若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将の、マイペースなコラムです。好きなものは音楽・写真・自然・宇宙。

若女将コラム

2019年11月

2019.11.29

閑話休題 ~私流おもてなし論~


こんにちは。
無散水消雪のスタートと共に極寒モードに入った湯守こと若女将です。



めっきり寒くなりましたねぇ。
最近じゃ「結婚は金だァ!」というバブル期懐かしい爆弾発言で
斜め上の炎上商法を展開するボインなお姉ちゃんが話題になっているようですが、
皆様お元気でお過ごしですか。

商売を営んでいて常々思うのは、ないものは誤魔化さずないと白黒言わないと
ダメだということ。西屋は寒いわバリアフリーじゃないわ部屋にトイレは
ないわで、種も仕掛けもなくないないづくし。建物の雰囲気上年配の方が
「泊まりたい」と強く望まれることが多く、その気持ちだけでも本当に有難い
限りですが、この超がつく不便な館内や過ごし方をどうやってご理解頂くか、
それでも来てくださった方にいかに心安らぐひと時を提供するか…
心折れつつ模索するそんな日々。

愛より金目当てを盛大に公言した上、続く大衆の非難もあっさり
跳ねのけた件のお姉ちゃんのタフさをぜひ見習いたい。

かつてフランスの哲学者ヴォルテールが「真の欲求なくして真の満足なし」と
言ったものだが、彼女はよくも悪しくもリビドー全開で「物事きっぱり宣言」の
意義を体現してくれている。
本音をついつい隠す難しい人よりよほど好感が持てます(とりあえず褒めてない)。
これでお相手が「僕の結婚の決め手は彼女の顔(と"おちち")です」なんて
身も蓋もないコメントしてくれたらいろいろな意味で完璧?!
結婚はその先全てのスタートに過ぎません。末永くお幸せに。



今日は閑話休題。
いまやサービス業の代名詞ともいえる「おもてなし」についての話題です。
題して「おもてなしとサービスは別物だ!



皆さんは「おもてなし」という言葉についてどのように解釈していますか。

数年前滝川クリステルさんの東京オリンピック招致スピーチで絶大な威力を
発揮し、すっかり流行語化した「お・も・て・な・し」。
通常接客業の周辺でよく使われている、あるいは耳にする言葉だと思いますが、
実はこの言葉、とんでもない誤解が蔓延していると非常に危惧しています。

かくいう私も接客業に従事する人間の一人ですが、自ら「おもてなし」という
言葉は絶対に使いません。サービスを提供する側がそれを口にするのは根本的に
間違っていると考えているからです。

なぜか?
説明しよう。

そもそもおもてなしとは何か?から始まります。
身近なところで旅館業に当てはめてみます。

例えば、夕食の準備や提供、お布団敷き、客室の掃除。これは「サービス」です。
お客様が払う代金の対価として宿が提供するもので、要は「仕事」の部分です。
①サービス=仕事

一方の湯守業。これは以前コラムで長々と主張した通り“情け”の部分、
見返りを求めず、ただただお客様の「あぁ~風呂気持ちいぃ~」を目指して
提供し続けるもの。つまり「おもてなし」です。
②おもてなし=情け

∴①②お判りでしょうか。両者は似て非なり。



私は湯守を厳密に仕事(=サービス)とはとらえていません。なぜなら、
必ずしなければいけないことではないからです。
接客スタッフや掃除番はいなければ旅館業は成り立ちませんが、
湯守はぶっちゃけいなくても旅館は回っていくんだな、これが…。
実際数年前まで西屋もそうでした。
今振り返ると恐ろしい話ですが。



湯守が果たす役割は、お客様が宿で心地よい時間を満喫する
(宿への評価・全体的な満足度↑・リピート化する有難い場合もある)上で
極めて重要なポジションの一角を占めます。
しかし、宿泊プランによくある素泊まりVS1泊2食付きのように、
提供するサービスの有無によって同じ部屋でも値段が変わるのとちがい、
「適温でのお風呂提供」そんなバカげた項目の追加料金なんてありません。
提供されていて当然どころか殆ど意識されることもない部分でしょう。
今は無きマ〇ドナルドの「スマイル0円」みたいなやつ。
それを有意義なものと位置付けるか面倒だから省くのか程度の違いであって、
要は湯守に精を出す人間の心の問題になるわけです。

現に私も湯守としてお客様にいつも気持ちよくお風呂に入ってもらいたいという
気持ちを絶やさずに日々務めておりますが、それ自体でお金をもらおうなんて
思ったことは本当に一度もありません。そんなあさましい考えでいたら、
四季折々の水源事情やら過酷な自然やら雪やら虫やら暑さやらで、
たちまち「やってられるか3K!」と投げ出してしまうでしょう。



そんな「相手に気持ちよく過ごしてほしい(もてなしたい)」という気持ちと、
お客様が帰りがけに笑顔でかけてくださる「ありがとう」の言葉が対になって
初めて双方に心地よい空間ができます。
これが②´宿:お客様=50:50の理想的なおもてなし成立のかたち。

実はここにとんでもない落とし穴が潜んでおるのだ。

宿側がお客様に気持ちよく過ごしてほしい(もてなしたい)という素の思い。
本来それはさりげなく届けられるもので、見返りを必要としない部分です。
にもかかわらず、お客様の満足(とリピート)を期待するあまり「思い」を
①仕事(サービス…商品ともいえる)と捉えてしまうことは、従業員への
サービスの強要、メンタルの束縛につながりかねません。
言い換えると、おもてなしというのはお客様が客観的に宿側を評価する際に
使う非金銭的付加価値であって、サービスそのものではないのです。
宿側が押しつけがましく「おもてなし=サービス提供」なんて言うのは
もってのほかです。コストに関係なく無理なサービスを延々提供しなければ
ならない悪循環を
自ら招くのは旅館業そのものの疲弊にもつながりかねない。
だから私は「おもてなし」という言葉を使わないのです。

お客様側もまたしかりです。
旅館の女将がこんなことを言ったら頭おかしいと思わるかもしれませんが、敢えて主張します。
「お金を払うんだからもてなされて当然」という考えは間違っています。
この場合、基本的なサービス以上にもっともてなすべきというニュアンスであることが
ほとんどだと思いますが、モチベーション破綻寸前か、人手がなく経営に手一杯で
よほど疲れ切ったところでない限り、どの宿もお店も、お客様に失礼のないよう
きちんと対価に見合うサービスを提供していますし、それ以上に満足して
ほしいという気持ちで日々努力しています(いるはずです)。
ましてモノを売る商売と違って、サービスは目に見えないものが非常に多いから、
どこまでがサービスでどこからがおもてなしなのか、上記の通り宿側も実際
把握できていない事が多いし、その境界線がどうしても曖昧だったりします。
難しいテーマではあるけれど、だからこそ、もし思った通りのサービスを
受けられなかったとしても「あそこはおもてなし精神がない」
「サービスがなっていない」とごっちゃに解釈したままおしなべて
けなすのはどうか控えてほしいと私は思うのです。

極端な例えですが、おもてなしを要求するということは
「我が気に入ったのだから我のことを好きになれ」と言っているのと同じです。
口だけうわべだけじゃなく、「心から好きになれ」って言っているのと同じ!
心まで無理やり求められる仕事を暗黙の裡に容認していいのでしょうか。私はNOです。

サービスを提供する側とお客様は常に50:50。
お金を頂くからと前者がどうしてもへりくだりがちですが、
私はお客様と対等の立場で堂々と商売をしたい。
そしてお客様の笑顔のために誇りをもって湯守を続けていきたい。
ブレない、こけない、がってしない。

双方の心地よい空間「理想的なおもてなし成立」を目指して、
今日もひっそりと精進を続けます。

2019.11.23

米沢のいい所あれこれ 【第29回:「おしどりミルクケーキ」他】

こんにちは。
年賀状そろそろ刷らなきゃいけない若女将です。

20日水曜日、とうとう白布温泉は雪景色に変わりました。
まぁ一度は溶けるとは思いますが。
さらに凍てつくような景色をこれから半年近くは拝み倒すのよ。レディゴー!

閑散期に入り、商売的には悩ましいながらも漸く自分の時間を持つゆとりが
出てきました。
というわけでこの間の休日、さっそく作ったのがいつものアップルパイ…





冷凍パイシートをまんまと買い忘れたので、思い切って生地から手作り。
食塩不使用バターを常備していて大正解!
出来上がるまでに時間はかかりましたが、スローペースならではの
達成感に満たされました(笑)
もうすぐクリスマスだし、今度はミンスミートパイに挑戦してみるかなぁ…。



さて今回は、
私の子供時代の思い出が詰まった山形のロングセラー銘菓のご紹介です。
米沢いい所あれこれシリーズ第29回。
タイトルは「まほろばのスウィートメモリー」(笑)



皆さん、このお菓子↑を見たことはありますか?
まず右が「おしどりミルクケーキ」。
創業100年近い歴史を持つ高畠町の日本製乳株式会社のロングセラー商品です。



ケーキと名前はついていますが、
要は棒状にスライスしたウルトラソリッドな練乳バー。
食べるとパリッカリッとした食感と共に、濃厚で甘いミルク味が広がります。
私が物心ついた頃からお隣福島のスーパーにも売られていて、
遠足のお供には必ずこれを買っていました。
もともとミルクだから栄養価は高いし、糖分もあるので疲れにも効くし、
何よりも日持ちするから携帯食におススメ!(個包装なのがなお優秀)
子供時代、これを食べながら「山形・高畠ってどんなところだろう…」と
思いをはせたものでした。
まさかそのン十年後、目と鼻の隣町(といっても最南端の山奥だが…)に
住む羽目になろうとは。

ミルクケーキは西屋近所のかもしか屋さんでも常時手に入ります。
忙しくて麓への買い物もままならなかった10月は糖分補給を兼ねて
しょっちゅうお世話になりました。
近年は商品開発が進んで、コーヒーやイチゴなどのフレーバーものや、
話題のシールド乳酸菌入りタイプのものも販売されています。
が、私はやっぱりオーソドックスなプレーン味が一番好きです。
米沢市内のではギフト用に各種フレーバーがセットになったミルクケーキが
販売されています。遠方からお越しの皆様、お土産におひとついかが?



続きましてご案内するのは高級和菓子
(そしてこちらもかなり日持ちする)のし梅でございます↓



同じくかもしか屋さんで常時手に入る玉屋総本店(山形市)ののし梅。
このパッケージも私の子供時代から変わりません。





↑そして同じく玉屋総本店の姉妹商品「のし山ぶどう」。
希少なヤマブドウを使用した美しいアメジスト色の和菓子!
(娘が持っているので大きめに見えますが、のし梅の4/5くらいの大きさです)

のし梅ものし山ぶどうも一枚一枚丁寧に竹皮に伸されています。
竹皮を開けると、美しいべっ甲色をしたのし梅が姿を現します。
写真なくてすみません。
梅の味と香りがしっかり感じられ、心を清らかにしてくれる高貴なお味。
寒天ベースなので食感は少し硬めのゼリーに近いかも。
かつて山形藩のお医者さんだった人が長崎で梅を使った中国伝来の
薬の製造法を教わり、それを地元に持ち帰ったのが原型だとか。
山形では、古くから紅花を加工して染料の紅を抽出するために酸が
必要で、さかんに梅が栽培されていたそうです。
紅花にのし梅、まさに副産物大活躍の巻。
値段はいずれも5枚入りで500~600円と結構お高めですが、
何かの機会で子供時代に2~3回口にしたことがあり、
あまりの美味しさに鮮烈な記憶として残っていました。

のし梅はオンライン通販でも扱っていて、贈り物にも最適!
個人的な感想ですが、特に女性、月のものやつわりで酸っぱいものが
食べたい時などにおススメしたい逸品です。
一方ののし山ぶどうはネット販売もほとんどない模様。
イッツ・レア☆
山ぶどうの甘酸っぱい味がぎゅっと濃縮されています。こちらもおすすめです。
どちらもかもしか屋さんで売っています!!



さぁて~今夜のおかず(一枚)何かな~?
今回は「思い出」つながりでこちらの一枚。

"Out of Noise"

坂本龍一(2009)

(サムネイル↑をクリックすると、Youtubeで3曲
ダイジェスト視聴できます)

ご存じ坂本龍一氏のわりと近年のオリジナルアルバム。
さまざまな音をサンプリングし、自然現象や各地の事物から
インスピレーションを得た音楽で、北極圏で収録した氷の音、
犬ぞりの犬たちの鳴き声、雅楽器の笙(しょう)の音、
そして坂本氏本人が奏でるピアノが不思議な世界を作り出しています。
最初と最後のトラックがスティーブ・ライヒっぽいのも面白い。
右脳というか海馬を意識してぜひ聴きたい(?)。
「現代の騒音」を忘れられるような気がします。
hibariやstill life、tama、nostalgia…挙げたらキリがありません
どの曲もイイね!中でも、コトリンゴが作曲したオリジナルを2台分の
ピアノでアレンジしたto stanfordは少し異色ですが、これがまた沁みる名曲。
原曲と違って歌詞がない分、ぼんやり濁っていくような様な美しい和音の
重なりが、徐々に移り行く季節、遠ざかってゆく大切な記憶を
今一度思い出させるような、なんともいえない余韻が残ります。

山形土産と一緒にどうぞ…♪

2019.11.11

音のある生活 31 「リカバーなう」


こんにちは。
「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉のおやじや「犬夜叉」の冥加など、
抜群の博識にして戦闘力ゼロ(むしろ足引っ張る方)の
ミニチュアキャラクターに安定ギャップ萌えの若女将です。



天高く猫肥ゆる秋 … … ちがーう!!

殆ど街に降りることなく山の古宿に棲み潜むままに、
年も紅葉と共に燃えるような季節(繁忙期)が終わりました。
まだ幾分くすぶっていますが。やがて山も私も真っ白に燃え尽きる
(雪が降る)だろう。
「明日は~どっちだ~♪」



西吾妻スカイバレー、いよいよ明日から冬季通行止めです。
ああ…その前に諸橋近代美術館に行きたかった。無念。

つくづく思い知らされました。
やりたい事、行きたい場所を悶々と心に溜め込んだまま忙殺の日々を過ごすと、
いざそれを実行可能な時間ができたところで実行するエネルギーが
残らない残酷な事実を。なんてこった!なんてこった!!!
子育て世代にとって旅館業はまさに天敵な(自爆)
よかろう、この際ヒトデでもイソギンチャクでも召喚してくれよう?!

タイトル(もとい文面)の通りですが、私は今心身リカバリ中です。
少しずつ、空いた時間にやりたかった事を消化しながら
人間らしい暮らしのペースを取り戻しつつあります(笑)
もちろんこのコラム含めて。
ネタも少しずつ書き続けていました。また週一ペースに戻せるよう
頑張りますので、気長にお付き合いくださいませ。。



今日は音のある生活シリーズ。
第31回目は、こちら。

"Inner Being"

The Newcomer(2019)


(サムネイル↑をクリックすると、公式レーベルサイトで
アルバムが視聴できます。)

アメリカのJon-PritcheardことThe Newcomerが今夏リリースした
多分4thアルバム。まだ日本進出していないので私も詳しくは知らない
アーティストですが、異素材コラージュのようにくるくる変化する
曲調と浮遊感のあるエレクトリックリズムがとても面白くて、
Laurel Haloの”Raw Silk Uncut Wood”あたりと一緒に仕事の傍ら
時々聴いていました。HPが下がれば下がるほどクリティカルヒットする
マーベラスチアー仕様?
後半になると1分そこそこの尺が短い曲が多くなり、実験音楽的に
カオス度が増します。色とりどりの細かなパーツが無秩序に
封じ込められた万華鏡を果てしなく覗いているような錯覚すら覚えます。
そう、疲れ果てて布団に入った瞬間のぐるぐる回る思考回路みたいなあれ。
∴マニア向け 

まさにここ1か月半の私自身のInner Beingであります。
うんうん、ヤバい。
Autopilot Posterchildが特におススメです。

こういうアルバムからまた新しい何かが再構築されるわけです。
レッツバックアップ。

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