若女将コラム

日々西屋と山を縦横無尽に駆け巡る湯守兼若女将の、マイペースなコラムです。好きなものは音楽・写真・自然・宇宙。

閑話休題 ~秘湯の会女将研修会にて④(終)


こんにちは。
もはや閑話休題の意味を忘れている若女将です(開き直り)。


かぐら「マジ長い。とりあえずご飯くれぇ」     (お客様撮影☆)

怒涛の研修会シリーズいよいよ最終回です。
まとまらない文章のままUPしているにもかかわらず、
毎回お読み頂いている皆様本当にありがとうございます(;;)


はな「遊んで~。」         (お客様撮影☆)



前回のコラムの末尾で、地熱開発への憂慮について書きましたが、
そこにもうひとつ、
温泉文化の保存と同じくらい忘れてはならない大事なことがあります。
それは、「温泉の恵みは無限ではない!」ということです。



(森の中にある白布温泉の源泉の一つ。小屋で保護しています)

本当に大事なので何度でも述べましょう。
温泉は、太古から巡る天然の水が地下深くで何百年もかけて地球の
体温を纏い、再度地上に湧いてきた貴重な財産です。


(年に一度源泉祭の日にだけ開帳され、温泉が湧く様子を見ることができます)

殊にここ白布温泉は一切掘削などしておらず、毎分1500リットルを
超える温泉が自然に溢れ出てきています。
どんなに少雨の夏でも絶対に枯れることがない沢の水もまた、
雪深い西吾妻山麓に降り積もった雨や雪が地形に沿ってようやく
川になったもの。いずれも長い時間をかけて地表と地下深くを循環していて、
今も昔も変わらずあるがまま流れてきてくれるものです。

風や天候を制御できないのと同じく、その流れを変えることはできません。

荘厳でいて時に容赦なく、物言わぬ無償の愛の鞭。
それが自然の営みというもの。
700年以上途切れることない源泉地に、休火山だから、湧出量が多いからと
いって無理に人の手を加えてしまったら、何が起きるか分かりません。


(お客様撮影☆)

私たち温泉旅館は、そんな太古から存在する温泉と水の目に見えない恵みを
分けてもらって商売をさせて頂いている…。
素直な感謝の気持ちを決して忘れてはいけないと考えています。
湧いて出て当たり前のもの、無限に使えるもの、誰かの所有物ではない。


(雪おろしの最中、屋根の上から湯滝小屋を見下ろした様子。)

宿を細々営みながら人里離れた“限界集落”に暮らすことはもちろん不便です。
が、厳しくも美しい自然のダイナミックな営みと移り変わりを360度体感できるのは、
日々“彼等”の間近に寄り添って生きているからこそだと私は考えています。


(明治36年、当時の白布温泉を撮影した貴重な一枚。)

西屋の建物は、湯治場として知られた山深い白布の地に何百年も根を下ろし、
数えきれないお客様をお迎えしてきました。今までがそうであったように、
これからもこのままの形で守り継いでいかなければいけない。
自分達が守らなければたちまち失われてしまう、人・自然・歴史の交差…
それが希少な温泉文化そのものだからです。



最後に、情けとは何か?秘湯の研修会で問いかけられたテーマに
一つの答えを書いて、このシリーズを締めくくろうと思います。

前々回の最後に書いた
「湯守とは、自然と人との一期一会を繋ぐ橋渡し役のようなもの。」
大袈裟な表現をしておいてなんですが、
実際の湯守はひたすら地味で自称ガテン系な裏方にすぎません。
その日の天気や気温、水の流れ具合を毎日細かに確かめつつ、
季節を問わず常に心地よい温度でお客様に提供するのが仕事です。
いや…本当に大層なもんでなく、やっていること自体は単純です。

実はつい先日湯守活動について取材をお受けしたのですが、
なぜここにスポットが当てられたのか、
たぶん自分が一番よく分かっていない…(苦笑)

ただ自然相手ですから、予測不可能な事態はいくらでも起こります。



蛇口をひねるのと違い、量や温度など容易くコントロールできるわけもありません。
ほんの少しの水加減で温度が大きく変わってきます。


(半月ほど前、増水と表層雪崩で突如ストップした沢水。茫然とした夜。)

日照りが続けば水量や水圧が下がるし、
大雨が降れば鉄砲水と化してホースが吹き飛ばされたかと思えば
葉や枝が詰まって逆に流れがストップするし、雪崩が起きれば沢も凍りつくし、
そのたびに裏山の取水口へ走って、土砂も雪も氷も掘りまくらなければいけません。
冬場は特に、寒さと雪との戦いもさることながら調整自体も難しくなります。
(無散水消雪への一部温泉提供&水温の低下&天気&外気温との差)


(こうしてふたたび水流が戻った沢を見ただけで、思わず手を合わせてしまいます)

実際生傷は絶えません。だから何じゃい。
自分が何者か?そんなこたぁどうでもいい。

日を追うごとに蓄積されていく経験は、あくまで安全に作業するための
自衛に必要なもの。心に巣食う慣れを常に打ち消しながら、温度計1本
感覚一つで自然とひたすら対話し続ける忍耐が必要です。
そう、必要なのは忍耐。

それから私自身お風呂が大好きなので、お客様にはゆっくり気持ちよく
入っていただきたい。日頃の疲れを癒して元気になってほしい。
山に携えるのは、スコップとトビと時々斧と、その願い一心。それだけです。

苦労がないわけではありません。でも、温泉に入った瞬間思わず口から溢れる
「あぁ〜(気持ちいぃ〜)」。私はそのお客様の「あぁ〜…」その幸せそうな
笑顔を見るだけで、湯守でよかった、西屋にいてよかったと心から思います。

当たり前ですがこれはスマホを見ただけでは味わえません。
実際に遠い距離を移動して、宿を訪れ、そこでひと時を過ごすという
四次元の世界へ身を委ねて、初めて直接体験できるものです。
どんなに便利な時代になろうとも、これだけは今も昔も変わりません。



生まれたままの姿になって温泉に浸かることで、言葉も思考も要らない、
苦しみや疲れから解き放たれ、時間を超えて記憶の彼方にある“自分自身”に
還ることができる究極の癒し。それが本来の温泉の、秘湯の力です。

そんな人と自然との最高の出会いを、自分が支え続ける。
だから「湯守=自然と人との一期一会をつなぐ橋渡し役」というわけです。



私は、毎日が生まれたての温泉がもたらす「生きている奇跡」
「時間空間を超えた人・自然との出会いとつながり」への気づきに
深い喜びと感動を抱いています。
そして、遠路よりお越し頂き、「このお風呂に入りたかった」
「どうか末永く残していって」というお客様の温かい励ましとお礼の言葉に
どんなに励まされ、日々胸が熱くなるかわかりません。

そんな湯守という役目に私は強い誇りを持っています。

湯守であり続けること。これが、「情け」とは何か?に対する私なりの答えです。

(完)

☆★写真UPをご快諾下さったHNみっちゅさん。ありがとうございました★☆




というわけで、懲りませんわよ今日の一枚!!

上々颱風”上々颱風2”(1991) ~愛より青い海


呆れるほど文字ばかり続いたので(笑)、
ぱぁーっと明るく〆たいとおもいます。愛より青い海。
無国籍音楽の先駆けといわれる上々颱風の代表曲です。

PV(Youtube)こちら

♪ただ一つの歌を歌うために生まれた。(中略)
流れゆく白い雲を追いかけて、追いかけて、
人はあの青い海の向こうからやってきた。


まさに温泉と水のテーマ曲!?!
ボーカルの一人の白崎映美さんは山形県酒田市出身。
このアルバムの中の「花祭りの朝」では素晴らしいアカペラを披露していて、
当時憧れたものでした。
2013年のグループ活動休止後も演劇やミュージカルなどマルチに活躍されています。

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