若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将のかなりマイペースなコラムです。
内容はすっ飛んでいます(というかほぼ西屋に関係ない話題ばかり)。ぜひ楽しんで下さいませ。

音のある生活 42 「冬の嵐の道しるべ」




1月13日、今年初めて上がった天元台高原↑。
冷たい風が吹きすさぶ標高1300メートルでしたが、意外と寒くなかった。
遅すぎる初詣ながらも天元台神社に手を合わせました。
小さいお社ですが、いつ来ても不思議な雰囲気です。

こんにちは。
正月休みの間に髪を20cm近くカットしましたが、自分から教えるまで
誰にも気づかれなかった若(…ええと、まだこれ付けてていい?)女将です。
元々“気をつけ”の姿勢で髪束を余裕で握れるくらい長かったのだから、
そりゃ先っちょ切った位では見た目殆ど変わらないわな。
四六時中結っていると本当に変化が見えません。
まごうことなき身体の一部です。はい。




2021年はコロナGoto感染拡大キャンセルボンバーで西屋内も作戦変更また
作戦変更、さらに大寒波による大雪との戦いがいっぺんにやってくるという
前代未聞の大混乱の中スタートしました。

暗い話題ばかりが延々わいてくるニュースはとりあえずシャットアウト。
目を通すだけでひどい方の二日酔いみたいになるし、逆にかじりつくように
聞き耳を立てたところで、希望や答えなんて出てこないから。
この状態が当分続くのはほぼ間違いないでしょう。凹むヒマがあったら、
同じ時間をもっと有意義に使ったほうがマシだと考えることにしました。


実際今の世の中、自分の力でどうにもできないことだらけです。
世知辛いとかいうレベルじゃない。

今我々が置かれている場所は、
さながら一面雪に覆われた真冬の山のようです。



見るものを圧倒する、荒涼とした白銀の世界。
寒さ、静けさ、あれほど眩しかった生き物達の絶望的な気配のなさ。
全てが痛冷たい。

自分が行きたい場所は分かっている筈なのに、
そこに至る道(方法)が全く見つからない。
人を寄せ付けない山奥へ敢えて足を踏み入れる畏れと緊張感ばかりが、
凍てつく風になって無数の細かな針のように刺さってきます。

実は先月末、表層雪崩で沢の上流が堰き止められて(真冬あるある)、
たまたま現場に居合わせた東屋のベテラン番頭さんと一緒に山奥の堰堤を
指しました。まさにこの「冬山いきなりメンタル詰む」状態でした。

しかもこういう時に限ってかんじきを装備してこなかった迂闊。
冬でなければ5分そこらでたどり着ける目的地ですが、腰までの雪の中
ゆうに40分はかかったと思います。さらに途中には川から4~5mほどの
高さの水路があり、四角い筒状のそれの上を渡って通っていかなければ
ならない箇所があるのですが、その幅約50㎝弱。
そもそも水路だからもちろん手すりはなく、加えてその上に雪がどっさり
積もっていてどこが縁なのか全く見えないという(惜しい写真撮ればよかった)。
うっかりこけたら川まで真っ逆さま、大怪我必至の鬼コース付き。



(↑ちょっと行かないでいると、三十三観音の沢も雲海の彼方の
夜空のように遠くなる。この穴の深さは私の身長を完全に超えています)

しかし行かねばならぬのだ。寒波だろうが大雪だろうが。
天候が緩むのをあてどなく待ったところで、いつまでも沢に水が戻らず
お風呂の温度調はできないままです。途中で諦めて引き返してしまったら
それこそ苦労がパーになるし、その場に立ち止まっていても凍えるだけ。


「はぁ~ん、そんな山仕事ごときで何を大げさな~。」
そう思われるかもしれません。
自分でも「こんなことやって何の意味がある?」と空しくなる瞬間がある。


でも違う。違うんだよ。聞いてくれ。
温泉は温泉旅館にとって文字通り“”なの。
その魂を誰かが支えなきゃ、人を癒すことなんて絶対にできないんだ。
魂のない温泉旅館なんてのはねぇ、長ネギ入れ忘れた鴨汁、
ミレニアム・ファルコン号のないスターウォーズみたいなもんなの!!
(まぁ個人的にはハン・ソロがいない方がありえないけどね(爆)!!)




(愛器:トマホークで取水口の氷を渾身の力でバキバキ割っている最中に、
手伝いに来たはずの子供達が無情にも雪を落としてくるザ・修羅場の図。)

「どんなに志が高くても、実際は自分の手の届く範囲しか守れない」
前に友人が口にした言葉です。なんだよカッコイイなチクショー。
これ一見悲観的な響きに聞こえますが、見方を変えると「自分はただの無力じゃない」
と同義です。一つでも二つでも実際に守れるもの、できることがあるんだから。
ちょっと待てなんだよそういう意味だったのかあいつカッコイイなチクショー。

お客様が一人でもいれば、そのお客様に気持ちよく入れる温泉を提供する。
私湯守だから。明確な目標があるから、こんな不毛な山仕事だって苦にゃならんの。



コロナの渦中で観光業だけじゃなく社会そのものに傷が広がりつつあります。
何をすべきかはいつも自分で決めるしかありません。誰も時計の針は戻せない。
今更不幸を他人のせいにしたり、浅薄なマスコミの煽動につられたり、
見えない誰かと足を引っ張りあったりするの、もうやめよう。
自分の限界と、その中でできること、守備範囲がちゃんと見えてさえいれば、
気持ちが折れても正しい軌道に戻して、何度でも立ち直っていけます。
とても友人のようにカッコよくないしただのくっさい言葉ですが、
今これ以上分かりやすい真実があるだろうか。行動あるのみ。

ついでに国のお偉方、これ以上タイミング逃す前にオリンピックは諦めよう。
大人の事情を総動員して開催招致するくらい頭よろしいんだから、
今ここで人の流れを加速するイベントなんぞ強行したらどうなるかぐらい
想像つくだろうよ。守りたいのが自分の地位と名誉なら、尚更その矜持を
もって日本の経済と人命を守るんだ!!






春先か、もう少し先かは分からないけど、
いつか世の中が平安を取り戻す時まで、私は温泉を守ると決めています。
いつか帰ってくるお客様のために。そう思うから、頑張れます。
実にまとまっていないコラムですが気にしていません。
読みにくくてすみません。

頑張ります。今年もよろしくお願いします。

※今日の一枚 


"Songs of Comfort and Hope"

Yo-Yo Ma & Kathryn Stott (2020)

※サムネイルクリックで、”Ol' Man River”のPVを
視聴できます(Youtube)。
ご存じ世界的チェリストのヨー・ヨー・マと、
彼と40年近くにわたり共演してきたイギリスのピアニスト:
キャサリン・ストットのアルバム。
新型コロナウイルスの脅威を前にして、明日への不安に揺れる
世界に向けた一つのメッセージとしてリリースされた一枚です。
なんと冬の嵐の音から始まります。
孤独にさまよう暗い森の中、彼方からぼんやりと光がさすように
アメイジング・グレイスが流れてくるという鳥肌の立つ感動の演出。
のっけから引き込まれます。
聴いたことのある曲も多いのですが、そのどれもが、
朝霧のごとく白濁した、それでいて透き通る虹色の輝きを放つ
水晶のような神アレンジばかり。丁寧に奏でられる表情豊かな
チェロの音色は必聴です。そしてラストの一曲もまたアメイジング・
グレイスで締めくくるのですが、冒頭と違い、なぜか嵐の音が
温かく聴こえます。同じ音源のはずなのになんという癒しマジック。
いいアルバムですよ~。

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