若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将の、マイペースなコラムです。好きなものは音楽・写真・自然・宇宙。

若女将コラム

閑話休題

2018.02.19

閑話休題 ~ほろ苦いチャイコフスキー。~



久々の閑話休題。

今朝、ロビーに連れてきた猫達の写真を撮っていて
なぜか独身時代の通学・通勤ラッシュを思い出しました(元都内在住)。



(通勤ラッシュ時の扉付近(イメージ)。)


(夜の女性専用車両(イメージ)。)
(京王線ではしょっちゅうお世話になりました。)

あの頃は若かった。

最近、懐かしのス〇ッフサー〇スのCMをやたら見かけます。
なぜ今頃リニューアル放映?と単純に疑問に思いググってみたところ、
実は去年がCM20周年だったそうで。
なるほど納得。

しかし正直なところ、私にはあまりいい印象が持てません。
だって、あの頃はまるで明るい時代じゃなかったんだもの。

忘れもしない就職超氷河期ど真ん中。
大学の卒業式で(私はオーケストラサークルに所属していたので、
式典の楽曲演奏のため在学生のころから卒業式に毎年参加していました)、
華やかな袴でなくリクルートスーツで参列し、
「これから面接だよ…
もしこれでだめなら新卒派遣に登録してとりあえず形だけでも働く」と
切なげに語っていた先輩、卒業後も在学生と一緒に何社も回る友人を
目の当たりにしてきました。
かくいう私も就活の波に乗り遅れ、最終的に院進学を選んだ一人ですが…。

当時は「とりあえず就職できれば勝ち」みたいな風潮で、
自分たちはただの使い捨ての駒。
社会は世知辛いというイメージしかありませんでした。
一見手取りはいいけれど先々の保証がまったく見えない「派遣社員」は
まさにその“使い捨て”の象徴(少なくとも私にはそうとしか思えなかった)。

ところが今は立場がまるで逆転し、むしろ“売り手市場”だと聞いています。
働く人と職場とのミスマッチから互いに適材適所を求めてフレキシブルに
社会に順応していこうという時代と言われています。
同じCMでも伝えんとする意味や背景がまるで違う。

あの針の筵のような日々は何だったのだろう。
今でも冷遇を刷り込みされたまま辛酸なめている同世代がいるかもしれないと思うと、
何ともやりきれなくなります。

そうさ弦楽セレナーデ。
それまでエレジー含め大好きな曲だったのに、CM放送後はすっかりトラウマになり
何がオ~ジンジ♪だバ〇ヤロー!!!
と心の中で叫びながらホントにCDを売ってしまったのはほろ苦い思い出です(苦笑)。

ごめんねチャイコフスキー。


(今日は定時(チェックアウト時間)より早く家に帰れたよ!!)

2017.07.13

閑話休題 ~気がつくとそこにある(あった)もの~

今日は堅苦しくタイトルを決めず、思いついたことや最近あったことなど
自由に書いてみようと思います。







ここのところ暑い日が続いていますね。
皆さんも毎日「暑い」を数えきれないほど口にされていることでしょう。
数日前は白布でも夜の気温が25度前後という蒸し暑い日がありました。
いつもなら20度を切るのですが、さすがに寝苦しかった…(苦笑)
しかし隣の福島市は同じ日に最高気温37.7度を記録したそうで、
山奥住まいは迂闊に「暑い」などと連発してはいけないと改めて肝に銘じたのでした。



↑そんな暑いさなかに、TwitterのTLに投下した三十三観音の小滝の写真。
けっこうなリアクションがあり、やっぱりどこも暑かったんだなぁ…と
改めて実感。

山の水は本当に冷たくて気持ちよいよ~
白布大滝などにお出かけになる際は、
よろしければ吾妻山に一度手を合わせてお入り下さい。
神様や自然の生き物たちも数多く棲まう水辺です。
安全のためにもぜひ。




最近息子がどこから情報を仕入れてきたのか、しきりに
「今巷でね、ハンドスピナーが流行ってるんだって!」

要は「買ってくれ」という話です(笑)

しかし私は日頃テレビもようつべも全く観ない人。
名前を聞いただけではどんな代物なのかまるで見当がつかない。
というわけで、たまたまお店で見つけて買ってみたのがこれ↓



全身ステンレスで軽量、置いておくだけでもオブジェになる手のひらサイズ。
まるで手裏剣ですな…
さらに言うと誰かさんの装飾品みたいにカッコいい。
真ん中のくぼみを持って羽根を回すだけの道具ですが、これがヒーリング効果を
発揮するそうで、世の中にはいろいろなバリエーションがあるようです。

何度も回していると、やがて高速の走馬燈か輪廻に見えてくる(かもしれない)。
物思いにふけるのにはいいかもしれません。

因みに子供たちは大喜びですが、
おんでんとかぐらはまっっっっっっったく反応しません(笑)
猫達は今この瞬間を全力で生きているから、人生(猫生)にいちいち悩むような
煩悩など持ち合わせていないということでしょう。それはそれで羨ましい。
むしろ電飾やネコジャラシの付いているものの方が食いつくかも(そんなのある!?)。




ところで、皆さん普段音楽は聴きますか?
私は自他共に認めるApple Musicのヘビーユーザーです。

iCloudのストレージをガツーンと増やしたのをいいことに、
日々更新されるプレイリストをあさっては第六感に響く音楽を片っぱしから
ライブラリに突っ込んでいるので、もうジャンルも曲数も収拾がつきません。

ざっくり区切って、演歌とPOP以外はほぼ網羅しているような気がします。



たとえば…↑Bonoboとか…
彼のアルバムはどの曲もいける。
特にReturn to Airが好きです。




↑Harold Buddとか…
彼はブライアン・イーノやエクトル・ザズーの影響で以前から
知っていたアーティストですが、最近ピアノを再び弾くようになって
マイブームが戻ってきました。

たまたまライブラリに入れて日が浅いもののSSを載せましたが、
他にも好きな曲や、いろいろな意味でインパクトの強い曲など挙げたら
キリがありません。気がつけば朝も夜も常に何かしらの音が流れています。
(聴かないなら聴かないで大樽川のせせらぎや森の音、鳥の声等など…)
暑さも、凹んだ気分も、家族と共に過ごす嵐のような時間も、いつも音楽が元気づけたり
癒したりしてくれていると感じます。

これは独立したタイトルを立てて別の機会に書いてみようと思います。
笑っちゃうほどマニアでマイナーな好みなので、はてさて続くかどうか…(苦笑)


(7/14加筆修正)

2017.04.29

閑話休題 ~山奥から独り言~

 

今朝、Twitterでしだれ桜の様子をUPしました。
去年の今頃はもうかなり開花が進んでいて、ライトアップも始めていました。



今年はまだこんな蕾。雪が多く寒い日が続いたためですね。
麓や北東北ではもう花盛りを迎えています。
白布の桜はそのあとですので、花見のチャンスがないままGWになっちゃうー!
という方!ぜひ白布の桜を愛でにいらして下さいね☆


(↑西屋の夜桜ライトアップはこんな感じです。きれいですよ~。)



さて、Twitterについて最初に触れましたが、今日は個人的なネット考です。
インターネットがどこもかしこも普及し、自宅に必ずトイレや台所があるがごとく、
各種端末が人々の生活の一部に定着した今、
世の中もだいぶ様変わりしたとつくづく感じています。

とにかく便利になりました。

私のように巷の流行りにとことん疎く、山奥住まいで買い物にも難儀している人間でも、
見たことのない素晴らしい景色や音楽にたっぷりに触れたり、
地球の反対側から珍しい商品を買ったりできてしまえます。
いろんな方とも交流や情報交換ができる。
ほんの数十年前なら考えられなかったようなことがあたりまえに可能になったわけです。

冒頭での「北東北の桜が云々…」も、SNSでどなたかが写真を
UPしたのを見たおかげで状況が分かった次第です。
しかし、ネットには底知れない危険性も常に潜んでいます。
それが近年急速に、影のように人間社会を席捲しつつあることに
正直私は強い危惧を抱いています。
今まで点と点だった遠くの人同士が、ネットを通して無限に繋がっていける現代。
例えばその中の誰かが強い意図を持って、ほんの小さな石を投げ込んただけで
時に異様な集団心理が生まれ、やがて一人ではなしえなかったような暴動に
発展する可能性が生じてきます。
最近、長野県の諏訪大社で、毎年お正月に行われるとある神事に対して
あらぬ抗議が展開されているというショッキングなニュースをオンライン上で読みました。
元々何百年も昔から、深い信仰と自然への畏敬の念のもとで伝統的に継承されてきた神事で、
地元の方々にとっても恒例のものであったはずですが…突如降って湧いたように
「時代にそぐわない」と訴え、(もっと昔から抗議はあったかもしれませんが)
聖域さえ侵す異常な集団行動が生まれた背景にはインターネットの存在が
大きかったと個人的に推測しています。抗議活動の参加者の一人は
「自分はアルバイトだ」と語ったそうです。
普通の求人情報誌でこんなアルバイトを募集するとはまず考えられません。
SNS上で呼びかけたのでしょう。
また、こうした刺激的な話題をネットで取り上げれば
たちまち世間の知るところとなり、注目が集まります。
主催者が意図的にパフォーマンスを上げれば賛同者も比例して増えるでしょう。
賛同者が増えれば、その中心にいる人物は、やがて自らが世の中の代弁者
=正義だという曲解に至る…なんて事態にもなりうると思います。
世の中人の数だけいろんな考え方があるとはいえ、イメージ(画像)と
言葉で強い誘導をかけ続ければ、人の心を掴むのも難しくはありません。
ましてネットの世界は匿名が可能ですから、一度も出会うことがないまま、
お互い本名も知らないまま運命共同体になれてしまうわけです。
諏訪大社の神事に限らず、こういう現象(当事者たちは扇動の自覚はなかったかもしれない)は
ここ数年の間に何度かネット上で目の当たりにしました。
問題なのはこれらの伝え方です。リアルさでいけばリンクされた画像や
映像のほうが目に物言わせますが、都合の悪い部分をカットできてしまう
理不尽さはあってもこれらはあくまで“事実”しか伝えていません。
そこに添えられている言葉(テレビでいえば解説や字幕)の
影響力のほうがはるかに重要です。

LINEでは若い子たちの間でいじめも生じていると聞きます。
SNSの場合だとフォロワーの数やグループの規模がそれなりに
影響力を持ちますが、対面上の人間関係の強さには当然及びません。
にもかかわらず、見えない相手同士との曖昧な繋がり程度で個人の尊厳や存在自体、
簡単に否定できてしまうのです。感情が読み取れない平坦な文字のやりとり、
そのほんのわずかな解釈の違いだけで、敵だの味方だの仲間外れだのと、
昨日まで親しかった者同士があっさり決裂する。
よしんば良好な関係が幾年も維持できたとしても、
オフ会かリアル文通でもしない限り、相手の本当の名を知る機会もない…



私がアナログ志向なだけかもしれませんが、
なんて不安定な人間関係だろうと思ってしまいます。


実は私もかつてTwitterの個人アカウントを所有しており、愛着もあったのですが
上記のようなやむを得ない理由もあって思い切って削除したことがあります。

共に暮らす家族や今自分がなすべきことに真摯に向き合っていこう、
何よりも目の前にいる人を大事にしていこう。

終始仲の良い方も少なくありませんでしたが、後悔はなく、
寂しさを感じたのもほんの一瞬でした。
色々と考え直すいい経験になりました。



幸い私は物ではなく宿泊「体験」を提供する商売なので、対面なしでは
仕事できません。今でも必要な時以外はなるべく覗き込まないよう
ネットからは常に一定の距離を置くようにしています。
テレビにいたっては、もう何年も前から全く観ていません。
これは単にテレビが苦手という理由ですが(苦笑)
ネット上の言葉の暴力で傷ついている人がいたら、ぜひ伝えたい。
たまにゃ端末を閉じて、気持ちもスイッチオフにして、外に出て思いっきり深呼吸してみて、と。


ネットの世界は人間によって作られました。全知全能ではありません。
むしろ、なんと狭い世界だろうと思ってしまいます。
雄大な山並みや夜空いっぱいの星空…本当の世界はもっともっと広く、
端末の向こう側の小さな悩みなんてかるく吹き飛んでしまいます。

そう、世界は広いのですから…。
胸を張って、もっと自由に生きていきましょう。

2017.03.01

コラム再開・閑話休題のお知らせ

 お久しぶりです。

お正月以来のコラム更新です。
本当は見どころ紹介の連載を続けるつもりだったのですが…



(2017年1月15日撮影。)

御存じの方はご存知の通り、年が明けたとたん冬の神様は仕事を思い出したのか、
それまで貯めていた分ごと一斉に大雪を降らせ、
私はPCに向かう時間がまるで確保できないまま、
2か月近く除雪や外作業でてんてこ舞いしていました。


(1月16日、三十三観音に向かって一人雪を掘り進める。この先に沢がある)


(作業中何度も地吹雪にまかれ、森の手荒い歓迎(?)を受ける。)

何かもう、緯度が地軸を廻ったような、物の考え方まで180度変えられてしまったような、
そもそも考える時間すらあったのかよく思い出せないくらい怒涛の日々でした。



(2月1日、雪おろしのため、初めて西屋の屋根に上がりました。)


斧だのダンプだの散々振り回したわりに大きな事故・けがや筋肉痛にならなかったのは、
日頃人知れず筋トレに勤しんでいたことや、見えない力が守ってくれたおかげでしょう。
年齢はこの際忘れよう(笑)

どんなに仕事が大変でも、命には代えられません。
いついかなる時も、感謝の気持ちを私は忘れてはいけない。




というわけで、連載は4月以降に持ち越し、今月は閑話休題として
私が毎日行っている湯守のことをお話しようと思います。
湯守とは何か、どんな仕事なのか、日々どんな思いで山に入っているのか。

もともとこの仕事の話は表には出さないつもりでした。
なぜなら、完全な裏方の作業だからです。
ただただお客様に気持ち良くお風呂に入って頂きたい一心で背負っている役目。
決して難しく考える必要のないものだと思っていました。

しかし先日、とあるお客様に声をかけられました。
「若女将。これはドキュメンタリーだよ」と。
そのお客様は、日々Twitterで私が時折写真を添えて載せている湯守作業を
ずっと見ていて下さった方でした。



この言葉に、何か突き動かされるものを感じました。



(朝6時前に、温度調整のため本館裏の枡へ。冬の夜明けはただ美しい)


(温度を確かめる。極寒でかじかんだ手もふっと生き返る(時々熱い(苦笑))。)

湯守を引き継いだ経緯、大変でも旅館商売を諦めない思い。
こんな人里離れた山の中に住みながら、さらに山へと引きよせるもの。
この星が生きている、命が流れていると全身で強烈に感じる瞬間。

毎日自分がどう思い、何に語りかけて走っているのか、一度記録のつもりで
書いてみようと思い立ちました。

実際ドキュメンタリーと言えるようなものではないかもしれませんが、
山や森や水の美しい写真を添えてお届けしてまいります。

週1回のペースで更新していく予定です。
お楽しみに。