若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将のかなりマイペースなコラムです。
内容はすっ飛んでいます(というかほぼ西屋に関係ない話題ばかり)。ぜひ楽しんで下さいませ。

母、星へ還る





先月、実家から鉢植えのラベンダーを貰い受けました。

何年も前に母がどこからか入手して、ずっと世話していたものです。
母は去年から骨折や持病の悪化で入退院を繰り返していて、
それまで手入れしていたプランターの多くは枯れてしまいましたが、
最後に残ったラベンダーだけは庭の片隅で
細く小さく頑張っていました。

先月になって、母が病院からそのまま施設へ転所することに
なったため、見るに見かねてその日のうちにラベンダーを
白布に持ち帰ったのでした。
鉢替えをして下さった油屋さんによると、ラベンダーは
とても頑丈で、冬の厳しい寒さにも耐えられる植物だから
白布でもきっと元気に生きるだろうとのこと。

とまぁ勢いでもらってきたはいいけど、
そもそも園芸ど素人の私に世話なんて務まるのだろうか?!

ドキドキしながらも、ラベンダーが新しい鉢に根付くまで、
毎日水をあげたり天気次第で居心地のよさそうな場所に
移動したり、祈るような気持ちで世話をしていました。
するとどうだろう。

これまで全く園芸に興味のなかった私が、



気が付けば庭中歩き回り、



雑草を抜いて整地して、



花を植えて鉢のサツキや庭木を剪定して…



今まで目もくれなかった花や木に、
深い親しみを覚えるようになっていました。

頭に何かが生えたに違いない。


見渡す限り、ただただ癒される日々の庭の景色。
言葉は話せなくても、心を込めて世話をすることで
ちゃんと答えてくれる草花のひたむきな生命力。

なんというか、足元から「生きている」感覚がしみ込んでくるような
不思議な一体感がどうにも心地よく、
毎朝庭を歩き回るのがすっかり楽しみになってしまいました。

『これはもう母に感謝しなければ。
花が咲いたら写真を見せてあげたい。』
…そう思っていた矢先でした。



ラベンダーの花があともう少しで開花するところまで成長した
先月末のある日、施設から父経由で母危篤の知らせがやってきました。

嫌な予感を覚えながらすぐ西屋を発ったものの、肝心の面会は要予約。
それも1回につき家族一人だけというコロナ厳戒態勢の壁に阻まれ、
すぐには母に会えません。
その日は午前中に父が訪ね、午後に私が施設へ行くことになりました。

今思えば、母は私が来るのをずっと待っていてくれたのかもしれません。

その日、母が施設に入所して初めての面会のチャンスを得て
私が母を訪ねた日。
やっと会えたその時が、母との永遠の別れとなりました。

枕元に駆け付けて、まだ温かい手を握り、おぼろげな視線の先に
割り込むようにして顔を覗き込みながら、
『もらったラベンダーを大事に育てるよ、西屋の庭を今めちゃめちゃ
手入れしてきれいにしていってるんだよ、子供達も今日は元気に学校に
行ったよ、箪笥にあった着物は大事に虫干しして預かるよ、
得意の冗談をもっと聞きたかったよ、
お母さん、産んでくれてありがとう、
大好きだよ…』
何をどう伝えたらいいのかわからないまま、
とにかくあれこれ伝え続けていました。

聴覚は最期まで失われないと聞いたことがあります。
きっと、声は届いたと信じたい。

私が居室を訪ねてからほどなくして、
母は、文字通り眠るように逝きました。

ラベンダーの花の写真を見せることはできなかったけれど、
最期だけは母を一人にしないでそばで看取ることができました。
その光景は、絶叫にも似た壮絶な記憶となって私の脳裏に
焼き付きましたが、コロナの惨禍がまだ収まらない中、
施設の皆さんのはからいと何かの導きによって叶えられた、
静かな奇跡でした。
おそらく一生忘れることはないでしょう。



母は今きっと、長い間苦しんだ病気と限りある時間の鎖から
一切解き放たれ、母の両親や先に旅立ったゆかりの人達、
可愛がっていた実家のニャンコ達や色とりどりの花と美しい
景色に囲まれて、透き通った空から時々西屋の庭を
見下ろしてくれている、と思います。



(開花したラベンダーは現在剪定しながらポプリにすべく、
花を大事に保管しています)


聡明で穏やかな人柄からたくさんの知人・友人に恵まれ、
エスペラントに堪能で、オカリナの演奏に熱心で、子供や孫思いだった母。
凛としたその生き方は、家族と共に過ごす何気ない日常の本当の幸せ、
今この瞬間を、急がず、精一杯丁寧に、
そしてまっすぐ生きていくことの尊さを、身を以て教えてくれました。

生きとし生けるもの全てが通る道を、こういう時だけ
早く通過していってしまった母ですが、今はただ穏やかな気持ちで、
次の世界での幸せと活躍を心から願う今日この頃です。

(↑天体望遠鏡で初めて月を撮影。感動の瞬間!)





こんな時だからこそ、音楽が必要なのだ。

"Her Angled Beauty"

Levi Patel "A Sifting Lightness"(2019)


(↑サムネイルクリックで"Her Angled Beauty"が
視聴できます)

ニュージーランドの癒し系アンビエント、
モダン/コンテンポラリーミュージシャン:
リーバイ・パテルのアルバム。
朝露が光る庭に咲く花のような、やさしいナンバー。

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