴いてからデヴィッド・ボウイを”逆輸入”したから、
元ネタがデヴィッドの方だったと知って大層驚いたのはいい思い出です。
ちなみにグラスの交響曲作品としては第4番にあたります。
なんかすごい。原曲があまりにも有名なので、ボウイファンの方には
いまいちアレンジらしく聴こえないかも(特にHeroes)。
もちろん要所要所のモチーフはちゃんと取り入れています。
フィリップ・グラスその人も傑出した作曲家なので、
独立した音楽として聴いてもいいと思います。
なかなか味わい深いオーケストレーションなのでおススメです。
同じく「Low」をアレンジしたLow Symphony(交響曲第1番)も
ありますが、個人的におススメなのはHeroesの方かなぁ。

へっへ。ヴィランズ一辺倒のはずの私が敢えて「ヒーロー」を選びました。
怪しいでしょう。


2021.05.17

鏡に写る「明日の自分」を想像する




緑の香り漂う湿った空気、絹糸のように舞い落ちる生暖かい雨、
そして、いつのまに庭にほころぶ山吹よ。
・・・梅雨か?


身だしなみによほど頓着しない人でもなければ、
1日一回は大なり小なり鏡の前に立つと思います。女子はさらなり。
自分の顔や姿であれば、毎日のぞき込む鏡の向こうのそれをすぐ
思い浮かべられるのと同じように、自分の性格は誰よりも
自分がよく分かっているもの。
これわりと一般常識。

え、一般でいいよね?
常識…んー、まぁ、人生で一番付き合い長いのは自分自身なんだし、
ゆるーく常識の範囲ということで。

この心的動作は、必ずしも「そのままの自分でいいんだ」という
自己暗示ではありません。顔はさすがに難しいけれど、誰しも、
今の自分から違う場所へ向かおうという意思を持って、よくも悪しくも
中身を変えて、力を、魅力を伸ばしていくエネルギーが備わっている。
それを誰よりも信じられるのもまた、自分自身。
誰かと比べるわけではない、誰かに認められるためのものでもない、
あくまで鏡の前に座るように自分自身と向き合って
己が魂をひたすら磨く、長い長い人生の修行のようなもの。
どうも当たり前すぎるせいか、あまりに常識の範囲が曖昧なためか、
常日頃意識していないと驚くほどこの日々の営みを忘れがちですが。

で、翻って私はと言えば、基本チャランポランタンで三日坊主の凡庸な性格よ。
若い頃はホント何事も長続きしなくて、覚悟が足りなくてダメでした。
あまつさえ、どんなに何某のマイブームにガッツリ入れ込んでいても、
頭のどこかでは「これもいずれ醒めるんだろうな…」などと妙に割り
切ってしまっている自分が同居しているくらい、いろんな意味で
一か所にじっとしていられないタイプでした
(あれ、これは三日坊主とは言わないか。まぁいいか!)

でもここ数年、「あれ、もしかして私やればできる子?」とちょっとは
自画自賛してもいいかと思える程度には、少しずつ自己改造の成功体験を
積みつつあります。
すべての転機は、”虚無”
から湯守を引き継いでから。
(その役割を負う人がそれまでいなかったので、前任者は虚無さん)
ほんの一週間くらい頑張るつもりが、あれよあれよといううちに
10年近く湯守やってますから。三日坊主の汚名返上はここから始まったと
言っても過言ではありません。途中足をくじいたり、貯湯槽に「堕」ちて
えらい目に遭ったり、「あ、ちょっとしんどい」と正直弱気になったり、
経験値が上昇するにつれ心の中では様々思うところもありましたが、
ほんの小さなきっかけから1歩1歩変わっていく自分を感じる日々は、
言葉以上の感動と充実感に満ち満ちていました。現在進行形。
「おおおオラ生きてるぜーーー!!」みたいな。
どこかの孫〇空みたいに"今"をワクワクする感じ、みたいな。

とはいえ、基本的に強い”縛り”を課さなければモチベーションが
上がらない&
維持できない人なので、何かやらかすときはハイリスク
ハイリターンを覚悟の上で有言実行を踏んでから、と決めています。

”縛り”…
宿儺さんいいこと言った。まごうことなき呪いの王。好き。
伊達に千年生きてない。

ある程度自分のことを好きであること、信じる気持ちが
エネルギー源として必要ですが、一度やるぞって周囲に公言してから
事始める。これ、意外と効果絶大です。
自分だけで完結し、とりあえず無理せず褒めて伸ばそう~とする
パターンだと、笑っちゃうほど自分に甘えて挫折するからダメ。

個人的な直近の実例はジョギングです。
本当は、よっぽどジョギングを取り入れた生活サイクルに慣れてから
SNSにでも上げようかとひそかに考えていましたが、走りつつ見遣る
早朝のスカイバレーがあまりにも美しく、開始後1週間を待たずして
とっとと公開処刑(爆)してしまった。
もちろん後悔しましたとも。いいですとも。Wコウカイ。
こりゃもう何が何でも続けないかんやないかーい!って。

かつて自分を少しも好きになれなかった過去を切り捨てることなく、
少しずつ確実にさよならしていけるように。
明日…一月後…1年後……
鏡に映す自分の姿を今以上に好きでいたいと思う、願いと決意を胸に。
今日も鏡を覗き込んで叫ぶのだ。心の中で「一日一生」を。

そして私はまた一つ、新たなる無謀な挑戦に挑むのであった。。。
(何を始めたかはまだ内緒です(ケヒッ)。)



今日の1曲

 "Let Me Love You (feat. Justin Bieber)

DJ Snake "ENCORE" (2016)


↑PVようつべリンク

あのレディ・ガガの"Born This Way"をプロデュースした
一人であり、様々なアーティストとの共演で数々のヒット曲を
飛ばすDJスネイクのアルバムから。
今日のテーマにドンピシャ!ということでLet Me Love Youを
チョイスしました。自分自身に向けたエール、と捉えて良いわよ。
今を時めくジャスティン・ビーバーの若々しい歌声がグー。


2021.05.10

着る桜、見送る桜 ③



↑絶賛ステイホーム中だった去年、何回も白布温泉街の遊歩道に遊びに行きました。
展望台から見える景色はまさに絶景かな。



↑一方こちらは早朝のスカイバレー。
最近、基礎体力向上のために
ジョギングで朝スカイバレーデビューしました。
標高900m~950mの高さだから、けっこう息が上がる~シビれる~
ただ景色はキレイなのに、足元は動物のウ〇コがちらほら…
なんでわざわざ道路に垂れていくんだ。開放感がくせにでもなるのか?
どうでもいいけどお前ら持って帰れやー(爆)!

ーーーーーーー

さて、着物の話でめちゃくちゃ脱線しましたが、本流①に話題を戻します。
え?てかアレ一応本流。
どっからだっけ?

『また一つ、新しい人生のコマに歩みを進めた長男の前途明るい未来を
願ったが故のイレギュラーな「桜」チョイスだった』…からでしたな。

…ふと自分の中学校時代をふと思い返してみたんですが、
だいぶ前のことにもかかわらず、驚くほど当時の情景が色鮮やかに蘇ってきます。
そんな自分がいつのまに人の親になって、中学生になった我が子の背中を
保護者席から見守る日がこうもあっさり訪れようとは。
入学式からひと月余りたちましたが、未だに夢でも見ているような、
狐につままれたような、とにかくとても変な気分でした。

中学校の3年間はあっという間です(だから大いに学び、青春しましょう)。

来賓の声で、どこかで聴いたことがある様なフレーズの祝辞を聞きながら、
それよりもその後の人生の方がマッハ坂道早送りもいいとこだよ~、
なんて一人でツッコんでいました。
時間の速さは一定のはずなのに、年齢と共に斥力でもはたらくんだろうか?
はぁ、そうかつまり人生は宇宙か。
よく分からん。



かつて中学生だった当時、親といえばまだまだ絶対の存在でした。
防波堤に囲まれた入り江の如く、よくも悪しくも世の波から
両親はじめ大人世代のフィルタリングによってしっかり覆われていました。
でも、実際自分が順送りでその防波堤ポジションまできてしまうと、
ああなんだ、別に思ってたほど「大人」でもないじゃんか、なんて。
めちゃくちゃ自分を棚に上げて呆気に取られたりして。

しかし同時に、当時その背を追いかけていた親や先達が立っていた場所に
たどり着いたにもかかわらず、いつまで経ってもその距離が縮まらない
ことに気づかされます。そりゃ歳の差が縮まるわけじゃないから当然な
わけですが、永遠に追い越せないとちゃんと理解していて、それでもなお
焦る自分もいるわけです。
実際まだまだ未熟だと思い悩むところばかりで、こんなんで本当にこの先
ちゃんと親としての務めを果たしていけるのだろうかと不安になること
しばしば。まぁ、当時の親世代も子供の前で見せなかっただけで大方
同じような葛藤を抱えていたのでしょうが。

少しずつ形や位置を変えながら、寄せては返す波のように。
毎年春になると咲き誇る桜の見慣れた景色に、それでも初めて
出会うような感動を覚えるように。

思えば、この、世代を超えて幾星霜重なってゆく日々こそが時間であり、
その見えない「地層」の上をひたすら歩き続けるのが人生なんだろうよ。

山あり谷あり、決して一か所にとどまることのない、どこか歪んだ一本道。
自分が理想とするゴールはあっても、それは旅路のはるか上空で輝き続ける
星のようなもので、地平線の先に横たわる人生の終着点そのものではない。
目指すことはできても、ゴールにたどり着くことは絶対にない。
どこまで行ってもまだまだ自分には伸びしろがあると信じて、理想を
追いかけたまま命の果てまで歩き続けていくというのは、そういう事だろうと。

時間と理想の奇妙な平行線が、人の数と歴史の分だけ思想や哲学、
果ては宗教を生み出してきたわけで。少し目覚めれば誰でも気づく、
古今東西みんなが通ってきた道。
そうおもえば、妙な不安はたちまち消えていくから不思議です。

ただ凡人は悪あがきせず、難しい言葉や詩で人生を語るのは専門家に
丸投げすればいい。いたずらに時間に抗わず、ただ静かに遥か彼方の
ゴールを目指して、繰り返し咲く桜のように歩き続ければいい。

少なくとも私は自分の人生そうありたいと考え、母が亡くなってから
残された時間を日々かみしめています。
いつか子供達にもそうして自分だけの高みに目覚め、恐れず目指して
ほしいと願いつつ。
息子の門出を「幸あれ!」と心の中でエールを送った4月のある日のお話でした。



今日の一曲

"Skellig"

"The Book of Secrets"
Loreena Mckennitt(1997)


↑非公式ですが、なかなか情感あふれるPVを見つけたので
ようつべリンクぺったん。



アイルランド・スコットランドにルーツを持つカナダ出身の
ベテランシンガーソングライター、ロリーナ・マッケニットの
アルバムから。はるか昔、実在した修道士が友人に書き残したという
書簡が元ネタです。多分わりと晩年の内容。自らの歩んできた
苦難の人生を振り返りながら、かつて通り過ぎた旅の情景や、
折々出会った愛おしい命に万感の思いを馳せつつ、
じき訪れるであろう自分の死をどうか見届けてほしい…そんな歌です。
哀愁に満ちた旋律と、ロリーナの透き通る歌声がめっちゃ沁みる。


2021.05.09

着る桜、見送る桜 ② ~止まらない着物語り~

 

↑半衿…でなく三河芯を縫い付けているところ。
洗ったらアイロン必須。



(※)昭和ばばーちゃん(愛をこめて。)

【昭和ばばーちゃん】…最近、念願の「全面的普段物生活」にシフトした
西屋女将による身も蓋もない造語。
かつて誰もが着物を着るのが当たり前だった時代に思いを馳せ、お風呂に
入ってご飯食べて歯磨いて寝るがごとく、ただただ息をするように、
肩ひじ張らずに着物を着ていたい…という強い理想と、惜しみない
着物愛が込められている。


気が付けばかれこれ着物歴20年以上…着物は私の人生において、
どの習得アビリティよりも一番長い付き合いになっていました。
(その次は、意外にもAdobeのPhotoshopだったりする。)
今は車の運転含め日常生活ほぼ全般着物でこなせるようになりましたが、
いつかは湯守作業も胸を張って着物で貫きたいと考えています。
炭治郎みたいなたちつけ+茶羽織+手ぬぐい巻きで。コスプレかっての。

そんなこんなで普段の着方はいたってラフ。
幸か不幸かほぼまな板体形なので、よほどよそ行きでない限り
補正ドーピングは不要です。首がすぅすぅするので衣紋も殆ど抜きません。
男着物に毛が生えたくらいか?
(あー、そういえば足袋も最近黒系ばっかりです。
汚れが目立たないのが便利すぎて。)

着丈や裄丈に差はあれど着物の形そのものは時代問わず不変なので、
自分の身体の凹凸さえ分かっていれば誰でも大概着ることが可能です。
おはしょり(女着物限定の腰部分の折り返し)が出ないくらい丈が短けりゃ
裾を詰めて袴下着物にしてしまうとか、そこだけちょっと縫い込んで
エセおはしょりっぽく見せてやるとか、いっそつい丈(旅館の浴衣みたいに
一切折り返さない)にして前掛けでぐるっと隠すとか、いかようにも対応可。
これほど経済的で便利な衣服も全地球的に類稀ではなかろーか。

半衿は一時こだわって、様々な色・素材に手を出してみた時期もありましたが、
最近は専ら綿か麻のオフ白~生成色(手作り)に落ち着きました。
だってこれらが一番合わせやすいから。
洗濯で取り替えるのがちょっと手間ですが、これも何回かやっているうちに
あんまり苦にならなくなったなぁ…

さて、外からはもちろん見えませんが、襦袢以下の中身はなかなかカオスです。
自作&カスタマイズした襦袢はじめ着物まわり多数で、当然着付けの教科書は
ほぼガン無視(?)…なんなら肌襦袢持ってない。どーせ見えないんだから、
安価で売ってるV字のTシャツやユ〇クロのヒート〇ックで十分だ!

半幅帯は少しずつ自作のレパートリーを増やしつつあり、名古屋帯は結ぶ
手間を極力省きたくほぼ作り帯に加工しました。

持ち着物&帯はありがたいことに95%以上が頂き物またはお下がり、
その製造時期に至っては自分で買ったものと自作した帯その他以外は
100%昭和です。しかしそれらを今風に着こなすだけのお洒落スキルが
ないに等しいため、もっぱらコーディネートのバイブルといえば、
ズバリ大女将に譲ってもらった貴重な昭和の着物ムック本&教本。



左は昭和50年(1975年)、右は昭和43年(1968年)刊。
ヤ〇オクあたりで売ってそう(?)。

中身の一例を挙げましょう。昭和43年ものの着物コーデ。



・・・シブい。ヤバい(めっちゃ褒めてる)。



こちら紬の代表選手のひとつ、大島紬。雪景色の中雪駄を履いてます。
おおぅかっけぇーーーわ!!(って思うのは私だけ…か…(苦笑)?)。

…写真からお気づきの方もいらっしゃると思いますが、半衿(首元の
白いやつ!)にご注目。
今でこそ色柄様々にほどよく胸元を彩る半衿ですが、写真のいずれの
モデルさんも、表からはほぼ見えないくらいの面積しか出してません。
その色も、絞りや塩瀬、縮緬などの織りの違いこそあれどほぼ白一色。
この本が発売された昭和中期はこのくらい衿を詰めて着るのが

一般的でした。

は、ダサいとは一言も言わせんよ。

現代の皇室の女性陣も、写真ほどではありませんが半衿の幅は狭めに抑え、
実にストイックな着付けで折々式典に参加されてます。その凛とした
いで立ちは日本人らしく控えめかつ上品で、実に美しい。
一方江戸~明治~大正時代頃は、逆にガッツリ半衿を出す着方が好まれました
(皇室除く)。下手すると胸元付近まで半衿がV字に深々鎮座。花魁もとより
一般人も。しかも色柄様々で、中には豪奢な刺繍が施されたものだったりと、
現代以上に「見(魅)せる」ポジションに収まっていました。
(半衿はそもそも下着である襦袢の一部です。
えー、繰り返します。半衿のカテゴリはあくまで「下着」。)
当時は着物自体がわりと地味目で、袖の裏とか裾の裏といったパーツで
艶やかさを醸すのが好まれたようです。今でいう見せブラってやつだ(爆)

さて、こちらは昭和50年版の方の着付け解説コーナー。



見てくれよ、この「スポーティーなきもの」とかいう
ファンキーベイビーなパワーワード。

スポーティーなきものとは。
きりっと軽快に、ざっくりと、何気なく着るべきもの
曰く、セーター+ジーパンやパンタロンと同じ感覚にあたるだそうだ。
(ところでパンタロンてなんだ?)



ちなみにスポーティーモードの衿元は↑こう。
イイね。まさに私の理想の体現じゃんか…イイね…
昭和43年版の方がまだ艶っぽく見えるくらい、この
隙のない
衣紋のガードの固さ(?)。むしろ新鮮です。
子供っぽく見えるかもしれませんが、これ、当時の家庭画報に
ばっちり載っていたコンテンツですからね?!
この着付けならどんなに動いてもそうそう崩れないだろうし、
山ン中で誰かと取っ組み合いのガチンコバトルおっぱじめたって
問題なかろう(いや、それはかなりダメだけど)。

着物をいつどういう場面で着るのか、着る人にとって着物とは何なのか、
例えば
半衿をファッションの一部として捉えるかどうか、その解釈は
驚くほど時代時代で大きく異なります。知られざる激動の着物史。
その歴史の中で一番変化が激しかったものといえば、残念ながら
着物人口そのものの大幅な減少に尽きるわけですが、着付け方、
もとい半衿のポジション変遷も特筆すべき現象ではないかと私は思う。
何が言いたいかというと、普段着の着方に限ってしまえば、着物ほど
見た目以上に自由で便利な衣服はないよ、ということ!
正解なんてないんだよ。はしたなく見えなきゃいい。
好きなように着りゃいいんだ。



とまぁ、さんざん自己中な解釈で日々着物を着ている私ですが、
ブツはやっぱり昭和ばばーちゃん。
古い古い西屋の中にいて、その女将として持たれるステレオタイプが
昭和の着物によくなじむためか、おかげさまで「その組み合わせ、変!」と
言われることなく今日まで平和に過ごしています(笑)
ツッコむ相手も同担歓迎しあえる相手もいないくらい身近に着物人口が
少なすぎる
のは寂しい限りですが、
めげることなく、今日ものんきに着物愛を育んでおります。



たまたま今日着ていた、袖裏に紅絹(もみ)の入った御召の袷と、
いかにもぉ!
な模様のモスリン襦袢。奇跡的に虫食いの被害なし。
どちらも昭和初期(戦前)にリアルばばーちゃん(祖母)が着ていたものです。
こういうザ・昭和な組み合わせが悶絶するほど好きです。
いつか誰かに届けこの思い。




今日の一曲

"Let Me Live(feat.Anne-Marie & Mr Eazi)

RUDIMENTAL(2019)


↑ありがたいことに和訳付き。非公式ようつべより。

"Cause I am the One, I rule my world (中略)
Leave me alone, let me live my life" 

歌詞はちょっと重いっていうかちょっと暗い?けど、
明るくレゲエっぽい曲調のおかげでかんか前向き。
軽快なリズムとノリで、自由なままに召しませ着物☆


2021.05.08

着る桜、見送る桜 ①


洗剤と柔軟剤の詰め替えをいつも間違って買ってくる
→間違えたまま容器に突っ込んで「ア”ーーーー!!!」



GWの最終日、Instagramにしだれ桜「みやえ」の美姿をUPしました。

昨日今日撮ったようにみえるでしょ?
えへへ、実は12年前の写真なんだな~。
私が撮ったように見えるでしょ?
残念。素人にこんなキレイな写真撮れんわ。

今の様子と全く同じなので、前の前のHP用に
プロのカメラマンさんが撮影してくれたものを拝借しました。



まるで窓に映された天然の錦絵。
数ある西屋商用写真の中でも極めてお気に入りのショットです。



麓はもう初夏だというのに白布はようやく桜が散り際の頃です。
ずれっずれの話題だが気にしない。

先月、長男が麓の中学校に入学しました。
コロナの影響でだいぶ中身は簡略化されたものの、
普通に保護者参加のもと式典は執り行われまして。
私は桜と雪輪の柄の訪問着を着て臨みました 。



当日の組み合わせ。
ややくすんだ菫(すみれ)色の地に、満開の桜を思わせる
一斤染(いっこんぞめ)に似た色のぼかし、金糸で縁取った
雪輪と桜の花びらの刺繍柄というシブい設え。




一方の帯は銀糸に桜の地紋。日本画のような京の春景色が
お太鼓に刺繍されています。着物は大女将のお下がり、
帯は知人さんに譲っていただいたもの、自分で買ったのは…
ん?襦袢だけ?!着物あるある安定の低予算。

分かりにくいと思いますが、桜を模した霞の色は虎杖悠仁君もとい
宿儺氏のキュートな髪の色によく似ています。加えて帯の高専ぽい五重塔etc...
フッフッフ分かるかな?
そう。実はひそかに手持ちの着物で呪術廻戦ネタを仕込んでやったのだ。
絶対バレない自信があったわ。誰特(笑)

子供の人生の節目折々、これまでに参列した入学(園)式では、
一つ紋の色無地(または江戸小紋)に黒や控えめな色柄の絵羽織を
組み合わせる、というのが私のセオリーでした。
(スーツ、本当に一着も持っていないのよ…。)
「なんて古臭いカッコだ!」と気づいたアナタはある意味相当な着物通。
なぜなら、上記の「入学式に地味略礼装+羽織」の組み合わせは、現代の
着物業界では恐らく教えないであろう昭和中期の母ちゃんスタイルだからです。
てゆーか、今となっては羽織自体がイレギュラーだろう。

『入学式には少々地味目な略礼装を。
これから子供をよろしくというお母さま方の願い、学校へのお願いの心を
表し、卒業式には、どうもありがとうございました、これから上級に、
社会に出ますという強い喜びの心を表すような、晴れやかな衣裳を。
何時の時代もお母さまらしい上品さ、落ち着きのある装いを心がけて
下さい(中略)』


1977年春号の「美しいキモノ」に書かれた、卒入学式母ちゃんの装い指南。
えー、堅苦しいっちゃ堅苦しいお上品な縛りですが。
なぜかその心得にいたく共感し、せっかくそれらしい色無地や江戸小紋を
持っているからと、今までその精神を追随してきました。

とはいえ、だ。
今の時代の着物は言うほど堅苦しいものじゃありません。
そも「身体の上に着る」という機能において洋服と何ら変わりない代物だし、
着物が持つ最低限の格(特に礼装は今も昔も厳格なので、ご利用は計画的に。)
とTPOさえ弁えておけば、別になに組み合わせようが、着方がどうだろうと
他人から咎められるものでもない。普段着なら、着物の下にパーカー
着ようが袴の代わりにGUのロングスカート穿こうが
アンティークをめっちゃ短い丈にしてパンプス合わせようがステキに映える。
着物は着物でも、そこに込める脳内カテゴリーはなんだっていいんだよ。
推しキャラの普段着が着物なら「趣味同じ~」とか何とか
しょうもない自己満足だってできる。
完璧じゃないか(笑)

そんな私の目指す着物コンセプトは「昭和ばばーちゃん(※詳細次回」。

これらを全て鑑みたうえで、今回長男の入学式ではこれまでの趣向を変え、
敢えて"訪問着"を選びました。保護者の中で誰一人和装がいなかった(ちょっと
びっくりだった)中、人知れず盛大に呪術ネタ醸したかったなんてゆーバカな
野望もありましたが、それはあくまでオマケ。
いつまでも収まることを知らないコロナの猛威を前に、「本当の春」の訪れを、
またひとつ新しい人生のコマに歩みを進めた長男の前途明るい未来を
願ったが故の願掛けが主たる理由でした。
着物はね、色や模様に思いを込めるだけでそんなドラマも醸し出せるんだよ。
完璧じゃないか!!

(続く)



今日の一枚

"Luminous Spaces"

Jon Hopkins (2021)


リンク先はジョンの公式Youtubeサイト内のPVです。
伸びやかな歌声とキラキラした動画がなんともステキ。

2021.05.02

梅尽くし。イワシ、そして梅酒。



こんにちは。
最近めんつゆの美味しさに目覚めて、
5月は和食献立強化月間にしようと決めた女将です。

そうね。まずはイワシの梅煮を作りたいね。
なぜか知らんが無性に食べたいのだ。魚希望。
つーか梅煮ってそもそもめんつゆ使わないんじゃ???
…まぁいいや(笑)
GW明けたら新鮮なイワシをゲットしにいこー。



今年のGWは珍しく雨天続きですね。
まぁ雪が降るよりマシなんですが。
せっかく咲いたしだれ桜がさすがに寒そう。
どのみち連休中は山を降りることがないから、
ついでに長期予報をチラ見…


※5/2 12:00時点での米沢市の天気予報です

おいおいこの先も週末だけ天気悪いんかい。
狙ってるのかお天道様?

日が長くなるにつれて気温もだいぶ上がるようですが、
白布は米沢市街地より標高が高い、そして西吾妻山北側の
山間にある温泉地ですから、数字を鵜呑みにする遠方から
旅行で来られる際には、米沢市の最低気温&最高気温から
それぞれ5~7度(天気悪いときはそれよりもがっつり!)
引いたくらいで目途をつけてもらえればほぼ間違いありません。

さて、西屋の裏手の沢ではカジカガエルが鳴き始めましたが、
風呂上がりの気分がいいタイミングはともかく、
ビールかっくらうにはまだちょっと肌寒い夜。

ちょっとした晩酌におススメなのはこちら。



高畠ワイナリーのブランデー仕込み梅酒
ぜひ一度飲んでみて下さい。ちょっとなにこれ美味ーい。
と思わず唸るはず。

梅酒は甘みの強いタイプのものが多いので、私個人も
おカロリーを気にして最近遠ざかっておりましたが、
こちらは重すぎず軽すぎず、ブランデーのオトナな香りが
絶妙な味わいを引き出してくれます。
炭酸で割ってもいいけどロックが◎。


☆今日の一曲☆
"Heartburn"

Wafia"XXIX-EP"(2015)

このコーナーも気まぐれに広く浅く紹介しようと思います。
今日はウンチクなしで。リンク先はようつべです。
現在オーストラリアで活動しているイラク出身の
ミュージシャン、Wafia(27)のEPから。
聴くというより気長に流す感じで。
洋楽は流して楽しむ(つまり歌詞ワカラナイ)タイプ(笑)

2021.05.01

閑話休題 ~ちょっとしたお知らせ~

 

宴会場の窓辺のしだれ桜「みやえ」ちゃん、やっと咲いたよ~。

こんにちは。
今年の新年度は、もう何度目か分からないヤケクソ断捨離ボンバーで
幕を開けた女将です。

実際は、子供の進学&転校を経て生活環境が一変した家の中をほぼ丸ごと
整理するつもりで(人と猫以外の)身の回り全てに八つ当たりしてやった、
というのが正しい(かつ過激な)表現ですが。
結果残ったのはやけにすっきりした自宅の静けさと、
1階と2階に完全分離した子供たちの部屋、
そして相変わらずのコラム更新サボり魔というゆるぎない事実。
もう言い訳などしない(遠い目)。

身も蓋もない話、私のストレスは先々月中頃からずっとメーター
臨界点スレスレでした。Rランプ点灯しっぱなし。
それこそ何冊もの薄い本漁りまくる程度に頭キレまくっていました。
大しけに揉まれる小舟の如く難航する商売の舵取りで、
自分の時間はおろか、惜しむらくも先月で閉校した子供達の
小学校の思い出を家族で語り合う時間の余裕すら得られることはなく、
閑散とした山奥で悶々と仕事に明け暮れる日々はこれでもかと
メンタルを打ちのめしてくれました。

喧しい、なにがコロナだ。
なにがオリンピックだ。
アクセルとブレーキ両方踏むがごとく毎日毎日当たり前のように
同じニュース枠で白黒一緒くたに報道してんじゃねーわ。
(もちろんニュースを読むキャスターの皆さんは一片も悪くない。)
しかしまぁこれを観ている巷の視聴者は何とも思わないのだろうか。
一体世の中何がしたいんだ。
どこへ向かおうとしているんだ。
まるで理解できないし、そもそも理解したくもない。

もともと短気で沸点の低い残念な性格。はい、自覚しています。
え、オブラート?なにそれ美味しいの(爆)
もちろん今までそれなりに抑えていたつもりでした。
物理的に発狂しなかったのはちょっと奇跡かも?
でも、導火線の縮れた点火済みダイナマイトが自身に重なった
時点でもうアウトでした。

こうなったら何もかんも盛大にぶっ壊(断捨離)してやるわー!!!
→…で、文章冒頭に戻る(笑)

今回の断捨離ではそういう経緯もあり、過去を清算するがごとく
自分に身近なものほど徹底的にぶん投げました。
それが何年も家にあったものだろうと容赦しませんでした。
「要らん、どうせあの世には何一つ持っていけない」
とかいう滅茶苦茶な基準で判断を下した時点で即廃棄。
最たる対象物は中身丸ごとタンス、そして数十年来の思い出の品々。
まぁ、勢いあまってそもそも捨てなくてもいいものまで
捨てちゃった事故もいくつかありましたが
(しかもその大半は主人の持ち物という傍若無人ぶり(爆))、
「代わりに捨て判断を下した上に家の中もすっきりして、
Win-Winどころか一石三鳥じゃないか」とジャ〇アン並みの
マッチポンプ(?)で丸め込んでしまった極悪非道は私です(笑)。

日にちが経っていくらか頭の醒めた今なら(こっそり)謝れる。
すまんかった。

他方、このコラムを今までのスタイルで続けていくことについて
限界を感じたのも同時期でした。
なぜなら、一時的とはいえ方向性を見失ってしまったから。
特に米沢のいい所あれこれシリーズを書き続けることが事実上
困難になってしまったから。
コロナの亡霊はこんなところで思わぬ影を落としてくれました。
明るいネタがいよいよ思い浮かばない。
スランプと言えば響きは良いのですが、要はメンタル疲労への
自己嫌悪が一番の理由です。

もともとこのコラムは自由設定のもとに作られたおまけコーナー
だったため、見切り発車でスタートした時点で旅館公式サイトの
一隅としての立ち位置からは完全に外れっぱなしでした。

いやいやいや何を今更。
そもそもぶっ飛んでいたのは私自身じゃないか。
…なんていう一人ツッコミはさておき(笑)

自由に好きなことを書いていたようで、実際はそうなり切れて
いませんでした。
西屋として、少しでも役に立てる地域情報を発信したい。
本当は、女将としてのキャラ立ちを敢えて前面に出して、
西屋に少しでも親しみを持ってもらえたら…というしょうもない
企みもあって、「米沢のいい所あれこれ」シリーズを連載したり、
旅館に何ら関係ないマニアの極みの音楽ネタを気まぐれに
書き綴っておりましたが、いつの間にかそれが縛りになって、
「早くどこか紹介しなきゃ」
「もっと面白いネタを書かなきゃ」
「次はどこに行って紹介したらいいだろう」
「コロナだし仕事で留守にできないし情報収集&発信できない」
という堪えがたい焦燥感になって、結局忙しさにかまけてコラムを
書くこと自体手が止まってしまったのでした。

もっと違う形で。
もっと自由に。
もっと肩の力を抜いて。
こんな狭苦しい今の時代だから、短い文章でもいいから、
心の琴線に触れた言葉を思うままに書いてみていいんじゃないだろうか。

今そんな風に考えつつあります。

というわけで、
今までのコラムのシリーズは一旦全て白紙に戻して、
思いついたままを思いついたままに書く(あるいは描く)
よりライトなコーナーとしてプチリニューアルをしたいと思います。

もちろん、ステキな地元のお店やちょっとした情報、
破滅的にマニアな音楽ネタも添えていくつもりです。

こんなコラムでも、本当に隅から隅まで読んで下さって、
「この間紹介していたお店に行ってみましたよ!」と涙が出るほど
うれしい声をかけて下さるお客様が今もいらっしゃるから。

自己満足でごめんなさいですが、
ちょっとしたリハビリのつもりで、改めてこのコラムへ日々の
思いを綴ってみたいと思います。どうぞ皆さん素敵なGWを。


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